奪われし光

ライトロード教会may町本部、大聖堂。
「裁きの龍」像を前に祈りを捧げるのが私の日課だ。
ミサの終わった後で一人静かに祈れるのは幹部の役得と言うべきか。
ステンドグラス越しの夕日に照らされた像は本当に美しく、私の心は澄み切った落ち着きに満たされていく。

「天にまします我らが光よ、願わくは・・・」

「お祈り中に失礼するわ」

背後からの声に、私は振り返った。
声の主は10歳、11歳くらいの少女。
絵本の挿絵から抜け出してきたかのようなロリータファッションに身を包んだ美少女は、跪いた姿勢の私を見下ろしてクスクスと笑っている。

「あらお譲さん・・・入信希望者かしら?」

問いかけてから気が付いた。
ミサの終わった聖堂はたった今施錠した所だ。
この聖堂には幹部である私しか居ないはず・・・。

「ああ、鍵なら勝手に破らせてもらったわ。
 ・・・初めまして。私の名前はリリカ・ベーゼルン。・・・邪神結社の者よ」

『邪神結社』。
総帥が仰っていた、いずれ排除すべき敵、謎多き異教。
邪神を崇める危険な集団と聞いていたが、まさかこんな子供まで所属させられているとは・・・。

「・・・貴方の目的は何ですか」
「簡単な事よ。貴方の持つ『ライトレイ』のカードを渡して欲しいの。
 大人しく渡してもらえるなら手荒な事はしないわ」

リリカと名乗った少女は、ニヤつきながら私に取引を持ちかける。
年端もいかない子供とはいえ、敵陣にたった一人で乗り込んで来てこの余裕・・・ただの少女じゃない事は明らかだ。
しかし、『ライトレイ』は総帥より頂いた命より大切なカード。むざむざ異教徒の手に渡す訳にはいかない。

「聞く耳持ちませんわ。お帰りなさい、異教徒!!」

「交渉決裂ね・・・仕方ないわ」

リリカの瞳が妖しく光った。
デュエルディスクを展開し、臨戦態勢を取る。

「それなら腕ずくで奪ってあげるわ。まあ、元々そのつもりだったんだけど」
「教団に仇なす悪魔の使いよ・・・この私が正義の鉄槌を下してさしあげます!!」

「「デュエル!!」」



リリカ
手札:5 LP:4000
場:

ライトロード女性幹部
手札:5 LP:4000
場:



「私のターン」

リリカはモンスターゾーンに一枚、魔法罠ゾーンに二枚のカードを伏せ、ターン終了を宣言する。

「さあどうぞ・・・お姉さん」



リリカ
手札:3 LP:4000
場:伏せモンスター*1 伏せ魔法罠*2

ライトロード女性幹部
手札:5 LP:4000
場:



「私のターン!」

 ・・・リリカのフィールドには伏せカードが三枚。まずは守りを固めて様子見という事か。
そんなものは総帥にも認められた私の速攻の前には愚策に過ぎない。
ライトロード幹部の誇りにかけて、正義の鉄槌を下してみせる。

「《ソーラー・エクスチェンジ》を発動します」

手札の《ライトロード・パラディン ジェイン》を捨て、カードを二枚ドローし上2枚を墓地に送る。
墓地に送られたのは《ライトロード・モンク エイリン》《ライトロード・ビースト ウォルフ》。

「《ウォルフ》を墓地から特殊召喚。さらに手札から《おろかな埋葬》を発動。
 デッキから墓地に送るのは・・・もう一体の《ライトロード・ビースト ウォルフ》」

後攻一ターン目にして攻撃力2000オーバーが二体。
これこそが我等ライトロードの力。・・・だがまだ終わりではない。

「《ウォルフ》一体をリリース、《ライトロード・エンジェル ケルビム》をアドバンス召喚!」
 その効果でデッキを墓地に送り、貴方のカードを二枚破壊します!」

「・・・ふーん」

破壊対象は伏せモンスターと魔法罠ゾーンのカード一枚ずつ。
伏せられていた昆虫族モンスターと、《ミラー・フォース》が墓地へと送られる。

「昆虫族・・・異教徒にはお似合いの醜いモンスターですね。これでデュエルエンド。
 《ケルビム》、《ウォルフ》!異教徒に裁きを執行せよ!」

リリカのフィールドに攻め込む二体のモンスター。

「くっ・・・!!」

丸腰のリリカを二本の得物が貫く。
異教徒を殲滅せんとする天使と白き聖獣・・・。まるで絵画のよう、なんて美しい光景かしら。

「浸るのはデュエルが終わってからにしてくれない?」

踵を返し立ち去りかけた私を呼びとめる声。
リリカはデュエルディスクを構え、こちらを見据えている。

「血迷いましたか?攻撃力合計は4400・・・デュエルはもう終わっていますわ」

「貴方が《ケルビム》で破壊したのは《髑髏顔 天道虫》・・・墓地に送られた時、ライフを1000回復する効果を持っているわ。
 攻め込む前にはフィールドをよく確認しておく事ね」

 ・・・姑息な手を。
だが、彼女のライフは差し引き僅か600。
我がライトロード軍団の前には、裁きの時が1ターン延びただけに過ぎない。

ターンエンドを宣言するとともに、リリカからは不気味な笑い声が漏れてきた。

「フフフ・・・」

「な、何が可笑しい!?」

リリカは獲物を前にした蛇のように唇を舐めた。
子供らしからぬその仕草に、私の背中に悪寒が走る。

「・・・全てを奪われた貴方の悲鳴・・・楽しみだわ」



リリカ
手札:3 LP:600
場:伏せ魔法罠*1

ライトロード女性幹部
手札:4 LP:4000
場:《ライトロード・エンジェル ケルビム》《ライトロード・ビースト ウォルフ》



「『全てを奪う』・・・ですって?
 いったいそのライフ、その土臭い昆虫デッキで何が出来るというのかしら」

「・・・まあ黙って見てなさいよ。私は《夜薔薇の騎士》を召喚、その効果で《対空砲花》を特殊召喚するわ」

リリカのフィールドに二体のモンスターが召喚される。
《対空砲花》の効果を見るに、どうやら植物・昆虫の混合デッキだったらしい。・・・土臭いデッキに変わりは無いが。
彼女はケルビムの効果から生き残ったリバースカードに手をかける。

「リバースカード、《DNA改造手術》を発動するわ」

《夜薔薇の騎士》は植物族への攻撃を防ぐカード。
大方、騎士自身を植物族にする事によってライトロードの攻撃から身を守ろうという魂胆だろう。
邪神結社らしい姑息な戦略だ。

「時間稼ぎのつもりかしら?そんな小細工、私のライトロードには通用しませんわ」

「・・・勘違いしないで。私が指定するのは『昆虫族』よ」

リリカがパチンと指を鳴らすとともに、《夜薔薇の騎士》の口の中からグロテスクな寄生虫が飛び出す。
《対空砲花》の茎には無数の青虫が這い始めた。
私のフィールドのモンスターも寄生虫に侵され、無残な姿を晒している。
身の毛もよだつ光景の中、リリカは満足げに笑った。

「フフ、皆キュートになったわね」

「あ、貴方・・・一体何を・・・!?」

「怯えちゃって・・・。お姉さんにも可愛いトコあるのね。私は《夜薔薇の騎士》に《対空砲花》をチューニングするわ。
 闇と闇重なりしとき、冥府の扉は開かれる・・・シンクロ召喚!」

リリカのフィールドに現れる半人半虫のモンスター。
上半身の妖女は私のフィールドの二体を見て舌なめずりしている。

「《地底のアラクネー》は一ターンに一度、貴方の場のモンスターを吸収する事が出来る。
 食べていいわよ、アラクネー」

口から吐きだした糸で《ウォルフ》を絡め取り、《アラクネー》は嬉々として食べ始める。
あまりにおぞましい光景に、私は目を背けた。

「さて・・・もうこのカードは必要無いわね。
 《マジック・プランター》を発動し、デッキからカードを二枚ドローするわ」

永続罠の効力が切れ、《ケルビム》はもとの姿に戻った。
安心したのもつかの間、リリカはまたしてもグロテスクな魔法カードを発動する。

「さらに《孵化》を発動。私は《アラクネー》を生贄に捧げるわ」

《ウォルフ》を呑みこみ妊婦のように膨れ上がった腹に亀裂が入る。
その割れ目からはまたしてもグロテスクな昆虫が顔をのぞかせた。

「おいで、《ブレイン・クラッシャー》!」

《アラクネー》の腹を食い破って出てきた巨大昆虫は、無数の脚を軋ませてフィールドに降り立った。
巨体に似合わぬ素早さで《ケルビム》に襲いかかる。

「《ケルビム》に攻撃!」

尖った爪が、卑しい牙が、《ケルビム》を凌辱する。
次から次へと繰り拡げられる悪夢の光景に、私の精神はどんどん擦り減ってゆく。

「ブレイン・クラッシャーが倒したモンスターは、私の僕としてフィールドに蘇る。
 さあ、貴方のターンよ」

リリカのフィールドには血まみれのゾンビとなった《ケルビム》がふらふらと立っている。
そこには前のターンまでの凛々しさのかけらも無い。変わり果てたその姿に、私は言葉を失った。 



リリカ
手札:1 LP:600
場:《ブレイン・クラッシャー》《ライトロード・エンジェル ケルビム》 伏せ魔法罠*1

ライトロード女性幹部
手札:4 LP:3900
場:



悪夢のようなソリッドビジョンの連続に、私の精神は摩耗しきっていた。
わずか一ターンの内に、『全てを奪う』の言葉通りとなった私のフィールド。
ウォルフは除去され、ケルビムは奪われてしまった。
手札は多いが、リリカのフィールドを崩せるようなカードは無い。

「早くドローしなさい。サレンダーかしら?」

「・・・私のターン」

私は力無くドローする。
引いたのは総帥より頂いた、「ライトレイ」のカード。
 ・・・リリカの狙いはこのカード。
もしこれを彼女に渡せば、この場見逃してくれるかもしれない・・・そんな考えが頭をよぎる。

『・・・おめでとう。今日から君は幹部階級に昇格だ』
『総帥・・・』
『この「ライトレイ」と共に、これからも教団に尽くしてくれ』
『なんと勿体ないお言葉・・・ありがとうございます!』

総帥の顔を思い出し、私は我に返った。
私の役目は教団に渾名すものを排除すること。
目をかけて下さった総帥のためにも、教団の至宝をこんな輩に渡す訳にはいかない。

墓地を確認した。・・・召還条件は整っている。
「裁きの龍」像よ、どうか私に祝福を。
心の中で祈りを捧げると、ニヤニヤ笑いを浮かべるリリカをきっと見据えた。

「異教徒なんかに屈しませんわ。教団は命に変えても守って見せる!
 総帥より賜りし聖なる騎士・・・今ここに顕現せよ、《ライトレイ・ギアフリード》!!」

フィールドに現れし正義の騎士。
純白の鎧に身を包んだ戦士は、《ブレイン・クラッシャー》を見据え剣を構える。

「出たわね、『ライトレイ』」

「《ブレイン・クラッシャー》に攻撃!!」

雄叫びと共に斬りかかる《ライトレイ・ギアフリード》。
その太刀筋をねばねばとした蜘蛛の糸が妨害する。

「トラップ発動、《ライヤー・ワイヤー》。墓地の昆虫族を除外し、モンスター一体を破壊するわ」

蜘蛛糸は《ギアフリード》を絞殺せんと喉元へと襲いかかる。

「そんな小細工、《ギアフリード》の前には無力!!」

振るわれた剣が難なくワイヤーを切り裂く。
《ギアフリード》は魔法・罠の効果を一ターンに一度だけ無効にできるのだ。
遮る物の無くなったその攻撃は、まっすぐに《ブレイン・クラッシャー》を捉える。
大剣の一撃に、《ブレイン・クラッシャー》は体液を噴き出しながら絶命した。

「《ブレイン・クラッシャー》・・・」

「私はカードを伏せ、ターンエンドですわ」



リリカ
手札:1 LP:400
場:《ライトロード・エンジェル ケルビム》

ライトロード女性幹部
手札:3 LP:3900
場:《ライトレイ・ギアフリード》 伏せ魔法罠*1



「・・・もう勝負は決したも同然。サレンダーしては如何かしら?
 その曲った性根を教団でしっかり再教育して差し上げますわ」
「・・・フフフ、アハハハハハ!!」

突如として笑いだすリリカ。
ライフポイントは400、フィールドには攻撃力の劣るモンスターしかいない不利な状況だというのに・・・。
所詮は子供。華麗なる逆転劇を見せつけられてやけっぱちになったらしい。
笑い転げる彼女に、私はサレンダーを促す。

「自暴自棄になるのはいいですけどね。サレンダーならサレンダーと・・・」

「サ、サレンダー!?アハハ・・・アンタ、フィールドをよく見てみなさいよ」

腹を抱えて笑うリリカの言葉に、私はフィールドを見回す。
フィールドには剣を構える《ライトレイ・ギアフリード》とゾンビ化した《ライトロード・エンジェル ケルビム》。
何も変わった事など・・・いや、違う。
《ライトレイ・ギアフリード》の剣は私に向けられている!

「手札のパペット・プラントの効果を発動させてもらったわ。・・・彼はもう私のナイトよ」

よく見ると、頭上には不気味な鉢植えが。その蔓によって、《ギアフリード》は操り人形のように吊り下げられていた。

「あんまり誘導通りに動いてくれるもんだから、もう可笑しくって。
 ・・・さて、私のモンスターはこれで二体。攻撃が通れば私の勝ちよね」

操られた二体のモンスターが、無防備な私に攻撃を仕掛けてくる。

「ぐっ・・・罠発動、《聖なるバリア》・・・!!」
「ざーんねん。『そんな小細工、ライトレイ・ギアフリードの前には無力』よ」

《ギアフリード》の太刀はその効果により、障壁を紙のように切り裂く。
馬鹿な。リリカのデッキは昆虫・植物デッキの筈。発動コストに必要な戦士族カードは・・・。
いや、一枚だけあった。最初のターンに召喚された、《夜薔薇の騎士》!

「まさか、あの時から既に、《ギアフリード》を奪う算段をしていたというのですか・・・?」

「そういう事。奪った物は骨の髄まで利用しないとね。《パペット・プラント》も最初から握っていたわ。
 貴方は最初から私の掌の上で踊ってたのよ。・・・ちょうどこの《ギアフリード》のようにね」

崩れ落ちる私の前に、《ライトレイ・ギアフリード》の剣が無慈悲に振り下ろされる。



リリカ
手札:1 LP:400
場:《ライトロード・エンジェル ケルビム》《ライトレイ・ギアフリード》

ライトロード女性幹部
手札:3 LP:0
場:



「さてと。それじゃそろそろ『ライトレイ』を頂くわ」

敗れた私に、つかつかとリリカが迫ってくる。

「・・・!!」

このまま異教徒に屈する訳にはいかない。
情けないが、ここはひとまず退却だ。今は教団の至宝を守ることだけを考えなければ。

「仕方ないわね」

リリカの言葉と同時に、金縛りにあったように動かなくなる私の体。
邪神結社の幹部は得体の知れない妖術を使う・・・噂は本当だったのらしい。

私の顔を覆っていた白いローブを剥ぎ取ると、露わになった眼をリリカはじっと見つめてくる。
妖しげなその視線から目を逸らせずにいる私に、彼女は囁く。

「『貴方ごと』奪ってあげる」

彼女の瞳が不気味に光ると同時に、頭の中が真っ白になった。
脳内に霧がかかったように、何も考えられなくなってゆく・・・。
混濁する意識の中で、少女の声だけがエコーしていた。

(貴方のご主人様はだあれ?)

「私は・・・」

それ以上、言葉が続かない。
私が守りたかった人達・・・。
私に期待をかけてくれた、大切な人がいたような・・・。

「思い出せないのね?
 私の名前はリリカ・ベーゼルン。言ってみなさい」

「・・・リリ・・・カ・・・ベーゼ・・・ルン・・・」

その名前を口にした瞬間、頭の中のもやがはっきりと晴れた。
ああ、そうだ。今目の前に居るこの方こそはリリカ・ベーゼルン様。
命をかけても守らねばならない、私の主。

「いい子ね」

跪いた私の頭を撫でながら、リリカ様は囁いた。

「貴方に最初の仕事をあげる。ある人に《ライトレイ・ギアフリード》を渡して欲しいの」

リリカ様の声の甘美な響きに酔いしれながら、私はその靴に口づけをする。

「・・・仰せのままに・・・リリカ様・・・」

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2013年04月25日 00:31