涙で飾ろう黒いマリアージュ◆YhwgnUsKHs
「まったく残念だ。もう少しやる奴かと思ったんだが」
クレアは心底残念そうに、クリスが吹き飛んだ方を見つめる。
「骨は大分折れただろうし、あの勢いで激突すりゃ、地面だろうが大分辛いだろう。
奴をしとめるのは容易い……が」
奴をしとめるのは容易い……が」
クレアはクリスの行った方角から目を外し、翠星石たちが走っていったほうに目をやる。
「今ならまだ追いつけるかもしれないな。1人を確実にしとめるよりは、2人を確実にしとめよう」
クレアは人影、スタンド、スタープラチナに地を蹴らせ、その反動で宙を飛んでいく。
走るよりはこの方が体力の節約にもなり、速い。
走るよりはこの方が体力の節約にもなり、速い。
そう、今は何より速度を徹底したい。
(俺にはもう、時間がないんだ)
*****
「待てってんですぅ!!」
「きゃっ!!」
「きゃっ!!」
やっと追いついた翠星石は沙都子に向かってタックルを仕掛け、腰を掴んでそのまま地面に押し倒した。
気がつけば、目の前にはきらびやかな門。
2人はいつのまにか遊園地の近くまで来ていた。
気がつけば、目の前にはきらびやかな門。
2人はいつのまにか遊園地の近くまで来ていた。
「は、離して!離して!」
「ダメですぅ!」
「ダメですぅ!」
拘束された沙都子は尚も逃げようとしがみつく翠星石を何度も蹴る。
けれど、翠星石は力を緩めない。
けれど、翠星石は力を緩めない。
「なんで!? なんで!? あのお化けが! あのお化けがわたくしを殺しに!」
沙都子にとっては、気を失う前の恐怖が尚も続いていた。
闇夜の中に浮かぶ紅い目、生え揃った牙。それが伴う狂笑。
そして、一か八か包丁で殺そうとしたが、それも失敗した。
だから、次に待っているのは報復だ。
―次はお前に包丁を刺してやる。
目を覚ました沙都子にはクリスがそう言ったように見えた。
雛見沢症候群の幻覚現象だ。
闇夜の中に浮かぶ紅い目、生え揃った牙。それが伴う狂笑。
そして、一か八か包丁で殺そうとしたが、それも失敗した。
だから、次に待っているのは報復だ。
―次はお前に包丁を刺してやる。
目を覚ました沙都子にはクリスがそう言ったように見えた。
雛見沢症候群の幻覚現象だ。
「助けて!助けてにーにー!助けてねーねー!」
泣き叫びながら尚も翠星石を足蹴にし続ける沙都子。
その姿に、翠星石は…………キレた。
その姿に、翠星石は…………キレた。
「いい加減にしやがれです!!!」
「ひっ……」
「ひっ……」
翠星石の叫びに、沙都子の動きが止まった。
沙都子に蹴られて泥だらけになった顔は、怒った表情で沙都子を睨んでいた。
その上……翠星石の服はやけにところどころが破れていた。
沙都子がいつもの森の中のように茂みの藪を避けていたのに対し、翠星石は沙都子になんとしても追いつこうと、木の枝で傷つくのも厭わずに突き進んできた。
沙都子に追いつけたのはそのおかげだった。
沙都子に蹴られて泥だらけになった顔は、怒った表情で沙都子を睨んでいた。
その上……翠星石の服はやけにところどころが破れていた。
沙都子がいつもの森の中のように茂みの藪を避けていたのに対し、翠星石は沙都子になんとしても追いつこうと、木の枝で傷つくのも厭わずに突き進んできた。
沙都子に追いつけたのはそのおかげだった。
「サメ人間がお前に何をしたっていうです! なんにもしてないです! なのに、話も聞かないで包丁なんか刺して、なのにお前はちっとも謝らないです!
その上、そんなこと言って泣き叫んで、助けを求めるだけだなんて、お前はバカです! チビチビバカ人間です!」
その上、そんなこと言って泣き叫んで、助けを求めるだけだなんて、お前はバカです! チビチビバカ人間です!」
翠星石の気迫に、沙都子はもう涙も止まって呆然とした顔で翠星石を見て止まったままになっている。
それほどまでに、翠星石の怒りが、本気が沙都子に伝わっていた。
それほどまでに、翠星石の怒りが、本気が沙都子に伝わっていた。
「ちゃんとアイツの事を思い出すです! いくら怖いからって、嫌いだからって、そいつのことをちゃんと見ないで、悪い方に思い込んだりするなです!
そんなことじゃ……おまえも、あいつも、悲しいです」
そんなことじゃ……おまえも、あいつも、悲しいです」
翠星石は思い出す。
かつて自分が頑なに人間を嫌っていた頃を。
嫌うばかりで、ちゃんと相手を見ようとしなかった。
人間を、見直すことができなかった。
もし、自分がもっと素直だったなら……。
かつて自分が頑なに人間を嫌っていた頃を。
嫌うばかりで、ちゃんと相手を見ようとしなかった。
人間を、見直すことができなかった。
もし、自分がもっと素直だったなら……。
「お前だって本当はわかってるはずです! あいつは変だけど、少なくてもお前を殺そうとはしてなかったし、自分を刺したお前を許してたです!
殺さないってちゃんと言ったじゃねーですか! なんでそんなあいつをちゃんと見ないですか!」
「あっ……」
殺さないってちゃんと言ったじゃねーですか! なんでそんなあいつをちゃんと見ないですか!」
「あっ……」
翠星石に言われ、思い出す。
思い出すというより……ちゃんと、理性を持って思い出そうとすると、何か記憶の霞が晴れてくるようだった。
思い出すというより……ちゃんと、理性を持って思い出そうとすると、何か記憶の霞が晴れてくるようだった。
最初に会った時、彼は自分に襲い掛かったのか?――違う、アレは自分が逃げ出しただけだ。
彼は目の前の少女を殺そうとしていた?――違う、内容は当たり障りの無い会話だった。
彼は自分を刺した沙都子を殺そうとしていた?――違う、笑って『僕は君を殺さない』と言っていた。
目覚めた時、彼は沙都子を殺そうとしていた?――違う、彼は単に目線を向けただけだった。
彼は目の前の少女を殺そうとしていた?――違う、内容は当たり障りの無い会話だった。
彼は自分を刺した沙都子を殺そうとしていた?――違う、笑って『僕は君を殺さない』と言っていた。
目覚めた時、彼は沙都子を殺そうとしていた?――違う、彼は単に目線を向けただけだった。
「わ、わたくし……」
全てに、気付いた。
全ては自分の勘違い。全ては自分の独り相撲。
さっきまでの恐怖が潮のように引いていく。
さっきまでの興奮が急激に冷めていく。
全ては自分の勘違い。全ては自分の独り相撲。
さっきまでの恐怖が潮のように引いていく。
さっきまでの興奮が急激に冷めていく。
知り合いでもない、会って少しの翠星石の説得による雛見沢症候群の症状緩和。
古手梨花の体験した百年の歴史の中でもおそらく希少なケースであろう。
それを可能にしたのは、雛見沢から離れているという環境か、いくらかの睡眠による自然的なものか、クリスの許しにより既に緩和の予兆があったのか、
あるいは……翠星石の熱意が、沙都子に通じたのか。
それを知るのは……おそらく、『神』しかいないだろう。
古手梨花の体験した百年の歴史の中でもおそらく希少なケースであろう。
それを可能にしたのは、雛見沢から離れているという環境か、いくらかの睡眠による自然的なものか、クリスの許しにより既に緩和の予兆があったのか、
あるいは……翠星石の熱意が、沙都子に通じたのか。
それを知るのは……おそらく、『神』しかいないだろう。
「やっとわかったですか……まったく世話が焼けるチビチビ人間なのです」
「! も、申し訳ございません! わたくし、あなたの顔を……」
「後で拭いてくれればいいです。これくらいで痛むほど翠星石はヤワではないです」
「! も、申し訳ございません! わたくし、あなたの顔を……」
「後で拭いてくれればいいです。これくらいで痛むほど翠星石はヤワではないです」
恐怖の表情はすっかり消え、泥だらけの翠星石の顔を気遣う沙都子に、翠星石は笑う。
――なんだ、落ち着けばいい奴じゃあないですか。
――なんだ、落ち着けばいい奴じゃあないですか。
「それじゃあ、サメ人間が来たらすぐ行くです」
「そういえば、あの方はどうしたんですの? できれば、謝りたいですわ……」
「あいつはちょっとしたバカ人間の相手をしてるです。ま、あいつは強いからちょちょいのちょいでやっつけてきてるに決まってるです」
「そういえば、あの方はどうしたんですの? できれば、謝りたいですわ……」
「あいつはちょっとしたバカ人間の相手をしてるです。ま、あいつは強いからちょちょいのちょいでやっつけてきてるに決まってるです」
不安そうな顔をする沙都子を、翠星石があっけらかんと笑い、励ます。
もちろん、翠星石とて多少はクリスが心配だ。
けれど、さっきまで恐怖の極地にいた少女を、更に怖がらせたくは無かった。
もちろん、翠星石とて多少はクリスが心配だ。
けれど、さっきまで恐怖の極地にいた少女を、更に怖がらせたくは無かった。
「あ、そうです。お前、慌てて出てきたから丸腰です。デイパックは持ってきたみたいですけど、中の武器やらはみんなサメ人間が預かったままです」
「ええっ!? そ、そうでしたの……」
「ええっ!? そ、そうでしたの……」
デイパックだけは持って出てきたものの、まさか中の支給品がないとは思わなかったようで、沙都子は俯く。
そんな沙都子に翠星石が何かを2つ差し出した。
そんな沙都子に翠星石が何かを2つ差し出した。
「これはなんですの? 丸い……ボール? それに、変わった剣」
「翠星石もどっちも使った事ないのでわからないですが、説明書には、なんでもこれは――」
「翠星石もどっちも使った事ないのでわからないですが、説明書には、なんでもこれは――」
****
「ってわけです」
「ほ、本当なんですの? どうにも信じられませんわ」
「でも、このボールの中にいる奴はわかるです」
「た、確かに…」
「ほ、本当なんですの? どうにも信じられませんわ」
「でも、このボールの中にいる奴はわかるです」
「た、確かに…」
受け取った球体を眺め、翠星石の説明を思い返す沙都子。
本当にできるのだろうか。
本当にできるのだろうか。
「翠星石はこの剣を使いますから、お前はそれを持っているといいです」
「あの、これらの支給品は?」
「どっちも翠星石のです。最後のはただのでっかい石だったですから、漬物石にしか使えないです」
「そうなんですの」
「あの、これらの支給品は?」
「どっちも翠星石のです。最後のはただのでっかい石だったですから、漬物石にしか使えないです」
「そうなんですの」
翠星石は人形でも持てる、変わった意匠の剣を手に握り、沙都子は受け取った球体を握り締める。
「ところで、私、あなた方の名前を聞いていませんでしたわ」
「そういえば翠星石もお前の名前知らなかったです」
「やっぱりこういうときは先に名乗るのがマナーですわよね。私は北条沙都子といいます」
「翠星石は翠星石です。で、あのサメ人間が……えっと、たしかクリスタル…」
「そういえば翠星石もお前の名前知らなかったです」
「やっぱりこういうときは先に名乗るのがマナーですわよね。私は北条沙都子といいます」
「翠星石は翠星石です。で、あのサメ人間が……えっと、たしかクリスタル…」
翠星石が、クリストファーの名前を思い出そうと、僅かに下を向いた、その瞬間。
沙都子が、翠星石の背後に音も無く舞い降りた人影に、気付いた、その瞬間。
人影が、もう既に拳を振りかぶっていた、その瞬間。
全ては、同時のことであり……結果もまた、一瞬だった。
*****
「けほっ……ううっ」
地面に仰向けに倒れながら、沙都子は咳き込んだ。
突然の衝撃、それに弾き飛ばされて、地面に打ち付けられてしまった。
突然の衝撃、それに弾き飛ばされて、地面に打ち付けられてしまった。
――何に、弾き飛ばされた?
「っ!!」
沙都子は慌てて、自分の上にかぶさっている、それを見た。
緑色を基調とした可愛らしい服は無残に破け、四肢は力なく垂れてしまっている。
そして、背中には服ごと……大きな穴が開いていた。
その穴から、下の地面が僅かに見える。つまり貫通してしまっている。
緑色を基調とした可愛らしい服は無残に破け、四肢は力なく垂れてしまっている。
そして、背中には服ごと……大きな穴が開いていた。
その穴から、下の地面が僅かに見える。つまり貫通してしまっている。
「す、翠星石さん!翠星石さん!!」
沙都子が慌てて立ち上がり、翠星石の体を持ち、揺らす。
けれど、
けれど、
かしゃん
「あ、あああああっ!」
「あ、あああああっ!」
軽い音をたてて、翠星石の左腕がぽとり、と肩から地面に落ちた。
肩は無造作な傷口で、背中から全身に伝わった衝撃に、肩部分の関節が持たなかったのだろう。
肩は無造作な傷口で、背中から全身に伝わった衝撃に、肩部分の関節が持たなかったのだろう。
「そんな、そんな……」
「嘆くな……そんな悲しみを長くさせる趣味はないからな」
その声に、沙都子は顔を上げた。
そこには、紅い髪、けれどお化けと怖がっていたのとは別の人物、加えて言えば、まさに今翠星石を拳で殴り飛ばし、自分にぶつけた張本人、クレアがいた。
その人物の背後には、透明の男、スタープラチナ……クリスより、お化けというのがふさわしいものがいた。翠星石を殴り飛ばしたのは、正確にはこれだった。
そこには、紅い髪、けれどお化けと怖がっていたのとは別の人物、加えて言えば、まさに今翠星石を拳で殴り飛ばし、自分にぶつけた張本人、クレアがいた。
その人物の背後には、透明の男、スタープラチナ……クリスより、お化けというのがふさわしいものがいた。翠星石を殴り飛ばしたのは、正確にはこれだった。
「あ、ああっ……!」
沙都子が覚えたのは、純粋な恐怖。
音もなく現れ、あっという間に翠星石に致命傷を与えた男。
あの拳にかかれば、自分もまた同じように……。
音もなく現れ、あっという間に翠星石に致命傷を与えた男。
あの拳にかかれば、自分もまた同じように……。
「悪いな。悪意のない小さい女の子2人を一方的に殺す、っていうのは趣味じゃないんだが……そう言っていられる時間がない」
クレアは本当にすまなさそう、悲しそうにそう言うと、スタープラチナの拳を振り上げさせた。
「せめて……お前達の事は、俺がちゃんと覚えててやる。だから、眠ってくれないか? 俺が助けたいものの為に」
「っ!!」
「っ!!」
沙都子は恐怖で身を固め、腕で頭を庇った。
意味なんてない、反射的な行動。
あの豪腕の前ではこんなものは役になんて立たないだろう。
それでも、体は動いていた。
意味なんてない、反射的な行動。
あの豪腕の前ではこんなものは役になんて立たないだろう。
それでも、体は動いていた。
「ふざけんな、です……」
*****
ぴたっ、とスタープラチナの腕が止まる。
目を瞑った沙都子が、その突然の声に目を開く。
クレアは、静かに彼女を見つめる。それは、沙都子ではない。
目を瞑った沙都子が、その突然の声に目を開く。
クレアは、静かに彼女を見つめる。それは、沙都子ではない。
声を上げたのは……死んだと思われた翠星石だった。
その翠星石が、立ち上がってクレアを真正面から睨んでいる。背後には沙都子、まるで沙都子を守るように。
その翠星石が、立ち上がってクレアを真正面から睨んでいる。背後には沙都子、まるで沙都子を守るように。
だが、その姿は酷いものだ。
左腕は欠損し、体を支える脚はよろめき、体のいたるところには皹が入っている。
体には大穴も開いていて、端正な顔は苦痛に歪んでいる。
立っているのがやっと、という様子だった。
左腕は欠損し、体を支える脚はよろめき、体のいたるところには皹が入っている。
体には大穴も開いていて、端正な顔は苦痛に歪んでいる。
立っているのがやっと、という様子だった。
それでも、翠星石はクレアをそのオッドアイで見返す。
「何が、ずっと覚えている、です……お前がどう思ったって、どうしたって! 人が死ぬってことは悲しい事です! それは絶対変わりやしないです!
そいつ自身だけじゃなくて、周りの奴らみんな悲しくするんです! もう会えなくなって、もう声が聞けなくて……。
そんなことをしといて、自分に言い訳しやがるなです!!」
そいつ自身だけじゃなくて、周りの奴らみんな悲しくするんです! もう会えなくなって、もう声が聞けなくて……。
そんなことをしといて、自分に言い訳しやがるなです!!」
翠星石は叫ぶ。
最愛の双子の死を知っているからこそ、その悲しみの深さを知っているからこそ……下手に言い訳するクレアを許せなかった。
最愛の双子の死を知っているからこそ、その悲しみの深さを知っているからこそ……下手に言い訳するクレアを許せなかった。
「やりたくないなら素直にやるなです! 何でそんな簡単なことができないです!?」
「簡単、か」
「そうです! 人殺しなんて、やらないに越した事ないです! なのに、お前は――」
「簡単、か」
「そうです! 人殺しなんて、やらないに越した事ないです! なのに、お前は――」
その先は、許されなかった。
スタープラチナの拳が振り下ろされ、翠星石の右肩を完全に破壊、残っていた右腕があっけなく千切れ飛ぶ。
衝撃で膝を突いた翠星石に、容赦なくスタープラチナの拳の連打が浴びせられる。
『オラオラオラオラオラオラオラオラ!!』
衝撃で膝を突いた翠星石に、容赦なくスタープラチナの拳の連打が浴びせられる。
『オラオラオラオラオラオラオラオラ!!』
「あ、ああっ、や、やめ、やめてくださいまし! や、やめてぇ!!」
拳を受けるごとに翠星石の右足が、左足が、腰が、腹が、次々に砕け、辺りに破片が散っていく。
それは一方的な……暴力。
それに耐え切れず、沙都子は再び涙を流し――さっきとは違い、それは他人に対する涙――クレアにやめることを訴えた。
それを聞いたように、クレアはそこでスタープラチナの動きを止めた。
それは一方的な……暴力。
それに耐え切れず、沙都子は再び涙を流し――さっきとは違い、それは他人に対する涙――クレアにやめることを訴えた。
それを聞いたように、クレアはそこでスタープラチナの動きを止めた。
残ったのは、乱打によって巻き添えを食いへこんだ地面と……欠けた頭部、今のでも当たらなかったのか無事な首と首輪、もう服もほとんどのこっておらず、
胸から上しか残っていない、その上体中に皹が入った……もう、ガラクタとしか言いようがない人形の姿だった。
胸から上しか残っていない、その上体中に皹が入った……もう、ガラクタとしか言いようがない人形の姿だった。
「簡単、じゃあない。俺には守りたい人が、守りたいものがある。その為に、俺は64人を殺すと決めた。……時間は残り少ない。
俺はなんとしても優勝しなければいけない。早く、な」
俺はなんとしても優勝しなければいけない。早く、な」
クレアは翠星石の破壊を見届けると、その目を再び沙都子に向ける。そして沙都子に向かって足を歩めた。
沙都子の喉からひっ、と声が漏れる。
逃げたい、凄く逃げたかった。
あの男から、早く。
沙都子の喉からひっ、と声が漏れる。
逃げたい、凄く逃げたかった。
あの男から、早く。
『私達は、今貴方の目の前まで救いの手を伸ばしてる』
――え?
不意に、記憶が脳裏をよぎった。
けれど、不思議だ。
それは、体験したはずがないはずなのに……なぜか思い出す事ができる、不思議な記憶。
それがなぜこんな時に。
けれど、不思議だ。
それは、体験したはずがないはずなのに……なぜか思い出す事ができる、不思議な記憶。
それがなぜこんな時に。
「待ちやが、る、です……」
それは、か細い声。
『貴方がうんと頷けば、もう手が届くところまで』
「……なんで、そこまでする」
クレアは、足元を見下ろした。
そこで……クレアの脚に、顎で噛み付いている翠星石を。
そこで……クレアの脚に、顎で噛み付いている翠星石を。
「ふぃぎふぃぎ……ひんふぇん……ふぃへふ、ふぇふ」
翠星石はクレアの脚に喰らいつきながら、沙都子に目を向けて、そう弱弱しく、発音もよく聞き取れない声で言った。
チビチビ人間、逃げる、です。沙都子にはそう聞こえた。
翠星石は、せめて沙都子だけは逃がそうとしていた。
チビチビ人間、逃げる、です。沙都子にはそう聞こえた。
翠星石は、せめて沙都子だけは逃がそうとしていた。
手を、伸ばされている。
その前から、沙都子は翠星石に手を伸ばされ続けていた。
助けようと、足蹴にされても。
破壊され、顔と胸だけが残っても。
助けようと、足蹴にされても。
破壊され、顔と胸だけが残っても。
――わたくしは、何をしてるんですの?
手を伸ばされても、掴もうとしなかった。
今も、動かないで掴もうとしない。
そんな、自分は……。
今も、動かないで掴もうとしない。
そんな、自分は……。
『思い出しなさい。あの、叔母から貴方を守ってくれていた悟史の姿を』
思い出すのは、兄の姿。
北条悟史。今はいない、最愛の兄。いつか帰ってきてくれると信じる兄。
彼もまた、叔父と叔母の暴力から自分を庇い続けていた。今の翠星石のように。
ならば、あの時のように、後ろで泣き続けていればいいのか?
北条悟史。今はいない、最愛の兄。いつか帰ってきてくれると信じる兄。
彼もまた、叔父と叔母の暴力から自分を庇い続けていた。今の翠星石のように。
ならば、あの時のように、後ろで泣き続けていればいいのか?
『その男の顔を見なさい。その恐ろしくて醜悪な顔を』
沙都子は見つめる。目の前の、圧倒的な力を見せ付ける男とそのスタンドを。
『そして思い出しなさい。その恐ろしさに敢然と立ち向かった悟史の勇敢さに気付きなさい』
――北条悟史は、恐ろしい叔母と叔父に立ち向かった。
――翠星石は、恐ろしいクレアとスタープラチナに立ち向かった。
――翠星石は、恐ろしいクレアとスタープラチナに立ち向かった。
「違う……!」
教えてもらったはずだ。
『もし貴方が悟史に対する罪を償おうとするなら』
――もし、翠星石の話を聞こうとしなかった罪を償おうとするなら
――もし、翠星石の話を聞こうとしなかった罪を償おうとするなら
『それは助けを求めない事じゃない』
――それはここで逃げだす事じゃない
――それはここで逃げだす事じゃない
するべき、だったのは。
『悟史の力強さを、勇気を受け継ぐことなの』
――翠星石の力強さを、勇気を受け継ぐ事
――翠星石の力強さを、勇気を受け継ぐ事
自分がするべきだったことは。
『それに気付きなさい!』
――それに気付かなければならない
――それに気付かなければならない
今度は自分が手を伸ばす。
つまり……抗い、戦う!
つまり……抗い、戦う!
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