「これは……」
シグナムが立ち止まり、道端に落ちている青いプレートに視線を落とした。
「看板……だね。標識みたいな物だよ」
「それは解っているが……」
それにつられたフェイトも立ち止まる。
看板は、かなり砂を被っており、非常に見にくくなっているが、これは間違いなく「この先○m」系の看板だ。
矢印が指す方向は、このまま真っ直ぐ。直線ルート。
そしてその先にある場所は。
「海鳴市……か。」
「みんな、元気にしてるかな……?」
「どうだろうな……だが海鳴には、ディスカビル家の姉弟が居た筈だ。そう簡単にワームの侵入は許さんだろう」
「あの人達……凄く強いですからね。シグナムとも互角に戦えるんじゃ無いですか……?」
「それはどうだろうな……まぁ、実力は認めてやってもいいが」
シグナムの返事を聞いたフェイトは、クスクスと微笑みながらも、再び歩き出した。
最後に「この先海鳴市」と表記された看板の砂を軽く払って。
行く先は海鳴市。なのはやフェイト、はやて達が育った街だ。

さて、ここで一度視点をZECT本部へと変えよう。
両手を広げ、ムスッとした顔でベンチに座るヴィータに、なのはが近寄る。
「あ~……暇だ……」
「にゃはは……ヴィータちゃん、最近ストレス溜まり気味みたいだね~……」
「そりゃそうだろ。ZECTの奴ら、模擬戦も訓練もさせてくれねぇんだからさ」
「ま、まぁ……一般のゼクトルーパーさんじゃ私達の相手にならないし、何よりもその為に費用を裂いてはくれないからねぇ……」
「ああ、ZECTの新人連中を訓練してやる方がよっぽど楽しいよ。これじゃ」
ヴィータは大きなため息を落とした。
こんな言われ用だが、一応ゼクトルーパーもそれなりの戦闘力を有している。マシンガンブレードと呼ばれる主装備も、意外と高性能だ。
だが、それでもワームに対しては決定打にはなり得ない。だからこそ常に徹底したフォーメーションで集団戦闘を行っているのだ。
そういった面があるからこそ、矢車の言う「完全調和」や「完全作戦」といった思想が重要視されるのだろう。
なのは達の戦闘スタイル一デバイス一は、根本的な設計思想がZECT製ライダー、及びトルーパーとは異なる為に、相入れるのは難しい。
一応八神班にもゼクトルーパーは配属されているが、あまり活躍の場は与えられないという。
ならば普段なのは達は何をしているのか?という事になるが……
「確かに……本番と新人訓練以外だと、私たち待機してるしかないもんね」
「皮肉だね……ワームが居なくっちゃ私達の存在意義を証明できないなんて……」
そう、なのは達は普段は待機しているしか無いのだ。ZECT側から見れば、ワームが居て、それを撃退する事がなのは達の主な存在価値なのだから。
故にワームが現れなければ、ほとんどする事が無い。

「それは、ワームが居て欲しい……と取れるぞ?高町」
「あ……矢車さん!」
「よ、矢車」
ベンチの後ろから現れたのは、ZECTのエリートとして、数々の戦果を挙げてきた男……矢車だ。
左手には黄色いブレスが輝いている。彼もまた、マスクドライダーなのだ。
「お前達の気持ちは解るが、平和に越した事は無い。物騒な事を言うものじゃ無い」
「にゃはは……ごめんなさい……」
「それはそうと矢車、お前こんなとこで何してんだよ?」
ヴィータに問われた矢車は、相変わらずどこぞのウラタロスのような動作をしながら、ヴィータに向き直った。
「お前達と同じだよ。俺だって暇な時はある」
「じゃあさ、矢車! また私達に麻婆豆腐作ってくれよ!」
待ってました!とばかりに身を乗り出すヴィータ。
「あ、いいねそれ! 私も久々に矢車さんの麻婆豆腐食べたいかも!」
「ヴィータ、高町……俺よりも八神隊長に作って貰えばどうだ?彼女も料理は得意らしいじゃないか」
「はやてのはいっつも食べてんだから、たまには矢車のが食べたいんだよ! なぁ、なのは!」
「うん……矢車さんの料理はたまにしか食べられないからね」
「はぁ……全くお前達は……仕方ない。俺がとっておきを作ってやろう
調度昼飯もまだだからな」
二人の熱意に押された矢車は、しばし考えた後、ため息をつきながらもそれを了承した。

一方、話題に上がった八神隊長……もといはやて達は、ZECT本部ビルの屋上にいた。
基本的に屋上には誰もおらず、今ははやてとシャマル、リインしかいない。
屋上の床に座っているはやての横には、開けっ放しにされた横長のアタッシェケースが転がっている。
「やっぱ何回見ても綺麗やなぁ~」
「綺麗ですねぇ~」
はやてに続いてリインが復唱する。はやてが太陽に向かって突き出しているのは、紫の刀。お馴染みサソードヤイバーだ。
サソードヤイバーの漆黒の刃は太陽の光を反射し、美しく煌めいている。
刃を伝う血のようなラインは、オレンジに煌めき、それは誰が見ても美しいと感じるであろう輝きを放っていた。
「この光沢感、そして鋭く輝く漆黒の刃! やっぱ本物のライダーシステムは格が違うな~」
「そうですねぇ~、一度変身してみたいですよね~」
今度はサソードヤイバーの裏側を天に向け、両手に乗せるように持つはやて。
「リインはサソードに変身した人にユニゾンしたら一応変身したってことになるんちゃう?」
「あっ! それもそうですね! ならやっぱりシグナムに……」
「単純過ぎですよ、リインちゃん」
今まで微笑ましく二人を眺めていたシャマルが口を開く。
「そぉやでリイン。それにこれをシグナムに届ける事自体ちょ、厳しいんやし……」
「……ですよねー……」
しょんぼりするリイン。
まるで数年前、はやてに「マシュマロありますか?」と聞いて「断固ないよ」と返された時のようにしょんぼりしている。
「まぁまぁリイン、これあげるから」
「わぁ~マシュマロですーっ♪」
はやてにマシュマロを渡されたリインは、目を輝かせながら自分の顔よりも大きいマシュマロに顔を埋めた。
実に幸せそうである。見てる方まで幸せになってくる。

「……で、はやてちゃん。この刀、私はやっぱりシグナムに渡した方がいいと思います……」
「……なんでなん? シャマル」
「だって、ZECTはシグナムを資格者に選んだんでしょう? なら、ちゃんとシグナムに渡さなきゃ、私達も命令違反になるんじゃ……」
「……それはそうやねんけど、シグナムにこの刀を渡して、その後はどうなると思う?」
「……やっぱり、ワームの駆除と、ネオゼクトの排除……でしょうね……」
「私が知る限り、マスクドライダーは、カブトと試作型を除いたらZECTかネオゼクトにしか所属してへん。
二色に別れてもうた旗はお互いを潰す為に戦い続けてる。それも人間同士で、や。」
「……それは……」
さっきまでの浮かれたテンションとは打って変わって、急に真面目な表情になったはやてに、シャマルの表情も自然と曇る。
「私はシグナムをそのどっちかに色分けしたくは無いんよ……。分かるやろ? シャマルも……」
「……はい……。」
「だから、しばらくは私らが預かっとく。それが何の解決にもならへん、問題を先延ばししてるだけって事は分かってる。
それでも、割り切られへん事かてある……」
言いながらはやては、サソードヤイバーをアタッシェケースにしまい込みながら、作り笑顔を浮かべた。
「ちゃんとした判断も下されへん……私は部隊長としては失格かもしれへんな」
「……はやてちゃん……」
「ごめんな、シャマル。私がしっかりせぇへんばっかりに、こんなややこしい事になってもうて」
「……そんなこと無いですよ。はやてちゃんは立派な隊長です!
だから、シグナムの事も心配してるんじゃないですか」
「そうですよ! はやてちゃんは最高の隊長ですっ!」
「シャマル、リイン……」
シャマルとリインは、はやてに優しく微笑んだ。一応リインはマシュマロを食べながらも話は聞いていたらしい。
そんな二人の笑顔に、はやてもつられて笑い始める。
「……そぉやな。私がこんなしょんぼりしてたらアカンな。ありがとう、リイン、シャマル……!」
言いながら立ち上がったはやては、リインに二つ目のマシュマロを差し出した。取りあえずは元のテンションを取り戻した様子だ。
「じゃあ、お昼ご飯食べ行こか!」
「「はい(です)!」」
元気よく返事を返す二人。
そんなはやて達三人を、屋上の入口付近からずっと覗いていた一人の男が居た。
まるで一昔前の映画に出てくるスパイの様に、物影に背中を合わせながら、その男ははやて達に冷たい視線を送っていた。
やがて「ニヤリ」と、不敵に笑った男は、はやて達がこちらに歩いてくる前に移動した。
黒いスーツを身に纏い、長い前髪を揺らしながら、男-影山 瞬-は笑っていた。不気味に、唸るように。
「いい話を聞かせて貰ったよ」とでも言わんばかりに。

数分後。ZECT・隊員用食堂。
なのはとヴィータは円形のテーブルに着席し、キラキラと目を輝かせている。
テーブルの前に立った矢車は、ザビーマークの施されたマントを外し、スーツを脱ぎながら、優しい笑みを浮かべた。
「今から厨房を借りて来る。お前達は大人しく待ってろ。
俺が完全な麻婆豆腐を食わせてやる」
「はぁ~いっ!」
「楽しみにしてるからな、矢車!」
嬉しそうな二人の顔を見た矢車は、「クスッ」と笑いながら厨房へと向かった。どうやら矢車も満更では無い様子だ。
料理人にとって1番の喜びとは、それ即ち「料理を食べた客に喜んで貰う事」。
自分に期待して待っていてくれる二人の為にも、まずい料理を作る訳には行かない。

矢車が厨房のドアを開けようとした時だった。ここで追加客の登場だ。
「あ、なのはちゃんにヴィータや~ん」
「おう、はやてとシャマルじゃねーか! お前らも来いよ、矢車が麻婆豆腐作ってくれんだ!」
現れたのは、さっきまで屋上にいた八神ファミリーの皆さんである。
「矢車さんの麻婆豆腐? 懐かしいなぁ~」
「ええ、最近食べてなかったですよね」
「私は一回も食べた事無いですっ!」
はやて、シャマル、リインの三人はいかにも「私達も食べたいな」的なオーラを振り撒きながら、着席した。
「仕方無い……八神、シャマル、リインフォース、お前達の分も作ろう。席に座って待っててくれ」
これはもう作るしか無いだろう。矢車は三人に「仕方ない奴らだ……」と笑いながら言った。
すると、何か思う事があったのか座りかけたはやてが立ち上がり、矢車へと駆け寄る。ちなみにリイン付属だ。
「……じゃあ私も手伝います」
「はやてちゃんが行くなら、私も行きますっ!」
「……いいだろう。君は料理も上手いと聞くからな」
「その料理を実際に披露して見せます。私なりの、パーフェクト・ハーモニーで!」
「フフ……そうか。なら一緒に奏でるか、パーフェクト・ハーモニーを……」
「はい!」
微笑む矢車に、はやては力強く頷いた。

一方……
「はやてちゃんが行くなら、私も一緒に作ろっかな♪」
シャマルが席を立とうとした瞬間、ヴィータがシャマルの白衣の袖を掴んだ。
「落ち着けシャマル!!」
「え……ど、どうしたの?ヴィータちゃん……」
「止めてくれ! お前の料理が美味いのは十分分かってる! だから止めてくれ、頼む!」
「う、うん……その通りだよシャマル先生! 私達は大人しく矢車さんの料理を待っておこうよ?
ほら、矢車さんも大人しく待ってろって言ったなの!」
青ざめた顔をしながらシャマルを宥めるなのはとヴィータ。混乱のためか、なのはに至っては語尾に変な言葉がついている。
「な……なんか二人共必死じゃない……?」
「そんな事ねーよ! なぁ、なのは!」
「うんうん! 全然必死じゃないよ!?」
「ま、まぁ二人がそう言うなら……」
激しく頷くなのはを見たシャマルは、再び着席した。
そんなシャマルに、なのは達はホッと胸を撫で下ろすのであった。

さて、いよいよZECT隊員食堂の厨房でパーフェクトハーモニーが奏でられようとしていた。
「まずは材料だ。だいたいの物は揃ってると思うが……」
「えーと……まずは絹ごしに、豚挽き肉……それからニンニクに……」
テキパキと材料を揃えて行くはやてを見た矢車は、「ほぅ……」と頷く。
どうやら料理が得意と言うのは嘘では無いらしい。
矢車も、はやてがまだ集めていない材料を厨房の中から探し出す。
トウバンジャン・テンメンジャン・長ネギ、トリガラスープと、矢車もテキパキと作業をこなして行く。
「ん……待てよ……?」
「どうしたんですか? 矢車さん」
「八神、お前……この厨房を使った事があるのか?」
「え……いや……まぁ、はい。たまに使わせてもらってます……」
「そうか……だからそんなに食材の場所に詳しいんだな」
あはは~と苦笑いするはやての言葉に納得した矢車は、再び食材集めを再開した。
ちなみに、矢車もはやても上着を脱いで、エプロン着用という家庭的な姿をしている。

「……あ、矢車さん! それマシュマロですー!」
「ん……あぁ、そうだな。リインフォースはマシュマロ好きなの?」
「はいですっ!」
リインが指差したのは矢車の右隣り。そこにあるのはマシュマロ。
矢車は、マシュマロに手をかけようとして、そこで異変に気付いた。
「なんだ……マシュマロ、少なくないか……?」
「あー……矢車さん!そんなことより早く麻婆豆腐作りましょ! 皆待ってますやん!」
「そ、そうだな……」
マシュマロの数が極端に少ない事に気付いた矢車だったが、今はそんなことどうだっていい。
なのは達が腹を空かせて待っているのだ。早く麻婆豆腐を完成させねばならない。

一方のはやては、そっとスカートのポケットに入ったマシュマロを奥に押し込んだ。

「さて……これでだいたい揃いました?」
「八神、お前は大切な物を忘れてるぞ?」
「え……?」
「四川花椒粉だ。あれが無ければ話にならない……」
言いながら矢車が取り出したビンには、赤い粉が詰まっていた。そのビンを「ドンッ」と台に置いた矢車は、言った。
「四川花椒粉は俺の麻婆豆腐の命……言わばパーフェクトハーモニーの命。絶対に欠かす訳には行かない……!」
「さ、さすが矢車さん……!」
「んーと……しせんほわじゃんふん……?」
二人のやり取りに着いていけないリインは、口に手を当てながらはやての回りを飛び回っていた。
四川花椒粉とは、麻婆豆腐等の中華料理に用いられる粉末の事で、一降りするだけでピリッと本場に近い味に仕上げる事ができるスグレモノだ。
矢車は料理の途中に小さじ一杯ほど使うつもりだが、この粉末はインスタントの中華料理にも使える。
完成した中華料理にサッと一降りするだけで、矢車も認める程の味になる事だろう。読者の皆様も是非お試しあれ。

矢車とはやてがパーフェクトハーモニーを奏でている間にも、なのは達サイドでは新たな人物が登場していた。
「これはこれは、八神班の皆さんじゃないか。こんなところで皆揃って、何してるんですか?」
「あ……貴方は確か……えーと……」
現れたスーツの男の名を思い出そうとするシャマル。だが、微妙に影が薄いためにどうしても思い出せない。
そんなシャマルに合いの手を入れたのは、ヴィータだった。
「お前は、影山瞬……ッ!」
「矢車さん率いる精鋭部隊の副隊長を勤める、若きエース……
聞く所によれば、矢車さんにも認められる程のAボーイだとか……!」
「最後のは関係無いだろ!だいたい、なんでそんな事知ってるのさ!?」
妙に詳しい解説を入れるなのはにツッコミを入れる影山。
「今私らはお前んとこの隊長が作る料理を待ってんだ。良かったらお前も座れよ」
「矢車さんの料理!? 当たり前だ、副隊長の俺が食わない訳無いだろ!」
言いながら堂々とイスを引き出し、座る影山。その光景に、なのははクスクスと笑みを浮かべた。
それが気に入らない影山は、腕を組みながらなのはに視線を向ける。
「……何がおかしいんだよ?」
「いや、本当に矢車さんを慕ってるんだなぁって思って……♪」
「……当たり前だろう……」
少し俯き、これまた少しだけ穏やかな顔をする影山。
「……矢車さんは俺達の目標だ。矢車さんのパーフェクトミッションは、いつだって俺達チームを勝利に導いてくれた……
俺だって、何度矢車さんに助けられた事か……」
「そういうとこが矢車のいいとこなんだよなー。
あいつは絶対に味方を犠牲にしない。上層部の腐った奴らと違ってな」
「それに、矢車さんのチームはチームワークも凄いらしいしね。皆、矢車さんだからこそ着いて行くんだよね」
矢車を褒めるなのはとヴィータ。影山は、これ以上何も言わずになのは達から視線を外し、どこか遠くを見つめていた。

矢車とはやては、フタが閉められた鍋を眺めながら、麻婆豆腐の完成を心待ちにしていた。
鍋の中に入っているのは、大きめに切られた豆腐に、二人で一緒に作ったスープ。
「そろそろか……」
「うん、もういい頃合いやね」
矢車は、煮込んでいた鍋のフタを開けた。同時に二人の鼻先を、麻婆豆腐の芳しい香りが撫でる。
「うん、いい匂い……!」
「まだ完成してないぞ、八神」
「わかってますって。ここに、さっきみじん切りにしたネギを入れる……っと!」
はやてはまな板から、細かくみじん切りされたネギを鍋に落として行く。
それに続き、矢車がスプーンに乗せた赤い粉を鍋の上に持ってくる。
「そしてここで四川花椒粉を使うんだ」
「うわぁ……めっちゃ美味しそう……!」
「早く食べたいですっ!」
四川花椒粉を振り終わった矢車は、二人を宥めるように別の袋を取り出した。
「まぁ少し落ち着け。逸る気持ちは解るが、ここからが仕上げだ」
「それは……かたくりこ……ですか?」
「そうだ、リインフォース。片栗粉で、このスープ状の麻婆豆腐にとろみを付けるんだ」
「そしたら完成やで、リイン!」
リインは目を輝かせながら、「わはー」っと言っている。純粋な子供の如き笑顔で、キラキラと輝く目。とても微笑ましい。

それから数分が経過しての事だ。
「おっ、はやてー!出来たのか?」
「うん、ヴィータ! これが私らのパーフェクトハーモニーや♪」
なのは達の元に、矢車とはやてが皿を持って現れる。矢車、はやて、なのは、ヴィータ、シャマルと、5人分の皿だ。
しかし、そこにいたのは6人。当初の人数よりも一人多い。
「なんだ、影山も来てたのか」
「はい! さっきたまたま、高町達を見かけたので、俺も気になって着いて来たんです」
「そっかぁ……影山くんも麻婆豆腐食べたいやんなぁ」
はやてが、困った顔で言った。麻婆豆腐は5人分しか作っていないのだ。このままでは影山だけ麻婆豆腐無しという事になってしまう。
「影山くんには悪いけど、麻婆豆腐5人分しか作ってないんよ……どうします?矢車さん……」
「ふむ……仕方ない。影山には俺のをやろう」
「いいんですか!? 矢車さん!」
矢車の言葉に、喜々として身を乗り出す影山。
「ああ……可愛い部下の為だ。八神と一緒に作った麻婆豆腐を食べられないのは残念だがな……」
「すみません……俺のせいで……」
「いや、気にするな。影山がこれを食べて喜んでくれるなら本望だ」
矢車の暖かい言葉に、影山は嬉しそうに礼を言いながら、再び着席した。

矢車とはやては皿をテーブルに置いて行く。残念ながら矢車の分は無いが、それ以外の5人にはちゃんと行き届いた。
一同はスプーンを手に取り、揃って「いただきます!」と合掌した。
なのはも、シャマルも「美味しい!」と絶賛しながら麻婆豆腐を口へと運んで行く。
「凄い美味しいよ! ピリッと辛くて、まさに本場って感じなの♪」
「当たり前だ! 矢車さんの麻婆豆腐は世界で1番美味いんだからな!」
なのはの言葉に嬉しそうに返す影山。影山自身もガツガツと、大層美味しそうに平らげて行く。

「……どうだ、美味いか? ヴィータ」
「ああ、すっげー美味いっ! 流石矢車だよ!」
「それは良かった。だが、これは俺一人の料理じゃない。八神隊長と一緒に作れたからこそ、出来た味だ」
幸せそうな顔で言う矢車。そんな矢車に、はやては少し照れながらも反応した。
「そんな事ありません。私なんてほとんど手伝いくらいしかできへんかったし……」
「いや、八神の調理もこの料理の味に大きく関わってる」
「私の調理……?」
「ああ、そうだ。さっき少し味見したが、やはり俺一人で作った時とは味が違う。」
説明を始める矢車。矢車もはやても、厨房で一度味見をしている。
というのも、料理人は自分で作った料理を、いきなり他人に食べさせる事はまず無い。どんな味かも解らない物を客に出す訳にはいかないからだ。
それに何より、味見をしない事にはどんな味かなど解る筈も無い。自分自身で味を確かめる事もまた、料理人の責任なのだ。
……とまぁ、長ったらしい説明はここまでにしておこう。再び矢車の説明に戻る。
「俺一人では、ここまで素材の個性を引き出す事は出来なかった。この味は、八神がいたからこそだ」
「でも、矢車さんの料理はいつも美味しいですよ!」
割り込みをかける影山。
「確かに俺一人でも、パーフェクトハーモニーを奏でることは出来るが……
それは俺のパーフェクトハーモニーだ。」
「俺の……?」
「そうだ。料理は確かに美味く出来るが、それは俺の腕が完全だったからだ。
一つ一つの素材のハーモニーにまで気を配ってはいなかった。」
矢車の説明に、なんとなく頷く一同。「へぇ~……」という感じだ。本当に理解しているのかは些か疑問だが。
そんな中、矢車ははやてに向き直った。
「今回の料理は俺と八神が二人で奏でた完全調和だ。また一つ、勉強になった」
「いえ……そんな……♪」
はやても少し照れている。
矢車の言う完全調和とは、矢車自身の料理の腕の事。自分の腕に頼る余り、素材一つ一つの個性を忘れていたのだ。
はやてと一緒にハーモニーを奏でる事で、矢車はその事実に気付いた。気付いた所ですぐに会得出来るとは限らないが、それでも意味があった。
だから矢車は、感謝の意を込めて、軽くはやてにお辞儀をした。

そして、「矢車の料理は素材一つ一つの個性が引き立っていない」という言葉は、皮肉にも、もう一つの世界で、『天の道を往く男』に言われた言葉でもあった。

それからしばらくして、一同が麻婆豆腐を半ば完食していた時だった。
はやてとシャマルが座っている席の間に、ZECTロゴが施されたアタッシェケースが見える。
影山は、一瞬ニヤついた後、話を切り出した。
「そういえば、八神班にもライダーシステムが回ったらしいねぇ?」
「それがどうしたんだよ。んな事前にも言っただろ?」
「……いやぁ~、誰が変身するのかなぁ~って思ってさぁ」
突然話し方が嫌味口調になった影山を、ヴィータが怪訝そうに睨んだ。
「それは俺も気になっていた所だ。誰が変身するんだ?」
「それが、まだ決まって……」
「あ~、そういえばさぁ、八神班全員揃って無いんじゃないかなぁ? あの騎士の女とかさ」
なのはの言葉を遮る影山。目が嫌味モードに入っている。明らかにシグナムの事を言っている。
流石に不自然に思った矢車は、影山を見据え、言った。
「影山、言いたい事があるならハッキリと言え。回りくどい言い方ではちゃんと伝わらないぞ?」
「いえ、別に何も? ただ、ちょっと気になっただけで……」
その時であった。
矢車やなのは達一同の耳に、聞き慣れた声が聞こえて来たのは。

「矢車ぁ? お前、なぁにをしてるんだ?」

現れたのは、ZECT士官隊長クラスの制服を身に纏い、肩にはケンタウルスオオカブトを摸したZECTロゴが施されたマントをかけた男。
ヴィータもウンザリした表情で、男に視線を送る。
「ゲッ……大和……」
「大和戦闘部隊長……」
「大和さん……大和さんもお昼ご飯ですか?」
ヴィータに続き、はやてとなのはも口を開いた。
読者の皆さんにはもうお解りだろう。そう、その男は八神班とは少々仲が悪い事で有名な男……大和鉄騎である。

「俺は今から昼飯だ。それより矢車……お前、こんなところでこんな奴らと何をしてるんだ?」
「なに、少し昼食をご馳走したまでです」
「ほぅ……?」
眉間にしわを寄せながら、矢車を睨む大和。矢車は矢車で、表情一つ変える事無く大和の目を見据えている。
「誤解なさらないように。俺は彼女達に特別な感情を抱いている訳ではありません」
「あくまで上司として……か?」
「はい。その通りです。彼女らもまた我々と同じZECTの隊員です。
戦闘時のチームワークや、士気にも関わります故、こうしてミーティングを兼ねて食事をご馳走しただけですよ」
大和は目を閉じ、ゆっくりと頷く。「ほぉう……」という感じにゆっくりと、何度も。
「(なぁ……私らミーティングなんてしてたか?)」
「(黙ってなさい、ヴィータちゃん!)」
小さな声でシャマルの耳に囁くヴィータ。シャマルは、何の動きも見せず、思念通話でヴィータを黙らせた。
今は余計な事を言わずに、矢車に任せるのが得策だ。

「……それが何か問題でも?」
「……いや、素晴らしい考えだ。矢車」
「お褒めに預かり、光栄です」
大和は矢車を指差しながら、「フン……」と嘲笑するような素振り見せる。
対する矢車も、唇を吊り上げ、ニヤッとした表情を見せ、お辞儀をする。
「お前の考えは解った。それでこいつらが少しでも役に立つといいなぁ? 矢車ぁ?」
「はい。俺に任せて下されば、マスクドライダーシステムを配備された彼女らが奏でるハーモニー……
いや……パーフェクトミッションはより完全な物となるでしょう」
嫌味ったらしくなのは達を指差す大和に、矢車はいつも通りの仕草で答えた。

なのは達は忘れていた。矢車はZECT一の策士と呼ばれる程の男である事を。
矢車は今、大和を敵に回す事無く、なのは達及び自分の弁護をしたのだ。少し考えれば思い付くような言葉だが、大和にはこれで充分だ。
「いい上司を持ったなぁ?八神ぃ……」
大和は「フン」と嘲笑うと、なのは達の前から姿を消し……

「あ~、そういえば、八神班に回された筈のライダーシステム、なんでまだこんなとこにあるのかなぁ?
一体誰が装着するんですか?八神隊長?」

消さなかった。影山が突如、大きな声でそう言ったのだ。
大和も立ち止まり、鋭い目で影山を睨む。そして次に大和が視線を向けたのは、はやての足元に置いてあるアタッシェケースだ。
「ネオゼクトやワームが活動してるって言うのに、いつまでもこんな所にライダーシステムがあるのはおかしいんじゃないですか?」
またしても大きな声ではやてに質問する影山。大和も矢車も、黙ったまま影山を見詰めている。
一方のはやては、「何を言い出す気だ」と、冷や汗を流しながら影山を見やった。
刹那、はやては「ゾクッ」という擬音と共に、背筋が凍り付く様な感覚に襲われた。
「(な、なんや……あの表情は……?)」
はやてがそう思うのも無理は無い。影山は、笑っていた。これ以上無いという程、口元を吊り上げ、嫌味な表情で。
それも大和には見えにくい角度で、はやて達にだけ見えるようにニヤニヤと笑っているのだ。
「(影山くん……あんた、一体何が言いたいん……!?)」
はやては影山と大和、そして矢車へと視線を泳がせた。

一方、ZECT本部から数十km離れた荒野。
砂にまみれた青い看板の前に、一人の男が立っていた。全身白い服を身に纏い、白いテンガロンハットにサングラスをかけた男だ。
「海鳴……か」
最近誰かに砂を払われたのであろうその看板には、海鳴市へと続く矢印が描かれていた。
男は知る由も無いが、これは先刻、フェイトとシグナムが通り、その砂を払った看板である。
ややあって、男はサングラスを外し、眩しい太陽に目を細めながらもフェイト達が通った道を見つめた。
「海鳴……この道が俺の往く道……」
それだけ言うと、再びサングラスをかけ、肩に掛けた荷物を持ち直した。
「……そして俺の往く道は……天の道。」
男は再び歩き出した。海鳴市へと向かって。

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最終更新:2007年12月27日 17:09