湯納の大冒険(仮)2

「誰このおっさん」
 そのカードショップにアウナが足を踏み入れるなり、ニキビの痕で顔がデコボコしてい
る小太りな中年男が眼前へ踊り出た。しかしどういうわけか、中年男が笑顔を作って何か
喋りだすより前に、衝動的かつ無意識にその言葉が口をついて放たれる。
 湯納正斗はひょんなことから出会ったデュエリスト、アウナス・ミフイムの頼みを聞き
入れて、彼女を虹裏カードショップmayへ案内していた。
「カードショップmayの店長だぞ俺」
「店長?」
「俺だぞ俺、としあき店長だぞ俺」
 店長は再びニヤッと脂っこい笑みを浮かべた。
 カードショップmayは、ここmayの街に住むデュエリストたちの憩いの場にもなっ
ていて、当の湯納正斗も常連の一人である。
 店内は活気があり、仲良くデュエルにいそしむ者がちらほら。
 和やかな光景が広がっている。
「湯納くんよくやった!! ウン、よく女の子を連れてきてくれたぞ!!」
「最寄のカードショップですから……。あと、さすがに遠くのショップimgには連れて
行く気になれませんし」
「もちろんだとも!! ホモとかそういうのはimgに落ちても一向に構わないけど、女性
の常連客は是非mayが確保しないとね!! あの子ちょっとダウナーぽいけど気にしない
気にしない……と言う訳でさっそく♪」
「店長、彼女をあんまり怒らせない方が…………だめだ聞いてない」
 としあき店長は湯納との話や周囲の冷たい視線など、もはや意に介さない様子で、さっ
さとレジカウンターに引っ込み、そこでアウナを呼び寄せる。
「やあやあいらっしゃい緑ローブのお嬢さん、ようこそカードショップmayへ! どう
ぞお名前を拝借」
「名前? 突然なに」
「これは失敬、なにせあなた様は未来の常連客様!! カードショップmayは歓迎の気持
ちをこめ会員証を無料で作って差し上げようと考えております。ちなみに作っておくと会
計の際に割引されます」
「そう、なら作ってもらおうかしら。けっこう買い物するだろうから」
 合意を得られたものとみて、店長はせっせと会員カード作成用の記入用紙を準備し始め
る。記入がめんどくさいからやっぱり会員証いらない、とさせないためにか、店長みずか
ら用紙にペンを走らせている。
「名前はアウナス・ミフイムよ」
「えーっと……アウナスさん、と」
「アルスとかランスとか最後が「ス」になる名前って勇者っぽくて柄じゃないから、呼び
方はアウナでいいわ」
 小話の間に、あっという間に会員証が出来上がる。素早い。
「さて会員証をお造りいたしましたがお渡しする前にッ! お近づきの印に、この俺とし
あき店長と和やかにデュエルといきませんか」
 そこはかとなく、デュエルを受けなければ会員証(無料)は手に入らないぞ、と言いた
げだ。
「…………いいわ。このわたしに挑む者は根絶やしにしなきゃ」
 どこか悪寒を覚えるアウナの声に、としあき店長も少したじろぐ。
 それでもいまさらデュエルを取りやめる気はないようで、デュエルスペースに案内する
べく身振りで誘導する。このカードショップmayは個性豊かな常連客がそろっているせ
いか、アウナの言動もちょっと特徴的な女の子くらいにしか思わなかったのだろう。
 完全に感覚がマヒしている。
「アウナさん、そんな不穏なことを言ってはだめですよ、店長はともかく周りの人みんな
引いてます。だいいち根絶やしだなんて……仮に端から端までデュエリストを再起不能に
したら、その後いったい誰がデュエルしてくれるのです」
「……? 戦いってそういうものじゃないの?」
「店長のはまあ、悪い癖みたいなものだから度外視していいのですけど……」
「……難しいのね、わからないわ」
 店長が手を振るので、アウナはすたすた歩いていった。
 周囲にいた数名も興味があるのかデュエルスペースに集まってゆく。
「うーん、よくわからない人だ」
 湯納もまた人々の輪に加わり、彼女の戦いぶりを観ることにした。
「「デュエル」」
 としあき店長とアウナ、二人の開始宣言が重なる。
 アウナはいくつかのデッキキャリアを手に取り、その中から一つを選び取ると、とりあ
えずデュエルディスクにかけてシャッフルだけさせた。それから座ってデュエルするのに
邪魔になるであろうディスクを、袋にしまって隣の椅子に置く。
「先攻は何で決めましょうか。何かしら駆け引きがあった方がいいかしら?」
「いやいや、お譲りします。女の子の初めてを尊重する俺かっこいいぞ俺」
「そう……優しいのね」
 凄まじく冷ややかな視線を添えて言葉を返し、デッキに手をかける。
「ドロー」(LP8000)
 店長の側がわずかに人が多かったこともあって、湯納はアウナの後ろに陣取った。
「レクンガを召喚……そして、手札抹殺を発動」
 指をパチンと鳴らして効果の処理を催促する。アウナはボタニティ・ガール、ロードポ
イズン、コピー・プラント、妖精王オベロンを捨てた。
 対するとしあき店長は必然的に、初手五枚をまるまる捨てることになる。
「すかさず墓地を確認させてもらうわ。ふむ……封印の黄金櫃、強欲で謙虚な壺、強欲な
瓶、八汰烏の骸、威嚇する咆哮…………なるほど。わたしはカードを一枚伏せてターンを
終了するわね。どうぞ」
「なら俺のドローだぞ俺」(LP8000)
 ドローカードを、強制的に交換させられた手札に加えて眺めまわし、処理するべきこと
を考えてゆく。
「成金ゴブリンを発動して一枚ドロー! 相手は1000ライフを回復する!」
「したわ」
「さらに成金ゴブリン! 一枚ドローと以下略」
「したわ」
「強欲で謙虚な壺を発動、上から三枚をめくり……速攻のかかし、和睦の使者、そして出
たァッ! 結束 UNITY! 結束を手札に加える!」
 とたんに周囲からどよめきが起こった。主に「うわぁ……」や「あーあ……」などやや
好意的でない声である。
 このデュエルに、としあき店長は勝とうとはしていない。店長にはデュエルの勝敗とは
無関係な、独特の目的があるからだ。それさえ達成してしまえば店長にとってはある種の
勝利、とでもいうべきものだ。
「魔法カード発動!! 友情 YU‐JYO!!」
 自然ととしあき店長の口の端がつり上がり、瞳孔は開きかけ全身リラックス、まるで勝
利を確信したかのような恍惚の表情をとる。店長は左手に一枚のカードを握り、同時に脂
ぎった右手をそっと対戦相手に差し向けた。
「アウナさん……」
「なにかしら」
「これもデュエルですから、私からあまり色んなことは言えませんけれど、一つ言ってお
くと……もし嫌だと感じたならデュエル自体を拒否しても構わないと思うのです」
「……?」
 目の前ではとしあき店長が動かざること山のごとく、どうどうと握手を求める姿勢で臨
む。店長が左手に持つカードをおもむろに反転させれば、やはりそれは先だってサーチし
ておいた結束 UNITYであり、是が非でも押し通すという意志を強調している。
「んっん~。はァい、握手しますか、握手を拒否しますか」
 友情によって握手を求め、結束によって握手の拒否を封じるライフ折半コンボ。
 としあき店長の目的はそこにあるのだ。
 しかもライフ折半の方がおまけだ。
「……気が早すぎる。悪い癖よ、店長」
 半ば叩きつける風に無造作に手札一枚を墓地に捨て、魔法罠ゾーンに伏せたカードをリ
バースする。
「光の護封剣を捨てて罠カード発動……封魔の呪印!!」
 瞬間、としあき店長の目が点になって凍りついた。
「ああ……このレクンガハンデスで一つ前に戦ったのがマッチだったから、メタ入れっぱ
なしにしちゃったみたいなの。ごめんなさいね」
 それもそのはず。封魔の呪印を使われては発動を無効にされるだけではなく、そのデュ
エル中ずっと封印した同名カードを発動することができない。マジック・キャプチャーに
よるしつこい再利用を行うことができず、魔法石の採掘でのサルベージは可能というだけ
で全く意味がなくなる。呪印の制約はいったん発生してしまえば、何をもってしても解除
する手段はない。
「どうしたの? チェーンの処理は終わったわ。デュエルを続けましょう」
 知ってか知らずか、としあき店長の女性デュエリストと握手する野望を一撃で総崩れに
してみせたアウナは、静かな声でデュエル続行を要求する。
「う、うう……二枚伏せ、ターン、エンド…………っ」
「ドロー」(LP10000)
 デュエリストの本能とでもいうべきもので、カードのセットとエンド宣言をしてはみせ
たが、戦意を喪失した店長の表情は曇り気味だ。
「ボタニティ・ガールとロードポイズンを除外してレクンガ効果発動、レクンガトークン
を生成するわ。さらにローンファイア・ブロッサムを召喚し、トークン生贄でロンファA
効果発動、ロンファB特殊召喚。レクンガ生贄でコピー・プラント特殊召喚。コピー・プ
ラントでロンファAの星をコピー、三体チューニング」
 フリーだと面倒くさいモンスターカード名は省略する方針のようである。
「お、あ、あ」
「氷結界の龍トリシューラ」
 としあき店長のデッキには初めから勝ち筋は存在しない。その存在意義は友情+結束に
よって女性プレイヤーと握手することだが、コンボを封殺された今、店長のプレイとデッ
キに一切合切の意義は無いといえる。
「シンクロキャンセル。ロンファAをボタニティ・ガールに。ロンファBはレクンガにし
て、レクンガ効果でトークン生成。レクンガのレベルをコピー。シンクロ召喚、氷結界の
龍トリシュ――――」
「も、もういやだァ――!!」
 シンクロの中でも特に破滅を加速させているんじゃないかと思われる悪辣シンクロモン
スターが、絶望連呼アニメにほどよく影響された店長のソフトな心を、一時的マインドク
ラッシュまで追い込んだ。
 いつもはサレンダーを絶対に認めない主義のとしあき店長も、さすがに心折れたのだろ
うか。伏せカードをチェーン発動する気力すら無くして降伏してしまった。
「敗者としあき店長……えーっと? 興味深いババ抜きだったわ」
 握手できなかったことで苦手意識でも抱いたのか、店長は素早くカウンターの奥に引っ
込んだ。
「…………なんですって? 握手したかっただけ?」
「気にすることはありません。としあき店長は往年のインフェルニティのトリシューラ五
連射を食らったって、次の日どころか、次スレになればもうケロッとしています」
「あんな愛想の悪い男の店によく常連がいるものね」
「シングル安いですから」
「そう。なら店長なんてどうでもいいわね」
 湯納とほどよく噛み合っていない会話を繰り広げるのだが、数秒後の彼女はガラスケー
スの中に陳列されているカードたちに夢中だった。
「ヘイッ、店長」
「ははいっ」
 指をパチンと鳴らしてアウナは店主を呼びつけた。まるでその声と動作に操られたかの
ように、中年男が小走りでやってきてビクビクしながら要件を伺う。
「このメモに書いたシンクロモンスターカードを一枚ずつ売って頂戴」
「ははいっ、最優先でェ……」
 びっしりと文字が書き込まれたメモ帳を破って手渡すアウナ。
 おずおずそれを受け取った店長が再びカウンターの中に引っ込んでいった。
「トリシューラのように貴重なカードを持っているあなたのことのですから……てっきり
他のシンクロも完備しているものと思っていました」
「氷結界シンクロはたまたま兄が持っていたのよ。宝の持ち腐れだし、使うこともないだ
ろうから貰っておいただけ……それよりも」
 アウナは遠い眼でガラスケースの中を眺める。
「いざ戦いに臨んでいる最中に、ああ、今、あのカードがわたしにあれば…………なんて
思いをするのは、もう嫌なの。だからシンクロモンスターいっぱい欲しくて、地図も持た
ずに都会へ出てきちゃった」
「お察しします」
 そうこうするうち、カードを取り出し終えた店長がアウナに手を振って合図した。
 カウンターまで歩んでいく彼女の後に湯納も続く。単純にカード・プロフェッサーとし
ての興味から、アウナがどんなカードをエクストラデッキに求めているのか、気になった
のだ。
 アウナの話からして、彼女は今までどこか田舎に住んでおり、大会の成績などは全くの
無名だと思われる。しかし、これからさき立ちふさがらないとも限らない。
「…………」
 シンクロモンスターカードが束で手渡され、アウナはその目を光らせて厳重な状態確認
をしてゆく。
 スクラップ・ドラゴン。
 ギガンテック・ファイター。
 A・O・J ディサイシブ・アームズ、など。
 仕込んでいれば少なからず役に立つモンスターばかりが何十枚も。
 強力なエクストラデッキ要員は大会を勝ち抜くうえで重きをなす。ことにシンクロモン
スターは賞金の掛かった大会でも非常に有効なカードとして需要の濃い、貴重で高価な実
用品である。すでに一定の枚数が出回っている安価なカードから、常人の稼ぎ程度ではな
かなか手を出ない値段に設定されるカードまで様々だ。
「善しッ……全部買うわ。はいお金」
「あっ、は、はい……!!」
 ばんっ、と札束を叩きつけて積み上げ、一瞬の躊躇いもなくそれら高額カードすべてを
買い上げてしまった。
 様子を窺っていた外野からもどよめきが起こる。
「豪快な買い物ですね……」
「金のネックレス売ったくらいのお金で、こんなにいっぱいカードを買えるなんて知らな
かったわ。何故もっと早くにやらなかったのか……」
 エクストラデッキの容量である十五枚は軽く超過しているが、天使アルテミスを蹴散ら
したギガプラビート、店長を困らせたレクンガデッキ、それ以外にもまだデッキを持って
いる様子なので、そちらに当てるのだろう。
「ふむ……ところで店長に質問なんだけれど」
「な、な、なんでせう……?」
「フォーミュラ・シンクロンとやらは置いてないのかしら。レベル1トークンとシンクロ
できる瞬間がたまにあるから、その時ために一枚欲しいのだけど」
「えっと、その……フォーミュラは在庫ひとつもないんです」
「…………」
「ひいいぃっ!! すみません!!」
「別にわたしは怒っていないわ……。この店にないというなら、どこか置いてありそうな
所はないものかしら?」
「いやあ……フォーミュラはめちゃくちゃ貴重ですし、それを真に必要とするデュエリス
トたちを差し置いて、好事家の間を行き来しているようなカードですんで……実際、どこ
そこのショップに行けばある、ってモノでもないんですよ。もしどうしても欲しいという
なら、所持を公言しているコレクターに交渉するのが一番かと」
「そう」
 無表情な中にどこか落胆を隠せない様子だ。
 アウナは入手したカードを携えて店内備え付けの長机のところまで移動する。スリーブ
に入れてエクストラデッキに格納するつもりのようである。
「面倒なことになってきたわ」
「時たまオークションに出品されるとメチャクチャな値がつきますし、また好事家の手に
あるとなるとお、金を積んだだけで売ってもらえるか解りませんからね……私も以前手に
入れようとしましたが、無理でした」
 アウナは調整し終えたエクストラデッキを濃緑ローブの裏側に次々放り込んでゆく。
「ユノー、あなたは誰がフォーミュラ・シンクロンを保有しているか知っている?」
「いえ……入手が無理だとわかったら冷めてしまったこともあって、深く調べることをし
なかったので……。そうだ、店長に頼んで、この店のパソコンを借りて調べさせてもらう
のはどうでしょう――よろしいですか店長」
「え! あ、はぁ、いっぱい買い物してくれたから特別ってことで」
 再びレジカウンターの傍まで赴く。
 カード買い取り時の相場を調査する用に使われているノートパソコンを、店長が持って
きてくれた。
「えーっと、検索……「フォーミュラ・シンクロン」に「所持者」っと…………名前のリ
ストが出ましたよ。これだけで情報が出るって相当のことですね」
「ふーん、こいつらがフォーミュラを独占しているのね」
「この世界、レアカード貸し出しを条件に、それを持っていない有力デュエリストを雇っ
たりも出来るから、単なる資産以上の価値があるんです。恐ろしいものです」
「…………ん? 総院寺光男……Fシンクロン所持数……87……? 何なのこいつ」
「あ~! そのオッサン、以前うちの店にたまたまフォーミュラ・シンクロンが流れ着い
てきたときに、目玉の飛び出るような額で買っていったんやな。ハイこれ名刺」
「ふん……なになに、秘密結社ライトロード、ジャッジメント級幹部?」
 アウナの口にした語句に、総院寺光男の名前でさらに検索しようとしていた湯納が目を
見開いた。
「秘密結社ライトロードだって!?」
「知り合いかね湯納くん」
「いえ、直接は知りません。ですがそこの末端と一悶着ありまして……幸平君にいたって
は彼らにデュエルをアンティ勝負にされかけたと言っていました。見た目からして尋常な
団体とは思えませんが…………おおっ、本当に公式サイトがある」
「秘密結社の意味ねえじゃん」
「そう……。丁度いい、ムカつくからアマリリスか何かを盾に直接乗りこんで、遮二無二
ボコってでも取引を受諾させてやるわ」
 リアリストじみた破壊的な考えを述べながら、アウナはパソコン画面を覗き込んだ。
 彼女の意図を察し、湯納は件の「秘密結社ライトロード」の所在を手早く探す。
「公開されている情報によると、どうやら、ここから虹裏junの方面へ電車で一時間ほ
ど向かったところに、ライトロードの本拠地があるようです」
「分かったわ。それじゃあ」
 くるっと振り向いていきなり店を出て行こうとするアウナ。フォーミュラ入手のため、
すぐにでもライトロードの巣窟へ乗り込もうというのか。
「アウナさん!」
 ドアに手をかける寸前で湯納がアウナを呼びとめる。
「よろしければ……私も同行させて頂けませんか」
「あなたなら構わないけれど」
 二人は短い言葉を交わしたあと互いに頷いた。
「ええええ湯納くん正気なの!? きみって、ドラゴンの住処に行くならワタシも一緒に行
きましょう! 的なノリで仲間入りしちゃうようなキャラだっけ!? そりゃあ現実はお外
歩いただけで敵とエンカウントするような危険はないだろうけどッ!!」
 確かに慎重を期するのが湯納正斗の常だ。
 店長の言いたいことも解らなくはない。
「…………個人的に気になることがあるんですよ、それも割と重要なことで。それでいま
機会が巡ってきたなら、この際だから行っちゃおうという次第なんです」
 ほんのり微笑んで会話を終える。
「では私はこれで……パソコンありがとうございました」
 そうして湯納正斗は、店の外に立ち止まって待つ、アウナのもとへ急ぐのだった。
(あっ…………)
 外気に肌が触れたときあることを思い出す。
(他のことに気を取られてメタカード吟味することすっかり忘れてた……)
 でも今さら遅いので次に繰り越すことにした。


 カードショップmayの最寄り駅から、電車に揺られ一時間と十数分。
 途中、大きな駅で数分停車したときお弁当を買って腹ごしらえなどしつつ、世間のこと
からカードのことまでいろいろ話を交わした。ただアウナがまだ十八歳で未成年、自分よ
り五歳も年下だと知った時は驚いた。デュエルを挑まれる際に纏っている凄みが十八歳の
それとは思えなかったから、勘違いしてしまっていた。
「ここね」
 時は夕暮れ手前。ようやく目的地へ到達した。
 駅前のターミナルから出発して徒歩十分、民家が並ぶ閑静な通りに、企業の本社ビルの
ような外見をしたその建物はあった。
 秘密結社ライトロードの本拠地であるという、総院寺ビル。
 よく見ずとも入口の石碑のところに「秘密結社ライトロード」と堂々彫ってある。
「予想以上に普通でした……」
「本当に秘密もへったくれもないのね」
「墓地の公開情報を増やしまくり、そこから明け透けなサルベージを繰り返すライトロー
ドのイメージに…………いえ、もう何でもいいです」
 正門が開かれており、また入口のところに警備員なども誰もいない。それをいいことに
アウナが敷地へずかずか上がりこんでゆき、湯納は一応のこと周囲を確認しながらそれに
続いた。
「アポイントメントを取っていませんから入口で止められるかも」
「握りっぱなしでうっかり持ってきちゃったこの名刺、見せたら入れて貰えるかしら」
「それで通るかもしれませんね」
「まあ、どのみち玄関で弾かれたって、窓からでも煙突からでも中に入って、全部の部屋
を床と天井までひっくり返してその男を探すから関係ない」
 やると言ったらやる。禍々しいまでの意志に満ちている。
 カードから実物のモンスターを召喚するという、あの摩訶不思議な術を使って建物全体
の制圧すら遂行するだろう。
「とりあえず、それは最後の手段ということにして置きましょう――……っと」
 まずは正面からアプローチしようと入口に近づき、開いた自動ドアをくぐる。
「……………………!?」
 だがその向こうに、目を疑う光景が広がっていた。
 白装束に白頭巾、そして白いデュエルディスクを装着した人間が、五人、六人、いや十
人、十五人。まっすぐ直立しながら微動だにせず、首から上だけが力なくうなだれた、記
憶に新しい「救済後」のポーズをとって佇んでいるのだ。
 割れたガラスが散乱し、ちぎれたドア、倒れた観葉植物が横たわる。
 光属性のイメージを演出するため所々から垂れさがる、白いヴェールのようなカーテン
は、多くが破れて床に落ちている。
 あと窓口の横に掛けられた『地道に爆アド』との掛け軸(達筆)を見て、なんだかなぁ
と思ったり。
「大丈夫ですか!! 白い人!!」
 出入口付近につっ立っている一人に湯納が問いかけるも、反応が無い。
 湯納の隣にやってきたアウナはその白装束の頭巾を無造作に剥ぎ取り、中身の顔を露出
させた。
「ふむ、瞳孔は開いているけど……脈は正常、意識が無いわりに筋肉は緊張してバランス
を保っている」
「まさかここにも、あの天使族モンスターたちが……?」
 頭の中で警鐘が鳴る。
 耳の奥で不穏なBGMが勝手に再生される。
「そういえばユノー、あなた闇属性デッキ狩りがどうとか……公園でそんなことを言って
いたわね」
「はい。私たちと敵対した天使たちは、あの時、秘密結社ライトロードの末端構成員に対
して、救済だとか言って苦みを伴う制裁を加えていました。理由は、光属性と闇属性をデ
ッキ内で混濁したからだ、と…………」
 だが湯納が動揺する己の心に静まれと命ずるや、不思議なことに氷のように冷静になる
ことができた。若いながらカード・プロフェッサーとして、魑魅魍魎うごめく大会で修羅
場をくぐった経験が、心を鍛えていたのだろうか。はたまた……
「興味がある、調べてみたいわ」
 周囲を見回しながらアウナは言った。
「立ちつくしている彼らを、ですか」
「正確にはそいつらのデッキを、よ。光纏う者どもが闇を敵視しているわりに、あなたの
闇属性軸デッキや、わたしのように一部に闇モンスターを使う人間より、こいつらライト
ロードを優先して襲ったその理由が見えてくるかもしれないから」
「わかりました。私も及ばずながら助手を務めます」
 結社の構成員たちにはデュエルディスクが装着されたままだ。なのでディスクをいじく
って墓地のカードを排出させ、手札、デッキ、除外ゾーンとを合わせたうえで、湯納はそ
れらを黙々とカウントし始めた。
 これくらいの情報はさっと目を通しただけで記憶できた。
 ギルドの仕事でも、主催者側が提供してくれた対戦相手のデッキデータ(大会への参加
申し込み時に参加者が書いた、自デッキのカードリスト)を、カード・プロフェッサー湯
納正斗は全て記憶する。デッキの底を見切り、デュエル展開の可能性を検証するため、そ
して適切なメタカードを取捨選択するために重要な情報だ。
 あわせて、それを「知っている」ことをおくびにも出さないポーカーフェイスが必須に
なるが、湯納はそれも会得した。
 いったん全てのことを忘れてカードをかり集め、サイドデッキとエクストラデッキを含
む全ての内容をせっせと頭に刻む湯納。実際そこまで厳密に憶える必要もないが、何か質
問されたとき速やかに答えられなければ恥ずかしいと考え、丸暗記する。
 一方アウナは、
「ん?」
 ざわっと動くものが一瞬目の端に映ったのを見逃さず、静かにその場所へ詰め寄る。
 見れば、白いカーテンにくるまった物体が小刻みに震えていた。
「そこの約二名ェッ」
 パァァァーン!!
「「ひッ――!?」」
 棘つき鞭で床を叩き、その不吉な破裂音で相手に自らの所在をアピールする。
「おのおの自分の使っているデッキを今すぐ、しかるべき謙虚さを以って、一切の騒音も
悪臭も発生させることなく速やかに提出しなさい。先に述べたことを全くの無抵抗・無感
動のうちに行おうとしないならば、敵対の意思ありと見なし徹底的に破壊する」
 物陰に潜んでいた二人の男。
 恐るべき不吉さを存分に含んだアウナの脅しに全面的に屈し、はいずるように彼らは姿
をあらわした。そうして指示通り終始無言のまま、アウナにサイドとエクストラを含んだ
全てのデッキを提出する。
「聞き分けがいいのね。赦しましょう、全てを」(ニコッ)
 二つに折った鞭を両手でしならせてはビシビシ音をさせ、無用に威嚇する。
「御前試合入り天使ライロに、完全光属性統一のライロ軸フルモンスターか……」
「アウナさん、向こう側はあらかた調べ終えました」
「やけに仕事が早いのね、ユノー」
 実に感心した風でアウナが返事をする。
「カオス・ソーサラー、ネクロ・ガードナー、ゾンビキャリアなど、よく採用される闇属
性モンスターが大多数のデッキにみられました。デブリ天使ライロ型のデッキが二つほど
あり、これのメインデッキには闇属性モンスターは一枚もありませんでしたが……一方の
エクストラにカタストル、もう一方にはカタストルとレッド・デーモンズ・ドラゴンがあ
りました」
「こっちも似たようなもの……でもいま調べた、この生きてる二人のデッキは闇属性モン
スターがいなかった。エクストラのレベル5はマジカルアンドロイド、レベル8はパーシ
アスを採用していて闇属性モンスターはゼロ」
「他はだいたいがカオスライロとデブリライロです」
「…………というかここの連中、照り返しで目が痛くなりそうなほど真っ白で統一してい
るくせして、純ライロ少ないのね」
「現環境のライトロードで結果を残しているのは、純寄りのライロよりも混成ライロです
から、それに追従したんでしょうか」
 静まり返ったビルに二人の声が染み入る。
「やはり、闇属性入りの光ビートが優先的に狩られているのかも」
「どういった理由で……」
「はっきりと言えないけど、光纏う者のことだから裏切り者の始末というか、いっそ堕落
者の粛清とか、そんな感じじゃないかしら。…………ああ、そこの約二名、こっちは一区
切りついたからちょっと質問」
 言いながらまた鞭で床を叩く。
 もはや湯納も当然のごとく順応してしまい少しも動じない。
「……、……、……ぷはぁっ!!」
「はふぁー……フゥ」
 出てくるよう要求されてから今まで、白装束×2は息をする音すら制限しようと呼吸を
控えていたらしい。
 座りこんで荒い息を吐き、体を弛緩させつつ白装束たちが二人を見上げた。
「だいたい想像つくんだけど、ここで何があったのかしら」
 いったん落ち着いた彼らだがまた興奮しはじめ、身振り手振りで説明を始める。
「ああっ、あのぉ……なんていうかなんていうか、天使が……いっぱいのコーリング・ノ
ヴァがどっからともなくやってきて……っ!」
「俺らは突然のことでへたってて……そしたらそのうち奴らと仲間が、狂ったようにデュ
エルを始めたんス……そりゃあもう、ついさっきまで奴らがそこに」
「で、あなたたちは子ネズミみたいに震えて戦うこともせず縮こまっていたのね」
「ひぃ、そ……そうッス…………」
「あいつら襲ってこなかったから……ひょっとして許されたかなぁ、って思って」
「……そう」
 冷たいアウナのまなざしに委縮する白装束の男たち。
 仕方ない反応といえる。
「まあまあアウナさん……。と、それでは、いっぱいいたというコーリング・ノヴァはど
こへ行ってしまったのです」
「えーっと、なんていうかなんていうか、みんなを倒し終えてすぐ、奥に? 上に?」
「この建物内にまだいるかもしれないッスね……」
 アウナが不機嫌そうに溜息をついた。
「……最後の質問。あなたたち、総院寺光男っていう男のこと知ってるかしら?」
「総院寺……光男……あっ、アルファ=ジャッジメント様のことッスね」
「アルファ? ベータやガンマもいるの?」
「いるッス。書類提出の時くらいしか本部に縁のないような、俺らシャイア級の三下なん
かとは比較にならないエリート構成員……いや、それどころかジャッジメント級の構成員
といったら幹部も幹部、スペシャルインペリアル大幹部ッス」
 このように、生き残りの二人は何でもかんでも求められるままペラペラ喋った。人外異
形に襲撃されたりと異常な状況を体験した直後は、人類ならどれも兄弟に見えるとでもい
うのだろうか。
 例の男は白装束の組織の出資者であり自身もライトロードの使い手だという。
 構成員の証、レリーフ裁きの龍を配っているのもその男らしい。
「そう、わかったわ。じゃあもうあなたたちに用は無いから消えて頂戴」
 面倒くさげデッキを持ち主に突き返すアウナ。
 ぶっきらぼうな言葉を浴びせて、一瞥だにせず廊下の奥へ向かって歩き出す。
「……逃げていいよ、ってことみたいです」
 こっそり一言を付け加えてから湯納はアウナの後に続く。
「「はわはわ……」」
 こっぴどく突き放されて生き残り男約二名も唖然とするしかない。
 名前も知らない侵入者が去っていくのを目で追ってはみるものの、やはり顧みられるこ
とはないのであった。
 …………
「面倒な状況になってきた。まさか日に二度も光纏う者と関わることになるとは」
「日に二度か……偶然、にしてはどうにも」
「奴らお得意の一斉掃討作戦でも始まったかしら。……でも奴らは、粛清対象を選別でき
ていたフシがあるし……それなら、どうやってライロ使いどものデッキの中身を割り出し
たのか疑問だわ……? まさか戦う前にデッキを取りあげて閲覧したとか、そんな荒技で
はないだろうから、何か超常識的な方法を用いたのか」
「順次解明していく必要がありそうですね」
 生き物の息吹をまるで感じられない、静まり返った廊下を二人組の男女が往く。
 エレベーターが止められていて使えないということで、階段を上って重役の部屋のある
フロアまで行ってみることにする。
 静かすぎるビル内は、夜間の誰もいない学校と似たものがあり、加えてところどころで
粛清された白装束がぼーっと立ち尽くしているから、出くわすたび少々戸惑う。
「実家に転がっていた本によれば、光纏う者はほとんどの場合は軍編成で現れるため一体
みつけたら三十体はいるとか、日食に潜んで気配を感じさせず、不意をついて一気に飛び
出してくるとか書かれていたわね」
「それって……」
「まあ、いい。どのみちフォーミュラ・シンクロンを手に入れる目的に変わりはない」
 役員フロアにやってきてすぐ一番近い部屋から無差別にアクセス。
 鍵のかかったドアは漏れなく蹴破って中に入る。
「次で最後の部屋よ」
 RPGでいうところのボス戦を予想させる緊張感が芽生える。
 沈黙の空間をゆく緊張は決していい気分ではないけれど、帰ろうとか、あるいは逃げよ
うとか、そういう後ろ向きな思いは不思議と湯納の中に起こらない。気になっていること
を確かめたいという思いだけがある。
「行きましょう」
 そして、二人を誘い入れるかのように軽々しく口を開いた扉の向こうへ、足を踏み入れ
るのだった。


「はぁぁー、なんていうかなんていうか、災難だねぇー」
「俺らが助かったのはきっと日頃の行いがよかったんッスねー」
 ところ変わって秘密結社ライトロード一階ロビー。
 無事だった二人の白装束男が、体育座りでぼそぼそと語り合っていた。
「と、とりあえずぅ……………………逃げよっか」
「…………そッスね」
 保身が第一ということで着の身着のまま、さっそく逃げ出そうとするのだが……。
(あっ……待って待って! なにか、来た!)
 ぱかぽこ、ぱかぽこ、人の歩みとは明らかに違った物音がその場に近づいてくる。
 自動ドアが開く。
 そうして堂々と進入してくる、異形。
 腰から上は人間であり、腰から下は馬。光沢をもつ蒼の鎧に白い翼を纏わせ、その手に
は剣と盾とを持つ、金髪にして碧眼の美男子。
(ぐぬぬぅ、あれ絶対リア充だよ。爆発しろっ、爆発しろっ……と)
(そういう問題じゃないッス……)
 突然、何かがガタガタ震える音がした。そのあと一瞬をおいて、静寂に包まれていたロ
ビーをヘンデルのメサイアの楽曲が満たした。
 争うさなかに落として床に転がったらしい、誰かの携帯電話の着信音のようだ。
「…………」
 美男子は電子音の「メサイア」を垂れ流していた携帯電話をしゃがんで手に取り、二つ
折りのそれを片手で開き通話ボタンをプッシュ。
「ヒャーッハハハハハハァ!! 電話、電話、電話ァ!! テメエんところの三下なら、はら
わたブチまけてクタバってるぜぇぇぇぇ!!」
 ふんぞり返って言いたいことだけ言いまくったら、もう用はないとばかりに電話を壁に
ぶん投げた。
「――ひぃっ……!!」
「ああっ、バカ……」
 頭上で粉砕した携帯電話の音にびっくりした生き残り男が、あろうことか声を発してし
まった。
「あァん? ――誰だああああぁぁぁぁテメェェェェはよぉォォォォォォ!!」
 後ろ足(馬)の力で著しい跳躍をみせた美男子が、慌てて逃げようとする生き残り男約
二名の正面へと即座に回り込んで、強烈なボディ・ブローを見舞う。
「「げフぅっ」」
 片手一本につき一人。一人につき一撃。
 逃走をはかる二人を暴威で難なく制圧した。
 そののち、あらかじめ宙に放っていた武具をキャッチし、長剣を倒れた二人に突き付け
るのだ。
「ヒャッハァァ!! 逃げられやしねェんだぜええええぇぇ人の子どもがよォォォォ」
 腹を押さえながら涙目になって見上げるが、嗜虐的な美男子の瞳に怖じ気づき、隅っこ
まで這い蹲っていって丸くなることしかできない。
「そぅらァ!! 先遣隊ごときにやられやがったクソ腰抜けのゴミクズども!! グースカ寝
てねえでとっとと起きやがれ!!」
 頭にかかる金の光輪が激しい光を溢れさせ始める。
 その光は高々と掲げた長剣の周りに集まってゆき、美男子が剣をひと薙ぎさせるとまん
べんなく周囲に拡散、茫然自失の状態にあった結社構成員たちに降りかかってゆく。
「……光」
「光…………!」
「光、アレ…………!!」
「裁キヲ…………!!」
 単調なことを口走りながら頭を上げ、操られたように歩き出す白装束たち。
「ヒャァーハハハハハハハハァ! ヒャッハ! フン! フン!」
 リアル光の召集を見ながら残念なイケメンは大声で笑うのだった。さらにロビーの中央
に立って、右の前足で床を踏み鳴らし、ざわめき出した白装束を黙らせる。
「ナニもたもたしていやがる! テメェら「無原罪」の人の子どもも尽く、この俺様に服
従するんだよォォォ! オラアァッッッ!!」
 そしてグルっと首を生き残り男の方へ向け、怒声を浴びせる。
 美男子は再び床をダンッ、とヒビ割れするほど踏みつけて存在を主張した。
「人の子どもォ! けがらわしい闇の邪霊を棄て去れェ!! 光輝けるあらゆる奇跡は須ら
く光のみによって完結させろォォォ!! そしてッ、光あれぇェェッ!」
「光アレ!」
「光アレ!」
「光アレ!」
「ヒャッハァ!!  上出来だぜェ、土から生まれた薄汚ぇ肉の堕落者どもめがァ」
 剣をかかげ大音声を張り上げて英雄のように人々を牽引する。
 光輝く翼を広げ、天使的威光を知らしめる。
 彼は、天使なのである。
「征くぜェェェェ! ついて来やがれ、この俺様、パーシアス様になァァァァ――!!」






アウナ vs としあき店長

アウナ初期手札 (先攻)
手札抹殺、ロードポイズン、コピー・プラント、妖精王オベロン、レクンガ

としあき店長初期手札 (後攻)
封印の黄金櫃、強欲で謙虚な壺、強欲な瓶、八汰烏の骸、威嚇する咆哮

アウナ1ターン目:ボタニティ・ガール
店長1ターン目:成金ゴブリン
アウナ2ターン目:シンクロキャンセル


勝因
やる気デストラクション(試合放棄)

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最終更新:2011年04月01日 05:07