『目的? お嬢さん(フロイライン)、美しいお嬢さん、それは愚問というものだ。
極論してしまうならばお嬢さん、我々には目的など存在しないのだよ』
彼が語った少佐の……いや、ミレニアムの目的。それはその場の全てを驚嘆させるには十分だった。
目的も無いのに円卓会議を襲撃? 目的も無いのにあれだけの大騒ぎを?
――――そんな事がありえるのか?
「ばッ、馬鹿な! 目的が無いだと!? ふざけるな!」
と、円卓会議から声を荒げてのヤジが飛ぶ。よほど納得がいかなかったのだろう。
中でも大きな声で詰問するのはアイランズ。目的も無しに攻撃されるというのは、どうしても納得できない。
「目的も無くわれわれに攻撃をだと!? 冗談もたいがいに『黙れ』
が、その詰問はすぐさま遮断された。
『お前とは話をしていない。私はこのお嬢さんと話をしている。
女の子と話すのは本当に久しぶりなんだ。邪魔をしないでくれ「若造」』
「な……ッ!」
少佐が素晴らしい、いや、凄まじい笑顔でアイランズへと圧力をかける。
対するアイランズら円卓会議メンバーはというと、驚いたのかそのまま黙り、椅子へともたれ掛かる。
自分達よりも外見的に遥かに若い男から若造扱いされたのがよほど応えたのか、それとも「これが吸血鬼か」と気圧されたのだろうか。
『目的のためならば手段を選ぶな。君主論の初歩だそうだが、そんな事は知らないね』
が、少佐はそれら円卓メンバーを一瞥すらせず、画面の奥へと移動する。
その間にカメラの位置も変わった。おそらく撮影担当のドクが位置を調整しているのだろう。
そして少佐は、そのまま言葉を続けた。
第九話『ULTIMA ON LINE』
「いいかな、お嬢さん。貴方は仮にも一反撃勢力の指揮者ならば知っておくべきだ。
世の中には手段のためなら目的を選ばないというような、どうしようもない連中も確実に存在するのだ。
つまりは――――」
そう言いながら、少佐はさらに移動する。その方向には先程の銃声で脳天を撃ち抜かれた老人の死骸。
この時点で生き残っているのは一人、六課メンバーや円卓勢は知らないが、先日少佐を殴った大佐である。
その様子を見ると、全身から冷や汗をたらしている。周りの死者を見て、自分の運命を理解したのだろう。そして、それを望まずとも強制的に受け入れさせられる事も。
嫌なら逃げればいいと思うかもしれない。だが、大佐をよく見れば、それが不可能だと分かるだろう。
見れば後ろ手に縛られ、足も縄で固定されている。おまけに猿轡までかまされ、首にはドイツ語で「私は敗北主義者です」と書かれたパネルがかかっている。
それを見た吸血鬼兵達は一斉にHAHAHAと大爆笑。映ってはいないが、ドクもニッと笑っている。
そして――――
「とどのつまりは、我々のような」
少佐が指をパチンと鳴らした瞬間、数人の吸血鬼兵が駆け出し、大佐の首へと食らいついた。
吸血鬼兵による大佐の処刑ショーは、モニターを通じて関係各所―とは言っても、円卓会議とアースラブリッジくらいのものだが―へと生中継されている。
大佐の断末魔や血をすする音、骨を噛み砕く音も鮮明に。
『中途半端にはするなよ。グールになられても、その、なんだ、困る』
処刑の最中、少佐から飛ぶ指示。それに応じ、さらに激化する処刑。
通信用に円卓会議へと開いたウインドウには、顔を青くした円卓メンバー、ベルナドット、ヴァイス、そして……ティアナとスバルの姿が映っていた。
傍からシュレディンガーが「うはぁー。これはちょっとキツいみたいですよー、少佐ー」などと言っているようだが、それは誰の耳にも入らない。
アースラブリッジ内に目をやると、モニターから送信されている映像のせいで大半が青ざめ、そのうちの何人かは吐き気すらもよおしている。
特にまだ子供のエリオとキャロの精神的ダメージは大きく、キャロに至っては数秒前に卒倒してしまったくらいだ。
そんな中、精一杯の怒りを込めた怒声が飛ぶ。発信源はフェイト・T・ハラオウンから。
「正気じゃない……あなた達は狂ってる!」
周りの空気が震えるような声。気の弱いものが聞けばあっさりと気圧されるような威圧感がある。
だが、少佐は処刑が終わると同時に言葉を返す。まるでそんな威圧感など最初から無いかのように。
……次に少佐が放った言葉は、フェイトを驚かせるには十分過ぎた。
『ほう? 狂った妄執に作られた君がそれを言うかね? フェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官』
「ッッ……!?」
彼女の名に刻まれたテスタロッサの六文字。それは彼女が少佐の言う「狂った盲執」に作られた証。
もう十年以上も前の事、彼女は今は亡き次元犯罪者『プレシア・テスタロッサ』によって作られた娘のクローンである。
その事実を知るプレシアによって起こされたPT事件。フェイトはその時にクローンであると明かされ、酷くショックを受けていた。
勿論今の様子を見れば分かるように、その時のショックからはとうの昔に立ち直っている。
……だが、あの時の事件は主に地球で起こったものだが、管理局の手によって極秘に処理された。当然、関係者以外の地球人はその事実を知るはずがない。
すなわち、今の少佐の発言は普通なら到底ありえないもの。それを知っているという事は、PT事件の事も知っているという事なのだから。
「何で、あなたがそれを……!?」
『決まっているだろう? 私が教えたからだ』
だからこそ、今の発言に対して問い詰める。
何故それを知っているのか、その答えを得るために。
そしてフェイトがそれを言い終えるより先に、アースラに通信ウインドウがもう一つ開かれる。
そのウインドウに映った顔は、管理局が今総力を挙げて追っている次元犯罪者の、そしてなのはとフェイトの養子であるヴィヴィオをさらわせた張本人の――――
『いかがだったかな? 私からのプレゼントは』
――――ジェイル・スカリエッティの顔だった。
「ジェイル・スカリエッティ……! ヴィヴィオに何をしたの!」
『ヴィヴィオ……? ああ、聖王の器か。彼女は立派にゆりかごの起動キーという仕事を果たしてくれている』
なのはが怒りをぶつけるような声と表情でスカリエッティを問い詰め、スカリエッティも事も無げに回答。
回答に少しの間があったという事は……おそらくヴィヴィオの事などただの道具として気に留めてすらいなかったという事だろう。
なのはの中にはいくつかの言葉が沸き起こり、それは渦を巻き始める。
――――何故、こうも簡単に人を……それも自分の仲間を殺せる?
――――何故、ヴィヴィオにあれほどの酷いことが出来る?
――――何故、ヴィヴィオへの酷いことや仲間殺しの映像をプレゼントなどと称して流せる?
何故、何故、何故――――――
「おかしいよ……スカリエッティもミレニアムも、あなた達はみんなまともじゃない!」
――――結論。あんな酷い芸当は、狂者にしか出来ない。
そう考えれば、必然的に今回の敵は皆、狂っているということになる。
気付けばなのはは、その結論を口から思い切り吐き出していた。
だが、スカリエッティも少佐も笑顔を全く崩さない。まるでこう言われるのが当然であるかのように。
そしてモニターの向こうの少佐は笑顔のまま、手を叩いて口を開いた。
『ありがたいことに、私の狂気は君達の神が保証してくれるという訳だ……よろしい、ならば私も問おう。
君らの神の正気は、一体どこの誰が保障してくれるのだね?』
『一体どこの誰に話しかけているか分かっているのかね? 私が黒衣のSS軍装を着ていれば良かったかな?』
少佐の発言に、ミレニアム側以外の全てが停止する。
その発言の内容はすなわち、「お前らの神は狂ってる」と言われたも同然。それが停止の理由である。
聖王教会の聖王は神と言えるかは分からない……ならば必然的に、彼が指すのはプロテスタントやカトリックの神、イエス・キリストその人となる。
だからこそ、イスカリオテから代表として来たマクスウェルやハインケルも固まっているのだ。
だが、少佐はそんな様子など気にも留めずに言葉を続ける。
『我々は第三帝国親衛隊(SS)だぞ?一体何人殺したと思っているのかね?
闘争と暴力を呼吸するかのように行う髑髏の集団にかね?
いかれている? 何を今更! 半世紀ほど言うのが遅いぞ!
よろしい、結構だ! ならば私を止めてみろ、自称健常者諸君!
しかし残念ながら私の敵は君らなどではないね。少し黙っていてくれ機動六課。
私の敵は英国! 国教騎士団! いや、そこで嬉しそうにたたずんでいる男だ』
少佐からの長い演説が終わった直後、一斉に全員の視線がその「嬉しそうにたたずんでいる男」へと向く。
その男は全身を武者震いでビクビクさせ、最高……というより、これまでで最狂の笑顔で笑っていた。
その笑顔は一部を除き、見た者全てを唖然とさせている。
そして、その男……アーカードは、笑いながら少佐へと宣戦布告する。
「執念深い奴らだ、はははは、素敵な宣戦布告だ。いいだろう、何度でも滅ぼしてやろう」
『そうだとも。我々は執念深く根に持つタイプでね、くだらん結末など何度でも覆してやるさ』
この宣戦布告合戦の後、一瞬だけその場に静寂が戻る。
……静寂を破ったのはインテグラ。その内容はアーカードとティアナに下す命令。
「……撃て」
BANG!
クアットロへとアーカードからの零距離射撃が叩き込まれる。それも頭に。
誰もがクアットロの死を確信し、実際にそうなるかと思われた……だが、現実はそうはならない。
叩き込まれた瞬間、クアットロの姿がかき消えた。ちなみに軌道上には誰もいなかったので、被害は壁に穴を開ける程度で済んだようだ。
考えてみればこのクアットロはシルバーカーテンによる幻。こうなるのは必然である。
それをあざ笑うかのように再び現れる幻。その表情は間違いなく「してやったり」とか思っている顔だった。
今の発砲はクアットロでなければ死んでいた。それは特使を撃たれたと判断するには十分。
その事実に少佐は多少驚きながらも、笑顔で応対。まるでそれすら楽しむべき闘争の一部だと言うかのように。
『特使を撃つなんて、いやはや穏やかじゃないね』
「特使? ふざけるな。宣戦布告? バカバカしい。お前達はただのテロリスト集団にすぎない」
だが、その応対すらインテグラの前には切り捨てる対象でしかない。
連中はテロリストであり、間違っても軍などではない。例え構成員が全て吸血鬼であってもだ。
「ご大層なたわ言はもう結構だ。我々は貴様らの存在を排除する。
我々はただただ我々の反撃(仕事)に取り掛かるだけだ」
『震える拳は隠して言いたまえ、お嬢さん』
どのような感情かは分からないが、インテグラの拳は確かに震えていた。
それは怒りか、はたまた恐怖か。いずれにせよ、少佐はそれを見透かしている。
だからこそインテグラに対してそういった発言をし、インテグラの発言にも笑みを崩さない。
対するインテグラは、苦虫を大量に噛み潰したような顔で拳を握り直し、画面の向こうの少佐を睨む。
『成程、これはいい。いい当主だ。アーカードが入れ込むのも分かるというものだ』
そう少佐が言い終える頃、クアットロの作り出した幻も消える。
それと同時にヴィータが外へと駆け出し、周りを見渡してクアットロの姿を探した。
相手のISが幻術だと言うのなら、近くに幻を出している本体がいるはずだが、影も形も無い。エリアサーチも使うが、発見は出来なかった。
……まあ、シルバーカーテンが幻術だと考えれば、自分の姿を隠す幻で隠れていると分かるのだが。
おまけにシルバーカーテンは電子機器ですら惑わす。ならば、デバイスでエリアサーチを使っても分からないのはある意味当然の事だろう。
そして少佐が手を上げ、別れの挨拶をすると同時に――――
『さようならお嬢さん方、戦場での再会を楽しみにしているよ。それでは御機嫌よう』
「ティアナ!」
――――ティアナの剛拳がモニターを叩き壊した。
「あれ? 管理局の人って、お遣いで来た人に武器向けるような人だったの?」
一方、アースラブリッジ。ここでもまた、同じような出来事が起こっていた。
シグナムが愛剣『レヴァンティン』を起動させ、シュレディンガーへと向けている。
その目に写る色は、敵意の色。相手が吸血鬼という化け物だという事実が、シグナムに否応無しの警戒心を持たせていた。
そしてシグナムの口から、先ほどの返答にすらならない言葉が飛ぶ。
「やかましい。お前はあの男の使いなのだろう? ならば、奴の居場所も知っているはずだ……話してもらおうか」
その言葉の意味は一つしかない。少佐達の居場所を吐けという事だ。
スカリエッティと組んでいると言うのなら、少佐の元へとゆりかごで移動するはず。
ならば、あらかじめその居場所を聞いておけば先回りして転移も可能。シグナムはそう考えた。
だが、シグナムはシュレディンガーの能力の詳細を知らない。だから、ここから逃げることは不可能だろうと思っている。
……それが誤算だった。
「……そんなの聞かれて、話すと思う?」
ありのまま、今起こったことを話そう。
「シュレディンガーへと剣を向けていたが、いつの間にか消えていた上に後ろから話しかけられた」
何を言っているのかは分からないだろうが、シグナムにも……否、その場にいた誰にも何が起こったのか分からなかった。
催眠術や超スピードのようなチャチなものではない。これはもっと恐るべき何かだ。
「な……!?」
何が起こったのかもわからず、すぐに後ろを振り向くシグナム。そこには笑顔のシュレディンガーが……いなかった。
ただそこには、ドイツ語で「じゃ、またね」と書かれたメモ用紙。完全におちょくられていたと言うわけか……!
全てが終わった後、女王は二つの事を言葉に出した。
一つはHELLSING機関への命令。もう一つは――――
「ヘルシング卿、アーカード。命令よ。彼らを打ち倒しなさい。
……八神二佐、申し訳ないけれど、貴方達機動六課にも協力してもらいます。いいですね?」
――――六課への協力要請。
さすがに管理局そのものに動いてもらおうというのは難しいと考え、ならばその中の実働部隊の一つに協力を願おうという判断である。
そしてこの状況、はやての答えも決まっていた。
「……この申し出を断る人がいたら、会ってみたいくらいです」
……そう、要請を引き受けるという答えに。
かくして、ここに六課と英国の協力体制が敷かれることとなった。
六課はスカリエッティを、英国はミレニアムを叩くという目的で。
TO BE CONTINUED
最終更新:2008年03月30日 10:48