彼女は探し物をしていた。
 それは人だったかもしれないし、本だったかもしれないし、剣だったかもしれない。或いは匣だったか
もしれないし、宝石だったかもしれない
 だが、彼女が探しているのは歯車なのだ。卵だったかもしれない。
 絶対に見つけなくてはならないのに、見つからない。探しても探しても見つからない。
 長い長い年月探し続けてもついぞ見つからない。それこそ宇宙が始まり終わるほどの時間探し続けても
見つからなかった。
 仕方ないので彼女は寮に戻ることにした。
 澄んだ錆びの匂いのするシャワーを浴び、羊膜で体をぬぐう。血濡れのパジャマに着替え、羊水のベッ
ドに潜り込んだ。


 ザクザクザクザク。
 目覚まし時計の音で目が覚める。もう朝だった。
 いつものように天井から吊るされているひしゃげた『何か』が目に入る。 
『何か』はごぼごぼと泡立つ声で挨拶をしてきた。
「をハヨう、てィあ」



 第一話 不思議の世界のティアナ




 羊水のベッドから飛び起き、カーテンを勢いよく開ける。
 極彩色の空が横たわり、はらわたの建物が目に入った。
 窓を開ければ、甘い腐臭を放つ空気を春の風が運ぶ。
「うん、今日もいい天気」
 ザクザクザクザク、ねじくれた四つの針が完全無秩序に時を刻む目覚まし時計に目を向ける。既に出勤
時刻が迫っていた。
 彼女は急いでパジャマを脱ぎ捨て、腐り落ちた管理局の制服に着替える。
 触手の髪留めをつけ、歪んだ姿見で己を確認し、食卓へと向かった。

 食卓に着く。
 向かいの席では縛り首の立ち木で、彼女の兄が首を吊っていた。
 ぶらりぶらり、男性が揺れている。
 ティアナ・ランスターの兄、■■■■・ランスターが首を吊っていた。今月で既に4度目だ。
 彼女は戸棚から取り出したナイフを■■■■の脇腹に突き立て、一気に引く。
 でろりとした内臓を取り出す。肝臓だった。
 腐汁が滴り落ちていた。食べるには頃合だろう。
 それをふたつに切り分け、きょうだい仲良く美味しそうに食べていた。

 そこで目が覚めた。

「何なのよ、あの夢……」
 彼女が見た夢の内容は、有り体に言ってしまえば悪夢だろう。
 しかし、現実からかけ離れている筈の悍ましい悪夢は、奇妙なほどの現実感をもって彼女に襲い掛かっ

ていた。それこそ今のこの瞬間、確固たる現実と入れ替わってもおかしくないほどの。
 そんな取りとめも無いことを考えていると、突然吐き気に襲われた。
 夢の中で食べたモノの味が鮮やかに蘇ったのだ。
「う゛っ」
 手で口を押さえ、彼女――ティアナ・ランスター――は駆け出した。向かう先は洗面所。

 彼女は胃の中が空っぽになるまで吐いたあと、水で何度も何度も口をすすいだ。が、未だにあの肉が口

の中に残っている気がするのだ。
 あの感触と、煮込まれた重油のような味が消えるまで何度も何度も、何度も何度も何度も何度も何度も
何度も、彼女は口をすすいでいた。

 彼ら――機動六課、フォワード新人四人組――は食堂で朝食を摂っていた。
 こんがりきつね色に焼けたトースト、抜群の鮮度を誇る野菜、ほんの少し厚めにスライスされたハム。
半熟の目玉焼き等々。どれもが食欲をそそる。
 スバルなどは男性隊員にも劣らぬ食べっぷりを発揮し、キャロとエリオも体格に似合わぬ量を胃袋に収
めていた
 だが、ティアナだけは違った。
 先ほどから何一つ口にしていない。それどころか、食べ物を見た途端にどんどん顔色が悪くなってゆく


「ティア、どうしたの? すごく顔色悪いよ。さっきから何一つ食べてないし」
 ティアナと最も付き合いの長いスバルが心配そうな声を出す。キャロ、エリオの表情もスバルと同じく
心配そうだった。
「平気……なんでもないわよ」
 そう言ってから、三人にそれ以上の心配をかけまいとパンを手に取り、口へと運び咀嚼。
 直後、忌まわしい夢が再生された。
 口の中いっぱいに広がる重油。鼻から抜ける、甘い腐臭。
 だが吐き出すわけにはいかなかった。余計に心配させるからだ。そんなのは御免だ。
 彼女は意を決し、無理矢理嚥下した。
 脂汗が噴出す。
 胃がむかむかする。
 何かがこみ上げてくる。
 堪らず彼女は駆け出した。座っていた椅子を跳ね飛ばして。
 残されたのは三人と、一口だけ齧られたパンだった。





 その後、戻ってきたティアナはスバルに説明を求められたが、はぐらかすだけだった。
 そしてティアナは説明をはぐらかしたことを、わりと本気で後悔することになるのだが、それはまた別のお話。

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最終更新:2007年08月14日 15:41