RXの方はゲル化して、地上本部の構造材の中を滑り落ちていった。
ゲル化したRXの速さを持ってすれば今住んでいる六課宿舎の部屋までは、一瞬で移動が可能だった。
数秒とかからずに部屋に戻るとすぐにゲル化をやめ、RXへと姿を変える。
移動中に感じ取っていた気配の方へと彼は変身を解かずに顔を向けた。
どういうわけかキッチンで調理中のフェイトに向けて話しかける。

「ただいま。今日は何をしてるんだ?」
「…あ、光太郎さん。お帰りなさい。お仕事お疲れ様でした」

何か考えごとをしていたらしく、一瞬遅れてフェイトは笑顔を見せた。
暖めていた鍋の中身を小皿に移して渡そうとする彼女の考え事が何か気になりはしたが、RXはそれを尋ねはしなかった。
引越しを手伝ってもらった時に鍵を渡してそのままになっていたのだが、近頃彼女は誰かにそそのかされたのかよく出入りするようになっていた。
始めは仕事のことを話すだけだった。だが今は不意に他愛ない相談を持ちかけられたり、戻ると部屋が片付けられていたりする。

「偶にはご馳走しようかなって思って…お食事まだですよね?」

料理を作っていたことはわかっていたが、RXは戸惑いながら皿を受け取った。
鳥肉をトマトスープで煮ているらしい。味見用に渡された小皿の赤いスープからはおいしそうな香りが漂っていた。

「い、いや、俺は太陽の光を浴びるだけでいいんだ。変身を解くわけにはいかないだろ?」
「そんなことありません。ここは光太郎さんの部屋ですし、誰か来たらすぐに変身すればいいじゃないですか」
さあ、と勧められたRXは変身を解くかどうか迷い体を硬直させたが、感想を聞きたそうにするフェイトにジッと見つめられるとRXは観念して変身を解いた。
人の姿に戻った光太郎は促されるままに席に座り、スープに口をつける。

久しぶりに取る食事を、光太郎はお世辞抜きにおいしく感じた。
風呂に入ったりするのと同じように、食事を取る必要はないのかもしれない。
ただ人間のふりをするのは単純に愉しいのだ。

「美味い…」
「よかった…!! 光太郎さんの好みに合うか心配だったんです」

嬉しそうな顔を見せて、フェイトはテキパキと自分の部屋から持ってきた皿を用意していく。
ウーノと暮らすようになってからの習慣で、光太郎もフェイトに尋ねて用意を手伝おうと後に続いた。
料理を盛った皿を渡された光太郎は、殺風景だった部屋にいつの間にか置かれているテーブルへ並べていく。

「…これも君が持ち込んだのかい?」

その途中で、他にも部屋の物が増えているのに気付いた光太郎はフェイトに尋ねた。

「え? は、はい。部屋が寂しかったから…なのはに相談して。ご、ご迷惑だったら持って帰ります」
「いやっ、実は昔同じようなのを枯らしたことがあってね」

声を窄ませるフェイトに光太郎はばつが悪そうに、だが懐かしそうに言う。
昼夜を問わず出動していくから手間のかからないものを選んだのか、サボテンの入った小さな鉢植えが窓際に置かれていた。

「だったら、私が時々見に来ますから大丈夫ですよ」
「それは助かるけど、フェイトちゃんも忙しいだろう」
「サボテンの世話位大した手間じゃありませんから」

サボテンの世話位で遠慮する光太郎が可笑しくてフェイトが少し笑った。
それを契機に食べだした光太郎へフェイトはお茶を飲みつつ幾つか話を振った。

自分の仕事の近況や、なのはが毎晩遅くまで新人達の訓練のことを考えていて、無理をしないか少し心配だということ。
光太郎は料理の出来を気にしながら話し続けるフェイトの言葉に耳を貸し、時折相槌を打っていた。
話は近日ホテル・アグスタで開かれるオークションのことに及び、フェイトは空中に開いたウィンドウに当日着ていくドレスを表示させる。

「母さんがあれもいい、これもいいって、何着も勧めてきて選ぶのが大変だったんですよ」
「ははっそりゃあ、大変だったね」

会った回数は余り多くないが、リンディがフェイトに色々なドレスを進めている様子は簡単に想像がついた。
その時のことを思い出して、困ったように眉を寄せるフェイトを見ながら光太郎は笑う。

「そうだ。その事で話がある」

箸を止める光太郎に談笑して緩んでいたフェイトの表情が引き締められる。
その場で座りなおして、話を聞く体勢を作る彼女の真面目さを好ましく思いながら光太郎は言おうとして、周囲に目をやる。
魔法による盗聴も今の光太郎は感じ取ることが出来るようになっていたが、RXの姿を取っている時よりも精度は下がってしまう。
勿論部屋に戻る度に確認していたが、これまでのスカリエッティの行動から警戒してしまうようになっていた。

「そんなに気にしなくても、ここは安全です。私達を信じてください」
「すまない。今日レジアスから話を聞いたんだが、警備する日の前後にミッドチルダにロストロギアが持ち込まれるって情報が入ったらしい」
「レジアスって、レジアス・ゲイズ中将ですか!?」
「前に話さなかったかい?」
「だって、光太郎さんを追跡するって公言してた人じゃないですか…」

口にこそしなかったが、フェイトの表情には不信感がありありと浮かんでいた。

海や聖王教会などとは組織運営に対する姿勢に根本的な違いを持ち、レアスキルを嫌うレジアスは黒い噂も絶えない。
それにスカリエッティを追い続けているフェイトには、スカリエッティを援助してもいる男は信用するに値しないのだろう。
レジアスには何度も犯罪者を引き渡し、軽く話をするようになっていなければ光太郎もレジアスを信用することは出来なかっただろう。
光太郎はフェイトを説得する言葉を持っていなかった。

「あれは、俺が管理局に所属してなかったからさ。彼らに犯人を引き渡していたのも知ってるだろう? 俺は彼を信用している」
「私達は信用できないと言っても、ですか?」
「ああ」

フェイトは納得がいっていない様子だったが、光太郎は構わず話を続けた。
両方とも悪い人間ではないが、レジアスの方でもはやての事を犯罪者呼ばわりしていることを考えれば、今話を続けてもこじれるだけだ。

「当日。俺はアグスタに行きたいんだが、フェイトちゃんはどう思う?」

当日開かれるのは骨董美術品オークションには取引許可の出ているロストロギアが幾つも出品されている。
密輸取引の隠れ蓑になっているという話もあり、こんな話が今耳に入ってきたのはホテルの方に何かあるのではないかと光太郎は考えていた。

フェイトの方も、話を続けても拗れてしまうだけだと思ったのか、光太郎を追及せずに手を口元に当て考え込む。
光太郎は残っている料理を食べながら彼女の答えを待った。

「…いいんじゃないでしょうか? このタイミングで、というのが私も気になります。ホテルの方から光太郎さんを引き離す為かもしれません…
それに、光太郎さんのスピードなら大抵の場合どちらでも間に合うと思います。本局の方から誰か派遣してもらえないか、明日なのは達と相談してみましょう」
「そうだな…そう言えば、ヴィヴィオは元気にしてる?」
「はい! また光太郎さんに会いたがってますよ」

彼女の意見に頷いて、光太郎は再び彼女との時間を楽しもうと、フェイトの家族のことへ話を戻す。
それから暫く、フェイトはヴィヴィオの学習能力が高いことが分かってからというもの、リンディ達がいかに大喜びで英才教育を施しているかを話して聞かせた。

光太郎も喜んで話しを聞いていたが、時間が過ぎていくに連れて時計を気にし始める。
普段は余り遅くない内に切り上げるようにしているのだが…時間を気にする光太郎に気付き、フェイトもバルディッシュに時刻を尋ねた。
若干機械的な音声で返事が返されると、彼女は不意に俯いた。

「それと…あの、」
「なんだい?」
「実は……ライドロンのことで新しいことがわかったんです」
「え?」
「スカリエッティがどういった手口でライドロンを持ち去ったのか、母から連絡がありました」
「本当かいっ!?」
「は、はい。それが、どうやらスカリエッティと以前教えていただいた戦闘機人が翠屋に客として何度か出入りしていたことがわかりました」
「翠屋?」

驚く光太郎に説明を聞いた際の自分の姿でも見たのか乾いた笑みを少し見せ、フェイトは続ける。

「えっと、なのはのご両親が経営されてる店です」
「確かな話なのか? なんでそんなことを…」
「軽く変装していたようですけど、背格好や言動から見て間違いありません。理由は恐らくライドロンを手に入れる為…当日、その二人がトランクを店に置き忘れて後で取りに来るという連絡があったそうです」

その中身に思い至り、拳を握り締める光太郎の手を取り、フェイトは頷いた。
言葉にはしなかったが、照明に照らされた二人の表情には良く似た色が現れていた。

「取りに来たのはライドロンに乗ったスカリエッティだったそうです」

 *

数日後、機動六課が警備を命じられたホテル・アグスタはミッドチルダ近郊の森の中に建設されていた。
ホテルを中心に、はやての守護騎士と新人4名、RXが外を、はやて達隊長3名が会場の中で警備に当たる。
詳しい情報を本部から受け取った後、人質と同化して助け出したことがあるのを知っていたはやての判断で、六課は現場の人員を本部に残さなかった。

一帯にある森は、人の手で育てられたもので、不自然に感じないよう程よくランダムに配置された若いまっすぐに伸びた木々が枝葉を茂らせていた。
舗装された道はないが、人が通りやすいように用意された道や広場が点在していて、事件が起こった際には六課に配備されたヘリが離着陸出来そうな広さを持つものもあった。

ホテルの屋上に到着すると、はやて達隊長3人は会場内の警備を行う準備をする為に一旦別れる。
その間に、他の面々は移動中に説明のあった位置の警備につく為、分かれていった。

RXは、はやての守護騎士の一人シャマルと共に屋上に残っていた。

「シャーリー。こちらは準備完了したわ」
『こちらも完了しました。反応があり次第ご連絡します』

魔法によってホテルを中心にした警戒網を張り巡らせ、後方支援部隊と通信を切ったシャマルは自分に向けられる視線に気付いてRXへ顔を向けた。
六課の皆が配置についていく様子や、シャマルの魔法を物珍しげに見ていたRXは、シャマルに訝しげな視線を向けられてようやく自分の仕事を始める。

RXの体には様々な能力がある。
複眼には、ただ超人的な視力だけでなく、透視の機能も付与されていた。
元々の視力が常人とは比べ物にならないため、これを使いRXはシャマル達のセンサーよりも遠方をよりクリアな状態で把握する事が可能になるのだ。

だがその時、普段より口数が少なくなっていたRXの前にモニターが開いた。
場内の警備に着く準備をすっかり整えたはやて達が、RXや移動中の隊員の前に顔を見せる。
緊急の際も一瞬で着替えることができるバリアジャケットの便利さのお陰で、会場内に入るはやて達は普段見慣れないドレスに着替え、いつもより厚く化粧を施していた。
どや?と軽い調子で着飾った自分達の感想を尋ねられたRXは、当たり障りのないほめ言葉を言う。

オークションに招待されている、考古学者でもあったユーノ・スクライアや、その護衛につくヴェロッサの所に顔を見せに行く為一旦モニターが切られると、RXは息をついた。

「災難でしたね」
「ああ。直ぐに周囲を見ておかないと…こんなことで接近に気付かなかったら後で怒られる」
「センサーにはまだ何もかかってませんから、そんなに気にする事はありませんよ」

シグナムや、エリオとキャロについていったザフィーラを少し恨めしく思いながら、RXは周囲に目を走らせて行く。
六課の現場にいる人間では数少ない男性なのに、ザフィーラは犬の姿を取っている時は、必要なこと以外喋らない。
お陰でエリオ達等は、ザフィーラは犬の姿を取っている時は喋れないと勘違いしていそうな程だ。

RXが透視の機能を使い、邪魔なものを透かして周囲を見渡すのに頼りにするのはやはりというか、動物的な勘だった。
だがそうやって視界を変えると、今までに無かったものが見えるようになっているのにRXは気付いた。

生物から揺らめく生体のオーラが、生命エネルギーの美しい炎が見える。
他の光に混ざって今までは見えづらくなっていたせいで気付かなかった。
だが、気付いてしまえば、RXが透視を止めても、隣に立つシャマルやシグナム、はやての守護騎士達とティアナ、フェイト達の炎が違うことにさえはっきりわかる。

「RXさん。何か見つかりましたか?」
「い、いや…もう少し待ってくれ」

シャマルの声で我に返ったRXは、再度透視して周囲を見つめる。
すると…今度こそ直ぐに森の中を接近してくる複数の機動兵器と怪しい二人組みを発見することが出来た。

ゆっくりと接近してくるスカリエッティのガジェット・ドローンは、まだまだ事前に教えられていた警戒範囲の外だ。
それに比べ、二人組みはもう既に索敵範囲内に入っている。
フードを被って顔を隠していたが、これも透視すれば問題はない。
一人は女の子。もう一人は大柄な男性…探索用の小型の虫が手に止まり、デバイスらしきグローブも見えた。

「RX。何か見つかりましたか?」
「ガジェットが陸戦1、35。陸戦2が4機…それに怪しい二人組みがいる」
「二人組み…スカリエッティの戦闘機人ですか?」

懸念を口にしたシャマルにRXは首を振った。

「そうじゃない。(俺にも細かい所はよくわからないが、)女の子は人間だ。男は、普通の人間じゃあない」
「? はやてちゃんに連絡しておきます。シャーリー!!」

空中にモニターが開く。
スカリエッティの使っているものとほぼ同じタイプの画面に、周辺の図と隅に小さく会場内にいるはやての顔も映されていた。
シャマルがはやてに怪しい二人組みの事を報告する間、RXは彼らの動きを見張り続ける。
説明を聞いたはやては、すぐに視線を森へと向けるRXへと口を開いた。

『RX、その二人に接触して危険やからアグスタの中に避難するように説得してくれる?』
「了解した。拒んだらどうすればいい?」
『そうやなぁ……気絶させて連れてきて。もし敵やったら、RXの判断に任せる。シャーリー、センサーに反応あったら直ぐに教えてな』

頷き、RXは瞬時にバイオライダーへと姿を変えた。
RXの足でもそう時間はかからないが、向かう途中で敵兵器が警戒網の中へ入り込むことは明白だった。
だがバイオライダーとなり、ゲル化して向かえば少しだが時間の余裕が得られる。

ゲル化したRXが、屋上から消えた。
木々をすり抜け瞬く間に二人の前に移動したバイオライダーはゲル化を止めて、目の前に突如現れたゲルから変身した怪人に驚く彼らへとゆっくり近づいていった。
説得するのにもしかしたら良い影響を与えると思ってか、二人に近づいていく間にまたRXへと姿が変る。

彼らまで後2歩という所まで近づいた所で、RXは足を止めた。
それを見計らったように、スカリエッティが軽薄な笑みを浮かべて彼らの前にモニターを開いた。

『ごきげんよう騎士ゼスト、ルーテシア。それにRX』
「スカリエッティ!!」
「ごきげんよう」
「何のようだ」

瞬時に殺気立つRXを気にも留めず、スカリエッティは二人に笑顔を向ける。

『あのホテルにレリックはなさそうなんだが、実験材料として興味深い骨董が一つあるんだ。一つ協力してはくれないだろうか? 君達なら実に造作も無い事のはずなんだが』
「ここは危険だ。悪いが俺と来てくれないか?」
「…断る。レリックが絡まぬ限り互いに不可侵を決めたはずだ」

騎士ゼストと呼ばれた男はスカリエッティに返事を返して、槍型のデバイスを起動させる。
それを見たRXもいつでも襲いかかれるように体勢を変えた。
今にも戦い始めようとする二人にわざとらしいため息をついて、スカリエッティは残る一人の少女にお願いする。

『ルーテシアはどうだい。頼まれてくれないかな』

ルーテシアは、幼い頃に光太郎と同じように管理局の手引きでスカリエッティに引き渡され、改造を施された。
目をつけられた理由は、人造魔導師素体としての適合度が高かったメガーヌ・アルピーノの娘だったから。
その母親は、スカリエッティの基地に侵入し、撃退されて以来ずっと…今もスカリエッティに囚われ、眠り続けており、『母が復活した時、自分の中に「心」が生まれる』とルーテシアは硬く信じていた。

そんなルーテシアに、スカリエッティは自分なら眠り続ける母親を目覚めさせる事が出来ると彼女に囁いて…利用していた。

「いいよ」

まだ幼いルーテシアは、特に不満も抱かずにスカリエッティの言葉を信じている。
それを知るゼストが苦々しい顔を見せる。

「!? こんな奴の言う事を聞いちゃ駄目だ!!」

迷う様子も無く了承したルーテシアに詰め寄ろうとするRXを、ゼストの槍型のデバイスが間に入り込んで阻む。
既に覚悟を決めたのか、穂先と同じ刃のような硬い光が目には宿っていた。

「すまんが、今はまだ捕まるわけにはいかん」

ルーテシアの盾になるようにゼストはRXと対峙する。
ゼストは、かつて時空管理局・首都防衛隊に所属するストライカー級の魔導師だった。
レジアスとは互いに理想について語り合った親友の間柄であり、スバル、ギンガの母クイントと、ルーテシアの母メガーヌを含む精鋭達を率いていた。

8年前、戦闘機人事件を追っていた彼は、親友であるレジアスによって捜査から外されることとなった。
上から指示されていたのだろうが、レジアスが正式に辞令を下す前にゼストにそのことを告げていた事から、同時にゼストを危険から遠ざけるという意志もあったのだろうと思われる…
だがレジアス自身に黒い噂が付きまとうようになっていた事もあり、(実際犯人とレジアスの間には癒着があるのだが)ゼストは逆に捜査を急ぎ、部隊を率いて機人プラントと目される『施設』の調査に向かった。

その結果、そこで戦闘機人と、後に『ガジェット』と呼ばれる機械兵器の大群による襲撃を受け、部隊は全滅した。
ゼスト自身もそこで死亡したのだが、人造魔導師素体としての適性が認められたことでスカリエッティの手によって、彼は人造魔導師として『復活』した。

部隊を全滅させ、死亡扱いとなったゼストの目的は、『今一度レジアスに本心を問いただし、もし誤った道に進んでいるなら、可能であればその道を正す』。
そして、捜査を強行したことは記憶にないのか『8年前自分と自分の部下達を殺させたのはレジアスなのか』確かめ、『ルーテシアの目的を果たす手伝いをする』ことを心に決めている。

どれもまだ果たせていない。
特に、ルーテシアの目的を果たすには、まだスカリエッティとは協力関係を続けなければならないのだ。
RXを相手取るのはリスクが高いが、スカリエッティの前であっさりと捕まるわけにはいかない。

『シャマル先生、センサーに感…ガジェット・ドローン陸戦1型3、4、5…陸戦2型も確認できました!!』

RXの耳に、シャーリーの通信が届く。
制限時間が迫っている事を知り、RXは少しずつ彼らとの距離と詰めていった。
二人の神経を逆撫でする朗らかな笑い声がモニターから流れた。

『優しいなあ。ありがとう。今度是非、お茶とお菓子でも奢らせてくれ。君のデバイス『アスクレビオス』に私が欲しいもののデータを送ったよ』
「うん。じゃあごきげんようドクター」
『ごきげんよう。吉報を待ってるよ』

そして一人愉しそうに笑うスカリエッティは、そう言ってモニターを閉じた。
だが、それでスカリエッティがこの場の様子を探るのを止めるはずもない。
迎撃に向かう守護騎士達が光の帯を空へと描くのが、RXの複眼に映り、RXとゼストの間で緊張が高まっていく。
不測の事態を防ぐ為にRXの四肢に力が籠もり、ゼストは、ルーテシアがスカリエッティの欲しいものを手に入れる間バイオライダーを相手取り、その後この場から離脱しなければならないようだ。

「ルーテシア。ここは俺に任せて目的を果たせ」

ルーテシアはバイオライダーをちらりと見てから、グローブ型のデバイスを起動し、最も信頼する『ガリュー』、次いで今回の目的を果たすのに必要な他の虫を召喚する。
黒い楕円形の繭のようなものが、グローブに埋め込まれたデバイスの上に出現するのを見て、RXが警告する。

「奴の悪事に加担するのは止めろ!!」
「マスクド・ライダー。ここは退いてくれ。俺達にも引き下がれない理由がある」
「それは出来んッ、何故奴に協力するんだ!?」
「言葉で語れるものではない…っ」

ゼストはあえて話し合わずに、相手の隙を窺った。
二人のやり取りを無視して、ルーテシアは繭を優しげな手つきで撫でながら、スカリエッティのお願いを説明する。

「ガリュー、インゼクト達にドクターの探し物を探させるから、その間相手をして」

繭がルーテシアの言葉に返事を返すように巨大化しながら、一瞬だけ強く光りを放つ。
そのまま繭は消えて中から現れたガリューは、RXに少し似ていた。
鋭い棘のある甲冑のような外皮を持ち、目は四つ。額にはRXの第三の目らしきものがあり、マフラーを見につけていた。
上腕から、鉤爪が伸びてRXに向けられる。

ガリューのことを余程信頼しているのか、ルーテシアはそのまま恐らく『インゼクト』を召喚する為の魔法を行使し始めた。

「くッ…止め」

耳障りな音がRXの言葉を遮る。
黒い皮膚の上に刃が打ち込まれ、弾かれたデバイスが大きく流される。
説得を続けようと体勢を僅かに動かしたRXに、隙を見出したゼストが一撃を見舞ったのだ。

渾身の一撃を片腕で弾き飛ばされたゼストが、未だに残った威力で震えるデバイスを握り直し宝玉の埋め込まれた刃を突きつける。
デバイスを弾いた腕にはうっすら細い線が引かれているのが、宝玉とゼストの目に映った。
そうすると震えは止み、同時に今度は下から掬い上げるような一撃が叩き込まれる。
今度はかわされたが、ゼストは素早く切り返し息もつかせぬ攻撃を開始した。
RXが反撃に移ろうとすれば、そこへガリューが光弾を、あるいは腕の甲から爪を伸ばして格闘を挑み、RXの動きを阻害する。
その間にルーテシアは新たな召喚を終えていた。
紫色の光が魔方陣を描き、少女を下から照らす。
周囲には半透明の膜に包まれた小さなタマゴが連なり、三本の柱となって現れている。
彼女の命令で、膜は弾け魔方陣と同じ色に光っていたタマゴは消えて、中から丸いプレートにバランスを取る尾と、虫の羽の着いただけの機械虫が飛び立っていく。

それを見てルーテシアの下へと注意を向けるRXにゼストが切りかかる。
RXがそれを受け止め、力を加減して押し合いに持ち込む。

「止めろッ!! 何故奴に協力する…!?」
「言ったはずだ。言葉で語れるものではないっ」

虫がホテルと、守護騎士達が迎撃に向かった方へと向けて飛んでいくのを見て、RXはゼストを押し退けシャマルへ連絡を取る。

「すまない。召喚された虫がそちらに向かった。説得は難航している」
『わかりました。こちらのことは任せてください』

報告する間にも放たれた光弾を無視して、RXはルーテシアへ向かい動き出した。
大した威力もない光弾は、着弾の衝撃にさえ慣れてしまえば脅威ではなかった。
今までより鋭く切り込んできた槍を、RXは足を止めて拳を振るい叩き落す。
RXが光弾を無視するようになったのを即座に察したのか、ガリューは光弾を撃つのを止めて、ゼストと共に間断無くRXへと襲い掛かっていった。
それに対処しながら、RXは少しずつルーテシアへ距離を詰めていく。
進行を阻止する為にRXの前に立ち塞がろうとするガリュー…だがその背中にルーテシアの声がかかる。

「ドクターの探し物、見つけた…ガリュー、お願いしていい? 邪魔な子はインゼクト達が引き受けてくれてる」

お願いをされたガリューは一瞬だけ逡巡する様子を見せたが、RXを退けることが先決であると考えたらしく、伸ばした爪をRXへと向けなおした。
RXも、ある程度他の場所の状況を知っているのか、狙いをルーテシアからガリューへと移す。

「待て!! 奴に実験材料を渡すわけには行かない…!!」
『フルドライブ・スタート』

穂に埋め込まれた宝玉が感情の無い音声で告げた『フルドライブ・スタート』と共に、ゼストの魔力が爆発的に増大する。
それは金色のオーラとなって彼の肉体とデバイスを輝かせ、周囲を照らしだす。
光りが納まり始める前に、尚も説得を試みようとするRXへとゼストは最初から全力で槍を突き出した。

ほんの一歩分の距離をゼストが通り過ぎる余波が、台風のような風を作り出して木々から葉を吹き飛ばし、枝を折って舞い上がらせる。
激突する音に気付いた者達がもし目を向けていれば、雲が吹き飛ばされそこだけ一面青空となった空に土と共に舞っているのが見えただろう。

ガリューに襲い掛かろうとしていたRXは、突き出された穂先は防いだものの衝撃に弾き飛ばされ大きく後退した。
RXの腕にひびが入り、ゆっくりと回復が始まる。
相当に負担がかかるのか、威力を警戒するRXの真っ赤な複眼には一瞬だけ苦痛に耐えるゼストの表情が映って消えた。ゼストが言う。

「ガリュー、ルーテシアの命令に従え。ここは俺が何とかする」

光の帯となって、ガリューがホテルへと向かって飛んでいく。
阻もうとするRXへと先ほどまでとは別人のような強さでゼストが襲い掛かった。

ガリューへ注意を向けたRXとゼストの距離は瞬く間に縮まり、また風が生み出される。
先を取って襲い掛かる槍の穂先とRXの腕が衝突し、その度に吹く風がルーテシアの華奢な体を押し退けようとする。
絶え間なく騒音も生み出され、目を白黒させるルーテシアに気を配る余裕も無く、ゼストは渾身の一撃を振るっては喉を上ってくる血と痛みを飲み込んだ。
皮膚が砕けていくだけに留まっているRXに対して、元々欠陥を抱えるゼストの体は、壊れつつあった。
この調子で戦い続けては死んでしまうかもしれない…だが、スカリエッティの頼みをルーテシアが引き受けた以上は、ある程度まではやってみせる必要があった。
だがRXは無情に、時折不調によって鈍るゼストの一撃をいなして、胴体や頭部へ一撃を入れることはおろか、回復を上回るのも困難になりつつあった。

『RX! こちらは大丈夫です。なのはちゃ』

その時、通信もRXとゼストの衝突が生む音と風も纏めて弾き飛ばす桜色の光線が空を焼いた。
驚いて動きの止まった二人は思わず空を見上げ、空からボロクズにされたガリューが自由落下してくるのが目に入った。

二人はそのまま、なんとなく一歩ずつ下がり…ガリューが地面に突き刺さる。
足が微かに動かなければ、彼らはもう死んでいると勘違いしてしまったことだろう。

「ガリュー!?」
「ガリュ…!?」

ルーテシアが駆け寄り、ゼストは大きな声を出そうとして血を吐いて倒れた。
何が起こったのかは把握したものの、RXは戸惑い動きを止めた。
判断を誤り、ルーテシアを確保するチャンスを逃したRXが後ろへ飛ぶ。
口から流れる血を拭いもせずにゼストが起き上がり、槍を横に振るっていた。
増大していた魔力は萎み、光は消えて気迫だけが、槍には込められていた。

「ル、ルーテシア……転送魔法を使え。早くッ!!」

直ぐに動き出さなかったルーテシアを急かし、ゼストは再び立ち上がった。

『フルドライブ・スタート』

再び、弱まっていたゼストの魔力が増大していく。
それと反比例してゼストの容態が悪化していくのが、RXにはわかった。

ホテルの近くでティアナ達を叱責するヴィータの声も聞き取るほどの聴覚や、センサー等から得ているゼストの身体データは異常な数値へと変っていくこと。
更にはゼストの生命エネルギーの炎が勢いを失くしていくことが、複眼に映っていた。

"ち、違うんです!! 今のは私がいけないんです!!"
"うるせー馬鹿共!!もういい!! 後はあたしがやる。二人まとめて、すっこんでろ!!"

どうやらティアナが無理をして誤射をしてしまったらしく、六課の誰かが援護に来るのにまだ時間がかかってしまうことは明白だった。

目の前で残り少ない命をすり減らす男をどうするかは、依然RXの手に委ねられているのだ。
彼らから離れ、彼らが直ぐに転送魔法で逃げれば、もしかしたらスカリエッティの手によってゼストの命は助かるのかもしれない。

スカリエッティの手で、先日殺した不完全なゲル化を行った戦闘機人のようにされる可能性も勿論あるが…RXは向かってくる槍を握り締めた。

「…もう止めるんだ!! 今ならまだ…」

掌に食い込んでいく穂先を包む指が鮮やかなオレンジ色に染め上がる。強度を増した皮膚が突き抜けようとする刃を押し返していく。
全力の一撃を受けるRXの体は、ロボットのような姿へと変貌していた。
ロボライダーへの変身を瞬時に遂げた光太郎に、ゼストは驚きながら口から大量の血を吐きながら尚も動き続けようとしていた。

RXは言葉を切った。

受け止めた腕が槍を横へ逸らしながら引き、ゼストの体勢が強引に崩される…そして握り締められた拳が、ゼストの体へと打ち込まれた。
『フルドライブ』は止み、ゼストは更に血を吐く。徐々に鼓動を弱めながらも、まだゼストの体は脈打っていた。

「ゼスト…!?」

それを見て、転送魔法を使おうとしていたルーテシアが声を挙げる。
ルーテシアとやっと地面から這い出したガリューへロボライダーの、RXであった頃よりも硬く冷えた複眼を向けられる。

進入路を読んだなのはにより桜色の破壊光線を叩き込まれ、深いダメージを受けたガリューの動きはぎこちなく、見る影も無い。
だが怯えながらもガリューは立ち上がり、ロボライダーへと向かおうとする。恐怖に駆られたルーテシアが、叫びながら魔法を発動させた。

二人の姿は消える。
ロボライダーが掴んだゼストの体は、まだ残されていた。

ゼストの体を地面に横たわらせ、ロボライダーの右手が銃を握る形で太ももへ添えられる。
転送魔法が完全ではなかったのか、能力の限界なのか…まだ狙撃できる距離にルーテシアは出現していた。
障害物が透かされ、生物から揺らめく生体のオーラが、生命エネルギーの美しい炎が目標の位置をより鮮明にロボライダーに把握させる。

そこはまだ、ボルテック・シューターを使えば容易く打ち落とせる距離だった。
だが引き金を引けばガリューと少女を同時に貫いてしまう事になるだろう。
今ゼストが息を引き取ろうとしている原因はフルドライブによる負担だけではない…魔法と違ってRXの肉体は、とても不便な事に、容易に肉体へ回復不能のダメージを与えてしまうのだ。
ボルテック・シューターを構えた腕が落ちる。

『RXさん大変です!! クラナガンで事件が発生し、貴方に救援要請が来ています!!』
「わかった。直ぐに向かう…」

仮面からは、今の感情を読み取る事はできない。

「すまない。男の方は倒したが、少女の方は逃がしてしまった」
『わかりました。こちらで出来るだけフォローをしておきます。今は事件の方をお願いします』

RXはゲルと化して、首都へと戻っていった。
元々スカリエッティの処置に問題があったのか、多大な負担を体に強いた直後にカウンターを加えられたゼストは収容された後治療の甲斐なく再び命を落とした。
既に死亡したことになっていた彼の遺体は内々に処理された。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2010年05月29日 02:41