英雄

ブラック・サイクロプスは、弱い。
いや、リング上では無敵であり、デュエルのデッキもそこそこのものだ。
しかしデュエルでの彼は、弱い。
考えることが苦手であり、知力戦に持ち込まれたら一瞬で脳みそがショートしてしまうのだ。

だがそんな彼でも、結社ライトロードの下っ端くらいなら勝てる。
ライトロードは強力な下級モンスターでデッキからカードを墓地に送りながら、最終的には裁きの龍を光臨させて勝つデッキ。
だが強力とはいえ、サイクロプスの下級モンスターには敵わない。
強力な悪魔族に蹂躙され、光の結社の男は無残にも敗れ去った。
「ぐおああ!!」
「ふん!!腕を磨いて出なおしてこい!!
さあ次は誰が相手だ!!」
「ひ、ひぃ~!!!」

デュエルアカデミア近くの市民公園。
普段は子供達の憩いの場となるその場所も、今は戦場になっていた。
とあるライトロードの幹部が、突如公園を占拠。
公園にいた子供達を誘拐し、ライトロードの組織にしてしまおうという魂胆だ。
だが、偶然近くを通りかかったサイクロプスにとって、その計画は水泡と化す。
結局ライトロードの軍団は逃げ出し、子供達はさらわれずに済んだのだった。

偶然とは言え、子供達を救ったのは事実。
サイクロプスはすぐさま、子供達に感謝されることとなる。
「大きなおじさん!ありがと~!」
「怖かった~、っておじさんも怖いけど、正義の怖い人なら良い~!!」
「お…おう、ありがとな!」
覆面をしている為わからないが、サイクロプスは今、照れている。
リング時代に彼を慕う人間は、自分と同じ男か、女がいても筋肉モリモリで余り女と言える存在ではない者達。
デュエルを始めても、自分を慕ってくれる子供などいない。ノルムは明らかに自分をバカにしているし。
だからこそ、自分は子供達にどう接して良いか、わからないのだ。
撫でても良いのだろうか? 壊れたりしないだろうか?
決して不愉快ではない。だが、どうして良いのかわからないのはやはり、辛い。

だからだろうか。
次に聞こえてくる言葉に、少々安殿してしまったのは。

「やはり行動を起こしましたね!筋肉ムキムキマッチョマン!!!」
特徴的なサイドテールを持った、セーラー服の女子小学生が、自分に声を掛けてきた。
「子供達の信頼を得ることは、街の信頼を得ることに等しい…
つまり貴方は悪の行動をしやすいがために正義の行動をしている!違いますか!?」
「…おい、俺はそんなこと一片たりとも考えてないぞ
ここを通りかかったのも偶然だし。」
「あら…そうなのですか?」

素っ頓狂な「推理」をかます少女の名は雪本ありか。
たまにサイクロプスに付きまとう自称探偵だ。…が、その推理は全く当たることはない。
しかし、先程までライトロードが暴れていたこの場所にいると言う事は、勘か運はいいのだろうか?

「……むう、確かに子供達の笑顔は、貴方を悪役とは言って無いですね。」
「ありかちゃん、この人は私達を助けてくれたのよ。
…私達、少し前まで冷凍されてたのですから」
「冷凍!? …あいつらの仕業かもしれませんね!
…っと、筋肉ムキムキマッチョマンさん! 疑ってすみません!」
どうやらありかと子供達は知り合いらしい。
そしてありかも、他人の意見を尊重せず自分の考えだけをズガズガ押し付けるような事はしない。
故に話はスムーズに蹴りがついた。
「しかしあの女、こんな公園にまで来るとは。学校ばかり襲うと思ってたのですが。」
「…、お、女?ライトロードにまで女がいるのか」
サイクロプスは少しうろたえる。どうも彼は、「女性」という存在が苦手だ。
憎いわけではなく、精神的に彼より強いものが周りに多い為、子供達とは別の意味で接しにくい。
「いや、さっき戦った奴らに女の姿、というか声は無かったな。」
「…ありゃま、剣闘獣使いの美人がいると思ってたのですが……むむむ。」
「何がむむむだ、俺は帰るぞ」
サイクロプスはどさくさに紛れて帰ろうとする。
少し残念そうな子供達の声が聞こえるが、ありかが「よし!デュエルしよう!」と突如提案したお陰でなんとかなった。



その帰り道だった。
…ありかの奴、本当に勘は良いんだなと思った。
今、サイクロプスは、「結社ライトロードの女」で「剣闘獣使い」に絡まれている。デュエルをしているのだ。
相手は、ケープを羽織った少女達を率いる、和服の女。エリン・ロリンズ。
彼女達の狙いは、公園にいる子供達…というか、少女達だ。

「悪の組織たる貴方が、我ら悪の組織の邪魔をするとはな。」
「ふん!今の俺は正義パワーに溢れているんだ!!
そう簡単にはいかぬぞ!!」

確かに「そう簡単」にはいかなかった。
サイクロプスのフィールドには、ゴブリンエリート部隊と、ジェノサイドキングデーモン、デーモン・ソルジャーが居座っている。
更に手札は5枚ある。
LPは2400しかないが、しかしペースはこちらのものだ。
対するエリンのフィールドは、空だ。 LPは3600。
しかし、伏せカードが4枚ある。恐らくいくつかは罠だろう。もしくは全てか。
だが、サイクロプスにとっては、あの伏せカードが何かを思考する事は難しい。
しかし、罠カードで攻撃を躊躇して場を整えられるのも嫌だ。ならばせめて罠を除去して、後続に有利な状況を作り出すべきだ。
最悪、手札にはあのカードがある。

「俺は、ソルジャー、ジェノサイド、エリート部隊の準で攻撃を仕掛ける!」
「伏せカードオープン! 聖なるバリア、ミラー・フォース!」
「…ちっ、手札から月の書発動! エリート部隊を守備表示にする!」
あのカード、月の書だ。
サイクロプスにしては手の込んだ戦術であるが、しかし彼にとっては、今まで幾度のデュエルでやられてきた戦術である。
だから今回は自分がそうしたまでだ。
「更に俺は、強制脱出装置を発動!!…ここはデーモン・ソルジャーを手札に戻す!」
ジェノサイドキングデーモンは、フィールドにデーモンがいなければ壁にしかならない。
そして手札にはデーモンがいなかったのだ。 だが、一応モンスターを残すことには成功した。
「俺はこのままターンを終了する」

「では、私のターンだな! ドロー!!
…死者蘇生を発動、ペストロゥリィを特殊召喚、更に手札からラクエルを召喚だ」
「げ!」
サイクロプスは、幾度と無く出現し、フィールドを荒らしまわる「あいつ」の登場を予感した。
無論、エリンも、召喚した二体の剣闘獣をフィールドに戻し、出した。
「ガイザレス」を
お陰でせっかく残したエリート部隊と、ついでにリビングデッドの呼び声が破壊されてしまった。
「バトルだ! 私はガイザレスでダイレクトアタック!」
「ぐう!! 余り使いたくは無いが…バトルフェーダーの効果を手札から発動する!」
「ほう、こちらは何もできないか」
攻撃力の低いモンスター。サイクロプスはそういうモンスターが弱いと思っている。
だが、数値以前に「役立つ」という他人の声とか「海外だとレアリティが上がっている」とかいう事実が、
サイクロプスがフェーダーを採用するに至った理由だ。
そして、1枚だけ刺していたそれが、土壇場で役に立った。

「ありかと同じタイプだと思っていたが、案外小手先も利用するんだな。
…ターンエンドだ!」
「フェーダー!!小さいくせにやるじゃねえか! けど悪いがもう一働きしてもらうぜ!」
サイクロプスが嬉々として、小さな悪魔を褒める。
流れは完全に彼の物だ。
「俺のターン! ドロー!
サイクロン、サイクロン、そして血の代償を発動!」
敵が強敵の場合は、隙を見せるまで耐えて…そして一撃必殺。
サイクロプスの戦術は見事に当たった。運もあったが。
サイクロンで、敵の奈落の落とし穴を2枚割る事に成功したのだ。
「確か奈落は準制限だったな。つまりもうない!」
召喚を妨害するカードがあるとしても、除外でなければ怖くは無い。
最後の1枚が気になるが、しかし躊躇している暇はない。
「俺はフェーダーをリリースし、デーモンの召喚を…呼び寄せる!
更に血の代償の効果を発動、LPを500払い…偉大魔獣 ガーゼットを召喚!!」
サイクロプスのエースが出た。攻撃力5000。 これが通れば、勝てる。
…子供達の笑顔を、守れる!
「バトル!」
「…私の負けだな。 伏せカードは休息する剣闘獣だ。」
そしてエリンのLPはゼロになった。

「あんな守護神がいたら子供達を狙うことなんかできない。
…それに別の奴らが動いていた形跡もある。今日は退くとしよう!
皆、さっさと帰るぞ!」
デュエルが終わり、ソリッドビジョンが消えた瞬間、エリン達はそそくさと撤退を始める。
統率の取れた動きだ。
同じ結社ライトロードでも、率いる者が違ったら下っ端の素質も違うのだろう。
今回は退いてくれたが、もし彼女達とのデュエルになったら…先程のようにはいかないだろう。
だが、考えるのはここまでだ。
サイクロプスは考えるのが大の苦手だ。
今回のデュエルもサイクロプスにしては思考しすぎた。 つまり…脳みそが限界だ。

「今日は早く帰ろう…、くそ、頭が痛いぜ……。」


サイクロプスの信念は、「力こそ全て」
だが、その力で弱き者を守るのも悪くは無い。 錯覚かもしれないが、サイクロプスは少しそう思っていた。
何故なら彼は「子供達の英雄」に、二度もなってしまったのだから…。


お終い。

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最終更新:2011年05月04日 07:59