深い森の中、紫の長髪を揺らしながらルーテシアは歩いていた。
視線を後ろに向けると少し離れて先ほど出会った変な兄弟も付いてきている。
腰に剣を差しているほうが兄のボルカンというらしく、ドシドシとがに股で闊歩している。
ちなみに彼の右頬が腫れているのはルーテシアへの「殺す」発言によりどこからともなく飛来したガリューによりぶん殴られた痕である。
その横を弟のドーチンが底の厚いメガネをかけた顔でオドオドと辺りを見回しながら歩いている。
兄弟だと言っていたが性格もその歩の進め方は極端なほど対照的だった。
似ているのは身長くらいのものか。二人ともルーテシアと同じくらいの矮躯だった。
彼らを誘ったのは他ならぬルーテシアだった。行くあてがないのなら一緒に来ないか、
となんとなく誘ってみた所あっさり付いてのだ。
あれから二時間、そろそろゼスト達と待ち合わせた場所に着く。
「おい、紫娘!一体いつまで歩くのだ。いいかげん疲れてきたぞ!」
足を止めて振り返る。ボルカンが不機嫌そうな顔でこっちを睨んでいる。
「もう少し」
「そもそもどこへ向かってるの?さっきからずっと森の中なんだけど……」
こちらはドーチンだ。
「ゼストとアギトの所。待ち合わせの場所、森の奥だから。あと……ボルカン?」
「あん?」
呼びなれない名前を口にする。
「私ルーテシア。紫娘じゃないよ」
「うむ。わかった!ルーデンシンバシラだな!」
「……ガリュー」
ムッツリとしたその呟きが終わる前に、どこからともなく現れたガリューの拳がボルカンの顔面にめり込んでいた。

機動六課シャワー室前―――

「はぁ~、サッパリしたぁ」
訓練を終え、シャワーを浴び終わったスバル・ナカジマの第一声だった。
「あんたシャワー長すぎ。いつまで待たせんのよ?」
「ごめ~ん、ティア。エリオも、キャロも待たせちゃってごめんね・・?」
「そんな、全然平気ですよ」
「そうですよ。それに、そんなに待ってないですし」
そんな会話をしながら廊下をテクテクと歩いていく四人と一匹。
「あんた達スバルの事甘やかしすぎじゃない?
ちょーっと優しくするとすぐ調子に乗るわよ、そいつ」
「うぅ~意地悪だよぉ、ティア~」
「あ、あはは……」
「そ、そういえばさっきヴィータ福隊長から送られてきた映像の人ですけど……」
空気を変えようとやや強引に話を振るキャロ。10歳にあるまじき気の遣いようだ。
「今、なのはさん達と一緒にこっちに来てるんですよね……」
「うん。でもAMFを素通りする魔法なんて……。一体何者なのかな?」
「もし悪い人だったら……なのはさん達大丈夫でしょうか」
キャロが眉根を寄せてこちらを見上げてくる。
「う~ん、よく分かんないけどこっちの味方をしてくれたんだよね。
なら良い人なんじゃないかな」
「あんた相変わらずユルいわね~」
「む。何でよ~」
スバルが口を尖らせ抗議する。
「あの悪人顔が良い人なわけないじゃない。
目はつり上がってて恐いし、何かチンピラみたいなしゃべり方だったし、着てる物は黒一色だし」
「ティアそれ偏見……」 「服の色は関係ないんじゃ・・」
「とにかく!あれでただ善意から助けてくれたっていうんなら
見た目とのギャップが酷すぎるって話よ!!」
スバルとエリオが抗議の声を上げるが聞こえない。
「それになのはさん達なら何の心配もいらないんじゃない?
なんたって無敵のエース・オブ・エースなんだしね」
そうキャロに笑いかけると「そ、そうですよね」と笑い返してきた。

「う~ん、私はいい人だと思うんだけどなぁ……」
スバルがまだ何か言っていた。

所変わって機動六課のとある廊下
「……つまり、彼を機動六課にスカウトするという事ですか?」
「せや。シグナムは反対なんか?」
なのは達を待たせている応接室へと向かいながら話す。
なんとなしに目を外に向けると窓から射しこむ光が赤く染まっている。
(もう夕方なんか……。最近陽が落ちるのが早いなぁ。っと、あかんあかん・・)
会話の最中に別の事に意識を割いた自分を叱咤し、視線をシグナムに戻す。
自分の騎士はその切れ長の美しい瞳に若干非難の色を浮かべていた。
「正直、賛同できかねます・・。彼は民間人です。しかもさきほどヴィータから念話で聞いた話では次元漂流者の可能性まであるとか・・。
いくら力があるとはいえ保護するべき人物を、その……」
そこまで口にして言葉を切る、言いたい事は分かる。要するに「気が進まない」という事だ。苦笑して認める。
「そうやな……。さっきのはちょっと言葉が悪かったわ。ええとな?
管理局の規則では時空漂流者は保護時に強大な特殊能力や魔力があった場合、みんな封印されてまうやん?」
「……ええ」
「でもオーフェンさんのレアスキルには魔力はいらんのやろ?なら―――」
こちらの言いたい事を察したのかシグナムが息を飲む。
「……封印自体ができないかもしれない。もしそうなった時、局がどう対応するか……」
想像するに難くない。シグナムの顔色に影が差す…前にはやてが人差し指をピッと立て後を続ける。
「そこで発想の逆転や。要するに本局に咎められる前に機動六課でスカウトしてまえばいい。
そうすれば局にはレアスキル持ちの低ランク魔導師として登録される。
時空漂流者ならともかく自局の魔導師ならうるさい事言ってこれんやろ。
それなら私らもオーフェンさんの事守ってやれるし、
六課に入ってもらえばオーフェンさんにもウチのフォワードの子達を守ってもらえるやろ。
なのはちゃん達だけじゃ手が足らなくなる事もあるかもしれんし」
「なるほど……」
「……まぁ、オーフェンさんが嫌やいうたらそれまでなんやけどな……」
シグナムは得心がいったという風に頷いた。
しかし―――
「ですが珍しいですね。主はやてがまだ話してもいない相手にそこまで肩入れするとは…」
その言葉にはやてはいたずらっぽい笑顔を浮かべる。
「そうやなぁ、目ツキがシグナムにちょっと似てたから情が湧いたんかな?」
「…………」
喜んでいいのかショックを受ければいいのか微妙なセリフだった。

それから十数分後―――
応接室にてオーフェンは八神はやてから今自分が置かれている状況を説明されていた。
次元世界、魔法、デバイス、管理外世界……etc.
「―――――以上が時空管理局という組織の全容です」
最後に彼女達が所属する組織についての話で締め括った。
「信じられないな…」
話を聞き終えて得た感想はまたしても絶句だった。
彼女達の話ではここは大陸の外どころか、自分が居た世界の外側、別の次空の世界らしい。
そして自分は何らかの理由で時空を超えた迷子で彼女達はその世界の数々を統治する組織の職員、と。
…正直、自分の頭がどうにかなってしまったんじゃないかと本気で心配した。
もしくはここは新興宗教のセミナーかなんかで今まであった事は全て彼女達が見せていた幻覚か何かだった。
一切合切何から何まで全く全部が俺の夢。
…他にはどんな可能性がある?

「オーフェンさん。心中はお察ししますし、お気持ちも分かります。私も初めて聞かされた時は驚きましたから」
頭を抱えていると対面に座る女(やがみはやてとか言ったか)が神妙な顔で言ってくる。
茶髪の髪をショートカットにした、どちらかと言えば活発的な印象がある顔立ちをした女性だった。
どこか言葉のイントネーションが妙なのが気にかかるが…。
本人が言うには彼女がここの最高責任者らしい。男女がどうのと言うつもりは毛頭無いがやはり若すぎるというきらいは否めない。
「ですがこれは全て事実なんです。どうかご理解のほどを、よろしくお願いします」
そう言って頭を下げる彼女を胡乱げな瞳で見つめる。
実際、それが事実なのだとしたら今までの違和感にも全て説明はついてしまう。
魔法という魔術とは違った能力、キエサルヒマ大陸と比べて桁外れに発達した文明。
全て辻褄が合ってしまうのだ。
「…一つ聞きたいんだが、俺は元の世界には帰れるのか?」
頭を下げたままのヤガミになるべく刺々しくならないように質問する。
彼女は頭を上げると鎮痛な面持ちで首を左右に振った。
「管理局の管轄下の世界でしたら送還も可能なんですけど…」
「住んでた土地の名前しか分からないんじゃそれも無理、か…」
半ば予想はしていた事だった。
彼女の話からすれば幾億の内の一つ、更にはそもそもほぼ滅びかけてる世界なんかをわざわざ統治する必要がないのだ。
(まったく…。厄介事に巻き込まれるのは昔っからだが極めつけだなこれは…)
「すみません…」
イラつきが表情に出てしまったのかヤガミが再び目を伏せてしまう。
「いや、君が謝ることじゃないだろ。それよりどうなるんだ?俺は」
「それは…」
その言葉に彼女が一瞬戸惑うような反応を見せる。が、すぐに居住まいを正すと、
「通常ならこちらの世界に移住してもらう事になります。ただオーフェンさんの場合だと少し事情が変わってくるんです」
「…どういう事だ?」
「時空漂流者が強力な魔力保有者だった場合、魔力の封印を行って更に管理局の保護下で生活してもらう事になっているんですが、オーフェンさんの魔術は魔力を必要としません。
制限出来ない力を持っている人がどうなるのかはまだ…」
「それは…面白くねぇな」
ギシ、と背もたれに預けていた体を起こす。
それに合わせて、彼女の後ろで今まで黙って控えていた女性がほんのわずかに体重を前傾に移すのが見えた。
緋色の髪に切れ長の瞳の美女。こちらの態度に敵意を感じたのか剣呑な殺気を醸し出している。
(来るか…?)
視線の外の彼女の動きを気にしながらいつでも飛び退けるように両足に力を込めておく。
どのみちそんな飼いならしのような生活を送るつもりはさらさらない。拒否する事で戦いになるのなら後は早いか遅いかだ。
部屋の中は自分以外に5人。ヤガミ達と自分をここへ招き入れた三人がいる。
ここで自分が暴れれば間違いなく全員が敵に回るだろう。そればかりかこの建物全ての人間と敵対する羽目になる。
いやそれを言うなら一つの組織そのものを――――
「シグナム」
その時、一触即発寸前の空気を凛とした声が裂いた。
「オーフェンさんが怒るのは当然や。失礼な事したらあかん」
「………は」
ヤガミに諌められたシグナムと呼ばれた女が軽く目を伏せて一歩下がる。それを待ってからヤガミはもう一度こちらに頭を下げてきた。
「すみません。私の部下が…」
「いいさ。気に入らなかったのも『その気』になりかけたのも本当だしな」
言葉の険はあえてそのままに返す。
「――――話の途中でしたね。実を言えば管理局の時空漂流者への対応は今言った物の他にもう一つあるんです」
視線でこちらの反応を見てくる彼女を無言で促す。正直、大体の予想は出来ていたが…。
「管理局への入隊。それだけで魔力の封印も管理局の保護下での生活も免除されます」
「やっぱりそんなとこか…」
案の定すぎる答えに聞こえよがしに嘆息すると、それを聞いたヤガミは自嘲的な笑みを浮かべながらテーブルの上のカップに手を伸ばす。
「身も蓋もない言い方をしてしまうと時空管理局は慢性的な人手不足でして…
せやからここ数年使えそうな人材ならどんな人でも採用するっちゅうスタンスなんです」
「よくある話ではあるな」
「ただ―――――オーフェンさんをスカウトしたい言うのは私個人の希望でもあります」
「あん?」
「魔術、でしたね。貴方の使うレアスキル、あれは今私達の戦ってる敵に対して非常に有効な攻撃手段なんです」
そう言って彼女は一度言葉を切ると口に付けたカップを傾ける。が、すぐに口を離すとわずかに顔を顰めてしまう。
「冷めてまいましたね。結構良い葉っぱ使うてたんですけど」
「…そりゃ悪かったな」
自分の前に置かれた手付かずのカップを見ながら苦笑する彼女にそっけなく答える。
…どうにもやり難い。ガシガシと頭を掻きながら半眼で尋ねる。
「つまり何が言いたいんだ?俺をどうしたい?」
「力を、貸してくれませんか?」
ハッキリとこちらと目を合わせて言ってくる。
真っ直ぐ自分を貫く視線を受け止めながらオーフェンは少なからず驚愕していた。
てっきり化かし合いになるかと思ったがいきなり直球で来るか。
「…俺になにかメリットはあるのか?」
「ここにいる間の衣食住だけは保障しますよ。あともちろんお給料も」
「…………ぁ~」
にこやかに言い切る彼女に再び呆気に取られる。
何と答えていいか分からず周りの面々を見回すとどれもこれも似たような顔をしていた。つまりは、苦笑い。
唯一シグナムだけは鉄面皮を保っていたがよく見れば嘆息したいのを必死に堪えてる表情にも見える。

閑話休題。緩もうとする頭のネジを巻き直し、とりあえず今までの事を整理してみる。
異世界に来た。いきなり機械の群れに襲われた。その機械と戦っていた少女にノコノコついて行ったらもう元の世界には帰れないと言われた。
これが信じられるかは分からないが、情報と照らし合わせても矛盾点は無い…ように思える。
最後にそこの組織のボスに手を貸せと言われている。待遇は悪くない。
少なくとも半年近く野外生活を続けていた自分には破格と言って差し支えないように思える。
ただ、それは同時に彼女らに命を預けるという事になる。さて―――――

どうしたものか、と胸中で呟きながらも答えはすでに出ているのだろう。
組織に身を置くのは好きではないし幾つか気に入らない事もあるが、まぁ許容出来るレベルではある。
なにより別世界に来てまで好き好んでお尋ね者になりたくはない。
(先を見ればどうなるかわからんがね…。まぁやってみるさ…)
最後に深く目を閉じ、幾つかの顔を思い浮かべる。ヤガミの話を信じるならばどれも二度と見られない顔という事になる。
兄弟子、親友、姉、弟子、いや元弟子、そして――――
(…もともと二度と会うつもりも無かったしな。だがそれでも…すまない。約束、破っちまった)
心の中でブロンドの少女に謝罪を、別離を告げる。

目蓋を開く。ヤガミは自分が目を瞑ってからも微動だにしていなかったらしく目を開けた瞬間、目が合った。

オーフェンはわずかに微笑を漏らすと、静かに口を開いた。

魔術士オーフェン第4話 終

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最終更新:2009年03月29日 21:41