なのはだけジョジョ風味
<スターライト・ストライカーズ>


第九話『たいせつなこと それは『覚悟』ッ!』



 ティアナとスバルの戦法をなのはがストレートな戦闘で打ち破る形で終わった模擬戦―――。
 その模擬戦の最中で、無謀な戦法に対する高町なのはの叱責と気迫に恐怖を覚えるティアナだったが、なのは自身はそれ以上訓練の後にも深く追求を行う事はなかった。
 なのはが意図の読めぬ沈黙を貫く中、スバルとティアナのコンビの間に、そしてティアナ自身の心の中に、不穏な空気が漂い始める。
 そして、次の訓練が行われるより早く、機動六課に出撃の命令が下った。
 スカリエッティの放った空戦型ガジェットが出現したのだ。
 現場に向かうなのは、フェイト、ヴィータの三人と、隊舎で待機のシグナムとフォワードの4人。
 未だ、模擬戦でのなのはの様子に対して動揺を隠せぬティアナは、ヘリポートで唐突になのはから『出動待機から外れる』ように告げられるのであった―――。

「……その方がいいな。そうしとけ」
「今夜は体調も魔力も、ベストじゃないだろうし……」
「―――言う事を聞けない奴は『使えない』って、ことですか?」

 優しげな声で諭すなのはの言葉を遮り、ティアナが震える声で呟く。その声色は自身が思う以上に冷淡なものだった。
 これまで高町なのはを尊敬する上司として、魔導師として捉えてきた自分が、よくここまで敵意の滲む声を出せるものだと僅かな驚きすら感じていた。
 しかし、なのはに告げられた言葉によって激発した感情がどうしても抑えきれない。
 怒り、悔しさ、そして妬ましさ。持つ者が持たない者に掛ける言葉は常に劣等感を刺激する。ティアナは黒い感情のままに唇を噛み締めた。
 そして、そんなティアナの暴言に近い台詞に対して、なのはが取ったのはまたしても沈黙だった。
 なのはは怒鳴るわけでも叱責するわけでもなく、ただティアナを静かに見つめている。

「現場での指示や命令は聞いてます。教導だって、ちゃんとサボらずにやっていますっ」

 何を言ってもただ黙って見ているだけの反応が何よりも雄弁に自分の行為を責めているように思えて、ティアナはなのはを睨むように見つめ、捲くし立てた。
 反抗の意思を感じたヴィータが一歩踏み出すのを、なのはが片手で制する。

「それ以外の場所での努力まで、教えられたとおりじゃないと駄目なんですか!? ―――私は、なのはさん達みたいに『エリート』じゃないし」
「―――!」

 その言葉に、それまで静寂を貫いていたなのはの表情が波紋のように僅かに揺れた。
 ティアナは気付かない。彼女の慟哭のような言葉に気を取られていたスバル達も、ティアナの物言いに怒りを募らせていたシグナムさえ、そのなのはの変化には気付かなかった。
 ただ一人、高町なのはをよく知るフェイトとヴィータだけが彼女の反応に気付いた。

「スバルやエリオみたいな『才能』も―――」

 表には出ないなのはの反応を感じ取れるヴィータが冷や汗を流し始める中、ティアナは『禁句』とも言える言葉を続けていく。

「キャロみたいな『レアスキル』もない!」
「お、おい、それ以上はよせ……」

 たまらず制止しようとするヴィータの声すら耳に入らず、頭に血の上り始めたティアナはなのはに勢いよく詰め寄った。

「少しくらい無茶したって……『死ぬ気』でやらなきゃ、強くなんかなれないじゃないですかっ!!」


 バギィッッ!!!


「うあっ!」

 次の瞬間、ティアナは殴り飛ばされた。
 しかしそれは、上官に食って掛かるティアナを修正しようと身を乗り出したシグナムの手によってではなく―――『高町なのは』本人の拳によるものだった。
 一切遠慮の無い、虫を振り払うような裏拳の一撃がティアナの体を吹き飛ばして地面に叩き付けた。
 果たして、その可憐な細身に、普段の温厚な物腰に、一体どうしてこれほど凶悪で慈悲の無い威力が込められているのか。呆気に取られ、ショックすら受けるスバル達の前で、なのははゆっくりとティアナに歩み寄った。



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 ティアナを含む新人達は呆然とした。完全に変貌した、なのはの強烈な気迫と雰囲気に!
 見下ろすなのはの瞳に、普段の時に優しく時に厳しい教導官としての暖かい光はない。宿っているのは、鮮烈なまでの『怒り』 戦士としての眼光だった。

「な……なにを?」

 口から流れる血に触れてようやく恐怖を覚え、知らず声が震えるティアナが呟く。
 その返答は顔面を襲う無言の蹴りだった。
 慈悲や容赦など欠片も無い靴底がティアナに這い蹲らせる。なのはは罵声を浴びせた。

「この腑抜け野郎がッ! なんなの!? 今の情けない言葉はッ!!」

 カエルの潰れるようなうめき声を漏らすティアナの様子など気にすることも無く、なのはは怒りのままに何度も足を踏み降ろした。

「あぐっ! 痛いっ、やめ……やめてぇ!」
「な、何をするんですか!? やめてください、なのはさんっ!!」
「やめとけ、今のなのはは完全にキレてる。あーもう、やっぱりこうなっちまったよ……」

 憧れの人物の狂態とも言える姿を見て、ほとんど放心状態だったスバルがパートナーの悲鳴を聞いて我に返る。慌てて止めようとするが、それは頭痛を堪えるような表情のヴィータによって遮られた。
 フェイトはヴィータより更に心得たもので、ただ静かになのはを見守っている。
 エリオの顔は青褪め、体は硬直し、キャロに至っては恐怖とショックで涙さえ浮かべていた。

「ヴィータ副隊長も止めてください! いくら上官に逆らったからって、あんな……!」
「バカ、逆らったくらいでアイツが怒るもんか。自分事なら唾吐きかけられたって無視するような奴なんだ」
「じゃあ、どうしてあそこまでするんですか!?」
「見てりゃわかるよ。お前らも聞いとけよ―――アイツは優しいけど、『甘くはない』んだ」

 そして、ようやくなのはが蹴りを止めた。ティアナは体を丸くして蹲り、遅い来る痛みと、何よりなのはの怒りの感情に震えていた。
 魔導師の訓練によって怪我や痛みなど日常茶飯時とはいっても、風紀や倫理の徹底管理されている時空管理局の教導隊において過剰な体罰はご法度である。
 ティアナもまた、上官から体罰を受けた経験などないルーキーであった。
 叱責を受けたことはあれど、血が出るほど殴られた事などない。管理局においてそこまでの行為は暴力なのだ。
 しかし、その常識はなのはには当て嵌まらなかった。
 拳に一切の容赦などなく、踏みにじる力には殺意があるとさえ錯覚する。
 それはなのはの許さないものの一つである『甘ったれた精神』であったが、初めての暴力に晒されたティアナの心はそれまでの不満や怒りを押しつぶして恐怖だけが支配していた。

「ご、ごめんなさい、ごめんなさい! も、もう無茶はしませんから……!」

 とにかく今はこの怒りから逃れたい一心で、ティアナは涙を滲ませ慌てて自分の意見を撤回した。
 しかし、もちろんそれがなのはにとって更に怒りを煽る原因であることは明白だった。
 ティアナの胸倉を掴み上げ、恐怖と痣で満ちた顔を覗きこむ。

「ああ……たしかにそうだね……。『焦り』でする『無茶』にいいことなんてない。
 組まれた訓練にだって先駆者が行ってきた『実証』と『意味』がある。従う事は大切だ!
 ―――だけど、真のエースを目指すなら遅かれ早かれそんな規格を飛び越えた行動を取らなきゃいけないのは、わたしだって承知の上だよ」

 なのはは一言一言、出来の悪い生徒に噛み砕いて言い聞かせるように口にした。
 だが、未だ怯えが大半を占めるティアナは僅かな疑問を浮かべただけで、ただ震えることしかしない。
 舌打ち一つして、なのはは再び手を上げた。

「まだわからないの、兄っ子野郎のティアナ!」
「ひ、ひィ! も……もう殴らないでぇ」

 今度は殴らなかった。
 なのはは振り上げた手をティアナの胸に突きつけ、しっかりと視線を合わせて言葉を紡ぐ。

「いいッ! わたしが怒ってるのはね、てめーの『心の弱さ』なの。ティアナ!
 そりゃあたしかに、『素手』で魔法を止められたんだ、衝撃を受けるのは当然なの。次は自分が『反撃』を受けるんだからね。わたしだってヤバイと思う!」

 なのはの言葉を聞きながら、ティアナはだんだんと理解していった。
 彼女の『言葉』が、頭ではなく心に響いてくることに。その込められた強い想いに。そして、自分を見る瞳に憎しみや殺意などのそれではなく、ただ純粋な叱責する為の『怒り』が宿っている事実に!
 ティアナは恐怖も忘れ、ただなのはの言葉に聞き入った。そして、それはスバル達他の新人達も、彼女の説教を経験したことのあるフェイトやヴィータ達さえそうだった。

「だけど! 機動六課の他の奴ならッ!
 あともうちょっとでノドに食らいつけるって『魔法』を決して解除したりはしないのッ! たとえ腕を飛ばされようが、足をもがれようともねッ!」
「「「え゛っ!?」」」

 傍で聞いていた新人達に加え、盗み聞きしてたヴァイスとシャリオが思わずギョッとした表情を浮かべた。『え、自分達そこまで過剰な信頼されてんの?』って感じに、共通して内心で必死に首を振った。特に戦闘派ではないシャリオは涙目だった。
 そんな周囲の反応などお構いなしに、なのははティアナと二人だけの世界を展開し続ける。

「アナタは『兄っ子』なんだよティアナ! ビビったんだ……甘ったれてるんだよ! わかる? え? わたしの言ってる事。
 『才能』や『レアスキル』のせいじゃあない、心の奥のところでアナタにはビビリがあるんだよ!」

 一通り叱責すると、なのははティアナの腕を掴んで、力強く引き上げた。
 立ち上がったティアナは、もう泣いてはいない。ただ、泣き喚くことを怒られた後の迷子のような頼りなさげな表情で、縋るようになのはを見つめている。
 なのははティアナの首の後ろを撫でるようにして引き寄せ、もう片方の手をそっと頬に添えた。その手つきは、先ほどまでとは違い、優しさに溢れている。しかし決して弱くはない。

「『成長して』! ティアナ。『成長』しなきゃあ、わたしたちは『栄光』をつかめない。次元犯罪者たちには勝てないッ!」

 最後にそう締めくくり、ティアナから体を離してなのはは深呼吸した。
 完全になのはの話に聞き入っていたスバル達と、苦笑するヴィータ、ただ静かに微笑むフェイト、そして完全に振り下ろす先を失くした拳をフラフラさせるシグナムを見渡し、なのはは最後にもう一度戸惑いの抜けないティアナを見る。

「―――予定を変更するよ。今回の出撃に、ティアナを連れて行く!」


「「「ええっ!?」」」


 驚愕の声はティアナを含む新人達からのみ上がった。
 なのはという人間をよく知るヴィータとシグナムは大きくため息を吐き出すだけに留める。彼女の無茶な決断は慣れ親しんだものだからだ。

「じゃあ、はやてにそう申告しておくね。なのは」

 フェイトだけは何もかも分かっているような穏やかな微笑みを浮かべて、素早く自分の作業を開始した。

「全てわたしの独断にしておいて。
 ―――今言ったことは『頭』ではなく『心』で理解しなきゃあ意味がない。ティアナ、アナタについて来る『覚悟』はある? わたしは、出来ている」
「は……はいっ!」

 戸惑いは隠せぬまま、しかし返事だけは力強く返すことの出来たティアナに初めて笑いかけ、なのはは風を切って踵を返した。
 こうして、ベテラン魔導師三人に一人のルーキーを加えた予想外の戦力が、嵐の予兆漂う夜空へと出撃するのであった―――。





 バ―――――z______ン!

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最終更新:2007年12月08日 09:04