尼曽根美琴の消失・後編

「ったく、ここはどこだよ」

一方異次元の落とし穴に落ちた美琴は石造りの牢の中にいた。

「落とし穴に落っこちたと思ったら、いきなり空中に放り出されるわ、
 なんか中東っぽい連中に捕まるわ、牢に入れられるわ散々だぜ……」

あの後、美琴はとある都市に落っこちていた。
見覚えのない石造りの街並みに、布を纏った人々。
日本に比べてとても暑い気候。さっぱりわからない言語。
街の路地に尻餅をついた美琴は、様々な要因から、ここは外国だと判断した。
どうしたもんかと途方に暮れた美琴を槍を持った兵士が取り囲み、
あれよあれよという間に今いる牢にぶち込まれたのである。

「イスラムとか中東っぽいんだけど、なんか違うんだよなぁ。
 っていうか穴に落ちたらなんで外国に出るんだよ。リリカのやつ、なにしやがった……」

どうやって日本に帰ろうか。その前にここを抜け出さないといけない。
などと考えている美琴の牢の前に一人の少女が現れた。
褐色の肌をした少女であった。
身に纏うのは豪奢な金の装飾と布の衣装。

(あー……エジプトっぽいのか)
「%*◇☆▽▲○」

言葉の通じない少女の恰好を見て。
美琴はそんな感想を抱いた。
話しかけたのに返事をしない美琴に対し、首をかしげる褐色の少女。

「あー、何言ってるかわかんねぇよ。っていうのもわからねぇか」
「%*◇☆▽▲○」

お互い言葉が通じないことは通じたようだ。

「あ。そういや、センセが言ってたっけ。あたしのデュエルディスクには翻訳機能があるとかなんとか。
 エジプト語って翻訳できるのか、これ? えーと……」

以前教わったとおりに美琴はデュエルディスクのボタンを押した。
美琴のデュエルディスクは藤山センセのお手製であり、
あらゆる言語のカードテキストの翻訳およびリアルタイム通訳機能によって
世界中どこでも・誰とでもデュエルができるという代物だ。
その翻訳スイッチをONしたことで、

『ふむ、やはり言葉が通じないようじゃな』
「お、ちゃんと通訳できんじゃん! さすがセンセ!」
『なんじゃ! 急に言葉がわかるようになったではないか。
 まさかこやつの魔術かえ?」

デュエルディスクのスピーカーを通じてではあるが、意思の疎通が可能となったのである。

『やはり、この者は力ある者であったか』
「あー、なんか勘違いしてるっぽいけど、別にあたしは何もしてねぇよ。こいつのおかげ」

デュエルディスクを掲げてみせる美琴に対し少女が頷く。

『千年宝物のようなものじゃな。わかっておる』
「なんだそりゃ……ぜんぜんちげぇ」
『空より来る稀人よ。そなたは何者ぞ? わらわはファトスシャムス。この国のファラオじゃ』
「あたしは尼曽根美琴、ただの人間さ……って、ファラオだぁ!?」
『アマゾネスの巫女とな。ふむ、最近のアマゾネスは妙な恰好をしておるのぅ』

少女は首から下げた黄金の三角錐を掲げてみせる。
中心に眼のような意匠を施されたそれは、どうやらファラオの証であるらしい。
美琴の知識では、ファラオとは古代エジプトの王のことだ。
現代のエジプトには存在していない。
可哀そうな子なのかな?と少女のことを心配する美琴であったが、彼女はまだ気づいていなかった。
自分が異次元を通じて、古代エジプトへと来てしまったということに……。
現代、とある遺跡の発掘現場。
呪われたファラオの墓所といわれるその遺跡は、墓荒らしの手により既に暴かれた後だった。
金目の物はあらかた持ち出されていたものの、それでも歴史的価値のある埋蔵品がまだ残っている。

「教授、これはいったい……」
「うん。僕も信じられないよ。なぜここにこんなものが……」

埋蔵品を発掘していた調査チームは、遺跡の一室でとあるものを発見した。
それは古代エジプトに存在するはずがないもの。
彼らの目の前にあったそれは―――。

同日同時刻、センセの秘密基地(?)。

「お、お姉さま。こ、これ、反応が……」
「あん? 嘘つけレルム。そんな急に……ってマジかよ!」

センセの命により美琴のGPSをモニターしていたノルムとレルム。
ずっと圏外だったはずのモニターには今、位置情報を示す反応が表示されている。

「ええと、現在地は……え、エジプト?」
「わけがわかんねぇ。なんでいきなりエジプトで反応が出るんだ? 故障か?」
「と、とにかくミス藤山達に連絡を……」

わたわたとレルムがセンセへと連絡をとり―――。
『ファラオの証である千年錐を継ぎはしたが、三幻神を従えることは叶わなかった。
 つまりわらわは傀儡のファラオというわけじゃ。
 国を奪った侵略者どもが我が民を従わせるためにわらわを利用しておるのじゃよ』
「はー……おまえも大変なんだな。
 あたしより年下っぽいのに、国だの民だの厄介なもん背負わされてよ」

ファラオを名乗る少女―ファトスシャムス―により牢から解放された美琴は
彼女の客として扱われていた。
あの後、言葉が通じるようになったことで二人はお互いの現状を理解していた。
未来から落っこちてきたアマゾネス。
古代エジプトに生きる傀儡のファラオ。
出会うはずのない二人が出会い、言葉をかわしている。

『そなたの時代はどうか知らぬが、この時代には呪術や魔術が存在するのじゃ。
 きっと元の時代に帰る方法もあろうて』
「ああ、でないと困る……ほんとに帰れんのかな、あたし」

美琴がなんとか平静をたもっていられるのは、翻訳機能ごしとはいえ現地人と会話が成立したからである。
見知らぬ土地で言葉も通じないままであったなら、とうに心は折れていたであろう。
それに、もしかしたら仲間が、アキラが助けに来てくれるかもしれない。
mayのデュエリストには不思議な力を使う者も少なくない。
それも美琴の心の支えになっていた。

「あー…やっぱ恥ずかしいなこれ。全部脱がないとダメなのか?」
『よいではないか。そなた、なかなかよいカラダをしておるぞ』
「……か、カラダとかいうなよ」
『ん…気持ちいいぞえ』
「んぅ……肩こってんなぁ、やっぱり」

二人はいまシャムスの王室でオイルマッサージを受けている。
傀儡のファラオであるシャムスは暇を持て余し、退廃的な生活を送っているようだ。
オイルマッサージもその1つであった。
従者の手によって香油が塗られ、マッサージが施されていく。

「のう、アマゾネスの巫女や。その札はなんじゃ?』
「ああ、これか。これはデュエルモンスターズっつー……」
(あー、たしかこれのルーツって古代エジプトだっけか?)

傍らに置かれた荷物の中。
シャムスが興味を示したのは美琴のデッキだ。

『まるで魔物(カー)の石版のようじゃの。札遊びかえ?』
「札遊びっつーかこれでデュエルするんだが…ええとデュエルってのは……」

オイルマッサージを受けながらデュエルについて説明する。
まるで初心者に教えてるみたいだなと苦笑する美琴。

「見せたほうがはやいか。よっと」

従者から布を借り纏うと、立ち上がった美琴はデュエルディスクを装着した。

「こうやってモンスターを呼び出して……」

試しに『アマゾネスの剣士』のカードを攻撃表示でセットする美琴であったが。

(ん? デュエルディスクって古代エジプトでもちゃんと動くのか?)
『おお! これがそなたの魂に宿る精霊か! なるほどのう、その札はやはり石版と同じものであったか』
「うお、きちんと出た。すげぇな海馬コーポレーション」
『たしかに札1枚1枚から微弱ではあるが魔力(ヘカ)を感じるのう』
「そうかぁ? あたしはなんにも感じねぇけど。アウナやアスタがいうカードの精霊ってやつかな」

現代と同じように出現したソリッドビジョンに、二人とも感動したのあった。

『ふむ、どうじゃ、アマゾネスの巫女よ。よければわらわとディアハを行わぬか?』
「ディアハ…ああデュエルか。別にいいけどよ」
『傀儡となってからは、暇で仕方なくての。ちと付き合うがよい』

シャムスに案内され、美琴は古代の決闘場に立つ。
空を見上げることができる神殿のような建物の中。
向かい合ったお互いの背後には、人の背ほどもある石版がそびえ立っていた。
シャムス曰く、石版より魔物や精霊を呼び出し戦わせるのだという。

『決闘(ディアハ)!!』
「決闘(デュエル)!!」

掛け声と共に、美琴は再び『アマゾネスの剣士』を召喚した。
ソリッドビジョンの女戦士が現れる。
そしてシャムスの背後から強烈な光が爆発した。
地上に太陽が現れたようだ、と美琴はそう思った。

「うおっまぶしっ!? す、すげぇな……これが石版の魔物(カー)ってやつか」
『三幻神を従えることはできなんだがの。わらわもファラオじゃ。太陽は我と共にある!』

太陽の化身。
『The supremacy SUN』を思わせる姿。
それがシャムスの精霊の形であった。
しかしその太陽は暖かい光というわけではなかった。
侵略者に傀儡とされたファラオの心を写すかのような暗い光。
暗黒の太陽。
神聖さと禍々しさを併せ持つ、矛盾した存在。
美琴の頬を冷や汗が伝う。

『受けてみるがよい。太陽の輝き、プロミネンス!!』
「っしゃあ! 来い! あたしだって負けねぇぜ!!」

シャムスの太陽の化身が放った閃光(ビーム)が美琴の視界を塗り潰し―――。
現代。
カードショップmayを一人の男性が訪れていた。
考古学者であり、エジプトにてとあるものを発見したその男は美琴の父親であった。

「まさか自分の娘を発掘することになるなんて……」

彼の調査チームがエジプトの遺跡で発見したもの。
それはデュエルディスクとデッキ、そしてそれらを身に着けていたであろう人物の骨であった。

「俺たちもこんな形で美琴と再会することになるなんて思ってもみなかったです」

アキラが苦しげに言う。
美琴のデュエルディスクが古代エジプトの遺跡から見つかったということは、
彼女は異次元を通じてはるかな古代に飛び、そしてそこで亡くなったということを示している。
一緒に見つかった骨。それこそが美琴の変わり果てた姿であろう。
手掛かりどころか、本人が見つかったのである。
それも、最悪の形で。

「妻も今こちらに向かっているそうです。皆さん、娘のためにありがとう」
「待ってほしい。私たちはまだなにもしていない」

自ら発掘し証明してしまった娘の死に胸を痛める尼曽根父にアウナがいう。

「感謝するのはこれからでいい。それで、例の物は?」
「え、ええ。よくわかりませんが、娘のデッキとデュエルディスクなら持ってきましたよ」
「結構。フジヤマ、すぐにはじめて頂戴」

アウナに促され、センセが時を経てボロボロになったデュエルディスクを受け取る。

「……彼女達はいったいなにを?」
「お父さん、安心してください。これから美琴さんを助けにいくんです」
「? 娘を助ける?」

玲華の力のこもった言葉に尼曽根父が疑問符を浮かべる。

「あなたのおかげで、俺たちは美琴を助けることができる……ありがとうございます」
「けど尼曽根のやつ、よくもまぁファラオの墓に入ることができたな」
「だから言ったんですよ。美琴さんならきっと私たちに手掛かりを残しているはずだって」
「諦めなくてよかったね、アキラくん」
「ち、ちょっと待ってください。いったいどういうことですか?」

アキラや玲華をはじめとした美琴の友人たちの言葉に、尼曽根父は混乱している。

「あのね、あんた達。ちゃんと尼曽根さんに説明してあげなさいよ」
「すみません。この子たち、すっかり舞い上がっちゃって」

蘭と貞子から改めて尼曽根父が説明を受けていた。
美琴のデュエルディスクとデッキ。
この2つがあれば美琴を古代エジプトから救い出すことができるのだ。
デュエルディスクを解析すれば、美琴がどれくらい過去に飛ばされ
そこでどれくらい過ごしたか細かく知ることができる。
デッキがあれば、アウナスの探査術式により美琴の居場所が特定できる。
尼曽根父が発掘したのは確かに美琴のなれの果てであった。
しかし発見された時、デッキのトップには『No.39 希望皇ホープ』があったという。
デッキとデュエルディスクが現代まで残り、仲間がそれを見つけてくれると信じて。
美琴もまた、古代エジプトにおいて最後まで希望を捨ててはいなかったのだ。

「ほ、本当に娘を助けることができるのですか?」
「可能よ。いえ、必ず助ける。ミコトは友人だもの」

アウナが宣言し、皆が頷く。
かくして。
尼曽根美琴サルベージ作戦が開始された―――。
『う、むぅ……見事じゃ、アマゾネスの巫女よ。そなたの精霊、その身を焼かれ砕かれようとも一矢報いるとは』
「へっ、人間なめんじゃねぇよ」

太陽の輝きを受け消滅した『アマゾネスの剣士』であったが、効果によりその剣で太陽の化身を切り裂いていた。
魔物(カー)がダメージを受けたことでシャムスの魂(バー)も削られ片膝をついている。

「大丈夫か?」
『なにこの程度問題ないわ。気にするでない』
「お、おう。そうか」
『人の身でありながら、太陽を切り裂くとはのぅ。そなたは強いのじゃな』
「……強くなんてねぇよ。変な能力も持ってねぇただの人間だし。
 今だって、もとの時代に戻れるか不安で不安でしかたねぇよ、おまえがいなきゃ泣き出しそうだぜ」
『それについては安心するがよい。……どうやら迎えがきたようじゃぞ』
「んあ? なにをいって―――」

美琴の言葉を遮り、ガラスを割ったような音が周囲に響き渡り風が荒れ狂った。
美琴とシャムスのいる神殿の頭上、見上げた空を影が覆っている。
ガラスのように割れた空間からなにかが生えていた。
巨大なジェット機。それもTVアニメに出てきそうというか某科学戦隊が使っていそうなジェット機であった。

『あれも精霊じゃな。ふむ、どうやらそなたの時代にもすぐれた魔術師がおるようじゃの』
「精霊って……つまりあれ、実体化した『異次元ジェット・アイアン号』かよ!?」

空間を割り異次元から現れたのはエリンや湖、なのや望、アスタ達mayの能力者達が力を合わせて具現化した
『異次元ジェット・アイアン号』であった。
その中でアウナが数千年の時を経てなお持ち主との絆を保ち続けた美琴のデッキを用い探査を行い、
この場所へとアイアン号を導いたのである。

「ま、マジかよ……」

唖然として機体を見上げる美琴の視界に、アイアン号からロープで降りてくる影が映った。
それは彼女がよく知っている人。
再び会いたいと心の中で願い続けていた男。

「あ……アキラ!?」
「美琴、迎えに来たぜ……美琴ぉ!」

降りたったアキラはそのままの勢いで美琴を抱きしめた。

「な、なんで、どうして…う…うぅ……うわぁぁぁああああん」
「お、おい、美琴!?」

突然の出来事に驚きと混乱と安堵で緊張の糸が切れた美琴がアキラをきつく抱きしめ、
彼女にしては珍しく声をあげて泣き出した。

「もう大丈夫。もう大丈夫だ。美琴」
「うぅ…ぐす………うん、うん」
『見せつけてくれるのう」

ため息をついてこちらを見るシャムスに気づき、あわてて美琴がアキラから離れる。

「ち、ちが、おま、なに言って……」
『照れずともよい。いい人が助けにきたのであろ? よかったではないか』
「う、うう……そ、うだな」
『………お別れじゃの、アマゾネスの巫女よ。短い間であったが、楽しかったぞ』
「お、おう。あたしも。おまえに出会えてよかったよ」

最後に握手を交わし、傀儡のファラオと未来から来たアマゾネスの巫女は別れた。
美琴はアキラと共にアイアン号に乗り込み、現代へ向けて発進する。
こうして、リリカの復讐心からはじまった尼曽根美琴消失事件は幕を閉じた。
しかし。
この後、現代においてファトスシャムスと思わぬ形で再会することになることを、美琴はまだ知らなかった―――。



おしまい

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最終更新:2012年02月10日 00:43