なんかどうでもいいSS

 ウォン……ウォン……ウォン……(特に意味のない擬音)
「アウナス! 代行天使だけノータッチだったぞ!」
「天使はまさしく日の出の勢い。前回少し痛めつけられたから今回は許されたのかしら」
 神乃木一郎がカードショップmayの扉を意味もなく乱暴に開いて飛び込んで来て放っ
た第一声に対し、落ち着いた声が出迎えた。
 ほんの挨拶代わりのやり取りである。
「……………………意外に落ち着いているんだな」
「取り乱していた方がよかった?」
 アウナはファイルに収められたエクシーズモンスターのカラーコピーから目を離し、神
乃木と、そして後から続いて入ってくる湯納正斗と目を合わせる。
「いや、俺は特にそういう期待はしていない。だが実は、来る途中に湯納が「アウナさん
落ち込んでないかな」とかやたら言っててうるさくて……」
「ちょっ、神乃木さん! ばらさないで下さいよ!」
「そう……しかし今はそれよりカミノギ、魔轟神子ちゃんを慰めてあげて」
「なにぃっ…………!?」
 魔轟神子ちゃんと聞いてポーカーフェイス男・神乃木一郎が渋い顔をする。
 畳んだファイルから手を離したアウナが、移動を促すように二人を一瞥してから店の奥
へと引っ込んだ。
「落ち込んでいるという予想だったが、アウナス専門家の湯納はあれをどう見るんだ」
「誰が何の専門家ですか。……まあ、辛いのや苦しいのを押し込んで無理してる、って風
ではありませんね。普段通り、敵を縊ることだけ考えていると思われます」
「そうなのか?」
「良くも悪くも露骨な人ですから」
 店の奥にあるデュエルスペースまで進んでみると、靴を脱いで椅子の上に体育座りして
いる魔轟神子ちゃんがめそめそと泣いていた。時々手足をバタバタさせ、絶望に打ちひし
がれているといった風である。
「ひッく、ひっく、ギグググギギギ、ふぐぐうぅぅぅ……アウナぁ、アウナぁ、助けてぇ
……ロンファがぁ、貪欲がぁぁ、ライブラリアンとフォーミュラがあぁ……制限にっ制限
にィィなっちゃったよおおぉぉぉォォォ……やだ、やだ、やだぁぁ」
「わたしに縋りつくのはいいけど、とりあえず鼻かんで、はい」
「んんん、ち~~~ん!!」
「情緒不安定、憔悴、栄養欠如……そんなことでは邪悪な敵を殺せないわ」
 いざとなると豆腐メンタル少女にすり変っちゃう魔轟神子ちゃんをあやしながら、湯納
と神乃木に目配せする。
「だって、だって! 貪欲が一枚になっちゃうんですよぉ! そしたらッわたくしの魔轟
神が勝てなくなって見下されるようになって、窮屈な思いをして這いまわって這いまわっ
て、挙げ句に細々とみじめな1:1交換っばっかりするようになって、うわあああ、ああ
ああああああ、あああ、どうしましょう、どうしましょう……」
 ガン伏せ超妨害環境を魔轟ソリティアで戦ってきた割には弱気である。
「と、朝からこんな調子なの」
「これは酷い」
「色々な意味で」
「そういう訳だからカミノギ、後は任せたわ」
「マジか」
「がみのぎおにいざまぁ~~……」
「わかった、わかったから落ち着くんだ」
 クソゲー萎えゲーに耐性があり、女性の扱いをほどほどにこなす神乃木一郎も、これに
はさすがに呻吟せざるを得ない。
「ところで代行天使がノータッチといっても神乃木さんのヴァルハラ軸天使は多少苦しく
ありませんか」
「ああ……なかなかに身の細る思いだ」
 一言を残して神乃木は、プチ恐慌期からしょんぼり度MAX期に移行した魔轟神子ちゃ
んの隣に腰を下ろすのだった。
 実は魔轟神子ちゃんが制限改定を経験するのはこれが初めて。そんな改定処女の彼女に
とってみれば環境が変わるのは別の国に投げ出されるのも同じことだ。新環境を不安に思
う気持ちが、現在ネガティブな発想だけを極限まで増幅させているという寸法である。
「で、わたしが落ち込んでいると思ったの? ユノー」
 魔轟神子ちゃんを神乃木に強制転移することに成功したアウナが湯納に向き直る。
「正直そう思ってました」
「ユノー、前も言ったけれどわたしは……オネストが準制限で超時空戦闘機がもう戦えな
い~、とか、弾圧が制限でメタビ息してない~、とか、そういう弱音は虫唾が走る。規制
強化ごときで絶望するなら起動効果ルール改定のとき自殺しているわ。どのみち殺し合い
だもの……敵が死ぬならパーツなど何でもいい」
「その割には微妙に機嫌悪そうに見えますけど」
「だって落ち込んでないかどうか訊かれるの、あなたで二十回目だもの。いくら不死武士
レベルに寛大なわたしだといってもこれは」
「ああーなるほどー……って二十回ですかー」
 どうしてこうも、みんな考えることが同じなのか。
「とはいえ、ダメージが無いわけではない。イービル超栄養の成功率が概算4%ほど下が
ったわ。処理に失敗した場合が面倒なので、コピー・プラントを使ってギガンテック・フ
ァイターでも出そうかと思っているけれども……」
「悲願ですねぇ、モンスター処理用の1×2エクシーズ」
「まったくもって」
 罠不要論がまかり通るのなら、植物はモンスター効果のパーミでゴリ押しするという選
択肢をとることになる。スキドレは割られ易くなるが他のスキドレデッキと比べて依存度
は格段に低いので即死する程でない。
 制限改定で宇宙の法則が乱れてもアウナは案外落ち着いていた。結論。
「ガン伏せゲーが涼風という訳では決してありませんでしたが、サイクロン無制限はなか
なか酷です」
「はてさて、これからを担うメタカードは、と――」
 そうして湯納とアウナが、イチャついているものと頻繁に勘違いを受けている、めくる
めく対策カード・サイドデッキ議論に興じようとしたところ。
「ウオオオオオオオオオ」
 神乃木突入時の数倍くらい乱暴にショップの扉が開かれ、威圧的な存在感を放つ大男が
転がり込むように突入してきたではないか。
「お前は! ハンバーグ!」
「元気そうね、ハンバーグ」
「え、ハンバーグって俺様のこと!? ……いいい、今はそんなのどうでもいい!」
 カズキングダム的ウジャト眼の模様が入った覆面を常時かぶり続ける、巨躯にして半裸
の大男デュエリスト、ブラック・サイクロプスだ。
「こんにちはサイクロプス、そんなに慌ててどうしたの」
「おうおう、アウナよう……実はっ、実はよう」
「……まあ見当はついているわ。サイク3大嵐1体制にびっくりしたんでしょう?」
「そうなんだよォ! いや、俺様自身は別に大丈夫だろって最初思ったんだけど、周りの
ヤツがやたら「永続軸デッキ死亡(笑)」とか囃し立てやがってよう!」
 今日はノルムも藤山も帝人も本気で忙しくて相手してもらえなかったから、最後の望み
としてカードショップmayに駆け込んだのだそうな。
「んっふふふふッ……この時期の熱気はたまらないわぁ。弓奈さん気象観測では今日は晴
れときどきバカップル。カードショップmayは一部だけ大熱波」
 続いてまた一人。関連グッズのコーナーから音も無く忍び寄ってきた女が、するりとア
ウナの肩に巻き付いて首筋に指を這わせた。
「やめて頂戴ユミナ。くすぐったい」
「あらぁ……あなたも湯納の次くらいには釣れない子だわぁ」
 夏祭りの時に気まぐれで衝突しておきながら、次に出会ったとき別段これといった珍エ
ピソードもなく気まぐれでアウナと仲良くなったという、露出の激しい服を着た妖艶な女
性、近神弓奈である。
「んふふ、あなたたち二人が所構わずイチャつくから妬けちゃうわぁ」
「ああ……はい……そうですね」(棒)
「でもぉ、手すら握れないようじゃ王子様になれないわよぉ?」
「何言ってるんですか……」
 そうやってアウナと湯納を好きなだけ冷やかしたら、猫のようにさっさと離れてしまう
のだった。
「ユミナには改定もあまり影響がなさそうね」
「いえ、彼女このあいだ対応力を上げるためと言ってシンクロ込みのリチュアを構想して
いたので、フィッシュボーグガンナー禁止には出鼻をくじかれる形になりました」
「そう…………あら?」
 としあき店長が寝こけているカウンターの端あたりに置いたはずだった、エクストラデ
ッキ分類カードの見本ファイルが、いつの間にかデュエルスペースの机にぽつんと置かれ
ていることに気付いた。
 しかし近寄ってアウナが手に取ろうとすると……机の下から急に伸びてきた白く細い手
にそれを掻っ攫われてしまう。
「クスクス……くすくすくす……いつからデュエルスペースはデートスポットになったん
だか……ねえ、ア~ウナ~♪」
 魔轟神子ちゃんとは違った、ホイミスライムよりはミミック寄りなクスクス笑いと、ボ
ソボソ声が影の底から響くのだ。
 やがて、一人の少女が見本ファイルを片手にヌルッとそこから這い出してくる。
 こちらは先の改定で規制され尽くしたため死霊無制限くらいしか影響のない、ショップ
mayの影のマスコットキャラクターにしてエキセントリック少女、辻である。
「口は……挟まないから…………くすくすくす……思う存分やってていいよ」
「待って下さい、私とアウナさんはいつもちょっと長話しているだけなのに、イチャつい
ているものと扱うってどうなんです?」
「くすくす、クスクス、これはこれは、くすくすくす…………夏祭りの日……」
「え?」
「……人前であんな恥ずかしいコトしてたじゃない……思わず写メ取っちゃいましたよ。
ちなみに近神さんと蘭さんにバッチリ見せました……」
「ちょっとぉーッ!?」
 そこまで言ってすぐ、具体的な写メの内容などは一切明らかにせず、ただ何かを握って
いるらしいことだけを臭わせ、辻が机トワイライトゾーンに再び潜った。岩の隙間に逃げ
込むエビみたいな動きには、湯納も変な感心を覚えてしまう。
「写メに撮られた恥ずかしいコトって……やっぱり「あーん」の事なんでしょうか……」
 辻が何故机の下に潜んでいたのかは皆目見当がつかぬままだ。
「うわあぁぁん、神乃木お兄様ぁ~ん…………すりすり❤」
「なあアウナよおぅ!? 最終突撃とスキドレは完全死亡状態なっちまうのか!?」
「くすくす、クスクス……はあ…………鳥と魚の空回り、いつ始まるのかな……」
 にわかに人が増えたカードショップmay。徹夜で倉庫に潜って開闢の使者を探しまく
ったとしあき店長もようやく目覚め、ウィンドウ内のカードを整理しながら話の輪に加わ
ってくる。
 おだやかな日常だ。
 だがこの安寧も嵐の前の静けさ。やがて来る戦いのための充電期間のようなもの……。
「――大変だ! ライトロードの党員どもが躍り出てきたぞ!」
「大喜びで勝利宣言とかしまくっててヤバイぞあれ!」
 何が大変なのかはわからなくとも、誰かが発したその叫びを聞くや、数人の顔色が険呑
なものに変わった。
「アウナさん」
「無論」
 そして戦いの準備を始める湯納&アウナに釣られてか、他の面々も装いを整えだす。
 デュエリストたちの名もなき暴戦の始まりである。
 ……
「あ……勝ち誇ってるところ悪いけど、まだ改定前だから罠ガン積みでボコるわね」
「私も同じく」
「右に同じ」
「くくく……くくくくく。はい、はい、私も私も、と……」
「ぬっふふふふぇへへ、わたくしもです」
「バウンス罠・ハンデス罠三昧でいいかしらぁ?」
「スキドレ! 圧倒的スキドレ!」
 そう言われたうえで有言実行された白装束たちの断末魔が頭に残る湯納であった。


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最終更新:2011年08月25日 05:20