「やめろー!こんなものー!」
30歳前後の女性の甲高い叫び声が、その村に響き渡った。
平時であれば美女と呼ばれそうな女性であるが、今は鬼の形相となっている。
彼女の目線の先には、中学生程度の兄妹の姿があった。
「また隠れてこんな物をやってたね!」
女性はそういうと、デュエルモンスターズのカードを乱暴に兄妹に投げつける。
本当を言うと破り捨てたがったが、それをやると夫が怒るのでしなかった。
しかし破るにしても投げるにしても、女性はカードを大事にしない事は明白だ。
だが兄妹はただ、身を寄せ合って怯えるしかない。
「なんとか言ったらどうなの!!
こういう遊びはやめなさいと言ったでしょ!」
女性は…実の子供である兄妹を責め立てる。しかし兄妹は何も言わない。
ここで反論をすれば女性…母親の怒りに火を注ぐだけだ。
だからといって彼女の言葉を聞くわけにはいかない。兄妹…特に兄には、デュエルモンスターズを続けなければいけない理由があった。
そして、デュエルモンスターズをしていない妹も知っていた。ここで母親の言葉を肯定してしまえば、自らの娯楽も奪われる事を。
だから2人は耐えた。父が帰ってくるまで。
「何をしている!!ベーチ!!」
必死に耐えた結果。父は帰ってきた。
すると母親…ベーチは、先ほどまでの鬼の形相を引っ込めて、媚びる様に言った。
「あら、2人が言う事を聞かないから、躾けていただけよ」
すると父親は、机の上にあった皿をベーチの方向に投げつける。
勿論それはベーチには当たらない。当てるつもりも無かった。
「…デッキを投げつけたらしいな。ならお前の宝石を、お前に投げつけてやろうか」
その言葉と共にベーチはその場に泣き崩れる。
…これで、兄妹に対する脅威は去った。
父親は優しく兄妹に言う。
「後は、俺が言っておく」
しかし、…既に兄妹は、父には期待していなかった。
いや、期待はしていたが、同時に無駄だとも思っていた。
そして兄妹は言うほど、母親を嫌ってはいない。…仕方のない事なのだから。
「お母さんの大事な人が…爬虫類のような化け物に食い殺されてから…私達はおかしくなったんだよ」
妹、メリアは小さな声で言った。
それに対して兄レイジもまた、無言で頷いていた。
「つまり、これをこうして…こう…ね」
湖がそういいながらボードに乗ると、地上にあったボードが軽く浮き上がる。
ここはショッパーズモールJUN…の跡地にある、VR空間再現コーナー。
要するに、VR空間に精神を投入しなくても、それらの現象を味わえるというものだ。
「おおう!」
浮き上がったボードから落ちそうになりつつも、なんとか湖はバランスを取る。
「こりゃ凄い!本当にVR空間にいるようだ!…まぁ 入ったことはないけど」
というより、現在VR空間はハノイの騎士という奴らが暴れている事と深刻なエラーが発生した事で、立ち入りが禁止されている。
MayにもVR空間にてデュエルを行うデュエリストが増えていたが、無論彼らもログインすらできていない。
VR空間で行われるスピードデュエルとスキルによる攻防は、としあき店長流アクションデュエルと並んで最近のMayのトレンドだった。
余談だがライディングデュエルは流石に危険なので余り流行らなかったとかなんとか。
「…で、入れなくなったVR空間でのデュエルを再現するためにこの施設を作ったのね」
「その通り」
ボードにのってご満悦の湖を見て、としあき店長もまた喜んでいる。
他にも何人かのデュエリストが湖を見ていた。
それを見て湖は照れたように顔を背ける。注目されるのは好きではない。
「うう…恥ずかしい、誰か早くデュエルしませんか!」
「じゃあ、私が行くわよ」
湖の後ろから、誰かが突っ込んでくる。
肥満体の女性だ。全身黒ずくめで顔は伺えないが、そんな体ながらもボードを乗りこなしている。
それは一見球に見える。大きな黒い球は、あっという間に湖を抜き去った。
「へへ…アレは面白そうね、なら!」
湖も後を追う。
突如現れた謎のデュエリストの登場に、観客達の興奮は大いに盛り上がる。
だが、観客の1人…レイジだけは、いまいち乗り気ではなかった。
「レイジ、お兄ちゃん?」
レイジの幼少期と瓜二つの少年「レイズ」が、「兄」の顔を心配そうに覗き込む。
レイジはそんな弟に「いや、なんでもない」と笑顔を向け、彼の頭を撫でる。
メリアによくやった事であり、同時に自分が両親から良くされていた事だ。
レイズはレイジの行動を見て、心配そうな顔をやめて、風に乗ったデュエリスト達の応援を再開する。
だがレイジはどうにも嫌な予感を感じていた。 あの謎のデュエリストに。
(まさか…な)
「急に飛び出してくるなんて元気なレディですね、けど…手加減はしませんよ」
湖は、相手が年配の女性と感じたのか礼儀正しい言葉使いをするが、しかしデュエルで手を抜いたりはしない。
スピードデュエルはLP4000、初期手札4枚。
そして、デュエリストごとに定められたスキルを一度だけ使う事ができるというルールだ。
「先行は私!私は、炎王の孤島を発動する! そして(1)の効果で、炎王神獣ガルドニクスを手札に加え…(2)の効果で特殊召喚!
更にトリオンの蟲惑魔を通常召喚!デッキから奈落の落とし穴を加え… カードを伏せてターンエンド!」
万全の布陣を敷いた湖に対し、相手のデュエリストは慌てるそぶりすら見せない。
「私のターン、ハーピィの羽箒を発動」
「通すよ!」
羽箒で炎王の孤島と、伏せていた奈落の落とし穴が破壊される。
そして炎王の孤島の効果でガルドニクスとトリオンも破壊され、湖のフィールドは一気にがら空きだ。
「そして私は、ヂェミナイ・エルフを召喚」
「ヂェミナイ・エルフ…?」
「バトル、ヂェミナイ・エルフでダイレクトアタック」
謎のデュエリストは、懐かしいカードを出してきた。
攻撃力1900のバニラモンスター。しかし双子のエルフの攻撃は、LPが4000のスピードデュエルでは脅威だ。
しかしここは湖が1枚上手だ。
「私は手札から、ヴァンパイア・フロイラインを守備表示で特殊召喚」
守備力2000のヴァンパイアモンスターだ。
戦闘フェイズの巻き戻しが行われ、ヂェミナイ・エルフは新たなモンスターを対象にしなくてはならない。
だが、殴ってもライフが減るだけだ。
「…エルフの攻撃は中止!バトルフェイズを終了し、カードを1枚伏せてターンエンド」
のっけから激しいバトルだ。しかし湖は違和感を感じていた。
何故、ヂェミナイ・エルフなのかと。
その違和感は他のデュエリストも一応に感じている。無論としあき店長もだ。
しかし店長だけは周りの若い衆とは別の感情も持っていた。
懐かしさという感情を…
湖:LP4000
フィールド:ヴァンパイア・フロイライン 手札:1
謎の女性:LP4000
フィールド:ヂェミナイ・エルフ 伏せカード1枚、手札:3
「私のターン!…ごめんねフロイライン!
スタンバイフェイズで墓地からガルドニクスを特殊召喚! …フィールドのモンスターは全て破壊される!」
フロイラインは湖の方向を見、笑顔を向け…ガルドニクスの炎に包まれた。
相手フィールドのヂェミナイ・エルフを巻き込み炎王神獣はここに復活した。
「そして、魔法カードサイクロンを発動!伏せカードを破壊する!」
「…伏せカードは、ミラーフォース」
「そしてバトルフェイズ!ガルドニクスでダイレクトアタック!」
「くぅ!!」謎の女性:LP4000→1300
「私はカードを1枚伏せ、これでターンエンドよ!」
湖はここで何かしらモンスターを引いていれば勝ちであったが、流石にそう都合はよくはない。
だがガルドニクスはどれだけ破壊されても何度でも蘇生する。有利な局面には変わりない。
しかしガルドニクスはあっけなく突破される。 それも…誰もが予想してなかった方法で。
「私のターン、クロス・ソウルを発動」
謎の女性はまたしても懐かしいカードを使用する。
「うっ!リリースじゃガルドニクスの効果は発動しない!」
「そして、人造人間サイコ・ショッカーを召喚」
「…マジか!」
湖の伏せた奈落の落とし穴は発動しない。
そして女性は…暴挙に出る。
「…強欲な壺を発動」
「え?強欲? それは禁止カードで…」
「バトル サイコショッカーの攻撃」
「ぐぅ…!」LP4000→1600
湖の抗議を防ぐかのように、サイコショッカーのサイバーエナジーショックが襲い掛かる。
小さな体はかなり勢い良く弾き飛ばされるが、なんとか落ちずに済む。
「アクションデュエルのソリッドビジョンを使ってるから落ちても大怪我はしないんだけど
落ちたら敗北…危なかったんやな」
「しかし店長、相手が禁止カードを使っているのはどういうことですか?」
「多分、…昔のカードリストを使っているな。最新カードは使えないが、当時のパワーカードは使用できる。
そして店長は確信する。相手の女性が使っているデッキ…それは15年前の「スタンダート」だと。
確かにモンスターカードのパワーは現状には劣るだろう。しかし当時はサンダーボルト、強欲な壺、天使の施しと言ったパワーマジックカードが使い放題。
それだけではない、15年前といえば、湖はまだ生まれたばかり…。
そんな太古のデッキの知識はあれど、戦闘経験は皆無だ。
「カードを2枚伏せ、ターン終了」
しかし女性はこれ以上の追い討ちをしなかった。
できなかったのかはわからない、だが手札は多い。
このターンどうにかしなければ、湖は負けるだろう。
湖:LP1600
フィールド:伏せカード1(奈落の落とし穴) 手札:1
謎の女性:LP1400
フィールド:人造人間サイコ・ショッカー、手札:2
(相手は禁止カードすら積んでいる…、だけど)
しかし、湖にはスキルがあった。
「私のスキル発動、墓地に落ちたカード1枚を手札に加え…」
「スキル発動、相手のスキルを無効にし、更にカードを2枚ドローする」
「ええ!?何それ!?」
スキルは確かにあった。しかし今無くなった。
それどころか相手にドローを許してしまった。手札4。なんだって出来そうだ。
…となると、最早このドローに賭けるしかない。
いや、ドローだけではない。相手の女性の手札に、手札誘発カードがないことを賭けるしかない!
「ドロー!」
…女神は湖に微笑んだ。
「…私は、ティオの蟲惑魔を召喚!そして墓地からトリオンの蟲惑魔を守備表示で特殊召喚!
トリオンの効果で、伏せカードを1枚破壊!
「っ!魔法の筒が…」
「更に 手札から屋敷わらしを召喚し、トリオンの蟲惑魔とシンクロ召喚!来て!
クリアウィング・シンクロ・ドラゴン!」
女性は慌てたかのように手札を見る。
だが、彼女の手札には何も無かった。
「クリアウィングでサイコショッカーを攻撃!」
サイコショッカーは破壊され、女性のライフは後1300
「そしてティオのダイレクトアタック!…決まれ!!」
ティオの体の後ろから、巨大なハエトリグサが現れ…女性を弾き飛ばす。
「あああああ!!!!」
女性の伏せていたカードは激流葬。ショッカーのせいで発動できなかったカードだ。
更に手札には、サンダーボルト、大嵐、ハリケーン、デーモンの召喚、サイバーポッド、岩石の巨兵が存在していたが…全て使うことなく落ちていった。
女性は地面に激突し、その衝撃で彼女の黒ずくめが破れてしまう。
中から出てきたのは…派手な事が好きそうな老婆の顔だ。
しかし、デュエリストにはその顔は見覚えがあり、同時に忘れたい顔でもある。
誰かが叫ぶ、。
「こいつ…ハイブリッジ・ベーチだ!」
Mayのデュエリストはそこでベーチにリンチを加えるほど暴徒ではなかった。
彼らは怒りを抑え、勝者湖に対してデュエルを申し込む事にした。
そしてベーチは、…レイジが引き受けた。
こんなのでも親だから。だがベーチはレイジを見ても、何の反応も示さない。
「無視かよ」
レイジはあえて挑発する。
子供の頃、あれほど怖かった母親だが、今なら怖くない。
実の親以上に理不尽で恐ろしい存在をいくつも見てきて、打ち勝ってきたからだ。
しかしベーチはその挑発にも乗らない。
やがて彼女が口を開く、しかしその言葉は、明らかに彼女の物ではない。
「楽しんで、いただけたかな?」
「…誰だ?」
レイジはわかっていた。今の母親には、ベーチの意識が無い事を。
「ふはは、そう怖い顔をするな、お前の母親が、嫌いだったデュエルをしたんだぞ、昔使っていたデッキでな」
「……お前に操られてなければ、多少は喜んでいたのだがな」
「我々の正体を知りたければ、一人で来い。 …決着をつけよう」
そうするとベーチは気絶する。
レイジは、レイズに後を託して一人店から出ようとする。
「お兄ちゃん」
「…心配すんな、俺は強い、そう負けねぇよ」
光り輝くフィールドで、ネフティスと閃刀姫カガリがぶつかり合う。
デュエリスト皆がそれに注目する中、レイジは1人、闇の中に消えていった…。
最終更新:2018年06月10日 22:23