――俺は誰なんだ?

 意識ある無意識、夢の中で微睡む。
 それは眠りの中でありながら自我が保たれた世界。

――俺はいったい何だ?

 体の感覚はない。ここは夢であり、無意識が生み出した夢の世界。感覚を司るのは意識であり、無意識ではない。
 だが、その世界も終わりを迎えようとしていた。

――ここは、どこなんだ?

 そして、彼が覚醒する。ある役割を携えて。



   リリカル×ライダー

   第一話『覚醒』




「……どこだ、ここ」
 周りを見渡すとビルが広がっている。街、というより都市か。ただし人気はない、というより、ビル自体が荒れ果てていた。高さが低いビル群は全てボロボロであり、とても人が住めるような建物ではなかった。ちなみに高層ビルと呼べる建物はない。何故か低いものばかりだ。
 起き上がってみると目に写るのはグローブに包まれた手。そして半袖の白い無地のTシャツと、擦りきれたグレーのジーンズ。
 体はまともだ。怪我も何もない。――ただ、何も思い出せないだけで。
「あれ、俺って名前何だっけ?」
 名前だけじゃない。自分の出身地も今までどこにいたかも、自分が何者かも思い出せない。自分の好きな食べ物すら思い浮かばない。
「俺は、誰なんだ……?」
 体が無意識で震えだす。自分が何者か分からないことを、無意識が恐怖しているのか。
 そして悩んでいた俺は反応できなかった。突如の轟音に。
「何だ!?」
 ビルの向こう側が爆発する。
 そこから、人が飛び出した。
「人が、飛んでる……?」
 その人とは、白い服を纏った女性だった。
 顔は見えない。だが、その白い服と栗毛のツインテール、そして右手に握られた杖という特徴は読み取れる。
 彼女は空を舞いながらその杖を下に向け、桜色の光線を放っていた。
「……俺は、いったい何処にいるんだ?」
 混乱が加速する。自分の数少ない記憶にない光景。
 そして不足するものは知識。アレが何なのか、理解できない。女の子がビームを撃ってる姿がどうにも納得いかない。俺の常識が異常だと警告している。
 そして突然自らの左手が動き出した理由も、分からなかった。
「体が、勝手に……?」
 俺の左手にいつの間にか握られている、鋼色のボディに青色の装飾が入った謎の機器。三角形を描くように配置された三つの黄玉が埋め込まれたクリスタルが、中央に填めこまれている。
「チェンジデバイス、セットアップ」
『Stand by ready set up』
 いきなり動く俺の口。そこから吐き出される謎の台詞。そしてそれに答えるかのように目の前の機器から電子音声が発された。
 その機器を俺の左手が腰の中央部分に持っていく。同時に機器から射出されたベルトにより、この機器はベルトのバックルのように装着された。
 その光景に、既視感と違和感を同時に抱いた。
「変身」
『Drive ignition』
 声と共に右手がバックルのレバーを引っ張る。その後に発される電子音声。そして、それは俺の預かり知らぬ所で完了した。
 光り出し、回転を開始する黄金の三角形。
 光り出す己の肉体。
 光り出した体は鎧へと変わる。
 一瞬で、俺の体は戦士のそれに変わった。



     ・・・



 荒廃した街を模した空間シミュレーターが起動する訓練場。
 そこにわたしことなのはと、模擬戦の相手であるフォワードメンバーがいた。
 一対四の闘い。それは唐突に始まった。
 自分に向かってくる二つの影。それを視界に収めながら更に目の前にはいない二人をサーチする。そして魔力スフィアの構築とレイジングハートへの魔力チャージを同時に行う。
 マルチタスクを高度に習得しているわたしなら造作も無い。
 先に来たのは自分と似たデザインの、しかし自分のより活動的にアレンジされた白いバリアジャケットを纏う少女、スバルだった。
 彼女は右腕に装着されたスピナー付きの籠手を唸らせながら、足に履かれたインラインスケート型のデバイス、マッハキャリバーを走らせる。青い魔力で編まれた道、ウイングロードの上を。
 空中に浮かぶ自分にもうすぐ届くという所で、わたしは先手を打つことにした。
「アクセルシューター!」
『Accel shooter』
 自分の声に、右手に握られた杖型デバイス、レイジングハートが答える。
 後方に配置されていた8基の魔力スフィアの内、4つが魔法弾へと変わり、スバルに迫る。
 彼女は別方向にウイングロードを発生させながら機動力を活かして避けきる。けどアクセルシューターはただの魔力弾ではなく、誘導弾なのだ。避けられた4つの魔法弾は再度スバルに迫る。スバルの気は完全にアクセルシューターの方に逸れたみたいだ。
 これでスバルの突撃は止めた。次はエリオだ。
 わたしがスバルの相手をしている間に距離を詰めてきたもう一つの影の正体、槍騎士エリオ。
 彼は槍型デバイス、ストラーダの穂先に備えられたブースターでこちらに突撃するつもりみたい。
 けど、やらせない。
「ディバイィィン、バスター!」
 わたしが向けた愛杖から放たれる桜色の砲撃。それがエリオに迫る。
 彼は避けきれず、ストラーダで受け止めていた。
「くっ、ストラーダ!」
「エリオ君っ!」
 エリオが必死にバスターを逸らそうとしている。その後方から悲鳴に近い、彼を呼ぶ可愛らしい声が響いた。
 その声の方に目を向けると、まず白竜が視界に入った。
 特徴的な純白の体と竜らしい雄々しい翼、その力強い羽ばたきにより飛行する白竜。その背中にピンクを基調としたバリアジャケットを着る少女、キャロが乗っていた。
「エリオ君下がって!……フリード、ブラストフレア!」
「ガァァウー!」
 キャロの指示と共に、彼女を中心に魔法陣が広がる。そしてフリードという愛称で呼ばれた白竜フリードリヒの口腔に魔力が集まり、火球として撃ち出された。
「くっ、レイジングハート!」
『All right. Protection EX』
 わたしの指示を待たず機敏に反応する相棒、レイジングハートはカートリッジを一発ロードし、足りない魔力を補って強固な防御魔法を発動させていた。
 正に以心伝心、わたしのしたかったことを何も言わずとも行ってくれる。十年の付き合いになる相棒は、やはり頼もしかった。
 火球と障壁が激突する。竜の一撃は爆発へと変わり、桜色の壁を乗り越えようと揺さぶる。……けど、わたしは抜かれない!
「キャロも強くなったね。でも、まだまだ私は負けないよ!」
『Short baster』
 わたしの気合いと共に桜色の砲撃を彼女に撃ち込む。慌てて白竜を下がらせて避けようとするが、遅い!
「させるかぁぁぁ!」
 唐突に視界を埋める青き騎士、エリオが砲撃の射線上に割り込む。彼はその槍で、ショートバスターを受け止めた。
 小さな爆発と共にエリオをショートバスターが吹き飛ばす。けど彼の身を挺したガードのおかげでキャロを追撃するのは無理そう。なら――
「レイジングハート、カートリッジロード!」
『Load cartridge』
 レイジングハートのカートリッジを二発ロード。杖の先端にある金色のコッキングレバーが動き、二発の薬莢を排出していく。カートリッジに込められている魔力が魔杖に流れ、その暴れる力をわたしは必死に制御する。
 魔力のチャージを終え、愛杖を後ろに向けた。
「見えてるよスバル!」
「わかってますよっ!……ディバィィィン、バスター!」
「ディバインバスター!」
 真後ろにいたスバルのリボルバーナックルから蒼の閃光が迸る。
 それをわたしは桜色の輝きで受け止めた。
 同名の技同士がぶつかり合う。互いの魔力が一気に削られてゆき、砲撃同士が互いを食い合っていく。――けど、砲撃魔導師の名は伊達じゃないんだからっ!
「全力、全開!」
「く、あっ……!」
 スバルの砲撃を押し返し、あまつさえ弾き飛ばす。わたしの砲撃にはそのぐらいの威力があるのだ。
「でもっ!」
「スターライト、ブレイカー!」
 唐突に背後から魔力反応が迫る。スバルの反応から、罠だったんだと思う。
 攻撃主は見なくとも分かる。こんな奇襲が出来る人員はあと一人しかいない。
「ティアナっ!」
『Round shield』
 わたしが振り向いて手をかざす。そこに浮かび上がる魔法陣。
 それが、橙色の砲撃を受け止めた。
「くうっ……!」
『Master,pleare back away.』
 レイジングハートからの「後退しましょう」という提言。でも、それは聞けない。
 何故なら、後ろにも脅威は迫っているからだ。
「スピーアアングリフ!」
 エリオがストラーダに備えられたブースターを使って突撃を仕掛けてきた。これ以上は防御しきれない。
「レイジングハート、避けて!」
『Yes,my master.Flash move』
 靴から生えた桜色の羽根、アクセルフィンが羽ばたく。それと同時に急激な加速と共に自分の体が引っ張りあげられた。
 直下で交錯していく橙色の砲撃と槍騎士の突撃。
 脅威は、まだ残っていた。
「リボルバーキャノン!」
 背後に迫る一撃。リボルバーナックルによる必倒の拳撃。もう避けることはできない。
「ラウンドシールドっ!」
 構えた左手から展開される魔法陣。これで彼女の一撃を受け止める。
「ぐっ、うおおお! 」
「バリア、バーストっ!」
 スバルの拳は予想以上の威力だったので慌てて魔法陣を爆発させ、距離を取る。
 だが再び迫るエリオ、キャロ、そしてティアナの連撃。リミッターがかけられているわたしにもはや手はほとんど残っていない。こうなれば一か八か、手は一つ!
「レイジングハート、アクセルフィン解除!」
『All right.Accel fin release.』
 わたしの命令と共に消える靴の羽根と揚力。そしてわたしは重力に身を任せた。
「なのはさん!?」
 スバルが目を見開き、悲鳴のような声を上げる。心配してくれたのかな。それを裏切るみたいで悪いけど――
「スバル甘いよっ!」
「しまったっ!」
 いち早く感付くティアナ。やっぱりティアナは頭良いな、目指す執務官は天職かもしれないね。でも、実戦では遅すぎるよ。
「ティアナ?」
「バカスバル! 早く追撃して!」
 そう、今のわたしはビル群に落ちている。言わばビルの隙間に滑りこんだ状態だ。
 つまり、ティアナやキャロの竜、フリードリヒ達の遠距離支援攻撃がビルに阻まれて届かない状態ということ。
「レイジングハート、アクセルフィン起動!」
『Accel fin active and load cartridge.』
 アクセルフィンにより揚力が回復し、空中停止が行われる。そして残ったカートリッジを全て注ぎ込んだレイジングハートを、グリップ代わりにマガジンを握り締めながら構える。
 直上にはエリオとスバル。慌てて逃げようとしても遅い。
「レイジングハート、バスターモード!」
『Divine baster』
「全力、全開っ!」
 先端が鋭い形状に変わったレイジングハート。その先端から魔力が溢れ出す。それらは巨大なエネルギーとして、直上の二人を呑み込んだ。
「「うわぁぁぁぁ!」」
 呆気なく、二人が吹き飛んでいった。
「はぁはぁ、はぁ・・・・・・」
 ようやく、終わった。フォワード陣の中でも前衛を担当するスバルとエリオを落とした時点で相手の負けだ。
『Master,are you all right?』
 レイジングハートが心配そうな調子で語りかけてくる。電子音声だから口調は変わらないけど。
「ちょっと、キツかった、かな。胸が、凄く痛い」
『Your aftereffect will be hurting.Please rest now.』
「後遺症、かぁ・・・・・・。うん、今日はもう休もうか」
『Yes,my master.』
 彼女はわたしのことを良く分かってる。いつも無茶に付き合ってくれるからこそ、わたしの異常にも敏感なんだ。
 そう、退院してまだ間もないわたしに襲い掛かる、この痛みに。
 リミッターとこの傷。今後は前線で戦うのも辛いかもしれない。
「よーし、今日はこれで終了。みんな、集まって」
「「「「は、はい!」」」」
 声がハモるフォワードメンバー。でも流石にいつもと比べると余り元気がない。まぁ、いつも元気な約二名には砲撃を直撃させちゃったんだから仕方ないよね。もしかしたら悔しかったのかな? 確かに今日は惜しかったから。
 そう気を抜いたわたしに、“彼”は襲いかかってきた。
「きゃあっ!」
『Protection』
 死角から撃ち込まれる拳。ビルの隙間から突如現れた襲撃者。対応できたのは、わたしの愛杖だけだった。
「あなた、誰っ?」
 目の前にいるのは全身にアーマーを装着した戦士だった。
 ブルーを基調とした配色、胸に付けられた銀のプロテクター、肩のアーマーと、腿に複数の長方形を組み合わさるように装着された装甲。そして特徴的なのはヘルメット前面のマスク。一本角と複眼が配されたそれは、何処と無く甲虫を彷彿とさせた。
 そのアンノウンが、今度は左手を振り上げる。
「まずいっ!」
『Flash move』
 瞬間移動じみた高速移動で避ける。距離や機動はともかく、速度はフェイトちゃんのソニックムーブにだって負けない。
 けど、距離が取れなかったのは不味かった。
 相手は予想以上に素早く、もう追撃が迫ってきたからだ。
『Round shield』
 相手のキックとわたしの魔法陣がぶつかり合う。ヴィータちゃんと初めてあった時に食らったラケーテンハンマーを思い出す一撃だった。そして、消耗したわたしにこの一撃は致命的だった。
「――きゃあっ!」
 ラウンドシールドを維持するが衝撃を受け流しきれない。わたしは後ろのビルにある窓ガラスに激突した。
「い、た……い」
 意識が朦朧としていく。まるであの時のよう。絶望だけが込み上げてくる。
 彼は上からの青い魔法弾を、右手に発生させた小さな三角形の魔法陣で弾き、わたしに迫る。
(わたし、ここで死ぬ、のかな……?)
 嫌だ、わたしは死にたくない。わたしは、わたしは!
 その時、変化が訪れた。
「や、めろ、俺っ!」
 いきなり目の前の戦士が喋り出す。意外と、普通の青年だった。少なくとも声は。
 彼は足を止まり、突然頭を掻き出す。まるで、そのマスクを外そうとするかのように。
「俺は、人を殺したりなんか、嫌だっ!」
 そして、彼は地面に伏した。



     ・・・



 これは小さな物語。孤独な戦士と少女達の閑話。戦士と少女達は邂逅し、物語は始動する。

   次回『カズマ』

   Revive Brave Heart

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最終更新:2009年06月17日 20:54