*



 一見して工事中だと分かる、鼠色の幌で覆われたビル。
 散乱するように置かれた機材は、建設中というより建設中止を思わせるものだ。
 しかし敷地外に立て掛けられた看板は綺麗な形を保っており、どこかちぐはぐな印象を抱かせる。
 だからだろう、クラナガンの市民も無意識下でビルを避けるようにしているのか、人通りがなかった。
 そんなビルの中に入れば、このビルの謎も明らかとなるだろう。
 中は、未だ屹立していることが嘘であるかのように、墓標の如く折れた鉄骨が突き立つ廃墟そのものだった。
「チッ、やらかしてくれちゃって」
 巧妙に折れていい鉄骨だけが折れ、柱となる鉄骨だけが辛うじて生き残っていた。
 逆にそれ以外が折れ過ぎて、もはや下手に触れることすら危うい状況でもあった。
「せっかくの二号店を入れるビルを壊してくれるなんて、あの科学者には借りが出来ちゃったなぁ」
 その中心で、軽薄な笑みを浮かべる少年が一人。
 彼はその廃墟の中にチャラチャラした服装を纏って立っている。その姿に威厳はない。
 にも拘らず、彼はやはり王者だった。
「アイツには悪いけど、アレはボクの獲物だ」
 一瞬その姿に。
 ヘラクレスオオカブトの戦士が、ブレるように重なった。



   リリカル×ライダー

   第十七話『決意』



 すぅすぅ、という空気の出入りするような細い音が耳に入る。雲のかかったような頭を必死に回転させ、視力を回復させていく。
 俺が目覚めて最初に視界を埋めたのは、なのはの寝顔だった。
 混濁する頭で四方を見渡しながら体を起こす。どうやら医務室のベッドに寝ているらしいことと、なのはが付き添ってくれていたことが分かった。
(俺は……確か……)
 記憶を遡るように探る。そして掘り当てた。俺がこんな場所で寝ている、その理由が。
「俺は、負けたのか――」
 ジェイル・スカリエッティ。
 いや、レンゲル・ジャックフォームに。
 橘さんとの一件を切っ掛けに僅かだが思い出した十五年前にあったバトルファイトの記憶。
 その断片的な記憶によると、あの時ブレイド、ギャレンはラウズアブゾーバーを所持していたが、レンゲルは持っていなかったらしい。
 つまり、俺はレンゲルの強化フォームについての知識が一切ないのだ。これが初見ということだろう。データで見たという覚えもない。
 奴自身が強いとは考えがたい。アイツは科学者であって戦士ではないからだ。ということは、レンゲルのベルトがそれだけ強力ということに違いない。
「チェンジデバイスに、何かデータが残っているかもしれない」
 魔法関連の知識は薄いが、スカリエッティがレンゲルのベルトを魔法で再現していることだけは分かっている。
 やはりあのカードはラウズカードを魔法で擬似的に模倣したものに違いない。調べれば、何か調査の手掛かりになるかもしれない。
「うぅん……あれ、カズマ君?」
 そうして立ち上がりチェンジデバイスを取りに行こうとした所で、俺はなのはに呼び止められた。
「ひどいよ、何も言わずに置いていこうとするなんて」
「いや、起こしちゃ悪いかと思って」
 本当はすっかり忘れていただけなのだが、流石にそれを素直に言うのは不味いな。
「カズマ君、ホントはわたしのこと忘れるくらい考え事に没頭してたでしょ」
「うっ……悪い」
 なのはにはしっかり見抜かれていた。
 そこで訪れる沈黙。口下手な俺には対処しようがない空気。というより、流石に今ので悪いと思っていたので、口を動かすのも躊躇ってしまったのだ。
「――ねぇ、カズマ君」
 そんな沈黙を破ったのは、他ならぬなのは本人だった。
「ヴィヴィオとは、よく遊んでるよね?」
「ああ、まぁな。俺は子供苦手だけどな」
 急な話題に戸惑いながらも思い出しながら苦笑する。
 昔は苦手でもなければ特別得意ということもなかったはずだが、十五年の月日がその能力を劣化させていた。
 だがなのはにとってそんなことはどうでもよかったのか、反応はなかった。
「わたしね。カズマ君がヴィヴィオに近付く時……よく、ジョーカーと被って見えるんだ」
「――――嘘、だろ」
 心臓が止まるような台詞だった。
「大丈夫、多分わたしだけだよ。幻覚でも見てるってことかな」
 何が大丈夫なものか。
 自分の娘と怪物が一緒に遊ぶ光景を幻視する。なのはの言うことは、そういう意味だった。そんなの、普通ならまともに見ていられない。
「恐いの、わたし」
「……悪い」
「違うの、カズマ君がじゃないよ」
 俯いて前髪が垂れているため、なのはの表情は見えない。けれど、例え顔を上げていても直視することは出来なかっただろう。
 悲痛な声が、それを感じさせた。
「わたしね、恐いの。ヴィヴィオに誰かが危害を加えるかもしれないってことが、堪らなく」
 ヴィヴィオは聞いた話によるとJS事件でスカリエッティに誘拐され、事件に利用されたらしい。多分怖い思いもしただろう。
 恐らくなのはが想像しているのは、そのことだ。
 彼女が過保護になるのは多分、ヴィヴィオが可愛いから、なんて理由だけじゃない。
 ヴィヴィオは他人に命を狙われる特殊な能力を持っているらしい。そのことが、なのはの不安を増大させているのだ。
「怪我してから、わたしは弱くなった。昔でさえヴィヴィオを守ってやれなかったわたしが、更に弱くなったの」
 確かその傷は未だに完治しておらず、また治ることのない後遺症を残すらしい。そのせいで昔よりも魔力精製量が減ってしまったそうだ。
 弱体化。
 戦士でありヴィヴィオの保護者であるなのはにとって、それは致命的なことだった。
 肉体的な意味合いだけではなく、精神的な意味でも。
「わたし、管理局を辞めようって、思ってるんだ」
 女の子として心配だった体への傷痕は幸い残るわけじゃないらしいが、なのはにとってはそんなことはどうでもいいのかもしれない。
 彼女にとって重要なのは、人を、そしてヴィヴィオを守れるかどうかだけなのだから。
「なんかそう思うと真面目にするのも馬鹿らしくなって、気分転換にヴィータちゃんをからかったりしてみたんだけど……」
「なのは……」
「……ダメだね。やっぱり上手くいかないや」
 はやてだって最近のなのははおかしいと言っていた。恐らくもっと付き合いの古いらしいフェイトは初めから気付いていた。
 もしかしたら、フェイトはなのはのことを考えて俺に優しくしてくれたのか――いや、そんな考え方は失礼だな。
 とにかく、なのはが本調子じゃない理由は、これでハッキリした。
「なのはは、何のために戦っているんだ?」
「たくさんの人を助けたいからだよ」
 俯き、沈み込んでも淀みなくすらすら出てくる戦いの理由。九歳から戦い続ける少女が秘める信念。
 たとえ繊細そうに見えようと、可憐な少女であろうと、彼女は信念のために戦う戦士だ。だからこそ、その信念は何よりも彼女を支えるもののはずだ。
 それは多分、一朝一夕に抱けるようなものじゃない。
「なのはは、今どうしたい?」
「ヴィヴィオを・・・・・・守って、あげたい」
 少し涙ぐんでいるのか、最後の語尾が少し震えていた。
 今、なのはは悩んでいる。不特定多数の他人を守るか、それとも大切な一人を守るかという、究極の選択で。
 俺には特別な後者がいなかったからなのはの悩みは分からない。けれどそれは、どちらかしか取っちゃいけないものなのか?
 信念と親愛、それは両立させることが出来ないものなのか?
「なのは」
「……なに?」
「俺を、俺達を――信じてくれ」
「…………え?」
 なのはが顔を上げる。想像通り、見るのが辛くなるほど目を真っ赤に腫れさせ、頬を幾筋の透明な線が埋めていた。痛々しいくらいに。
 その濡れた瞳を直視する。そうだ、俺には、真っ直ぐ何かを叫ぶことしか出来ないんだ。
 だから、目を逸らさず真っ直ぐぶつける。
「なのは一人じゃ無理なら、皆で守ろう。ヴィヴィオも、助けを求める人達も」
「カズマ、君……?」
「なのは、もっと俺達を信じてくれ。なのは一人で抱え込まず、皆で助け合えば、きっと守れるさ」
 俺一人では、それは無理だろう。
 だけどなのはには多くの仲間がいる。彼女を支え、共に戦ってくれる戦友が。信頼し合える親友が。
 それなら仲間を信じ、共に運命と戦えばいい。彼女一人では無理でも、そうすれば叶うかもしれないから。
「…………あり、がとう」
 ぽつり、と。
 囁くような声量で、なのはは言った。
「でもね」
 だが、それには続きがあった。
「皆には皆にとって大切な人がいるの。だから、そんな頼ったり出来ないよ」
「そんなことはないだろ! フェイトだって、あんなに――」
「フェイトちゃんは確かにかけがえのない親友だよ。でもね、フェイトちゃんには守りたい家族がいるの。だから、わたしの分まで負担してなんて、言えないよ」
 なのはが袖で目を覆い、俺に背中を向ける。
「なの――」
「……ごめんね、カズマ君」
 ポニーテールを揺らしながら、彼女は脱兎の如く去っていった。
 彼女を止めようとした右手は、虚空を掴むのみだった。



     ・・・



「スカリエッティはやっぱりチェンジデバイスの開発者やないんか……」
「はい、今回のチェンジデバイスに入っていた戦闘記録とガジェットの残骸から確信しました」
 六課において各員が使用するデバイスの整備、改良、開発を行う通称デバイスルームにて。
 チェンジデバイスを持ったはやてがここを訪れてからシャーリーと話し出し、すでに三十分が経過していた。
「はやてさん、チェンジデバイスの主機関、オルタドライブの革新的なところは何だと思いますか?」
「それは……魔力を自力で作れることやないんか?」
 はやてが顎に指を当てて考えながら答える。それにシャーリーは小さく首肯した。
 そもそもこの話題は以前もしたことであり、またリィンを自力で組み上げたはやてはデバイスにもある程度精通しているため、淀みなく答えは出ていた。
「そうですね。ただ、オルタドライブのように外部電源無しで魔力を作り出す機関は存在しませんが、単純に魔力を作るだけなら私達でも可能なんです。
 魔力炉や次元航行艦のエンジンなどがその典型例です」
 もちろんオルタドライブのように小型化出来てるわけでもないですけどね、と言っていったん話を締め括るシャーリー。
 一方ではやてはシャーリーの答えによってますます分からなくなったのか、考え込んでしまっていた。
「はやてさん?」
「ううん……私にもよう分からんなってきた」
「簡単な話ですよ、魔導師が必ず持つリンカーコアの特性を考えれば」
「リンカーコアの、特性?」
 魔導師は必ずリンカーコアを持つ。逆に、リンカーコアが無ければ魔法は扱えない。魔導師とは認められない。
 その能力の一つが魔力精製機関としての機能。だがそれだけならカートリッジなど、別の手段で魔力を用意すればいい。
 つまり、リンカーコアにはリンカーコアにしかない特別な性質が存在する。
 そう、リンカーコアの持つ最大の特性は――
「――魔法を発動させることが出来ること?」
「その通りですはやてさん! 管理局が魔導師を特別扱いするのはそれが理由です。カートリッジが魔力、デバイスが脳の役割を負担しても、最後のはどうしようもなかったんですね」
「そしてチェンジデバイスとガジェットにはその機能が搭載されている、かぁ」
「はい」
 はやてが神妙な顔で何度も頷く。はやてからしても、これは想像以上に厄介な展開だった。
 この新技術は、つまるところ管理局による管理体制を揺るがしかねないのだ。
 これまではリンカーコア保有者だけ管理しておけば良かったが、この技術が広がれば誰でも質量兵器のように魔法を使えてしまう。
 仮にこの技術が解明されて世に公開されれば、管理局の基本方針を根本から変える必要が出てくる。地上本部に提出しなかったのは正解だったらしい。
「でもシャーリー、スカリエッティやないって断言する理由はあるんか? こんな厄介なモン、アイツが持ってるならヤバいと思うんやけどな」
「はやてさ~ん、これでも私、執務官補佐ですよ?」
 にやりと笑って眼鏡の端をきらりと光らせるシャーリー。
 実は平時においてフェイトの補佐として敏腕を発揮していたりするのだが、それはさておき。
「スカリエッティは、未完成か出来の悪い技術は秘匿し、逆に成功作は積極的に公開しています。この事から、彼は慎重だけど派手なことが好きな性格だと推測出来ます」
 ふむふむ、と頷くはやて。
 シャーリーもそれに乗って眼鏡の端をくいくいっと持ち上げる。にやっとした笑いも付け足して。
「では問題です。チェンジデバイスを持ったカズマさんが現れたのが三週間前。そして今回のガジェット登場が昨日。
 もしチェンジデバイスの製作者がスカリエッティなら、わざわざ御披露目のようにチェンジデバイスより性能の劣ったガジェットを見せびらかすように仕向けると思いますか?」
 シャーリーの台詞にはやての顔色が変わる。
 それの意味する内容は、シャーリーの軽い口調よりも遙かに重いものだ。
 スカリエッティとチェンジデバイス。天才と傑作はとかく繋げやすいもの。しかし、実は天才すらまだ未完成な域にしか到達していないのだとすれば――?
 はやての視線の先にあるチェンジデバイスは静かに浮かび続ける。中央のクリスタルを光らせ続けながら。まるで、全てを見守るかのように。
「シャーリー! はやては何処・・・・・・って、はやて? ちょうど良かった!」
 そこに唐突に訪れる影。現れたのは、現チェンジデバイスの所有者、カズマだった。



     ・・・



「まさか君達の方から訪れてくれるなんて、嬉しいよ」
「くくっ、そっかぁ。確かに似てるね」
 地下に作られた巨大なエントランスホールらしき場所で、二人の"者"が対峙する。
 そこはとある次元世界にある地下研究所。主はジェイル・スカリエッティ。そう、ここは彼の持つ砦の一つだ。
 客人は一人の少年。その名をキングと呼ぶ。
 片方は白衣を羽織り、一方はチャラチャラしたアクセを纏う二人の"者"。二人は距離を取って対峙する。
「全く、これでようやく例のカードに関するデータを取れるということだな」
「あっははは! 何言ってるの、君のような出来損ないにボクをどうにかできるとでも?」
 チャラチャラした格好のキングはどこまでも見下した視線を向ける。その視線は、正に王である故の余裕そのもの。
 彼にとって怖いモノなどない。全ては彼を楽しませるゲームに過ぎない。だからこそ、この狂気の科学者も脅威には含まれない。
 その蔑んだ視線に即座に反応したのは、スカリエッティではなかった。
「――貴様、それ以上ドクターを侮辱するなら」
「止めたまえ、トーレ」
 すでにグレイブに変身したトーレが、紫の翼――ライドインパルスを展開して高速に迫り、剣を腰から引き抜いてキングの喉元に向けていた。
 戦闘機人が持つ特殊スキル、インヒューレントスキルの一つ、ライドインパルス。その高速技とライダーシステムの組み合わせは、強力だ。
 一瞬の出来事。だが、それに動じるキングではない。むしろその顔には笑みが浮かんでいた。
「へぇ、面白いじゃん! もう一回やってみせてよ!」
「貴様、喧嘩を売っているのか!」
 トーレが菱形のモノアイでキングを睨み付ける。それにはキングは意にも介さず。
「でも、ボクには足りないかなぁ」
「――ッ!」
 瞬きする瞬間で、トーレの後ろに回り込んでいた。
 その速度は戦闘機人としての処理能力とライダーシステムによる探知能力を持ってしても追いつかない。
「ぐあっ!」
 容赦なく蹴飛ばすキング。態勢を崩したトーレから剣を奪い、その頑強な胸部装甲に振り下ろした。
 ギギギと耳に残る金属同士の摩擦音。装甲から火花が上がり、そこには荒々しい一筋の跡が走る。軽々しく振るう一撃が、トーレには重かった。
「なるほど。想像以上に厄介だ」
 トーレはその程度で引き下がらない。光速の機動力を持って、再びキングに迫る。
 流れるようなパンチ、キック。ストレートを打ち込んだ直後に跳ね上げるようなキック、そしてエルボー。コンボとも言える連撃。
 だが、ことごとく当たらない。
「クソッ!」
 彼女が打ち込むたびに、キングは瞬間移動するようにその場からいなくなっていた。そしてカウンター気味に、奪った剣を叩き付ける!
「グアッ――」
 背中の装甲がへしゃげ、負傷しながらも攻撃範囲から脱出した姉の元にセッテが走り寄る。トーレへのダメージは、着実に積み重なっていた。
 その光景を、冷ややかにスカリエッティは見つめ、素直な感想を抱いていた。
 キングは楽しそうに剣を弄びながらトーレへと投げ放つ。トーレの目の前に、剣は垂直に突き刺さった。
「ボクはキングだからね。個人でも強いけど――あは、そうだ。家臣がいないとつまらないでしょ? 見せてあげるよ」
 あっさりと手札をさらすように。
 彼の後ろに、四体の怪人が姿を現していた。ライオン、三葉虫、バッファロー、コガネムシの異形達が。
 その光景に気圧されたトーレが無意識で数歩引き下がる。絶対的な戦力差。圧倒的な王の軍勢に畏怖するように。
 それに対抗するべく、新たに加勢したセッテと共にトーレはスカリエッティの両翼へと並び立った。
「さぁ、ボクとゲームをしようか? 出来損ない」
「フン・・・・・・だが、君達と争い合う前に、一つ話をしておこう」
 決して余裕を崩さないスカリエッティ。流石のキングも、その態度には疑問を抱いたのか、表情をしかめる。
 確かにスカリエッティには新型ガジェットの軍勢がある。しかしキング達アンデッドにはそんなものはガラクタでしかない。ならばこの余裕は、どこから――?
 その答えを、スカリエッティは歌い上げるように、告げる。
「私は、君達の洗脳術式を解除する手段を持っている」
 レンゲルクロスを天に捧げるように持ち、そう言い放った。



     ・・・



 悩むなのはと彼女を救おうと奔走するカズマ。それを嘲笑うように始まる襲撃。誘われるように迎撃へと向かう六課で、なのははどんな決意を抱くか。
 一方の不死生物達の王は、狂科学者の元から帰還する。その身の拘束が解き放たれた彼らは、しかし――



   リリカル×ライダー 第18話『なのは』

   Revive Brave Heart



タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2010年03月24日 18:42