Some Day on Merry Xmas
†
その頃の僕は、これからもずっと君と一緒だと思っていた。
その幸せに、僕は何の疑いもなかったんだ。
0
「メリークリスマス!」
去年の十二月二十四日。夜の十時までのバイトから帰った僕は、
閉店ギリギリで買ったクリスマスプレゼントを抱えて自宅の扉を開けた。
白と黒のゴシックロリータを纏った金髪の女の子が、どこか楽しげに居
間から狭いマンションの玄関まで駆け寄ってきて僕を出迎える。そんな
嬉しそうな顔を見ると、なんだかこっちまで嬉しくなる。
「めりー、くりすます?」
その子は僕の言ったことがよくわからないらしく、呟いた。
「そう。メリークリスマス。正確にはあと約一時間後。」
「一時間後…なにかあるの?」
「一時間後は明日だよ。明日は十二月の二十五日。キリストの降誕祭、
一年でいちばん楽しい日」
「わぁー、一年でいちばん楽しい日は、明日のメリークリスマスなんだねっ♪」
歳相応の笑顔で言う。恐らく降誕祭の意味は分っていないだろうけど、
そんなことは彼女にはどうでも良いみたいだ。ただ僕が『明日は一年で
いちばん楽しい日』と言ったのが、彼女の機嫌をさらに良くした。
「そうだよ。君の名前とおんなじ、『メリー』クリスマス」
「え?メリーの日?」
「んー、ちょっと違うか…いや、ぜんぜんちがうなぁ」
Ⅰ
その女の子は、そのクリスマスの一ヶ月ほど前に突如僕の前に現れた。
「わたし、メリーさん。今あなたの住んでる町の駅にいるの」
「わたし、メリーさん。今あなたの住んでるマンションの前にいるの」
そんな意味不明な電話が携帯に数回かかってきたのだけれど、はじめ
僕はその二回までを受け取った時点で、悪戯だと思って携帯をマナー
モードにして鞄にしまった。その次の日、そんなことがあったのも忘れて鞄に
入れっぱなしだった携帯を開くと、留守電が何件もあって驚いたのを憶えている。
その留守電の内容は、こうだ。
「わたし、メリーさん。今あなたの部屋の前にいるの」
「わたし、メリーさん。今あなたのうしろにいるの」
「わたし、メリーさん。さっきからあなたのうしろにいるの」
「わたし、メリーさん。…あのぉ、あなたのうしろにいるん…だけど…」
「えーっと…わたし、メリーさんです。ちょっとくらいうしろみてよぉ」
「もしもし?メリーさんです。あの…、携帯鞄に入れっぱなしだよ…?
それと、どうして家電持ってないの…?」
「わっ!何でいきなり服脱いでるの!?」
「あ、お風呂だったの。入り口で待ってるから今度こそ後ろ見てね…」
「メリーです。後ろ見てって言ってるのに…。まだ気づいてくれないの…?」
「あれ?寝ちゃうの?ひどいよ…。しかもうつ伏せ…」
「…えぅ…ぐすん…。メ、メリーです。この録音聞いたらで良いので後ろ見てください」
すべて聞き終えたあともまだ、僕は後ろに『メリーさん』なるものがいるなんて
信じてなかった。ただ、なぜ僕がうつ伏せで寝ていたのを知っているか、
落ち着いて考えれば奇妙なことだが、そんなことには気づかずただ
「必死に振り向いてもらおうとしてるんだ。不憫な女の子だなぁ」とか思った。
もちろん作り話への感想としてだ。最後の留守電から、僕が寝てしまった後
暗い部屋にひとりですすり泣きしている女の子が想像された。だが。
まさか本当にすぐ後ろにいるとは思ってなかった。いたのだ。その子が。
朝、大学へ出かける前に、部屋の中でなんとなく視線を感じて後ろを見た。
これはきっと留守電のせいで僕の深層心理に変な感覚が生じたために違いない。
だって、視線などあるはずもなかったのだ。確かにその子はいたけれど、
床に座って寝ていたからだ。
「うわ!!!」
どうして気づかなかったのか。死角とかそういう状況じゃない。しかも女の子が
着ていたのは、たまに新宿などで見るゴシックロリータの目立つ服だ。後からただ
なんとなく思えば、その子は僕が『振り向く』まで見えないものなのかもしれない。
当然その時の僕はそんな冷静な分析などできるはずもなく、突如現れた女の子
に驚くだけだった。
(な、なな何なんだ一体!?幻覚か!?それとも昨日僕がさらってきたって言うのか!?
いずれにしろヤバイよマジヤバイどれくらいヤバイかっていうとマジヤバイ!!!)
一気に混乱して(むしろ錯乱だ)まだ閉まっているマンションのドアまであとずさろうとした。
だが途中玄関の段差を踏み外し、ドアに思いっきり頭をぶつけた。
「いってぇぇ―――――――!!!!」
その時はよくもまぁひとりで叫びまくったなと思う。とにかくそこで混乱は落ち着いた。
「この子がメリーさん…なのか…?」
僕が大声を出したせいで起こしてしまったようだ。僕が呆然と見ていると、眠そうに目を
こすって上目遣いでこちらを眺めてくる。その瞳は、いつか写真で見たアルビノの赤い
虹彩と酷似していた。ただ違っていたのは、眠気で焦点が力無くふらふらしていたことぐらいか。
「…んー…。…あ、やっと見てくれた…。…んにゃー…」
うとうと
「…んー…」
沈没。
「おい」
また座ったままで寝てしまった。何かを成し遂げたときの幸福そうな顔は、
すぐに下を向いて金の髪に隠れた。
さて、どうしたものか。勝手に再び眠ってしまったメリーさんと名乗る女の子を
ベッドに寝かせてから考える。
① 女の子はどこから来たのかすらわからない。
② しかも見るからに普通の女の子ではない。一体何者なのか。
③ そもそも何故ここにいるのか。
どれもわかりそうになかったので、一切を放棄して大学に向かうことにした。
そう。これは幻覚だ。何かの間違いだ。ありえない。現実的に大学へ行くのが
最良の選択だ。そのときの僕はやはりまだどこか混乱している部分があって、
警察に届けるとかは思いつかなかった。気づけば僕は逃げるように家を後にしていた。
Ⅱ
「あー、はいはいわろすわろす。」
「ふざけんな真面目に聞け」
大学にて。僕はもともと友達は少ない方だったので、本当に自分を理解してくれる
友達を何人か持つだけだった。これは今も変わらない。これからもそうだろう。とにかく、
そいつはそんな『自分を理解してくれる』やつだ。のはずなんだけど.…。
「だからいきなり現れたんだって。そりゃ信じられないかもしれないけどさ…。
作り話じゃないんだって何回もいってるだろ?」
「ははは。作り話も何もそれ『メリーさん電話』だろ?都市伝説の」
「都市伝説って何だよ?今朝の話だよ!」
「おいおい、ゲーム好きが転じてついに現実と見境なくなって幻覚でも見たん
じゃねーの!?
と言ってもらいたかったと邪推するぜ」
「そんな意味わかんないマゾヒズム持ってないよ!
…あれ今何つった?」
「『ゲーム好きが転じてついに現実と見境なくなって幻覚でも見たんじゃね―の
(棒読み)』だが?(藁)」
「いやその前だって」
「なんだ?『メリーさん電話』か?」
「いやメリーさんが電話くれたのはそうなんだが(友人「プッ」)、なんか別の事
言ってなかったか?」
「は?都市伝説?」
「それそれ。詳細キボンヌ」
その後友人から聞いた話は留守電の前半とほぼ同じだったが、電話は留守電
じゃなかったし、情けなく泣いたりしてはいなかった。もっと、恐怖の存在のように聞こえる。
そのあと友人に留守電を聞かせたが、「ネタもここまでやると神だな」とか言って
相手にされなかった。だから僕は質問を変えることにした。
「じゃあさ、お前ンとこにこんなメリーさんが来たらどうする?」
「さぁ…。○○(僕の名前だ)はメリーさんと末永く仲良く暮らしましたとさ」
「僕かよ!!」
「マジレスすると、やっぱ警察に通報だね。これ最強」
「あ…、そうか。警察な。どうして気づかなかったんだろう。
わりぃ。今は帰るわ。出席で僕呼ばれたら代わりに返事しといて」
そういって足早に大学を抜け出した。目的は、メリーさんについて警察に連絡
するためだ。警察なら本人を見れば納得するだろう。まず、帰宅してあの子を
連れていかないと。
そのとき僕は友人が語ってくれた都市伝説をもう一度思い出して、その話が
後ろに立たれた後どうなるのかが不明のまま終わっていることが妙にもやもやした。
それともう一つ、「メリーさんと末永く仲良く暮らしたとさ」と彼が言ったとき、
僕は確かに「そうなるのも良いかもしれない」と思ってしまったのだ。
Ⅲ
僕は大学から帰って、家の前にいた。ドアに力を入れて、開ける。部屋に入ると、
女の子はまだベッドで眠っていて布団から出たような形跡もなかった。
もしかしたら夜の間ずっと泣いていたのかもしれない。そのせいでこんな
昼まで寝ているんだろう。
彼女の寝顔を見る。多分に幼さを含んで愛らしいながらも、どこか端正な顔。
日本人には無い、いやもしかしたらこの世のどんな人よりも、白く美しい肌。
閉じた瞳にかかる長い金の睫は、その金髪が染められたものでないことを
示している。しかし、朝に見たその瞳の虹彩は薔薇のような赤。それは彼女が
人外のものであることを示すのか。
その可愛らしい寝顔に暫く見とれたが、本来の使命は忘れていない。現実的に
考えれば、ただのアルビノの女の子が僕の家に迷い込んだだけなのだ。
アルビノが珍しいということは置いておいた。可愛そうだが、起こさなければ。
きっと親も心配しているだろう。
「おーい、ちょっと。悪いけど、起きてくれないかな…?」
起きる気配0。肩をゆすってみる。駄目だ。仕方ないので起きるまでゆっくりして
いることにした。それから大体三十分ぐらいして、
「…んー。……あれ?ここどこ?」
目が覚めたようだ。大して時間がかからなくてよかった。例の赤い瞳がこちらを
見ている。
「やぁ。起きたかい?」
「え…?おにーさん…誰?」
「ここに住んでる人。君は迷子になっちゃったんだろ?近くに交番があるから、
それで君のお母さんに会えると思うよ。それとも自分で帰れるかな?」
「…電話」
「あ、そうか。自分の家に連絡するかい?」
「そうじゃないの…。電話、聞いてくれた?」
言われて、はっとした。昨日の夜、ずっと背後に付きまとわれていたことを
再確認させられたのだ。
「…あぁ、聞いたよ。でも君は何で僕の番号知っt…」
「じゃあ、『振り向いて』くれたんだ!」
「えーと、話がよくわからn…」
「ねぇ!メリーここに住んでもいい!?」
「何でも良いけどまず親に連絡…え?…あれ今何つった?(本日二回目)」
「だから、これからメリーもここに住むからね!」
なんなんだ。理解の限界を超えている。ここに、住む?僕の家にか!?
なんかもう本人の中では決定事項っぽい。とても楽しそうだ。
「いや君は親とか連らk…」
「ねぇ!ここにすんでるのっておにーさんひとりなのー?すごいね!夢の
独り暮らしだよ!」
いや君のせいで勝手に二人暮しにされそうだ。ってか許可してないんだけど。
それから僕は、その子『メリーさん』を何度も説得しようと試みた。だが彼女は
全然聞いてくれないどころか、もうこれからの自分の生活に興味がいってし
まっていた。ただ、親のこと、住んでるところのこと、交番へ行ってみることなどを
話そうとすると、僕の発言を無理やりさえぎって話題を変えた。
きっと何か事情があるに違いない。その時の僕は仕方なく、その子を僕の家に
居候させることにしたのだ。
Ⅳ
僕はメリーさんとの二人暮しを始めた。小さい女の子っていうのは、とても世話を
焼かせるものだ。日常生活も、僕が殆ど家に居ないせいですぐに飽きてしまった。
「うわ!大学までついてきちゃ駄目じゃないか!?いやむしろ何で気が付か
なかったんだ僕って奴は!?」
「○○(僕の名m(ry)だけ毎日出かけててずるいよ!たまには連れていってよぉー!」
「じゃあ、絵本なんてどうかな?今日帰りに買ってくるよ」
「うん。じゃぁそれまではおとなしくするー」
「え!?ここに行きたいって?これ東京×××××ランドとか言ってるけど実は
千葉にあるんだよ!?遠いよ!(そこまで大差は無い)」
「だってひとりじゃつまんないんだもん!ね!いっしょにいこうよ!」
…まぁそんな感じで一ヶ月が過ぎた。なんだかんだいって結構楽しかった。ベッドが
一つしかなくて自分が床で寝てたら、「布団…ないの?となり入っていいよ」といって
くれたりした。その居候少女を友人らに紹介したときは、幼女誘拐でゴスロリ着せてる
危ない奴!と、本気で通報されそうになったが。
彼女の家とかは結局わからないままで教えてくれなかったが、彼女自身については
よくわかった。家ではちょっとわがままだけど外に出ると少しおしとやかになることとか、
人形やぬいぐるみのたぐいがすごく好きだって事とか。
何週間かすると、もう僕の生活にメリーさんがいるのは当たり前になっていた。家帰って、
メリーさんが駆け寄ってきて、僕の鞄を受け取ってくれた。家に帰って一番初めに見るのは、
一緒に出かけたとき以外いつもその子の笑顔だった。
そして、クリスマス前夜になった。
「メリークリスマス!」
「めりー、くりすます?」
「そう。メリークリスマス。正確にはあと約一時間後」
「一時間後…なにかあるの?」
「一時間後は明日だよ。明日は十二月の二十五日。キリストの降誕祭、
一年でいちばん楽しい日」
「わぁー、一年でいちばん楽しい日は、明日のメリークリスマスなんだねっ♪」
「そうだよ。君の名前とおんなじ、『メリー』クリスマス」
「え?メリーの日?」
「んー、ちょっと違うか…いや、ぜんぜんちがうなぁ」
僕はクリスマスプレゼントとして、前大通りを歩いたときメリーさんが欲し
がっていた大きなテディベアのぬいぐるみを買ってきていた。
かなり大きかったので(1メートルはあるだろう)持って帰るのが大変だった。
「はいこれ。前は買ってあげられなかったけど、やっと買えたよ」
「わぁ―――!!すごーい!!何で急に買ってきてくれたの!?」
「いったろ?今日はクリスマスだって。クリスマスには、プレゼント交換もするんだよ」
「そうなんだー!ありがとっ!!
…でもメリー何もお返しできないよ…?」
いつもわがまま言うくせに、プレゼント『交換』だというと、メリーさんは
申し訳なさそうにそう答えた。まぁ、僕としてはもう十分にプレゼントは貰ったつもりだ。
「今君がここにいることが最高のプレゼントさ。」
…なんて思ったことは、とてもじゃないが口には出せなかった。かわりに、
「君が喜んでくれたら僕も嬉しいよ。それだけで十分だって」
なんとか、それだけは言えた。
Ⅴ
一二月二五日。クリスマスになった。僕は大学はたまたま休みで、今日は
一日中メリーさんに付き合うことにした。なにしろ、『一年でいちばん楽しい日』
なんて言ってしまったのだから、それくらい当然だろう。僕も楽しい。
思いつく限りいろんなところに行って、したいことをした。
疲れてベンチに二人で座っている、二十五日夜九時。そんな夜でもまだ都市の
ネオンは煌々としていて、目の前の噴水が光を受けキラキラ輝いた。
「…肩もんであげよっか?」
「うん。頼むよ」
メリーさんの心遣いが嬉しかった。しかしメリーさんにそんな気力は当然残って
いない。後ろにまわってまもなく背中にへばりついてきた。
「そりゃそうだろーなぁ。仕方ないけど、もう帰ろっか?」
「…ぅん…」
「じゃ、いきますか」
座っていたベンチには背もたれがなかったので、その向こう側に居たメリーさんを
そのまま僕の背中に乗せた。そして駅に向かう。
耳元で、おぶられた彼女が僕に話し掛けてくる。
「…ねぇ…、○○(僕のn(ry)…)
「…何…」
「…こんなに楽しい日が…、…毎日、続くといいよね……」
「…そうだね…」
僕も、心からそう思っていた。だけどなぜかその言葉が、逆に僕を不安にさせた。
根拠のない、よくわからない不安が。
Ⅵ
家に着くと、メリーさんはベッドに倒れ込んで静かに寝息を立て始めた。背中で
眠ってしまってくれてもよかったのに。そう思ったが、これも彼女の気遣いなんだろう。
自分ひとりで寝てしまうなんて悪いと思ったのか。
僕も疲れていたので、シャワーを浴びたらすぐに寝てしまおうと思った。その時、
携帯から間が抜ける音楽が流れた。この音楽は、例の初めにメリーさんのことを
話してみた友人Aからだ。ちなみに僕をゅぅлぃ犯呼ばわりしたのも彼だ。
「もしもし?」
「よう。聖夜もよろしくやってんのかいw」
「なんだよそれ。で、何の用?」
「ち。せっかく人がナイスなクリスマスプレゼントを用意したってのに、
あげんのやめちゃおっかなー」
「あー、まって。僕が悪かったから。よくわかんないけど」
「それでよろしい。じゃ、今から1chつけろ」
ニュース番組でやっていたのは、イギリス王族の分家貴族の訃報についてだった。
不審火による火事らしい。しかしそれは去年のクリスマスに起こったことで、これは
続報だった。なんでも、火事の唯一の生存者だった少女がいて、長期にわたって
意識不明だったんだそうだ。その意識不明期間がちょうど一年になるとか。
「みたか?」
「みますたが?」
「写真は?」
「そんなの出てきてなかったよ。少ししか見れなかった。もっと早く言ってよ」
「まぁそう慌てるな。つぎに、パソコンのメールをチェックしろ。あらかじめニュース
サイトのアドレスを送っておいた」
その時は友人何故そんな遠い国のニュースにこだわったのか分らなかったが、
サイトを見てはっきりした。それは一年前のニュースの記録だった。そこに写った
唯一の生存者の写真…
「…これは……!!!!!!」
「な?そっくりだろ?」
そこに写っているのは、紛れもなくすぐ隣にいる女の子だ。
「……どう…して?」
「生霊、ってやつかもな。お前の家にメリーさんがいる以上は、ふつーに
考えれば他人の空似だろうが。ただ、令嬢のこの子は赤い瞳じゃない。」
「……瞳の色なんか重要じゃない。生霊だから赤いのかもしれないし……でも…
本当にこの子が、メリーさんなのか?」
「名前はそう書いてあるな。それと、この子は大のテディベアファンだとか…
お前がクリスマスに買ってやるって言ってたアレ、確か――――」
なんと言っていいか分らなかった。ただ、この事を知ってしまったのが今の
生活に大きな変化をもたらすだろう事は、いくら鈍感な僕にでも、なんとなく感じられた。
「…こんなに楽しい日が…、…毎日、続くといいよね……」
その言葉が、重く圧し掛かった。
Ⅶ
「ん…ともだちと電話してたの…?」
「う、うん」
半分眠りから覚めたメリーさんが尋ねてくる。僕はぎこちなく返事をするだけだった。
それより、聞かなくては。彼女が何者であるかを。それを知るのは恐ろしかった。
だが、聞かないままでいることは、そのときの僕にはできなかった。
「それよりもさ、このサイト、みて」
先ほどのニュースサイトのログをみせる。ディスプレイを見ているメリーさんの
表情が、かつてないほど強張っていた。
「これって、君の…事…なのか…?」
「……」
「ねぇ、どう…なの…?」
「…ゃ…て…」
「え?」
「…ゃめてょ…ゃだ…聞きたくなぃょ……」
「……メリーさn」
「やだ!やだよ!!ききたくないよ!!
メリーじゃない!!メリーのことじゃないよ!!」
そう叫ぶと彼女は勢いよく部屋を飛び出していった。僕は追いかけたが、
メリーさんは外へは行かず、トイレに鍵をかけて閉じこもってしまった。
「待って!わかった、いいよ!もう訊かないから!鍵、開けてよ!」
「でも!!だめなの!!もうだめだよ!!」
「そんなことない!何もだめじゃないだろ!!」
僕はメリーさんがなにについてだめと言ってるのか分らなかったけど、
その時はそんな否定的な言葉を聞くのは嫌だった。だから、
精一杯否定したんだ。でも、
「もうだめだよぉ!全部思い出しちゃったよ!!!」
「…な、なにを…」
「……もぅ、ここにはいられないよぉ…。
…うぅ…ふぇ……え…」
泣いているのか?
どうして、ここにはいられないなんて言うんだ?
しかし、それを言ってしまうと、すべてが『終わって』しまう気がして、
これ以上メリーさんに話し掛けることはできなかった。
結局その後何も言えないままその夜は過ぎていた。トイレと脱衣所の
ドア一枚を境にして、一晩中幼い女の子が泣くのが聞こえた。
鳥がさえずるのが聞こえて、気がついた。
その後僕はいつのまにか寝てしまったらしく、いつのまにかドアは
開いていて、そして、
彼女はいなくなった。
Ⅷ
それが、僕がメリーさんと一緒にいた頃の記憶で最後のものだ。
クリスマスまではずっと、その頃二人でいることへの疑問が薄れ
ていた。だげど、「…こんなに楽しい日が…、…毎日、続くといいよね……」と、
そう彼女が言ったとき、すでに気づいてしまったんだと思う。
今日はそれから一年が過ぎた二十五日だ。今はもう彼女がいなかった頃と
まったく変わらない生活をしている。実際あの子と一緒にいた時間は
たった一ヵ月だったのだ。いなくなったからといって、急激に生活するうえで
支障をきたすことはなかった。…僕の精神面を除いては。家に帰るとたまに、
メリーさんが出迎えてくれていた風景をフラッシュバックすることが今でもある。
近くを大きなぬいぐるみを抱えた女の子(当然メリーさんではない)が、
親らしき人と楽しそうに歩いて、僕の脇を通り過ぎた。一年前二人で
歩いた道に来ていた僕は、長い回想から現実へ戻った。今年もいつかと
同じようにネオンが明るくて、その噴水の前のベンチで休む。
思うところがあって、携帯を取り出してみる。すると、メールがきていた。
某友人からだ。王家令嬢の続報についてだった。その子は、メリーさんが
いなくなった数日後に奇跡的に意識を取り戻していたと聞いていたが、
今度は行方不明なのだそうだ。こころに重大な疾患があるのではないかと
指摘されているとか。
ここで、携帯を出したとき調べようとした事を思い出した。項目は、留守電だ。
過去の留守電のデータを消した憶えはなかった。
―――嘘みたいだ。まだ残っていた。…彼女のメッセージが。初めて
彼女が現れたときのメッセージが。
急いで再生を選択する。
「…えぅ…ぐすん…。メ、メリーです。この録音聞いたらで良いので
後ろ見てください」
スピーカーからは、一三ヶ月まえに聞いたのと同じ言葉が流れた。
その言葉を聞いて、やっと僕は悟った。
僕は、本気で彼女が好きだった。
ミステリアスな容姿に惹かれたのではない。
…いや、全く無いというと少し嘘になるかもしれないが。
それよりも僕は、メリーさんといられて本当に楽しかったんだ。
彼女といた一ヶ月は、僕の人生の中でもっとも価値があった。
歳の差なんて関係なかった。
メリーさんが何者であるか、なんて本当はどうでもよかった。
都市伝説だろうが、王家の令嬢だろうが、なんでもよかった。
ただ彼女と一緒にいることが、この上なく素晴らしかった。
僕は、その想いを彼女に伝えたくなった。とはいっても彼女への
連絡手段なんかない。
……いや、あった。留守電のリダイアルだ。
『メリーさんへ電話をかけてはいけない。』
そんな都市伝説の制約が僕を止めることなど、出来はしない。
迷わずに、リダイヤルを押す。
Ⅸ
「この番号は、現在使われておりません。番号をお確かめの上…」
僕は正直落胆した。だが、もう他に思い当たる節がなかった。
携帯からは依然として無味乾燥としたアナウンスが流れている。
僕はアナウンスを無視して、さっき気づいた想いを、
心の底ではずっと言いたかっただろうことを言った。
「メリーさん。……いや、メリー。
きこえるかい?○○(僕n(ry)だよ。今、二人で来たツリーの見える
噴水の前にいるんだ。)
僕はメリーさんの真似をして、自分の場所を告げてみた。
耳に聞こえるのはアナウンスの声だったが、そんな事はどうでもいい。
「ねぇ、メリー。僕は…
君が、…好きだ。
僕は気づいたんだ。君が何者だろうが、この気持ちは変わら
ないって事に。」
こんなのは自己満足だ。でも、気づけば言い終えた後だった。
自分の奇行に苦笑しながら、アナウンスとの通話を切って携帯を仕舞おうとする。
――――突然電話がかかってきた。
番号はいまリダイヤルした、使えないはずのもの。
「…これって…」
しばらく動けなかった。数コール後、やっと通話のキーを押すことが出来た。
「もしもし?きみは…?」
「わたし?」
――――ベンチに座る僕の背中に、なにかが抱きついてくる。
やわらかくて、暖かい。ふしぎな幸福感に包まれる。
「わたしは、メリーさん。
今、あなたのうしろにいるよ。」
Fin.
Postscript(あとがき)(注)ネタバレと思われる箇所があります。
作者の○○(まだ決めてない)です。
『Some Day on Merry Xmas』お楽しみいただけたでしょうか?
メリーさんの物語そのものについていうのは、もはや蛇足なので特に
言うことはないでしょう。よって、この場は「今回の」ストーリーについて、
ちょっと触れておきたいと思います。
この度これを書き下ろすきっかけとなったのはB'zの
『いつかのメリークリスマス』を聞いた瞬間のインスピです。なんかもう
聞き終えたとたん布団から飛び出して(夜寝ながら聴いていました)、
パソコンつけてこれを書くに至りました。狂ってますね。承知しております。
モチーフは『楽しい日常というのは、いつのまにか儚く消えうせるかも
しれない』というのを出したかったんですが…あまり出てませんね。
もうひとつB'zで『Calling』の歌詞も微妙にパクった感じになってます。
ネタに昔の歌の歌詞とかを練りこむ手法って、憧れません?
ませんですかそうですか…。パクリはきっとよくないですね。
でもこの曲聴かなかったらこの『Some Day…』は出来ていなかったわけで、
ってなんだこのパラドックス…。
もうひとつ、『メリーさんの本質は読み解く本人にゆだねられ、容姿、
性格などは統一しえないものである』って言う定理って言うかそんな
感じのモチーフを入れたかったんですよ。『ツンデレ』かどうかについて
いろいろ議論があるようですが、メリーさん(といいますか、すべての
創作系のキャラクター)というものは、理解度に幅があるから愛されるという
のもあるでしょう。桜庭一樹先生の『推定少女』とか、何かを読者に委ねる
のは長年の目指す目標ですね。
本当は、○○くんとメリーさんの一ヶ月間とか、いろいろ書きたいことは
あったんですが、時間の都合で無理でした。いつかリメイク…できたらいいなぁ(願望)
えーと、思い入れが深いせいか、あとがきが異様に長くなってしまったので
この辺で失礼いたします。。。
拍手っぽいもの(感想やら)
- 自分で考えたの♪? -- 憐たん (2009-01-09 20:30:55)