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メリーさんと一緒!! - (2008/03/11 (火) 17:09:22) のソース
「私、メリーさん。今、あなたの後ろにいるの」 鳥遊 成海(たかなし なるみ)はそれまで、それなりの人生を送ってきた、と自負していた。 別に幸せ、という訳では無いが、特に不幸だとも思って来なかった。 特段変わったところも無い、平凡な人生だと、彼は思っていた。 だが、その日は明らかに異常だった。いつの間に、自分の後ろにその少女は立ったのだろうか。 数日前から、携帯に繰り返しかけられた少女からの電話。ただのイタズラ、都市伝説を模した幼稚な行為。そう思っていた。 だが現にこうして、流布した噂の通りに、その少女はやって来た。 耳に電話を当てたまま、成海は立っていた。まだ振り返ってはいないが、その気配は確固たるものとして背筋を舐ぶり、背面の皮膚一面を汗で覆わせたが、しかしそこを舐めずっていくものは冷たい。 殺気―― 漫画等でしか見た事の無い気配が、そこにはあった。 「ああ、これがそうなのか」、と納得させるだけの威圧感が、湧き出る水のように怒濤の勢いで迫り、しかし腐汁のようにずるりとした粘りと不快な感触を持って、背中から染み渡って来る。 成海はまず、恐怖で弛緩した体を動かす事に努めた。 耳に当てたままの携帯を離し、ゆっくりと、ゆっくりと腕を降ろす。 それから、音を立てんばかりに凝り固まった首を後ろに回しながら、極度の緊張からか既に鈍痛さえ覚え始めた膝を動かして、後ろを振り向く。 そして、「見てはいけない」と警鐘を鳴らす己が本能を抑えながら、閉じようとする瞼を必死に見開いて、そこにいる少女を、視界に収めた。 「え・・・・・・」 そして、思わず声を漏らしてしまった。それと同時に、体を支配していた恐怖が一瞬で拭い取られるのを感じた。 何故なら、振り向いたそこに立っていた彼女が、あまりにも美しかったからだ。いや、可憐と言うべきだろうか? 大きな青い瞳とそう高くない背が創るは幼さ。それに反し、金に輝く長い髪と身を包む黒いドレスが作り出すは妖艶。 そして右手に携えられた、孤月を状の刃を持つ巨大な鎌は、日常から逸脱したものの象徴か。 三つの相反する要素。だが、それを一つにまとめて、なおかつそれらを美しさとして認知させるのは、彼女の表情故であろうか。 彼女は、ほとんどその顔に、感情を乗せてはいなかった。 だが、僅かにそこから滲み出るのは―― 「やっと、振り向いたの」 少女が、口を開いた。その声は、やはり感情を乗せていなかったが、しかし透き通った、心地のよい声色だった。 「あなたには、何も分からないかも知れないけど、死んでもらうの」 彼女は、右手の大鎌を構えた。 「・・・・・・おい」 成海は口を開いた。 「お前、マジで俺を殺すの?」 「・・・・・・、うん」 小さく、彼女は頷いた。 「・・・だったら、」 成海は、すっ、と彼女の顔に人差し指を向けた。 「何で、そんな悲しそうな顔してんだよ?」 そう言われて、彼女の瞼がぴくりと動いた。 「・・・・・・思ってない」 「けっ、嘘つけ」 吐き捨てるようにして成海が言った。 「何か知らねーけどよ、無性にムカついてきやがったぜ」 成海はがりがりと頭を掻き毟った。 彼の中に今、渦巻いているのはただ単純な怒り。 「手前、どうしても俺を殺すっての?」 「・・・・・・」 少女は、黙って頷いた。 「だったらよ・・・・・・」 成海は再び、少女に向けて人差し指を突出した。 「手前にこんな事させてる奴、ここに連れて来い」 「・・・・・・え?」 少女は驚いたのか、ぽかんと口を開いた。 「手前は他人をぶっ殺す時に泣いてやがる。それは、本当は殺しなんかやりたくねえ、って証拠。だったら、無理矢理やらされてるに決まってる。だったら俺がそいつを殴って、殺しを止めさせてやるって言ってんの」 少女は暫く唖然とした様子だったが、やがてきっ、と成海を睨み付けた。 「何を言ってるの? これは、私が自分で勝手にやって来た事。誰かにやらされてなんかない、私がやりたいと思ってやってる事!!」 始めは落ち着いた口調だったが、最後には彼女は激昂していた。 「誰かにやらされてるなら、とっくに自分で止めてるに決まってる・・・・・・止めたくても止められないの!!」 「だったら!!」 成海も、彼女を押す程の勢いで叫んだ。 「俺が止めさせてやる!! 俺が止めてやる!!」 「出来る訳ない!!」 「出来る!! やってやる!! やってみせる!!」 一瞬の、静寂があった。 「・・・・・・何で?」 彼女がぽつりと漏らした。 「何で、見ず知らずの私の為にそこまで言ってくれるの?」 彼女のその問いに、成海は意外な反応を見せた。 「はぁ? 何言ってんの、手前」 彼は首を傾げて見せた。 「別に、手前の為に言ってんじゃねーよ。これは、俺自身の為だ」 成海は、自分の喉元に手を当てた。 「気に入らねー事をそのままにしとくと、ここになんか詰まるような気がして嫌なんだよ。嫌で嫌でたまらないんだよ。これは俺の為にやってんだ。だから、お前が気に病む必要はねーよ」 喉元を擦りながら、成海は言った。 「で、でも」 彼女は尚も食い下がる。 「私は、人殺し・・・・・・」 「だったら何だよ」 成海は、それを一言で切り捨てた。 「お前は誰も殺したくないって、思ってる。だったら、それが出来るようになるのが、死んだ奴に対して、やってやれる事なんじゃね? つーか、やらなきゃならない事じゃね? 責任持ってちゃんとさ」 その時、彼女は泣いていた。 彼の事を優しい人だ、と思った。 「ねえ」 「ん?」 「これから、一緒にいてくれる?」 「お前がそうして欲しいなら」 「私、人を・・・・・・」 「そんなの、俺は気にしない」 成海は、にかっと笑って見せた。 「だから、右手の鎌は置いてくれよ、メリーさん」