回顧のデュエルバーmay

「・・・こんばんわ」

バイトロンのぬいぐるみを愛でていたアタシは、小声のあいさつに気付いてドアの方を見た。

「あらいらっしゃい。いつものでいい?」

この店の常連客の一人――美琴がコクリとうなずくと、カウンター席に座る。
アタシは冷蔵庫から自家製のオレンジジュースを取り出す。

「はいおまたせ」
「・・・ありがと」

美琴はなかなかジュースに口をつけず、物憂げな顔でグラスをかき混ぜていた。
カラカラと音を立てる氷に溜息が混ざる。
長い間を空けて、ようやく美琴はジュースを一口口に含んだ。

「恋の悩みだね」

ぶふっ。
狙い澄ましたようなタイミングの一言に、美琴は思わずジュースを噴き出す。
目の前で展開されたベタなリアクションに蘭はケラケラと笑った。

「ちっ・・・違うし!あんな奴の事なんてどうでもいいし!」

美琴は顔を真っ赤にしながらペーパータオルでジュースを拭く。
力加減を間違っているのか、ガタガタとカウンターが揺れた。

「分かりやすい子」




「・・・蘭さんてさ、恋とかした?」

美琴がふと顔を上げ、蘭に尋ねる。

「そうだねえ、あれは何年前だったっけ」

蘭はグラスを拭きながら、数年前に思いを馳せた。

「大学に入って初めて彼氏ができてさ、あの頃のアタシは恋に燃えてたねえ」



…そう、アタシが18の頃。
コンパで知り合った彼に恋をしたんだっけ。
一目ぼれって奴かなぁ。白い歯を見せてさわやかに笑う彼にグッときたんだよね。

それからはもう彼の事しか考えられなくなってさ。
優しいその人がを見せて笑いかけてくれる度に、真っ赤になって俯いてたっけ。

そんな状態が2か月くらい続いたかな。
飲み会の席で友達が気を効かせてその人と二人にしてくれてさ、アタシは酒の勢いを借りて告白したのさ。

…え?何て言ったかって?
忘れちまったね、そんな事。

アタシはその後ハッと我に返って、「言っちゃった!」と思って俯いてもじもじしてたんだけどね。
その人はまた白い歯を見せて「いいよ」って言ってくれたんだよ。
嬉しかったねえ。もう天にも昇るような気持ちだったよ。

それからのアタシはもう毎日ウキウキよ。
いつもいつも彼にくっついては友達に冷やかされてさ。
「やだもー」とか言いながら内心は嬉しくてたまらなくて。
もう夢の中にいるような気持ちだったね。

彼、オープンカー持っててさ。
助手席に乗せてもらって色んなところ行ったなぁ。
トレンディドラマみたいに海水浴でもないのに海なんか行ったりしてさ。
いやー、青春してたねえ。

…え?キス?
フフ。さあ、どうだったかな。

ちょっとゴメン、タバコ吸わせてね。
ふーっ。

そんな調子の日々がかれこれ2年続いたかな。
ある時彼から電話で呼び出されてさ。
彼の声がいつになく硬くて改まった様子だったからさ、アタシは遂にプロポーズかと思ってね。
今思えばそんな訳無いよねぇ。
でもアタシは「まだ学生なのにどうしよう」とか「ご両親への挨拶どうしよう」とか「新婚旅行はどこにしよう」なーんて考えちゃって。
もう舞いあがっちゃって、いつもより気合入れてオシャレして行ったんだよね。

で、待ち合わせの喫茶店に着いた。
彼はちょうどさっきのアンタみたいな様子で、アイスコーヒーをかき回していたんだ。
真っ青な顔、溜息つきまくりでね。

で、アタシが席に着くと一言。

『別れてくれ』

この一言でもうアタシは真っ逆さまよ。
目の前が急にぼやけて、自分が泣いているのに気付いたね。
涙ながらに訳を聞いたんだ。アタシの何がダメなんだ。アタシに出来る事なら何でもする。
そしたら彼は言ったんだ。

『君と並行して付き合っていた女に子供が出来た。彼女と結婚する』

ってさ。
美琴・・・怒らなくていいよ。昔の話さ。

どうやら聞くところによると、アタシと付き合うずっと前からその子とは続いてたらしいね。
アタシはいわゆる『箸休め』だったみたいでさ。まったく器用な男だよ。
怒りよりも落胆が大きかったねえ。
あの笑顔は自分だけの物じゃなかったんだ・・・ってのがさ。

そのままふらふらと店を出てさ。
家に帰ってわあわあ泣いたよ。

やがて泣き疲れて落ち着いてきて、アタシは彼の事はフッ切ろうと顔を上げた。
ちなみに当時はアタシ黒のロングだったんだ。
明日からは気分を変えようと鏡の前に立って・・・。



「そうして出来上がったのがアタシのこのヘアスタイルなのさ」

「・・・・・・」

「いや、少女マンガとかで失恋した女の子がショートヘアにするってよくあるじゃん」

「ショートにも程があるだろ・・・」

「今じゃ結構気に入ってるのよ。ウィッグで髪型も自由自在だしね。・・・そうだ、バリカンどこにしまったっけ」

「やらねえよ!」

美琴は激しく突っ込みを入れる。
その様子を見て蘭は笑った。

「フフ、元気になったじゃないか」

いつの間にこしらえたのか、カウンターからミントの葉の乗ったバニラアイスが差し出される。

「湿っぽい話して悪かったね。こいつはアタシのおごり」

「そんな、あたしが聞きたがったんだし・・・。こっちこそ、思い出させちまってゴメン」

「いいのさ。アキラとならアタシみたいな事にゃならないだろうしね。ガンガン攻めなきゃ損だよ」

「べっ、別にあたしはそういう訳じゃ・・・」

「ハハッ。今日は客も来ないし、それ食べ終わったらデュエルと行こうよ」

「望むところ。蘭さんには一度負けてるからね。雪辱晴らさせてもらうよ」

甘い物のお陰かもうすっかり元気になった様子で、美琴は笑顔を見せる。
かくして、乙女二人の談笑と共に、デュエルバーmayの夜は更けていくのだった。

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最終更新:2011年07月14日 01:25