ゼロが移送されたミッドチルダ時空管理局地上本部は、ミッドチルダ市街の無数の高層タワ
ーからなる地上施設で、数ある管理局地上部隊の総本部として
存在する高層施設である。
『管理内世界』、つまりミッドチルダ本国など地上の治安維持を目的としている地上部隊は、数
百からなる陸士隊を中心とした戦力を常に有しているが、これは次元航行艦隊を有し、多種多
様な世界に赴く次元航行部隊に比べ、圧倒的な戦力差があると言われる。本局の主張としては
管理内世界であるミッドチルダの治安は安定しており、それほど大きな事件・事故というのは
起こらない。故に過剰な戦力・兵力は不要であるということである。それに比べ、多くの世界
に対しその力を示さねばならない次元航行部隊は常に巨大な戦力を有する必要があり、根本的
に性質が違うのだ。
 一見すると、その通りかもしれないと思う主張だが、地上本部の認識は違う。武装部隊の真
の目的とは他に力を示すことでも、攻撃することでもなく、国を守ることである。国を、そし
てそこに住む人を守らずして本局は何がしたいというのか。
「確かに本局付けである次元航行艦隊がいる限り、本局自身が陥落することなどあり得ないだ
ろうし、ミッドチルダ市街が焼け野原になっても本局が無事なら問題はないと考えるなら、私
の主張は間違っているのでしょう」
 最後に皮肉を付け加えた発言を行ったのは、首都防衛長官のレジアス・ゲイズ中将である。
防衛長官は地上本部の№2ともいえる役職であり、すべての地上部隊を総括する総大将といっ
てもいい。口は悪く、上層部に対して従順ではないことから敵も多いが、入局40年の古株であ
り、常に強硬的な姿勢で物事に当たる彼は、「地上の勇者」「正義の守護者」などと呼ばれ、一
般市民からの人気は高い。また、魔力資質は皆無なものの武闘派で知られ、強いリーダシップ
とカリスマで地上部隊員からの人望も厚く、果ては地上における企業や政界などからも功績を
評価されるほどである。
 そんな彼の影響力を危険視した本局は、意図的に地上部隊の戦力を減らすことでその力を削
いだといわれている。レジアスが善からぬ企みを起こし、クーデターなど起こせぬようにした
のだというのが有力な俗説だが、本局側は否定している。しかし、こうした措置から上層部同
士の対立を超え一般隊員レベルの対立にまでなってしまったとされ、何かにつけて地上部隊と
次元航行部隊はいがみ合っているとされる。例えば、地上部隊には性質上空戦に適さない、空

戦能力を持たない陸士が多く配属されているわけだが、逆に次元航行部隊において空戦は必須
に近い技能である。
 このことから航行部隊員は地上部隊員に対し「空も飛べない落ちこぼれに過度な戦力など不
要」と揶揄することがあり、感情における対立までも深刻化してしまっているのだ。深刻化す
るごとに地上部隊への締め付けは強くなるのだが、レジアスは強硬で強弁な態度を崩さず、今
日まで地上の安定と平穏を守ってきた。だが、それでも絶対というものは存在せず、いくつか
のミスや、防げなかった事故等は存在する。
 その大半の理由は、前述の人員不足からなる組織の欠陥が起こしたのだが、本局の上層部は
地上部隊の無能ぶりを煽らせ、治安維持力の停滞を市民に見せつけようとした。事情を知らぬ
市民はそれに乗せられるが、レジアスはそれに怒号を持って反論しようとはしなかった。事情
や内情を知らぬ者に怒りをぶつけたところで、意味はないと思ったからだ。

 だが、古代遺物管理部機動六課の成立という事実が彼の逆鱗に触れることとなる。



              第3話「思惑と策謀」


「どうしてあんなことを! 彼は、犯罪者でもないし、それに類する行いもしていない!」
 バンっ、とデスクを叩きながらフェイトが怒鳴る。叩いているのは機動六課総隊長八神はや
てのデスクであり、怒鳴られているのは八神はやて本人である。
「機動六課に限らず地上部隊属する全ての部隊は、特に危険度の高いロストロギアないし別世
界からの漂流物と遭遇した場合、本部に報告、場合によっては捕獲し移送する義務がある……
地上部隊の常識やろ?」
「彼は物なんかじゃない!」
「でも、人じゃない。確かに人であれば今言った条項は適応外やけど、あれが人でないという
ことは、本人が言ったこと」
 怒れるフェイトを前に、はやては淡々とした姿勢を崩さない。余裕という名の風格が彼女に
はあった。
「はやて……ゼロを本部にさし出すことで、自分の立場を強化するつもり?」
「さぁ、どうだかなぁ。ただ、本部の偉いさんに限らず人は物珍しいものを貰うと喜ぶからな
ぁ」
「そんなの、最低だ……」
 フェイトは大きく息を吐くとそのままはやて背を向けた。
 これ以上話したところで、話し合いにすらならない。はやてはゼロを地上本部に売り渡した
のだ。何故、彼女がそんなことをしたのか、フェイトはその理由を知っていた。理解もできる。
でも、だからといって……
「納得できない、出来るわけがない!」
 叫ぶと、フェイトは荒々しく退出していった。
 はやては不機嫌そうにその後ろ姿を見つめる。
「情でも移ったか。相変わらず、フェイトちゃんは甘いな」
 フェイトはその生い立ちと境遇からか、弱気を助け強きを挫く、これを地でいく存在だった。
そのため彼女は年少者を中心に人望が厚く、対照的に同年代や年長者への受けはそれほどよく
ない。はやては長い付き合いだからともかく、
一般的にフェイトは「優しいが、優しすぎる」と評されている。冷静、冷徹に任務をこなすよ
うで、同僚にして親友の高町なのはに比べ、肝心なところで甘さが出る。顔に似合わず容赦な
い性格をしているなのはとは、ある意味で対照的だった。
「けど、組織というものは甘くない。甘さで出世できるほど、な」
 はやてがゼロを本部に送ったのは、フェイトの言うように異世界から来た全身機械の戦闘兵
器である彼を発見し、捕獲した功績を得るためである。完全なるロボット戦士の開発はミッド
チルダでも行われているが、実用化もされてなければ開発の成功もしていない。何かと人員不
足に悩まされている地上本部としては、喉から手が出るほど手に入れたい技術のはずだ。

「出来たてほやほやの六課を認めさせる、いい材料になる」
 六課はその成立過程から、属する地上本部との折り合いが悪い。悪いというか、険悪そのも
のだ。というのも、六課は所属こそ地上本部なのだが、設立には本局の意向が強く反映されて
おり、総隊長八神はやてにしてから本局の息がかかった人間とされている。
 名目は第一級遺失物「レリック」等の捜索を主任務とする部隊だが、地上部隊本部の中には
「我々を監視、牽制するために本局が無理やり作った」などと噂する者もいる。確かに、Sラ
ンクレベルの魔導師が複数人存在する部隊など、明らかに異常である。故にこうした噂がたつ
のも無理からぬことで、警戒されても仕方ないといえる。
 だが、真に問題となっているのは防衛長官レジアスと、六課総隊長八神はやての確執にある。
 そもそも、はやてが機動六課、その名の通り機動力に富んだ部隊を作ろうとしたのには地上
部隊の「行動力の遅さ」を批判したことから始まる。組織の大きさからくる敏捷性のなさが問
題であるとしたはやては、何事にも先手を打てる、率先して行動が行える部隊作りに勤しんだ
のだ。そして、その事実にレジアスは激怒したのだ。
 レジアスは武闘派だけに気が長いわけではないが、短すぎるというほどでもない。心無い批
判や誹謗も、相手が一般人であれば苦笑して済ます程度の度量を持っていた。しかし、相手が
管理局の、本局の息が掛った魔導師であれば話は別である。
 人員不足に悩まされ、いつも後手に回ってしまう地上部隊と、それに対するレジアスの苦心
をはやては「地上本部はのろま」の一言で切り捨てたのだ。
 故に二人の仲は、壊滅的ではなく破滅的で、修復のしようがないと言われている。とはいえ、
はやてにとってレジアスは上官であり、地上本部の実権はレジアスが握っている。反骨心むき
出しで挑むばかりが得策ではないし、六課を認めさせるためにも多少の媚を売る必要はある。
 だから、はやてはゼロを出しに使い、反応をみようとしたのだ。全ては六課と、仲間たちの
ために。
「何でそれがわからんかなぁ……フェイトちゃんは」
 ため息をつくはやてだが、そこにデスクの通信機器が音を鳴らした。出てみると、早速地上
本部からのようだった。どれほどの好感触が得られたかと回線を繋ぐはやてであったが、話す
内にその表情は変化していく。
「………………はぁ?」
 それは意外すぎる結果と通達だった。

 隊舎内を苛立たしげに歩くフェイトだが、彼女は別にはやての意図や真意を理解できないわ
けではない。長きに渡る友人関係を続ける中、はやての苦悩することも知っていたし、何故六
課を作ろうと思ったのか、その経緯も理解している。理由もわからぬことに友誼だけで協力す
るほどフェイトは子供ではないのだ。
「だけど、こんな関係もない人を利用するようなやり方は、間違ってる」
 誰ともなく呟くフェイトであるが、今の自分の立場でどうすることもできない。一介の執務
官にできることなど、たかが知れているのだ。
 それがわかっているからこそ、はやては必要に地位を追い求めている。出世して、自己の立
場を強化し、発言力と影響力を得る。悪いことだとは思わないし、各人それぞれの生き方とい
うものがあるのだから、否定する気もない。
「……ゼロ、どうしてるのかな」
 私人としてのフェイトとはやては友人であり、十年来の友情がある。しかし、公人としては
必ずしもそうでないことが彼女の悩みなのだ。


 さて、地上本部へと移送されたゼロは、はやての読み通り防衛長官レジアスの興味を引き、
彼を含む幹部たちの前に引き出されることとなった。
「完全機械の戦士か……あの小娘、なかなか面白いものを送ってきたな」
 相手に対する険悪な感情の有無はともかく、ゼロというアンノーンはレジアスにとって無視
できない存在である。ここは相手の企みに乗った上で、自身の利益を優先させるほかないだろ
う。
 一応、戦闘兵器とのことであるから、数名の武装局員を部屋に配置した上での面会だったが、
レジアスは一応温厚な態度で接しようと……当人は努力した。
「君は次元漂流者とのことだが、君が我々に協力をしてくれるのなら、我々も君の帰還に協力
することにやぶさかではない」
 ただ少しばかし、物言いが直接的すぎたが。
「別世界から来た君にこんなことを言って理解してもらえるかはわからないが、管理局の地上
部隊は慢性的な人員不足でな」
 レジアスは窮状を訴えることで相手の気を引こうとしたわけだが、ゼロは無表情にして無口
を貫いている。相槌の一つも打たないのだ。
 身振り手振りを交え説明を続けるレジアスだが、一向に反応すら示さないゼロに痺れを切ら
し、
「おい、奴は口がきけんのか。それとも、言葉が通じんのか?」
 と、幕僚に耳打ちしたが、会話は可能との報告は受けているらしい。つまり、単に受け答え
を拒んでいるだけのようだ。
 レジアスは可愛げのない態度舌打ちしながら、回りくどい前置きなど不要であると判断した。

「我々に君の身体のデータを提供してもらう。そうすれば、我々は責任を持って君を君がいた
世界に送り返そう」
 人に最も近い知能と知識を持つロボット。そんなものが開発できれば、地上本部が抱えてい
る問題は一挙に解決する。レジアスが裏で進めている極秘な案件も停止できるし、地上部隊は
次元航行部隊に匹敵する戦力を有することができるだろう。
 そのためには、何としてもゼロの情報が、データが欲しい。
「………………」
 ゼロは目の前で喋りつづける男を注視している。レジアス・ゲイズと名乗った男は地上本部
の防衛長官で、中将の階級を持つ将官だという。演説調で話す彼には確かに圧感があり、地位
に見合う風格が備わっている。
 だが、しかし――――
「断る」
 ゼロは一言、ただ一言ぽつりと呟いた。
 その瞬間、レジアスの顔が大きく歪んだ。
「なんだと? 今、なんといった」
「断る。協力するつもりはない」
 それ以上の言葉を、ゼロは言うつもりはなかった。
 ハッキリ言うとレジアスに胡散臭さを感じたのだが、それを言うと相手は怒るだろう。第一、
見も知らぬ世界で身体を弄繰り回されるなど、如何に元居た世界に帰るためとはいえ、ゼロは
御免だった。
「……我々には必ずしも貴様を元居た世界に送り届ける義務はない。言ってしまえば、処分も
可能なのだぞ?」
 口調が要望から脅迫へと変化したとき、ゼロは完全に協力する意思を失くした。まあ、元々、
一欠片だって協力するつもりもなかったが。
 レジアスの怒りに満ちた視線と、ゼロの鋭い視線が交錯するのを見て、周囲の幕僚たちは息
を飲んだ。一触即発とは、正にこのことか。
「貴様は――」
 レジアスが言葉を続けようとした時、一礼を持ってレジアスの秘書官であるオーリスが入室
してきた。彼女はゼロに見向きもせずレジアスの下に歩み寄ると、小さく耳打ちを始める。
「なに? それはどういうことだ!」
 オーリスの言葉にレジアスは声を荒げ、彼女が持ってきた紙片を掴み取る。素早く目を通し、
段々とその体が小刻みに震えていく。
「馬鹿な、こんなことが……」
 相変わらず無表情を貫くゼロだが、どうやら反応を見るに自分に関連することのようである。
レジアスはワナワナと震えながらゼロに視線を戻し、吐き捨てるように口を開いた。
「最高評議会からの通達で……貴様に対する一切の手出しができなくなった。なのでその反抗
的な態度も不問にし、処分はなしとする」
 聞きなれぬ単語に若干目を細めるゼロであったが、自分が限りなく自由に近づいたというこ
とだけは分かった。


 ミッドチルダの奥深くにある秘密研究所にスカリエッティはいた。曰く、研究所ではなく「秘
密基地」なのだそうだが、彼の秘書であるウーノは研究所という単語を使っている。どちらに
しろ、ここが秘密の場所であることには変わりないのだから。
 スカリエッティは幾本も連なる培養層の前で、しきりにコンソールを操作している。12本あ
る内の培養層、その何本かには人影が見える。
「ドクター、こちらにいらっしゃいましたか」
 そんな彼に、秘書であるウーノが姿を現し声をかけた。
「ウーノか。そろそろ残りの娘たちの最終調整が終わりそうだよ」
「それは……予定より、随分と早いように感じますが」
 控え目に言ったが、実際は数カ月先を目途に計画されていたことである。それをスカリエッ
ティは先日から急にピッチを速め、恐るべき速さで進行させているのだ。寝ずに作業を続け、
また疲れることが「わからない」という彼にウーノは多少の心配をしている。
「ガジェットでは力不足。故にナンバーズの稼働を速める必要があるのだ」
 意味のわからぬことを呟きながら、スカリエッティは黙々と作業を続けようとして、ふと気
付いた。
「何の用だね?」
「はい、ドクターに命じられた件を最高評議会に要請しました」
「最高評議会は何と?」
「要請を受諾しました」
 それは素晴らしいとスカリエッティは言う。彼はウーノに、自分の名で最高評議会に一つの
要請をするように命じたのだ。
 即ち、次元漂流者であるゼロに一切の手出しをせず彼の立場を保障すること。
「私にはわかりません。何故、たかが次元漂流者にそのようなことを」
「ウーノ、君は私の夢を知っているかね?」
「夢、ですか?」
 スカリエッティは科学者のくせに抽象的な物言いを好む。彼が言うには、自身は夢と展望の
塊らしい。
「ゼロ、あれは私の夢の一つが形になった存在かもしれないのだ。是非手元に置きたいが、そ
れでは興がない。まずはじっくりと観察しようではないか……我が娘たちを使って」
 スカリエッティの顔が、好奇と狂気に歪んでいく。


 結局、ゼロの身柄は機動六課に戻されることになった。
 これはレジアスが突っ返したのであり、自分の役にも立たない者に用はないという意思の表
れである。最高評議会の決定とやらは絶対らしく、ゼロはご丁寧にも武器まで返却された。
 フェイトは素直に喜んだが、困ったのははやてである。まさか戻ってくるとは思わなかった
のであそこまで思い切った行動に出たのだから。
「あー、全部フェイトちゃんに任せる。後よろしく」
 謝罪する気はないらしいが、干渉する気もないらしく、はやてはゼロの事をすべてフェイト
に任せた。押し付けたともいえるが、フェイトはそう感じていない。この件に関して守護騎士
をはじめとする他の隊員は口を挟まなかった。ただ一人、フェイトの親友である高町なのはが、
「よかったね、フェイトちゃん」とだけ言ったが、これはあくまで落ち込んでいた彼女に向け
て言った言葉であり、なのは自身はゼロに興味を持っていないようだった。

「ごめんなさい、本当に。何度も何度もひどい目にあわせて」
 六課の食堂において、フェイトはゼロに頭を下げた。何故食堂なのかというと、適当な場所
がなかったからである。レプリロイドは人間的な食事を必要としないとのことなので、飾り程
度に飲み物のコップが置いてあるだけである。
「気にするな。大したことじゃない」
 大体、フェイトが謝ることでもないはずだ。
 ゼロは改めてここが異世界で、自分が異質な存在であること再認識していた。
最高評議会とやらは立場こそ保障してくれたが、別にゼロを元居た世界に帰す手引きはしてく
れないようだ。
「貴方のことは、兄に頼んでみる」
「兄?」
「うん、私の兄は管理局の本局で次元航行艦の……あ、次元航行艦って言うのは様々な世界に
次元を超えて航行することの出来る艦艇なんだけど、兄はそれの艦長なの」
 フェイトの兄は地上部隊とは違う、次元航行部隊の部隊長を務めており、提督の称号を持っ
ているという。
「今度の休暇で実家に帰ったときに会えると思うから。お兄ちゃ、じゃない、兄さんならきっ
と何とかしてくれると思う」
 普段なら余り迷惑をかけたくないと、面倒ごとを持ち込まないフェイトであるが、今回は事
情が事情である。
「すまない。色々手を尽くして貰って」
「そんなこと……私は謝られる立場じゃない」
 フェイトの心中は複雑だった。
 顔も知らぬ最高評議会の意図はともかく、今はその決定にただ感謝するしかない。出なけれ
ば今頃、取り返しの付かないことになっていた。ゼロが帰ってきたことで幾分か和らいだが、
はやてとはあれ以来口を利いていない。帰ってこなかったらどうなっていたことか。
「ところで、食事は必要ないってことだけど……その、稼動エネルギーとかはどうしているの?」
 永久機関で動いている、というのなら話は別だが、そうでないなら人間の食事に相当するエ
ネルギー補給が必要になるはずである。
「それは…………」
 向こうの世界では、主にエネルゲン水晶といわれる物質がレプリロイドの動力源になってい
た。これは自動回復する物ではなく、使い切ると動けなくなる。ゼロは通常のレプリロイドよ
りも多少余裕があるものの、何れ切れれば動けなくなるだろう。
 さすがに少し深刻な表情になるゼロだが、フェイトはそんな彼を気遣うように小さな小箱を
取り出した。
「もし良かったら、これを使って」
「――?」
 小箱を開けると、中に小さな宝石が入っていた。
 ゼロはその宝石に、見覚えがあった。
「これは確か」
「ジュエルシード。私と貴方が初めて会ったとき、貴方が持っていたものよ」
 確かにゼロはこれを手にしたとき、エネルギーが回復していくのを感じた。莫大なエネルギ
ーを秘めた石なのだろうが……
「いいのか? 大事な物なんだろう」
 それこそ、初対面で戦闘に発展しそうなぐらいフェイトにとっては大切な物のはずだ。
「いいの。実は、ちょっと面倒なことになってて」
「面倒?」
 フェイトはため息を付くと、何故ジュエルシードがゼロの倒したガジェットから出てきたの
か、その経緯を話した。
 まず、ジュエルシード自体の説明であるが、これは省いた。ジュエルシード。次元干渉型エ
ネルギー結晶体で、「願いが叶う」と言われるロストロギアということだけを説明した。
「十年前、21個のジュエルシード内、9個は消失し、12個は管理局によって保存された」
 ジュエルシードはロストロギアであるかして、管理局によって厳重に保管されているはずで
あった。持ち出すなど以ての外で、だからこそフェイトはゼロの持っていたジュエルシードを、
失われた9個の一つであると考えたのだ。
 だが、現実は違った。何と発見されたのは、管理局が保存するものだった。
「聖王教会の地方施設の要請で、ジュエルシードは貸し出された。もちろん、ロストロギアの
貸し出しは原則禁止だから、非公式で」
 それが奪われてしまったというのが、今回の真相である。では何故それをフェイトは知らな
かったのか。聖王教会が事実を、盗まれたという事件を隠蔽したのである。不祥事の隠蔽やそ
れに類する裏工作はどんな世界でもあることだが、これは度が過ぎている。
「なら、尚更返すべきではないのか。あるべき場所に」
「貴方の言うとおり。私だって、そうするつもりだった」
 ここからが面倒な話で、聖王教会が隠蔽工作をした事実が公になるのは不味いということに
なったのだ。つまり、スキャンダルの発覚をさらに隠蔽しようという流れで進み始めた。
 フェイトは抗議したが、はやてはそれを突っぱねた。これには彼女が六課設立の際、聖王教
会の教会騎士カリム・グラシアに尽力して貰った事実がそうさせていた。彼女ははやて直属の
上司であり、現在も六課最大の後ろ盾だ。
「だから、事件その物をなかったことにしようとしてる。貸し出した事実がないから、事件な
んて起こってない」
 しかし、ジュエルシードを放置しておく分けにもいかないので、しばらく六課で保管するこ
とになったのだ。管理はジュエルシードと縁深いフェイトに任されたが、フェイトは一連の流
れへの反感から、ゼロにこれを託そうと思ったのだ。
「ジュエルシードは凄い力を持って石だけど、きっと貴方なら大丈夫」
 ゼロは手渡されたジュエルシードを見る。強い光りを放つそれは、ゼロに確かなパワーを与
えていく。
「ありがたく使わせて貰う」
 ジュエルシードを握りしめ、ゼロはフェイトに礼を述べた。
 それからしばらくは無言の時が続いたが、フェイトは不思議とそれが心地よいものに思えた。
 語り合うことだけが全てではないのだ。
「あれ? フェイトさん」
 沈黙を破ったのは、訓練を終えて食堂へとやってきた六課の新人フォワードたちである。
「みんな!」
 フェイトは起ち上がって手招きをする。
 四人の新人の内、三人はゼロのことが珍しいのかチラチラ見ているが、一人は不機嫌そうに
顔を背けている。
「紹介するね。機動六課の新人たち」
 ゼロは、それぞれ名乗る少女たちと少年を見る。随分若いが、この世界ではこれが普通なの
だろう。
 スバル・ナカジマという少女は快活で、ゼロに対して好意的だった。ティアナ・ランスター
という少女は警戒心が強く、言葉も少なめであった。キャロ・ル・ルシエは人見知り気味だが
フェイトが心を許していることから警戒心は少ないようだ。
 そして…………
「エリオ・モンディアルです」
 エリオと名乗った少年は、名乗ったきり口を閉ざした。ティアナの警戒心や、キャロの人見
知りとも違う。
 小さいがこれは……確かな敵意。
「エリオ、どうしたの?」
 様子がおかしいエリオをフェイトが不思議がるが、エリオはそのまま口を開こうとはしなか
った。

 新人たちが別のテーブルで食事を取る中、フェイトはエリオの非礼を詫びた。
「普段はあんな子じゃないんだけど、どうしたのかな」
 まるで、はじめて会ったときのようである。あの頃のエリオは、誰にも心を開かず、荒れに
荒れていた。
「緊張でもしたのかな」
 フェイトも、そして敵意を向けられたゼロも、ある種の感情に疎いという共通点があった。
 だからこそ、エリオが実はフェイトと親しげに話していたのが気にくわなかった、という本
音が見抜けなかった。
 もっとも、二人とも自分たちが親しげに話しているつもりはなかったし、エリオ以外の三人
も、ゼロが常に無表情だから彼らが親しげに話しているようには見えなかったのであるが。
「ゼロ、貴方には当分ここにいて貰うことになるけど、ちゃんと部屋も用意したから。重要区
画へは侵入できないけど、それ以外の行動は自由」
 ミッドチルダにおけるゼロの立場を最高評議会が保障したように、六課内での立場も隊長で
あるフェイトが保障する。
「市街に出てみたかったら、私に言って。一緒に行くから」
 笑顔で話すフェイトを、ゼロは内心不思議そうに見ていた。
 随分と好意的だが、何故ここまで好意的なのか判らなかった。ゼロは英雄だとか破壊神だと
か言われ恐れ戦かれることはあるが、好意的に接せられることは対照的に極めて少なかった。
「わかった……用があれば、お前に話す」
 だからなのか、ゼロはフェイトの好意を心地よく思った。
 ゼロはこの世界における安らぎを感じ始めていた。

                                つづく


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最終更新:2009年01月19日 12:59