悪竜大戦・後日談

 確かめねばならないことがある。
 探さねばならない人がいる。
 その決意から湯納正斗は必要最低限の荷物をまとめ、足早にmay大学を目指さんとし
ていたのだが。
 勇んで自宅を出ると、最初の交差点に達するよりも早く問題は解決した。
 すぐそこにいるのだから。
「ユノー……ごはんを、ごはんを食べさせてほしいの」
 湯納正斗の顔を見上げる元気なさそう少女が助けを求めた。
 迷彩服とメイドコス風ドレスが合わさった、ある意味かなり奇妙な装いの女性。
 そして御本尊を下からおみこし担ぎして支える、たくさんのプチトマボーやナチュルの
森の草花たち。葉っぱの傘を差して彼女を日光しから護ろうとする森羅モンスター。
 集団が行進した跡には散った花びらがわずかに残される。
 まるで動くトリックスター・リンカーネイション。
 おなかがすいてぷるぷる震えてる。
 丘の上の花畑で眠るお姫様が、花畑ごと浮遊して街を徘徊しているような異様さから、
魔界から迷い込んだ新手の怪物かと思って湯納は一瞬動きを止めた。
 とはいえ怪奇現象は慣れたものなので、すぐ現状を理解できた。
「アウナ! 三日もおはようチャットが無かったら心配するじゃないですか!」
「ごめんなさい」
「どうしてこんな事に!?」
「ま、待って……息をするのもめどい……」
 説明不要。
 アウナス・ミフイムだ。
「とりあえずウチ来て下さい」
 モンスター同伴でも気にすることなく自宅へ招待。
 一時的に自室が植物モンスターで溢れ返ってカオスなことになったが、草花たちは魔女
を物理的にヨイショする役目を終えたら空気に溶けるように消えてゆく。
 カーペットの上で座布団を枕にして横たわる魔女だけが残された。
「身体は大丈夫ですか!?」
「出血は止めたし瀉血も完了。粉砕骨折や開放骨折はなし。壊れた骨は体内に樹を植えて
固めといたから、腫れを鎮めながら栄養を取って寝ればすぐに治るわ」
「どんどん蔵馬じみてきてますね、ってそうじゃなくて!」
「はい」
「お腹に子供がいるというのに、もっと身体を大事にしないと……くっ、せめてそのとき
私も付いていれば」
「 え゙ 」
 迷彩メイドの魔女が固まった。
 確かに蟲惑魔使いBB香取とのデュエルの直後そんなことを口にしたが、それは「必殺
技」であって事実ではない。いやそれよりも湯納がなぜその出来事を知っている? など
などアウナの頭の中をかけめぐる。
 取りうる選択肢は二つ。

   [ 今から事実にすればOK いただきます融合! ]
.rァ [ どうせ融合召喚成功時からの逆算でバレるし普通に全部話す ]

「かくかくしかじかというわけなの」
「な………………なんだ、そういうことか、ははっ、はははは……」
「ユノーもまるで現場を見てきたように色々知っているのね」
「これのせいですよ」
 言いながら湯納は自分のスマホを起動した。
 うぇぶあじ@ふたば。
 ネット上にアップロードされている動画の一つを再生してアウナに見せる。
「私は数十分ほど前にこれを見つけました。事情を聴こうとmay大学に急行するところ
だったんです」
 悪竜大戦と名の付く動画である。
 虫採り少年サークルの戦いが前座感覚で映され、後半は全力でアクションデュエルを繰
り広げる二人の魔女の死闘。
 添付されている説明文によると、長年不仲だった映画研究会、動画制作サークル、写真
部その他が電撃的に手を結び、あるだけ全てのドローンを駆使した撮影と不眠不休ハイク
オリティ編集により突貫で完成したのだという。
 虫サーをどうこうする前座シーンの方は、周囲にいた多くの野次馬がスマホで撮った映
像を補正して繋ぎ合わせたものだ。
 毒草の魔女が悪竜の魔女を女神みたいに助けたあと、二人揃ってぶっ倒れるところまで
再生された。
 プチトマボーの群れがアウナを運び去るシュールな映像で素敵に終了。
 学内の気合い入ったアマチュア声優まで使う徹底ぶりだった。
「学問以外のことはずいぶん仕事が速いのね」
「暇人……?」
「学部によってはこういった制作活動も評価の対象になると思うわ」
「ねるほどね」
 再生数はうなぎ昇り。
 今日の時点ですでに6000そうだね達成。
 デュエルの感想がレス欄にビッシリ並んでいる。
 良く言えばアイドルなみの扱い。
 悪く言うと晒し物。
「カレーなら今すぐレンジでチンして出せますが」
「お味は?」
「甘口も甘口、激甘です」
「すばらしいわ。それしかない、それでいくべきよユノー」
「はいはい」
「そういえば荷物はプロフェッサー・ナガタに預けたままだったわ。あとで連絡して取り
に行かなきゃ」
 気丈に喋っているものの要安静には変わりないであろう彼女のため、湯納は作り置いた
シチュー入りカレーをレンジで温め始めた。
 アウナが中辛ですでにギブアップなのを考慮して、いつ押しかけられて飯タイムとなっ
てもいいように、カレーなどはいつも甘口で作っているのだ。
 もはや習慣に近い。
 最後の疑問として「なぜいまご飯なのか」を湯納が訊ねる。
「めどいさん状態となったわたしは予備の力でアロマージ-ローズマリーを召喚してごは
んを作ってもらおうとした。おかゆ的な簡単なやつ。でもローズマリーは急にアンゼリカ
のハッパをキメてアロマセラフィになっちゃってね、そしたら、ご飯が、もうね、なんて
いうか、酷くて……酷くて……ごはんなくなって……」
「酷い流れだ」
「恐怖のメシマズ嫁に追われながら養生なんてできるはずもなし。寝ながらユノーのもと
を目指すことにしたの」
「まあ頼ってくれたのは嬉しいですが」
「そのへんの店で普通にご飯を食べられない理由もあるのよ」

強盗「へへへっ 金をおいてけよ! けがしないで すむぜ」
   [ はい おいていきます ]
.rァ [ ざけんじゃねえよ ]

馬耶「ねんがんの 戦士族リンクをてにいれたぞ!」
.rァ [ そう かんけいないね ]
    メ 几
   [ 木 又してでも うばいとる ]
   [ ゆずってくれ たのむ!! ]

死の神「1月にダンディとスコーピオの命をもらおう」
   [ はい! どうぞ!! ]
.rァ [ てめえ ゆるさん!! たたかう ]

「現状のままで外を徘徊したらすぐこれだもの。わたしは必死なのに斬新な横着か、お遊
び演出程度にしか思われてない……mayは修羅の国……もむもむもむ」
 湯納が「あーん」で差し出すカレーが乗ったスプーンを、アウナは口だけ動かして啜り
尽くす。
 ごはんを食べさせてほしい、の嘆願通り。
 鳥の雛のエサやりに近いものを湯納は感じた。 
「ユノーのおかげでようやくひと心地ついたわ」
「このままゆっくり休んでください。無敵じゃないんですから」
「そうね……うん……ありがと……」
 食うだけ食って寝る病人ライフ。
 気兼ねなくすやすや眠っているアウナを見て、湯納の肩の荷も降りた。
 起こさないようにそっと寝顔を覗きこんでクスッと少し笑う。
(息をするのもめどいさんっていう一発ネタをやるためだけに、わざわざ迷彩メイド服で
来たんだろうなー)
 お見通しだった。


 ――そして後日談の後日談。
 ダラダラ過ごし快復を果たした矢先。
 大学に連絡してみればお叱りを受けるどころか「動画『悪竜大戦』の反響がすごすぎて
お金ジャブジャブになりそうなんですわぁ~♪」と学長じきじきのお言葉を貰えた。
 しかしこの時アウナス・ミフイムは知るよしもなかった。
 まさか、舞い戻ったビューネイが非公式に立ち上げたアウナス・ミフイム・ファンクラ
ブの会員ナンバー0001を巡って、永田教授と永野学部長が研究棟を二分する大決戦を
勃発させていようなどとは。
 運命が再び流転し交差する毒草と悪竜。
 一連の事件がダーク鬼塚もまたいで通る最凶最悪ヒール《デスアマリリス》を生み出し
てしまったとして、後にmayの夜霧の中で語り継がれることになる……。


                                つづかない

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最終更新:2017年12月07日 00:05