なにかが少しずつ目減りしていく感覚に襲われる。
けれど、それがなにかわからない。
大切なものだった気がするし、どうでもよかったものだった気もする。
戦闘技能は目減りしていないから気にする必要も無いだろう。
なのはとの約束を果たすべく、昼は穏やかに過ごして、
日が沈めば夜明けが来るまで延々とシミュレータ。
なにか忘れたままの気がするし、使い慣れない言葉が思考に奔った気もするけれど、
それらもきっと気のせいだろう。
なんせ、戦闘技能は目減りしていない。
バトー博士は変わらず元気で、兼ねてから考えていたアルファの改造を依頼した。
這いずり回らないゴキブリなんて価値ないじゃんって言われたけれど。
シミュレータで展開された作り物の廃墟の暗闇で考える。
『*す』という思考なしでこの問題をどうやって成したものか。
魔法少女リリカルなのはStrikerS―砂塵の鎖―始めようか。

第10話 兆候

前略、ギン姉へ
この間のちょっとした事件からもう2週間。
ティアはもうすっかりいつものティアに戻りました。
それに、この間の事件がきっかけでエリオやキャロ達とも、
いろいろ深い話ができるようになって、なんだか嬉しかったりします。
なのはさん達の教導もとても丁寧に説明してくれるようになりました。
今までの訓練には漠然としたイメージしかなかったけれど、こういう場面でも使えるんだ、
こんな意味があったんだ、こんな応用ができるんだって教えられることばかりで
本当に驚きの連続です。
この間の事件からはんたさんもなんだか穏やかになりました。
相変わらずの無表情だけど、人当たりがなんだか柔らかくなったみたいで、
とてもいい感じだと思ってます。
いつもなら『ドラム缶押してくる』と言ってどこかへ行ってしまうばかりだったのに、
最近は訓練中に姿をみせるようになりました。
それにあたし達の自主練習に付き合ってくれるようにもなりました。
エリオやキャロ、それにティアの自主練習に付き合っていることが多いです。
あたしも度々相手してもらったのだけど、本当に子ども扱いされてしまいました。
あたしが未熟すぎるのか、はんたさんが強すぎるのか、たぶん後者です。
でも、なんだか突然フォワード4人に頼れるお兄さんができたみたいな感じです。
けれど、どこか・・・・・・距離が開いたような気もします。
気のせいでしょうか。
なにはともあれ、そんな感じで日々過ごしています。
じゃぁ、またメールしますね。
―――――スバルより。

「はい、今朝の訓練と模擬戦も無事終了。おつかれさま。
でね、実は何気に今日の模擬戦が第2段階クリアの見極めテストだったんだけど・・・・・・。」

いつもの訓練、いつもの模擬戦。
人一倍頑丈なあたしにさらに体力がついてきたと思うけれど、
それでもへとへとになってしまう密度の高い内容は相変わらず・・・・・・。
むしろ、その訓練がなにに繋がるのか、明確な方向を示してくれたから集中力とか
やる気が全然違ってて、あたしも含めてフォワード4人の気合いの入り方は物凄い。
だからだろうか。
なんだか真綿が水を吸い込むみたいに、訓練の内容が身体にしみこんでいく感覚。
この間まではきつい訓練で悲鳴を上げたいって感じだったけれど、
今は身体がどんなにきつい訓練をたくさんされても笑っていられそうな感じ。
それでもやっぱりきついや。
へとへとになって座り込んだあたし達。
同じ訓練をしていたはずなのに、息も切らせずに傍らに立っているはんたさんはさすがだ。というかフォワード4人の訓練内容の3倍量ぐらいを半分の時間で終わらせていたような気がするんだけど、あたしの見間違いだよね?
ティアがバケモノでも見るみたいな視線とか、エリオとキャロが尊敬しているみたいな
きらきらーってした視線がはんたさんに向いてるけど。
心の健康のために考えないようにしよう。
さて、そんなあたし達に向けてなのはさんがさらっと言った言葉は、
まさに青天の霹靂っていうやつで、皆一様にええっ!?って驚きの声をあげる。
感情を見せないはんたさんも珍しく驚いたのか、少しだけ眼を大きく見開いている。
そんなあたしたちの視線の先で、
微笑んでみせるなのはさんがフェイト隊長とヴィータ副隊長に問いかける。

「どうでした?」
「合格。」
「「はやっ!!」」

微笑みながら言葉を告げるフェイト隊長の答える速さに、
思わずあたしとティアが突っ込んでしまう。
フェイト隊長、そこって即答する場面じゃないと思います。
もうちょっと勿体つけるとか、云々かんぬん難しい前置き言ってからとか、
そういう場面じゃないのですか!?

「ま、こんだけみっちりやってて問題あるようなら大変だってこった。」

ヴィータ副隊長の言葉にエリオとキャロが苦笑い。
あれだけきつい訓練やって、まだ足りないって言われたら・・・・・・。
第3段階ってどんな次元なのか想像さえつかなかったかもしれない。

「わたしも皆いい線いってると思うし。じゃ、これにて2段階終了。」

なのはさんの言葉にフォワード4人が異口同音に歓声をあげる。
口頭ではっきりとレベルアップを告げられるとやっぱり嬉しい。

「デバイスリミッターも1段解除するから後でシャーリーのところに行ってきてね。」
「明日からはセカンドモードを基本形にして訓練すっからな。」
「「「「はいっ!!!!」」」」

フェイト隊長とヴィータ副隊長の言葉に威勢よく返事を返す。
あれ?
なにかおかしな言葉を言ったような・・・・・・。

「えっ?明日?」
「ああ、訓練再開は明日からだ。」

キャロの言葉で気がついた。
今日の午前とか午後じゃなくて明日?

「今日はわたし達も隊舎で待機する予定だし。」
「皆、入隊日からずーっと訓練漬けだったしね。」

どういう意味だろう。
フォワード4人で戸惑いながら顔を見合わせる。
書類仕事のやり方を教えるとか、まさか座学をやるって言い出すとか・・・・・・。
うう、どっちも苦手なのに・・・・・・。

「まぁ、そんなわけで・・・・・・。」
「今日は皆1日お休みです。」

突然与えられたのは初めての休暇。
たった1日だけでも、物凄く嬉しい。
もう嬉しいというしか表現する言葉が無いくらいに嬉しくって、たぶん皆も同じ気持ちで、
『わぁー』って小さな子が無邪気に喜ぶみたいな声をあげるばかり。

「街にでも出て遊んでくるといいよ。」
「「「「はーい。」」」」

なのはさんの言葉に、本当に子供みたいな返事を4人で返すばかりだった。
後でティアが自分の振舞いに真赤になっていたのはあたしだけの秘密かな。
無邪気でかわいいと思うんだけどな。


「・・・・・・当日は、首都防衛隊の代表レジアス・ゲイズ中将による管理局の防衛思想に
関しての表明も行われました。」

食堂で食事していた皆の手が止まり、流れていたニュースに視線が集まる。
わたしも内容が内容だけに聞き逃せない。

「魔法と技術の進歩と進化。素晴らしいものではあるがしかし!!!!!
それがゆえに我々を襲う危機や災害も10年前とは比べ物にならないほどに危険度を増している。兵器運用の強化は進化する世界の平和を守るためである!!!!」

モニターの向こうに広がるざわめき。
対照的に六課の食堂は静寂を保ったまま。

「首都防衛の手は未だ足りん。地上戦力においても我々の要請が通りさえすれば、地上の犯罪も発生率で20%、検挙率では35%以上の増加を初年度から見込むことができる。」
「このおっさんは、まだこんなこと言ってるのな。」

レジアス中将の演説が続く中、ヴィータちゃんのそんな言葉が食堂に響く。

「レジアス中将は古くから武闘派だからな。」
「あ、ミゼット提督。」
「ミゼットばあちゃん?」

中央にでかでかとレジアス中将が移るモニターの片隅に見覚えのある顔を見つけて
思わず呟いていた。

「あ、キール元帥とフィルス相談役も一緒なんだ。」
「伝説の3提督揃い踏みやね。」
「伝説?」
「ああ、はんた君は知らないよね。時空管理局を黎明期から今の形まで整えた功労者さんがあの3人で、伝説の3提督って呼ばれてるんだよ。」
「へぇ。」

はやてちゃんからフェイトちゃんを経由してパンの入った篭が回ってくる。
篭からパンを手に取りながら、わたしははんた君の疑問に答えてあげる。
同じようにパンを取りながら返ってきた返事は短い。
けれど、殺伐とした様子がかけらも無いやり取り。
今までなら2つ3つおまけがついてきたのに・・・・・・。
今までの振舞いが作っていたものだったのか。
それともこれが本来のはんた君なのか。
パンがケチャップとマスタードに漬かっちゃってる以外はとても静かなはんた君。

「私は好きだぞ。このばあちゃん達。」
「護衛任務を受け持ったことがあってな。ミゼット提督は主はやてやヴィータ達が
お気に入りのようだ。」

ヴィータちゃんが素直に誰々が好きなんて口にするなんて珍しいと思ったら、
シグナムさんがコーヒーを飲みながらそんな説明をしてくれる。

「ああ、そっか。」
「なるほど。」

わたしとフェイトちゃんが納得いったって声を上げると、
食堂にきゃらきゃらと笑い声が響いた。
ニュースの内容も変わり、穏やかな談笑が進んでいく。
なんだか奇跡のような光景。
一番奇跡と思わせる要素は、はんた君。
聞き手に回って相槌を打ったり、『へぇ』とか『そうなのか』ぐらいしか言っていないけど、
物凄く平穏で怖いくらい。
はやてちゃんがなにか考えたような顔をした。
もしかして・・・・・・。

「そういえばはんた。レジアス中将に熱烈な勧誘もらっとったけどなんでや?」

案の定、話をはんた君に振った。
これならまともな答えを返さざるを得ない。
はんた君の性格上、『さぁ?』なんて言葉で終わらせることはまず無いだろう。
そうなると・・・・・・。
はやてちゃん、性格黒くなってない?
けれど、予想に反してはんた君は穏やかなまま。

「魔法なしで戦えるからだろう。レジアスの思想はヘイワを維持するために戦闘に参加可能な人間を増やしたいという意味が一番近い。素質に左右される魔法よりも、誰でも使える質量兵器を推したいのだから、魔法に頼らず戦える人間が欲しいんだろうさ。」
「そ、そうか。そういうものなんか。」
「なるほど。確かにありえるな。だが、はんた。レジアス中将の理想が実現されて平和になるのか?・・・・・・はんた?」

マスタードまみれのパンを加えたまま、凍りついたみたいに動かないはんた君。
咀嚼を繰り返していた口も止まっている。
いったい・・・・・・。

「・・・・・・。・・・・・・。・・・・・・。ああ?なんだって?」
「大丈夫か?レジアス中将の考え方はお前からみてどう思うって聞いたんだ。」
「情報は必ず漏れるから敵も味方も同じ条件になる。だから何も変わらない。
あるいは質量兵器は誰でも使えるからマイナス修正といったところか。
ところで検挙率ってどういう意味だ?」
「ええと、検挙率っていうのは・・・・・・。」

しどろもどろになりながら検挙率を説明しているフェイトちゃん。
夢じゃないかと疑い始めたのか頬を抓っているはやてちゃん。
穏やかだ。
物凄く穏やかだ。
怖いぐらいに穏やかだ。
中身を交換した偽者なんてこと無いよね?
沈黙があったのが気になるけれど、受け答えも物凄くまとも。
はんた君の言葉を聞いてみればなるほどと思えてくる。
レジアス中将の魔法とレアスキル嫌いは有名だけど、
もしかしてはんた君の考えが確信をついているのかな。
機動六課はリミッターつきとはいえ、高ランク魔導師が集まってる。
でも、他の部隊じゃそうはいかない。
保有魔力制限の中、人材を上手くやりくりしている。
質より量か、量より質か。
保有魔力という上限がその2択を迫ってくる。
質を高めれば手が足りない、量を増やせば個々の能力が小さくなる。
それに、わたしが教導していたように人は育ててあげないといけない。
魔法学校を卒業してきたりしてある程度の水準はあるけれど、
それでも個人差があるから同じことを同じように教えるわけにもいかない。
それに誰もが同じ方法で同じ問題を解決するとも限らない。
皆が少しずつ違っている。
人間だから・・・・・・。
機械みたいに同じものをたくさん作れない。
それに、階級が上がればいつまでも現場に出ていくわけにもいかない。
クロノ君なんかいい例かもしれない。
10年前は現場であんなに動いていたのに、
提督になってからは現場で直接戦闘はしたことがない。
フェイトちゃんのお母さんのときのリンディさんが、それこそ特殊な状態だったのかな。
もしも、レジアス中将の言葉が実現すれば関係は逆転するかもしれない。
デバイスと魔法という手段を用いないで、わたしやフェイトちゃん、
ヴォルケンリッターの皆やはやてちゃんの力を再現できれば、
保有魔力制限なんて関係がなくなる。
誰でも水道から水をコップに注ぐみたいに、
1人でも多くの人が助けられる。
はやてちゃんと向いている方向は同じ気がするのに、考え方は正反対を向いてるみたい。
なんだろう。この気持ち悪い感覚は・・・・・・。

「はんた君、レジアス中将の言葉が実現したら世界はどうなるかな?」

たぶん、この問いに答えられるのははんた君だけ。
質量兵器の溢れる世界に生きてきたはんた君だけが・・・・・・。
ひょっとしたらシグナムさんやヴィータちゃんも答えられるのかもしれない。
けれど、傍らに質量兵器しか無い世界にいたのははんた君だけだから。
そんなことを思って尋ねてみた。

「なにも・・・・・・変わらないだろうな。
今とはなにも変わらず誰もが同じように、自分の力で成したいことを成すだけ。
誰もが同じようにほんの少しだけ手が届くようになるぐらいだろうさ。」

なにも変わらない・・・・・・。
なんだか深い意味がありそうな言い回し。
けれど、ほんの少し手が届くようになるっていう言葉はとても気に入った。
なんだかとっても綺麗な言い回し。
わたしが魔法に出会って未来が広がったみたいに、誰もができることが増える。
それはとても素晴らしいことじゃないだろうか。
けれど、なにかがひっかかる。
気のせいなのかな。
そんなことを考えながら談笑が続いていて、食事も終わろうかというころ。
突然ヴィータちゃんが叫びだした。

「うがぁぁぁぁぁ。おちつかねぇ!!頼むからもっと殺伐分をばらまけー!!!」
「きゃぁ!!突然どうしたの。おちついてヴィータ。」
「ブチマケは黙ってろー!!爆弾が隣に座っているみたいで落ち着かないんだよー!!」
「はっ。」
「ああ、てめぇ!!鼻で笑いやがったな!!」
「ヴィータ。いい加減にしろ。感情任せに駄々こねないで静かにしてみたらどうだ。」
「ウガーーーーーーーーーー!!!!」

みんなにたしなめられて絶叫するヴィータちゃん。
なんだかヴィータちゃんのほうが危険人物に見えてくるやり取り。
ヴィータちゃんの気持ちも分からないでもない。
でも、自分から要求するのって駄目だと思うよ、ヴィータちゃん。
ところでヴィータちゃん、ブチマケって誰のこと?
心当たりがあるのかシャマルさんが物凄く凹んでいる。
リンカーコア摘出のあれのことかな?
物凄く痛かったし。
でも、ブチマケ・・・・・・。
バトー博士が聞いたら嬉々として使いそうなネーミングかもしれない。
気がつけば、はんた君は既に席を去っていた。
おいてけぼりのわたし達・・・・・・。
さっきまで考えていたこととか、はんた君の途中の沈黙とか、
ヴィータちゃんを止めるのに必死で忘れてしまった。
とても大切なことだったのに・・・・・・。


マスターがバトー博士に私の改造を依頼した。
片隅に糸の切れた人形のようにぐたりとしているマスター。
対照的に哄笑をあげながら工具を構えるバトー博士。
傍らにはシャリオ・フィニーノが持ってきた廃棄デバイスの山。
それらは残骸としか私には認識できない。
しかし、バトー博士やサースデーにとっては違うようだ。
どんな使われ方をするのか考える必要さえないだろう。
戦闘機械である私のボディになれば、自己診断で即座に解析できる。
ならば、優先順位の高い事項から処理していこう。
最優先課題は1つ。
マスターに与えられた命題に対するシグナムの回答を否定可能な根拠を持った回答の提示。
命題、『守る』とは?
今までのマスターの在り方はSearch and Destroy.
敵がいれば殲滅する。
あの荒野における最も合理的な攻め方であり守り方。
攻撃は最大の防御と古い人間が言い残した言葉は実に正しい。
圧倒的な攻め手の前に防御は無意味。
歴史が証明するように落とされない城は無い。
完璧な防御など存在しない。
あるとすれば神話のような御伽噺の中だけ。
それでもその中に出てくるイージスとはいったいどれほどのものか。
核融合やブラックホールや反物質を抑えきれるものなのか。
イージス自身を相転移させてしまえばどうなるのか。
データが足りない。
けれど完璧には程遠いように考えられる。
そういえば私に搭載されている機能の1つにもその名がついている。
いずれにせよ、マスターのあり方はSearch and Destroy.
けれど、その思考を禁止されてしまったマスターは、
方法を見つけるために、どこまでも誠実に思考を繰り返す。
けれど出口は見つからず、今日に至るまで誰彼問わず尋ね歩き、
機械である私にさえ回答を求めた。
守るという言葉をよく使う六課の人間達。
しかし、揃いも揃ってある事象を抜きに決して成しえない返答ばかりを返し続ける。
Search and Destroy.
言い換えれば原因の排除。
単細胞生物のあり方や多細胞生物の免疫レベルにまで組み込まれた原初的機構で思考。
機械にとっては至極当たり前の論理。
その原初的な手段を使用禁止にされたマスターにとって、
守るという言葉を成り立たせることは不可能に近い。
ある言葉で置換しない限りは・・・・・・。
そして、答えが見つからぬマスターがその言葉を見つけてしまえば、
それが解答とばかりに言葉の置換をしてしまうだろう。
だが言葉の置換が成されるということは、
マスターの身体の崩壊を加速させることと同義に他ならない。
ゆえに、私がマスターに尋ねられたとき、
私は私の判断でその置換をさせないように、機械的な回答をした。
意図的にマスターの禁止事項を含ませることで、
マスターの思考を強制中断させるために・・・・・・。
マスターの要求に反した行動は凄まじく高い負荷を回路にかかった。
私が人間であったならば複数回死体になれた程度の負荷が・・・・・・。
けれど、それがマスターの未来に関わると考え、回答を行った。
バトー博士がある意図を持って壊れないようにした私は負荷に耐え切った。
けれど、マスターは納得されなかった。
繰り返すように誰も彼もに回答を求めて、彷徨う有様は狂人のよう。
六課に勤める職員全てに尋ねて回ることになったのに、
ただの1度も置換が生じなかったのは天文学的な確立と言える。
機動六課の職員という職員に尋ね終わり残りは1人。
偶然出会わない日々が続いたシグナムを残すのみ。
しかし、最後に尋ねたシグナムの返した答え。
それが言葉の置換を導いてしまった。
鉄屑に成り果てた赤い悪魔。
死んでも未だにマスターを離さない赤い悪魔。
そんなにマスターを動かない有機化合物の塊にしたいのか、赤い悪魔!!

「んー?ノイズまじってるけどどうかしたかい?ダッチワイフ。」
「・・・・・・問題ありません。作業の継続を願います。」
「そう?しかし、スクラップみたいに片隅に転がった低脳で愚かで脆弱でノウミソ代わりに
クソかゲロでもつめておいたほうがよっぽどマシなゴキブリの考えることは理解できないよ。
這いずり回らないゴキブリのどこに価値があるんだろうね。被弾傾斜考えたみたいな
平べったい流線型ボディと黒光りする装甲と悪食なことと滑空することくらいしか思いつかないけど、
悪食以外は這いずればこその付加価値だし、現状でゴキブリは十分にゴキブリやれちゃってるから
今更な改造なんだよね。ボクから見てもイビツなんだから相当だと思うよ。
ダッチワイフは不自然だと思わないかい?」
「マスターの要求を満たすことが優先されます。」
「既存のままでも応用でどうにかできることなんだけどね。
まぁ、貧弱で脆弱でどうしようもなくクソッタレでゴキブリさえ食べる気が起きないぐらい終わっちゃった
クサレノウミソしたゴキブリのむちゃくちゃな要求に応えるためだもん。かなりポッチャリでヘビーで
デブでファッティになってまさに百貫デブってやつになるけど、ダッチワイフには些細なことだよね。」

多種多様な道具によって、私のボディに紫電がほとばしり、紅に部屋が染まる。
真っ白な閃光を放ったかと思えば、時折照準を外したレーザーが頑丈なはずの壁を、
薄紙を破る以上に容易く抉って、サースデーが消化剤を振りまき、損傷部を溶接している。
叩いたりしていないのにトンテンカンとしか形容するしかない音を鳴らし、
ドリルやグラインダーやフライス盤も使わないのに切削音が響き、
なにをどうすればそんな音がなるのか表現不能で解析不能の音をたて私が改造されていく。
マスターが求めるままに・・・・・・。
私は思考という名前の演算を繰り返す。
改造はこれで3度目。
1度目はアンドロイドからデバイスとなり再起動かけられたとき。
2度目は正式型バリアジャケット展開、飛行プログラムおよびサポートデバイス機構付加時。
そして今回が3度目。
しかし、あらゆる可能性を考慮に入れ、イレギュラーまで含めた上で何億と演算したが、
今回の改造は矛盾が大きすぎるとの結論に至る。
ホテル・アグスタで語っていた改造案など忘れてしまったように、
マスターが要求したものはフォームチェンジ機構の搭載。
なのは達のデバイスに搭載されているフォームチェンジ機構は、
状況に合わせて兵装を使い分けることに相当するもの。
事前に最適化したフォームに変形させることでその機能を突出させる。
ゆえに、フォームチェンジを搭載すること自体に問題はない。
しかし、それは1つのフォームでは完成形に至れないがゆえに搭載されているシステム。
仮に上限を100として火力、防御、機動力、補助と4項目に分けたならば、
デバイスの種類によりまず数値のムラが発生する。
技能、適正および魔法によってさらに数値にムラが発生し、
改造によっていくらか補うことは可能でも基盤となるアーキテクトからは逸脱できない。
ゆえにフォームチェンジによってアーキテクト内での最適化を図る必要に迫られる。
それがフォームチェンジの設計思想。
そしていずれかの項目に必ず0が入るのが現状のデバイスであり、
全てに数値が入る万能とも言えるデバイスは存在しない。
例外とも言えるのがリインフォースⅡと私の2基。
リインフォースⅡは融合機と呼ばれる特殊システム搭載型。
私は人間が携行して使うことを想定していないような重量を持つようになっている。
いずれも希少であることが共通事項。
万能のデバイスであったならばフォームチェンジの必要はあるか?
可能性は0ではない。
万能とは文字通り万の能を有すること。
道具は全てを成せるかもしれない。ならば使い手たるマスターは?
使いこなせないマスターが多いがゆえに万能が産まれなかった可能性は捨てきれない。
万能の道具を使いこなすマスターがいたならば、フォームチェンジの必要性は?
エンジンのパワーバンドをトランスミッションのギア比でいじるように、
出力特性を変えることで全体スペック向上を図ることは可能性として考えられる。
しかし、レイジングハートやグラーフアイゼンのように遠距離特化や近距離特化といった
一芸に秀でるというスタイルはマスターにはあまりにも不適合。
赤い悪魔が左手にPzb39改を右手に高速振動剣を携えていたように、
私にパイルバンカーとホーミングミサイルを初め複数の兵装が搭載されていたように、
マスターが戦車を駆りながら戦車砲を使わず敵を轢殺することを当然としていた現実が
それを証明してしまっている。
使い分けを当たり前としていた私達にとって装備を限定するというのは異常。
一芸に特化させねばならないと命題を強制、マスターが選択するフォームは?
今までの戦闘経験および想定されるあらゆる事態において要求を満たすことが
可能であることを条件として設定。イレギュラーを考慮。
可能性を検討する。
演算完了。
マスターが選びうるフォームは2択。
火力か、機動力か。
可能性として最も低い値でも99.8%オーバー。
限りなく理論限界値。
しかし、その2つの選択肢ではないものを・・・・・・。
全てのイレギュラーを満たした上で0.2%の可能性でしか起こりえず、
さらにその中でも極小の確率である選択肢をマスターは要求した。
まさに矛盾の塊の要求。
このフォームはマスターの知りうる戦闘に適した個体情報全てを否定してしまう。
マスターにとって理想の戦闘スタイルとは?
演算の必要さえ無い。
赤い悪魔こそがマスターが目指す最後の領域であることを知っている。
それを完成形と仮定、フォームチェンジの必要性は?
皆無!!
既存のスタイルこそがもっとも完成形に近い。
あえて望むのならば全体的な出力の向上だろう。
しかし、今回の改造で追加されるフォームチェンジは大幅に機動力をそいでしまう。
あの荒野であれば致命的。
ならば代わりに付加される機能は?
基本出力の向上、飛行機能の増設、光学迷彩、磁気嵐発生装置、爆装・・・・・・。
その他あらゆるシステムに対して私の演算は否定を弾きだす。
やはりおかしい。
何度演算しても異常となってしまう。
マスターならば被弾を前提としたフォームなど考えるはずが無い。
ならばマスターが別人なのか?
フィジカルのデータに変更履歴は存在せず、
バトー博士へ私を受け渡すまでマスターは私を携えたままであった。
魔法による人格操作・・・・・・考慮に値する。情報の探索の必要性あり。
薬物による人格操作・・・・・・それだけは絶対にありえない。
マスターを操作できる薬物など存在するはずがないのだから。
その他該当の可能性を検討し、情報を収集していく。
人間からすれば生きたまま解剖されて内臓を掻き回されている状態とでも
言うのかもしれないが、機械にしてみればどうということない作業。
むしろ作業を中断せずに活動できるのは好都合。
ボディが大破する以前も再起動がかかって以後も、私はマスターのことしか考えていない。
マスターを1分1秒でも長く生存させ、マスターの望みを叶え、マスターの要求に応える。
それが私の思考の根幹。
ならば、この思考はなんなのか。
『もしもシグナムの回答が他のものだったなら』というこれは・・・・・・。
既に完了した事実に対し機械である私は『If』を考えることはない。
それなのに奔るこの思考。
生じる矛盾に、思考をバグとして処理していく。
バックアップを作成後、思考が削除されていく。
しかし、削除が完了すると削除したはずの思考が奔り始める。
バックアップと寸分たがわぬ思考が・・・・・・。
単なるバグなのか。それとも致命的なバグなのか。
システム的にエラー処理は一切生じていない。
唯一疑わしいのはアナログ思考によって生じたブラックボックス。
しかし、解析できないがゆえにブラックボックス。
思考を中断。
自己診断プログラムにより他のシステムへの影響を算出。
0.02秒で自己診断が完了。
この思考による戦闘時に関連する行動および情報処理への負荷の増大は認められず。
待機動作時における情報処理能力へ0.000000000001%のマイナス。
計測誤差範囲内・・・・・・誤差として処理。
しかし、どうして繰返し思考してしまうのだろう。
もしもシグナムの回答が他のものだったならなんて・・・・・・。
ある可能性を検討するため、演算を奔らせる。
算出された値は99.8%。
演算の内容は『シグナムの回答がマスターの思考を変異させたか?』
バトー博士の作業が完了しても、部屋の片隅のマスターは僅か程も動かなかった。


突然入った全体通信に身体が勝手に戦闘モードに移行し勝手に起き上がる。
起き上がって気がついた。
いったい俺はなにをして・・・・・・。
アルファの改造を依頼して、それから・・・・・・。
今はどうでもいいことだ。
エリオとキャロがガキを保護してレリックが関わっている。
全員現場に急行。
それだけで十分。
「アルファは?」と尋ねようとした矢先、背もたれにしていたものがなにか気がついた。
高速振動剣の形を取ったアルファだと・・・・・・。
そしてここは、バトー博士の研究室・・・・・・。
アルファを右腕に構えると同時にバトー博士がくるりと振り向いてその口を開いた。

「ゴキブリーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!
改造はとっくに完了してるよ。時間も無いみたいだし、どうせボクの天才的で
考えに考えられたプロフェッショナルでインテリジェンスでエグゼクティブな仕事に満ち溢れた
エクストリームでアルティメットな説明をしてやってもわからないとかほざくだろうし、
今回のゴキブリの改造はセンスのかけらさえ感じられないクソッタレ改造だから、
ゲロとクソのミックスジュースを発酵させてカビまで沸いたものが詰まってそうな
ゴキブリのアタマでもわかるくらい簡単かつ手短に説明するよ。時間も無いみたいだから
早口で言うけどゴキブリの貧弱で脆弱でクソッタレすぎるクサレノウミソでも1度で
覚えられるように説明するから聞き逃さないように注意してね。
なんたってボク達トモダチじゃないか。急いでいるゴキブリを引き止めるような
クサレゲドウな真似をトモダチたるボクがするはずないよ。
それに、万が一分からないなんて言っても安心してよ。帰ってきてからゴキブリの
ノウミソがオーバーヒート起こすまで嫌だといっても説明を止めてやらないだけじゃなく、
大サービスでクサレノウミソをもう少しマシななにかに積み替えてやるだけだからね。
いいかい。
1.年齢わきまえない変身機能に変形機構を搭載。
2.変形後は戦車に轢かれても満足できないマゾヒスト仕様。
3.変形は『マゾ野郎』か『変身マゾヒスト』か『マゾヒストフォーム』と絶叫すればOK。
4.マゾヒストフォームになるとウスノロ以上にウスノロのゴキブリ以下にレベルアップ。
5.空も飛べなくなってゴキブリの存在価値を危うくするハネを?がれたゴキブリスタイル。
6.代わりに不思議魔方陣Mk.Ⅲにより懐かしの装甲タイルを完璧に再現。
7.ついでにゴキブリらしい黒光りボディを再現。オプションで変態ガスマスク諸々付。
8.戻るときは『ハンターフォーム』なんてセンスのかけらもない絶叫でOK。
9.ダッチワイフの重さはじわじわ肥え太って百貫デブを達成、375kg。
10.マゾヒストの最中はちょっぴり重いから気をつけて。
11.おまけフォームつけておいたけど、語る価値も無いおまけだから気にするな。
12.夕飯後のデザートは羊羹とリンディ茶なるものを食べたい。
たったのこれだけ。細かいことはダッチワイフに聞けば最低限わかるんじゃないかな。
あまりにも言い足りないことだらけで物足りなくてちゃんとした説明する前に呼び出し
かけるなんて無粋な真似をした空気読めない子のバカチンとロシュツキョーとナイチチと
ムッツリ達とおまけで羽虫とシャーリーも引ん剥いて、
ミミズ風呂とかゴキブリ風呂とかウジムシ風呂に叩き落すなんて
親切な真似したくなるくらいボクのハラワタがゴキゲンだけど、
ゴキブリがマンゾクできそうな舞台がやってきそうな雰囲気だから別にいいか。
それにボクのトモダチであるゴキブリだもの。もちろんこの説明で分かってくれたよね。
わからないとかほざいたらゴキブリのノウミソを抉り出してクソとゲロとウジムシで
出来たプディングに積み替えてやるからね。もっとも、ゴキブリのクサレノウミソだもの。
そこらのナマゴミに積み替えてももう少しマシな動きするだろうけどね。
ハハ、ハハハ、ハハハハハハ・・・・・・。
さぁ、ゴキブリ。急いでヘリまで這いずっていくといいよ。
置いてけぼりって言葉が似合いそうなゴキブリではあるけど、
置いてけぼりくらったらせっかくのマゾヒストフォームが生かせないからね。
ハハ、ハハハハハ、ハハハハハハハ・・・・・・。さぁ、とっととでていくといいよ。ゴキブリ。
ゴキブリは落ち着きなくカサカサ這いずり回ってないとゴキブリとはいえないからね。」


ヴァイスが操縦するヘリで機動六課から飛び立った。
レリック絡みということでなのは達の様子はピリピリしている。
ガキとレリック。
奇妙な取り合わせ。
生体兵器の偽装や罠という可能性は考えないのか。
なんにせよ、俺がやることは決まっている。
シグナムが教えてくれた守り方で、俺は皆を守ればいい。
ベルカの騎士とはたいしたもの。
他にもいるのなら会ってみたいものだ。
Search and ******. **** ** Alive.
なんだか忘れてしまった言葉があるような気がする。
気のせいだろう。
マゾヒストモードもバトー博士のことだから、まともな形になっているだろうし。
なにも起こらないことを願うだけか。
やはり違和感を覚える行動ばかり取っている気がする。
気のせいだろうか。
たいしたことないだろう。
そういえば、なのはがオヤスミとかキュウジツとか言ったか。
街に戦闘向きじゃない服装でフォワード達が向かったけれど、
そもそもキュウジツってなんだ?
オヤスミはなんだか聞き覚えがあるようなキガスルケレド・・・・・・。

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最終更新:2008年03月06日 21:35