戦士の就職は難しい

 終末ヶ岡馬耶(ついがおか・まや)。
 現在デュエルアカデミアmay校の高等部に在籍している二年生女子だ。
 デュエルアカデミアとは、海馬コーポレーション社長の創設したデュエリスト育成機関
であり、その数ある姉妹校のひとつがこの虹裏mayにも存在しているのだ。アカデミア
の優秀な生徒であればプロデュエリストやデュエル教官など、様々な職業決闘者への道が
開けるものだが――
「だが私に合った仕事が無い以上、仕方があるまい!」
 ――などと言い切ったせいで、終末ヶ岡馬耶はただいま進路指導の先生からは絶賛怒ら
れ中である。
 二年生の半ばといえば、そろそろ進路志望に対して真剣になるようにと教師が説き始め
る時期だ。そのへんはアカデミアとて例外ではない。
 デュエルの教師や教官、プロデュエリスト、カード研究機関の職員、決闘警士《デュエ
ル・ポリス》など華やかな役名をつけられアイドル化された警視庁デュエル犯罪部門、変
わったところでは資産家のお抱えデュエリスト……などの進路もあるにはあるものの、馬
耶はどうにも乗り気ではない。
 とはいえ「とりあえず大学に進んでやりたい事を見つけまーす」なんて、おざなりな受
け答えで済ますのもスッキリしない。
(せっかく生まれたのだ……この人生でもそれなりに名をあげて見せよう)
 探すべきは我が世の天職。
 女教師の説教を右から左へ聞き流し、馬耶は踵を返して去ろうとした。
「あっ、コラ! 待ちなさいっ終末ヶ岡さん!」
 ろくに話も聞かずに進路指導室を去ろうとする問題生徒に女教師が追いすがる。その大
声がゆったりした放課後のアカデミアの空気を揺らし、くつろぐ付近の生徒の注目を集め
てしまう。
「そう言われても、もうここに用など無いのだ」
「ぬぬ~っ……どうしても行くと言うのなら、デュエルで私を倒してからにしなさい!」
「なら断るわけにもゆくまいな」
 業を煮やした女教師が挑んでくるから、廊下に出たところで馬耶も足を止める。
 たっぷり数秒のあいだ馬耶と女教師は睨みあい、そしてどちらともなく無言の緊張を纏
ってデュエルディスクを取り出し、構えた。
「「デュエル!!」」
 勇ましい開始宣言がこだまするので、いったい何が起こったのかとギャラリーが集まり
始める。だが、ひとたび戦いに身を投じた決闘者を止めることなど誰にもできない。
 アカデミアのちょっとした有名人である馬耶がデュエルするとなれば尚更だった。
「先行はクイズ機能で決めていいかしら?」
 デュエルアカデミア教諭・向島裕子は、提案に対する可否の返答がないのを承諾の印と
判断し、デュエルディスクに備わる機能を立ち上げた。
 ディスクが人工音声を吐きだしはじめる。
『問題……ガルドスの羽根ペンが墓地に存在する風属性モンスター2体をデッキに戻すの
は、①・コス――』
 馬耶は機械が問題文をすべて吐き終える前に、回答ボタンを押した。
「私の方が早かったようだな、向島教諭」
「あうっ」
『正解は②の「効果」です。学籍番号2120045に権利あり』
 先攻後攻の順について、デュエルのたびに各自が俺ルールを持ち出して決めていては禍
根を残すおそれがある。そのためアカデミアの教員・生徒に配布されるデュエルディスク
には、揉めそうな場合の解決手段としてこのような機能がついている。
 テスト段階ではどちらかが問題を間違うまで続ける形式だったのだが、成績優秀者同士
がそれをやるといつまでも本題のデュエルに入れない、という問題が発覚したため、すぐ
に早押し形式に修正された、なんて話がある。ちなみにブラック・ガーデン効果の攻撃力
増減に関する計算問題が最も不評である。
 苦慮する事柄はあくまで俺ルールの横行であるため、両者が合意するならばデジタルコ
イントスやジャンケンのような運要素で決めても構わない。
「私の先攻だ、ドロー! 私は我が臣下、終末の騎士を召喚し、その召喚成功時に不死武
士をデッキから墓地へ送る。ターンエンド」
 まずは終末の騎士だけを立たせてターンを渡す馬耶。
「私のターンです、ドロー! 私は魔導戦士ブレイカーを召喚! カウンターが乗って攻
撃力は1900にアップします……そして魔導戦士ブレイカーで終末の騎士に攻撃!」
 女教師の操る魔剣士の一撃が、終末の騎士に強烈な突きを見舞って葬る。
「ターンエンドです」
 対して女教師も様子見とばかりに終末の騎士を戦闘破壊しただけでターンを渡した。
「もしや向島教諭はサイクロンを手札に温存するタイプかな」
「仮にそうだったら何だっていうの~!」
「フフフ……あるいはここで終わるか! 向島裕子! ――ドロー!」
「先生相手にはせめて「先生」ってつけなさい!! ……終末ヶ岡さん聞いてるの!?」
 不敵な笑みを浮かべて馬耶がカードを引き抜いた。
 教師に対してなかなかに強気な少女の態度が、じわじわ増え続けるギャラリーの視線を
集めている。
「スタンバイフェイズに不死武士の効果発動。レミニセンス・メタモルフォーシス!」
 墓地に眠っていた不死武士がフィールドに這い出し、攻撃表示で特殊召喚された。デッ
キ構築こそ縛られるものの、黄泉ガエルにはない利点をいくつも備える不死武士の、お得
意の自己再生効果は強力である。
 いざとなったら不死武士だけで戦うのもアリなくらいだ。
「墓地からの特殊召喚に成功した時、手札のドッペル・ウォリアーの効果を発動! あら
われよ、我が具足、ドッペル・ウォリアー!」
 さらにドッペル・ウォリアーを特殊召喚してモンスターを展開する。
「永続魔法、一族の結束を発動……そして我が功臣ジャンク・シンクロンを召喚だ!」
 終末の騎士にはじまり不死武士、ドッペル・ウォリアー、ジャンク・シンクロンと、貪
欲で懐の広い不死武士デッキらしい、いかにもな顔ぶれが並んでいった。
「終末ヶ岡さん……!? うわああこれってもしかして……!!」
「感じるか、聞こえるか、視えるか、向島裕子。私の肉体の裏側に古くからそびえ立つ百
塔より、我が指の先であり髪の毛である親愛なる戦士族モンスターたちが行進する、その
勇ましき姿が! 無窮の時代に生きた、夜と語り霧と親しむ者たちの幻が!」
「また呼び捨てにしたぁ~……わ、私、先生なのにぃ~……」
「ゆくぞッ! レベル2のドッペル・ウォリアーに、レベル3のジャンク・シンクロンを
チューニング! なんじ自身なる姿をもちて、果てなる時代の闇よりきたれ! シンクロ
召喚! いでよ! 我が剛剣、鋼の勇者ジャンク・ウォリアー!」
 エンジンを鳴らすジャンク・シンクロンと、分身を撒き散らすドッペル・ウォリアーが
光子の奔流となって混じり合い、鋼鉄の戦士を作り上げる。
 ジャンク・ウォリアー。不動遊星も愛用するシンクロモンスターだ。
 カタストルをぶちのめす斥候のように扱われることが多かったとはいえ、その効果を計
画的に最大限引き出す事ができれば強大なエンドカードに化けるモンスターであり、不死
武士シンクロにおいても有用である。
「ジャンク・ウォリアーの強制誘発効果をチェーン1に、ドッペル・ウォリアーの効果を
チェーン2に積む」
 鋼の勇者にみなぎる闘志が、戦士たちの団結によって敵を屠るべくさらに膨れ上がって
ゆく。
「基本打点2300に結束とトークンの攻撃力を加え……攻撃力は、5500!」
 向島裕子は徹底的にブン殴られる予感に思わず息を飲んだ。
「バトル! 不死武士で魔導戦士ブレイカーに攻撃宣言! 続いてドッペルトークン1で
ダイレクトアタック! さらにドッペルトークン2でダイレクトアタック!」
「ひいいいぃ!?」
「喰らえ。ジャンク・ウォリアー!! ダイレクトアタック!!」
 拳を大きく前に突き出したジャンク・ウォリアーが急激に加速し、一直線に向島教諭に
向かって進撃していった。
 爆音が轟く。
 そして直後にデュエルディスクがピー音で決闘終了を告げるのだ。
 向島教諭の手札は5枚ほどあるにはあったが、あいにくエフェクト・ヴェーラー、バト
ルフェーダー、冥府の使者ゴーズ、トラゴエディアなど相手の行動を阻止しうるカードは
なかった。それどころか何のデッキかもわからないうちに勝負がついてしまった。
 100+1200+1200+5500=8000
 丁度初期ライフぴったしのワンターンキルである。
「ここで何百年も前に戦いがあった……私には分かる。私はここにいたのだ」
 シンクロモンスター突進の凄まじいフィールで足がふらついてしまい、生徒に肩を借り
て立つ向島教諭をよそに、馬耶は戦いの余韻にしばし浸っていた。
「先生の威厳丸つぶれぇ~……」
「風が呼ぶ。私を、正しき就職先へと」
 教師の妨害がなくなった終末ヶ岡馬耶を阻む者はおらず、まっすぐに昇降口へと向かっ
て駆け出した少女を支援するかのように、人々の群れがざあっと左右に避けて真っすぐの
道を作った。
 未来に向かおうとする少女を止めることのできる者など、誰もいないのだ。


 なんていうことが二時間ほど前にあり、やってきたのはカードショップmay。
 まず必要なのは情報収集である。
 せっかくデュエルアカデミアに通っているのだから、デュエルを活かした職業につくの
が筋だと終末ヶ岡馬耶は考えていた。ならばカードショップmayのユニークすぎる常連
客たちから聞ける話が少なからず参考になるはずである。
「たのもう」
 決意をあらたに夕暮れ時のショップmayへと馬耶が乗り込むと、カウンターに乗っか
っている看板猫のエミーちゃんと目が合ってしまった。なんとなく「としあき、怒らない
で聞いて欲しい」という副音声が聞こえた気がするがとりあえず華麗にスルーする。
「いらっしゃいなんやな」
「邪魔するぞ、としあき店長」
「あ、終末ちゃんなんやな」
「まずは店長に話を聞くとしよう」
「何? 何?」
 としあき店長に撫でられそうになったエミーちゃんが露骨に嫌そうな顔をして横に飛び
のき、フゥーッ、と一度唸ってから店の奥へ走っていった。
「店長、質問がある。デュエルの技能が大いに役に立って、かつ名をあげることができる
面白い職業などあれば、是非教えて欲しい」
「え……オモシロ……って急に言われても思いつかないぞ俺。名をあげるのはプロデュエ
リストじゃ駄目なん?」
「プロデュエリストというのはアレだろう。番組デザイナーがあらかじめ用意したシナリ
オに沿って八百長デュエルをさせられるという、あの」
「どこの最後のDだよ!」
「違うのか」
「いや……俺も詳しくないからそういうのが本当に跳梁跋扈してるかどうかハッキリ言え
ないんだけど……。あっ、そうだ、プロ界隈のことだったら本職の神乃木くんに訊けばい
いんだよ! ちょうど今この店にいるんやな」
「そうか」
「終末ちゃんはどうして名声が欲しいの? お金持ちになるため?」
「この時代の「我が国」には戦乱がない……私は戦士なのだ。戦乱なき世では期を得るこ
とはない。私が生き、活かされ、勝利するのは戦いの中だけなのだからな。……二十一世
紀という時代は嫌いだ。私は中世が一番好きだ」
「……(あ、また始まっちゃったんやな)……」
「まあ「今まで」でも毎度歴史に名を残せたわけではなかったが、私は充実していたよう
に思える。その時代も、それ以前も、私が戦士だったせいなのだろう」
「……(とりあえず相槌を打つぞ俺。気がきくぞ俺。俺は俺だぞ俺)……」
「ときに店長、としあきは無職という設定なのになぜ店長には職があるんだ? おかしか
ろう」
「酷い!?」
 馬耶は年上相手であっても尊大で無礼な態度をとるのが常だ。しかしあまりに堂々とし
ており嫌味がないので、カードショップmayの常連ともなれば大して気にしない。
「店長、時間をとらせた。うっとりするほど状態が最高のブレードハートとホープレイが
入荷したら一報を頼むぞ!」
「了解したんやな」
 店長に会釈をくれてやると、店長もニヤァ~ッと精一杯の笑顔でもてなした。普通の客
が相手なら確実に逆効果な笑顔だ。
 馬耶は強くなることに貪欲であり、カードに関しては男らしいと言わざるを得ないほど
金払いがいいので、店長は馬耶を上客として厚遇していた。
「ん、あそこか」
 馬耶の瞳に、プロデュエリスト職に就いている見知ったイケメン中年が映った。
「おお、神乃木一郎、久しぶりではないか」
「ああ」
 じっくりエクシーズモンスターを眺める神乃木の左腕には、ダッコちゃん人形よろしく
絡みついて頬ずりしたり匂いをかいだり息を荒げたり足をモジモジさせたりと、挙動不審
の限りを尽くす美少女が寄生しているのだが、ひとまずそれを完全にスルーして神乃木に
話しかける。
「しばらく見かけなかったが、風邪でもひいたのか?」
「このあいだ少々面倒事に巻き込まれたものでな」
「面倒事か。お互い陰謀・暗殺の類は避けたいものよな」
「このごろ凄くそう思う」
 かなり遠慮なく語りかけるが、神乃木はこれといって苛立った様子を見せず会話のキャ
ッチボールに乗っていった。神乃木は年長者を敬えとか口をとがらせるタイプではなく、
馬耶のトークも無礼ながらも湿り気が無くさっぱりしているから、気を悪くすることなく
話せているのだ。
 何より最初からこれなので慣れているのだ。
「あはぁん……神乃木お兄様ぁ~❤ こうしているだけで、幸せすぎてどんどん時間がす
ぎていってしまいますね❤ えへへ……エヘヘへ、ウェヘヘヘへ、うひひひひひ❤」
 チラ……っと馬耶が神乃木の左腕にひっつく少女を一瞥した。
 馬耶などには目もくれず、少女は神乃木一郎と密着する幸せと悦びを限界まで愉しみ尽
くそうとしている。はにかみ笑いだったのがどんどんニヤケ顔に変わっていく様子は常人
ならドン引きもので、さしもの神乃木一郎も少し疲れた風である。
 なんていうかすごい。
「ところで、単刀直入に訊きたいのだが、プロデュエリストの世界にはやはり、八百長番
組などといったものが存在するのだろうか?」
「ヤラセは俺の身近ではまだ出くわしたことがないな。だがプロデュエリスト業界にヤラ
セが無いとは言い切れない。というより、そういった醜聞は常に転がっているし、実際明
るみにでたこともある」
「ヤラセでは勝利する喜びがない。腹立たしき事だな」
「番組のエンターテインメント性を向上するため……。もっともらしく言い訳は湧いてく
るが、いち決闘者としては納得のいかない話だ。しかしなぜ急にそんなことを訊く?」
「実はいま進路が決まらないことで詰まっている。デュエルを用いて名をあげることがで
きる職に就ければ、それが理想なのだが……」
「そうだったのか」
 ある程度の会釈を重ねたとことろで話が途切れる。
「参考になった……ときに神乃木一郎、休暇はちゃんと取った方がいいのではないか。そ
こはかとなく吸い取られてる気がするぞ」
「これはこれで充実しているさ。疲労も問題無い範囲だ」
「ならいいが」
「キミも英気を養う事を忘れないようにな。むやみやたら突っ走ろうとしているように見
えるぞ」
「忠告痛み入る」
 馬耶は必要な言葉だけ交わして神乃木からさっと離れた。他の常連客からも話を聞こう
と思ったからである。
「ん? あれは、確かあの国の連邦捜査局から来たという男……ドゥカヴニー」
 直後、視線を向けていた先にいる、その男が振り返った。
 周りがうるさくても自分の名前は聞こえるカクテルパーティ現象というやつなのか、小
さく口に出して喋った名前に反応したようで、その男、ドゥカヴニーが視線を合わせてき
たのだ。
 馬耶が近付くのに合わせ、ドゥカヴニーも歩み寄った。
「どうかしましたか? ミス・ツイガオカ」
「ああ、少しばかり質問がある」
「なんデショウか」
「デュエル関連事件にあたるというのはどのような業務なのだ? 差し支えのない範囲で
答えてもらえると助かる」
 言われてからドゥカヴニーは考えるポーズをとった。
「Hmm……資料を洗ったり情報を集めたりと、根気のいる仕事デス。地域の治安維持組
織にしょっちゅう協力を渋られるのデ、交渉によく難儀しマス」
「面倒臭そうな下働きだ」
「下働きは嫌いデスか?」
「いいや、よく短気だと言われる私だが案外努力は嫌いではない」
「そうデスか。まあ、難しい事件にあたるときは、得てしてそういう細かな働きが必要に
なるものなのデス。これはmayの警察組織でも同じでショウネ。ワタシもこれでなかな
か忙しい身でシテ――」
「その割にはよくショップmayで油を売っているようだが」
「……! Ohh……せっかく派遣されたのに最近はmayに入り浸ってばかりいる……
なにやら本国との連絡もおざなり~な感じになっテいて……? これは政府の陰謀かもし
れナイ……! ワタシ、もしかして干されてしまいますか? ノォウ……」
 ドゥカヴニーは慌ててどこかへ行ってしまった。
「確かに忙しい男だ」
 気を取り直して店内を見回し、次なるターゲットを探すことにする。
 するとデュエルスペースにて机上デュエルを繰り広げる男女の姿が目に入った。
「サクリファイス効果発動。アウナさんのビッグ・アイを私のサクリファイスの装備カー
ドに変え、その攻撃力2600で魔導騎士ディフェンダーに攻撃します。カウンターはもう乗
っていないので撃破ですね」
「ああ……倒されてしまったわ。じゃあわたしはヴェルズ・マンドラゴとスポーアでカタ
ストルを作り、さらにカタストルと☆5スポーアでオーバーレイ。ヴォルカザウルスの効
果でサクリファイスを破壊するわね」
「来ましたかー……ディフェンダーとサクリファイスを除外し、開闢の使者を召喚。ヴォ
ルカザウルスを戦闘破壊しつつさらに連続攻撃です」
「ならお返し。闇3サイクロン、ダーク・アームド・ドラゴンよ」
「いい感じに殺伐としてきましたね」
「ええ、楽しいわ」
 このとき馬耶は仲睦まじげな男女のうち、迷彩服の上からローブを着こんだ女の方に特
に注目していた。目立つから。
(最近たまに見かけるあの女……サバゲー愛好者か何かか……? それにしては雰囲気が
おかしいのだが)
 多少警戒心を持ちつつ、行われているデュエルに興味がある風を装って男女二名の観察
を続ける。
「……殺伐としているのが楽しいんですか?」
「違うわ。あなたと一緒に過ごしていると、思わず時間の流れを忘れてしまうほど楽しい
ということよ」
「そ、そう、なんですか……」
「ええ。だけど、どうやらわたしはそろそろ帰る時間のようね」
 わずかに甘酸っぱい空気を作りながら、男と女が二人だけの世界で何度か頷き合う。
 やがて女は荷物をローブの内側に仕舞いこんで席を立った。
(この際だ。あのいかにもマトモな仕事してなさそうなサバゲー女にも話を聞こう)
 その場で無遠慮に近寄っていくのを何となくためらい、入口付近で女が外へ出ようとす
る瞬間を待ち伏せるのだった。
「……そこ行く女よ、時間よ止まれ」
「わたしを呼びとめるの?」
「その通りだ。貴様の四肢は凍りついた」
「わたしに呪いをかけようというのね」
「なあに、一つ訊ねたいことがあるというだけのことだ」
「そう……」
 としあき店長レベルの変態でさえ何の会話しているかサッパリな、キャッチボールとも
ドッジボールともつかぬ軽いエキセントリックトークの応酬をしてみせる。
「私は、貴様の職業を訊ねたくて声をかけた。貴様の身のこなしや纏っている空気からし
て常人ではないとみえる。しかもデュエリストのようだ。もしや何らかの職業デュエリス
トではないか?」
 不審かつ非常識な質問を出会いがしらにぶつける。
「職業?」
 女は、先ほどの男と戯れていた場面からは想像もつかないような冷やかな瞳で馬耶を睥
みつけ、この上もなく嫌そうに言葉を吐いた。
「ゆえあって植物学の研究所と関わりを持ち、今では正式に招聘されて研究員になってい
るから、それが職業になるかしら。人体にパーミ能力を付与する研究が海外のとある機関
の耳に届いたとかで、色々面倒な打診を受けているから、今後もこの立場が同じかどうか
は判りかねるけれども」
「そうか」
 答えを聞いて馬耶の心にちょっとしたしこりが生まれた。
(がーん、負けた気分だ。まともでこそないが意外に大層な仕事をしている)
「いつまでも道を塞ぐようなら、敵は実力《デュエル》で排除するわよ」
「面白い」
「敵……殺してやる……あらわれいでよ、ブラックローズ――」
 殺気で空気がピリピリしはじめた。
「ちょっと待って下さい」
「……? なぜ止めるのユノー。ああ、もしかして、私を心配してくれているの?」
「アウナさんがやる気まんまんで戦ったら店が壊れるじゃないですか。まずいです」
「……くっ……ユノーが……わたしを心配してくれない…………なんたること」
「えええ、これ、そんな露骨に落ち込むところなんですか!?」
「うふふ……ふふふ、ユノーが慌てているわ」
 男女のそんなやりとりを、店の常連たちが遠目に見てニヤニヤしている。としあき店長
だけは「なんなのもう勝手にしてよ」みたいな顔でチラ見するだけだ。
「湯納正斗、ブラックローズ女のご機嫌取りはそのへんにしてもらえるか……」
「そうします。して終末ヶ岡さん、ここはお互い感情的にならず矛先を収めようではあり
ませんか」
「なんだ、デュエルを仕掛けてきたのはそっちなのだぞ?」
「ですねぇ。だったら私とデュエルするというのはどうでしょう」
 湯納の言葉に馬耶は首をかしげた。
 深い付き合いは無くとも、他の常連たちと同じくらいには顔を合わせているから、相手
の大まかな性格くらいは知っているはずだった。だが以前の湯納正斗という男は、たとえ
険悪な空気でも他人のデュエルに割り込むことはしなかったし、女相手に気遣いはしても
あたふたする男ではなかった。
「何かその女をかばう理由が?」
 小声で問いかける。
「理由は、まあ」
「ええいはっきりしないかカードプロフェッサー」
「アウナさん――あ、彼女の事ですよ――はカードを見る時やデッキ構築の話をする時は
楽しそうなのに、デュエルとなると急につらそうにするんです。私が持ちかけたデッキ試
運転のデュエルでさえ随分と断られました。なんというか、彼女のそういう姿を見たくな
い気持ちから……ですかね」
「同情心というわけか」
(それだけって訳でもないですけど)
「まあいいさ。この私の就活の役に立たぬブラックローズ女にはもう用などない。今はそ
んなことよりも……!」
「終末ヶ岡さんは就職したいんですか?」
 そろそろ声がヒソヒソ話の大きさでなくなってきたから、湯納はそれに合わせて普通の
喋り方に戻した。
「就職は重要なことだが所詮は手段にすぎない。私は戦いたいのだ」
「どうにも抽象的な……」
「この人生での私の名前は終末ヶ岡馬耶。私はかつてトロイア戦争で戦ったことがあり、
ある時代にはシーザーの第十軍団で戦い、またある時代にはステュワート王朝のためにも
戦い、さらに時が下っては機甲師団を率いてかの帝国を討った。私にとって所属や信念な
どは大した問題ではない。戦いたい。有象無象から列強の勇士までを打ち倒し、何でもい
いから勝利したい、とにかく勝利、勝利、勝利だ」
「思いっきりデュエルジャンキーですね」
「なんたる言い草」
「だって……」
 馬耶が左腕のデュエルディスクを広げるカシャカシャという音が響く。
「よし! デュエルだ! 私は賞金稼ぎデュエリストがどれほどなのか知りたくなった」
「うーん、元気な人だなぁ」
 少しあきれた風で湯納もスタンディングデュエルの準備を始める。
 そのころには店の中もすっかり馬耶と湯納の対決を観戦する雰囲気になっていた。
 わいわいがやがや、相変わらずだ。

「「デュエル!!」」


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最終更新:2012年01月22日 01:09