かくて運命は交差する

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「ええい、もっと速度を上げるでござるライダー!」 「やかましいぞ芋侍! 貴様は黙って俺様を守っていればいいのだ!」 「いかんいかんいかん、距離が縮んどるがや! もっと早う逃げてちょうせ!」 「だまっとれいアーチャー! そもそもワシの戦車は高速戦闘を前提に造られておらんのだぞ!」 ぎゃあぎゃあと喚く声と、森林を薙ぎ倒す音が響き渡る。 “黒”のライダー、ラメセス二世の太陽戦車に“黒”のランサー、本田忠勝が同乗し、自慢の名槍で弾幕の雨を弾いている。 弾幕の主は、“赤”のライダーであるムワタリ二世と、“赤”のアーチャーである徳川家康。彼らの戦車と大砲が、途絶えぬ大火力を実現していた。 逃げながら弾幕を張り、近寄らせない“赤”の戦車。 その弾幕を弾き、肉薄せんと追う“黒”の戦車。 聖杯大戦だからこそ実現した『騎兵(ライダー)』同士の騎馬戦が、森林にて展開されている。 「大体アーチャー、貴様は常に落ち着き払っているのが唯一の美徳だろう! 何をそんなにビビっておるのだ!」 「馬鹿いったらいかんに! あの鎧武者こそ戦国最強、本田平八郎忠勝! 蜻蛉切の射程内に入ってもうたら勝てやせん!」 どえりゃあおそぎゃあよ、と喚く“赤”のアーチャー。どうも聖杯は方言は直してくれなかったようである。 ムワタリからしてみればそんな槍兵よりも、御者であるライダー、ラメセス二世の方が億倍恐ろしいのだが。 ――――そう、ラメセス……ラメセス二世である。 紅蓮の炎を纏い、こちらの弾幕に対抗してくる戦車『日輪抱く黄金の翼神(ラー・ホルアクティ)』の御者、太陽王ラメセスである。 生前ムワタリとラメセスは、ヒッタイトとエジプトの王として争った。 その時、ムワタリは本気で戦慄したのだ。 王でありながら前線に立つ、というのはいい。自分もその程度やっている。 だが、窮地に陥ってなお戦神の如く戦い続ける気迫こそが、ムワタリを恐れさせた。 その様、赫々と輝く太陽の如く。 近付けば問答無用で燃やし尽くしてしまいそうなほどの、凶悪な輝きをそこに感じたのである。 「まったく、何が悲しくて二度もあのバケモノと戦わねばならんのだ!」 「そりゃ某の台詞だがや! あんな阿修羅のような兵と戦いたくあらすか!」 嘆き、騒ぎつつも二人は弾幕を張る。 鉄器の矢が雨あられと降り注ぎ、家康の芝辻砲が火を噴いて轟音をとどろかせる。 それだけで並の英霊であれば百か二百は死ぬような、理不尽なまでの弾幕だ。 「ライダー、また家康公の砲弾でござる!」 「わかっておるわ! それとも貴様、俺様のドライビングテクニックが信用ならんとでも言う気か!?」 しかしなるほど、確かに“黒”のライダーとランサーは恐ろしいほどの実力者。 鉄の矢を全て見切り、6mは超えようかという名槍で全て叩き落とす本田忠勝。 巧みな戦車さばきで砲弾を交わし、戦車の放つ炎で鉄の矢を空中で溶かすラメセス二世。 口では喧しく罵りあっているが、戦闘者としての息はピッタリ合っていた。 追う太陽、追われる嵐。 彼らが真の姿を解放するのは、天変地異の再現に等しい。 だが超常の戦車と言えど、互いに格はほぼ同等。攻め手逃げ手には一押し欠ける。 日本一の武力を誇る兵と、日本一の老獪を誇る兵は、その一押しを埋めることはできるのか―――― ◆ 「強くなったな、真の勇士よ!」 「お褒めに預かり恐悦至極! しからば、今こそ貴方を超える時!」 「よく言った! だが、私もそう簡単に勝ちを譲る訳にはいかんぞ!」 「そうでなくてはなりません。加減した貴方に勝っても、なんの自慢にもなりはしないのですから!」 「「おおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」 豪雨降りしきる嵐の中、二人の勇士が鉄拳を唸らせていた。 かたや“黒”のセイバー、ベーオウルフ。無数の怪物をたった一人で打倒し続けた、孤高の闘王。 かたや“赤”のシールダー、ウィーグラフ。孤高の闘王の最後の戦いに唯一付き従い、共に火竜と戦った闘王の後継者。 共に名剣を持つものの、両の腕(かいな)を振るう方が強いという、なんとも奇妙な英雄である。 生前は主と忠臣という関係にあった二人は今、満ち足りた表情で殴り合っていた。 「っしゃあ!」 ウィーグラフの鉄拳が唸る。 右腕に嵌めた鉄の籠手による、文字通りの鉄拳。 本来は衝撃に反応して竜の火を撒き散らす必殺の拳は、しかし火を噴くことは無い。 現在巻き起こっている嵐こそは、“黒”のキャスターである鉄扇公主の宝具に由来する物なのだ。 一度仰げば爆炎を鎮め、二度仰げば灼熱を弱め、三度仰げば業火を否定する、対火炎宝具『芭蕉扇(バー・ジャオ・シャン)』――――だが、それがどうした? 確かに切り札である『残火の右腕(フィール・ドラカ)』は封じられた。 だが、その程度で勝負を諦めるほど、ウィーグラフは軟弱な戦士ではない――――! 「打ちこみが甘いぞウィーグラフ! 貴公の全力はその程度なのか!?」 ベーオウルフの鉄拳が唸る。 火竜をも打倒した、剛腕無双なる屠龍の鉄拳。 あらゆる防壁を破壊する必殺の拳は、ウィーグラフの鎧を容赦なく砕いて見せる。 ウィーグラフが左手に構えた大盾は、その頑健さ故に破壊を免れているが……これが破壊されるのも、時間の問題と言えよう。 たとえ火竜のブレスを凌いだ堅牢な盾と言えど、王の拳の前では少し頑丈な障害物という程度の存在でしかないのである。 状況で見れば、ウィーグラフが圧倒的に不利。 英雄としての地力でも、能力の相性でも、戦闘の環境すらも、全てがベーオウルフに軍配を挙げている。 それでもなお、二人は子供のように無邪気に笑って殴り合う。 かつてその背を追い続けた、かつてその背で導いた。 その相手と、死力を尽くして果たしあう。 勇士にとってこれほど嬉しく、誉れ高いことは有りはしない。 「王ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」 「ウィィィィィィィグラフゥゥゥゥゥゥ!!!」 ――――鉄拳の勇士達は今この瞬間、誰よりも満ち足りていた。 ◆ 「――――なぁ、勘弁してくれよおふくろ」 雨が降る。 雨が降る中で、少年が棒を手に持って佇んでいる。 その視線の先にいるのは、天女の羽衣を纏う妙齢の美女だ。 されど、その美貌は負傷によっていささか減じてしまっている。 傷つき、血を流し、泥まみれになった女性―――“黒”のキャスター、鉄扇公主は絶体絶命の窮地に立たされていた。 「俺だって嫌なンだよ。おふくろと戦うってのはよ」 その理由は至極単純だ。 誰よりも愛おしくてしょうがない最愛の息子紅孩児が、“赤”のランサーとして立ちはだかっているのだから。 なんという運命の悪戯だろうか。 どうして母親が、息子に剣を向けることができよう。 せめてもの抵抗として『芭蕉扇(バー・ジャオ・シャン)』を三度仰ぎこそしたものの、紅孩児の三昧真火は通常の火炎魔術とは原理が違う。 それは炎属性の魔術などではなく、“焼却”という概念そのものを放出する秘術なのだ。 故に、『芭蕉扇(バー・ジャオ・シャン)』では打ち消せない。火尖槍の炎刃こそ消失させたものの、その無力化には至らない。 「だからよぉ、おふくろ。せめて戦士として、俺と立ち会ってくれよ。じゃなきゃ俺だって――――」 「―――――――――――――嫌です」 ぐっと足に力を込め、弱った体に鞭打って立ち上がる。 「そんなの、できるわけないじゃありませんか。ねぇ紅ちゃん――私の息子、私の宝。どうして自分の宝物を傷つけるなんてマネができるんです」 この状況にあっても、鉄扇公主は絶望しない。 息子を傷つけず、傷つけさせず、その上で勝利する。 できるできないではなく、してみせるという覚悟。それこそが鉄扇公主の、母としての強さであった。 「さぁ! 私は母として貴方の前に立ちはだかるとします。遠慮せず、存分にかかってらっしゃい!」 「―――ったく、あははははは!! さすがおふくろ、そうこなくっちゃなぁ!!」 母は毅然と立ち、子は赤子のように笑い転げる。 本当に心の底から嬉しそうに笑う我が子の姿は、母の顔を綻ばせた。 たとえそれが、二人の殺し合いを意味する笑いであっても……子の幸福を、親は祝福せずにはいられない。 「―――――よっしゃあ。行くぜおふくろ」 「ええ、来なさい。母は強し、という言葉を直接教えてあげますわ」 紅孩児は刃無き槍を構え、三昧真火を躍らせる。 似ても似つかぬはずなのに、鉄扇公主は我が子の姿に夫の影を重ねあわせた。 ――――――――かくて、親子は殺し合う。 ◆ 「■■■■■■■ーーーッ!!」 「キルケェェェェェェェェェェェェェェッ!!!」 獣が二匹、吠えていた。 魔獣、野獣、猛獣。そういった類の、獰猛な獣である。 片方は、砕けた漆黒の鎧を身に纏っていた。 この世の何よりも美しい剣を持ち、しかし獣の狂気を隠しもしない。 “黒”のバーサーカーとして呼び出されたローランは、まさしく狂戦士であった。 もう片方は、美しい少女だ。ただし、上半身に限った話だが。 下半身は醜悪な獣と触手の集合体で構成されており、獲物を求めて瞳をギラつかせている。 そして普段は温厚な上半身の少女さえも、この時ばかりは憎悪の炎に身を焦がしていた。 “黒”のアサシン、スキュラにとって、今目の前にいる邪悪を滅すること以外はすっかりどうでもよくなっていた。 「おほほほほ! 魔獣の軍勢と二匹の野獣、まるで闘牛か獣の剣闘試合のようじゃない!」 「……本当に性格が悪いな、君は。正直私は腹痛を理由に帰還したいのだが」 高らかに笑い、数多の獣の群れを従えた魔女、“赤”のキャスター、キルケー。 端正な顔立ちを苦痛に歪め、複雑な心境を“黒”のバーサーカーに向ける騎士、“赤”のセイバー、オリヴィエ。 キルケーにとって、スキュラはもう“終わった”相手である。 生前は恋敵として地獄に叩き落としてやったが、それですっかり溜飲を下げることには成功していたのだ。 だから彼女は、スキュラのこともすっかり忘れていた。どうでもいいことは覚えていないし、覚えておく気も無いのである。 もちろん、スキュラからすればキルケーは憎いどころの騒ぎではない。 ただの少女であった自分を、怪物へと貶めた許しがたい敵である。 故にスキュラは、封印していたはずの怪物性を剥き出しにしている。 オリヴィエにとって、ローランは愛すべき友である。 そも、彼がこの戦いに参加しているのも彼のためなのだ。 聖杯によって、我が親愛なる友ローランを救う。そのためにこの騎士は聖杯戦争に参加した。 その救済対象が目の前にいて、しかも狂戦士として暴れ狂っているというのだから胃の一つや二つは痛くなろうものである。 ……実はローランの方もオリヴィエやその他パラディンへの償いのために戦っているのだが、理性を失った現在では関係の無い話だ。 戦うべきか、戦わざるべきか。いや戦うべきなのだが、どうしても気は進まない。 「■■■■■■■■■■ーーーーーーッ!!!!」 …………放っておけばキルケーの生み出した魔獣の軍勢を容易に蹴散らしてしまいそうなあたりが、余計にオリヴィエを悩ませた。 「ほら騎士様、貴方もサボタージュに専念してないで、前に出なさいな」 「……確かにその通りだ。“赤”のセイバー、前線にて死力を尽くそう」 それでもやはり、戦わない訳にはいかないのだ。 彼は『至高なる清煌(オートクレール)』を納刀して立っているだけでも魔獣の軍勢を強化できる。 できるのだが、フランク最強の英雄とギリシャを代表する怪物が相手では、魔獣の軍勢は少々役者不足なのだ。 「■■■■■ーーッ!!」 「キルケェェッ! 絶対に、絶対にお前だけはぁぁぁ!!」 「……………ああ、本当に、頭が痛い」 無銘の剣の抜刀と共に、愛する親友と被害者である少女を見やり、オリヴィエは静かに嘆息した。 ◆ 「――それで、マスター共々“赤”の陣営を裏切り、“黒”に与すると?」 「ええ、そうなります。……まぁ、あなたにそれを信じてもらうのは、至難の技でしょうけど」 そう言って、青年は苦笑した。 優男と表現するのに相応しい、温厚そうな青年である。 しかし、ただの青年ではない。こう見えて“赤”のバーサーカーとして聖杯大戦に参加した、仲始というれっきとした英霊なのだ。 バーサーカーと言いながらも理性を保っているのは、一重に彼が持つ真珠……最愛の妻の化身である、明媚の紅真珠を心の拠り所としているからである。 「ふん、当たり前じゃろ。敵の陣地深くに潜り込んで、全て奪い去っていくのが貴様の役割じゃろうが」 そしてその明媚の親に当たるアン・ズォン・ウォンが、“黒”のアーチャーとして現界しているのはなんの運命だろうか。 生前、彼のアウラク国は仲始の潜入工作によって無敵の城の秘密を暴かれ、滅びた。 一度裏切った人間をもう一度信用する人間は、まずいないだろう。当然アン・ズォン・ウォンは、仲始を警戒していた。 「返す言葉もございませんね……ですが、今回は本当に裏切ってきたんですよ。それしか手が無いものですから」 仲始、および彼のマスターの言い分はこうである。 今回の聖杯戦争はイレギュラー中のイレギュラー、七対七の聖杯大戦である。 少なくとも数の上では互角だが、弱小英雄である自分では生き残るのは難しいだろう。序盤で敗退するのがオチだ。 しかし二つの陣営の戦いに決着がつけば、後はたった一つの聖杯を使用する権利を求めて生き残りが潰し合う。 そして仲始という英霊は、陣営に分かれての団体戦よりも、バトルロイヤルの方がまだ勝ち残る目がある。 ならばいっそ“赤”を裏切り、“黒”につけばいい。 そうすれば戦いは八対六となり、数の上での有利が広がる。 数の有利と“赤”の陣営の情報。以上をそちらに対する利益として提供するので、我々を“黒”の陣営に迎え入れてほしい。 ……筋は、通っている。 確かに仲始は英霊としてはかなり弱い。生前義理とはいえ、息子として接していたアン・ズォン・ウォンはそれをよく理解している。 生き残るために自らの陣営を裏切るというのも、奴らしいといえば奴らしいだろう。 だからこいつを受け入れるのを渋っているのは単純に自分の好き嫌いの問題であって、強く反対することができないのだ。 「ちっ……面白くないわい」 「あはは、すみません」 ……それに、娘の化身である真珠を後生大事にしているというのが、アン・ズォン・ウォンの心にしこりを残していた。 大事な娘であった。 誰よりもその娘を愛していた自信があった。 しかし、娘はこの男に誑かされ、国を裏切った。だから殺した。 …………だが、この男も娘を愛していたのは事実なのだ。そして、娘もこの男を愛していた。 娘の死を知り、発狂したと伝承では語られる。だからこそのバーサーカーなのだろう。 自らの国を滅ぼした仇敵であると同時に、大事な娘の愛する男でもある。 警戒すればいいのか、迎え入れればいいのか。 アン・ズォン・ウォンは、すっかり混乱してしまっていた。 「……本当に、すみません――――」 だから彼は気付かない。 伝承が再現されていることに気付けない。 神亀の爪が再びすり替えられていることに、気づくことができないのだ―――― ◆ かくて、運命は再び交差する。 深き縁は、容易に失われることはない。 故に交差する。 かつて志を共にした者が。 かつて血を分けた者が。 かつて憎しみをぶつけ合った者が。 かつて主従であった者が。 運命の女神が糸を紡ぐように。 機械仕掛けの神が幸福を約束するように。 運命(それ)に意思があるように。 運命(それ)が悲劇と喜劇を求めるように。 当然の如く、彼らは再び相見える。 各陣営七騎、都合十四騎の英霊たちは、戦いの果てに何を見るか――――

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