奪う者、取り返す者 前編

「あー!もう仕事辞めゆ!」
「飲みすぎデス福本サン。Cool downしてクダサイ」
「放っておけドゥカヴニー。いつもの事だ」

オールバックで頬のこけた男が、呂律の回らない声で管を巻く。
片言でなだめる右隣の外人風の男―ドゥカヴニーを横目に、左隣の眼鏡の男・神乃木は澄まし顔でウィスキーを口にする。

「あいつ俺にばっか仕事を押し付けて自分は定時に帰りやがって…」
「そういうもんだと割り切るんだな」
「ケッ、お前は良いよな。上にヘコヘコする必要無くてよ。
 アイツはその癖ガンガン休日出勤要求してきてよ…」
「大変デスネー」

相槌を受け、福本はさらに酒をあおる。
すっかり酔いの回った彼は、くどくどと愚痴っていた。

「くそー、給料も安いし彼女は出来ないし、もうあの会社駄目だ」
「…後者は関係ないでしょ」

ドゥカヴニーの右隣、淑女風の女は呆れたような表情を浮かべた。
坊主頭のバーテンダーは、クスクス笑いながら煙草の煙をふかす。

ここはデュエルバー・may。
土曜日の深夜、他に客も居ない中。
カウンター席に並んだ男女4人は、バーテンを交えて歓談に興じていた。

「まーそう落ち込まないでクダサイ。国に残してきたワイフの写真見マースカ?」
「もう何度も見たよ」

鬱陶しそうな表情を浮かべる福本を無視して、ドゥカヴニーは懐から一枚の写真を取り出した。
ブロンド美女と、その肩を抱く彼。二人の眩しい笑顔が写っている。

「いつ見ても美人よね奥さん」
「デショ?デショ?」

妻をほめられ、デレデレと締まらない表情を浮かべるドゥカヴニー。
男二人がヤレヤレと肩を竦める。

「ケッ、惚気やがって」
「全くだな」
「あら神乃木くん、あなたにはあの娘がいるじゃない」

黒橋の言葉に、澄まし顔でグラスをあおっていた神乃木は一気にむせ込む。

「そういやお前もショップで女の子に言い寄られてたっけな。ケッ」
「それも現役JKデス」
「…どこで覚えたんだいそんな言葉」
「青春ねー」

詰め寄る4人に、神乃木はまた澄まし顔を作り平静を装う。

「生憎だが俺はロリコンじゃないんでな」
「あんまり無下に扱うのはやめてあげなよ、あの年頃は複雑なんだから」
「……」

「あ、そう言えば」

ドゥカヴニーが思い出したように話を振る。
これまで聞き手に回っていた樋道に彼は質問した。

「樋道サンは今Boyfriendとか居ないんデスか?」
「アタシ?アタシは・・・」

少し考えるようなそぶりを見せると、樋道は遠い目をして煙草に火をつける。
一息ふかしてから彼女は答えた。

「白馬に乗った王子様待ちかね」
「Oh!ロマンティックデース」
「…自分で言ってて恥ずかしくならないのか」

いささかデリカシーに欠ける福本の突っ込みに、樋道はぷいとそっぽを向く。

「似合わなくて悪かったね。アタシはあの娘と違って別に隠さないんだよ」
「でもわかるわーそれ」

黒橋はうんうんと頷き、共感を示す。

「女は幾つになっても、『王子様』への憧れがある物なのよ」
「「ねー」」
「ノリ古っ」

カウンターの下で足を踏みつけられ、福本は声を上げた。



「ちょっと外の空気を吸ってキマス」

ドアの外に出て、ドゥカヴニーは一息ついた。
ひんやりと冷たい夜風が酒で火照った体を冷ます。

彼が任務を受けてこの国に来て、既にかなりの年月がたっている。
尻尾は掴んだ物の、彼の受けた任務は依然として進まない。
帰国できるのがいつになるのか…それは彼にもわからなかった。

先程見せびらかした妻との写真を取り出し、彼は妻に思いを馳せる。
メールや国際電話で連絡はとれるが、それだけでは妻に会えない寂しさは拭えない。
子供の居ない彼女も独りできっと心細いに違いない。

「ティア…会いたいヨ」

妻の名前を口にする。
独りでに出た涙が一筋、彼の頬を伝った。



「ねえねえ、おじちゃん」

立ち尽くす彼に話しかける幼い声。
振り返ると、ゴシックロリータに身を包んだ少女が立っている。
涙ぐんだ目で彼を見つめると、少女はしがみついてきた。

「ママとはぐれちゃったの…」
「そうデスカ。大丈夫。おじちゃんが連れていってあげマスヨ」

ドゥカヴニーはしゃがみ込んで少女の目線に立ち、にっこりと笑った。
大きな左手で彼女を撫でると、残った右手を懐に入れる。

「To prison.」

コートの懐から取りだされたのは拳銃。
その銃口が少女の左胸にぴったりと着けられる。

「大人しくしてクダサイ」

カチャリと安全装置を外す音。
銃を突きつけられた少女は嘘泣きをやめ、ニヤニヤ笑いを浮かべた。

「あら、お見通しなのね」
「こんな時間に子供を連れまわす親など居マセンよ、リリカ・ベーゼルン」
「この国じゃ珍しくない事よ、ドゥカヴニー捜査官」
「記憶しておきマショウ。アナタの元にいるマリア・アドミラル…カノジョの捜索任務を受けてイマス」
「あら、はるばるご苦労な事ね。そんなのこの国の警察に任せればいいのに」
「カノジョはさる高官の娘…誘拐され異国で悪事を働いているとナレバ当然、国際問題に発展シマス」
「お国の為にって訳ね。そんなのやめちゃえば?奥さんが泣いてるわよ」
「ご心配無く、ソレも今日で終わりデス。Girl、アナタを拘束シマス」

ドゥカヴニーの左手にはいつの間にか手錠が握られている。
リリカの細い手にそれがかけられようとしていたその時。

「大丈夫ー?ドゥカヴニー、吐いてるの?」

不意に店のドアが開き、黒橋の声が響いた。
左胸に銃を突きつけ少女と睨みあう飲み仲間の姿に、彼女はうまく状況を飲みこめない様子だ。

「何これ、どういう状況」
「黒橋サン、これは…」

ドゥカヴニーが気を逸らした一瞬のうちに、リリカはフリルスカートを翻し拳銃を蹴りあげる。
拳銃は空高く飛び、バーmayの屋根の上に落ちた。

「しまっタ!」

ドゥカヴニーの手を逃れ、一目散に駆け出すリリカ。

「説明は後デ」

黒橋に一言伝えてから、彼はそれを追って走り出す。

「何なのよ、一体…」

目の前で行われた映画のワンシーンのような光景に、黒橋はただ呆然としていた。




「追いつめましたよ、Girl」

薄汚い路地裏に、ドゥカヴニーの声が反響する。
行き止まりに差し掛かったリリカに、彼は手錠を構えてじりじりと迫った。

「…これまでのようね。大人しくお縄を頂戴するわ」
「いい心がけデス」

俯いて両手を差し出し、リリカはドゥカヴニーに近づく。
その手首に手錠がかけられようとした瞬間、ニヤリと笑って一言。

「残念ね」

その声を合図に、リリカの頭上からメイドが降ってきた。
屋根から飛び降りてきたらしいその彼女は、懐から拳銃を取り出しドゥカヴニーに照準を定める。

突然現れたメイドは彼女だけではなかった。
ゴミ箱の中から、電柱の上から、建物の窓から…。
メイド服の女が次々と飛び出しては、ドゥカヴニーに銃を向ける。

ざっと12,3人のメイドに銃を向けられ、ドゥカヴニーは手錠を構えたまま固まるしかなかった。

「Oh…」
「おびき出されたのは貴方の方よ。銃も持たずに走って追いかけてくるんだもん、笑っちゃうわ」
「…ワタシをどうするつもりデスカ」
「そうねー。ここで貴方を射殺するのは簡単。でもそれじゃつまんないわ」

リリカは値踏みするように彼をじろじろ見た。
そして右手を上げ、一人のメイドに合図する。

「イエス、マスター」

合図を受けた窓際のメイドは、無機質な声で返事をすると二つのデュエルディスクを持って窓から降りてきた。
一つをリリカに、もう一つをドゥカヴニーに手渡す。

「私とデュエルしましょ。私が負けたら、大人しく貴方に捕まるわ。マリアの居場所も教えてあげちゃう」
「悪くない条件デスネ。…ワタシが負けた場合は?」
「貴方に渡したディスクは、ライフがゼロになると筋弛緩剤が注射される仕組みになってるの。
 そうね…貴方のカラダをどうするかは、勝ってから考えるわ。とにかく、ディスクを着けなさい。言う事を聞かないなら…」

ドゥカヴニーは周りを見回す。
銃を構えたメイド達には一分のスキもなく、機械の様に自分を狙っている。
彼女が負けても大人しく身柄を渡すとは思えないし、自分のディスクにだけ仕掛けられたリスクも大きい。
この取引に乗るのは気が引けるが、かといって拒めばハチの巣になるだけだ。

「良いデショウ。ワタシとてDuelist。相手になりマスヨ、Girl」

決断を下したドゥカヴニーは、スーツの上着を脱ぎ捨てるとディスクを装着する。
それを確認したリリカの合図を受け、メイド達は一斉に姿を消した。

「メイドが居なくなったからって妙な事は考えないでね。弛緩剤は私の遠隔操作でも打ちこめるから」

リリカはそう釘を差すとディスクを装着し、心底楽しそうに頬を歪ませる。

「可愛がってあげるわ、おじさま!」

「「デュエル!」」




「私のターン!」

先攻を取ったリリカはカードをドローし、モンスターと魔法罠各一枚をセット。
ターンエンドを宣言する。

「まずはこんな所かしらね。私のターンは終了よ、おじさま」


リリカ・ベーゼルン
手札:4 LP:4000
場:裏守備*1 伏せ魔法罠*1

ドゥカヴニー
手札:5 LP:4000


「ワタシのターン…召喚、エーリアン・ウォリアー」

ドゥカヴニーは手札からモンスターを呼び出す。
銀の外殻に身を包んだそのモンスターは、腕を振って唸り声を上げた。

「へぇ、エーリアンデッキね」
「更に、手札のエーリアン・ドッグを特殊召喚」

続いて、骨を咥えた異形の犬がドゥカヴニーの元に呼び出される。
エーリアン召喚時に特殊召喚が可能なモンスターだ。
Aカウンターを載せる効果を持っているが、表側表示のモンスターが居ないため発動はしない。

ドゥカヴニーはバトルフェイズに移行し、攻めの姿勢を見せる。

「エーリアン・ウォリアーでAttackデス」
「残念ね。リバース、ボタニカル・ライオ!」

裏側表示カードから現れたのは、花弁を纏った獣のような植物モンスター。
高い守備力によって、エーリアン・ウォリアーの攻撃は弾かれる。

残ったエーリアン・ドッグではボタニカル・ライオを倒すことはできない。
攻め手を失ったドゥカヴニーはメインフェイズ2へ移行する。

「ワタシは永続魔法・『A』細胞増殖装置を発動シマス」

ドゥカヴニーのフィールドに不気味な装置が出現する。

「コレはアナタのスタンバイフェイズにAカウンターを載せるカードデス。
 ワタシはカードを一枚セット、ターンエンドデス、Girl」


リリカ・ベーゼルン
手札:4 LP:4000
場:ボタニカル・ライオ 伏せ魔法罠*1

ドゥカヴニー
手札:1 LP:3800
場:エーリアン・ウォリアー エーリアンドッグ 『A』細胞増殖装置 伏せ魔法罠*2


「私のターンね。
 …魔法カード・愚かな埋葬を発動。デッキからパペット・プラントを墓地に送るわ。
 そして墓地に送られた植物を除外して、手札から薔薇の刻印を発動」

エーリアン・ウォリアーの体に薔薇の文様が浮かび上がる。
苦しむ素振りを見せると、彼はリリカのフィールドに移動しドゥカヴニーと対峙した。

「この効果であなたのエーリアンを頂くわ」
「グ…」
「そしてエーリアンを生贄に捧げる!現れよ、ギガプラント!」

奪ったモンスターを生贄に、巨大かつ奇怪な植物がフィールドに現れる。
大きく開けた口には牙が並び、触手のようなツルがのたうつ。

「この子は召喚権と引き換えに、ノーコストの蘇生能力を得る事が出来る。
 ボタニカル・ライオを攻撃表示に変更しバトルフェイズに入るわ!
 …その不細工なワンちゃんを食べちゃいなさい!」

ギガプラントのツルがエーリアン・ドッグに伸びる。
獲物を捕えたギガプラントは、一口でエーリアン・ドッグを飲みこむ。

「墓地に送ったパペット・プラントに薔薇の刻印…洗脳カードが好きなようですね」
「そうね。自分のモンスターを利用された時のあの悔しそうな表情!…何度見てもたまんないわ」

恍惚の表情を浮かべるリリカの前に、ドゥカヴニーは伏せカードを発動する。

「Sorry,ソノ戦術ならワタシも得意とする所デス」

ドゥカヴニーのカードから放たれた念波はギガプラントを包む。
急におとなしくなったギガプラントは動きを止め、のろのろとドゥカヴニーのフィールドへと移動する。
おかしな行動をとりはじめた自分のモンスターにリリカは狼狽する。

「何やってるのギガプラント!戻ってきなさい!」
「エーリアン・ブレインを発動させて貰いマシタ。アナタのギガプラントは頂きマスヨ」
「ぐっ…!」

自らの手駒を奪われ、リリカは悔しそうに歯ぎしりをしながらターンエンドを宣言する。


リリカ・ベーゼルン
手札:4 LP:4000
場:ボタニカル・ライオ(カウンター*1) 伏せ魔法罠*1

ドゥカヴニー
手札:1 LP:3800
場:ギガプラント 『A』細胞増殖装置 伏せ魔法罠*2


「ワタシのターン。ギガプラントをデュアル召喚」

その言葉に、リリカは喜び勇んで罠カードを発動する。

「アハハ!私の墓地に植物が居ないのに、メインフェイズ1でデュアル召喚!?
 とんだ大甘ね!トラップカード・奈落の落とし穴!」
「SweetsはGirlの方デス。トラップカード・ミステリーサークル」

上空に現れたUFOが、謎の光を照射しギガプラントを分解する。

「このカードはモンスターをデッキの同レベルエーリアンと入れ替えマス。
 こうも簡単に引っかかってくれるトハ思いませんデシタがネ」

ギガプラントは光の中で再構築され、やがて白いエーリアンを形作る。
現れたエーリアンは2対の腕を組み、優雅さすら感じさせる仕草で降り立った。

「Come on! エーリアン・マザー!そのままボタニカル・ライオにアタックデス!」

エーリアン・マザーの指から放たれたレーザーが迫る。
その攻撃力にたまらずうめき声をあげ、ボタニカル・ライオは跡形も無く蒸発する。

「更にエーリアン・マザーのエフェクト発動。Aカウンターの乗ったモンスターを戦闘破壊した場合、バトルフェイズの終了時にワタシのコントロール下で召喚シマス」
「でもボタニカル・ライオはコントロール変更が出来ない筈じゃ…」
「No.勉強不足デスネ、Girl。その能力はフィールドでしか適用されマセン」
「ぐ…ぐぐ…」

かくして、バトルフェイズは終了。
リリカのフィールドのカードはゼロ、ドゥカヴニーのフィールドにはエーリアン・マザーと蘇生されたボタニカル・ライオが並び立った。

「Girlが奪うのなら、ワタシは取り返すまでデス。モンスターも、御令嬢もネ」

形勢逆転したドゥカヴニー。
地団太を踏むリリカを尻目に、懐に入った写真に触れて祖国の妻を想った。

「ティア…待っていて下サイ。もうすぐ帰れマスヨ」


リリカ・ベーゼルン
手札:4 LP:3600
場:

ドゥカヴニー
手札:2 LP:3800
場:エーリアン・マザー ボタニカル・ライオ 『A』細胞増殖装置

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最終更新:2011年11月10日 02:31