全ての始まりは、一つの小さな戦いだった。
本来ならば、いつもと変わらぬ穏やかな日常を送る筈だった。
巻き込まれてしまったのは、出会う事の無かった筈の戦士達の戦い。
本当なら、世界はこんな歴史を刻む筈は無かった。
本当なら、彼女達はこんな戦いに身を投じる必要は無かった。
しかし、その“本当”は今ここに覆された。
全ての物語は、ここから始まった。
――魔法少女リリカルなのはマスカレード、始まります――
◆
バスに揺られながら、高町なのははぼんやりと外の景色を眺めていた。
流れてゆく街並みは、至って平和な日常。今日もこの街は平凡だ。
少なくとも、“なのはが見ている景色は”の話ではあるが。
「どうかした? 元気ないわよ、なのは」
「え? ううん、別になんでもないよ?」
なのはの右隣から、声が響いた。
美しい金の長髪を、二つのリボンでちょこんと纏めた少女。
日本人離れした端整な顔立ち。その眉を顰めて、少女は訪ねて来た。
彼女の名は、アリサ・バニングス。
大切な親友の一人だ。
「ただ、最近この辺りも物騒らしいから、ちょっと心配だなって思って」
「あぁ、“仮面ライダー”の話? 最近もっぱら噂になってるわよね」
アリサが告げた名は、正義の味方“仮面ライダー”。
人々を襲う怪人を、無償で倒して回ると言うまるで御伽話にでも登場するヒーローのような存在。
仮面ライダーとは、どんな街にでも一つは存在する、都市伝説の一つ。
されど、それを只の都市伝説と切り捨てる事は、決して出来はしない。
何故なら。
「昨日もこの辺りで化け物、出たらしいね」
「そうらしいね。私もその話、TVで見たよ」
一つ後ろの席に座る少女達の会話が聞こえた。
二人とも、なのはの親友だ。名前はフェイトと、すずか。
最近噂に成っているのは、得体の知れない怪物が人間を殺すと言う怪奇都市伝説。
この近辺でもその目撃情報は相次いでおり、被害者も続出していると言う。
その事実が、仮面ライダーに纏わる都市伝説の信憑性を物語っていた。
(街はこんなに平和なのに)
なのはは思う。
バスの奥で、流れて行く景色は至って平和なものばかり。
笑顔で街を行く親子連れの家族。買い物を楽しむ若者たち。
そのどれもが、怪物など無縁だと思わせる程の平和を享受しているのに。
「――それじゃあね、なのは、フェイト」
「うん、またね」
バスが停車したのは、なのは達の家から最寄りのバス停。
ぼんやりと考えているうちに、気付けばバスは目的地へと到着していたのだ。
傍らで小さく手を振るフェイトと同じ様に、なのはも笑顔で別れを告げる。
この光景も、何の変哲も無い他愛ない日常の光景であった。
なのはの周囲を取り巻く世界は、いつも通りの平凡な平和。
少なくとも、この瞬間までは。
ACT.1「始まりの夜、ビギンズナイト」
月の光も薄暗い、不気味な夜だった。
胸元に赤き宝玉を煌めかせ、なのはは走る。
息を切らせて、夜のオフィス街を走り抜ける。
完全に息が切れる前に、胸に輝くレイジングハートを掲げた。
閃光は一瞬。
なのはがその身に纏っていた制服は、桜色の光と共に消失。
アスファルトを蹴り、空に飛び上がる時には、その衣服は異世界の防護服へと変わっていた。
白いドレスの様なイメージは元のまま、胸元で揺れるは大きな赤のリボン。
身体を覆う白のドレスに、青のラインが数本走る。
小さな手に握り締められるは、魔法のステッキ。
「行こう、レイジングハート!」
力強い言葉と共に、なのはは夜空を翔ける。
レイジングハートが感じ取ったのは、この街に起こった異変。
魔法を用いた戦闘が、この近くで行われているらしい。
ならば自分がそこへ赴かない道理は無い。
もしも知り合いの誰かが戦っているなら、話を聞く必要がある。
もしもその誰かがピンチなら、自分が手助けする必要がある。
だから、その一心でなのはは星空を翔けて行く。
それから、戦場にたどり着くまでにほんの数十秒と掛らなかった。
「ハァッ!」
なのはの視界の先。
金の閃光となったフェイトが、携えた戦斧を振るう。
相手は、灰色の怪人。牛に似た頭を持った怪人は、剛腕を振るいフェイトに応えた。
灰の拳と漆黒の戦斧が激突し、拮抗。
一瞬の接触で、激しい火花が撒き散らされた。
怪人がもう片方の腕を振り上げ、フェイトを殴りつける。
が、それをみすみす受けるフェイトでは無い。
その一撃を受けるよりも速く、その場から飛び退いた。
「フェイトちゃん、大丈夫!?」
「うん、まだ大丈夫……だけどアイツ、強いよ」
なのはとフェイト、二人の魔道師が夜空に並んだ。
視界に捉える化け物は、まさしく街の噂の中心人物。
学術的に未だ人類にとって未確認とされる生命体。
灰色の牛の怪人は、拳を振り上げてこちらを威嚇する。
「一応聞きたいんだけど……これって、どういう状況なのかな?」
「悲鳴を聞いて駆け付けたんだけど……私の目の前で、あの怪人に襲われた人が……」
フェイトは、表情を曇らせた。
その視線の先に残されていたは、どういう訳か山のように積まれた灰。
海から吹き抜ける風に吹かれて、灰は夜空に舞って行った。
「灰に、されちゃったんだ」
言葉の続きを告げた。
なのはがその意味を理解する前に、その身に降りかかるは敵の襲撃。
牛の怪人が、肩からぶら下がった鉄球を自分たちに向かって投擲したのだ。
されど、それは回避出来ない速度では無かった。
一瞬の判断で、左右へと飛び退いた二人の間、灰色の鉄球が空を切る。
「どうして……どうして人を襲うんですか!」
「無駄だよなのは……アイツに言葉は通じない!」
フェイトが奥歯を噛み締め、言った。
この様子を見るに、どうやらフェイトは既にあの怪人への対話を試みたらしい。
されど、返って来る返事に、人を殺して良い道理などは皆無であった。
街を、人を泣かせる怪人を放っておく訳には行かない。
だからフェイトは戦っていたのだ。
「俺達オルフェノクに、人間を襲う理由を聞いてどうする」
「オルフェノク……?」
二人の会話を聞いてか、オルフェノクと名乗るそれが答えた。
それは、全くもって聞き慣れない単語。
まるで何かの神話にでも登場する神のような。
そんな印象を受けた。
「人間だって動物を殺す、それと同じだろうが!」
「そんな理屈で……! 人を殺されてたまるかッ!」
胸に宿る義憤を、感じるままに口にしたのはフェイト。
憤りをぶつける様に、バルディッシュを振り上げ、加速。
一瞬の内に、オルフェノクと名乗る怪人に肉薄した。
そして、展開した金の魔力刃で、オルフェノクの胴体に一撃を入れる。
オルフェノクの巨体が怯んだ。
今の一撃は、確かに利いている。
「無駄だ!」
そう思ったのもつかの間。
次の瞬間には、オルフェノクが反撃に転じていた。
肩からぶら下がった鉄球を、己が拳に装着し、それを力の限りフェイトにぶつけた。
金の魔力は咄嗟に障壁を発生させ、その威力を緩和させる。
が、それでも威力は十分だった。
「ガッ――ァ」
「フェイトちゃん!!」
なのはの叫びが木霊した。
フェイトの身体が、アスファルトをバウンド。
なのははフェイトのすぐ傍に降り立ち、その身体を心配するように抱き抱えた。
それは、戦闘中に決して見せてはならない一瞬の隙。
そして、その一瞬を狙うのが戦闘に於いてのセオリー。
「死ね……!」
辛辣な暴言と共に投擲されたのは、先程と同じ鉄球。
鉄球は、標的を打ち砕かん勢いで飛ぶ。
それはさながら、弾丸の様で。
「おばあちゃんが言っていた――」
しかし、その一撃はフェイトには届かない。
何処かから現れた赤い閃光が、鉄球を弾き飛ばした。
なのはが反応出来ない攻撃では無かったが、赤の閃光はそれよりも速く。
なのはが手を出す前に、空を裂く赤き閃光が鉄球を叩いたのだ。
「男がやってはいけない事が、二つある」
赤い閃光は、キュインキュインと機械音を鳴らしながら、飛行する。
夜闇に紛れて良く見えないが、それは光り輝く青の羽で飛行していた。
まさしく昆虫を連想させる様な羽音を鳴らしながら、それは一人の男の手中に収まった。
「女の子を泣かせる事と、食べ物を粗末にする事だ」
男の顔は、良く見えなかった。
身長は高くて、良く通る低い声が特徴的。
それだけで、男と判断するには十分だった。
「変身」
告げる言葉は、一言。
男が手中に収まった赤の機械を腰に装着した。
ベルトに納められたそれから、六角形の光が無数に展開されて行く。
――HENSHIN――
鳴り響く電子音声。
光が消え失せる頃には、男の姿は人間の物では無くなっていた。
身体を守る銀と赤の装甲は、マッシブなイメージを抱かせる。
大きな青の複眼は、目の前の怪人を視界に捉えて離さない。
怪人が、吐き捨てる様に言った。
「お前が噂の仮面ライダーか」
「ほう。貴様の様な塵にも見る目だけはある様だな」
「なんだと……?」
銀色の装甲戦士は、否――
“仮面ライダー”は至って冷静に嘯いた。
どうやら今の一言、オルフェノクの逆鱗に触れるのは十分過ぎたらしい。
オルフェノクの視線からは、本当に視線だけで焼き付けてしまいそうな程の怒りが感じられた。
「仮面……ライダー……!?」
「まさか……本当に居たの!?」
フェイトと共に、驚愕の声を上げた。
少なくとも、なのはは十分に驚いている。
一緒に居て、都市伝説を目の当たりにしているフェイトも同じだろう。
二人の視線の先、銀の仮面ライダーがゆっくりと歩き出した。
目撃するのは、伝説の戦士・仮面ライダー達の戦い。
この戦いは、全ての始まりを告げる夜・ビギンズナイト。
今ここに、この街を泣かせる怪人と、それを撃退する仮面ライダーの伝説が、始まろうとしていた。
◆
その日、仮面ライダーを目撃したのは彼女達だけでは無かった。
それはなのは達が仮面ライダーを目撃したのと同じ、今日この日。
もう一つの物語を始める為には、数刻遡る必要がある。
それは、まだ日の落ち切っていない下校時間。
「――へぇ、じゃあはやては、シグナムさん達と一緒に暮らしてるんだ」
「そういう事。シグナムも他の子らも、私の大切な家族や」
優しい微笑みを浮かべて、八神はやては言った。
話相手は、途中まで帰り道が同じのクラスメイト――栗原天音。
天音との会話は、有り触れた他愛ない雑談。
家に帰れば、優しい家族が待っている。
だからはやては、親が居なくても寂しくは無い。
「私の所にも始さんっていう居候が居て――」
話は次第に膨らんで行った。
お互いの家に共通する事項は、居候が居る事。
そして、その居候を大切な家族として捉えている事。
天音の場合は、その「始さん」という男性を少し特別な目で見ているような気がしたが。
それは女の子が異性に抱く感情にも似ているし、純粋な憧れの様にも感じられる。
少なくとも、この天音という少女は「始さん」が大好きなのだろう。
「――でも始さん、いきなり居なくなっちゃう事が多くてさ」
「いきなり?」
「そうそう、何かに気付いたみたいにいきなり出て行っちゃうの。
もしかして、始さんがこの街を守る仮面ライダーの正体だったりして!」
「あはは、そうやったらええのになぁ」
天音の言葉が冗談だと言う事は解っている。
確かに仮面ライダーの都市伝説を聞いた事はある。
が、実在したとしてもまさかこんなに身近に居るとは思えない。
だからはやても、柔らかな微笑みで返した。
その時だった。
「――きゃッ!?」
「何や……これ!?」
出来事が起こったのは、本当に唐突だった。
突然視界が黒の陰に覆われたと思ったら、次に感じたのは刺す様なむず痒さ。
その現象を引き起こすものの正体が、はやてには一目で理解出来た。
何の事はない、これは只の蜻蛉だ。只の蜻蛉が、群れをなして飛び回っているのだ。
しかし、問題と成るのはその数。この数は明らかに常識の範疇を越えている。
「カ……リ……ス」
「――!?」
不意に、声が聞こえた。
周囲を見るが、しかしそこには何者も存在しない。
人っ子一人居ない不気味なゴーストタウンで、声だけが響いて居た。
はやては声の主を探して、周囲を見渡す。
(あれは……!?)
それを見付けるまでに、時間は掛らなかった。
視界の先で、宙に浮かんで居たのは一人の怪物。
二つの赤い複眼に、昆虫を思わせる黒の仮面。
全身は刺々しい黒の鎧に覆われて、背中からは蜻蛉に似た羽を生やしていた。
最早間違い無い。この街の都市伝説、未確認生命体。
(どうする……バリアジャケットを装着するのを見られる訳にはいかへんし、
だからってそれじゃシグナム達が来るまで持ち堪えられるかわからへん……!)
焦燥を感じた。
今のままでは、あの怪物に太刀打ち等出来はしない。
ならばどうすればいい。答えは一つだ。今はとにかく、逃げるしか無い。
「逃げよう、天音ちゃん!」
「え……ま、待って――」
しかし、天音の脚は動かない。
怪物を目の前にしてしまった恐怖と、大量の蜻蛉による妨害。
それらが天音の行動を阻み、その場で動けなくしてしまっているのだ。
これは拙いな、とはやては思う。
刹那。
ひゅう、と一陣の風が吹き込んだ。
それは最早、“風”と言うよりも“突風”と表現する方が相応しい。
目も開けていられない程の突風が、はやて達を取り囲んだのだ。
突風ははやての周囲の蜻蛉全てを吹き払い、怪物へと吹き荒ぶ。
風が止んだ後で、はやては瞳を開けた。
「この子に――」
目の前に立ち塞がるは、仮面を付けた漆黒の戦士。
二人の視線の先。戦士は、自分達に背中を向けて怪物と相対する。
それはまるで、怪物から自分たちを守護するかの様に。
腰を低く落とした戦士は、両刃の剣を構え直し。
「――近付くなぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
絶叫した。
初めて戦士を見たはやてにも解る程の憤怒を吐き出した。
守る為に怪物と戦うこの戦士こそ、まさしくあの都市伝説に登場する英雄では無かろうか。
その名は、街や人を泣かせる怪物から人々を守る、正義の戦士に名付けられた名前。
何だったろうか。はやては、彼の者の名を知っている。
そうだ、その名は。
「仮面ライダー……!」
ここに、魔法少女達と仮面ライダーは邂逅を果たした。
嗚呼、されどそれは、これから始まる物語の、ほんの序章でしか無い。
この日彼女らを襲った出来事。仮面ライダーと、怪人との出会い。
それは、数多の世界のライダーが織り成す仮面舞踏会の幕開けを示していた。
最終更新:2010年02月11日 04:02