策士な湯納

策士な湯納

 荒波が打ち寄せるmayの港。
 この日はその一角にある空き倉庫で爆炎がたちのぼり、助けを求める叫びが飛び交っていた。
 やめてえええ死んじゃううう、誰かあの魔女を殺してぇ……等など。
「姿なく! おのおのすべからく死するべし! モラル崩壊!」
「サクリファイスのダイレクトアタック! ダーク・ネバー・ハート!」
 デュエルエナジーにあおられて炎がいっそう赤く燃え上がる。
 歴戦の決闘者たちのフィールに耐えきれなかった弱者どもがふっとんだ。
「黒社会系だかウラ社会系だか知らないけど、敵はすべて滅べ」
「というわけで私たちの勝利です」
 あたりを埋め尽くすほどの炎の中から二人の人影が抜け出てきた。
 二人に絡みつくような瘴気を風が洗い流してゆく。
 どこにこんなに隠れていたんだと思うほどの警官隊が混乱して逃げる男たちを捕縛し始めた。
 傍目には明らかに非常事態の類だが、あとはお任せとばかりに二人は現場を遠ざかる。
「とんだ目に遭ったわ」
「凶悪犯が多いとmayの治安が心配ですね」
「mayは防波堤らしいから」
「毎回こんな流れで誰かしらをぶちのめしてる気がします」
 デュエルディスクを携えた彼らはローテンションで会話を交える。
 歩を進めると、やがて何事もなかったかのように燃え盛る炎が消えていった。
 つまるところ火災も爆風もソリッドビジョンによるもの。
 自然環境にやさしいので安心だ。
「もともとの依頼ってなんでしたっけ」
「ここの倉庫に暴☆走☆王とかいうハイセンス珍走グループがたむろしてて迷惑だから
ファンサービスで度肝を抜いてきてほしいとか何とか」
「何でも屋じみてきてますね、アウナ」
「用心棒か何かだと思われてるのかしら……」
「サイクロプスさんの次くらいには用心棒感があふれてますから」
 アウナス・ミフイムは額を抑えて小さくため息をついた。
 ちなみに迷惑なハイセンス珍走団はどさくさに紛れて警察に補導されたらしい。
「世の中まちがってるわ……ユノー」
 アウナがいかにもだるそうな声で言った。
 かと思うとかすかに笑って、湯納正斗に目を向ける。
「でもユノー、さっきの戦いで酷いくらいメタられてたわね」
「タッグデュエルなのが幸いしました」
「開幕サクリファイス宣言禁止令なんかされて、連中に怨みでも買ってたのかしら?」
「いや、どんなにささやかに生きていても、顔が売れるとああなるんですよ……」
「わたしも次のターンにロンファ禁止令されたし……」
「マイクラと禁止令はお腹の奥がひやっとし過ぎていけない」
「切実だわ」
「この狙われ属性を除去する魔術とかありませんか」
「……あ、安全地帯」
「そういうのは死亡フラグと言うのでは」
 とりあえず禁止令は大嵐とサイクで消し飛ばし、ごく普通に猛攻をかけて勝った次第だ。
「……ところでですね」
「なに?」
「この気温と湿度の中で平然と着てますけど、その迷彩服+ローブは暑くないんですか」
 湯納は疑問をぶつけた。
 多分としあき店長も、高校生組も、ロリ組も、大人組も、みんな思ってることだろう。
「曇りや雨の日に薄着でいるのを見たことあれば想像できるかもしれないけど」
「ええ」
「めちゃくちゃ暑いわよ、ユノー」
「ですよね」
 魔女さんは全環境対応型ですごいなぁ、と思っていたけどそんな事はなかったようだ。
 毎度毎度ポーカーフェイスなのでいつか倒れるのではと心配する湯納だった。
「しかしユノー、今のわたしは猛暑対策も万全よ……フフリ」
「と言いますと」
 言葉より先にアウナは湯納の右手をとった。
 即、ボタンを外して開けきった迷彩服の中に無造作に突っ込ませる。
「…………ハッ!?」
「どうかしらユノー? コレ、予想外にひんやりしていて不思議でしょう。
レクンガの分裂体を加工して作った液状物質が内部で循環する服を開発したの。
さらに蒸散作用を起こすための生体器官も配備し、あたかも冷房の――」
「ちょっと! これは! これはまずくないですか!」
「え……?」
 状況をあらためて確認したアウナは、猫のようにバックステップして湯納に背を向ける。
 そのあとすぐ口を「へ」の字に結び、少し赤く茹だった顔だけが振り向いた。
「…………策士ね」
「違いますからね!」
「あざやかな誘導だったわ……これがサクリファイス使いの男の人なのね」
「そのジト目やめてくださいって!」
「ユノーは魔法使い殿じゃなくて策士殿になれば」
「策とかないですから!」
「……フラグ建築士?」
「どこでそんなワードを憶えてきちゃうんですか!?」
 研究家のサガなのか、アウナは研究成果を発表するとき妙に得意げになることがある。
 今回はそれをこじらせたのだ。
「ふふっ、まったく仕方のない人ね」
「は、ははは…………」
「かわいそうだから焼きそば奢ってくれたら赦してあげるわ」
「アウナからそういうこと言うのって珍しいですね」
「本に書いてあったの」
 理不尽なことで拗ねられた湯納だったが怒る気にはならなかった。
「こういう時はちょっとした奢りなど小さな罰を与えてつつ笑って赦すべし、と」
「それって恋愛のハウツー…………いや、なんでもないです」
 どうせこんなオチだろうと思っていたから。
「ユノー?」
「それでは「お詫び」ですから焼きそばを奢らせていただきましょうか」
「ありがとう。代わりにつぎユノーの家に行ったとき薬草料理をごちそうするわ」
「薬草っておいしいんですか?」
「行き届いた調理をすればおいしく食べられるのよ。わたしはごはんの量にうるさいけど
味にもうるさいから期待していいわ」
「楽しみです」
 おうちデートでエスニック手料理をふるまいに来るエキゾチック彼女みたいな話に
なってきたな、と思いつつ、顔には出さずに湯納はアウナとともに歩き出した。

 なお周囲で走り回るお仕事中のお巡りさんたちからは、
(アウナス! よそでやってくれないかなぁ、あの連中……ッ!)
(ラブコメはヤメロ)
(爆発しろ……爆発しろ……爆発しろ……)
 といった感想をもたれていたが、あいにくその憎悪の波動は二人には届かなかった。

  おわり

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最終更新:2015年02月04日 22:46