月下の英雄 後編

『…彼女が心配なんだ。様子を見てほしい』

望から連絡を追いかけてみれば、なんか妙な雲行きになってしまった。
一人で飛び出して行った美紗をバイクで送るだけの話だと思ってたが、まさか深夜の往来で変態とデュエルとは。

「…気をつけて。月蓮はアンデットと儀式の混合デッキよ。シナトで攻撃力を補ってる」

美紗の助言に、黒剛はうなずく。
ギャラリーからのアドバイスはデュエルマナーとしては最低なのだが、今は緊急時だ。

「わかった。そこで待ってろ、すぐに終わらせる」

「先攻はそなたにくれてやる。さあ、カードを引くがいい」

月蓮の声を受け、黒剛はカードをドローする。
アンデット族…墓地からの蘇生を得意とする厄介なモンスター群だ。
その反面攻撃力が低く、その為にシナトで攻撃力を補っているのだろう。
だが相手は邪神結社、どんな手段で襲ってくるかわからない。
黒剛は考えた末罠カードをセットし、終末の騎士を召喚する。
召喚時にデッキから闇属性を墓地に送る効果を持つ、様子見にとりあえず召還するにはぴったりのモンスターだ。

「こいつの効果により、俺はインヴェルズ万能態を墓地に送ってターン終了だ」


黒剛
手札:4 LP:4000
場:終末の騎士 伏せ魔法罠*1

月蓮
手札:5 LP:4000


「決闘の最中に戦術を漏らすとは、興を削ぐ女よ」

月蓮は美紗を横目で睨む。
彼の冷たい視線に、美紗の背中を悪寒が走った。

「…まあいい。滅びゆく者には丁度いい手向けよ。拙僧のターン」

カードをドローする月蓮。
少しの間考える素振りを見せると、手札からモンスターを一体召喚する。

「拙僧は馬頭鬼を召喚。終末の騎士に攻撃しよう」

馬頭鬼。
アンデット族を蘇生する強力な下級モンスター。攻撃力も下級としてはそこそこの数値だ。
甲高く一声嘶くと、マサカリを振りかぶり終末の騎士に突進する。

(俺のデッキはとかくライフを食う。ひとまずこいつの攻撃力を頂くとしよう)

黒剛はその攻撃に合わせ、待ってましたとばかりに伏せカードを発動する。

「トラップ発動、ドレインシールド!」

終末の騎士の前に現れた大きな盾が、馬頭鬼の斬撃を吸収した。
これで黒剛のライフは5700。
得体の知れない相手にも余裕を持って切り込める数値だ。

「…」

トラップに掛った事にも表情を崩さず、月蓮はバトルフェイズを終了する。

「…拙僧はカードを一枚セット。ターンエンドだ」


黒剛
手札:4 LP:5700
場:終末の騎士

月蓮
手札:4 LP:4000
場:馬頭鬼 伏せ魔法罠*1


「俺のターン…インヴェルズの門番を召還する」

上級インヴェルズの生贄には向かない終末の騎士。
このまま維持しても仕方が無いので、エクシーズ素材にしてしまうとしよう。

「レベル4の終末の騎士とインヴェルズの門番をオーバーレイ、インヴェルズ・ローチをエクシーズ召喚」
「…ほう」

このカードはレベル5以上のモンスターの特殊召喚を二回まで打ち消す。
墓地に上級モンスターは見えないが、馬頭鬼が居る以上警戒に越したことは無い。

「インヴェルズ・ローチで馬頭鬼を攻撃」

ローチは疾風の様に馬頭鬼の目前に迫り、レイピアがその脳天を貫く。
馬頭鬼はたまらず破壊され、墓地に置かれた。


黒剛は魔法罠を一枚伏せると、ターンエンドを宣言する。


黒剛
手札:4 LP:5700
場:インヴェルズ・ローチ 伏せ魔法罠*1

月蓮
手札:4 LP:4000
場:伏せ魔法罠*1


「拙僧のターン…夜叉を召喚」
「や、夜叉?」

黒剛は驚いて声を上げる。
アンデットと儀式ってだけでも妙な組み合わせなのに、スピリットまで仕込んでいたとは。
なんて無茶なデッキだ。
その胸中を察してか、傍の美紗が黒剛を叱咤する。

「油断しちゃだめよ、黒剛」
「わかってるさ」

「夜叉の効果を発動。そなたの伏せカードを手札に戻させて貰おう」

夜叉の起こした激しいつむじ風が、黒剛の魔法・罠ゾーンに迫る。
その効果にチェーンし、黒剛は対象となった罠を発動させた。

「リバースカード発動、八汰烏の骸!
 相手がスピリットモンスターをコントロールしている場合、カードを二枚ドローする事が出来る」

黒剛はカードを二枚ドローする。
今度は月蓮の方が驚きの表情を浮かべた。

「何と、そんなカードをデッキに入れていたとは」
「こっちの台詞だ。二番目の効果使ったのなんて初めてだよ」
「まあいい。そんなモンスターに居座られては困るのでな。インヴェルズ・ローチに攻撃」

夜叉の攻撃力は1900。
ローチと刺し違え、両者とも破壊される。

「カードをセットし、ターン終了だ」


黒剛
手札:6 LP:5700
場:

月蓮
手札:3 LP:4000
場:伏せ魔法罠*2

「俺のターン」

黒剛がドローしたのは手札抹殺。
思わぬ2ドローに随分と潤った黒剛の手札だが、少々モンスターがだぶつき気味ではあった。
このカードを使えば墓地肥やしの上に、大幅なデッキ圧縮にもなる。なかなかのドローだ。

「俺は手札抹殺を発動。手札を全て捨て、カードを5枚ドローする。
 お前もだぜ、月蓮」
「…」

月蓮もまた手札を捨て、カードを三枚ドローする。
墓地に置かれたのは天罰、マンジュ・ゴッド、霊滅術師カイクウ。
アンデットモンスターが墓地に置かれなかった事を確認し、黒剛は安堵の表情を浮かべた。

「俺はインヴェルズの先鋭を召喚」

黒い蜂のような悪魔が羽音を響かせ現れる。
下級インヴェルズ最高攻撃力に加え、儀式・シンクロ・融合モンスターを道連れにする強力なモンスターだ。

「メタを張るようで悪いが非常時なんでな。お前に直接攻撃だ」

先鋭が下腹部の鋭い針を向け、耳障りな羽音と共に飛びかかる。
月蓮の懐に入り込み、彼の体を針が貫いた。

「ぐっ・・・」

直接攻撃を受けた月蓮が伏せカードを発動する。
空間を捻じ曲げ現れたのは、仏壇のような観音開きの扉。
その扉がゆっくりと開き、後光と共に数多の腕を持った異形の仏が姿を現した。

「伏せカード発動、ダメージ・ゲートを発動させて貰った。
 これで墓地のマンジュ・ゴッドを蘇生、その効果によりデッキから天界王シナトを手札に加える」
「構わないが、俺の場には先鋭が居るぞ。出した所でこいつを倒せば道連れだぜ」

その言葉に月蓮は不敵に笑う。
何か企んでいるのは明白、だが黒剛の手札にはカウンター罠も無い。
仕方なく彼はターンエンドを宣言した。


黒剛
手札:4 LP:5700
場:インヴェルズの先鋭

月蓮
手札:3 LP:2150
場:伏せ魔法罠*1

「拙僧のターン」

ドローした月蓮はまたニヤリと笑い、手札から儀式魔法を唱える。

「拙僧は手札より天界の方舟を発動。場のセンジュ・ゴッドと手札の赤鬼を生贄に捧ぐ」
「…やっぱりか」
「まずいわ黒剛!」

月蓮の手にした青いカードからの激しい光が、夜の住宅街を照らした。

「衆生に滅びの安らぎを!儀式召喚、天界王シナト!」

燦然と輝く仏が、六対の翼をはためかせ降臨する。
その攻撃力は3200、儀式モンスターの中でもかなり高い数値だ。
月蓮は続いて墓地を確認し、馬頭鬼の効果を発動する。

「さらに墓地の馬頭鬼の効果により、墓地に置かれた赤鬼を特殊召喚する。
 出でよ冥府の番人、赤鬼!」

墓地より這い出た鬼が金棒を振り回し、大口を開けて咆哮する。
鬼と仏を従えた月蓮はバトルフェイズへの移行を宣言する。

「行けい赤鬼!インヴェルズの先鋭を叩き潰すがいい!」

赤鬼は唸り声と共に金棒を振り下ろす。
スリッパに叩かれたゴキブリのように、金棒に張り付いた先鋭はピクピク動いた。
最後っ屁とばかりに、その鋭い針がシナトに向かってミサイルのように飛んでいく。

「先鋭の効果発動、儀式モンスターを破壊する」
「甘いわ!罠カード発動!」

轟音と共に、先鋭の放った針に雷が落ちる。
黒焦げになった針はポトリと落ちた。

「天罰覿面!」
「そういう事かよ」

シナトは穏やかな表情のまま、黒剛を指差す。
その指先には火花が散っている。
月蓮は声高に叫んだ。

「直接攻撃!」

放たれたレーザーが黒剛の胸を貫く。


黒剛
手札:4 LP:1750
場:

月蓮
手札:1 LP:2150
場:伏せ魔法罠*1


「黒剛!」
「安心しろ、俺は大丈夫だ…」

心配する美紗に黒剛は軽く笑顔を浮かべる。
とはいえ、4000近いダメージは彼の体力を確実に奪ったようだ。
肩で息をしながら、黒剛はカードを一枚伏せる。

「カードを一枚伏せ、俺はターンエンドだ」


黒剛
手札:4 LP:1750
場:伏せ魔法罠*1

月蓮
手札:1 LP:2150
場:伏せ魔法罠*1


「伏せ一枚…その手札の多さでか。そなた、何を企んでおるか」
「さあな」
「その手札の中に手立てが無い、或いは反撃の機会を待っているのか。
 何れにせよ、その伏せカードは防御用のカードである事は間違いなかろう」
「慎重なのもいいが、さっさと攻撃してきたらどうだ」
「いいだろう。…二体でそなたに直接攻撃」

レーザーを放つシナトと金棒を構えて襲いかかる赤鬼。
それぞれの前に小さな黒いトークンが現れ、黒剛の盾になった。

「勘が良いな。俺が伏せていたのは終焉の焔さ」
「命拾いしおったか。拙僧はこれでターン終了。そなたの反撃、見せてみよ」


黒剛
手札:4 LP:1750
場:

月蓮
手札:2 LP:2150
場:伏せ魔法罠*1


「俺のターン・・・闇の誘惑を発動」

黒剛はカードを2枚ドローし、手札からインヴェルズ・ガザスを除外する。
その後一枚増えた手札を眺めて何やら考えていたが、やがて考えを決めた様子で顔を上げた。
彼は魔法罠ゾーンにカードを2枚伏せ、ターンエンドを宣言する。

「黒剛!大丈夫なの?」
「…」

美紗が青い顔で尋ねるも、黒剛は何も応えない。


黒剛
手札:4 LP:1750
場:伏せ魔法罠*2

月蓮
手札:2 LP:2150
場:伏せ魔法罠*1


「今度は二枚の伏せカード…。ハッタリか…?」
「俺は手札補充カードを使い、その後に二枚のカードを伏せた…好きに解釈するんだな」
「拙僧を脅すという訳か…。
 その誘いあえて乗らせて貰おう。二体でそなたに直接攻撃」

月蓮が攻撃を宣言する。
シナトの光線と赤鬼の棍棒がまたしても黒剛に迫る。
直接攻撃を受け、黒剛の周りに砂塵が舞い上がる。

「やったか…」
「いや、まだよ!」

美紗の声と共に砂煙が晴れ、黒剛の姿が浮かび上がる。

「和睦の使者を発動させて貰った。これでこのターン、俺へのダメージはゼロになる」
「…どこまでも往生際の悪い男よ。拙僧はカードを一枚伏せ、ターンエンドだ」


黒剛
手札:3 LP:1750
場:伏せ魔法罠*2

月蓮
手札:3 LP:2150
場:伏せ魔法罠*2


なんとか二ターンを生き延び、黒剛は一息ついた。
ここまで切り抜けたが、防御カードもそろそろ限界だ。
手札抹殺のお陰で墓地は肥えているし、反撃の一手と言えるカードは手札にある。
だがそのカードを発動できるかどうか…それは月蓮の伏せカードにかかっている。
あのカードによる妨害の有無が、このターンのカギを握っているのだ。

美紗は泣きそうな顔で黒剛を見守っている。
いい加減に家に帰してやらないとな。

人質が居る以上万全を期したかったが、どの道もう時間を稼ぐ必要は無い。
賭けに出るとしよう。

「俺は侵略の波紋を発動!墓地からインヴェルズの門番を特殊召喚する」

どうやら特殊召喚は通ったらしい。
問題はこの次だ。これが止められるかどうかで俺の命運が決まる。

「さらに特殊召喚したこいつを対象に地獄の暴走召喚を発動!」
「甘いわ!トラップカード発動、因果切断!」

やはり来たか…。
門番が除去される事で俺の特殊召喚は不発となり、相手のみ特殊召喚効果が適用されてしまう。

「門番をゲームから除外し、拙僧は有り難く赤鬼を特殊召喚させて頂こう。
 ふふ…これでそなたの命運もここまで。自らの首を絞める結果となったとはな」
「黒剛…!」

取り乱す美紗を尻目に、黒剛は不敵な笑みを浮かべる。

「残念だが、まだチェーンは繋がっているのさ」
「何を…」
「速攻魔法発動、サモンチェーン!」

チェーン処理が終わり、月蓮のフィールドに二体の赤鬼が特殊召喚される。
だが月蓮は驚きの表情で黒剛を見ていた。

「サモンチェーン…だと…?」
「チェーン3以降にしか発動できない代わりに、通常召喚の機会を3回に増やす事が出来る。
 狙い通りだ。この局面での暴走召喚、用心深いあんたならうまく止めてくると思ったぜ」
「では先程までの防戦は…」
「演出ってとこだ。暴走召喚が『一か八かの最後の希望』だと錯覚させるためのな」

まあ、危険な賭けではあったんだがな。
黒剛は心のうちでそっと呟く。

「ぐ・・・だが拙僧の場には赤鬼が3体にシナトも居る!大型4体はそうそう突破できまい!」
「計算通りって言っただろ。黙って見てるんだな。
 俺はインヴェルズの魔細胞を自身の効果により特殊召還」

黒剛のフィールドに下級インヴェルズが特殊召喚される。
上級インヴェルズのリリースにしか使えない代わりに、手札から特殊召喚が可能なモンスターだ。

「さらにこいつをリリース、一回目の通常召喚、インヴェルズ・マディス!
 その能力により、ライフを1000払い墓地からインヴェルズ万能態を特殊召喚だ」

さらに召還されたのは蘇生能力を持つ上級インヴェルズ。
それにより特殊召喚されたミノムシのようなモンスターは、インヴェルズ専用のダブルコストモンスター。

「フィールドに三体分のリリース素材…まさか!」

美紗の表情が一気に明るくなった。
mayの面々には知れ渡っている、黒剛の切り札。

「マディスと万能態をリリース、アドバンス召還ッ!インヴェルズ・グレズッ!」

稲光と共に現れる巨大な悪魔。
漆黒の体躯に金色の装甲が輝いている。
その攻撃力は3200、シナトと互角の攻撃力だ。

「ぐ…しかしインヴェルズはライフを消費して効果を発動するモンスター…
 そなたのたった250のライフポイントではどうする事もできまい…!」

食い下がる月蓮。
黒剛はニッと笑い、彼に言い放つ。

「こいつの消費コストは俺のライフの半分。50だろうが1だろうが発動できるのさ。
 そしてその能力は、グレズ以外のフィールド上カードを全て破壊する!」

黒剛の声を受け、グレズは2対の腕を広げ咆哮する。
次の瞬間、月蓮の場に巨大な雷が落ちた。
落雷に撃たれた赤鬼とシナト、そして伏せカードは全て黒焦げになって砕け散った。

「ぐ…!」

フィールドのカードを全て失い、月蓮は

「シナトと赤鬼共、そしてその伏せカードを破壊させてもらった。これでお前を守る物は無い」
「…フ、拙僧の負けという訳か。もう一度そなたの名を聞かせて貰おう」

黒剛は指を鳴らした。
グレズはその合図とともに、雷を帯びた拳を構えて月蓮に迫る。

「『あなたの親愛なる隣人、黒剛進』…なんてな」

グレズの攻撃を受けた月蓮はくずおれる。
左腕のディスクからは、敗北を示す鐘の音が鳴っていた。


黒剛
手札:1 LP:125
場:インヴェルズ・グレズ

月蓮
手札:3 LP:0
場:



*


「月蓮。悪いがあんたの負けだ。彼女は貰っていくぜ」
「フン、好きにするが良い…」

月蓮は立ち上がり袈裟の乱れを直すと、黒剛たちに背を向ける。

「だが黒剛。再び会いまみえる時、それがそなたの命日ですぞ!」

そう言い残し、空高くジャンプする月蓮。
そのまま住宅街の屋根を飛び移り、どこへともなく去っていく。
あっけにとられた黒剛は一言「…身軽な奴だ」と呟いた。

「さて…と」

黒剛はディスクをしまうと、傍らの美紗にヘルメットを差し出す。

「望の所に帰るぞ」
「でも私は…」
「迷惑掛けるって言うんだろ?
 生憎、ああいう手合いには慣れてるんでな。俺も、望も、皆も」
「…ありがとう」

少し涙ぐみながらも、美紗はヘルメットを受け取る。
二人を乗せたバイクのエンジン音が夜の住宅街に響いた。

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最終更新:2011年10月08日 17:27