湯納の大冒険 4話

「アウナス! 光天使の次のターゲットがmayランドだと判明したぞ!」
「な に い ィ !?」

 という流れでやってきました遊園地『mayランド』。
 平日朝十時。
 私こと湯納正斗とアウナさんは自腹で買ったチケットで開園一番に正門をくぐり、まず
は中央の広場で園内をぐるりと見渡すのだった。
「ここが遊園地? わたしが想像していたのと違う……」
 愛嬌を振り撒いて媚びまくる着ぐるみ宝玉獣ルビー・カーバンクルを眺めながら、アウ
ナさんがぽつりと言葉を漏らす。
「一体どういうのを想像していたんです」
「わたしが遊園地といったらあれよ……山いっぱいに甘い木の実がなってて山菜やキノコ
もそこかしこに氾濫し、肉ももちろん狩り放題で、川を見れば卵を持って上ってきた魚が
バシャバシャと」
「食べ放題ですね」
「うん!」
 ものすごい力強い答えが返ってきた。
 観察結果その①:アウナさんは食べるのが好き(特に巨大な卵の料理が好きだとか)
「さてどうしようかしら」
 ちなみに双方ファッションはいつも通りだ。
 まあカップルのデートじゃないんでそうなりますよね……はは……はあ。
「そうですねえ」
 どうやら気づいていないようだ……私が三日に一度のペースで靴底を1ミリずつ厚くし
いる事には。
 靴底増量計画、進捗状況31ミリ。
 アウナさんの身長は165センチとちょい高めなので、私の身長160センチとの差を
埋めるまであと少し……のはずなのだが、現段階ですでに同じ目線になっている。これは
一体どういうことなのです?
 ……あ。
 風になびくローブの波間からさりげなく彼女の履き物を覗き見て、私に激震走る。
 いつものブーツではなくなんかやたら靴底の薄い履き物をお召しではないか……?
 え? 待てよ? つまりなんだ!? 察知されてた!? 完全に!? いつから!? 
 うそ!? 態度に出ていた!? ミリ単位の増量でも女性の目は誤魔化せないのか!?
 突発的に起こるリアルファイトに適さないであろう靴など、普通ならアウナさんがわざ
わざ履くはずがない。それを曲げてわざわざ履いたのなら、それは「これ」に気づかれて
いたからだと推理できてしまう。
 くっ……配慮された……。すっごい恥ずかしい。軽く死にそう。
 やめようこれ。
 堂々とすればいいんです。
 観察結果その②:アウナさんは意外なとこが思慮深い(失礼)
「光天使が出てくるまでまだ時間があるのかもしれません。せっかく入園料を払ったんで
すし地理を把握がてらアトラクションを回ってみましょうか」
「そうね。奴らがそれらの施設のいずれかに潜伏する、あるいは既にしている可能性もあ
るわけだし、妥当だわ」
 メチャクチャ打算的に回答された。地理を把握とか言ったのがいけなかったのか。
 でも私だって遊ぶ気はないわけで嘘もついてない。
 そっけないフリをしてるけど実は遊園地が楽しみで……みたいな展開ではないらしい。
 靴底云々のことはとりあえず脳の片隅へ。
「手始めに、あのアンデットワールドとかいう所から行こうかしら」
「いわゆるオバケ屋敷ですね」
「化物の屋敷……それは怨霊vs人間、殺るか殺られるかの魂狩り決闘の場」
「そんなオバケ屋敷は嫌です」
「ひと部屋に隙間もないくらい敵とアイテムと罠が詰め込まれてるっていうあの」
「化物屋敷どころかモンスターハウスじゃないですか」
 軽く冗談を交わしながらも二人の足はオバケ屋敷「アンデットワールド」へ。
 一日フリーパスを買ってあるのでまごまごせずに入れる。
 その券の代金は少々痛い出費だったが、密に、密に。
「見て、ユノー。ゾンビ・マスターの効果で墓場から死者が蘇ってくるわ」
「あーなかなかいい出来のゾンビですね……腐り方とウジの表現が秀逸でホンモノかと思
うくらい……うわ」
「そうね。で、オバケ屋敷とは結局どういう施設なの」
「ああいうのを怖いとか気味悪いとかは思わないわけですか」
「えっ、アンデソリティアは凄く怖いけど。じゃあゾンマスの効果にチェーン脱出で」
「蘇生効果不発ですねえ」
「因果切断がよかった?」
「…………後でガイドブックでも見せながらいろいろ説明しますね。あと探索に実りが無
いようですからもう出ましょう。うん」
「奈落で」
 観察結果その③:アウナさんはゴースト系は平気(実家にガチ幽霊屋敷があるらしい)
「ユノー、ユノー、あれ何? 何?」
「メリーゴーラウンドですね。作り物の馬にまたがって、ああいう風に回るのををなんと
なーく楽しむ乗り物です」
「見てると利用者には子供が多い気がするわ」
「一種のなりきりアトラクションなんですよ」
 敵と戦うためとかなんとかで必要に駆られでもしない限り、アウナさんとお化け屋敷に
はたぶん二度と入らないだろう。
 男女でオバケ屋敷に入り「きゃーっ(抱き)」なんてのは尼曽根さんの特権なんだ。
 まあ入る前から何となく想像してたけど……。
 もしかしたら、なんて思ってない……。
 がっかりなんてしてませんからね……。
「次はジェットコースター『ドラゴンズマウンテン‐山‐』ですね」
「こーすたー? これに乗ればいいの?」
「まあ乗ってみればわかるかと」
「ええ」
 レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴンをかたどった車両の最前列に私たちは乗り込
んだ。
 このアトラクション、乗り物自体だけでなく表の看板や園内スタンプのアイコンもこれ
またレダメだ。ちなみに『ドラゴンズマウンテン‐山‐』の向かいには看板にレダメを掲
げたハンバーグ屋がある。なぜ……?
「ユノー、これは?」
「車でいうところのシートベルトを少々大袈裟にしたものだと思って下さい」
 お手本として私の座席の安全バー(名称不明)をおろして見せる。
 カチッとはまって動かせなくなる。
「ふーん。よいしょ」
 ちょうどその直後に出発のベルが鳴った。
 レダメ号は大洞窟を想定していると思われるトンネルをじりじり斜め上へと進み、登っ
てゆき、光さす場所へ向けて車体を滑らせる。
 出口にさしかかると視界が陽光に包まれ……!
 ついにきた、急降下が――

「 ピっ――んぎィいいいいいいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃ !? 」

 すぐ隣から物凄すぎる金切り声が聞こえた。
「アウナさんっ!?」
 白目をむきそうなレベルで震え上がり、叫びながらも何とか正気を手放すまいと、健気
に気力を振り絞っているアウナさんの姿を横目に見た。
 キャアアアどころじゃなかった。
 デュエル中でもこんな必死なアウナさん見たことないよ。スゲ。
「限界……もう限界だわ! 強制脱出装置はどこなの!」
「ああ、暴れたら駄目ですよ! 安全バーが折れる折れる折れる!」
「嵐の夜、稲光の夜っ、癲狂司法驚愕実験んんんん! んん!? ん……?」
 ジェットコースターの恐怖を一時どこかへ押しやった風で、アウナさんが私にちょっと
血走った目を向けた。
 さらに視線は下がり、この吊り橋的状況で無意識につながれた手を注視する。
「あの、これはですね」
「ユノー……」
 そういえば手なんて繋ぐのは初めてだ。
 全神経が手に集中した気がする。
 意識したとたん、どくん、と心臓が特別強く鼓動を打つ。
 ああ、何時からだったのだろう、私はアウナさんを――
「んぐぐぎぎぎ……レダメ+山めが……っ。三千打点くらいで生意気よ。魔人アミの末裔
アウナス・ミフイムを舐めてくれるな――あっダメっ急カーブは駄目ぇ、それと逆さまも
駄目ぇぇ、ひいいいいィィィィ」
 で、ウルトラ台無しタイム。
 やばい顔(いわゆる遊戯王顔)で歯を食いしばっちゃってるよ……。
 ただそんなところもアウナさんらしくていいかも、なんて。
 魔法使い殿は物好きだな、と先日誰かからかけられた言葉が頭をよぎる。
 結局一周するまでアウナさんは座席大脱出も召喚魔法行使もせず耐え切った。
 発着場に帰ってきて止まった瞬間に座席から飛びのき、遊星さんのサテライト式突入術
よろしくスライディング&ローリングしながら怨敵ジェットコースターと距離を取った。
 ちなみにこのとき係員が「マジックコンボのアウナス」に個人的な理由からサインを求
めているが、アウナさんはそれを華麗にスルーした。
 さっさと外へ出て、ベンチで一休み。
「理解不能……理解不能……理解不能……。なぜ、なぜ、安全運転をしない……上下逆さ
になったり登ったと思ったら急に下降したり……り、理解ッ、不能ォ」
「あれでも安全なように設計されているんですよ」
「ジェットコースター……悪魔の拷問器具ジェットコースター……あううう」
(ほんとに苦手なんだなぁ)
「最近生きるのが面倒臭いわ」
(ネガってるなぁ……)
 もちろん彼女を気遣って落ち着くまでなだめながらしばらく待ちます。
 観察結果その④:アウナさんは絶叫マシンが物凄く苦手(びっくり)
「えーっと気を取り直して次は――」
「ユノー! 激しかったり速かったりするのはいけないと思うわ」
「……以前ボタニカル・ライオに乗ってライディングデュエルしていたから、てっきり絶
叫マシン系も平気なものと思ってました……すみません」
「自分で意のままに動かせないああいうのはダメ。不安すぎてもう」
「お察しします」
「ほんとに?」
「考えてみれば、私も自転車の後ろとかには乗りたくないです。自分で操作してないから
事故らないか不安で」
「なら同じようなものね」
 アウナさんが控えめに笑った。
 良くも悪くも正直な人なので気持ちはそのまま顔にも出る。早くも立ち直っているとい
うか、機嫌を直したみたいだ。
「次は観覧車だから大丈夫ですよ」
「今度は激しくも速くもないのよね?」
「そういう要素は皆無ですね。高いところ苦手なら話は別ですけれど」
「平気よ。一応飛び降りるのにも慣れてるし」
「飛び降りちゃうんだ……」
 挙動不審とみなされない程度に練り歩きながら周囲を確認する。
 繰り返すようだが目的はデートではないので。
 十分ほど雑談しながら観覧車「レインボードラゴン」の前にできた列に並び、ほどなく
して問題なく乗り込むことができた。
「ふーん、高所から遊園地を一望できるというわけね」
「そうです」
「ここから見ればあの悪魔の拷問器具ジェットコースターも小さなものね。収縮喰らって
豆粒にされてるゴブリンに等しいわ……」
(根に持ってるなぁ)
「呪われろ……呪われろ……ジェットコースター呪われろ……」
(アトラクションが呪われちゃう……)
 観察結果その⑤:アウナさんはけっこう根に持つ(しかも滅茶苦茶しぶとい)
「いい景色だわ」
「んー確かに」
 観覧車頂上からの景色はなかなかのもので、住人にとって馴染みのある決闘寺やmay
自然公園、遠くには虹裏五山、虹寝湾岸などもぼんやり見ることができる。
 まあ、私などはお外を眺めるのも早々に切り上げアウナさんの横顔を眺めたりしている
わけだが。
「あの山々のもっと向こうにわたしの生家がある。すぐ隣にこんな世界があるのに、わた
しはずっと暗い洞窟に生きていたのね」
 ぽつぽつ呟きながらアウナさんが遠い目をした。
 私はと出会う前のアウナさんがどんな風に生きてきたかを、私はあまり知らない。言葉
の断片から想像することはできてもそれだけだ。
 正直なところ興味はある……「友人」という意味ではお互いにもっとも親しい人物のは
ずだから、相手をもっと知りたいと思うのは普通だろう。うん、普通、普通。
 訊けばあっさり答えてくれるかもしれない。
 しかしそれはしない。もし、アウナさんがわーっとそれらを全部話したくなる日がきた
ら、自分もそれに応えようと思う。
 観察結果その⑥:アウナさんは謎が多い(あの沢山のデッキは服のどこに入ってるの)
「でもアウナさんの子供の頃ってちょっと気になりますね」
「ん。わたしの子供の頃はそれはもう純真で受身な植物使いで、棘の壁をぶちかましてガ
ラ空きになったところにアマリリス3000を特攻させるのが大好きな…………うん?」
「どうしましたかアウナさん」
「それよ、それ」
 話が見えない。それ?
「わたしを呼ぶのに「さん」はいらない。アウナ、でいいの」
「えっ……」
 Q.急に?
 急だ。
「惰性で流してたけそろそろどこのへんでね。さあ」
「あの、えー、私は誰に対してもさん付けで呼びますし、もう習慣っていうか癖っていう
かそのですね」
「サクリファイス使いの努力でカバーよ」
「えらく今更な気も」
「無効にして破壊」
「えーっとぉ……!?」
 すごいことを要求された。いやすごくないけど。すごくないけどすごい。
「……いいじゃない。みんな「さん」付けで呼んでるのなら、わたしの事くらい特別にし
てくれたって」
「――」
 頬を赤らめて、耳まで真っ赤にしてアウナさんはそっぽを向いた。そしてまた恐る恐る
だが顔を向き合わせる。
 アウナさんが照れてるぞ。
 異常事態だ。
 こんなアウナさんは黒橋さんと樋道さんの妄想の中にしか存在しない生き物だとばかり
思っていたのに。
「「…………」」
 真正面から真剣にこちらの目を覗き込んでくる。
 精神がロックされてしまったのか? 視線をはずすことができない。
 なんだこの空気……!
 沈黙で耳が痛い。
「……アウナ」
 私は密室内で急速に充満した甘酸っぱい系ガスの熱気に耐え切れず口を滑らせた。
 直後この身が弾け飛びそうなほどのやっちゃった感。
 そうしたら……
「にこっ!」(にこっ!!)
 彼女は思い返す限り今までで一番のいい笑顔を返してきた。
 自分の口で「にこっ」と言ったのは彼女なりのお茶目なのか。
 思わず惚けて見入ってしまう。
 それほどに、普段ぶっきらぼうでガチ志向で辛辣な言葉が多い彼女の、幸せそうな笑顔
は貴重なものだった。
 観察結果その⑦:アウナさん……アウナは…………かわいい(Kawaii)
「……んっ!? あれはもしや……!」
 照れ隠し(?)で外に視線を向けたアウナが死体を見つけた探偵みたいに反応した。
 まださっきの続きで戸惑ってる私をそのままに、甘酸っぱい空気は完全に雲散霧消。
「ユノー、あれってマイシスター・エリンじゃないかしら」
「えぇーっとぉ…………ああ、あれですか。上からだから顔は見えませんが、確かに装い
と髪の色がエリンさんっぽいですね」
「小さな女の子と話してるわ」
「あそこ周りから見えにくそうですね」
「迷子かしら」
「エリンさん徐々に近づいて行ってますが」
「……あっ」(気付き)
「……ですよね」
 二人して、狭い天井に頭をぶつけない程度に加減してすくっと立ち上がる。
 アウナの目が冷たい。邪悪なる仇敵に対する時ほどの冷たさではないが、やれやれだわ
って感じが物凄く出てる。
 世界ランカーのアスリートみたいに気持ちの切り替えが早いのに若干戸惑う。
 いや正直私も同じようなものだが。
 観察結果その⑦:アウナさんはなにげに視力もはんぱない(幻海師範か)
「いでよ、ナチュル・ローズウィップ」
 窓の外に手乗りサイズの植物族モンスターが出現した。観覧車の通風孔に細い根を入り
込ませて絡みつき、姿勢を固定している。
 この現実に植物族モンスターを呼び出す召喚術。彼女の特技だ。
 それはこれまた小さなムチをピシピシ振るう、使えるのか使えないのか分からないロッ
ク効果をもつ地植物☆3チューナー、ナチュル・ローズウィップだ。
「このドアを開けたいわ。カギを開けて頂戴」
 命令をうけてすぐさまローズウィップは鞭を扉の錠のつまみに絡みつかせ、釣りでもす
るようにグイッと引っ張った。
 外側からなので簡単に開く。
「ローズウィップを生贄に捧げ……汝は波なきもの、闇なきもの、海なきもの、月なきも
の、癲狂司法驚愕実験! あらわれいでよ! 凛天使クィーン・オブ・ローズ!」
 召喚を行いながらアウナは戸を蹴破って虚空に飛び出す。
 そして出てすぐ、落下が始まるのとほぼ同時に彼女が、芳香をふりまく巨大な薔薇の翼
を広げ、羽ばたきながら私に向き直った。
 モンスターの一部だけを自身の肉体に装備し、使役者自身の異形化、あるいは妖魔化と
いう形で発現させているのだ。このへんがサイコデュエリストには難しく召喚術師には馴
染みの深い芸当らしい。
 なんて便利なの召喚術。
「気持ちの切り替えはOKみたいね」
「無論」
 次の瞬間、私は手を伸ばした彼女に掴まれて姿勢を崩され、空中でものの見事にお姫様
抱っこされた。
 湯ノオーン=ピンチ姫説とか言われてるのに勘弁してください……。でも成り行きとは
いえ密着状態は少し嬉しかったり。
 凛々しく、奇妙な艶があるととっさに思う。
「実はユノーに翼を生やすこともできるけど、急にそういうことやると飛行未経験の人間
ではコントロールできなくて墜ちると思ったからこうしたわ。じゃ、直行よ」
 花の香りを撒きながら、その場所めがけて若干ふわふわ揺れながら降下してゆく。
 目を点にしてる観覧車のほかのお客さんからの視線が痛かった。
 アウナが完全なクィーン・オブ・キラキラ王子様になってしまわないことを祈りたい。
 観察結果その⑧:召喚術の汎用性高すぎ(一番得意なのは力押し強行突破)

 ……

 先の会話に挙がったように、何故かこの場にいたエリンさんは優しげな笑顔を浮かべな
がら、一人ぼっちでめそめそしていた幼い女の子ににじり寄っている。経過略。
「よーしよし、私がついてるから大丈夫だ!」
「うぅ、お姉ちゃんがママを探してくれるの?」
「違うぞ」
「え?」
「フッヘッへ。魔法カードの効果を小出しにしてプチ大寒波を発動! 幼女を凍らせろ!
YES! 幼女を凍らせろ! GOOD!」
「ええっ!?」
 やさしいと思ってたお姉さんの急なテンションUPに驚きまくる幼女。そりゃ驚くわ。
 エリンさんの笑みがだんだんゲスい感じになっていくのでなおさら。
「大寒波最高!」
「却下――カウンター罠発動。魔宮の賄賂!!」
 エリンさんが掲げたカードから迸りつつあった冷気が沈黙した。代わりに小判の形をし
た金色の物体がエリンさんの額に直撃する。
「あ痛だぁッ……!? って、えェ、マイシスター・アウナ?」
「あなたが神出鬼没だからぜんぜん会えなかったわ、久しぶり、マイシスター・エリン」
 私をお姫様抱っこしながらアウナは地に足をつけた。
 空から人が降ってきて、しかも微妙に逆ラピュタな状態だから、そこにギャラリーが集
まってしまう。なので私は余計に急いでアウナの腕から逃れた……。
「ユノーおねがい」
「了解。あ、もしもし、おまわりさんですか」
「駄目っ……警察ダメぇ」
「人に向けて大寒波を撃っちゃいけませんって先生に教わらなかったの?」
「……ああ、今日はそっちの用件じゃなくてですね、いち一般市民として通報を」
「ひぃっ、出来心だったんですう」
「マイシスター・エリン、わたしはそうう冗談は嫌いよ」
「などと供述しており真意は不明……」
「おまわりさんこっちです」
 観察結果その⑨:アウナは子供には割と優しい(親類に年下がいなかった反動だとか)
 何だ何だと集まってくる人の中に、ひとつ小さな影がある。
 子供より小さな丸っこい……犬?
「うぉん!」
 高い運動能力を誇る犬ボディがあるくせに、横着にもスケボーに乗って移動する、白い
覆面頭巾とケープを身に着けた怪しすぎる犬だ。以前見た記憶がある。神乃木さんを探し
にあの森本病院へ行く道中で、アウナとデュエルしてボコられた犬かもしれない。
 犬の鳴き声でアウナが勢いよく振り返る。
 顔を合わせた瞬間、犬は息を詰まらせ凍りついた。ここへきたのを後悔してる風だ。
 とりあえずアウナは犬を睨んでみるのだが。
「ジーッ」
(ウッ)
「キッ!!!!」
(――ビクゥン☆)
 スケボーから転がりながら降りた犬が、必修単位がピンチの大学生が教授にローリング
土下座するみたいに、アウナの3メートル前までやってきて腹を太陽の下に晒す。世にい
う絶対服従のポーズだ。
(たすけて)
 弱い。犬弱い。ぷるぷる震えながら私に助けを求めないで。
 観察結果その⑩:アウナの眼力は犬を屈服させる(これも召喚師スキルなのか?)
「アウナ『さん』……もうそのへんで許してあげたら――」
「キッ!!」(すっごい睨み)
「ウッ……あ、あ……『アウナ』……?」
「……」(にこっ!)
 いきなり凄い顔で睨まれたから原因を必死になって考えてしまった。習慣でさん付けし
てしまったのがいけなかったのか? と思って直したらそれで当たりのようだ。
 犬に対しても別に怒ってるわけではない様子。
「あー? 何の騒ぎかと思ったら」
 抑揚の無い声がギャラリーの中から聞こえた。
 寝不足のだるそうな空気を纏った女の子が歩いてくる。
「ミズウミ」
「げっ、湖」
 無表情のアウナとは対照的にエリンさんは複雑そうな顔をした。
 彼女は河本湖。黒い着物とフリルをマッチさせた不思議な装いで、日に焼けた小麦色の
肌とアホ毛&眼鏡が特徴の美少女だ。カードショップmayでも稀に出会う。
「やあアウナ。んん、君みたいな人がデートスポットたる遊園地に来るなんて……お相手
はきっと華奢でふわふわした大人しい妹タイプの美少女に違いないですねもうねはい……
ブツブツ……」
「これからここに現れるっていう奸悪逆賊どもをブッ飛ばすために来たのよ」
「だがエリンもいる……? まさかエリンとラブラブなんて茶番が」
「ちょっとミズウミ」
 まるで話を聞いてない流れ。
 河本さんも急にテンションが上がってくる性格なんだな。
「……チェーン聖杯で止まるかしら。荒唐妄誕・すなわち無稽の――そぉい!」
 酷い。アウナは禁じられた聖杯のカードを掲げて発動し、聖水を相手にぶっかけた。
「ひいゥつめたァっ! ハッ! いま意識飛んでた!?」
「おかえり」
 用が済んだらぶっかけた水はすぐに乾いてしまった。蒸発したというよりは突然存在が
消失したという感じだ。術者が魔法を解除したら、その瞬間に超常現象もきれいさっぱり
消えてなくなるものなのだろう。
 というかあの興奮状態はモンスター効果扱いなんだ。
 観察結果その⑪:アウナの交友関係は広い(聞いた話じゃ私の影響らしいんだけど)

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最終更新:2016年06月29日 20:03