「動かないで」
 後ろから発される、澄んだ声。それは極めて事務的で、何度も聞いたはずなのに初めて聞かされたように思えるほど別人のような口調だった。
「な、のは……?」
「今から言うわたしの質問に答えて、カズマ君」
 理解できない。何故彼女に戦杖を向けられなければならないのか。……いや、もし自分の正体がバレたのだとしたら、話は別だろう。必ず疑惑を抱くはずだ。
 それに対応するべく両手を上げながら後ろを向く。いや、向こうとした。

――――ドクン。

 だが、その疑問を解く時間はなかった。



   リリカル×ライダー

   第十一話『火焔』




「危ないっ!」
 俺が振り向いた瞬間、なのはの驚いたような顔と丸みを帯びた切っ先を持つ彼女の杖が目に入ったが、構わず彼女を押し飛ばす。そのまま彼女の上に覆い被さった。
 直後、彼女がいた場所に雷鳴の轟きが鳴り響く。
「アンデッド……!」
「アンデッド……?」
 彼女の疑問が混ざった声が耳に入るが、構わず後ろを向きつつ腰に下げられたチェンジデバイスを取り出す。
 そこに屹立していたのは逞しい褐色の筋肉と七支刀の如く枝分かれした雄々しい双角を持った、雷の力を纏う怪人。
 『Spade 6』ディアーアンデッド。
「怪人って、魔法も使えるの?」
「いや、魔法というより超能力だ」
 エスパーとしての超能力ではなく、“超”が付くほど強大な技能という意味での超能力。
 俺は冷静になのはの質問に答えながらも構えは解かない。アンデッドが出たなら、封印する。それが人々を守ることに繋がるなら。
「変身!」
『Turn up』
 チェンジデバイスの裏に挿入したカテゴリーエースの力がゴールデントライアングルを覆うクリスタルを通して解放される。
 扉のような青いエネルギーフィールド、オリハルコンエレメントが目の前に現れる。
「うぉぉあぁぁぁっ!」
 俺はオリハルコンエレメントに向かって走り込み、くぐり抜ける。
 そして俺の体にまとわりついたエネルギーは青いフィットスーツと銀色のアーマーに変わり、俺を『仮面ライダー』に変身させた。
「姿が、違う……?」
 なのはが何か喋ったかもしれないが、今は気にする余裕がない。
 腰から醒剣ブレイラウザーを引き抜く。それを腰だめに構えながら俺はアンデッドに斬りかかった。
「でやぁぁぁあぁ!」
 だが奴は手に持っている自らの角を模した二振りの剣を振り上げ、俺の斬撃を容易く受け止める。
 パワーは同じ。
 しかし奴の武器は何も怪力と剣だけではない。
「くっ……!」
 頭上に飛来する雷撃。
 咄嗟に避けることが出来たものの、気付くのが遅れていたら危なかった。
 だが攻撃はそれで終わらない。奴は七支刀を振り上げ、俺を切り裂かんと迫る。
「カズマ君っ!」
 その瞬間、奴の腹を光球が貫いた。
 六つの弾丸はまるでレーザーのように纏まって奴の一点を穿ったらしく、腹の一ヵ所だけが煙を上げていた。
 すかさずその部分を蹴飛ばし、奴を吹き飛ばす。
「なのは!……でも何で――」
「――話はちゃんと聞かせてもらうよ? けれど、今は目の前のことを何とかしないと」
 こちらに一度だけ笑った後、顔を引き締めて相棒のレイジングハートを構えるなのは。俺もそれに応えるべく背中を彼女に任せる。
 思えば、この世界で初めてかもしれない。
 誰かと共に戦うのは。
「いくよ!」
「ああ!」
 俺は一人じゃない。
 だから俺は真っ直ぐ、奴の元へと走った。
「あああぁぁぁぁ!」
 醒剣を奮う。
 奴の剣とぶつかり合い、激しい火花を上げるが、俺はそれを無視して更に力を込める。
「アクセルシューター!」
 そうして動きを封じられた奴に迫る、八つの美しい軌跡を描く桜色の魔弾。
 ディアーアンデッドは雷によって迎撃を行うが、彼女の弾丸達はダンスをするような優雅さでひらりひらりと回避する。
「――ぐあっ!」
 だが、その迎撃はフェイントだった。
 奴は動けなくなった俺に対しても雷撃を敢行してきた。
 回避が間に合わず焼き焦げる肩の装甲。鋭い痛みが肩を走る。だが俺はその痛みを敢えて無視する。
 俺は雷撃も受け止めながらも更に力を加える。そして奴の腕が僅かに震えた瞬間を狙って極小のシールドを展開した左手で殴り付けた。
「バリアバーストッ!」
 ぼん、と爆発するシールド。
 それによって再生されかけていた奴の腹にダメージが上乗せされる。
『――TACKLE』
 俺はその隙を狙ってカードをスラッシュする。カードの力と自身が融合していき、右肩が青く光り出す。
「レイジングハート!」
『The buster mode start and load cartridge.』
 ガシャコン、というリロード音が後ろから響く。
 なのはも攻撃を仕掛けるべくレイジングハートの先端を鋭いものに変え、カートリッジをロードした。
 準備は整った。
 俺は醒剣を腰に戻し、右肩をアンデッドに向けて疾駆する。
「うおぉぉぉあぁぁぁ――!」
 光り輝く右肩によるショルダーチャージ。
 だがそれは奴の双剣によって防がれる。そこまでは予想通りだ。だが、そこで終わりはしない!
「うおおおぉぉぉぉっ!」
「――ッ!」
 奴が僅かに反応した。
 俺のタックルによって奴の足元がじりじりと後退を始める。それはアンデッドの怪力を上回る力を発揮した証。
 そこに、トドメの一撃を加える。
「だりゃあ!」
 真っ直ぐ打ち出したキックにより吹き飛ぶアンデッド。だがトドメを加えるのは俺じゃない。
「ディバィィィン、バスタァァァアァァァ――――!」
 なのはが誇る神にも迫る一撃。
 レイジングハートの先端を縁取るように展開された円環魔法陣の中心から、桜色の光線が発射される。
 それはアンデッドの頭を貫き、そのまま吹き飛ばした。
 カシャン、と金属音が鳴る。俺はそれを見てブレイラウザーのカードホルダーから取り出した封印用のカードを放って、奴を封印した。
「終わった……」
 そのまま変身を解く。チェンジデバイスを外した途端、俺の体を守っていたフィットスーツとアーマーが解除された。
 その直後、俺に鋭い金色の穂先が突き付けられた。
「お話、聞かせて」
「――分かったよ」
 初めて、彼女が怖いと思った。



     ・・・



「……そっか。じゃあカズマ君は誰も殺してないんだね?」
「ああ」
「良かった」
 思わず笑みが漏れる。本当に良かった、カズマ君がわたし達の思っているままカズマ君で。もしそうでなかったら、わたしは――。
 それよりも、彼に聞かされた話はちょっと信じられなかったけど。
「わたし達の地球で、そんなことがあっていたんだね……」
「もう昔の話だからな。多分、なのはが物心付いてない時なんじゃないか?」
 昔あったというバトルファイトと呼ばれる戦いの時、一時的に優勝したのはジョーカーという怪人――もといアンデッドだったらしい。
 ただカズマ君ではないジョーカーらしく、どんな人(?)かは覚えていないみたい。
 だけどカズマ君から聞かされた、ジョーカーが優勝したときに起こる惨劇を聞いたときは、流石にショックだった。
「俺はジョーカーの優勝を阻止するために自らアンデッド、いやジョーカー化した。その結果、人類の消滅は防がれた」
「ダークローチ、かぁ。そんなことが昔あったなんてお姉ちゃんもお兄ちゃんも教えてくれなかったな」
「そりゃ嫌な話だし、言いたくないさ。それになのはの実家まで来てなかったのかもしれないし」
「どっちにしろお母さんやお父さんが口止めしてたのかも。わたしに心配かけないように」
 ジョーカーが優勝したときの結末。
 ジョーカーはいかなる生物の祖でもない。そんなジョーカーが優勝したとき起こるのが、地球上にいる全生命の消滅、生態系のリセット。そしてその執行人こそが、無数に発生するダークローチなる怪物。
 それは黒い外見で、羽根を生やし、鋭い鉤爪と常に無数の集団で襲ってくるのが特徴なのだそうだ。
「俺は何か大切なものを守るためにジョーカーになったんだ。けれど、それも思い出せない」
「無理しない方がいいよ? 思い出しても辛いだけかもしれないし」
「……そうだな」
 辛そうなカズマ君の顔を見て、わたしはそう言う。
 記憶というのは時に苦しいものだったりする。無理に思い出すくらいならそっとしておいた方がいいと、わたしは思ったから。
 もちろん、忘れたままがいいと言っている訳じゃないけど。
「まぁ、カズマ君が例え怪物でも、わたしは大丈夫だから」
「――カズマが、怪物……?」
 自分に言い聞かせるように発した台詞に反応があったことに驚き、はっとして振り向く。
 わたしの言葉を聞き取ってしまったのは――フェイトちゃんだった。



     ・・・



「エースオブエースに剣崎、か。ある意味で最高のキャストだな」
 呟くのは暗褐色のライディングジャケットを羽織った男。更に地味な色のカーゴパンツまで着ているから印象は地味だ言わざるを得ない。男自身、目立つような外見ではないので、それこそ誰も目に掛けないような姿だ。
 しかしその腰に下がったモノはそれらの印象を覆してしまうほど異様なものだ。
「くく、この世界と地球の英雄が俺を迎え入れるなら光栄だな――ん? ふっ、俺と同じコピーまで来たか。なら余計に出向く必要があるな」
 物静かな面持ちには似合わない歪な笑みを浮かべ、遥か遠方にある六課隊舎を眺める。そこにいるのは一人の男と茶色のポニーテールが可愛らしい女性、そして二人に近付く金髪の美女。それを眺めながら、その男は腰に下がったモノを掴む。
 銀色のボディに赤色の塗装が施され、中央に黄金の三角形を描く宝玉が埋め込まれたクリスタルを嵌められたモノ。
 それは、カズマのチェンジデバイスと同じ形をしている。
 それのクリスタルが光り出し、彼の足下に紅蓮に染め上げられた魔法陣が展開される。
「さぁ、剣崎。もっと苦悩しろ!」
 壊れたような笑い声を上げながら、彼は躍り出る。
 『仮面ライダー』と『エースオブエース』が待つ舞台へと。



     ・・・



「カズマが、怪物……?」
「ち、違うのフェイトちゃん!」
 固まった表情のまま後退りするフェイトを止めようとするなのは。だがそれを、カズマは押し止めた。
「きゃっ」
 咄嗟になのはがカズマの手を避ける。一瞬、自分の行動に表情を凍らせたのも刹那、彼女はそれを誤魔化すように口を開いた。
「でもフェイトちゃんは勘違いして――」
「良いんだ、もう」
 慣れてるから、と漏らすカズマ。後退りに失敗して尻餅を付くフェイトも、彼に肩を掴まれそうになって避けたなのはも、動けなかった。
 だが、事態は動く。時が決して止まらないのと同じように。
「久し振りだなぁ、剣崎。いや、“俺”とは初めてか」
 三人の後ろ、死角となる場所に突然現れた影。
 地味で夜の闇に呑まれそうな服装ながら、確かな存在感を場に刻み付ける男。彼が指名するのは――カズマ。
 いや、『剣崎一真』と言うべきか。
「誰だ!」
「この“顔”を見ても思い出せんか。なら――『剣崎、闇雲に戦えばいいというものじゃない。甘いな』」
「……!」
 カズマの顔に、衝撃が走った。
「思い出したか?」
 カズマは混乱した頭を整理するように髪をかきむしった後、男の顔を見た。震える唇は男の名を告げる。
「橘、さん……?」
「間違ってはいないな。遺伝子的には『橘朔也』だ」
 橘朔也。
 かつて剣崎一真と共に『仮面ライダー』として戦い、人類を守った男。カズマが思い出せなかった、地球に住む人間の一人。
 だが何故、地球にいるはずの彼が十数年前の時と同じ二十代後半の姿でミッドチルダにいるのか。
「どう、して」
「はっ! 剣崎、お前のせいだよ! 俺は生まれたくもないのにお前のせいで誕生させられた!」
「何を、言って……」
 男――『橘朔也』は憎々しげにカズマを睨み付けながら言葉を叩き付ける。カズマはそれにまともな反応を返せない。
「プロジェクトFATEだったか? あの科学者め、殺られ役だからと仇敵の技術などを使いやがって。俺はレプリカなんざになるくらいなら生まれたくもなかった!」
「――――!」
 だが彼の台詞に反応したのは、フェイトだった。
 カズマはそれに気付かない。気付く余裕もない。
「しかも俺の体は無理矢理な成長のせいでボロボロだ! 聞け、剣崎。俺はお前が思う『橘朔也』なんかじゃない。お前が人でない化け物なら、俺は人の紛い物だ!」
「違う!」
 橘の怒声を断ち切るような叫びが空間を木霊する。
 男――橘の台詞を遮ったのは、意外にもなのはだった。
「例え生まれ方が特殊だったとしても、同じ人には変わりない!」
「なの、は……」
 なのはの言葉に呆然とするフェイト。
 別の意味で呆然としているカズマは二人に問いかけることも出来ない。
「高町なのは、か。お前に何がわかる。ごく普通の幸せな家庭に生まれた一般人であり、かつ才能豊かで何不自由ないお前などに!」
「わかるよ! どんな人でも誰かを大切にすることが出来るし、誰かに大切に思っても貰えるから!」
 なのはの叫びに、橘は表情を醜く歪めていく。
 やはりカズマは話に付いていけず、なのはと橘の顔を交互に見ることしかできない。
 そして橘となのはもカズマの方に意識を向ける余裕はない。
「俺は大切にされたことも無ければ誰かを大切に思ったこともない! 俺は剣崎に要があるんだ、小娘は黙ってろ!」
 びくりと反応したカズマが橘の方を向く。先程まで怒り狂っていた橘は、一瞬にして怒りを収め、歪んだ笑みを浮かべた。
「挨拶のつもりが、とんだ茶番になってしまったな」
 カズマは混乱した表情のまま橘と対峙する。いつの間にか自分がチェンジデバイスを握っていることにも気付かないほど、カズマは混乱しきっていた。
「今日は戦わない。挨拶だからな。また会おう、剣崎」
 だが橘は彼から一歩身を退く。その足元に魔法陣が浮かび上がった。火焔と呼ぶに相応しい、真紅に染まった魔法陣が。
「待っ――」
 そして唐突に現れた橘は、唐突にいなくなった。



     ・・・



「…………」
 わたしの部屋に沈黙が沈殿する。
 三人の人間がいながら、誰も口を開けずにいた。
 カズマ君は先程の男の人――橘さんのことを考えているのか、眉を顰めながら何か考え事をしているみたい。
 フェイトちゃんは意気消沈した表情で、わたしの肩に顔をうずめている。
 そして、わたしは――――
「――フェイト」
 びくり、とフェイトちゃんの肩が震えた。
 カズマ君は顔を上げて、真っ直ぐにフェイトちゃんを見ていた。
「嘘をついていたことは、謝るよ」
 嘘とは、ジョーカーのことだろう。
 だが彼に非があるだろうか。記憶もなく、最近まで自身の忌まわしい正体すら忘れていたカズマ君に。
「俺は、確かに人間じゃない。人間“だった”、化け物なんだ」
 瞬きして目を開く一瞬の内に、目の前からカズマ君はいなくなっていた。
 そこにいるのは、正しく怪人。
 黒色の体に緑の装甲が付いた体。剣のような突起物が生えた右腕。二本の長い触角を背中に流し、鋭い双眼を緑色の透けたフェイスガードで覆い、獰猛な牙を持つ顔。
 そう、あの時見たままの姿。これが、ジョーカー。
「俺のもう一つの姿だ」
 カズマ君は何処か冷めたような声で、そう言った。
 目を見開き、ジョーカーの姿をまじまじと見ていたフェイトちゃんが、ジョーカー、いやカズマ君に歩み寄る。
 だが、そこからの行動は、わたしにも想像出来なかったことだった。
「ごめんね、カズマ」
「「――――!」」
 フェイトちゃんは、ジョーカーの体を抱き締めたのだ。醜く、刺々しく、近付く人全てを拒絶するような外見の彼に。
 思わず、わたしとカズマ君は声なき叫びを上げていた。
「私、気付いてあげられなかった」
「フ、フェイト……?」
「――私もね」
 フェイトちゃんはカズマ君の声を断ち切るように、
「人間じゃ、ないんだ」
 そう告白した。



     ・・・



 フェイトから語られる彼女の真実。橘の正体とは、一体――?
 そして六課に現れるアロハシャツに丸いサングラスをかけた男。彼は管理局入りを希望するが、その真意とは――。

   次回『来訪者』

   Revive Brave Heart

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最終更新:2009年08月16日 00:27