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魔法殺し屋☆ピノッキオ番外編1」(2009/02/10 (火) 14:49:55) の最新版変更点

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「行こう……」 駅前の広場に設置されたベンチに座り、タバコを吸っていた青年が呟いた。 熱に浮かされたように楽しそうな雰囲気の中で、彼だけが冷たい雰囲気を纏っている。 「完璧にこなして七時か」 コートの袖と手袋の間、対衝撃に特化した多機能デジタル時計を見て呟く。 現在の時間は五時を間近に控えている。冬の夕暮れは短く、すぐさまあたりは闇に落ちるだろう。 辺りにはそれに伴って輝き出す派手なイルミネーション。徐々に数を増してくるのは若い男女のペア。 いわゆるカップル達はいつにも増して熱を放っている。何せ今日は…… 「クリスマス・イブ」 とある管理外世界の聖人が生まれた日の前夜祭、ミッドチルダでは商業が活気付いて恋人達がイチャイチャする日。 こちらに来てからその日がある事に驚いた青年 ピノッキオだったが、彼にはもう一つ問題があった。 「待ち合わせは七時半……厳しいな」 彼はこれから仕事をしなければ成らない。仕事とは人殺し、彼は殺し屋なのだ。 だが問題は聖なる夜に人殺しをする事ではない。そんなことで痛む道徳心など持ち合わせては居ないのだ。 問題は……仕事に後に女性とクリスマス・イブを満喫しなければ成らない事である。 彼女が居ない男性からすれば、一体何処に不満があるのだ?と思うだろうが、彼は…… 「女の子は苦手なんだ」 どうして女の子が苦手な奴がクリスマスにデートの約束が入っているのか? お誘いを貰った相手が全然知らない女性ならば当然断るだろう、何せ彼は女の子が苦手。 だが今回は相手が悪い。というか他の相手ならば一度たりとてデートになど持ち込めはしない。 つまりその女性 ギンガ・ナカジマはピノッキオにとって最大の理解者であり、最強の難敵でもある。 「はぁ……」 普通に戦うなら最強の敵だろう「モンタルチーノの女の子」と戦う事になろうとも、これほど落ち込みはしないとタメ息を一つ。 これから彼がこなすミッションには困難が多い。仕事を行うのに最適な時間は決まっている。コレばかり変更できない。 しかし同時にデートのお相手 ギンガが想定しているクリスマスデートのプランも変更は多く効かない。 まずはショッピング、次にディナー。最後は夜景のキレイなバーでゆっくりお酒を飲む。その上でピノッキオには宿題も課されている。 ギンガ曰く『デートのコースは私が決めるけど、クリスマスプレゼントは自分で選ぶこと!』……だそうだ。 最初から買っておいても良いし、デートの途中で選んでも良い。しかし彼女は女性が苦手で、女性の事など多くを理解しているはずも無い。 「女性の好みなんて解らないよ」 当然プレゼントは選んでおらず、それもこれからセレクトしなければらない。 正に「ミッション・インポッシブル」。ピノッキオの背中は仕事など気にならない程に疲れて見えた。 「ちょっと早く来すぎたかな?」 腕時計を確認する動作も既に数回を数え、順次記録を更新していく。 周りを歩くカップル達に負けないくらい、華やかな笑みをギンガ・ナカジマは浮かべていた。 これから彼女はクリスマス・イブのデートと洒落込む予定である。相手は父親の部下である……殺し屋。 ピノッキオと言う変わった名前の男は、ギンガの持つ価値観とは相容れない存在だ。 法を無視して人を容易く殺す人物など、正義感の塊にして悪を憎む地上本部の捜査官が許せることでは無い。 「けど……気になっちゃうんだから仕方が無い」 誰にでもなくギンガは呟く。 『恋に理屈は無い。必要なのは情熱だけだ』と彼女が愛読する恋愛小説も言っている。 自分にも他人にも無関心。なのに恩人には命を賭けて恩返しをする。 いつも自分の中だけで全てを納得させ、外には結果だけを残していく。不器用な優しさだと思うのは都合の良い解釈だろうか? だからこそ『恋の理由は無い』のである。気になる。世話を焼きたいし、一緒に居たい。 この感情が愛ならば、間違いなくギンガはピノッキオに恋をしているのだろう。 「クリスマス・イブなんて何とも思ってないんだろうけど……」 彼の出身世界にも存在したらしい聖なる夜。それを彼に告げた時の反応からして、特別な感情を持ってはいまい。 「それでもこんな日くらいは魔法が解けるべきだわ」 息をするように人を殺す冷たい樫の木の人形。 彼に掛かった魔法は聖なる日に力を失い、人間らしい心を見せてくれても良い夜。 だからこそ自分が考えられる最高のプランをギンガはセッティングしたのである 食べ物とワインにはそれなりの興味を示す彼のため、自分が考えうる最高のお店を予約。 もし……もしもだけど……その……一線を越えるような事態も想定し、ホテルも取ってある…… 「ニヘヘ♪」 妹も顔負けの嬉しそうな崩れた表情。幸せな夜に恋人を待つ女性ならば違和感はない。 だが…… 三十分経過 「まだかな?」 一時間経過 「遅い!」 二時間経過 「……」 三時間経過 「グスン」 魔法の時間、聖なる夜にも神は残酷である。 ギンガ・ナカジマは待ち続けていた。既に待ち合わせの時刻から長針は五週目を数え、もうすぐクリスマス・イブはクリスマスへと変わる。 夜を楽しむという時間は過ぎ、周りに人通りは既にまばら。気温はドンドン下がり、吐く息は常に白。 いかに防寒着を纏おうとも寒さは身と心を蝕んでいく。同じ気温だとしても、一人で待つと冷たさは二人の時を大きく凌ぐだろう。 「なにしてるの……」 ギンガの悴んだ手には携帯電話。既に何回もピノッキオの携帯に電話やメールを入れているが、返事は無い。 何か都合が悪くなったのだろうか? 彼の仕事を考えれば、その確立は高い。だが変事の一つ位有っても良いだろう。 そして返事が無いからこそ、『今日は行けない』という言葉が無いからこそ、ギンガはこの場所から離れられずに居た。 既にレストランでのディナーは間に合う時間では無いし、ショッピングを楽しむ筈の店はみな閉まっている。 それでも…… 「もしかしたら」 『来るかもしれない』 続く言葉は飲み込む。口に出したらそのギャップに涙が溢れてしまいそうだ。 ギンガはふと脇に置いた紙袋を手に取り、中身を取り出した。それは所々に歪みが見える手作りのマフラー。 黒に赤いワンスポットが入ったかなり長いソレは、その気になれば二人で巻くことも可能だろう。 それがギンガのピノッキオへのクリスマスプレゼント。今日はコレを巻く事も無いのだろうか? 「ちょうど良かった」 物思いに耽っていたギンガは後ろから掛かった声に我に返る。だがそれよりも早く伸びてきた手がマフラーを奪い取った。 『引ったくり!?』 座っている人間からマフラーを奪う犯罪をそう呼ぶのかは定かでは無いが、大事なものが奪われた事実は変わらない。 取り戻そうと立ち上がり、ギンガは対象が自分の隣 同じベンチに腰を下ろした事に驚愕に顔を歪める。 「寒いと思ってたんだ、助かったよ」 そこに居たのは自分が作ったマフラーを早速首に巻き、咥えたタバコにライターで火をつけようとしている青年。 「……ピーノ」 ギンガを五時間近く寒空の下に放置した張本人が平然とそこに居た。 様々な文句、罵詈雑言が口から飛び出す間際では気がつく。ピノッキオの顔にはガーゼが張られ、額には包帯が巻かれている。 よく見るとタバコを持つ手にも無数の絆創膏、顔色は寒空の下に居たよりも悪い。それは血を失った者の顔色。 「どうしたの?」 考えられる事態に今度はギンガが血の気を失う番。 「……あぁ、尾行は心配しなくて良い」 「そうじゃなくて!」 発するべき言葉を幾らでもギンガは持ち合わせていた。それでもその言葉達が発せられる事は無い。 ピノッキオがこれだけ負傷するという点で、どれだけ危険な行為が行われたのかは想像するに易い。 「追っ手を撒いたり、殺すのに時間が掛かった。携帯も壊されたから、電話も出来なくてさ」 吐き出すタバコの煙に何時もの勢いは無い。絆創膏に覆われた手はタバコを持ちつつも、僅かに震えている。 ギンガの中にあるピノッキオとはこう言った事態とは無縁の存在だった。 何時でも変わらない表情。人を殺しても、銃弾の嵐の中を駆け抜けようとも揺るがない。 だからこそ彼女が色々気を回しても、気がつかない朴念仁であり、女の子が苦手なんて言ってのける一種の変人。 「ゴメンね」 そんな人物がか弱い、消えてしまいそうな姿を見せる。デートの前に入れるような仕事で死に掛けた。 ピノッキオの言葉がギンガの脳内で木霊する。『人は簡単に死ぬ』のだと。 「寒くなかった? 帰ってくれて良かったのに」 「バカ!」 色んなモノが腹立たしく、ギンガは一喝。思わぬ怒声にビクリと震えたピノッキオの肩をギュっと抱き締めた。 状況を把握できずに目を白黒させている冷徹な殺し屋は、不意に意識が遠ざかるのを感じる。 「折角のクリスマスだもの……」 「なら……有意義に過ごせば……良かったのに。僕なんか待ってないで」 『暖かい』とピノッキオは感じた。血を失った体を包み込むのはコートやマフラーでは得る事が出来ない人の温もり。 「クリスマスだからこそ……貴方と一緒に居たかったのよ。買い物も出来なくて良い、ディナーが無くても良い。  ただ少しでも一緒に……」 死は簡単に大事な者を連れて行く。母 クイントの時にギンガは解っていたはずだった。 そして聖なる夜でも死は大事な人を動かし、連れて行こうとする。それが腹立たしい。 「わからないな……」 重くなる瞼を見つめながら、ピノッキオは抱き締められるがまま。 血を失った事、戦闘の緊張から開放され且つ、嫌いでもない人に抱かれている。 ボーとしているようで辺りを見渡す目を緩めない殺し屋でも緊張が解けると言うもの。 「ピーノ、どうしたの!?」 「眠いんだ」 意識を失いかけているピノッキオに声をかけたギンガだが、帰ってきたのは随分と平穏な答え。 「……もう!……あっ!!」 「?」 恋人を前にして眠いとは何事か!?と思えないのは、ボロボロなその姿を見ているから。 しかし『眠る』と言うキーワードにギンガはある事を思い出した。崩壊してしまった予定の最後、未だに残された決戦の城砦。 「あの……ピーノ!!」 「どうしたんだい?」 「実はその……ホッ!ホテルを予約して有るんだけど……寝るならそっちで…… べっ!別にエッチな事したいと思っていた訳じゃないんだからね!?」 顔を瞬間的に真っ赤に染め上げ、アワアワと手を振って誤魔化すギンガ。 その姿は周りから見れば不審者バリバリだったが、喜ばしい事に辺りに人影は無い。 ギンガが何を必至に弁明しているのかもわからず、眠気と戦う気が無いピノッキオは簡単に頷いた。 「何でも良いよ。ここよりは暖かいんだろ?」 「じゃあ出発!!」 そりゃもう遠足に行く子供のような輝かしい笑みでギンガは歩き出した。 睡魔と闘ってフラフラしているピノッキオを引き摺って、スキップし出しそうな足取り。 寒い中で放置されていたとは思えない軽快なステップに先導されながら、ピノッキオは思い出したように言った。 「あっ……プレゼント買ってない」 ギンガはその言葉にこう返す。 「別に良いわ、貴方が来てくれただけで!!」 残酷で圧倒的な死に持って逝かれ欠けた大事な人。それが自分の隣に居る。 それだけで幸せであり、聖なる夜に感謝するには充分だとギンガは心の中で頷いた。 クリスマス・イブにおけるギンガ・ナカジマの支出 食べられなかった二人分のディナー……33500ミッド 夢を託したホテルのスイートーム……47000ミッド 朝まで堪能した恋人の寝顔……プライスレス 同じ布団で寝た夢の時間……アンリミテッドデザイア 寝起きに奪ったアレコレ……ヘブンズドアオープン [[目次へ>キャロとバクラの人氏]]
「行こう……」 駅前の広場に設置されたベンチに座り、タバコを吸っていた青年が呟いた。 熱に浮かされたように楽しそうな雰囲気の中で、彼だけが冷たい雰囲気を纏っている。 「完璧にこなして七時か」 コートの袖と手袋の間、対衝撃に特化した多機能デジタル時計を見て呟く。 現在の時間は五時を間近に控えている。冬の夕暮れは短く、すぐさまあたりは闇に落ちるだろう。 辺りにはそれに伴って輝き出す派手なイルミネーション。徐々に数を増してくるのは若い男女のペア。 いわゆるカップル達はいつにも増して熱を放っている。何せ今日は…… 「クリスマス・イブ」 とある管理外世界の聖人が生まれた日の前夜祭、ミッドチルダでは商業が活気付いて恋人達がイチャイチャする日。 こちらに来てからその日がある事に驚いた青年 ピノッキオだったが、彼にはもう一つ問題があった。 「待ち合わせは七時半……厳しいな」 彼はこれから仕事をしなければ成らない。仕事とは人殺し、彼は殺し屋なのだ。 だが問題は聖なる夜に人殺しをする事ではない。そんなことで痛む道徳心など持ち合わせては居ないのだ。 問題は……仕事に後に女性とクリスマス・イブを満喫しなければ成らない事である。 彼女が居ない男性からすれば、一体何処に不満があるのだ?と思うだろうが、彼は…… 「女の子は苦手なんだ」 どうして女の子が苦手な奴がクリスマスにデートの約束が入っているのか? お誘いを貰った相手が全然知らない女性ならば当然断るだろう、何せ彼は女の子が苦手。 だが今回は相手が悪い。というか他の相手ならば一度たりとてデートになど持ち込めはしない。 つまりその女性 ギンガ・ナカジマはピノッキオにとって最大の理解者であり、最強の難敵でもある。 「はぁ……」 普通に戦うなら最強の敵だろう「モンタルチーノの女の子」と戦う事になろうとも、これほど落ち込みはしないとタメ息を一つ。 これから彼がこなすミッションには困難が多い。仕事を行うのに最適な時間は決まっている。コレばかり変更できない。 しかし同時にデートのお相手 ギンガが想定しているクリスマスデートのプランも変更は多く効かない。 まずはショッピング、次にディナー。最後は夜景のキレイなバーでゆっくりお酒を飲む。その上でピノッキオには宿題も課されている。 ギンガ曰く『デートのコースは私が決めるけど、クリスマスプレゼントは自分で選ぶこと!』……だそうだ。 最初から買っておいても良いし、デートの途中で選んでも良い。しかし彼女は女性が苦手で、女性の事など多くを理解しているはずも無い。 「女性の好みなんて解らないよ」 当然プレゼントは選んでおらず、それもこれからセレクトしなければらない。 正に「ミッション・インポッシブル」。ピノッキオの背中は仕事など気にならない程に疲れて見えた。 「ちょっと早く来すぎたかな?」 腕時計を確認する動作も既に数回を数え、順次記録を更新していく。 周りを歩くカップル達に負けないくらい、華やかな笑みをギンガ・ナカジマは浮かべていた。 これから彼女はクリスマス・イブのデートと洒落込む予定である。相手は父親の部下である……殺し屋。 ピノッキオと言う変わった名前の男は、ギンガの持つ価値観とは相容れない存在だ。 法を無視して人を容易く殺す人物など、正義感の塊にして悪を憎む地上本部の捜査官が許せることでは無い。 「けど……気になっちゃうんだから仕方が無い」 誰にでもなくギンガは呟く。 『恋に理屈は無い。必要なのは情熱だけだ』と彼女が愛読する恋愛小説も言っている。 自分にも他人にも無関心。なのに恩人には命を賭けて恩返しをする。 いつも自分の中だけで全てを納得させ、外には結果だけを残していく。不器用な優しさだと思うのは都合の良い解釈だろうか? だからこそ『恋の理由は無い』のである。気になる。世話を焼きたいし、一緒に居たい。 この感情が愛ならば、間違いなくギンガはピノッキオに恋をしているのだろう。 「クリスマス・イブなんて何とも思ってないんだろうけど……」 彼の出身世界にも存在したらしい聖なる夜。それを彼に告げた時の反応からして、特別な感情を持ってはいまい。 「それでもこんな日くらいは魔法が解けるべきだわ」 息をするように人を殺す冷たい樫の木の人形。 彼に掛かった魔法は聖なる日に力を失い、人間らしい心を見せてくれても良い夜。 だからこそ自分が考えられる最高のプランをギンガはセッティングしたのである 食べ物とワインにはそれなりの興味を示す彼のため、自分が考えうる最高のお店を予約。 もし……もしもだけど……その……一線を越えるような事態も想定し、ホテルも取ってある…… 「ニヘヘ♪」 妹も顔負けの嬉しそうな崩れた表情。幸せな夜に恋人を待つ女性ならば違和感はない。 だが…… 三十分経過 「まだかな?」 一時間経過 「遅い!」 二時間経過 「……」 三時間経過 「グスン」 魔法の時間、聖なる夜にも神は残酷である。 ギンガ・ナカジマは待ち続けていた。既に待ち合わせの時刻から長針は五週目を数え、もうすぐクリスマス・イブはクリスマスへと変わる。 夜を楽しむという時間は過ぎ、周りに人通りは既にまばら。気温はドンドン下がり、吐く息は常に白。 いかに防寒着を纏おうとも寒さは身と心を蝕んでいく。同じ気温だとしても、一人で待つと冷たさは二人の時を大きく凌ぐだろう。 「なにしてるの……」 ギンガの悴んだ手には携帯電話。既に何回もピノッキオの携帯に電話やメールを入れているが、返事は無い。 何か都合が悪くなったのだろうか? 彼の仕事を考えれば、その確立は高い。だが変事の一つ位有っても良いだろう。 そして返事が無いからこそ、『今日は行けない』という言葉が無いからこそ、ギンガはこの場所から離れられずに居た。 既にレストランでのディナーは間に合う時間では無いし、ショッピングを楽しむ筈の店はみな閉まっている。 それでも…… 「もしかしたら」 『来るかもしれない』 続く言葉は飲み込む。口に出したらそのギャップに涙が溢れてしまいそうだ。 ギンガはふと脇に置いた紙袋を手に取り、中身を取り出した。それは所々に歪みが見える手作りのマフラー。 黒に赤いワンスポットが入ったかなり長いソレは、その気になれば二人で巻くことも可能だろう。 それがギンガのピノッキオへのクリスマスプレゼント。今日はコレを巻く事も無いのだろうか? 「ちょうど良かった」 物思いに耽っていたギンガは後ろから掛かった声に我に返る。だがそれよりも早く伸びてきた手がマフラーを奪い取った。 『引ったくり!?』 座っている人間からマフラーを奪う犯罪をそう呼ぶのかは定かでは無いが、大事なものが奪われた事実は変わらない。 取り戻そうと立ち上がり、ギンガは対象が自分の隣、同じベンチに腰を下ろした事に驚愕に顔を歪める。 「寒いと思ってたんだ、助かったよ」 そこに居たのは自分が作ったマフラーを早速首に巻き、咥えたタバコにライターで火をつけようとしている青年。 「……ピーノ」 ギンガを五時間近く寒空の下に放置した張本人が平然とそこに居た。 様々な文句、罵詈雑言が口から飛び出す間際で気がつく。ピノッキオの顔にはガーゼが張られ、額には包帯が巻かれている。 よく見るとタバコを持つ手にも無数の絆創膏、顔色は寒空の下に居たよりも悪い。それは血を失った者の顔色。 「どうしたの?」 考えられる事態に今度はギンガが血の気を失う番。 「……あぁ、尾行は心配しなくて良い」 「そうじゃなくて!」 発するべき言葉を幾らでもギンガは持ち合わせていた。それでもその言葉達が発せられる事は無い。 ピノッキオがこれだけ負傷するという点で、どれだけ危険な行為が行われたのかは想像するに易い。 「追っ手を撒いたり、殺すのに時間が掛かった。携帯も壊されたから、電話も出来なくてさ」 吐き出すタバコの煙に何時もの勢いは無い。絆創膏に覆われた手はタバコを持ちつつも、僅かに震えている。 ギンガの中にあるピノッキオとはこう言った事態とは無縁の存在だった。 何時でも変わらない表情。人を殺しても、銃弾の嵐の中を駆け抜けようとも揺るがない。 だからこそ彼女が色々気を回しても、気がつかない朴念仁であり、女の子が苦手なんて言ってのける一種の変人。 「ゴメンね」 そんな人物がか弱い、消えてしまいそうな姿を見せる。デートの前に入れるような仕事で死に掛けた。 ピノッキオの言葉がギンガの脳内で木霊する。『人は簡単に死ぬ』のだと。 「寒くなかった? 帰ってくれて良かったのに」 「バカ!」 色んなモノが腹立たしく、ギンガは一喝。思わぬ怒声にビクリと震えたピノッキオの肩をギュっと抱き締めた。 状況を把握できずに目を白黒させている冷徹な殺し屋は、不意に意識が遠ざかるのを感じる。 「折角のクリスマスだもの……」 「なら……有意義に過ごせば……良かったのに。僕なんか待ってないで」 『暖かい』とピノッキオは感じた。血を失った体を包み込むのはコートやマフラーでは得る事が出来ない人の温もり。 「クリスマスだからこそ……貴方と一緒に居たかったのよ。買い物も出来なくて良い、ディナーが無くても良い。  ただ少しでも一緒に……」 死は簡単に大事な者を連れて行く。母 クイントの時にギンガは解っていたはずだった。 そして聖なる夜でも死は大事な人を動かし、連れて行こうとする。それが腹立たしい。 「わからないな……」 重くなる瞼を見つめながら、ピノッキオは抱き締められるがまま。 血を失った事、戦闘の緊張から開放され且つ、嫌いでもない人に抱かれている。 ボーとしているようで辺りを見渡す目を緩めない殺し屋でも緊張が解けると言うもの。 「ピーノ、どうしたの!?」 「眠いんだ」 意識を失いかけているピノッキオに声をかけたギンガだが、帰ってきたのは随分と平穏な答え。 「……もう!……あっ!!」 「?」 恋人を前にして眠いとは何事か!?と思えないのは、ボロボロなその姿を見ているから。 しかし『眠る』と言うキーワードにギンガはある事を思い出した。崩壊してしまった予定の最後、未だに残された決戦の城砦。 「あの……ピーノ!!」 「どうしたんだい?」 「実はその……ホッ!ホテルを予約して有るんだけど……寝るならそっちで…… べっ!別にエッチな事したいと思っていた訳じゃないんだからね!?」 顔を瞬間的に真っ赤に染め上げ、アワアワと手を振って誤魔化すギンガ。 その姿は周りから見れば不審者バリバリだったが、喜ばしい事に辺りに人影は無い。 ギンガが何を必至に弁明しているのかもわからず、眠気と戦う気が無いピノッキオは簡単に頷いた。 「何でも良いよ。ここよりは暖かいんだろ?」 「じゃあ出発!!」 そりゃもう遠足に行く子供のような輝かしい笑みでギンガは歩き出した。 睡魔と闘ってフラフラしているピノッキオを引き摺って、スキップし出しそうな足取り。 寒い中で放置されていたとは思えない軽快なステップに先導されながら、ピノッキオは思い出したように言った。 「あっ……プレゼント買ってない」 ギンガはその言葉にこう返す。 「別に良いわ、貴方が来てくれただけで!!」 残酷で圧倒的な死に持って逝かれ欠けた大事な人。それが自分の隣に居る。 それだけで幸せであり、聖なる夜に感謝するには充分だとギンガは心の中で頷いた。 クリスマス・イブにおけるギンガ・ナカジマの支出 食べられなかった二人分のディナー……33500ミッド 夢を託したホテルのスイートーム……47000ミッド 朝まで堪能した恋人の寝顔……プライスレス 同じ布団で寝た夢の時間……アンリミテッドデザイア 寝起きに奪ったアレコレ……ヘブンズドアオープン [[目次へ>キャロとバクラの人氏]]

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