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Deus ex machina ―戦争―

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Deus ex machina ―戦争― ◆b8v2QbKrCM





凄惨なる戦いの幕が上がって早半日。
戦場の其処彼処で殺戮が繰り広げられ、生存者は遂に六割を切った。
どこで誰と誰が殺し合い、どのようにして死んでいったのか。
それらはミュウツーの知るところではない。
深夜から今に至るまでの間に、ミュウツーが経験した戦闘は僅か二回。
しかも確実に絶命したと言える相手はたったの一人。
ましてや、他の二十七人の死に様など。

(…………)

ミュウツーは人気のない廊下を進みながら、間断なく周囲を警戒していた。
病院の廊下という場所は、目が眩みそうになるくらいに白く、鼻を衝く臭いに満ちている。
特に不快感を覚える後者だった。
どんな薬品の臭気なのかは知らないが、特に嗅覚の鋭いポケモンなら、一秒も待たずに逃げ出しているだろう。
つまるところ病院とは、端から端まで人間を治療するための空間なのだ。
治療行為に従事している者、或いは入院生活を余儀なくされた者でもない限り、ここで寝起きするのは御免蒙るに違いない。
他の動物なら尚更だ。
健康のための施設で健康を害することになりかねない。
だが、前者はそこまで不快ではなかった。


カントー地方、グレン島。
火山と幾許かの森があるだけのその島に、カツラは秘密の研究所を構えていた。
厳密には、火山そのものが研究所だったのだ。
岩肌がむき出しの裾野には分厚い扉が設けられ、火口も改造されて本来の機能を果たしていない。
外見だけを見れば単なる火山だが、内部は完全に人工の研究施設に置き換えられていた。
かつて、ロケット団の研究所から脱走したミュウツーは、ハナダシティ北西部で暴れていたところを、
自分を生み出した研究者であるカツラと、カツラの意志を酌んだレッドによって捕獲され、カツラのポケモンとなった。
その後はボールではなく特殊な液体の中で休眠し、必要なときにボールへ収まるという形態を取っていた。
病院という施設の内装は、その中で見ていた研究所の風景と似ている気がした。
勿論、研究所にあった巨大な装置や、何が書かれているのか分からない書籍の山は存在しない。
しかし、この無機質かつ人工的な雰囲気からは、言葉にし難い懐かしさを感じずにはいられなかった。


改めてミュウツーは周囲を見渡す。
地図にも記載されている治療施設である以上、利用者が皆無であるとは考えられない。
現に入り口を潜ってすぐに見知らぬ誰かの亡骸を発見することができた。
けれど、それが全部。
エントランスを通過して何分になるだろう。
あの死体以外に戦闘の痕跡は見当たらず、人の気配すら感じられない。
もしかしたら、今は無人なのではないだろうか。
そんな考えがミュウツーの脳裏を過ぎる。
可能性としては半々だ。
誰かがいるとしても、例えば階が違えば物音が聞こえないのは当然だ。
病院内部の探索がまだまだ甘いというだけのこと。
逆に誰もいなかったとしても、次の目的地を病院とした選択が間違っていたわけではない。
偶然、ミュウツーと他の参加者のタイミングが噛み合わなかった。それだけだ。
死体が転がっていたことから分かるように、何者かがここを訪れていたのは事実である。

(……?)

ミュウツーの感覚器が、薬品臭の中に混ざった異様な臭いを捉えた。
エントランスで一度嗅ぎ、次第に薄れていたはずの臭気。
病院なら必ずあるはずの臭気。
生臭い、血の芳香。
それもかなり新しいものだ。
先ほどよりも入念に、辺りを睥睨する。
――あった。
生乾きの血痕だ。
目線で痕を辿ると、エレベーターの入り口まで続いていた。
なるほど、とミュウツーは数分前に見た光景を思い出す。
確かに一階のエレベーター付近にも血痕はあった。
そのときは死体も近かったため、特に気にも留めなかったのだが、これで確定だ。
病院……それもこの階に、傷ついた誰かがいる。
ミュウツーはエレベーターとは反対方向へ伸びる血痕を辿り、ゆっくりと歩を進めた。
負傷して息を潜めているなら、通常より警戒心を高めている可能性がある。
下手に気取られるのは避けたいところだ。
逃走を許すだけならまだ救いがある。
手痛い反撃を食らって戦闘能力が低下、更には命まで落としてしまう――
それだけは絶対に回避しなければならない。


血痕は、処置室の扉に吸い込まれるようにして途切れていた。


ミュウツーはデイパックから十字槍を取り出し、念のスプーンを使うときのように構えた。
攻めると決めたなら躊躇は要らない。
反撃を許さず、何が起こったのかすら理解させずに、一瞬で仕留める。
殺す側は疲労せず、殺される側は即死する。
それが双方にとって理想的な展開だろう。
両手で槍を支え、身を屈め……駆けた。
十字槍の穂先が押し扉の真ん中に突き刺さり、吹き飛ばすような勢いでこじ開ける。
槍の一撃で開いた隙間から突貫し、即座に振り抜――


――かなかった。


(……外れ、か)

結論から言えば、処置室には誰もいなかった。
直前まで誰かがいた痕跡はある。
血濡れのシーツとタオル。
空になった輸血用血液パック。
いくつかのアンプルと使用済みの注射器。
用途の想像もつかない医療品の空袋。
ここで治療行為が行われたのは明白だった。
しかし、その『誰か』の姿がない。
恐らくは、入れ違い。
ミュウツーが突入する直前、あるいは病院を訪れる前に、この部屋は無人となっていたのだろう。
だとすれば、急げば追いつくことも不可能ではない。
これほどの出血なのだ。
掠り傷程度で済んでいるものか。
ミュウツーが処置室を後にしようとした瞬間、突然の地響きが窓ガラスを振るわせた。
窓の外を見ると、西の方角、劇場のある辺りから煙が立ち上っていた。
狼煙の類ではない。
黒い煤が混ざった燃焼の煙だ。
煙を確認し、ミュウツーは思考を巡らせる。

あの煙が戦闘によって発生した可能性はかなり高い。
ならば自分が取るべき選択は何か。
――乱入して被害を広げる。
――戦闘が終わるまで待つ。
前者は上手くいけば被害を大きく拡大させられる。
しかし失敗すれば自分だけが敵視される危険もある。
後者は生き残った方、あるいは疲弊した両者を倒すチャンスが生まれる。
しかし少々の消耗だけで引き分けとなっていた場合は得るものがない。

ミュウツーはしばし考え、そして窓枠に足を掛けた。
迷うことなく宙に身を躍らせ、念力で落下の衝撃を相殺、軟着陸。

(ここで時間を潰す意味はない……)

出した結論は、接近。
より現場に近付き、そこで最も適切な選択肢を選び取る。
戦闘に巻き込まれるリスクは高まるが、リスクなしでリターンを得ることはできない。
十字槍を得物に、ミュウツーは無人の道路を駆けていった。

(……だが)

懸念があるとすれば、ギラーミンの発現の信憑性だ。
『それまでは彼の安全は保障しよう。彼の声を6時間経過ごとに聞かせてあげてもいい』
奴は確かにそう言った。
しかし、未だカツラの声はミュウツーに届いてはいない。
テレパシーもなしの礫だ。
発言を言葉通りに受け取るなら、必ず声を聞かせると約束したわけではない、とも解釈できる。
無人の道路を直進しながら、ミュウツーは考えうる限りの可能性を纏めていく。


可能性1。カツラを捕らえているというのはブラフ。
だが、それだと『声を6時間経過ごとに聞かせてあげてもいい』という発言の意図が不明となる。
偽のカツラを用意したように、偽の音声を用意すればいいものを、どうして疑いを差し挟む余地を作ったのか。

可能性2。カツラは捕らえられていたが、何らかの手段で脱出した。
声が送られてこない理由を説明できる、最も理想的な仮定だ。
しかし何故テレパシーが通じないのかという疑問は残る。

可能性3。カツラは捕らえられていたが、既に死亡している。
ギラーミンに殺害されたか、あるいは自ら――
言うまでもなく最悪の展開である。

可能性4。ギラーミンはカツラを捕らえているが、声を聞かせるつもりはない。
声を聞かせない理由は分からないが、この可能性も排除はできない。
ある意味では、最も厄介なパターンだ。


(駄目だな)

いくら考えても結論はひとつ。
『現状ではなにも分からない』
ギラーミンやカツラの側からアクションがない限り、ミュウツーは何も知ることができないままだ。
やはり当面はギラーミンの口車に乗るしかないのだろう。
二十四時間以内での三十三人の死亡。
四十八時間以内での勝利。
死ねばそこで全てが終わる。
条件は劣悪かつ不公平。
しかしひとつの手落ちもなくこなさなければならない。
マスターたるカツラが奴の手に落ちていない確証がない以上、それが最善の一手なのだから。


   ◇  ◇  ◇


現実は、どんな刃物よりも凄惨に胸を抉るという。
その言葉が事実なら、古手梨花の心は、今まさに深々と抉り抜かれているのだろう。
北劇場の周辺に銃声が響く。
バズーカを構えたラッドの胸を高速の抜き撃ちが貫いたのだ。
即ち、ウルフウッドによる二度目の射殺。

「……見間違いであって欲しかったんやけどな」

胸の中心を撃ち抜かれた肉体がぐらりと傾く。
しかし、やはり死なない。
ラッドは即座に脚を突っ張り、無理矢理な体勢でバズーカのトリガーに指を掛けた。

「痛てぇじゃねえか!」

トリガーが引き絞られる直前、ウルフウッドはラッドに背を向けて地面を蹴った。
そして拳銃を持っていない方の腕で梨花を抱え、全速力で劇場へと駆け抜けていく。
選択は、逃亡。
こんな開けた場所で梨花を護りながら戦える保証はない。
一旦劇場に逃げ込んで、一対一の状況を設えてから仕切り直しだ。
蒼白色の閃光が、寸前までウルフウッドのいた地面を焼却する。
芝生は一秒と持たずに炭化して焼失。
燃焼する可燃ガスの圧力が地表を吹き飛ばす。
熱が土から水気を奪い尽くして焦がし抜く。

「やっぱ逃がしちゃくれんか!」
「誰が逃がすかよ!」

ウルフウッドは灼熱の風を背に感じつつ、一階の窓から劇場に飛び込んだ。
窓ガラスは最初の砲撃で全て割れていたので、突入を遮るものは何もなかった。
爆風が窓枠を素通りし、部屋中の書類を天井まで巻き上げる。
侵入した先は、机やラックが所狭しと並べられた、およそ劇場らしくない部屋だった。
どうやら事務室として利用されているところらしい。
ウルフウッドは尚も足を止めず、梨花を抱えたまま廊下へ走り出た。
二人が劇場に逃げ込んだと気付かないラッドではあるまい。
あの砲のリロードに掛かる時間は分知らないが、撃てるようになり次第、容赦なくブチ込んでくるに決まっている。
それが分かっていながら、外から位置が丸分かりの場所に留まる理由など微塵もない。
まずは梨花を比較的安全なところに連れて行く。
奴を殺すのはその後だ。

「……ニコラス……」

腕の中で梨花が呟く。
ウルフウッドは「なんや」とだけ返し、走り続けた。
しばらくの沈黙。
梨花はそれ以上何も語らず、ウルフウッドも問い質そうとはしない。
廊下を抜けた先は、入り口からも通じているエントランスロビーであった。
入り口に面しているということは、ラッドが無造作に正面から入ってきても鉢合わせるということだ。
――ここもダメや。
梨花を隠れさせられる場所が見当たらない。
あの殺人鬼が梨花を見逃す可能性は低いだろう。
少年を一人殺しておいて、やっちまった物は仕方ねえ、などと言い切れる奴なのだ。
それこそ何の感慨もなく――楽しみはするかもしれないが――引き金を引くに違いない。
ロビーすらも後にしたウルフウッドが選んだのは、劇場の内部であった。
全ての照明が落とされた演劇用ホールは、しかし想像していたよりも暗くはない。
ウルフウッドが入ってきたのは二階席中央の扉。
そこからステージのある方向へと、光の坂道が延びていたからだ。
結論を先に言えば、それは通路の両脇に備えられた電灯である。
上演中に席を立っても階段等に躓かないよう、通路脇の座席の横には小さな明かりが用意されている。
無論、全ての通路と全ての階段に施された措置なのだが、ウルフウッドの位置からでは正面のそれしか確認できない。
そのため、ステージへ続く通路と階段が、光の点線に縁取られた一本の道のように見えていた。
見えない位置にある電灯は、消えてなくなったのではなく死角で光を放ち続けている。
そうして放たれた光は反射と回折を繰り返し、星明り程度のささやかさで観客席を照らしていた。

「あそこなら隠れる場所もあるやろ」

そう言うと、ウルフウッドは電灯に照らされた階段を駆け下りた。
一段飛ばしで風のように走り抜け、一跳びでステージに上がる。
ウルフウッドの目的は、舞台の両端にある道具置き場だ。
雑多な物品が置かれているであろうその空間は、隠れ場所としてはまさしく理想的だ。
梨花を小脇に抱えたまま、ステージ上手に垂れ下がった幕を潜る。
ウルフウッドの読んだ通り、舞台袖には大量の道具が放置されたままになっていた。

「暫くここで待っとけ。ワイが片付けてくる」

舞台袖の片隅にそっと梨花を座らせる。
ここには一切の光源がなく、真の暗闇に近い状態だ。
目の前にいるはずの梨花の表情すら、ウルフウッドには分からない。
不意に、ウルフウッドは己の腕を引く力を感じた。
身体のどこかを掴まれたわけではない。
スーツの袖を、小さな手が引いているのだ。

「……なんや」
「私達は、頑張った……。
 何度も失敗して、何度も絶望して……」

唐突に始まった独白。
ウルフウッドは拒むことも遮ることもせず、暗闇の向こうにいるはずの梨花に合わせて膝を折った。

「やっと終わったと思ったのに!
 やっと運命を変えられたと思ったのに!」

梨花の慟哭が舞台袖に響き渡る。
それはあまりにも悲痛な叫び。
数え切れないほどの惨劇を繰り返し、その果てに掴んだ未来すらも奪われた少女の嘆き。
裾を掴む力が強くなる。
ウルフウッドは何もせず、何も言わず、ただ静かに聴いていた。
古手梨花という少女の辿ってきた運命は、きっと自分の理解を超えている。
そう分かっていたとしても、いや、分かっているからこそ、耳を傾ける以外に術はない。

「ねぇ、教えて……。
 どうすれば、この運命を打ち破れるの……?」
「…………」

答えなど知っているはずがない。
ミカエルの眼で身につけた殺戮技術も、生体強化手術で得た戦闘能力も。
どれも古手梨花が望む答えからは程遠い。
敵を確実に殺し、自分は殺されない――それが精々だ。
ウルフウッドは梨花の頭に手を置いた。

「……正直、さっぱり分からん。
 おどれに何があったんかも、どうすれば脱出できるのかも、さっぱりや」

ウルフウッドの選んだ答えは、偽らないことだった。
理解したつもりになって半端な慰めを吐くより、こちらのほうがずっといい。

「でもな、死ぬつもりはあらへん。おどれを死なせるつもりもない。
 ……今はそれでええか?」

ウルフウッドの手の下で、梨花が小さく頷いた。
前にも交わしたことがあるような約束。
何の担保もない口約束。
けれど、今はこれが精一杯。
ウルフウッドはデザートイーグルを手に舞台袖を後にした。
さすがにあの男も追いついてくる頃合だろう。
北劇場中を探し回って、最後にホールへ至ったとしても、そろそろだ。
近付いてくるであろう敵を迎え撃つため、ウルフウッドは来た道を戻ろうとした。


その瞬間、二階席正面の扉が開き、ホールを眩い光が貫いた。


同時に放物線を描いて飛来する異様な影。
人間大のサイズがあるそれは、咄嗟に構えたウルフウッドの上を越えて、ステージの壁と激突した。

「何や!?」

驚愕するウルフウッドの傍に金属の筒が落下する。
それは紛れもなく、劇場の外で見たバズーカであった。
まさかと言う思いに駆られつつ、視線を上げる。
ステージの壁をへこませてめり込んだそれは、屋外でウルフウッド達を襲った男――ラッド・ルッソ。
自分達を追いかけてきていたはずの男が、細いプロペラのような金属塊によって、壁のへこみに押し付けられている。
衝撃で気を失ったのかだらんと四肢を垂らしていたが、やがて重力に引かれて金属棒諸共ステージに落下した。
ラッドを磔にしたこの武器にウルフウッドは見覚えがあった。
人間台風ヴァッシュ・ザ・スタンピートをしつこく追いかける、女二人組みの保険外交員。
その一人であるミリィ・トンプソンが持ち歩いている特殊銃の弾頭である。
短いガトリング砲のような形状をしたその銃は、普通なら片手で扱えるはずがない重量で、放つ砲弾も普通ではない。
発射されると同時に、弾頭が十字型に展開。
初速91km/h、弾頭重量4.1kgの運動エネルギーが標的を打ち据えて行動不能にする物騒な代物だ。
その破壊力たるや、非殺傷兵器として運用できていたこと自体が不思議でしかない。
ウルフウッドは開け放たれたままの扉を睨みつけた。
逆光の中に人の姿が見える。
アレが恐らく、ラッド・ルッソを吹き飛ばした張本人。
そして、ウルフウッドの次なる敵。

「おどれか、コレやったんは」
「正直――かなり驚いています」

逆光の階段を、その人影は一歩一歩下りてくる。
戸惑う様子もなく、しかし隙を見せることもせず、明確な意思を持ってウルフウッドに近付いていく。

「まさかこんなに早くあなたと出会えるなんて」

敵の名は――リヴィオ・ザ・ダブルファング。
リヴィオはガトリングのような銃を途中で捨て、代わりにスチェッキン・フル・オートマチック・ピストルを右手に収めた。

「丁度いい、続きを始めましょう。ラズロの代わりに僕が戦います」
「ラズロ……? 何のことや」

ウルフウッドの問いは心からのものだった。
しかしリヴィオは足を止めた。
表情こそ変わらないが、見る者が見れば、驚愕に思考を震わされていることが分かるだろう。
リヴィオはウルフウッドを知っている。
GUNG-HO-GUNSの10としてマスター・Cと共にウルフウッドの前に立ちはだかり、
二人が幼少を過ごした孤児院で死闘を繰り広げていた最中だったのだから。
それ以前にも交戦経験はあり、ウルフウッドの本意ではないにせよ共闘までしたこともある。
老化の促進によって変わり果てた姿も含めて周知しているのだ。
だが、ウルフウッドの方は違った。
今の彼は知らないのだ。
マスター・チャペルの生存も。
ラズロ・ザ・トリップ・オブ・デスの存在も。
『泣き虫リヴィオ』が"ミカエルの眼"の暗殺者となっていたことも。
それらは両者の決定的な齟齬であり、埋まらない溝であった。
リヴィオはステージの薄暗闇に佇むウルフウッドを凝視しつつ、再び歩を進めた。

「ラズロとマスターに付けられた傷が消えている……。
 急速な治癒の代償に記憶でも失ったのですか」
「さっきから失礼な奴やな。生憎と記憶力は良すぎて困っとるくらいや」

50AEの銃把を握り、身を僅かに屈めるウルフウッド。
アレが誰なのかは分からない。
けれど、言動の端々と身に纏う威圧感から理解できるコトはある。

「せやけど、おどれが『そういうモン』やってことは分かるで」
「そこまで思い出して頂ければ結構です」

リヴィオが階段を蹴る。
瞬きよりも更に早い。
次にウルフウッドがリヴィオの存在を知覚したのは、自身の左斜め後方。
物理的限界を凌駕した跳躍力は、リヴィオに先手を打つ権利を齎した。

「……ッ!」

振り向きざまにスチェッキンのトリガーを引くリヴィオ。
ウルフウッドの頭を狙い放たれた弾は狙い過たず直進し――額の横を通り過ぎた。
姿が消えたと知覚した瞬間、ウルフウッドは即座に身体をずらしていた。
回避運動の体勢のまま、50AEの銃口が火を噴く。
ノズルフラッシュが背景の幕を一瞬だけ照らす。
しかしそこにリヴィオはいない。
硬い靴底に擦られたステージが悲鳴を上げる。
連射される銃弾が次々と背幕と横幕を穿ち、細かな木片を撒き散らす。
ウルフウッドとリヴィオは人間の限界を遥かに超えた速度で移動し撃ち合っていた。
ここに梨花がいたとしても、二人が何をしているのか視認すらできまい。
単純な身体能力で言えばリヴィオの方が上回っている。
速度、筋力、反射はもとより、再生力も圧倒的だ。
しかし勝敗の天秤は拮抗していた。
スペックで劣っているはずのウルフウッドがリヴィオに追い縋り、隙あらば撃ち抜こうと図っている。
だが、リヴィオにとってそれは初めてのことではない。
孤児院における戦いで、リヴィオはラズロより先にウルフウッドと戦っている。
結果は、圧倒的な能力差を覆されての敗北。
ウルフウッドの恐るべき戦闘センスを見せ付けられた形となった。
そして今も前轍を踏もうとしている。
使い慣れた二重牙がないという言い訳はできる。
左腕の感覚が戻り切っていない不具合もある。
しかしウルフウッドも万全ではないのだ。
むしろ最強の個人兵装パニッシャーを失っている分、不利はウルフウッドのほうにあるだろう。
それでもなお競われるという事実が、リヴィオに決着を焦らせた。
一気に後方へ跳躍し、ウルフウッドとの間に十分な距離を取る。

「できることなら、貴方には使わず勝ちたかった」

数発の弾丸が残ったスチェッキンを足元に捨てる。
そしてベルトに差してあった94FAを抜き取った。
左腕がまだ使えないため、腰に差されたままとなっていたM94FA。
装填されている弾丸は――
ステージの右端から左端までを一気に詰める。
両者の腕が交錯し、それぞれの銃口が至近から互いの胸を捉える。

「さようなら」

ウルフウッドの総身に怖気が走る。
トリガーに指を掛けたのはこちらが先。
引けばこちらが六分で早い。
しかし四分は先に撃たれ――致命的な結果となる。
ただ銃弾で撃ち抜かれるより、ずっと取り返しのつかない結末に――

「~~~~ッ!!」

直感に従いウルフウッドは身体を捻った。
一瞬の後、ほぼ同時に発砲。
どちらの弾丸も標的を穿たず、ステージの床を破損させる。
そして、ウルフウッドの背後で床面が抉られるように消失した。

「何……やて」

横目でその現象を目撃し、ウルフウッドは眼を剥いた。
生じた隙を衝くように、リヴィオの繰り出した蹴りがウルフウッドを背幕に叩きつける。

「……今の、トンガリのアレとちゃうんか」

超越的な視点から見れば、ウルフウッドはエンジェルアーム弾頭のことを生涯知らずに終わる。
何故なら、ヴァッシュ・ザ・スタンピードがこの弾頭を作ったのは、ウルフウッドの死後だからである。
故に『アレ』とはエンジェルアーム弾頭のことではない。
銃弾に込められたものとは桁が違う、本来のエンジェルアーム。
フィフス・ムーンで月にに巨大クレーターを生み出した絶対な力。
それと同じ威圧感をリヴィオの弾丸から感じたのだ。
リヴィオは答えず、更にM94FAのトリガーを引く。
同時にウルフウッドの放った50AEの弾丸がエンジェルアーム弾頭と衝突し、虚空でその力を引きずり出す。
ウルフウッドは大気を抹消する力の余波に紛れて横に転がり、更に二発をリヴィオへ放った。
その超音速の弾丸を避け、舞台横の幕を撃ち抜く。

「これでも駄目ですか。まったく、大した人だ」

リヴィオはM94FAをしまい、代わりにもう一挺のM94FAを抜き取る。
エンジェルアーム弾頭は残り4発しかない。
弾の質よりも数が要求される現状、無理に頼っても使い潰すだけだ。
対するウルフウッドは、リヴィオが棄てたスチェッキンを左手で拾っていた。
50AEのマガジンに残った弾丸は奇しくもエンジェルアーム弾頭と同じ4発。
デイパックには29発の予備弾装が入っているが、補充のチャンスをくれる相手ではあるまい。

「そりゃこっちの台詞や」

と、ウルフウッドがあることに気がつく。
足りない――
この戦場に存在しなければならないモノが見当たらない。
開けっ放しの扉から差し込む光。
銃弾に穿たれた壁と床。
エンジェルアーム弾頭に抉られた痕。
プロペラのような形をした、十字型の金属弾。
足りない――
明らかに足りない――


ラッド・ルッソがどこにもいない――!



(あんにゃろどこ行きおったーーーーーー!!)



リヴィオの猛攻に意識を張り詰めていたとはいえ、あの殺人狂から眼を離してしまうとは。
梨花はちゃんと隠れさせたとはいえ、絶対に見つからない保証があるわけではない。
もし発見されればどうなるか。
そんなこと、想像するまでもない。

「――!」

ウルフウッドの視界から再びリヴィオが掻き消える。
リヴィオはウルフウッドの焦燥を見逃さなかった。
瞬時に間合いを詰め、眼前で一瞬減速。
そして更に地面を蹴り、背後へ回る――というフェイントを掛ける。
眼前に見えた姿が消えた瞬間、ウルフウッドはスチェッキンを持つ左腕を背後に振り向けていた。
鋭すぎる直感が裏目に出たのだ。
無防備に晒された右半身に、リヴィオは冷えた思考でM94FAの.45口径弾を――


「死ぬなよ、『リヴィオ』」


とん、と――
リヴィオの胸に軽い衝撃が走る。
拳で小突かれた程度の、痛みですらない感覚。
どういうわけか銃身から外れている、スチェッキンのマガジン。
そして、それをリヴィオの胸に押し当てる、50AEの銃口。
ノズルフラッシュ。
密着距離で放たれた弾丸はマガジンと内容弾装を貫通、胸筋と肺臓を穿つ。
弾丸の熱と摩擦が弾装のガンパウダーを加熱させ、リヴィオの右胸で小規模な爆発を巻き起こした。

「ガッ……!」

皮膚と胸筋が四散する。
剥きだしになった肋骨と僅かばかりの肉の向こうで、薄紫の肺が赤く染まっていく。
ウルフウッドが左腕を振り抜いた勢いでスチェッキンの銃身を投げ棄てた。
そこから最大限の加速を付けられた左の手刀が肋骨の隙間に突き刺さる。
骨を押し分け、神経と血管を引き千切り、風船のような肺臓を容赦なく押し潰す。
血の混ざった息がリヴィオの口から噴き出す。

「思い出して……いたんですか……」
「気付いただけや。言ったろ、記憶力は良すぎて困っとるって」

簡単な消去法だった。
あれだけ自分を知っているように振舞っていたのだ。
そんな相手は、名簿の中でヴァッシュ・ザ・スタンピードを除いた唯一の故知、リヴィオしか心当たりがない
まさかとは思っていた。
ありえないとも思っていた。
『泣き虫リヴィオ』がこんな冷たい眼をするなんて思えなかった。

「しばらく寝とけ。その身体なら死にはせんやろ」

胸から左腕が引き抜かれた。
赤く染まった袖口と手が大気に晒され、ごぽりと血が溢れる。
異常なまでの回復力と運動能力。
人相まで変わるほどの急速な身体的成長。
そこに"ミカエルの眼"が絡んでいることは想像に難くない。
重心を崩し、床に倒れ込んでいくリヴィオ。
ウルフウッドはリヴィオの背中を一瞥し、梨花の待つステージ上手へ駆け出そうとした。


その瞬間、凄まじい衝撃がステージを揺らした。






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