結社の檻 5

風吹く暗闇。
歯を軋ませる音。
獲物を欲する異形の竜。
コアキメイル・マキシマムの発した闇は深みを増していた。





天陰アキオ
手札:無 LP:2700
場:メガロックドラゴン
 コアキメイル・マキシマム
伏せ魔法罠*2
ヴィジョン除外ゾーン*無



エレナ・エヌナード
手札:無 LP:2400
場:フューチャー・ヴィジョン
伏せ魔法罠*無
ヴィジョン除外ゾーン*無







「まだ、勝ったと思うには早いわよマキシマム」

1度足をふら付かせたものの、毅然と立つエレナに場の全員が反応する。

「フッ、絶望的な状況でよく言ったものだナ」
「私は次のドローでライティーを引く、そしてファイリーを呼び出すわ」

体力を奪われていても、力は消えていない。
いかに闇が強くとも、確実な勝利の未来がエレナには見えたのだ。
今アキオの罠は変わらず手札も無くなっている。
伏せカードは表になっていないが先程の会話で内容は間違いない。
そうなると召喚、効果を妨げる術は無いはずだ。

「未来を見たのか、するとどうなると言うのダ?」
「そうよ、そして私は貴方を焼き払い勝利する」
「ほう・・・1枚あれば勝てるとは素晴らしいドローだナ」

不敵に笑いながら手を叩き褒め称えた。
自信なのか強気なのか、マキシマムは余裕を見せる。
防ぐ手があるというのか?
エレナは相手の動きを予測するが、それは不毛な事に気付く。
考えても他の手は残っていない。
今は自分を信じてカードを引くしかないのだ。

「貴方のカードでこのコンボは止められない。終わらせるわっ、ドロー!」

引いたカードに目を通した瞬間、その瞳が見開く。

「どうしタ?そのカードで勝つんだろウ?」

不気味な笑顔で相手を見つめるマキシマム。
視線が合うと笑い声をあげる。

「ハッハッハ!無理だろうな、死神に遊ばれてちゃア」

エレナが手にしたカード、それは死神の巡遊だった。
それは自身の見た未来、直前に見た勝利の未来とは懸け離れていた。

「なっ?一体、何をしたの?!」

冷静さを感じさせない、感情の入った声が思わず上がる。
起こるべき筈の未来とは違う現実・・・原因は考えられる。
1つは自分の能力が封じられた場合。
より深い闇やカードの力でそれは起こり得る。
だがその後、エレナは変わらず未来を見ることは可能であり、自分の勝利まで分かっていた。
ならばもう1つ・・・最悪のケースが考えられる。

「薄々気付いていたんだろウ?俺の力を・・・俺は、運命を操る力を持ツ!」

それを断定させる一言。

「デステニー・チェンジ・・・本当にあったの・・・」
「宿主と俺の力は波長が合うようダ。おかげで一瞬にして未来を書き換えれタ。所詮お前は見るだけ・・・何も出来ん、何も動かせン」

言い放ったマキシマムが手招く。
闇へ、深い闇へ。

「さあ・・・エンド宣言をしロ」

唖然としたエレナの両の手がゆっくりと落ちた。
(そう、私の求めていたものが見つかって・・・目の前にして終わるのね。皮肉だわ)
ゆっくりと首を落とし最後に引いたカードを見つめる。
(全てを賭けたドロー・・・ね。マキシマムを引いた貴方と死神を引いた私・・・私には何が足りなかったのかしら)
勝敗は決した。
目を閉じ、静かに声を発する。

「・・・ターンエンド」
「そんな・・・エレナ様!」
「それでいイ。ドロー、そしてさようなラ」

荒ぶる2体の竜が獲物を狙い動き出した。
だがその時、ヴィジョンに変化が起こる。

「ダイレクトアタッ・・・ムッ?!」
「攻撃が止まった?・・・何が?」
「空間に光が・・・これは、マキシマムの闇が消えていっている!」
「何故ダ!俺は闇を解いた覚えなドッ!」
《プレイヤー、アキオのサレンダーを確認。勝者エレナ・エヌナード》

お互いのデュエルディスクから機械音声が響く。
気付けばアキオのドローした右手がそのまま、デッキの上に置かれていた。

「俺の手ガ?!いつの間ニ?!宿主に動かす力は無いはず・・・まさカ!」

マキシマムの意思に反し、右手は一向に動かない。
ドローしたカードが指から離れひらひらと落ちていく。
その動きを紋章の瞳が追った。
地面に落ちる間際、カードが裏返る。
映るのは岩の精霊タイタン。

「タイタンッ、下級の精霊ごときガァ!」

怒りを露わにし、タイタンを踏み潰そうとするが寸前で動きが止まった。
覆われていた闇はほとんど消え去っている。
闇を失った影響で、マキシマムはもはや動くことすらままならなくなっていたのだ。

「チッ、女、宿主の引きに感謝するんだナ・・・」

そう言い残すとアキオの体はフラッと背中から後方へ傾きだす。
ティナは慌てて駆け寄り落ちていく身体を支えた。
全員生き残れた。
一度死を覚悟したエレナは今のこの状況を予想だにしていなかった。
突然の闇の暴走。
移り変わる未来。
それらを右手一つで落ち着かせた彼と彼の精霊に温かな視線を送る。
本来なら心を許し近付き称えたい所だが思い留まる。
背中に新たな闇の気配を感じていたのだ。

「あら?せっかくショーを見に来たのに終わってるじゃない」

来るなり不機嫌そうに少女は喋りだし、エレナの横に並んだ。

「リリカ、貴方ね?アキオにマキシマムを」
「そうよ。けどまさかエレナがモルモットになってたなんて思わなかったわ」
「いきなり何て事をしてくれたの?彼の体が持たなくなるわよ」
「死んだらその程度じゃない」

その一言にエレナの眼光が鋭くなる。
それに気づいたリリカはうふふと鼻で笑い視線を合わせる。

「別にエレナと遊びたくて来たわけじゃないの。もう、つまらないから帰るわ」
「お、おい・・・ま、てよ・・」

苦しそうな声に皆が反応した。意識が戻ったのだ。
すぐさま立ち上がろうとするアキオに介抱していたティナが引き止める。
抵抗する力が無かったのか、そのままガクンと倒れ込み立ち並ぶ二人を見上げた。

「凄いわアキオ!もう動けるなんて上出来よ!」
「そりゃ・・どうも。あのカード、仕込んだのは、リリカだったんだな・・」
「あらあ・・・聞こえてたかしら」
「ああ、いや、礼を言うぜ、おかげで・・勝てそうだったんだからな・・」
「そう・・・勝てそう、ね。ふふふっ」
(あの状況、操られていたにも関わらず意識が残っていたの・・・)

リリカは笑みを浮かべちらりとエレナの表情を見る。
エレナは気にも留めず別の事を考えていたが、思い詰めた顔をしていた為、リリカはさらに上機嫌になった。

「そのカードは貴方に預けるわ。さあ月欠け!闇を操り、贄の魂を狩りなさい!」
「へえへえ」
「嫌そうな顔するわね、でも安心しなさい。月欠けの仮面には闇が溢れ過ぎない様に細工してるの。だからそうね、少しは保てるわ」
「保てるって、少しかよ・・・」
「何か文句ある?」
「文句はありますがやらせて頂きます。お嬢様」
「口の減らない男ね、私にそんな言い方するの貴方くらいよ?でもいいわ、特別に許してあげる」

そう言うとリリカは背中を向け、側にいるエレナに囁いた。

「私の狂犬にいきなり噛み付かれて、哀れね?」
「狂犬?貴女何を企んでるの?」
「辛勝の人に聞かれてもねえ、答えて良いものか考えちゃうわあ」
「・・・彼に手を出さないで、彼は貴女とは違うのよ」
「あはっ、犬を気に入ったの?!傑作ね、それとも泥棒猫にでもなって仲良くする?」

最後に大きな声で笑いながら少女は姿を消した。
それを確認し、エレナはアキオの元へ近付く。

「俺は、生きてるんだな」
「闇が消えたおかげね。今のデュエルを体感して、それでも組織に加わるの?」
「未来見て知ってんだろ。藁にでも縋らなきゃいけないんだよ」
「そう言うと思ったわ」

エレナは袖から手袋を取り出し印を切る。
すると薄く白い光を放ちだした。

「あのドローを見る限り、貴方の手が精霊と共鳴する力を持っていると思われるわ。リリカもそれに気付いて連れて来たんでしょうね」
「嘘みたいな話だけど、今なら納得出来るよ。で?」
「これを使って。今この手袋に加護を与えたわ。その手で触れた物の力を抑えるの」
「へえ・・・でもそれじゃ、俺の長所が無くなるんじゃないか?」
「指が出るようになってるでしょ?カードは直に触れ、でもその影響を脳までは受けさせない」

促されるまま手袋をはめ、手を開いては閉じ感覚を確かめる。
別段変わった様子は見受けられないが、アキオはエレナを信じることにした。
おそらく彼女は嘘を付いていない。
それだけで理由としては十分だった。

「そしてこれは推測だけれど・・・」

アキオの視線が手からエレナへ移る。

「貴方には運命を操る力がある」
「本当か!?」
「ただ、その為にはマキシマムの力が大きく関与しているわ。つまり・・・」
「あいつを使いこなせって事か・・・どうすれば、くっ、痛っ」

先程の闇のゲームの影響であろう、思い出したかのように体に痛みが走った。

「まずは休んだ方がいいわね。気持ちは分かるけど焦っても良い結果は出ないわ」
「ははっ、そうする・・・」

言うことの聞かない体に、思わず空笑いが出る。
申し訳無さそうな顔でティナの手を借り、立ち上がった。

「ティナ、この事は他言無用よ。特にリリカには」
「分かりました。元々リリカの得になるような事、するつもりはありませんし」
「でしょうね」

性格も未来も理解している、返事を聞かなくても分かっていたのに忠告してしまう。
そこには予知能力に頼らない、人間臭い彼女の姿が垣間見えた。
視線をずらすと再びアキオと目が合った。

「俺は決められた未来なんて無いと思う。けどさ、もし、もしもエレナの見える未来が俺の目指す未来になったら言って欲しい」
「都合の良い話ね」

皮肉めいた言葉の後、彼女は頷いていた。
痛そうに笑いながら、元居た場所へ帰って行く様子を見つめて。

「いいの?」

フォーチュンレディダルキー、エレナの精霊の声がした。

「このままだと彼の未来は・・・」
「彼が望んだのだから、どうしようもないわ。それに・・・ようやく見つけた希望は手放せない。その為の犠牲なんて厭わない」

誰に向けるわけでも無い、自分の十字架に刻む言葉だった。
不安そうに見つめるダルキーを余所に、エレナは歩き出した。
歯を噛みしめ、睨むように前を見つめ。
胸に秘める決意と共に。
(アキオ・・・貴方が闇に呑まれる未来は、私が食い止める。そして・・・)

「変えてみせるわ。未来を、必ず」














~エピローグ~




「すげえな、最新式だ」
「デュエルキャラバンだそうです。これでデュエリストの情報、追跡に役立ててるんだとか。乗って下さい」
「運転出来るんだな、これまた凄い」
「オートですよ」

ティナの手解きで帰路に立つアキオ。
施設の外に出たと思うと日の光が見え始めていた。
(今日は勉強にならないだろうな)
思えば沢山の事ばかりだった。
気持ちの整理には時間もかかるだろう。
だが立ち止まる訳にもいかない。

「どうして、結社に加わったんですか?」

沈黙の車内で突然の声。そして声は行き来する。

「脅迫されて、かな」
「リリカに?」
「偉そうな奴らに」
「悲劇ですね」
「そうとも限らないぜ。むしろ希望に満ちてる」
「どうして?」
「どうしようもない状況だった所に夢の様な力があったんだ。何だってやるさ」
「・・・何があったか聞いても?」
「ああ、大切な人がな、病気で死ぬんだよ。時間の問題だってさ」
「危険を冒してまでの人ですか」
「まあな。ティナだってここに居る理由があるんだろう?」
「私も脅されたクチです」
「ふうん、やっぱり逃げれないのか?」
「妹を置いてはいけないので。私が守らないといけないから」
「・・・」
「私の親はもういなくて、姉妹二人でやってきたんです。なのにあの、あのリリカが、全部奪った!努力も、守ってきた者も!」
「復讐か?」
「リリカなんてどうでもいい。ただ私は二人で過ごせるだけで、それだけあればいい」
「同じだな」
「同じ?」
「俺もな、妹を助けるのが目的なんだよ。親は金だけで見離した、せめて普通の生活をさせてあげたい」
「・・・」
「同じ思いだろ?」
「同じね」

車が緩やかに減速し停止する。
予定の場所に着いたのだろう。自動でドアが開くと見慣れた風景が朝日と共に見えた。

「天院さん、これを」

ティナも外に出て手渡しをする。携帯電話だ。

「リリカから渡すようにと」
「結社専用って事か。ほんとどこから金が沸く・・・うわ、もうメール来てる」

{私からの連絡はどんな状況でも3分以内に返事しなさい。じゃないと殺すわよ。 リリカ}
(はいはい・・・)
{内容は承りましたがリリカ様のメールが早すぎて既に数時間経過しております。にも関わらず存命であるのは寛大な御心によるものでしょう。以後もその素晴らしい御心で対応頂ける様お願い申し上げます}

「そんな内容でいいんですか?」
「まっ、大丈夫だろ。それよりさっきの話だけどリリカには言わないでくれ。厄介だからさ」
「分かりました」
「あとさ、ずっと思ってたんだけどなんで敬語使うんだ?」
「何故・・・?とりあえずと言うか、初対面ですし」
「なら最初にも言ったけど普通に呼べよ。俺達はリリカの部下で仲間だろ?」
「仲間・・・」
「だろ?」
「・・・ああ、そうだなアキオ」
「いきなり呼び捨てか?」
「す、すまない。だが私はさっき呼び捨てられたぞ」
「よく聞いてるなあ。それじゃあ改めて、よろしくティナ」
「ああ、また会おうアキオ」

そう言って手を交わした二人の青年は、お互いに背を向けた。
お互いの帰る場所へと。

「仲間か・・・」

小さく笑みを浮かべ、久しく忘れていた感情に打ちひしがれる。
光差す道はまだ見えない。
それでも昨日までとは違う一歩が確かにあったのだ。
その感覚が、今日の二人を突き動かす僅かばかりの希望だった。

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最終更新:2012年11月15日 06:28