『今でこそ犯罪者に向けられているが、その拳はいつ何時市民へと向けられるか分かったものではない。現に! 
 奴が犯罪者を捕まえる過程で破壊した建物には歴史的な建造物も含まれておる! これこそ奴がただ勝手気ままに暴力を振るう無法者である証拠である!』

「時空管理局地上本部のレジアス・ゲイズ中将は記者の質問にこう答えられ、また時空管理局地上本部は市民の間でマスクド・ライダーと呼ばれ親しまれつつあるこの怪人"BLACK"を指名手配しました。
 これについて管理局創設当初から多大な援助を続けるミッドチルダ有数の資産家オルシーニ家のうら若き当主であり、先日首都クラナガンにマスクド・ライダークラブを開かれたジュリア・オルシーニ氏からコメントを頂いております」

『黒い怪人だからBLACKとはまた安直だが、マスクド・ライダー"BLACK"なら少しはいいかな? 私は彼の胸に書かれている文様が"RX"と読めることからRXと呼ぶことを提唱したいのだが…ん? 
ああ、彼が捕まったら保釈金を払う用意はある。これでいいかね? ああ最後に一つ、RX。これからも私をワクワクさせて…』

ミッドチルダでは稀にいる才覚の持ち主らしくどう見ても十になるかならないか位の偉そうな小娘のコメントが流れる途中でウーノは不愉快気に眉を寄せてテレビを切った。
光太郎は恐らく今日は帰ってこない。
ヴィヴィオという赤子を助けてから、光太郎は管理局内で勢力を伸ばしつつある新興の家ハラオウン家と連絡を取っている。
今日はヴィヴィオの様子を見に来ないかとクロノ・ハラオウンに誘われて出かけていった。

光太郎が非合法の研究所で保護した幼子はヴィヴィオと名付けられ、ハラオウン家に引き取られることになっている。
管理局の調査では、保護した研究所で生み出された人造生命体であることと約300年前の古代ベルカ時代の人物が元になったということまで分かっているらしい。
これ以上詳しく調べるのは聖王教会の協力か無限書庫のユーノ・スクライア司書長の休暇を犠牲にして資料を漁ってもらわなければ困難らしく、調査は今は打ち切られている。
ユーノ・スクライアの顔色が、最後にいつ休暇を取ったのかを尋ねるのも憚られるものだったからだ。

この話をした時のドゥーエの様子から、ウーノにはヴィヴィオの正体に一つ心当たりがあった。
ハラオウン家の養女フェイト・テスタロッサ・ハラオウンがスカリエッティを執拗に追いかけているのでウーノはこの問題に関わらないようにしていたが、恐らくは間違いないだろう。

詳しい話まで聞くつもりはウーノになかったし口を挟むつもりもなかった。
光太郎には気付かなかったと言えば良いし、スカリエッティの不利になるかもしれないので現状は静観でいいと判断していた。

それよりもウーノにとって切実なのは光太郎の態度から見るにハラオウン家を気に入っているようだということだ。
そのハラオウン家といい、この女といい光太郎に協力するという者が少しでも現れて来たのは非常に気に入らない。

このままでは光太郎の中でウーノの地位が危ぶまれてしまうからだ。
ウーノの情報で動いていたからスカリエッティにとってよい結果も引き出せる可能性がある。
他に信頼の置ける情報源が出来てしまってはウーノの情報を必要としなくなるかもしれないではないか…誓ってそれだけである。

そう、それだけだ。言い聞かせるように何度か確認しウーノは妹達と会う為に家を出て行った。

 *

その頃光太郎は、第97管理外世界の海鳴市を訪れていた。

友人の手引きで日の昇る前、人通りの少ない時間を見計らって第97管理外世界へと移動した光太郎は、まず故郷の地球と表面的にはそっくりな第97管理外世界の地球を郷愁と物珍しさに満ちた表情で歩き回った。
故郷とこの世界との違いを肌で感じ、開店する時間を待って図書館に立ち寄って本を漁る…光太郎はウーノの懸念に全く気付いてはいなかった。

そうやってわかったのはこの世界には仮面ライダーはいないらしいということだ。
先輩の姿を、仮面ライダーという漫画や特撮の中に見つけた光太郎の表情は、悲しいような、嬉しいような…相反する感情が混ざり合ったなんとも言えぬ表情を浮かべた。

「…どうでした?」
「ん?…ああ、探し物は終わったよ」

そうすることで多少なりとも光太郎の気持ちを読み取ろうとするかのように、金色の目を真っ直ぐにあわせ尋ねるフェイトに光太郎は言葉を濁した。
「ありがとう」と休暇を取り光太郎に街を案内してくれたフェイトに礼をいい、光太郎は彼女と共にハラオウン家に向かった。

探し物も理由も説明しようとしない光太郎の態度は不満だったが、フェイトには一歩踏み込んで尋ねることはできなかった。
子供相手にならそうでもないのだが、自分より年上の大人の男性に対してはまだまだ経験が足りない。
親友なら「お話聞かせて欲しいの」と踏み込んでしまうのだろうけど、とフェイトは光太郎を先導しながら思った。

「光太郎さんこっちです」
「ま、待ってくれよ」
「クロノ、貴方と会うのを楽しみにしてるみたいですよ」

でも…まさかあの怪人の中身がこの人だなんて。
黒髪黒目、整った顔立をしていてスタイルも良い。服装の趣味も自分の義兄に見習わせたいくらいと、マスクド・ライダーの姿からは想像できない。
光太郎の外見をフェイトはそう評価していた。
この世界に来た当初、十数年程流行がズレた世界からやってきた光太郎の服の趣味は洗練されたとは言いがたかったのだが、最初はチンクに、最近はウーノによって矯正されているのだった。

二人は並んでハラオウン家に向かった。
ハラオウン家は管理世界にも家を持っているらしいのだが、数年前の事件の折にこの世界でマンションを借りてからそこに住み続けている。
フェイトに案内され、光太郎は今その家の前に到着した。

少し待っててください。
そう言ってフェイトが中に消えると、光太郎は少しだけマンションから見える街並みを観察した。
部屋はマンションの上の方の階にあり、そこから見える街並みは光太郎を和ませる。
ミッドチルダで暮らすよりもこの街の方が穏やかに暮らせるのかもしれない。
そう思っていると家の扉が開き、光太郎の知らない女性が顔を出した。

「いらっしゃい。貴方が光太郎さん?」
「はい。あの、貴方は…クロノのお姉さんですか?」
「お上手ね。私はリンディ・ハラオウン、クロノの母親ですわ」

光太郎より年上の息子がいるとは思えない若々しさを保つリンディは嬉しそうに笑う。

「す、すいません…」
「謝らなくってもいいのに。さ、中に入ってくださいな」

恐縮したまま、光太郎はクロノの母、リンディ・ハラオウン総務統括官に促されるまま家に上がる。
よく掃除された、清潔感のある玄関を通りリビングまで通された光太郎は促されるまま席につく。

「クロノは…」
「ごめんなさいね。あの子、急な仕事が入って一足違いで出て行ってしまったの」
「そ、そうだったんですか!? 困ったな…」

どうしたものかと光太郎は呻いた。
クロノがいなくても目的を果たすことはできるのだが、初めて訪れる友人の家に当の友人がいない間に上がりこむことに光太郎は少し抵抗があった。

「御気になさらないでくださいな。あの子が悪いんですから」

向かいに座りながら言うリンディに相槌を打ち、光太郎はフェイト達にあやされているヴィヴィオへと視線をやった。
検査の結果ではヴィヴィオは平均より高い魔力を持つだけで特におかしな点はないとお墨付きを頂いていた。
人造生命体であるがゆえに未知の能力を秘めているかも知れないとも言われていたが。

優しい眼差しを二人目の養女に向ける男性をリンディは観察していた。
人を見る目はそれなりにあるつもりだったが、何度見ても目の前の青年がミッドチルダの一部で有名人となっているマスクド・ライダーとはとても思えなかった。

リンディがなんとなく分かるのは、光太郎は誰か大事な人を亡くしたのだろうということだ。
隠しているようだが、整った横顔の上に時折過ぎる憂いの色に覚えがあった。
かつてロストロギア『闇の書』を輸送する任務で夫のクライド・ハラオウンが命を落としてすぐの頃、毎朝見たものと同じ色だ。
クロノが少し童顔なことを差し引いても、リンディの息子であるクロノよりも1才年下らしい光太郎の憂いを覗かせた横顔は、クロノより十も上に見えた。

だがクロノから聞いた話や今こうして言葉を交わした感想としては、逆にクロノよりもずっと幼い印象を受ける。
詳しくは尋ねていないのでわからないが、故郷を離れて色々とあったらしく不安定になっているようだった。

闇の書事件も無事解決しクロノも一人立ちしたせいかもしれないが、母性本能をくすぐられてリンディは微苦笑を浮かべていた。
余り見るのも失礼に当たる。リンディは視線を外しずっと角砂糖を入れ続け、飽和した砂糖がほんのちょっぴりカップの底に溜まったコーヒーを出した。

笑顔で受け取った光太郎は口をつけ、「ありがとうございます……ブッ」

そして噴出した。

「ゲホッゴホッ…な、なんだこれは!?」
「あら光太郎さん。そんなにむせてどうしたのかしら? さ、これで拭いてくださいな」
「あ、ありがとうございます…こ、これは」

差し出されたハンカチを受け取りながら、光太郎は砂糖が沈殿したコーヒーを見つめる。
コーヒーを見つめる表情はリンディの顔に浮かぶ笑みとは逆の深刻な表情だった。

「甘くておいしいでしょう? 今日はクロノもいないし、私が淹れさせてもらったわ」
「そ、そうですね! と、とても個性的な味でちょっとびっくりしちゃいましたよ」
「でしょう! 底に砂糖が溜まってるから上澄みだけ飲むのが通の飲み方よ」

上澄みだけを飲む飲み方も幾つかあることは知っていたが、何か違うんじゃないか?
そんな気がしたが、苦笑いを浮かべたまま真剣な顔で暫しコーヒーとリンディを見つめた光太郎は、覚悟を決めてグッと飲み干した。
胸焼けでは済まされない甘さが、光太郎を襲う!
微かに震えながらそれを飲み下した光太郎の前には、二杯目の甘い、まったりとしていてどろりとした黒い飲み物が出されるのだった。

ヴィヴィオをあやしていたフェイトは、やせ我慢をして二杯目を飲み干す光太郎を見て苦笑いを浮かべている。

「母さんそれくらいで止めた方が…光太郎さん、苦い顔してるよ?」
「そうかしら? 残念ね。慣れればおいしいと思うんだけど…」

そう言って自分の分を飲む母の隣にフェイトは腰掛けた。
膝に光太郎の方へと行こうとしているのか手足をばたばたさせる義妹を乗せる。

「はは、疲れている時にはいいと思いますよ…」
「光太郎さん…やせ我慢も程ほどにしてください。ねぇヴィヴィオ~やせ我慢は体に悪いよね~?」

膝に乗せたヴィヴィオの顔を覗き込んで尋ねると、ヴィヴィオは小さく首を傾げた。
小さな両手を持って上下に動かす娘に玩具にしないのと注意して、リンディは苦笑を浮かべた。
義妹が出来て以前より家にいる時間が増えたのは嬉しいのだが、フェイトがまだまだ子育てをするには少し早いようだ。

リンディは再び光太郎に目を向ける。

「ところで光太郎さん」

呼びかけられ、膝に乗せられたままのヴィヴィオの手に指を与えていた光太郎はリンディを見た。
ヴィヴィオに指を握られたままの光太郎に言う。

「良かったらフェイトのお友達にも会ってあげてくださらないかしら?」
「母さん、それ私が言うつもりだったのに」
「…それは構いませんが、一体どうして」

相槌を打った光太郎に少しむくれるような顔を見せたフェイトが言う。

「はやては貴方の大ファンなの。それで貴方の話を聞いて一度会って見たいって。それと…」

言いづらそうに、フェイトは光太郎の硬い指を強く握って放そうとしないヴィヴィオの後頭部に視線を落とす。
窓から入る光を反射して、額から垂れたフェイトの髪とヴィヴィオの幼い子供の柔らかい髪が黄金に輝いていた。
不思議に思いながらもフェイトを待つ光太郎を顔を下げたまま、上目遣いに見てフェイトは言う。
可愛らしい少女からのお願いに光太郎は困ったような顔をして、ヴィヴィオに差し出していた手を引いた。
指を追って身を乗り出すヴィヴィオを慌てて押えるフェイトとリンディに光太郎は首を振った。

「すまないけど、俺は」
「光太郎さん、一度会ってみてからもう一度考えてあげてくれないかしら…」

断りの言葉を遮って口を挟むリンディと視線で訴えかけてくるフェイト…母娘二人の視線に光太郎は渋い顔をした。
二人はどうして光太郎が躊躇うのか理解できていない様子だった。

管理世界には人造魔導師を始めとした非合法な研究によって生み出された魔導師が多数いるが、彼らはその力に疑問を持たない。
姿においても、人型の昆虫がいるくらいで写真で既に見ている彼女らには心構えもある程度は出来ている。

だが光太郎にとっては進んで見せるものではない。
故郷の地球では戦いに巻き込まないように正体を隠して戦い続けるのが常であり、余程信頼を置く者でなければ正体は隠していた。

要は慣習の違いなのだが、フェイトの膝に座るヴィヴィオを見て光太郎は頷いた。
クロノ達は信頼の置ける人物だし、ヴィヴィオの件では世話になっている。
大半はその借りを少しは返したいという気持ちからだった。
残り少しは、余り深く考えずに郷に入れば郷に従おうと思ったからだが。

頷くと同時に、光太郎がたった今入ってきたばかりの扉が開き、ダダダッと騒々しい足音を立てて一人の少女が現れる。
茶色がかった黒髪をショートカットにし、瞳を好奇心に輝かせたその少女は光太郎に向かって軽くおじぎをした。

「初めまして光太郎さん。うちは八神はやてっていいます。よろしゅうお願いします!」

無邪気な笑顔を向けてくるはやてに光太郎が返答に困っていると、はやての後ろから赤い髪をポニーテールにしたスタイルの良い凛々しい女性が入ってくる。
見たところ二十歳前後くらいの女性の足取りは訓練された人間のもの。鋭い眼差しは光太郎を値踏みしているようだった。
恐らくはこの二人がその友人なのだろうが、困惑する光太郎を見かねてか困ったような笑顔を浮かべてフェイトが言う。

「…はやて。せめて呼ぶまで待っててって言ったのに…」
「ごめんフェイトちゃん、あのマスクド・ライダーに会えるって思たらいてもたってもいられんかったんよ」
「リンディ総務統括官申し訳ありません。主はやては何故かとても楽しみにしておりまして…」

はやてと名乗った少女とそう言って頭を下げる女性の振る舞いを光太郎は少し不思議に思った。
家族だと聞いたばかりなのだが、何故か年上のはずの女性の方が一歩引いた場所にいる。
不思議に思う光太郎を他所に女性…「剣の騎士」の二つ名を持ちはやての守護騎士(ヴォルケンリッター)のリーダーを務めるシグナムは垂れた頭を挙げて、提案した。
「光太郎。私は今すぐでもやれますが、いつやりましょうか?」
「あ、あなたねぇ。光太郎さんはお客様なんですから…」
「構いません。先に済ませちゃいましょう」

そう言うと、光太郎は甘ったるいどろどろとしたコーヒーを飲み干して、席を立ち上がった。
決闘趣味とも言える趣向を持つシグナムは、自分より背の高い光太郎と視線を交わし不敵な笑みを浮かべた。
渋っていたわりにやる気のある光太郎と最初からやる気満々のシグナムをフェイトの膝に座るヴィヴィオは色の違う瞳で見つめていた。
光太郎が受けたことで、マンションの周りには速やかに結界が張られていく。
マンションの屋上に立った光太郎は結界が張られ外界との間に薄い壁が出来た周囲を不思議そうに眺める。
原理はよくわからないが、これで気兼ねなく戦える…らしい。

その間にシグナムは戦う準備を整えていた。
彼女も魔導師だとばかり思っていた光太郎は、戦闘準備を終えて光太郎を待つシグナムの姿を見て面食らっていた。
鞘に収められた剣を片手に、大きな胸など体の線が見えるボディスーツの上からジャケットを羽織っている。
下半身もスカートのようになっているもののスリットから太ももが露になっていて、なんだか昔やったゲームに出てくる戦士のように見えた。
なにより、なまじ人間を超えた視力を有するせいで一瞬とはいえ肌が露になったのがとても気恥ずかしい。
顔が赤くなっているのがばれないかと光太郎はひやひやしたが…既に臨戦態勢となったシグナムにそんな様子は見られなかった。

「どうした? まさかそのまま戦うというのではないだろうな」
気付かれていないようであるし、ただの手合わせとはいえ気持ちを戦いへと向けた光太郎は気持ちを速やかに静め……無言で肩幅に足を開いた。
人間の姿のままでも、彼の足は猟犬の速さを有していた。

ベルトの位置で左手を大地に向け、右手が太陽へと手を伸ばす。
その手は人間の姿のままでも岩を砕き、鉄の板を容易く突き通すが目の前の超常の力を有する美女を相手にするには恐らく足りない。

シグナムが怪訝そうに眉を潜め、観客としてその場にいるフェイト達も首を傾げる中、ただ一人"わかっている"人間であるはやては目を輝かせていた。

天を指す右手がゆっくりと下ろされ、中心に至ると横へ真一文字に振るわれる。
ベルトの、キングストーンの位置にあった左手も薙ぎ払うように横へと振るわれ、空を掴み引き寄せられた。

その瞬間、光太郎の目の奥。
スカリエッティが魅せられた火花は巨大な光に変わった。
ベルトから一瞬、太陽の如き閃光が迸り、この空間を覆っていた結界を消し飛ばす。

閃光の中で光太郎の姿は変貌していった。
黒い飛蝗人間へ、そして更に黒い甲冑の如き皮膚が体を覆い、飛蝗怪人へと…光太郎は一瞬の内に変貌を遂げた。

軽く曲げた左拳を前に、握り締めた右拳を腰に構えた光太郎…いや、RXが姿を現す。
変身に伴い全身へと行き渡った莫大なエネルギーの残滓が微かにベルトで輝いていた。

「俺は太陽の子、仮面ライダーBLACKRXッ!!」
「あ、あの…光太郎さん? 母さん、急いで結界を張りなおして!」

慌てて叫んだフェイトをきっかけに、シグナムは突進した。
一息で構えをとったままのRXへと距離を詰め、流れるような動作でアームドデバイス"レヴァンティン"を抜刀する。
マスクド・ライダーはシグナムの間合いに入っても、抜刀したレヴァンティンを振り上げても微動だにしなかった。

今回はミッドチルダに潜伏していた犯罪者を複数挙げた実績を考慮してか、主からも加減無用と言われている。
非殺傷設定にはしてあるが、RXは魔導師ではない為場合によっては大怪我を負う可能性もあるというのに、だ。
つまり存分に真剣勝負にのめり込めるということ。

シグナムは未だ動きを見せないマスクド・ライダーに構うことなく刀身を振り下ろす。
胸に刻まれたRXの文様へと刃が迫っていく一瞬が、集中力で引き伸ばされシグナムにはとても長く感じられた。
彼女の感覚では、RXが今から何をしようが間に合わない。幾らRXの皮膚が頑丈であろうと深手を負わせるだけの自信をシグナムは持っていた。

だがそのまま切り裂かれるかと思われたRXは、機械兵器や魔導師の結界と防護服を物ともせぬ魔剣レヴァンティンの刃をいつの間にか左手で掴んでいた。
全身を使い一刀に込めた力も気迫も、シグナムが一撃に込めた全てのエネルギーが始めからなかったかのように無造作に止められていた。

掴まれたレヴァンティンはその場所に固定されたかのように動かない。

自分の体力では引く事も押すこともできない。
微かに腕を動かしたシグナムはそう悟ると、左手に掴んだ鞘を振るおうとしているかのように重心を傾け、鞘を持った左腕を動かした。
それに気付いたRXが、右手を出すと同時にレヴァンティンが圧縮魔力を込めたカートリッジをロードした。
刀身の付け根にあるダクトパーツがスライドし、魔力増強の為に組み込まれた魔力増強のシステム"カートリッジシステム"の特徴でもある排莢が行われる。
薬莢が吐き出され、爆発的にシグナムの魔力が跳ね上がると共にレヴァンティンの柄から剣先へ向かって炎が燃え上がる。
吹き上がる魔法の炎によって微かに力が緩むのをシグナムは見逃さなかった。

鋭さを増した刃を引き戻し、再びレヴァンティンを振り上げる。
驚異的な力で刃を固定していたRXの左腕へ向けて、裂帛の気合と共に炎を纏ったレヴァンティンの刃が振り下ろされた。

「紫炎一閃ッ!!」

そのまま胴まで。否途中にある物は全て切り裂くつもりで放たれた斬撃はRXの腕に食い込んだ。
しかし、そこまでだった。硬い金属同士が衝突したような音が鳴り、レヴァンティンが弾かれる。

刹那驚愕に囚われるシグナムへ、それまで動きを観察していたRXが襲いかかった。

傷つけられた前腕を気にも留めず、RXは腕を伸ばし弾かれたレヴァンティンの腹を左手の甲で叩く。
甲高い音が鳴った。軽く手首のスナップをきかせただけの一撃がなまくらな剣など粉々に砕き、並の剣士の腕から剣を弾き飛ばすのに十分な威力を持っていた。
そのどちらにも当てはまらないシグナムとレヴァンティンは、見た目とは裏腹に重過ぎる一撃に持っていかれそうになる腕を堪える。
筋に痛みが走ったが、シグナムは表情を変えることなくその場から飛び退く。

それを追って、屋上の床を蹴ったRXの左拳がシグナムの腹に突き刺さった。
いや、かろうじて鞘を間に入れ直撃を防ぐことに成功したシグナムは、鞘を突き抜けて肺腑を突く衝撃を後ろへ飛ぶことで更に多少なりとも逃がす。

喉の奥から上がってくる熱いものを吐き出すのを堪えながら、シグナムは確かめるようにレヴァンティンの刃とRXの腕を見比べた。

「…ッ」

紫炎一閃が通じない…いや、と黒い腕に走る傷を見てシグナムは思う。
決定打にならないとは。
魔法による強化を受けずにこれほどの力を持つ相手は久しく見えたことがなかった。
驚愕と体に走る痛みを歯を食いしばって耐えながらシグナムは、体の奥から歓喜が湧き上がってくるのを感じた。

「面白い…ッ! お前の力、全て見せてもらう。レヴァンティン!」

"Explosion."

シグナムがレヴァンティンを振るうのを合図に、再びレヴァンティンがカートリッジをロードする。
過剰なカートリッジロードは制御不能や暴発をまねく危険性があるが、シグナムは後数回カートリッジロードを行うことが可能だった。
刀身の付け根にあるダクトパーツで、三度スライドと排莢が行われる。

レヴァンティンには片刃の長剣以外にも鞭状連結刃へ刃を変えるシュランゲフォルムと大型の弓となるボーゲンフォルムがあったが、三度カートリッジをロードしてもフォルムに変化はなかった。
クロスレンジは同等の速度で動き、パワーで上回るRXの方が有利かもしれないが引く気はなかった。

今見せられたRXの反応速度では鞭の先端を叩き落し、矢を避けるかもしれない…シグナムは頭に浮かんだ建前を鼻で笑った。

フォルムを変えないのは、何より心が躍るからだ。

シグナムの足元に三角形の魔方陣が現れる。
小さな円を隅に配置し、中央で剣十字が回転する古代ベルカ式魔方陣。
技量ではシグナムが勝っているが、彼女には力が足りない。
カートリッジで一時的に増した魔力が体全体に行き渡り、シグナムに力を与えていく。

「行くぞッ」

裂帛の声を上げ、魔法による強化を終えたシグナムが床を蹴った。
RXも同時に床を蹴り、体を低くしてシグナムへ一直線に向かってくる。
それに対しシグナムは宙を舞い、上空から剣を振り下ろした。
初太刀をシグナムの左側へかわすRXへ、魔法により空中を自在に舞うシグナムは追撃を行う。
重力を無視した動きに微かに対応が遅れるRXへ、フェイントを交えた斬撃が見舞われる。

物理的な法則を無視して行われる落下や浮上に惑わされ、RXは面白いようにフェイントに引っかかり手足を強打される。
真正面から打ち合ったかと思えば、頭上から剣を叩きつけ、着地したかと思えば滑るように低空を飛び距離を置く相手にRXは次第に防戦を強いられていく。

それを見る観客達は、思い思いの感想を口にする。
シグナムと翻弄されるRXの動きを辛うじて目で追いながら、その道に関する造詣の深いはやては知ったような顔で深く頷いた。

「んーやっぱり仮面ライダーの弱点は空戦やね」

フェイト達も頷く。
RXの拳圧が強風となって髪を揺らした。

「そうだね。もしかしたら遠距離攻撃や広範囲も対応できないのかも」
「それは多分、間違いないと思うんよ」
「どうして?」
「だって仮面ライダーやもん」
「?」

はやての返答に怪訝そうな親子を見て、わかってないなと言いたげな顔ではやてはため息をついた。
そして目を輝かせながらもはやての頭の中では、光太郎をどうすれば引き抜けるだろうかと考えが膨らもうとしていた。
臨海空港で起こった大規模火災の現場を体験し、定めた夢。
自分の部隊を、それも少数精鋭のエキスパート部隊を持つという夢にどうすれば参加してもらえるだろう?と。

最初は翻弄されてばかりだったが、RXは徐々にシグナムに慣れてきている。
胴体や頭部へ受けた一撃はなく、両手足が何より強力な盾となってレヴァンティンを受け止めていた。
何発もカートリッジをロードし強力になった斬撃を受け腕が傷だらけになっているようだが、その傷がこうして戦っている間にも少しずつ治っていくのもはやては見逃していなかった。
魔導師で部隊を組む場合、隊員は特性に基づいて陣形中のポジションを割り当てられる。
そうして各々の部隊の中でどのように動くのかを徹底して訓練していくのだが…

二人の戦闘を見ていると、単身で敵陣に切り込んだり、最前線で防衛ラインを守るフロントアタッカーにRXがどうしても欲しいと思ってしまう。
攻撃時間を増加させ、サポートの必要性を減らすため、防御能力と生存スキルが重要となるポジションにRXが入れば、その部隊の能力がどれ程上がるものか。

「はやてちゃんダメよ。そんな目で見ちゃ…」

物欲しそうな目で亀のように縮こまって攻撃を凌ぎ、隙を窺うRXを見るはやてを咎めるようにリンディが言う。

「彼は存在自体が管理局法で違法になる可能性が高いわ」
「…リンディ総務統括官でも無理ですか?」
「無理とは言わないけど……簡単な話じゃあないわ。彼の出身世界、彼の体…皆興味深々でしょうね。私も、なのはちゃんやフェイトについてもらいたいんだけど」

抱きかかえたヴィヴィオをあやしながら言うリンディにフェイトは表情を曇らせた。
リンディもそれを見て抱きかかえたヴィヴィオの手を握ったまま押し黙る。

フェイトとはやての親友、なのはは蓄積された負担の所為で瀕死の重傷を負ったことがあった。
教導隊所属になり、昔ほど無茶をする機会は減ったが…なのはをよく知る者は口を揃えて「なのはだから心配なんだ」と言っている。
なのはが重体になった時、彼女の両親を説得した分ある意味フェイト達よりもショックを受けたリンディはその気持ちが強かった。
今実力を見たリンディはなのはか、あるいは二の舞にならぬようにフェイトの手助けをして欲しいと考えていた。

速やかに管理局に引き入れそれを実現するにはリンディでもかなりのコネを使わなければならないだろうし、RX…光太郎には迷惑な話でしかないが。

押し黙った彼女らを置いて、二人の戦闘に決着がつく。
レヴァンティンがRXの首の前で止まり、RXの拳がシグナムの鳩尾の前で止まっていた。

 *

二人の戦闘が終わり、光太郎が再びハラオウン家に戻って談笑している頃。
干してあった洗濯物を畳み、食器も洗い終えてお茶で一服していたウーノは、ニュースを見てお茶を吹いた。

「けほっ…! けほ」

キャスターも戸惑った様子で読み上げた最新ニュースは、幼稚園バスを襲う覆面の男達を獣人の男性が蹴散らしたという話題だった。
その銀髪の獣人についてはウーノも知っている。
八神はやての守護騎士の一員『盾の守護獣』ザフィーラ。
蹴散らされている者達はウーノも初めて見る。

だがそのベルトのバックルに描かれたデザインのタッチはどこかで見た覚えがあった。
慌ててISを使って情報を調べて見ると…ベルトのバックルに描かれた絵はやはり妹の、ウェンディが描いた絵と良く似ているような気がした。
証拠となるものは何もない。似ているような気がするだけだ。
だが、ウーノはスカリエッティの犯行に違いないと確信していた。

「チンクは何をしてるの!? あれほどドクターの自由にさせちゃ駄目って言っておいたのに…!」

その後、犯人は煙のように溶けて消えた。
手がかりとなるものも一切残らず、同一犯による犯行も行われなかったが、その犯行は一部の者達の記憶に強く残った。

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最終更新:2010年03月07日 19:54