その一撃は唐突だった。
 『予測』不能ッ、『防御』も不能ッ! 完全に不意を突いて、その一撃は用心深いなのはの懐に直撃した。



 今、SLBの為の魔力を終息し終え、発射寸前という臨界状態のなのはの胸から、何者かの手が『生えている』―――ッ!!



"ドッバアァアアアア―――z_____ッ!!"



「なッ……ぁ、ぁああ……ッ!!?」



 突如、何の前触れもなく自身の体の内側から走った衝撃に視線を降ろせば、何者かの腕が胸から突き出ていた。
 肉体を突き破って出てきたものではない。しかし、この手は確かになのはの内部を貫いて出現しているッ!
 そして、その手のひらの中には、なのはの魔力の源である『リンカーコア』があった。
 貫いていたのは『肉体』ではなく『魔力的器官』だ。




「な……なのはァアアアアーーーッ!!」



 ある種凄惨な光景に、それを見てしまったフェイトが悲壮な叫びを上げた。
 しかし、助けに行きたくとも、シグナムがそれを許さない。



「う……あ、あ、ぁあああ……っ」



 全身を襲う脱力感と内臓に直接触れられているような激痛を感じながら、なのはは思考を回転させた。
 SLBは……『撃てる』! 依然、魔力は集束中! だが、自身の魔力が猛烈な勢いで減少している。『行動』しなければ、今動けるうちにッ!



 すぐにでも気絶してしまいそうな、断末魔の一瞬! なのはの精神内に潜む爆発力がとてつもない冒険を生んだ。
 普通の魔導師は追い詰められ、魔力が減少すればリンカーコアを庇って逃げようとばかり考える。
 だが、なのはは違った!
 逆に!



『な、何……この子!?』



 遠く離れたビルの屋上から、なのはのリンカーコアをデバイス『クラールヴィント』によって掴んでいたシャマルも、その変化に気付いた。




「レイジング……ハート、『バインド』……ッ!!」



 なのはは自らの心臓とも言うべきコアを握り締めた敵の腕を、逆にバインドで自らの体ごと縛り付けて、固定したのだ!




「馬鹿な、正気か……っ?」
「なのは、なんて事を……!」



 それと見たシグナムとフェイトも戦闘を中止するほどの、驚愕の判断だった。
 自分のリンカーコアを握る相手の腕を、逆に『固定』する。普通の者はそんな判断は下さない。
 実際に、なのはも一人で戦っていたのなら、こんな無茶はしなかっただろう。まず、ダメージを最小に押さえる事を考える。




 しかしッ、なのはは本能で理解していた。
 感覚で分かる。魔力が吸い上げられる感覚、この手は自分の魔力を『吸収』している!



(これは……『この攻撃』はマズイッ! 魔力弾とか結界とか、そういう魔法攻撃じゃなく、この全く違う『攻撃』は危険だ……ッ!)



 敵を倒す為の手段ならば、コアを捉えた時に全ては決している。
 だが、敵はコアを潰すのではなく吸収する事を選んだ。
 その行為にどういう『目的』があるのかは分からない。しかし、魔力を『奪う』という手段が、計り知れない『大きな目的』に直結しているのだと、なのはは直感した。



 この『敵』、この『目的』を放置しておくのは危険だ。ここで倒しておかなければならない―――ッ!



 なのはは、己の直感に従って、そう判断したのだった。



「目標、変更……既に、『位置』は掴んでいるの……ッ!」
『……! い、いけない!!』



 レイジングハートの砲口が向きを変える。
 シャマルは我に返った。あの少女は、自分を捉えている。自分は既に狙われている、と!



「スター……ライト……ッ」
「シャマル!」



 冷静に動けたのはザフィーラだけだった。
 アルフとユーノを弾き飛ばし、全速力でシャマルの元へ駆けつける。



「ブレイカァァァーッ!!」



 次の瞬間、桃色の閃光が一直線に空間を切り裂いた。





『シャマル、無事か!?』
『……ええ、なんとか。寸前でザフィーラが防御してくれたわ』
『だが、逸らすので精一杯だった。おまけに、俺もダメージを受けた。とんでもない威力だ、片腕が動かん』



 爆光の後、すぐさま念話を飛ばしたシグナムの心に仲間の声が返ってくる。
 シグナムは安堵した。
 ヴィータの消息も不明な今、これ以上仲間を失うのは御免だった。
 そして今、もう一つの意味でも安堵していた。



 なのはは、SLBを放つと同時に、力尽きて倒れ伏していた。



「さすがに、無茶をしすぎたようだな。だが……正直冷や汗をかいたぞ。恐ろしい発想と度胸を持った魔導師だ」
「な、なのはぁ~……」



 一方のフェイトはシグナムとは全く正反対の心境だった。



「わ……私、どうすれば……? な、なのはが……嘘だ!」
「……どうやら、あの魔導師がいなければ本当に何も出来ないようだな」



 未だ戦える状態にありながら、既に戦意喪失してうろたえるしかないフェイトを冷めた目で一瞥し、シグナムはレヴァンティンを構えた。
 予想外の事態はあったが、魔力は十分に手に入れた。あとはヴィータを回収して、増援が来る前にここから逃走するだけだ。



「ザフィーラとヴィータの容態も気になる。さっさと済ませるか……消えろ!」



 目の前にシグナムが迫っても、もはや震えることしか出来ないフェイトに向かって無慈悲に剣を振り上げる。
 ―――しかし、突如下方から閃光が飛来し、シグナムは反射的にそれを回避した。



「何……っ!?」
「……え?」



 フェイトから離れたシグナムを、更に別の閃光が襲う。
 桃色の光を放つ魔力弾。それが四つ、ミサイルのように自在に軌道を変えて、シグナムに襲い掛かっていた。
 それはッ、間違いなくなのはが持つ魔力の光! 彼女の魔法『ディバインシューター』だったッ!!



「な……」



 フェイトは目を見開いて、魔力弾の飛来した方向に視線を走らせた。




「ディバイン……シュー……ター……」
「なのはァアァァァ―――ッ!!」




 起き上がる事も出来ないほど衰弱した体で、しかしなのはは半ば無意識に魔法を使い続けていた。
 朦朧とする意識で操作されているとは思えないような正確さと、獣のような獰猛さで、ディバインシューターは逃げ回るシグナムに追い縋っていく。



「うっ、ううっ……。本当に、その通りだったんだね……なのは」



 フェイトは、ボロボロになりながらも戦うなのはの姿に溢れる涙を堪えきれず、震える声で呟いた。
 脳裏に、かつてなのはと戦った時の事が思い出される。
 あの時、なのはの示した『覚悟』が。その時、なのはが言葉にした『覚悟』が。



「『いったん食らいついたら、腕や脚の一本や二本失おうとも決して『魔法』は解除しないと』私に言った事は!」



 海上での戦い。事実上、なのはとの最後の戦いになったあの時、彼女の叫んだ言葉が鮮明に浮かんでくる。
 その言葉は、あるいは冷酷な響きを持っているのかもしれなかった。



 ―――しかし、同時にフェイトは別の言葉も思い出していた!
 なのはが、厳しさだけではなく、途方もない優しさを抱えている事を実感した時の言葉も!





 全ての出来事が終わり、一旦のの別れとなった、二人で会ったあの時の事―――。



「これから、もうしばらくお別れになっちゃうね……なのは」
「……うん」
「私ね、なのはと友達に……なりたいな」
「……」



 必死に言葉を紡ごうとするフェイトの様子に、なのははチラリと一瞥を向けただけだった。



「でも、私、友達になりたくても、どうすればいいかわからない……。だから、教えて欲しいんだ、どうしたら友達になれ―――」
「ねえ、フェイトちゃん。さっきからうるさいよ 『友達になりたい』『友達になりたい』ってさァ~~」
「え……」



 無言のなのはに不安になり、捲くし立てるように喋っていたフェイトは、突然遮ったなのはの突き放すような言葉に凍りついた。
 恐る恐る顔を上げれば、なのはは戦った時のような強い視線で自分を見つめている。
 その強すぎる意志の瞳を、フェイトは睨まれているのだと感じた。



「どういうつもりなの、フェイトちゃん。そういう言葉は私達の世界にはないんだよ……。そんな、弱虫の使う言葉はね……」
「ご、ごめんなさい……っ!」



 なのはの強い口調に、フェイトは絶望的な気持ちになりながら俯いた。
 拒絶されたのだと、考えた途端に涙が溢れてくる。
 友達になりたいなどと、なんておこがましい考えだったのか。フェイトは自分が分不相応な領域に踏み込んでしまったのだと感じた。
 ……だが、そんな弱気な考えに沈んでいくフェイトを意に介さず、なのはは告げた。



「ごめんなさい……もう友達なんて欲張りな事言わないから……っ」
「『友達になりたい』……そんな言葉は使う必要がないんだよ。
 なぜなら、わたしや、わたしの親しい人達は、その言葉を頭の中に思い浮かべた時には! 実際に相手を抱き締めて、もうすでに終わっているからなの―――」



 そして、なのはは泣きじゃくるフェイトを強く抱き締めた。



「え、なのは……?」
「『友達になりたい』と心の中で思ったのなら、その時スデに絆は結ばれているんだよ」



 そう言って笑ったなのはは、やはり、いつもの幼い少女の顔ではなかったが―――フェイトの全てを包み込むような、黄金の輝きを放つ笑顔を浮かべていた。



「な、なのはァァ~……ううッ」
「フェイトちゃんもそうなるよね、わたしたちの友達なら……。わかる? わたしの言ってる事……ね?」
「う……うん! わかったよ、なのは」
「『友達だ』なら使ってもいいッ!」



 今度は嬉しさで泣きじゃくるフェイトの体を抱き締めた、小さいけれど大きく、暖かいなのはの腕を、今でもはっきり覚えている―――。



「―――わかったよ、なのは! なのはの覚悟が! 『言葉』ではなく『心』で理解できたッ!」



 ┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨ ┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨



 そして、フェイトは変貌していた。
 その『面がまえ』は、10年も修羅場を潜り抜けてきたような『凄み』と『冷静さ』を感じさせる。それは、はっきりと『成長』だった。
 もう、プレシアの影を追い続ける泣き虫のママッ子(マンモーニ)なフェイトはいなくなったのだ!



「『友達になりたい』と思った時は、なのはッ!」
『<Scythe form> Setup!』



 フェイトの戦いの意思に呼応し、バルディッシュがフォームを変化する。



「―――すでに私達は絆で結ばれているんだね」



 かつてない速度で飛翔する。
 本来の戦闘スタイルを取り戻したフェイトは、かつてなのはと戦った時と同等……いやかつて以上のスピードでシグナムに肉薄した。
 レヴァンティンの刃と、バルディッシュの光刃が激突する。



「何、この気迫……! さっきとはまるで別人だ!?」
『シグナム、聞こえる? ザフィーラとヴィータを連れて逃げたいんだけど、ダメなの! まだ私の腕は固定されているみたいなのよ!!』



 眼前に迫るフェイトと聞こえてきたシャマルの念話に、歴戦のシグナムをして冷たい戦慄が走り抜けた。




「やるの……フェイトちゃん。わたしは……あなたを、見、守って……いる、よ……」




 ―――もはや半ば気を失いながら、魔法を行使し、且つ自分の命を鎖にして敵を捉える続ける少女の覚悟。
 ―――僅か時間で、臆病な弱者から戦士へと変化した目の前の少女の成長。



 シグナムは自らの体験している出来事が、まったく未踏の領域にある事を理解した。
 苦境には何度も立たされた。命がけの戦いにも挑んだ。
 だが、今自分が目にしているものは、それらとは全く種類が違う『脅威』だ―――!



「何者だ……お前達は!?」
「なのはが選んだ……『撃退』じゃなく『撃破』! アナタたちはここで倒すッ!
 私はフェイト・テスタロッサ! 高町なのはの『友達だ』―――ッ!!」




 バ―――――z______ン!






 リリカルなのはA's 第二話、完! 戦闘―――続行中!!



  • ヴィータ―気絶中。
  • シャマル―拘束中。
  • ザフィーラ―負傷。なのはのバインドを解除作業中。
  • アルフ、ユーノ―負傷、気絶中。
  • なのは―昏睡状態。しかし、魔法は依然継続中。



to be continued……>



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最終更新:2008年01月22日 17:54