激突! アウナスVS湯納正斗

「フッ……五日ぶりの太陽はなかなか沁みるわ」
 クラクラする頭を軽く押さえながらアウナス・ミフイムは空を見上げた。蒼穹という言
葉がふさわしい晴れた朝のことだ。
 植物病理学の研究員として、may大学研究棟の地下に潜ることはや五日。
 地下といっても、たまたま地下一階にあるだけの研究室だ。
 外部からアウナのような専門家が来たせいで学生たちにもライバル意識が芽生えたとか
なんとかで、なにか程よく競争が生まれたり学生が負けじと勉強家に生まれ変わったりし
ているそうだが。
 今は研究の状況を研究仲間に引き継いで帰宅するところだ。
 大学女子寮のお風呂を借りてさっぱりした後だから機嫌がいい。
 帰る前にカードを漁りたくなってカードショップmayに寄る。
「あんたもよくやるねぇ、デュエリストと学者の兼業でしょう?」
 五日ほど研究棟ごもりをした話などをショップ内で適当に披露していると、樋道蘭から
そう言われた。
「実家に転がってる貴金属の装飾を売ってだらだら生活してたら、老後が心配なことに気
付いたの。自分の技能が活きる仕事よ」
「老後って……また何か妙な本に影響されたでしょ」
「うん」
「将来の夢ってある?」
 蘭の言葉に少なからず心が動いた。
「実は最近それについてよく考えるわ」
 そう。自分の行く末を思い描くと、未来の自分の隣にはある人物が必ず寄り添っている
ことに気付いた。落ち着いていると言われて、あまりコロコロ笑わない自分なのだが、想
像の中では不思議と二人揃ってよく笑っている。
「そういえば今日は湯納くんと行ってたんじゃないの?」
「えっ?」
「うん? あっ、ああ……ずっと研究してたんだもんね。湯納くんがmayランドの大会
に男女で出場するって話を聞いたから、てっきりあんたが一緒なのかと」
 脳天に雷が落ちた。
「ヒドウ、それ、詳しく、いますぐ」
「カタコトになってる!」
 目が血走ってるせいで蘭も完全に引き気味だが、食い下がりまくったら大会についての
説明をしてくれた。
「ありがとうヒドウ。mayランドコロシアム『剣と魔法の世界』大会ね」
 心が燃え上がる。
 身体が弾けて別の何かになってしまいそうなほどに。
 ショップを出たアウナは思わず叫んだ。
「かっとビング!!」
 妥協無しのダッシュでmayランドへGoだ。


 午後の一幕。
 熱気漂う『剣と魔法の世界』大会。
 その参加者控え室は不穏な空気に包まれた。
 やたらクオリティの高い終末の騎士のコスプレをした少女が、赤い液体を口から吐きな
がら力なく倒れている。床には少女が指で書いたとおぼしき「まじょ」の文字。
 決勝戦直前の怪事件。
 無残な姿の少女。
 謎をはらんだダイイング・メッセージ。
 誰がどう見ても殺人現場である。
「いやいやいや……」
 周りが硬直するなか湯納正斗は、倒れている終末ヶ岡馬耶に駆け寄ってすぐに状態を確
認した。指三本を手首に当てて脈があることを確認、頬を顔に近づければ呼吸も正常だと
いうことがわかる。
 さらに赤い液体の正体をも見破った。
「トマトジュースだこれ」
 ちなみに湯納は魔導書士バテルのコスプレである。
「ううう……ま、魔法使い殿……」
「終末ヶ岡さん!」
「魔女が、魔女がトマトを、人参を、ぬわーっ……もう食べられないよぉ」
「うわ言だ」
 疲れて寝てるだけとわかり一安心。
 馬耶は現場に駆けつけてきた医務班の女性に預けた。
 だが魔女という言葉やトマトジュースの存在がモヤモヤと心に残る。
 偶然そんなことになるはずがない。
「や、野菜デスマッチ……? まさかなぁ……いやしかし……」
 いま、湯納には推理を展開する暇もなく、mayランド特設イベント会場のコロシアム
で大会決勝戦が迫っている。
 ファンタジーなコスプレでデュエルをするお茶目な遊園地大会と思わせておいて、かな
りの賞金が掛かった戦いだ。
 ギャラリーも通常時の五割増しでひしめいている。
 アスリートさながらな気持ちの切り替えをしつつ、湯納正斗は決戦の舞台に急ぐ。
「そうそう。何でもいいんですよね。勝つとしますか」
 湯納がコロシアムに踏み出すと、一気に歓声に包まれた。
「私の相手は終末ヶ岡さんを破った相手になるはずですが……」
 もう腹は据わっている。
 魔女でも精霊でも来るなら来いという覚悟でデュエルディスクを半分構えた。
 司会の人が魔導書士湯納のことをハイテンションで紹介してくれているが、それはもは
やどうでもいい。
 乱れた観客たちがにわかに静まったとき、そいつは来た。
 だが……

「ハァッ! もっと速く疾走《はし》れー!」

 物騒かつ剣呑な雰囲気を纏った少女が、植物族モンスターのボタニカルライオを駆って
反対側の門から突び出してきた。
 魔導冥士ラモールのドクロがついた闇堕ちしまくりコスプレ。狙ってるとしか思えない
禍々しさ。
 目も血走ってて残念ながらとてもよく似合っている。

「 こ こ が あ の 女 の ハ ウ ス ね 」

 湯納正斗の想像を超えた何かによって明らかにブチ切れている闇の花。この世の果てか
ら来た魔性。仲のいいあの子だった何か。
 いつもとは段違いのヤバさを感じるアウナス・ミフイムである。
(想定の範囲内っ、これは想定の範囲内ですからね、うん、うん)
 予期してたおかげで最小限の動揺で済んだ。
「何でも力ずくで解決するのが得意な優しいお姉さん! アウナス! 登場ーッ!」
『ウオオオオオオ!』
「アウナス! 本物の魔術師の戦いを見せてくれるのかーっ!」
「それは違うわ。決闘者とはみな召喚師であり冥府魔道。本物も偽物もない」
『ウオオオオオオ!』
 うおーじゃないよお前ら、という言葉を飲み込んでMCの煽りはスルーする。
「ヨォーッシ! 剣と魔法の世界、決勝戦の始まりだーっ!」
『ウオオオオオオ!』
 戦場の張りつめた空気の中で、なかば本能的に二人が対峙し視線をかわした。
 見る間に闘気が膨れ上がり会場を包む。
 果たして男と女はデュエルでわかり合えるのか?
 やってみればわかること。


「「デュエル!!」」

※デュエル中はターンプレイヤー視点


 先攻はあらかじめ決まっている。大会のこれまでの戦いの中で削れたLPがより少ない
方が、先攻・後攻を決める権利を得る。

「いくわ。わたしのターンからよ」(アウナ:LP8000)

 ショップの机で調整目的のデュエルならたびたび湯納とやっているものの、大会で真剣
勝負するのは初めてのことだ。
 棘と炎でいたぶり尽くすか? それとも逆に眼と刃で沈められるか?
 楽しみで仕方がない。
「わたしは、切り込み隊長を召喚!」
 精悍な戦士が素材になるためだけに草花の国にやってきた。
「切り込み隊長の効果で手札からローンファイア・ブロッサムを特殊召喚するわ!」
 魔女に徹頭徹尾酷使され続ける、炎の野原に咲く一輪の花。
 ロンファが場に出るのにあわせて湯納の緊張が高まったのがわかる。
 ただし相手から妨害等の反応はなく、沈黙。
 気持ちがいい。
「ロンファを生贄に、デッキからダンディライオン特殊召喚!」
 暗黒衣装をはためかせるアウナが淡い緑色の光を放つ。
「汝は波なきもの闇なきもの海なきもの月なきもの……! 癲狂司法驚愕実験、あらわれ
いでよ、メリアスの木霊!!」
 根っこのような風貌の妖精モンスター。
 エロ人参の汚名をほしいままにする植物族ランク3エクシーズだ。
 口の端をひどく釣り上げたアウナは“続き”を始める。
「メリアスの二つ目の効果で、墓地のロンファを蘇生するわ。また素材であるダンディラ
イオンが墓地へ送られたため綿毛トークン2体を特殊召喚。ロンファAの効果、綿毛トー
クン1を生贄にしてデッキからロンファBを特殊召喚。同じようにトークン2を生贄にし
てロンファBの効果でロンファCを特殊召喚」
 昂ぶりながらも淡々と詠唱をするアウナに会場じゅうの注目が集まっている。
「ロンファCを生贄にデッキから椿姫ティタニアルを特殊召喚。場に残っているロンファ
2体を素材に、エクシーズ召喚……いでよ炎星皇チョウライオ! わたしは効果によって
墓地のロンファを手札に加えるわ!」
 これで場には椿姫、メリアス、チョウライオ。
 ロンファ無制限だからこそ手札二枚でできる技だ。
『ウオオオオオオ!』
「ロンファとロンファでエクシーズ! ロンファ切ってロンファ加えて! これぞまさに
ロンファ祭りイイイィィィ!」
『アウナス!! アウナス!! アウナス!! アウナス!!』
 意味不明なMCのテンションと観客の大仰なアウナスコールで耳が痛い。
「お待たせユノー」
「アウナ、なぜここに?」
「フッフッフ……ユノーがいけないのよ。わたしではなくドロボウ猫を誘って大会になん
て出るから。わたしが来なかったら決勝戦はユノーとマヤの駆け落ち大会になっていた可
能性があるだなんて……怖ろしい! ああ! 怖ろしい!」
「それで乱入したんですか」
「乱入じゃないわ。運営側が用意していた刺客を大会開幕直前に襲撃して炎環の向こうに
逝ってもらい、代わりにわたしを刺客として雇わせたの」
「またそういうことするんだから……」
「わたしに戦いを挑むのね!」
「挑んでないでんすけどォ!」
「そうね。そもそも先に挑発し対立を画策した戦争屋はマヤの方だわ。いわばこのデュエ
ルは延長戦! 裏ボスはユノー! あなたに他ならないわ!」
「だめだ私が勝つしか生き残る道が無い」
 少しは湯納の度肝を抜けただろうか。
「おろかな埋葬でフェニキシアン・クラスター・アマリリスを墓地へ送り、カードを1枚
伏せてターンエンド! 最後に、墓地からロンファを除外してアマリリスを1体蘇生して
おくわ」
 殴ったら爆発するニトログリセリンのような花、アマリリスが出現した。エンドフェイ
ズの効果では表側守備表示でしか特殊召喚できないという風変りなモンスターだ。
 ついでに、闇の扉が開かれた! って感じでターンを終了してみたり。

「私のターンですね。ドロー!」(湯納:LP8000)

 アウナのモンスター展開には身構えるとともに違和感も持った。
 プレアデスだろうがクリスタルウィング&椿姫だろうが自由に出せるはずなのにと。
 場の植物族モンスターは3体なので、単純に考えて椿の効果は3回まで使える。
 現在の手札は開闢、成金、闇の誘惑、月読命、儀式の下準備、マンジュ・ゴッド。
 何よりもアウナの場に立っている椿姫が鬱陶しい。
 とりあえず不要カードを引く確率を減らしてから動くのが得策だ。
「私はマンジュ・ゴッドを召喚します。効果発動!」
 憤怒と悲哀を秘めた天使を繰り出したのに合わせて相手に動きがある。
「ライフを1000払って発動、スキルドレイン!」
 お互いに苦しくなる永続罠、スキルドレイン。
 世渡り技能を無かったことにする深淵の瘴気が立ち込める。
「うっ……スキドレ植物というわけですか」
「なんとアウナス冥士! スイッチスキルドレイン! テクニカル脳筋です!」
 サクリファイスを誘惑の弾にして、椿姫を処理できるカードを呼び込もうとしていたが
失敗。あとで代わりに月読命にさようならしてもらおう。
 スキドレ下でも椿姫やロンファは自身をコストにすることで効果を適用できる。
 キツいのはこっちだけだ。
「ならば私は儀式の下準備を発動し、デッキ内からイリュージョンの儀式を選択、そして
テキストに書かれているサクリファイスともどもサーチします」
 今はスキドレがあってどうにもならない。
「成金ゴブリンを発動……相手を1000回復させ私は1ドロー。続いて闇の誘惑を発動
して2ドローし、効果により手札から月読命を除外します」
 スキドレと椿姫を両方処理する事が課題だ。
「バトル! マンジュ・ゴッドでフェニキシアン・クラスター・アマリリスに攻撃!」
 何十本という腕でアマリリスの花弁やら茎やらを掴み、殴りまくって攻撃する。
 動きがしょっぱいなりに数を減らしておく。
「そう……。それじゃあアマリリスが破壊され墓地へ送られた時の効果であなたに800
ダメージを与える。弾けろ、リアクターフレア!」
 爆風が轟き、わずかなライフが削られる。
 スキドレを壊せないでいると、これの繰り返しでジリジリ殺られていく事もある。
「カードを2枚伏せてターンエンド」
「おぉーっと! アウナスの攻勢の前で湯ノオーン伸び切れず! 雌伏の時です!」
「湯ノオーンの呼称は一体どこまで広まってるんだ……」
 次のターンでトップ解決の運勝負をしなきゃいけなくなった。

「わたしのターン、ドロー!」(アウナ:LP8000)

「スキドレで苦しいのはユノーだけ❤ たのしいわ」
 喋ってるときの気力に満ちあふれた笑顔が会場スクリーンに映し出されてしまった。
 MCも身を乗り出してくる。
「すごい殺気だ! アウナス!」
「愛と言いなさい。にん人ぶつけられたいの?」
「すごい愛だ! アウナス!」
「やれやれだわ」
 指パッチンで機嫌が悪いわけではないのを表現しておいた。
「初めに、メリアスの木霊の効果を発動」
 激流葬を伏せている可能性は低いがまずはこれでいく。
「チェーン発動、セットカードにサイクロン」
 何かのタイミングを逃させようとしているのかと観客には勘繰られているが、そうでは
ない。
「仕上げにわたしはメリアスの木霊を生贄に奉げ、直前で使ったサイクロンを椿姫の効果
で無効にして破壊する」
 観客がざわついた。
 スキドレ下でこのチェーンを組むと結果は次のようになる。
 チェーン3の椿姫の効果はフィールド上にいるためスキドレで無効。
 チェーン2のサイクロンは無効にならずセットカード除去。
 チェーン1のメリアスの効果は、フィールド外に出たためスキドレの影響から逃れて適
用される。
「メリアスの効果で2体目のフェニキシアン・クラスター・アマリリスを墓地へ送ること
にしましょうか」
 ちなみにサイクロンで破壊したのはデモンズ・チェーンだ。
 ブレイクスルー・スキルやエフェクト・ヴェーラーと違ってスキドレ下でも発動可能な
罠だが、無効化の方式はスキドレと同じだ。
「さあ受け取ってユノー。ローンファイア・ブロッサム召喚」
「くっ、召喚成功時に月の書を発動! ロンファを裏守備にしますよ!」
「椿姫自身を生贄にして効果発動。道連れよ」
 ソリッドビジョンのリアルな破壊演出はどう考えても心臓に悪い。
 デモチェ、月の書と立て続けに粉々にされて湯納がわずかによろけた。
 そしてほんの少しだけ、それこそアウナにしかわからないレベルでホッとしている表情
も見逃さない。
「でも淋しくないわ。死者蘇生で椿姫ティタニアルは復活してしまうから」
「うわーーーー!?」
 希望を与えられ、そして奪われる。
 湯納はそうとう椿姫をどかしたがっていたのだろう。
「ロンファを生贄にしてイービルソーンを特殊召喚。イービルソーンを生贄にして相手に
300ダメージを与え、デッキからイービルソーン2体を特殊召喚するわ」
 ここまでは有利に進行できている。
 スキドレ植物はこうでなくては。
「癲狂司法驚愕実験、あらわれいでよ、森羅の姫芽宮! で、効果発動……。スキドレが
あるから効果は特になしね」
 相手の伏せカードをどかしつつ、メリアスが姫芽宮に入れ替わった形だ。
「バトル! 椿姫でマンジュ・ゴッドを攻撃!」
 気品ある外見からは想像できない2800打点でぶん殴られて、マンジュ・ゴッドが戦
場の露と消える。
「姫芽宮とチョウライオでダイレクトアタックよ!」
「うわ……! まずい……残りライフ1500はまずいな」
「アウナス情け容赦なし! スキドレを無視するかのように自分だけモンスターを回しま
くって湯納正斗を圧倒ゥーッ!」
『アウナス!! アウナス!! アウナス!! アウナス!!』
 メインフェイズ2。
「ダウナード・マジシャンをチョウライオに重ねてエクシーズ召喚する」
 もちろんスキドレでダウナードの攻撃力アップ効果は無効。
 チョウライオだったときより攻撃力が100下がっても気にしない。スキドレを割られ
た場合に備えた打点補強だ。
 より攻撃力の低い姫芽宮をダウナードにするのが本来自然だろうが、椿姫のための生贄
要員として植物モンスターを確保する方がいい。
「ターンエンド! イービルソーンとメリアスを除外して、エンドフェイズにアマリリス
2体を蘇生する」
 これで湯納に重しを乗せた。
 アマリリス2体が破壊されればバーンダメージは1600。湯納のライフが1500で
あるため行動は著しく制限され、仮にブラックホールを引いても自殺行為と化すだけ。
 手札は無いけど場はいっぱい。
 植物王国の様相を呈してきた。

「私のターン……ドロー!」(湯納:LP1500)

「待っていましたよ、この時を」
 限界の状況で掴んだカードを見て湯納は佇まいを正した。
「ハーピィの羽根帚を発動! スキルドレインにさようならです」
「なにっ!?」
 息が止まるほどの強風が起こり、最大の枷であったスキドレを跡形もなく消し去ってく
れた。今度はこちらの番というわけだ。
「この私の運も捨てたものではないですね」
 面前には椿姫、姫芽宮、ダウナード、アマリリス×2という5体のモンスター。
 こちらの手札は開闢、イリュージョンの儀式、サクリファイス、デスガイド。
 墓地のモンスターはマンジュ以外なにも無し。
 光明が見えた。
 アマリリス破壊を1回以下に抑えたうえで、対象をとる効果を使わず椿姫をどかし、全
滅に追い込む手段はすでにこの手の中にある。
「私は魔界発現世行きデスガイドを召喚! 効果発動! 儀式魔人リリーサーをデッキか
ら特殊召喚します!」
 この2体で出すランク3エクシーズこそがカギを握っている。
「飛びなさい、虚空海竜リヴァイエール!」
 風の海を飛び回る除外海産物のボス、リヴァイエールが姿を現した。
「素材となっているデスガイドを墓地へ送って効果発動。除外されているアウナのイービ
ルソーンを特殊召喚! さらに私は墓地のデスガイドとマンジュ・ゴッドを除外し、手札
からカオスソルジャー開闢の使者を特殊召喚します!」
 イービルソーン、リヴァイエール、開闢。
 何が起こるのかと観客が見守るのをよそに、攻撃力もレベル・ランクもでこぼこなモン
スターが場に並んだ。
「バトルフェイズ! まず開闢の使者で椿姫ティタニアルを撃破! 二度目の開闢の攻撃
でダウナード・マジシャンを撃破! 開闢双破斬!」
「ううっ……やってくれたわね」
 後光を背負う3000打点戦士の攻撃。
 打点の高いモンスターから始末していく。
「イービルソーンで守備力0のアマリリスを攻撃。さらにリヴァイエールで森羅の姫芽宮
と相討ち。素材のリリーサーを墓地へ送りましょう」
 アマリリスを殴ったので800ダメージを受け、残りLP700。
 残るはアマリリス1体。
「メインフェイズ2。私はイービル・ソーンを生贄にして、アウナに300ダメージを与
えます」
 不吉に膨張したトゲ突きの実が突如爆発し、大量の針が相手を襲う。
 さしものアウナも腕で身を庇う。
 イービルソーンはにん人のような下級アタッカーに殴られる前に自分から消えてくれる
ので、この時だけはなかなか都合のいいモンスターだった。
「イリュージョンの儀式を発動! 墓地の儀式魔人リリーサーを生贄に奉げてサクリファ
イスを儀式召喚する!」
 儀式魔法から夜よりも濃い闇が噴き出してあたりを包み込む。
 観客のどよめきも今は遠い。
「彼は空虚の迷宮であり洞窟の暗澹……柱も壁も鏡も、あなたの名はあなたである。あな
たの名は人間なり! 幻想降臨、サクリファイス!」 
 スキドレ椿姫で二重にメタられて辛い闘いだった。
 これで完全なる形勢逆転。
「物騒な子はしまっちゃいましょう。効果発動、ファシナティック・イリューズ」
 残る1体のアマリリスがサクリファイスのもとに吸い寄せられ、邪悪な魔法によって影
だけの存在にされた挙げ句、操り人形になってしまう。
 この快進撃に、会場じゅうが沸き上がる。
「だ、だ、だ、大逆転ンンンンーーーー! 狡猾な魔女アウナスの創った森をまるで魔王
のような老獪さで枯らし切ってしまったぞォーッ!!」
『湯ノオーン!! 湯ノオーン!! 湯ノオーン!! 湯ノオーン!!』
 アウナスコールはそっくりそのまま湯ノオーンコールに入れ替わった。
 彼らは少し流されやす過ぎやしないだろうか。
「……まだ、負けるわけには……!」
 アウナの場は0。手札も0。
 さらにリリーサクリで特殊召喚を封印し、もはや残っているのはライフアドバンテージ
のみと言っていい。
 なおアマリリスは「自分の場から」墓地へ送られないとバーン効果が発動しない。羽根
帚や月の書などを引かれても即座に負けることはない。
「ターンエンド」
 アウナの顔が引きつり過ぎて笑顔みたいになってスクリーンに映し出された。
 トップ解決で逆転しにくるのか、為す術もなく滅び去るか。
 ここが詰めどころ。

「来なさい。ドローッ!!」(アウナ:LP7000)

 やられた……。素直にそう思った。
 対策可能なカードも色々入れてあるものの、やはり特殊召喚ロックが強烈すぎる。
(よりによってここで来るのか……)
 手札はダーク・アームド・ドラゴン1枚っきり。
 憎いやつをブッ殺すための最高のカードでありながら、伏せカードを踏ませるための単
なる斥候でもあるという、漆黒の殺意を凝縮したカードだ。
「ターン……エンド!」
 敗色濃厚。
(でも、何故だか楽しい。やはりユノーはこんな風に老練でしぶとい男でなきゃ)
 まだ負け一直線ではない。
 【サクリファイス】のデッキコンセプトを考えれば次のターンは凌げるに違いない。

「私のターン、ドロー!!」(湯納:LP700)

 開闢が攻撃力3000でサクリファイスは現在2200。
 相手のライフ7000を削るためには1800打点以上のモンスターを引く必要があっ
たわけだが、羽根帚ディスティニードローの時とは逆にハズレを引いた形だ。
「私はチョコ・マジシャン・ガールを召喚……。バトル――」
「チョコマジシャンガールですって!?」
「うわあっ」
 気を張っていたのに怒号で気押された。
「デスガイド……ヴェーラー……シラユキ……ライラ……リリーサー……フレシア……ゆ
きうさぎ……ふゆざくら……禁じられた聖杯……禁じられた聖槍……そして、チョコマジ
シャンガール! マヤだけでなくそんな女どもにもデレデレして」
「ナチュラルにリリーサーを混ぜるのやめてくれます!?」
「ケモ♀のシラユキなら良いというの!!」
「病みモードだめっ!!」
 アウナはどこかからトマトを取り出し、死んだ魚のような目でかじり始めた。
 シャリ、シャリ、シャリ、シャリ……。
「で、出た、謎の砂っぽいトマト!」
 シャリシャリシャリシャリシャリ。
(あかん……)
 会場も一緒に凍りついた。
 とびきり面倒で粘着質な彼女。
 平常時が地属性なら今は間違いなく闇属性。
 魔導冥士ラモールの髑髏なコスプレも異様な雰囲気を助長している。
「ええい、このまま押し切りますからね! 攻撃! 攻撃! 攻撃!」
 カズキングダムの魔法使いチョコマジが先陣を切った。
 チョコマジのキラキラした何だかよくわからない魔法攻撃。
 影のみの存在に落とされ主人に牙をむくアマリリス(サクリファイス)の幻想攻撃。
 大上段に構えた剣を神速で振り下ろす開闢の強烈な斬撃。
 全てダイレクトアタックで受けたアウナは、大きく吹き飛んでよろけている。
 歓声を撒き散らす能天気な外野が羨ましい。
「ターンエンド!」
 もう自分に出来ることはない。あとはただ流れのままに。

「そう! この命は終わっていない! ドロー!!!」(アウナ:LP200)

「フフフ……捕まえた❤」
 誰しもが結末へ向かうこの戦いを見守っていた。
「墓地のイービルソーンを除外し、ユノーの開闢に薔薇の刻印を装備する!」
 神々しい戦士に悪意がまとわりつく。その頬には薔薇の紋章が彫り込まれ、志操を狂わ
された戦士は忠義を忘れた。理性を放棄して魔女の隷属物に成り下がる。
 跪く戦士を見下ろしたとき、自らの顔に浮かぶのは獰猛な笑顔であった。
 ――ピシイイィィィッ!
 腰に下げている鞭を取り出して地面を叩き、威嚇的な破裂音を響かせる。
「すぐにサクリファイスを消し去って」
 向き直った開闢の双眸がサクリファイスを捉えた。
 掌に急速に光と闇が集まって空間が歪み始めた。開闢がゆらゆらと全身をゆらめかせる
たび、歪みは波となってサクリファイスに纏わりつき、対象を消滅に追い込む。
 開闢の使者の起動効果、超武技闇勁。
 暗黒盆踊りである。
「ぐぬぬ……私の力が利用されるとは」
「ここがあなたの驟雨煙る終着駅よ。効果を使ったせいで開闢屋さんは攻撃できないし、
やはりわたし自身がトドメを刺さないと終わらないね」
「ま、まさか――」
 どす黒い狂気の蝶が無数に去来してアウナに集まってゆく。
 獣の咆哮が辺りを包んだ。殺意から生じた闇の鎧をまとい、醜く禍々しい夜の刃が体の
いたる所より隆起する。感情が具現化して棘の立ち並ぶ尾を形づくる。身長は約三倍。顔
さえ面影なし。もはや「それ」が一人の女だったなど誰も信じるまい。
 アウナス・ミフイムの切り札、ダーク・アームド・ドラゴン。――あるいはそれはニー
ベルンゲンの歌において勇者を殺し、森を焼き、炎と毒に枯れ果てさせる魔王である。
 自身がデュエリストでありながらモンスターと化して、フィールドに存在しているとい
う特異な状況が生み出されている。
「なーんとォッ! デュエリストが闇ドラゴンと一体化したっ! これぞ魔導冥士の最終
進化形態! 魔女アウナスのォッ「剣と魔法の世界」大会優勝にかけるデュエリストの魂
をォッ、見たあああァァァーーーーーッッッ!!!!」
『アウナス!! アウナス!! アウナス!! アウナス!!』
「もうやだこの人たち」
「あなたが他の女と話しているとね……わたしはいつでもこうなりそうなの!!」
 墓地からダウナード・マジシャンを除外して効果発動。
「お仕置きが必要なようね」
 ダークジェノサイドカッターがチョコマジを入念に粉々に切り刻んだ。
「いらない……あなたも、いらないわ!」
 さらに墓地のイービルソーンを除外し、仮初めの味方となっている開闢にもトドメを刺
して抹殺する。
 邪魔者を取り除いたら、もうあっという間だ。
「バトルフェイズウゥゥッ!!!!」
「ちょっ、待っ、うわぁーーーーー!?」
 クラウチングスタートで肉体を弾丸と化して突進。巨体が唸る。
 もう誰にも止められない。

「 ずっといっしょにいてあげる!! 」

 ……
 ダムドが放つ最大の一撃は一瞬で湯納の残りライフを削り取った。
 轟音。観客の視界までほとんど遮るほどの砂煙が舞い上がる。
 あまりの事態にMCすらコメントを出せないでいる中で戦いが完結した。
 様々な憶測が飛び交い、優勝者・準優勝者ともに去ったまま幕が閉じられた。
 根性で目を開けていた観客の証言によれば、アウナが湯納を連れて居なくなったという
ことだが、その行方はわからず「忽然と消えた」としか言いようがない。


 後日。
 湯納とアウナがひょっこりカードショップmayに現れたので、例の大会の噂を聞きつ
けていた常連客たちは騒然となった。
「どうも……一週間ぶりです……」
「店長、アルティマヤツィオルキン1枚お願い」
 一つだけ異常が目につく。
 しっくりくる感じで二人が腕を組んでいる。
 アウナの方がやや引っ張り気味。
 さらにアウナの表情は今だかつてないほど穏やかだ。湯納は少しやつれた風なのがよか
らぬ(?)憶測を呼ぶ。
「くそっ、くそぉっ、魔法使い殿とられたっ!! アウナス!!」(馬耶)
「あれってやっぱりその、アレ?」(蘭)
「ふひぃっ!? せっしゃの口からはとてもとても」(琴乃)
「それはホラぁ、夜のライディングデュエルで体のシャッフルを……」(黒橋)
「……今それシャレになりませんから」(湯納)
『えっ!?』
「なんでもないです」(湯納)
「ごはんが食べたいわ」(アウナ)
 真相は闇の中。
 当人以外は誰にもわからないことになっている。

                                   おわり

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2016年07月03日 23:28