友人にインチキ臭いとまで言われた男は人目を避けてアクロバッターを走らせていた。
シャーリーが用意したコースは完璧に近く、雰囲気のある店の付近を目指して人目につかずに走れるコースだった。

久しぶりに再会した相棒と走る心地よさを堪能するには、背中にしがみつくフェイトは邪魔になったが概ね満足だ。
多少RXの好みから離れてしまうのは、初めてお願いしたのだから仕方がない。
ウーノのようには、いかない。
覚えのある道を走った時に浮かぶ不満を隠すようにRXは速度を緩めずにコーナーを曲がっていった。
バイクの後ろに乗るのは魔法で飛んだり、車の運転するのとは違うらしく、まだ慣れていないフェイトは強くしがみついた。

どうにか慣れる頃に目的地に着くと、今度はフェイトの先導で二人は歩き出した。
廃棄区画に近いその場所は薄暗く、街灯に照らされていない道が幾つもあった。

「アクロバッターが荒いっていうのわかったような気がします」
「そ、そうかい?」

後ろからそれ見ろと言わんばかりのエンジン音が聞こえ、人間の姿に戻った光太郎がそれを咎めた。
アクロバッターには全く反省した様子がなかったが。
亀裂が走り、何処かから転がってきた建材の破片が転がる道を、二人は場所を確認しながら店に向かっていった。
人間の姿に戻った光太郎は、地球ではほぼ常に、制服のように着ていた白いジャケットではなくウーノらが用意して数年着続けているスーツ。
落ち着いた色合いで、手袋だけが明るい色の皮で出来ていた。
アクロバッターに乗っている間は変身していたので、パンツに皺が寄ることもなかった。
フェイトの方はちょっとばかりカウガールっぽかった。
細めのジーンズにウエスタン風のシャツ、皮の靴とベルト……ベルトの色の方が、靴よりも濃い色をしていた。
プライベートな時間には大抵スカートを履くのだが、光太郎がバイクに乗るので、一つ二つ用意してあったらしい。
ウエスタンシャツの間から見えるシャツの可愛らしいキャラクターと、鎖骨から首のラインは照明に照らされれば如何に光太郎でもグッと来る可能性はあるように見えた。

二人は、場所からしてないとは思われるが、ラフな格好では断られる店だったとしても光太郎の格好でどうにか、と考えていた。
程なくして場所を教えられているフェイトは足を止め、少し焦りながら周囲に目をやった。

「あれ?」
「どうかしたのか?」
「いえ……シャーリーが教えてくれたのはここなんですけど」

フェイトが示したのは、古いらしく微かにオレンジがかった照明の点灯した店。
店内から音楽が外へ漏れ、二人のところまで届いていた。

店内へと入っていく通路には何枚もの張り紙がされ、ずっと前に剥がされたものの残りがへばりついているのが目についた。
清潔な印象を与えるような色は見えず、年季の入った木製の扉には目に見えて傷が付いていた。

これまで殆ど入った経験がないらしく、フェイトは戸惑いを隠せないようだった。
光太郎は、フェイトに一度間違いないことを確認してから店内へ入っていく。
フェイトもそれについて入っていく。

温かみと艶のある木製のテーブルと椅子が二組あって、片方では白いテーブルクロスの上に並べられた料理に舌包みを打つ年かさの行った男女が数人いた。
音楽は店の奥から流れてきているようだった。

一人でウェイターも兼ねているというシェフが奥から姿を見せ、残ったもう一つのテーブルの椅子を引いた。
男性客がさり気なく入ってきた二人の顔を見て、一瞬驚いたような表情をする。

フェイトがそれに気づいたが、光太郎は気づいているのかいないのかさっさと席に座ってしまった。
グルメとはとても言えない二人であったから、シェフの勧めるままに料理を幾つか注文して他愛ない話をする。

シャーリーが調べ勧めてくれたことはあり、直ぐに運ばれてきた料理はどれも美味で、口に入れた二人が驚くほど二人の好みにも一致していた。
シェフの勧めるままに酒も口にする。
光太郎は直ぐに消化してしまうし、フェイトも飲むような習慣がなかったので普段なら口にしないものだが、店の雰囲気とシェフの柔らかい態度に少し飲んでみようと言う気にさせられた。

気を良くした二人の話は盛り上がった。
地球で言うとフェイトはまだお酒を嗜む年齢ではなかったが、こちらではそうではないらしい……光太郎は気になったが、口にはしなかった。

アクロバッターが戻ったばかりであったし、本人が希望したとはいえエリオとキャロが管理局に入ったことにヴィヴィオを暫く預かることになったお陰で話題にも事欠かなかった。
デート中にするような話ではないだろうと、隣の席に座っていた老婆からどこか見覚えのある呆れたような視線を向けられたが、どう扱おうかと今から心配しているらしいフェイトの相談に光太郎は知恵を絞る。

だが料理も殆ど食べ終えた頃になって、フェイトがパッタリと口を閉じた。
そこそこ話し終えていたが、別の話をするでもなく黙ってしまったフェイトを光太郎は不思議そうに見る。

「どうかしたのか?」
「い、いえ……一つ、お願いしようと思ってたことがあるのを思い出して」
「なんだ?」
「光太郎さんからまだ……す、好きって、言ってもらったことありません」
「そ、そうだったっけ? おっかしいなぁ……」

年甲斐もなく狼狽する光太郎に、フェイトは少し返事を返されるのが怖がっているようだった。
それを見て、光太郎の表情は真剣味を帯びていった。

「だから、出来たらでいいんですけど言って」「すまない」

険しい表情で直ぐに、返事が返される。
光太郎は一瞬、どこか遠くを見たようだった。

「……どうして言ってくれないんですか? 私のことやっぱ」
「もう少し時間をくれ。今は君の求めている言葉は言えない」
「そう、ですか。や」
「違う!! 俺は、言いたいと思っている。だけど俺は……!!」

落胆するフェイトに光太郎は身を乗り出して、叫ぶように言った。
驚いたフェイトに目の奥に火花を散らせたような鋭い眼差しを向ける。

「……思ってもいなかったんだ。だが、まだ俺はウーノのことを忘れていないんだ。だから、待って欲しい……無理にとは、言えないが」
「……わかりました」

少し間を置いて、フェイトがポツリと返事を返した。

「わかりましたから……ありがとうございます」

フェイトの返事を不思議に思って怪訝そうな顔をする光太郎の手をフェイトが握った。
そして、会計をして二人で出て行く。

望む返事を返すことが出来なかった光太郎は、気が咎めてすっきりとした表情とは言えなかったが、
フェイトの方は、然程気にした様子もなくどこか満足げだった。

それを見送った後、隣でそんな会話を聞かされる羽目になった客達は、ISを解いた。
シルバーカーテンで姉妹皆の姿を偽装していたクアットロが、ニヤニヤしながらウーノを見る。
皆ナンバーズに支給されるボディスーツではなく普通の服装をしていた。
ボディスーツの上から普通の服を着ているものもいて、ウーノらに咎められたが。

「何かしら?」
「いいえ、私の復活祝にウーノ姉さまが用意してくれたイベントなのかなぁって」
「まさか」

うっすら笑みを見せながらウーノが言い返す。
だがフォークをチラつかせるウーノに妹たちの誰かが喉を鳴らした。

「私と来た店だって言わなくってとっても安心したわ」
「余裕ですかぁ?」

入店してきた時はヒヤッとさせられたが、どうやら流石の光太郎も変身していない状態の体では、シルバーカーテンによる偽装を見破れないらしい。
それがわかったクアットロは調子に乗っていた。シェフも光太郎のことを覚えていたが、空気を読んでいた。
この世界では姿を変えるくらい簡単……とは言わないが、ワケありの人間達の間ではそれなりに行われる行為だった。

「止せ。クアットロ」
「チンクちゃんったら、貴方だってちょっとは気になってるくせに」
「そ、そんなことはない!! クアットロ、そういうところがセッテを怒らせたんだから少しは自重してくれ」
「……つまんなぁい」

チンクに言われ、悪態をつくクアットロはメガネをしていなかった。
セッテに殴りつけられて瀕死に陥った際にレンズの破片で痛い目を見たので、付けなくなっていた。

拳の当たった場所から放射状に、角の多い星か花びらの多い花のような傷跡が残っている。
スカリエッティがわざと残したそれをクアットロは撫でた。

その仕草に、皆微かに表情を変える。
だが、可哀想と感じているらしいのは姉妹の中でも半分ほどだと言うことが、それでわかった。

「私、ドクターのところを出ていくことにきめましたわ」
「いきなり何を言っている!? セッテのことは……確かにやりすぎだが、ドクターも」

突然の発言に驚く姉妹たちの中で、チンクが最初に立ち上がった。
ため息を付いたウーノがクアットロに眼差しを向けると、傷跡の端へ指を滑らせながらクアットロは説明する。

「私のこと嫌ってる子もいるみたいだし、私も好きにやらせてもらおうと思って」

そう言った顔はいつもの茶化すような表情で、本気で言っているのかどうか余人には判断出来かねる態度だった。
姉妹たちも何人かはクアットロのことがわからないと言った顔で、仲の良い姉の方を伺うように見る。

「……いいわ。何を持って行く気?」

だがどういったつもりであろうと、資材については強い権限を持つウーノの一言で判断は下ったようだ。

「さっすがウーノ姉さま。ガジェットを頂いていきますから、心配は御無用です」
「全部はダメよ? ドクターが祭りの日に使いたいらしいわ」
「はい!」

素直な返事を返したクアットロが、全体の実に八割に及ぶ機体を持ち去ったのはこれから数日後のこと。
完全に自動的に作成されるガジェットの生産数を増やすことは出来ず、かといって祭りの日までに必要数を作成することも出来ないのは明白で、
意外なアクシデントに頭を抱えるウーノと、寧ろ面白くなってきたらしい高笑いをするスカリエッティがガランとした格納庫に残された。

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最終更新:2010年07月05日 02:05