ミッドチルダ首都クラナガン。
時空管理局地上本部はその街の中央に位置している。
その地上本部の一角、長官執務室でレジアス・ゲイズは目の前に広げられた資料に目を通していた。
その資料には、年々悪化の一途をたどるクラナガンの治安について記載されており、目下レジアスの悩みの種となっている。

(全く、海の奴らめ……。我々がどれだけ苦しんでいるか、分かっているのか)

地上本部は、現在深刻な人手不足に陥っていた。
次々に発生する事件に対し、それに割り当てる魔導師の絶対数が致命的なまでに足りていないのだ。
陸士訓練校の増設、奨学生の水準引き下げ、管理局による学費の一部負担などの対応策は既にとっているものの、焼け石に水でしかない。
それどころか、それに回す予算さえも海の部隊に流れる兆候を見せ始めている。
人材どころか予算までも海に流れてしまうと、地上部隊の空洞化はさらに加速する事になってしまうだろう。

(それだけは、絶対にさせんぞ……!)

レジアスは、水面下で幾つかの計画を行っていた。
人造魔導師計画、戦闘機人計画。
違法でありながら質量兵器とは比べ物にならない程倫理を無視したそれらは、レジアス一人の考案によるものではなく、最高評議会という時空管理局上層部によって与えられたものだった。
無論、レジアスも人の子。それらの計画の非人道性はよく理解していた。
だが、彼には後戻りできない理由があった。
ミッドチルダに平和をもたらす為という建前ではなく、もっと切実な理由が。

(今の俺を見たら、お前はどう思うんだろうな?……ゼスト)

レジアスの視線の先には、数年前に撮影された写真。
そこには、理想に燃えている頃のレジアスと陸士の制服を着た精悍な表情の大男が並んで立っていた。
男の名はゼスト・グランガイツ。
地上部隊に所属する、レジアス・ゲイズの親友だった人物である。
公式上では、当時、戦闘機人計画を調査中だった彼の部隊は犯罪組織の建てた研究施設へ調査へ入り、そこで魔導師による反撃に遭い全滅したという事になっている。
それは半分事実で半分嘘だった。
彼らを撃退したのは魔導師ではなく戦闘機人であり、犯罪組織もレジアスによって設立された管理局のダミー組織だった。
その日、レジアスは親友の死を唾棄すべき犯罪者の通信によって知らされた。
その犯罪者は子飼いの研究者だった。
その事実がレジアスの心を苛ませた。
朋友は自分が殺したも同然だと、自分が朋友を裏切ったのだと。
理想を守る為に理想を裏切らなければならない運命をレジアスは呪った。
だが、親友を犠牲にしてしまった以上、レジアスは立ち止まるわけにはいかなかった。
その日以来、レジアスは正義という言葉を口にしなくなった。
悪を以って平和を成そうとしている自分自身がどこまでも嫌になった。
親友と熱く理想を語り合った時の事を夢に見る事もあったが、涙を押し殺して仕事に励んだ。

(あの世に逝ったとしても、お前と会える事はないんだろうな。ゼスト……)

レジアスが感傷に浸っていると、来客をしらせるブザーが部屋に鳴り響いた。

「構わん、入れ」

ドアを開けて入ってきたのは、レジアスの娘、オーリス・ゲイズ。
その手には幾つもの書類が積み重なっている。

「失礼致します」

そう言いながら、数枚の書類をレジアスの前に差し出すオーリス。
レイヴンの身体検査の結果を示す書類だった。

「ご指示通り、件の少年と面会して参りました」
「どうだった?」
「現状ではまだ何とも」
「頼むぞ。彼の言い分が事実だとしたら、そのゾイドとやらは地上にとって切り札になりうる。そうでなくともその少年に魔導師適正がある以上、“公安部”のメンバーに配属できる」

公安部の設立。
犯罪に対してどこまでも受身にならざるを得ない管理局の現状を打破すべく、レジアスが水面下で推し進めている計画の一つだ。
公安部は“犯罪への攻勢による、犯罪の抑止”をコンセプトにしており、他の計画とは違い、設立するには十分な大義名分がある。
しかし、レジアスは公安部をより強力なものとするべく“質量兵器と魔法の混成部隊”を理想形としていた為、計画を公表するわけにはいかなかった。
さらには公安部のメンバーは戦闘機人、人造魔導師のみで構成する予定でもあった。

そんなレジアスにとって、レイヴンは喉から手が出るほど欲しい人材だった。
現状では公安部のメンバーを育成しようにも、表立って魔導師に質量兵器の訓練を受けさせるわけにもいかず、さらに優秀な魔導師はどんどん本局の部隊へ引き抜かれていく。
裏で訓練させる事もできたのだが、未だに魔導師には質量兵器アレルギーが根強く残っている以上、どこから情報が流出するか分からない。
失敗すると二度と復帰できない現状では情報漏洩のリスクは抑えなければならなかった。

しかし、レイヴンはそういう問題とは無縁の存在だった。
調書では、レイヴンは軍人であり質量兵器の訓練を受けているとの事。
ならば、後はレイヴンが魔導師として成長すれば、何の問題もなく質量兵器を扱える魔導師の完成である。
レジアスにとって都合のいい事に、レイヴンは本局からは疎ましがられており、引き抜くには恰好の人材だったのだ。
無論、レジアスが引き抜こうとしている事が本局側に知られれば、それなりの抵抗に遭うだろう。
しかし、レジアスには最高評議会という後ろ盾がいる為、その心配とは無縁だった。
それに本局に行くか、地上に行くかを決めるのは最終的にはレイヴン本人なのだ。
彼の決める事にレジアスや本局が強く口を挟む事はできない。
そして……

「それで本当なのか?海の奴らがその少年の世界の捜索を中止するというのは?」
「はい、確かな情報筋によるものです。ゾイドというのが強力な質量兵器である以上、下手に探し出してしまうと、海の部隊には藪蛇でしょう」
「だろうな。だが、これで彼がこちらに来る可能性が高まった。本局の人間が彼を軽視しているのなら、それを本人に知らせてやればいいのだからな
そのゾイドとやらが手に入らないのは残念だが、諦めよう。そういえば、彼の身元調査を担当しているのは誰だった?」
「ハラオウンです。リンディ・ハラオウン総務統括官」
「ハラオウン?唯の次元漂流者相手一人に大物が出てきたな」
「重傷を負った高町なのはの生還に貢献したそうです。高町なのはは、彼女が見出した人材ですから恩義を感じているのでしょう」
「本局期待のエースか。ふん、いくらはやし立てられようが所詮は11の小娘。もう復帰できんだろう」
「ですが、彼女を落としたという正体不明の質量兵器の事が気懸かりです。我々の計画の事を考えますと、軽視できる存在ではありません」
「分かっている。その件に関しては最高評議会から、逐一情報が入る」
「最高評議会から……ですか?」
「ああ。あと10分もすれば、向こうが派遣する秘書官が来る筈だ。お前の補佐にどんどん使ってやれ」

そう言うとレジアスは、娘に一枚の書類を示して見せた。
そこに添付されている写真には桃色の髪をストレートに下ろした一人の女性が写っている。
その女性がスカリエッティによって生み出された戦闘機人No2ドゥーエであるという事を、レジアスとオーリスは知る由もない。

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最終更新:2009年09月16日 19:27