『マクロスなのは』「プロローグ」

銀河中心付近の小惑星帯。そこにはある大船団が潜伏していた。
巨大な小惑星の横には同じぐらい巨大な1隻の船が見える。それは全体がオレンジ色に塗装されており、多数の戦闘艦が周囲に展開していた。
かつてマクロスギャラクシーのメインランドと呼ばれたこの移民船。しかし今そこには人の営みが感じられず、運用する〝人〟はまるで機械の歯車のように働いていた。
その内部は密閉式ケミカルプラント船のため海は無く、地面は無骨な鉄の床が覆っている。
天井は初代マクロスからの伝統で空が映し出されているが、それすら工場群から吐き出されるスモッグによって曇っていた。
本来なら船団の環境維持部門の誰かが空気の清浄化を行うところだが、今そこは誰もいない。
なぜならギャラクシーの人の大部分が〝ある研究〟に回されていて、船団の環境維持など無視されているのだ。そしてその研究施設ではそれが大詰めを迎えていた・・・・・・

(*)

ギャラクシー統合研究センター

「やっと見つけた」

センターにある個室のうちの1つに、妖艶な声がこだまする。
その声の主はマクロスフロンティア船団を壊滅の一歩手前にまで追い込んだ張本人、グレイス・オコナーだ。
彼女はフロンティアの遠隔リモート端末・・・・・いや、これは正しくない。意識をほぼ完全移行した自立クローンが撃破されたのと同時に、オリジナルとしてここ、ギャラクシーで蘇生を果たしていた。
そんな彼女が蘇生からずっと打ち込んできた研究の結果が目の前にあった。
彼女の表示するコンピューター画面には図式化された地球と、地球の軌道上まで伸びる破線で結ばれたフォールドゲートが写し出されている。
しかし、画面下に表示されているタイムゲージは2060年現在ではなく、2008年9月となっていた。この頃はまだ異星人との遭遇によって発生した第一次星間戦争は始まっておらず、統合戦争と呼ばれる人間同士の戦争があった。
それは来るべき異星人との対話に当たり、地球の国家を統合するという名目だったが、それに反対する国家群との戦いは長きに渡った。この年はその戦争の末期に当たる年だ。

「ようやく、あなたのお姉さんの行き先がわかりそうよ」

彼女は机に飾ってある写真立てにそう告げる。そこには科学の万能を信じる純粋な学者であった頃の自分と、同僚だったランシェ・メイ。そしてかつて地球に存在し 『マヤン』という島に住んでいた紫色の髪のおばあさんが写っていた。
グレイスはほの暗い笑みを浮かべるとそのおばあさんの名を呼ぶ。
その時、背後のドアが開いた。

「主任。ゲートの準備、整いました」

彼は無機的にそれだけ報告すると、踵を返し部屋から出ていく。
今、マクロス・ギャラクシーの乗員は軍から民に至るまで全てインプラントによって強力な精神操作がかけられており、自我のない存在にされていた。
グレイスは立ち上がって無造作に写真立てを掴み上げると、壁に向かって放り投げる。それは放物線を描いて無骨な鉄の壁に激突すると、ガラスの割れる音と共に床に四散した。

「遂に開く!プロトカルチャーへの道を!」

グレイスは笑うと、部屋から出ていった。
誰もいない部屋にデスクトップコンピューターの冷却ファンが静かに唸る。彼女の残した画面には、ある画像が表示されていた。その画像は地球の衛星からの写真らしく、端に月が写り込んでいる。しかしこれもタイムゲージは先の図と同じだった。そしてもっとも特徴的なことに、その時代存在すら知らなかったはずのフォールドゲートが写し出されており、それに入っていく地球製の機体があった。
その機体は不思議な青白い光の粒子に包まれており、まるで鳥のようなシルエットを描き出している。その中央に写る機種は普通のジェットエンジンのため宇宙に出られないはずの初代人型可変戦闘機VF-0『フェニックス』だった。
数秒後コンピューターはスタンバイモードに入り、その画面から光が消えうせた。

(*)

 3ヶ月後

バジュラ本星突入作戦から1年が過ぎたバジュラ本星では、到達したフロンティア船団によって、着水したアイランド1を中心に着々と人の住むところを拡げていた。
現在では総人口の半数がアイランド1を離れ、近くの岸を中心に半径1キロに渡って都市を形成している。
初期に行われた検疫では、人類もゼントラーディも遭遇したことがない細菌は確認されておらず、比較的速い移住が行われている。
しかし、その星の生態系を壊す恐れからまだ農業などは行われていない。今はその影響を確かめるテストが行われているが、結果は上々であり、米などの栽培は十分可能であるとのことだった。
その惑星は船団の名称を継いで『フロンティア』となり、マクロスシティ(地球統合政府)からも30番目の開拓星として認可が来ていた。

(*)

首都『アイランドワン』美星学園 第2キャンパス

そこは本家アイランド1にある破壊された美星学園のカタパルトの代わりに、航宙科の生徒の為に作られた施設である。
今そこでは1人の青年が通常重力下用にカスタムしたEXギアを着て、そこに敷設されたリニアカタパルトを発射体勢にしていた。

「風速、東に3メートル。気圧1012hPa(ヘクトパスカル)。インターフェース確認。昇降舵良好。エンジン推力は最大へ・・・・・・」

ぶつぶつと確認項目を消化していく。そして─────

「・・・よし!」

彼はカタパルトグリップを強く握ると、射出スイッチを押し込む。
カタパルトはEXギアもろとも彼を時速50キロメートルまで加速し、打ち出した。
彼は風に乗り、上昇を続ける。その昔船団内を翔(かけ)た様に。しかし当時とは違うことがある。0.75Gだった重力が今では1G弱であること、そして空に際限がないことだ。
船団では3000メートルも上がると、煩わしい警告と忌まわしい強化ガラスの壁があった。
現在の高度は6000メートル。
しかし気密ヘルメットのバイザーを介した彼の眼前には白い雲の海と、地平線まで伸びる青い空しかなかった。
彼の着用するEXギアは軍でも使われる多機能強化服(パワードスーツ)で、バルキリー(人型可変戦闘機の通称)でも使われる熱核タービンエンジンを備えている。
EXギアは、大気圏内では反応炉(核融合炉)で発生する莫大な熱で空気を圧縮膨張させて飛ぶため、理論上は無限の航続能力があった。
しかし調子に乗って飛び続けるとフロンティア中央政府の定める空域を軽々超えてしまうので、彼は数度旋回飛行するとアイランドワンへの帰路についた。
市街に到達して高度を落とすと、市内から人より一回り大きな緑色をした虫が飛んできた。第2形態のバジュラだ。
しかし以前「バジュラは危険。そいつらがいる限り、空は戦場になる!」と言っていたこの青年は何の対応もとらなかった。
果たしてバジュラは青年を襲うのだろうか?
答えは否だ。
それはじゃれるように彼の周囲を飛ぶと、平行して飛び始めた。
バジュラとは突入作戦以来共存関係にあり、完全に無害化していた。
それは新たな遊び相手を見つけたのか、市街地内に降りていく。
その市内にはたくさんの人の営みがあった。
道行く人々の笑顔と躍動。
ビルの建築に汗を流すゼントラーディ(巨人族)のおじさん。
民生用にデチューンされたデストロイド(人型陸戦兵器)の中で、昼食の弁当をかき込む土木会社の青年。
公園では数組のカップルが平和な時を過ごしており、その周りを子供達が走り回っている。
どうやらさっきのバジュラはその子供達の元に向かったらしい。子供達はバジュラを混ぜて鬼ごっこのようなものを始めた。
その子供達の保護者は以前の記憶が蘇るのか釈然としない面持ちだが、ゼントラーディ人全てが悪くないというのと同じ理屈でなんとかねじ伏せた。
相手を受け入れられるという姿勢は移民船に乗る上で必要な資質だ。
でなければ異星人に遭遇する度に戦争をすることになる。我々は殴り屋ではない。相手が友好的ならそれに越したことはないのだ。
それにバジュラは、ここ1年に渡る人間との生活によって、犬以上の個々の知能を持つことができるようになり、十分人の生活に馴染むことができた。
そして、街頭に浮かぶ大型のホロディスプレイからは歌声が聞こえてくる。この星への道を切り開き、バジュラとの和解をもたらした2人の歌姫の声が。
彼─────早乙女アルトはヘルメットの上から耳についたイヤリングを触ると、学園への帰路についた。

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最終更新:2010年09月10日 18:30