とある並行世界に於いて、人々から「未確認事件」と呼ばれる事件が存在した。
その全容は、平成12年1月―――初めて姿を現した未確認生命体が、1年という長い期間中、
何らかの法則に沿って人々を殺害する「殺人ゲーム」を行い、結果その全てが警視庁と
「未確認生命体第4号」の協力により撃退された、というものである。
最後に確認された未確認――未確認生命体第0号も、警察側によって公式に、
4号との交戦後に失踪と発表されたが、実際に二度と姿を現す事は無かったために、
人々はこれを実質的な未確認事件の終結と判断した。

物語の主人公となるのは、元々この世界の住人であった、一人の青年。
彼は戦士クウガとして未確認と戦い、人類に再び笑顔と平和を取り戻した。
そんな彼が飛ばされた世界もまた、一部を除いて大半の人々が平和な人生を享受して来た世界。
平和なこの世界で、戦士である彼が果たしてどんな道を辿る事になるのか。
それはまだ、誰も知らない事である。




平成16年――4月。
桜が美しく咲き誇る季節。新たな年度の始まりに、人々は皆希望に満ち溢れた表情をしていた。
今まで小学3年生であった子供たちも、昨日から小学4年生。
新たな学級へと進学した子供たちは、皆元気な足取りで学校を目指していた。
さて、その中の一人――ここに、今日から初めて学校生活を送ろうとしている一人の少女が居た。
これまで彼女は少々特殊な人生を送ってきた為に、学校という物に通っていなかったのである。
その理由の一つが、「足が動かない」という身体的な障害であったのだが、それも克服。
去年の冬からこの春まで、毎日一生懸命にリハビリに勤しんだ結果だ。
と言っても、まだ不安な事には変わりない。故に彼女の“騎士”であるシャマルが同行しているのだが。

「はやてちゃん、足の方は大丈夫ですか?」
「うん、私はもう大丈夫やシャマル。学校着いたらなのはちゃんらかておるんやし、そんなに心配してくれやんでもええのに……」
「そういう訳には行きません! まだ歩けるようになったばっかり何ですから、気をつけないと……!」
「もう、心配症やねんから……でも、ありがとうな」

はやては力説するシャマルの表情に、小さく微笑み返した。
心配性な騎士だが、嬉しくないと言えば嘘になる。
自分には今、こうして家族が居る。家族が居て、平和に学校にも通える。
はやてにとってそれは、幸せ以外の何物でも無かった。
ほんの一年ほど前の自分には、こんな生活はとても考えられなかっただろう。
それだけにはやては、家族が居て、友達が居る。そんな平和な日常がいつまでも続けばいいなと、心から願っていた。
そんな思いを胸に、にこにこと微笑んでいたはやてはふと、歩道から見える海へと視線を向けた。
それは街の海岸沿いに設置された公園。はやてが現在歩いていた場所は小高い丘になっており、
ここからなら良く海が見えるのである。しかし、はやてがその注意を引かれたのは、見慣れた海ではなく。
それは、はやてから直線で20メートル程先の砂浜に停車された、一台の黒いバイク。
それから、その傍らに横たわった一人の青年である。
春にも関わらず、青年が着込んだコートはまるで、真冬に着るようなものであった。
暑苦しいというイメージさえ感じさせるほどのその外観に、はやては一瞬ホームレスかと思った。
が、ホームレスがあんなバイクを持っているとも思えない。
そんな事を考えていると、はやての視線に気づいたシャマルが口を開いた。

「はやてちゃん、ああいう人はあんまり見ない方がいいですよ?」
「そ、そうやな……関わったらアカンことも世の中にはあるもんな」

はやてはそう言うと、青年から視線を外して、学校への道を急いだ。
きっと彼は色々と訳ありで―――例えば女房と喧嘩してしまい、勢い余って家出してしまったとか。
そういう、他人には触れてはいけない事情があるのだろうと解釈し、放っておくことにした。


EPISODE.01 転移


男が目を覚ました時、そこは既に雪山の中では無くなっていた。
周囲を見渡すも、見えるのは真っ白の砂と、青い海のみ。
照り付ける太陽も、既に1月の真冬のものでは無くなっていた。

「……あっれぇ~。何処だここ?」

男は――五代は、頭を掻きむしりながら、上半身を起こした。
まだ寝ていたいという願望もあるが、いつまでもこんな所で寝ている訳にも行かない。
まずは全身に纏わりついた白い砂をぱっぱと叩き落とし、ポケットから携帯電話を取り出した。
平成12年、人々の間で一般的に使用されていた、「J-Phone」と呼ばれる機種だ。
五代は白黒の携帯画面へと視線を移し、現在の時刻を確認する。

――2001年1月31日 午前3時15分。

それが、携帯電話が差していた正確な時間である。
それを見た五代は、「あれ?」と一言。小首を傾げる。
五代の周囲は今も明るい。天にはさんさんと太陽が輝いており、これが午前3時などとは考えられない。
怪訝な表情を浮かべながら、そもそも自分は何をしていた? と思考を巡らす。
まず五代は、1月30日――つい先ほど、0号を倒すために長野県の九朗ヶ岳山中へと踏み込んで行った筈だ。
その時点での時刻は恐らく午後7時過ぎくらいであった筈。
となれば、この携帯電話の画面を信じるのであれば、あの戦いからまだ7時間ちょっとしか経過していない事になるのだ。
次に五代が不審に思ったのは、自分の身体についてだ。
自分は0号との決選で、あれだけ激しく殴り合った。それこそ、一撃で死んでしまいそうな程強力なパンチを、
何発も何発も、この身に受けたのだ。それなのに五代の身体は、すでに回復が始まっていた。
全身の痛みが完全に引いたという訳ではないが、動くことには全く支障はない。
これももしかしたら、凄まじき戦士になった事による恩恵なのだろうか。

「……っと、そうだ! ベルトはどうなったんだろう……!」

そう思った五代は、腹部に両手を翳し、その意識を集中させる。クウガに変身する時は、いつだってこうしていた。
未確認を倒すために、変身する。その為に腹部に意識を集中することで、ベルトが顕現する筈。
だが―――何度試みても、ベルトは現れない。
どんなに集中しても、クウガへと変身する為のベルトがその姿を現す事は無かった。

「やっぱり駄目か……あの時の戦いで、壊れちゃったもんな」

五代の記憶に未だ新しい、0号との壮絶な殴り合い。
その際に0号が振るった拳の一発が、自分の腹部へと綺麗に入った。
その結果、元々亀裂が入っていたアークルは破壊され、自分は強制的に変身を解除されたのだ。
と言っても、自分だけが破壊される訳ではない。0号がクウガのベルトを破壊したように、
クウガもまた0号のベルトを破壊した。それ故にお互いに変身状態が維持できなくなり、最後は
人間態のままでの殴り合いとなったのだろう。

結論として、自分はクウガへの変身能力を失った。
と言ってももしこの世界が平和になったのであれば、それはもう必要のない力なのだが。
だが、もし0号を倒し切れていないのなら―――それは最悪の事態だ。
それだけは無いように祈りながら、誰よりも信頼が置ける刑事である一条へと連絡を入れようと、
携帯電話のボタンを押す。が―――

「あれ? 圏外だ」

携帯の電波マークの代わりに表示された圏外の二文字は、五代を落胆させる。
なんでこんな時に圏外になるのかと不満に思いながらも、五代は携帯をポケットへとしまった。
とりあえず、こうしていても埒が明かない。暫く考えた五代は、傍らに停められていたビートチェイサーへと歩み寄った。
このバイクも何故ここにあるのかは謎のままだが、まぁ考えても無駄なのだろうと判断した五代は、BTCSのエンジンを入れた。
科警研が独自の技術力で開発した自慢のエンジン「プレスト」は、いつも通りに唸りを上げる。
BTCSはいつも通りだ、と。ほんの少しだけ安心しながら、五代はヘルメットを被った。
そして、ビートチェイサーに跨った五代は、力強くアクセルを握りしめた。




とりあえず公道に上がり、BTCSを暫く走らせたところで五代は、一つの疑問を抱いた。
それは非常に今更な疑問ではあるが、まずここは何処なのかという事。
冒険をすると言っても、ここが何処なのかわからなければ目的地にも辿りつけない。

「困ったなぁ……」

五代は、相も変わらず呑気な表情を浮かべながら、取りあえず道路標識を探してバイクを走らせる事に。
道路標識さえ見付けることが出来れば、何とか東京に戻ることが出来るだろう。
先ほどポケットを探った時に気付いたのだが、自分は現在何かのお釣りで受け取ったであろう500円玉1枚しか持ち合わせていない。
勿論、0号との戦いに他の荷物も余計だと判断した為に、最初から持ってこなかったのだが、
それでは流石に困る。500円で生活しろというのも無理な話だからだ。
故に一度東京に戻って、自分が住んでいたポレポレに挨拶がてら顔出ししなければならない。
取りあえず、冒険するにしても何にしても財布は絶対に必要な必需品なのだ。
財布の奪還を目的の一つとして頭に叩きこみながら、次に五代は未だ圏外の携帯について考える。
どういう訳か、いつ確認しても、相変わらず圏外のまま。一条とも桜子とも連絡が取れない。
連絡が取れなければ、0号や未確認の情報も得られない。
と、そこで五代は閃いた。

――そうだ、新聞を見れば0号の事がわかるかも知れない!

うんうん、と。心の中で大きく頷いた五代は、ここからすぐ近くに建っていたコンビニへとバイクを走らせた。
五代が見つけたコンビニは、五代自身も良く知った7と11が名前に使われたコンビニ。
BTCSを停車させると、五代はコンビニへと歩を進めた。目指すは新聞コーナー。
目的の物はすぐに見つかり、五代はそれに手を伸ばす。が―――

「あれ? 知らない新聞ばっかりだ……」

五代にとって、そこに売っている新聞はどれも知らないものばかり。
普段聞きなれた新聞が、ここには存在しないのである。それに不審感を覚えながらも、
五代は適当にそこにあった新聞の一つ――「海鳴新聞」と書かれた物を手に取り、
ついでに小さなビンに入った炭酸飲料を一つ、合わせて260円分の品を購入した。
五代雄介、現時点での残金――240円。

さて、それはさておき。五代は早速コンビニを出ると、炭酸飲料を口に含みながら、購入したばかりの新聞を広げた。
まずは未確認に関する資料を――と思ったのだが、海鳴新聞にはそんなものは一切記されてはいなかった。
最近の新聞で未確認に関する記事を載せていない新聞など、五代は見たことも無い。
それ故にこの新聞に少しばかり驚きながらも、それはそれでこの街は平和なんだなと判断。
平和なのはいい事だと、五代は小さな微笑みを浮かべる。が、そう安心しかけたのも一瞬で。

――平成16(2004)年4月8日

五代がこの一文を見つけるのに、それ程の時間は必要としなかった。
刹那、五代は口に含んでいた液体を噴き出しそうになる感覚をなんとか堪え、それを飲み込む。
小さく咳き込みながらも、新聞の日付からは目を離さない。
そして次の瞬間には、五代はこう絶叫していた。

「え、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?
 ……俺、もしかして未来に来ちゃった!?」

そんなバカな、と思いたくなる気持ちを堪えて、五代は周囲を見渡す。
良く見れば、白い制服を着た小学生たちが、既に下校を始めている最中にも見える。
もしもこの新聞に書かれている日付が正しいものなら、子供たちはまだ始業式か学校が始まったばかりなのだろう。
そう考えれば辻褄は合うが、それでも俄かには信じられない。
取りあえず五代は、慌ててコンビニに舞い戻ると、レジの壁に掛けられた時計を確認する。
時刻は現在、10時半を回ったところ。つまり現在は――

平成16年4月8日、午前10時30分。

と、言う事になる。

「えぇぇぇぇぇぇぇ……っ!?」

あり得ない、幾らなんでも時間を超えるなんてありえ無さ過ぎる。
確かにクウガは計り知れない能力を持った戦士であり、アマダムもまだ解析されていない謎が沢山あるのだろう。
だけど、幾らなんでも時間を超えるなんて、非常識過ぎる。例えクウガの力だとしても、それは完全に五代の想像を超えていた。
しかし、いつまでも現実から目を背けている訳にもいくまい。
五代は何とか平静を装い、近くを通りかかった小学生に話しかけてみることにした。

「あ……ちょっと君、聞きたい事があるんだけど……」
「ふぇ? 何ですか?」

五代に話しかけられた少女は、茶髪のツインテールを揺らしながら、きょとんとした表情で答えた。
出来るだけ平静を装い、いつも通りの表情を保とうと努力する。

「いや……変な事聞くかもだけど、今日って何年の何日?」
「え……今日は2004年の4月8日ですけど……」
「そ、そっか。そうだよね。うん、ありがと!」

五代はそれだけ言うと、少女に笑顔で親指を立て、サムズアップした。
対する少女も、何が何だかわからないままに親指を立て返す。
とりあえずこれで確信した。自分は恐らく、未来へとタイムスリップしてしまったのだろう。
そして、この未来で未確認のニュースが新聞にすら書かれていないという事は、恐らく未確認事件はあの九朗ヶ岳での決戦で滅んだのだろう。
未来に飛んでしまった事に混乱すると同時に、五代は少しだけワクワクし始めていた。
五代からすれば、これもまた一つの冒険という事に変わりはないのだ。
それは果てなき冒険魂を内に秘めた五代だからこその思考なのかも知れないが。

五代は再びBTCSに跨り、ポケットに手を突っ込む。中に入った小銭を指で転がすと、五代は少し辛そうな表情を浮かべた。
現在の所持品はビートチェイサー、ヘルメット、新聞、240円。以上である。
駄目だ。このままでは今夜の食事の時点で自分は危ない。

「……よし! とりあえず東京に戻ろう!」

これが五代の決めた、最初の目的地で会った。


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最終更新:2008年12月28日 12:47