新暦七十四年某日。
任務を終えて、久しぶりに地球にある家に帰宅することが出来たクロノは、自室に篭り情報収集に努めていた。
身長と美意識にだけは恵まれなかったクロノの書斎は、机と椅子が一つある以外は殺風景なもので家族の写真がなければ使用されていないような印象を与えかねないものだった。
ヴィヴィオの教育方針に影響を与えるほど服などに無頓着なクロノは、一つしかない椅子に座って視線を空中に浮かぶ複数のウインドウの上に走らせていた。

一歩間違えれば世界が滅びる場合もある管理局本局の提督という仕事の性質上、任務中はその任務に集中し他のことは疎かになりがちになる。
それを補うため、クロノは自宅にいられる間も家族サービスと並行して世間のことに目を向けているのだった。

複数の世界の危機を伝える情報と、十年来の友人が各地で上げた成果や数年前に出来た友人がミッドチルダを騒がせているという記事に目を通しながら、机上のコップを持ち上げる。
母が淹れた液体は危うく口をつけてしまいかねない香りを放っていた。
が、常識的に考えて観葉植物の根元に棄てて帰る途中コンビニで買った缶コーヒーを鞄から取り出した。

一口二口コーヒーを舐めて落ち着いたところで開いていたウィンドウの一つにクロノは視線を向けた。

「で、もう一度最初から言ってくれるかな?」
「…フェイトちゃんから告白されて困っている。なのはちゃんにけし掛けられたようだった」

画面の中で整った顔立ちの青年が言う。
クロノが光太郎から視線を外しメールをチェックして見ると、フェレット野郎からなのはとの関係が友人から一歩進んだと喜び一杯のメールが届いているのが見つかる。
自然な動きでユーノからのメールをなのはの兄と父親に転送したクロノは視線を光太郎に戻した。

ミッドチルダで大暴れをして、他の管理世界で暴れていた犯罪者を集めてくれている仮面ライダーの中の人とは思えない、思い悩んだ表情で光太郎が言う事とは思えないが、そんな男だからこそかとクロノは思った。
そんな男だから、自分は会っても間もない頃彼のアクロバッターを預かろうと思ったのだろうなと。
最近は妹分…各誌では『2号』とか青いボディから"Blue"。
先日、新部隊設立の話で本局で顔を合わせたはやては、"尻神様"とか言っていたが…(カメラマンが納めた写真に写っているのが大抵バイクに跨った後姿だかららしい)
相棒も出来て落ち着きと貫禄が出てきたと思ってきたのだが、色恋が苦手なのは相変わらずらしい。


「君はどうしたいんだ? 確か今はフリーだったと思うけど…」
「…ああ」

返事が返されるまでの微かな間は、クロノに踏み入った質問をさせた。

「(一応聞いておくけど)ウーノさんとは本当に付き合ってるんじゃないんだな?」

ウーノ達の素性について既に光太郎から聞かされている。
クロノのことを信用しているということもあるが、光太郎が管理局からスカリエッティの研究所に送られたことと、ウーノが自首してもすぐに釈放されたということ。
その二つの出来事を、クロノにどうしても話す必要があったからだ。

そこからウーノ達のことを教えられたクロノの知る限りでは、光太郎とウーノの仲は良かった。
だからこそフェイトの気持ちを受けるかどうかということに関して、クロノはそこだけははっきりとさせておかなければならなかった。
缶コーヒーを傾けながら尋ねたクロノに、光太郎は眉を寄せた。

「ウーノとそんな関係にはならない。俺は何れスカリエッティを倒すつもりなんだぜ」

言う光太郎の瞳に、クロノはスカリエッティを倒すことに関しては一片の迷いもないことを窺わせる硬い、鋭い光を見たような気がした。

「それは関係がないんじゃないか?」
「ウーノは、他のことは協力してくれている…だが、生みの親であるスカリエッティを倒すことに関しては俺と対立してるんだ。彼女の妹が来てからは特に…」

それを聞いたクロノは思わず呟いた。

「彼女も苦労するな」

聴力も常人より優れている光太郎が聞こえないはずは無いのだが、光太郎は呟きが聞こえなかったかのような顔でクロノを見ている。
らしくない態度に、クロノは呆れたがこれ以上深く尋ねようとはしなかった。
友人のなのはに煽られたとはいえ、行動を起こした義妹に幾らかでもにチャンスが巡って来るのならば…ウーノには悪いがクロノは目を瞑るのが特に悪い事だとは思わなかった。

「………話が逸れたな……フェイトちゃんには悪いが、流石に年が離れているから断ろうと思っている」
「待ってくれ」

冗談ではないとクロノは少しだけ顔を画面に近づけて言う。

「光太郎…君、フェイトと付き合ってやってくれないか」
「何を言ってるんだ。俺は彼女の事はそんな対象としては…」
「わかってるさ……あの子はその辺りの感情は未熟なんだ。だから嫌じゃなければ暫く付き合ってやってくれないか? 勿論君に好きな相手が出来たなら別れてもらっていい」

口を濁す光太郎にクロノは言う。
頼まれた方は、性質の悪い冗談にしか聞こえないことを頼むクロノの真剣さに目を疑った。

「本気で言ってるのか?」
「勿論だ。義兄としては、このまま恵まれない子供達を引き取って満足されても困るんだ」

椅子の背もたれに持たれかかりながら渋い声で言うクロノ。
恋愛や結婚が必ずしも必要なものとは言わない。
だがエイミィと結婚したせいか、今のクロノはした方がいいと思うようになっていた。
それに対する返答はすぐには返らなかった。
「どうしても嫌なら断ってくれ」
「どうしても嫌ってわけじゃない。でも俺にはそんな器用な真似」
「僕は君に今までガールフレンドが何人かいたって聞いたぞ」
「それとこれとは!! …話が違うさ」

それから一時間ほどを、クロノは光太郎を説得する時間に費やした。
途中からヴェロッサにも参加してもらい、二人がかりでどうにか光太郎に承諾させたクロノの手元には空になった缶が4つも転がっていた。

一仕事終えたクロノの背中に、いつの間にか部屋に侵入していたエイミィの声がかけられる。

「どうしちゃったの? 無理やり付き合わせたって長続きしないよ」
「彼に言ったとおりさ。フェイトにいき遅れてもらいたくないし…彼ならフェイトのキャリアを犠牲にすることもないと思うしね」

説得するのに多少熱くなっていたにせよ、いつの間にか部屋に入り込まれていたことに驚きながらクロノは言う。
質量兵器を所有し、今は形だけとはいえ陸に追われているが、仮面ライダーは人気もあるし悪事を働いたわけではない。
人間としてはクロノも気に入っているので相手としてそう悪いものではないと考えていた。

驚いた素振りを見せないようにする夫の様子を微笑ましく感じたエイミィは空いた缶を回収しながら相槌を打つ。

「そんな言い方ってないでしょ。クロノにそんな心配されてるって知ったらフェイトちゃん怒るよ」

クロノは座ったまま肩を竦めた。
「光太郎を説得したんだからいいだろ」
「二人ともフェイトちゃんのことを何だと思ってるのよ……? あーあ、フェイトちゃん、聞いたら泣いちゃうかもね。脈なしなのかなぁ」
「どうかな。僕はうまくやると思ってるが」
「え、どうして?」
「僕だって告白されたのは女性の側からだったぞ」
「あ…もう。今日は早く寝てよね。明日ヴィヴィオのことで話があるから」

少し膨れた顔のエイミィの言葉から嫌な事を思い出したクロノは手を止め、間髪入れずに怒鳴りつけるような返事を返した。

「ヴィヴィオの入学試験の話なら反対だぞ!!」

声を荒げるクロノにエイミィはびっくりして首を竦める。
だが彼女も負けじと声を張り上げた。

「話だけでも聞いてあげて…!!」
「駄目だ!! あんな甘えん坊が士官学校に通えるわけ無いだろ!?」

数年前引き取ったヴィヴィオの知識や技術の習得スピードは目を見張るものがあった。
なのはと初めて出会った時にも驚いたが…ヴィヴィオの速さはそれを凌ぐ異常なものだった。
検査結果では、ヴィヴィオの元になった人物は約三百年前の古代ベルカ時代の人物ということしかわからなかったが、余程偉大な人物だったのだろう。

今のヴィヴィオが士官学校の試験を受けたとしたら、知識や魔法の能力以外の部分では十分に合格を狙えるだろう。
精神年齢は普通の子供と変わらない為、クロノとリンディはそう判断していた。

その上で、リンディは本人の意向を叶えてあげるべきだと決め、クロノは却下することを決めた。

エイミィは落ちるかもしれないんだし、と受けさせるだけ受けさせようと言うのだが、クロノはそれにも反対だった。
将来有望な魔導師を確保することにかけて彼等は必死だ。
なのは達の時のように特殊なコースを用意することも十分考えられるのだ。

「もう…!! 明日だからね!?」

出て行くエイミィにああ、と静かに返したクロノは断固反対し、明日の家族会議で勝利する為にシュミレートしつつ捜査を再開した。
とはいえもういない間の情報には目を通し終えている。

クロノは、管理局の闇を追い始めた。
光太郎がスカリエッティのところに送られていたことといい、ウーノがすぐに釈放された事といい、管理局はクロノが思っていたよりもずっと濃い影を持つ組織だった。
クロノはその事を憂いながら、その道のスペシャリストでもある友人のヴェロッサを含めても数人の口の堅い者とだけ安全な手段で連絡を取り合い、地道な調査を進めていた。
と言っても、調査はヴェロッサや彼と繋がりのある教会の心ある者達頼みでクロノが担当しているのは、事の次第が判明次第改革を行うための仲間作りであるが。

光太郎から聞いた話から考えると、クロノが下手に動けば管理局に巣食う犯罪者共に漏れているかもしれない。
そのせいで、クロノ達は捜査を開始して二年以上経った今現在も何も手が打てないでいる。
光太郎とフェイトの二人にしても、相手に情報が筒抜けである可能性が高いが、囮として何も言わない事にしていた。
それを思うと焦りが心の内側で微かに燃え上がった。

しかしそれは小さな火に過ぎなかった。
幼い頃から日夜世界が滅びる程の危機に立ち向かい続けるクロノには、その程度の焦りは無いも同然だった。
ほんの数分前まで「年齢差もあ「若い彼女が出来るんだから喜んでくれ。だけど傷つけたら君でも許さないぞ」と光太郎に言っていたとは思えない冷静な心境だった。
引き取ってから暫くが経ち、能力的にどうにか試験を突破できる目処が経った二人目の義妹の進学に反対する感情的な姿とは正反対の態度で、クロノは捜査を続ける。

途中経過を報告しあおうとヴェロッサと会う約束を取り付けながら、頭の片隅ではクロノは明日どうやってヴィヴィオ達を説得するかも考えなければならない。

「そうか……これは、使えるかもしれない」

不意にクロノは呟き、捜査の手を止めた。いい考えが頭に浮かんだのだ。
新たに開いたのは光太郎との通信のログが保存されたフォルダ。
クロノは目にも留まらぬ速さでそのログを編集し始める…見る見るうちに出来上がったのは短い映像だった。

少し垂れた巨大な複眼が爛々と、黒いボディが艶っぽく光るRXが親指を立てている。

『良い子の皆!! 士官学校は10歳になってから!! RXとの約束だ!!』

「…よし。これをCMの間に無理やり…」

職場でも家庭でも、彼は実に多忙な男だった。

 *


「フェイトちゃんと光太郎さんがッ!? くッ…先こされてもうたッ」

新部隊設立のため奔走する最中にそれを聞かされたはやての第一声に光太郎とフェイトは揃ってついていけずに呆然とした。

久しぶりに休暇を取ったはやてが友達二人と会う約束をしたのは一月以上も前の事だ。
だが当日、待ち合わせ場所に一足先に着てみれば、何故か見覚えのあるベスパが彼女の前に停車した。

それを運転するのは光太郎で…後ろにはフェイトが乗っていた。
朝っぱらからそんなものを見せられては、好奇心を刺激され詳しく事情を聞こうとはやてが考えても仕方がないことだった。
フェイトを下ろして去っていこうとする光太郎の腕を掴み、待ち合わせ場所の傍にあったオープンカフェに連れ込むのに何の躊躇いも無かった。

「えっ…と先って」

そうして、事情を聞き悔しそうに唸るはやてにフェイトが声をかける。
少しだけ椅子を動かし、店員がセットした位置より少しだけ光太郎に寄った位置に座るフェイトにはやては慌ててジェスチャーを交えて、ちゃうちゃう、と否定した。

「いや二人ともそんな慌てんでええんよ。家の乳神様が不甲斐ないだけなんやから」
「ち、乳?」

ははは、と笑う友人の言い草にフェイトが恥かしがる。
おもろいなーと心の中で思いつつはやては説明をする。

「シグナムのことやん。あの胸やったらイチコロやと思ったのになぁ」

自分の守護騎士達の中でも一番の凶悪なボディラインを持つ女性を頭に思い描きながら、はやては両手を空中で動かす。
はやての頭の中ではその感触まで思い返されているのかその動きは妙に真に迫っていた。

「お、俺はそんな目で見たことは一度も無いぞ」
「ほんまに? まぁそれはええんよ。でもこれからも仲良くしたってな」

慌てる光太郎をからかいつつも、そう頼むはやての表情には微かに真剣さが透けて見えた。
気付いた光太郎達が不思議そうにするのではやては誤魔化すように笑う。

「んー……これは皆には黙っててな」

光太郎を引き摺るようにして席に着いた際に注文は済ませてある。
はやては注文した品が持ってこられていないか確認するように、店内にサッと目をやり神妙な顔を作った。

「取り越し苦労かな思うしまだまだ先の話しやけど、私が死んだ時あの子らがどうなるかちょっと心配なんよ。どうなるかまだ全然わからへんけど、光太郎さんやったら寿命も長いやろうしどう転んでもええかなって」

はやてと寿命の話をしたことなどなかったが、漫画等でマスクド・ライダーがある世界出身のはやてのことだ。
光太郎の姿が出会ってから変わっていないことや、何の漫画などを読んで少なくとも人間よりは長命だろうと検討をつけたのだろう。

光太郎自身は、自分の寿命がどのくらいかは知らなかった。
前の創世王の寿命から考えれば、恐らくは五万年はあるのだろうが。

以前キングストーンは、たったの千年もすれば自力で地球へと帰還する事が出来るようになると光太郎に告げた。
後990年以上…今の光太郎には気の遠くなるような時間の間だったが、こちらで出会った皆の力になるのも悪くはないだろう。

そう思いつつ光太郎はフェイトと二人面食らった顔をして、視線ははやての顔に釘付けになっていた。
二十にもならないはやての口から死後のことなどという言葉が出るとは思っても見なかったのだ。
健康になったとはいえ、以前は病弱で闇の書事件では命を失いかけたはやては、そんな二人の反応に務めて明るい表情を作った。

「ご、ごめんな空気悪して。あー早よなのはちゃん来ぇへんかな~」

そう言って、若干変わってしまった場の空気を吹き飛ばすように、はやては軽やかにテーブルの上に身を乗り出した。

「せやから光太郎さんっ」

身を乗り出したはやては光太郎の両手を無理やり取って上目遣いに光太郎を見た。

「シグナムのことは今後もよろしゅうお願いします」
「あ、ああ…! 勿論さ」
「ありがとうございますー」

無邪気な笑顔を見せて礼を言うはやて。
その顔に一瞬邪悪な影が差したように見えたフェイトだったが、我が目を疑った彼女が瞬きをする間にそれはどこかに消えてしまっていた。今は凄くイイ、まるで無垢な幼女のような笑顔だ。

「フェイトちゃんどうしたん? そんな狸に騙された狐みたいな顔して」
「え? う、ううん…気のせいかな…?」

首を傾げるフェイトにフフフと笑いかけつつはやては言う。

「というわけで光太郎さん。あの子ら休みの日は空けといてな。まだ訓練の相手したる位でええから」

さらりと言うはやてにやはり一瞬だけ名状しがたい何かを感じ取ったフェイトは、光太郎の方を見やった。
来年発足する新しい部隊。そこでシグナムとフェイトは同じ部隊の隊長と副隊長に就任する予定だ。
休暇はほぼ絶対に重ならないだろう。

だからこそ心配になってきたフェイトは、目ではっきりと答えるのを避けて欲しいと光太郎に伝えようとした。
お義母さんが持っていた少女漫画では伝わる事もあったはず…!とばかりに力を込めて。

「ああ、俺は構わないよ」
「えーッ!?」

だがフェイトに向けるのと大差ない優しい笑顔で答える光太郎にフェイトは思わず立ち上がっていた。
光太郎はそれに驚き、ビクッと震えた後不思議そうな顔でフェイトを見た。
全くわかっていない光太郎を責めるような目でフェイトは見つめていた。

「じゃあ俺はそろそろ行くよ。そろそろ急がないと遅刻だからな」
「え、仕事やったんですか!? 時間いけます?」
「途中少しだけ変身させてもらえば大丈夫さ。この近くの工事現場だから」

「…えっともしかしてこの先の、管理局の施設ですか?」
「ああ」と、光太郎は頷いて目配せしてまだ責めるような目をしたフェイトを示した。

「(デートとかで)必要になるかもしれないからな。その手伝いを紹介してもらったんだ」
「そうですかー…」

席を立つ光太郎を見送りながら、はやてはぽつりと呟く。

「仮面ライダーが作ったオフィス……ええやん!」

グッと拳を握り締めて、はやては新しい職場への期待を膨らませた。
セキュリティ上問題があるだろうとか、実際は少し手伝う位なのだろうが細かいことはこの際どうでも良かった。

「光太郎さん頑張ってなー!!」

はやての呟きを耳にしながら光太郎はベスパで走り出した。
フェイトを下ろした場所の付近でこの時間、人目につかずに変身できるような場所は限られている。
その内の一つである猫一匹が時々いるだけの馴染みの路地裏へ向かいながら、光太郎はフェイトに対する態度をどうするか考えていた。

光太郎がまだゴルゴムに捕まる前に同じような事がなかったわけではない。
学生時代に同じように告白されて付き合い、その内に相手のことを好きになっていった。

むしろ光太郎の方から好きになり申し込んだ事などなかったりする。
その時は、今回のクロノのように信彦に背中を押されたものだった。
ぼんやりと思い出を振り返りながら路地に入り込んだ光太郎は、素早く変身しベスパを片手に飛び跳ねていく。

ベスパの隠し場所となっているビルの屋上へ一度立ち寄り、光太郎は現場に向かっていった。
これからフェイトやフェイトの友人知人達、それにウーノ達との関係をどういったものにしていくか…
承諾するまでは余り乗り気ではなかったし考えもしなかった事だが、光太郎の頭には今後どうしていくか考えが浮かんでは消えていった。

フェイトと恋人になることには未だ消極的だったが、異世界に来て出来た新しい友人や家族との関係がより一層賑やかになっていくであろうと、光太郎は楽観し、聊か浮かれていた。
自分の超感覚が明確な形を持たずに、微かな嫌な予感として心を波立たせていることにも気付こうとしなかった。

建築途中で、周囲に迷惑をかけないために魔法によって隠された建物は遠目にも目に付く。
仮面ライダーへと変身した光太郎の目を持ってすれば、尚更簡単に見つけることが出来た。
こちらに来て何度か目にした事のある工事現場の姿を視界に入れた光太郎は、日常の中で同居人の様子に気付かなかった彼は適度な距離を取って足を止めた。

ライダーの脚力を活用してショートカットを行ったお陰で、時間には間に合ったようだ。
安堵しながら変身を解こうとした光太郎は、だがしかし…RXの姿のまま工事現場へと向かい、歩き出した。

作業を手伝う約束だったが、現場からは何の物音もしていなかった。

不審に思いながら光太郎は翌年機動六課の隊舎として使用する予定の建物とへと足を踏み入れていった。
扉を開き、中へ入った光太郎を出迎えたのは、もう既に作業が終わっているようにしか見えない、掃除も終わってしまっている床や明かりのついた照明だった。

だが人気は無い…光太郎は神経を研ぎ澄ませて隊舎の中を走り出した。
駆け出して進み行くにつれ徐々に、意識と共に戦闘向けに変わっていく感覚が、隊舎の中に人の気配を捉える。
それが誰かさえ感じとった光太郎は、迷わず彼が待つ部屋へ向け走り出した。

「何故貴様がここにいる…!!」

食堂に当たる場所なのか、日当たりのいい開けた大きな部屋で男は光太郎を待ち構えていた。
探し始めて一年以上が経っても尻尾すら掴む事が出来なかったスカリエッティが、今以前会った時と変わらぬ姿で光太郎の前にいる。

「やぁ光太郎」

既に変身を完了しRXとなった光太郎はゆっくりとスカリエッティに近づいていく。
ブーツを履いているように見える足の裏で、目視では確認できないほど細かな鉤爪を完成して間もない床に足跡を刻んでいく。
微細な傷跡を床に残しながら自分のところへやってくるRXを、スカリエッティは笑顔で待ち続けていた。

「スカリエッティ!! 貴様を捕らえて管理局に突き出す」
「ん……? そんなことより、私と手を組まないか」

昆虫を模した仮面から吹き出る気迫の篭った声にも、スカリエッティは意外そうな顔を見せて聞き流し、自分の用件を伝えた。
ウーノが光太郎の意思を無視して自分の意思を押し通す際に見せる表情と同じ仕草で、光太郎にはスカリエッティが光太郎が問題にしていることなど欠片も気にしていないことがよくわかった。

「俺が貴様と手を組む事などない」
「よく考えてくれ光太郎。私達は相性抜群じゃあないか、私以上に万全なサポート態勢を築く事ができる人間はいない…!!」

取り合う気の無い光太郎は返事を返さなかった。
それを見て取ったスカリエッティはため息をつき、ものわかりの悪い光太郎に言う。

「仕方ない。出直すことにしよう…今度会う時は色よい返事を期待しようじゃないか」
「次などない…貴様はこの場で捕らえる!」

光太郎がそう叫び、床を砕きながら飛び掛った時、二人の距離は既に二歩、あるいは三歩程まで縮んでいた。
RXの脚力を持ってすれば、その距離をゼロにするのは一瞬の事だ。

だがその一瞬に、壁を破壊して食堂へと乱入した二台の車の片方が、RXに衝突した。
その車の形に一瞬気を取られたRXは、なす術もなく弾き飛ばされ、入ってきた扉を破壊して廊下の壁へと叩きつけられる。
追突された足が痺れ、上手く動かす事が出来ずにRXは膝を突いた…衝撃が建物全体を揺らし、壁に亀裂が走る。
粉塵となって舞い上がる磨り潰された建材が艶っぽい黒に輝く皮膚を汚す。
小さな破片が天井から落ちてくるが、光太郎の意識は一点に集中されていた。
赤い、RXの仮面同様の昆虫の頭をモチーフにした車をRXが見間違えるはずは無かった。

「ライ…!?」

起き上がり、車の名を呟く暇さえ与えずに、ライドロンそっくりの形をした車が再びRXに襲い掛かる。
瞬時にロボライダーへと変身し、光太郎はそれを受け止めた。

大きな音を立てて、赤い車はロボライダーのパワーを物ともせずに弾き飛ばし、壁を貫いてロボライダーを外へと弾き飛ばしていく。
弾き飛ばされたロボライダーは道路の上を転がり、追い討ちをかけに来た愛車に酷似した車を受け止めた。
止めきれずに、路面を削りながら後退して行くロボライダーの顔を、人工的な光りが照らす。
重心を低くし、両手を広げて車を受け止めたロボライダーの眼前にある車のセンサー部分が光り、そこからスカリエッティの得意げな声が流れる。

『中々パワフルだろう。君が引いた設計図を参考に作らせて貰ったライドロンさ』
「どうし…!! ウーノかッ!!」
『察しが良くて助かるよ。君がチラシの裏に書いたライドロンの設計図の一部を元にして、私が作った』

得意げな声にロボライダー驚きを隠せなかった。
確かに以前設計図の一部をチラシの裏に書きはしたが、それは全体のほんの一部に過ぎなかった。

『クク。出来はいかがかな? 恐らく君の地球と怪魔界を行き来する為の回路だと思うんだが、それ以外は私が想像で補ったんだが…』

挑発的な物言いへの返答は、微かな破壊音だった。
ライドロンもどきの車体へと食い込んでいく指が、スリップするタイヤが起こす騒音に混じって音をたて始めた。
後退する勢いも徐々に衰えていく…時速1500kで疾走する車を、ロボライダーは全力で押さえ込もうとしていた。

『…代わりにカートリッジシステムを取り付けてね』

ロボライダーの怪力に驚く風もなく、平静な声でスカリエッティが言うとライドロンもどきは内側から金色に光り輝き、更に加速した。
再びロボライダーを弾き飛ばしたライドロンもどきは、そのまま易々とロボライダーに追いつき、車体前部に備わったアゴ『グランチャー』でロボライダーの胴を挟み込む。
スピードは更に上がり、衝撃波で街を破壊しながらライドロンもどきは突き進んでいく。

『普通のカートリッジではパワーが足りなくてね。ジュエルシードというエネルギー結晶体を組み込んだんだ。使うと車体が耐え切れなくなって自爆するまで加速し続けてしまうのが欠点だが…
あ、ゲル化して逃げても構わないが、その爆発は前のレリックの暴走なんて程度じゃあないと言っておこう』
「貴様ッそんなものを街の中で爆発させるつもりか!?」
『ハハハ、爆発する前に君がなんとかしてくれると信じなければできない話さ。じゃあ光太郎、次に会う時こそ色よい返事を期待しているよ』

最後に笑い声を響かせてスカリエッティからの通信は途絶えた。
その間にも更に加速して行きながら輝きを増すライドロンを破壊するため、ロボライダーはボルテックシューターを取り出す。
スカリエッティの通信に変わって、遠くから聞き慣れたフェイトの飛行音が聞こえていた。


 *


ロボライダーの下にフェイトが到着する頃、スカリエッティは乱入した二台のもう一方、本物のライドロンが彼を迎えに着ていた。

「ドクター、お待たせしました」
「やあ、アクロバッターが見当たらないようだがどこにやったのかね?」
「申し訳ありません、ハラオウン家で整備を受けているようです…」

整備と言っても磨くだけですけど。
ドアが開き、助手席に座ったスカリエッティはそれを聞いて肩を竦めた。

「一台ずつかい?」

疑っているような口調で尋ねながら、スカリエッティはライドロンの表面を撫でる。

「やると言い出したのはまだ小学生にもなっていない子供です。二台共なんて出来ませんわ」
「そうか。てっきり大陸横断レースに参加するにはこれだけで十分だから……バイクだけでも彼に残してあげようとしたのかと思ったよ」
申し訳なさそうにするウーノに返事を返しながら、スカリエッティはライドロンもどきからリアルタイムで収集しているデータに目を通していく。
目を通し終えたスカリエッティは、満足げに目を細めた。

「どうして私がそんなことをしなければならないのでしょうか?」
「残念だなぁ。娘を取られる父親の気分を味合わせようという趣向じゃあないのかい?」

ウーノは一瞬険のある表情を見せたが、何も答えなかった。
聞こえていない、という風を装うウーノに厚顔なスカリエッティは気にした様子は無い。

「…よし。実験は成功だ。これでセッテの再改造は確実に成功するだろう。その後はついに聖王復活だ」
「セッテには気をつけてください。あの子が素直にドクターの下に戻る気になるなんて…おかしなことです」
「君もそうだからかな」
「……いい加減にしてくださいます?」

光太郎と共に暮す以前は、ウーノは自身をアジトのCPUと直結してその機能を管制していた。
その能力を転用し制御されたライドロンが、ウーノの心情を表して乱暴に走り出す。
だがライドロンは、シートベルトもせずに寛ごうとするスカリエッティに全く気付かせずに、最高時速1500キロまで到達してしまい…
それ以上何も言わなかったスカリエッティは、乱暴な運転に全く気付かずに助手席のシートに身を沈めてご満悦なままだった。

「あ、頼んでおいたポテトチップスはどこかな?」
「臭いがつくから持ち込んでません。食べ零しの掃除も大変ですから」


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最終更新:2009年07月23日 23:45