藷下の奇祭

序―――

病弱だった母の療養のため、私達一家は藷下山(いもげやま)の麓にある小さな集落に移り住むことになった。
コンビニすらなくmayの街に出かけるには日に2本しかないバスに乗るしかない。
隣近所はお年寄りが多く、私と同年代の子なんて一人だけだった。
父は自然が多く空気がおいしいなんて言うけれど、正直私にとっては青臭いだけで辟易している。
高校に入学したばかりで、娯楽もなにもないこんなド田舎に閉じ込められるとは思ってもいなかった。
毎日が退屈で退屈で仕方ない。
集落ではなんでも10年に一度のお祭りが近いとかで住人達が日々準備をしている。
古ぼけた電柱に飾られた色褪せた提灯が、山の中にある神社にまで続いているらしい。
華がなさすぎて私が知ってるお祭りとはどうやら違うみたいだ。
しかも、そのお祭りまでの1週間は夜間は外出禁止だという。
なんでもお祭りまでの間、夜中は鬼が集落の中を練り歩くというのだ。
鬼に見つからないように戸も窓も締め切って、音を立てずひっそりと夜を過ごせという決まり事らしい。
なにそれ、馬鹿馬鹿しい。鬼なんているわけないのに。
集落の人達は本気で信じているようで、道ですれ違う度に夜は外へ出ないように言ってくるのが鬱陶しくて仕方ない。
あの子は、鬼の存在は信じていないようだけど、夜は部屋で静かに読書をしていると言っていた。
引っ込み思案で大人しく私とは馬が合わないけど、集落で高校生は私達だけだから自然と登下校は一緒になるし、
友達のようなそうでないような奇妙な関係になっている。
わが家と言えば両親は郷に入りては郷に従え、なんて言って決まり事の通りに夜を過ごしている。
私と言えばTVも動画も見れないしゲームもできない夜にうんざいしていた。
今時、そんなくだらない迷信を信じてるなんていくらド田舎とはいえあり得なさすぎる。
決まり事を守る気なんてさらさらなかった私は、気分転換に夜の集落を散歩することにした。
両親の目を盗んで音を立てないようにしながらこっそり家を抜け出すと、田舎道を歩いていく。
本当にどの家も窓を閉め切って、ひっそりとしている。
街と違って空が近い。星がまたたく透き通った夜空は、田舎の唯一良い点かもしれない。
夜の散歩がちょっとだけ楽しくなってきた。
月明りと提灯の灯りが暗い夜道を照らしており、聞こえてくるのはうるさいカエルの鳴き声と砂利を踏む私の足音だけ。
…そのはずだった。
最初は気のせいだと思った。
しかし、立ち止まって耳を澄ますと確かにそれは聞こえている。
夜の静寂を破り、私以外の足音が道の先から確かに聞こえてきていた。
こちらへとどんどん近づいてくるその足音の主は、複数人いるようだった。
私の他に決まり事を破って外出している人がいるのだろうか。
なんだ、やっぱりみんな迷信だと思ってるんじゃないと思う反面、時間が時間だけに恐怖心が湧いてくる。
引き返して帰ろう。
そう思った矢先、暗闇の中にあり得ないものが浮かび上がった。
とても人のものとは思えない異形の顔、顔、顔。
血走った目、裂けたように大きな口、額から伸びる角のようなもの…。
鬼。
としかいえないもの達が、足音を鳴らしながら練り歩いている。
そんなまさか。あり得ない、いるわけない!
恐怖で身体が竦みあがる。
震える足が砂利を踏み、音が鳴った。
瞬間、何十個もの血走った鬼の眼と、目が合う。
私の口から「ひぃ」という短い悲鳴が勝手に漏れ出た。
膝がガクガクと震え力が入らず、その場で尻餅をついた。
鬼達が一斉にこちらへと手を伸ばし―――、

ペコペコさんの怪奇事件簿~藷下の奇祭~

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最終更新:2021年07月31日 10:13