ミッドチルダの至る所で稲光が弾けていく最中、機動六課も迅速に動き出そうとしていた。
管理局の対応が決まるにはまだ時間を要するのは誰の目にも明らかだった。
はやて達のいた会場は混沌とし、すぐに意見を取りまとめられるような状態ではない。

聖王を取り戻したいのは勿論だが、今まで教会や自分達を謀っていたのかという教会関係者と次元犯罪者の甘言に動かされた者達を睨む本局の代表者達は、この事態を収集しようというつもりがないかのようだった。
それを取り巻く他の管理世界の代表者達も、幾らかはライダーを部下に持つことも出来るようになるという誘惑に心惹かれているらしい態度を隠そうともしていなかった。

地位故に、まだまだ混沌としていくであろう会場の隅に追いやられていたはやて達は、そんなものに付き合ってはいられなかった。
会場に入る為に預けていたデバイスを受け取って出て行く彼女らを、会場の何名かが流し目で見送った。

会場を出るとすぐに街のどこかで発生した閃光が周囲を真っ白に染めて、余波が道路を、立ち並ぶ建造物を揺らす。
それが収まるより早くに次の一撃が、本部の空気を僅かに帯電させた。

「サンダーレイジO.D.J…母さんが、使った魔法。二人共ごめん、私もすぐに出るよ。ヴィヴィオを助けないと…」
「勿論や。あの有様のお陰で私達に与えられてる任務には何の変更もあらへん、次元犯罪者の要求には屈しへんし誘拐された被害者も保護する。両方やらなあかんのが私らのツライとこやね」

焦りを見せるフェイトを落ち着けようと、軽い調子ではやては言う。
なのはも頷いてフェイトの手をとった。

「はやて隊長、いい作戦はある?」
「う~んそやねぇ…まずは、シャーリー。無限書庫のユーノ司書長に繋いでもらえる? なのはちゃんからアレについての情報を集めてもらいたいんよ」

はやてが空中に通信画面を開き、待機していたシャーリーへ指示を出す。

『それならもうやってあります。最優先でやってくれたみたいで、先程情報が届きました』
「流石や、シャーリーもユーノ君もほんまに頼りになるわ」

誉められたシャーリーは、眼鏡の奥で嬉しそうに目尻を緩ませた後、ミッドチルダの上空へと浮かび上がっていく『聖王のゆりかご』の情報を六課の隊員たちの前に表示させた。
そこには内部の構造や、配備されている兵器についてもある程度の事が書かれており、皆を驚かせ、はやてを考え込ませた。
内容を確認していく隊長二人を余所に、はやては難しい顔をする。

「……皆、ちょっと聞いてくれる?」

はやて達と合流しようとしているヴォルケンリッターや、新人達との通信画面も開いてから、はやては言う。

「賭けに出たいんや。特に、なのはちゃんには負担を賭けることになると思う。悪いけど、付き合ってもらえんやろか」

尋ねるはやてに最初に頷いたのは勿論ヴォルケンリッターだったが、それに押されるように皆、元気よく返事を返した。
ありがとう、と言って説明を始めようとするはやて。そんな彼女に通路の先から親しみの篭った声がかけられた。

「ほぅ、一体どんな悪巧みを思いついたんでぇ?」
「な、ナカジマ三佐!?」

驚いて、通信画面を脇にやったはやて達に、ゲンヤは手を挙げて挨拶する。
その隣には、どういうわけかヴェロッサが立っており、二人はゆっくりとはやて達の元へと歩いてきた。

「ヴェロッサまで。こんなとこでどないしはったんです?」
「レジアスの旦那に頼まれてな。コイツの随伴よ」
「忙しいところ悪いけどちょっと時間をもらっていいかい?」
「まぁ、ちょっとやったらええけど。なんであんたがナカジマ三佐と…」
「ある人物…」

ヴェロッサは声を潜めた。

「レジアス中将の頼みでね……と言っても、立場上積極的に協力したとは言えないから、責任はこちら持ちになっちゃうけどね」

意外な名前が挙がり、ますます用件が見えなくなるはやて達にヴェロッサ達も苦笑を深くする。

「彼女の協力を取り付けたから、君の指揮下で使って欲しい。責任は、僕らも掛け合ってなんとか三提督が取ってくださることを期待してくれ」

そう言ってヴェロッサは身を引き、後ろに連れていた親子をはやてに紹介した。

「こうして話をするのは初めましてですね。私はメガーヌ・アルビーノ。この子は」
「ルーテシア・アルビーノ。どうして欲しいの?」

母親と手を繋ぎ、感情の薄い瞳で見上げてくるルーテシア。
メガーヌは、まだ自由に移動することが出来ないのか車椅子に乗り、報告書で見たガリューが椅子を押していた。

「ブランクの長い私は、戦うことは出来ませんがこの子一人を行かせるわけにもいきませんから」

戸惑いが抜けきらないはやてにゲンヤが説明する。

この事件を解決する為に現状戦力となり得るものを総動員するしかないということは誰の目にも明らかだったが、
報道された内容に、他の管理世界は勿論だがこのミッドチルダの現場でも戸惑いの声が強く、今いる責任者達では押え切れない状態と化していた。
動揺を抑えこみ、正常化させた上で緊急時の対応を取ることが出来る人物は他でもない、会場の中にいる代表者達だった。

だがその代表者達も前述されたとおり混乱し、未だ動き出すのに時間がかかる。

そこで既に動き出した六課に協力するよう、陸で保護されていたアルビーノ親子へ要請がかかったのだった。

「外は安全とは言えないからね。僕がここまでお連れすることになったんだけど、僕だけじゃお二人に信用してもらえなくてね。ナカジマ三佐にお願いしたってわけさ」
「ははは、ええっと……そら助かりますけど、いいんですか?」

スカリエッティに酷い目に合わされ、どうにか生還したメガーヌ。
管理局の手でスカリエッティに引き渡され、彼女を目覚めさせる為に辛い人生を送っていたルーテシア。

ルーテシアの能力はとても有り難いが、彼女らに協力を要請することは戸惑われた。
戦わせることにも倫理的な問題は付きまとうが、その上はやて達の今後の予定には、ゼストをもう一度殺したRXを手助けすることも含まれているのだ。

二人はあっさり頷いた。

「ゼストのことは、私達が招いたトラブル。強盗を手伝ったら、反撃されるのは当然のことだった」

ルーテシアもゼストも、探す途中結果的に殺してしまった人間はいる。
恨みがないと言えば嘘になるが、自分達が逆に倒されたことが今の親子の生活より優先されることはないのだった。

「そう、わかった。じゃあ遠慮無くお願いするわ。ルーテシア…そう呼んでもええ? ありがとう。ルーテシアは細かい指示は追ってするけどまずは前線メンバーと合流してもらうわ。ヴェロッサ、悪いんやけど連れて行ってあげてな」
「わかった」

ヴェロッサは直ぐに承諾した。
スカリエッティの居場所を突き止めたり、管理局の不正を暴き改革を行なおうとしていたがこうなってしまってはヴェロッサに出来ることは余りなかった。

「その後、ルーテシアの一番強い召喚獣の…「白天王?」そう! それを呼んでもらいたいんよ」
「あの船を攻撃するの?」
「そうや! ルーテシアの白天王とキャロのヴォルテール。戦船と張り合うには、使うしかないやん?」

通信画面越しに皆に指示を出し、はやては作戦開始時間を定める。
突然指名を受けたキャロが、ヴォルテール…ルーテシアにとっての白天王に当たる召喚獣の使用に抵抗があるようだったのもあるが、ヴォルテールと白天王は、強力な召喚獣だが都市で使うには不都合が多い。
二体が召喚される付近の住民を違う避難場所へ移動してもらう時間が必要だった。

「フェイトちゃん、悪いんやけど新人達と一緒にキャロを落ち着かせといて。他の皆は準備が済み次第交代でちょっと休憩しといてな」

相変わらずミッドチルダ中を対象に降り注ぐ稲妻を黒い影が防ぎ続けていたが、焦りを抑えてはやては解散を命じる。
ここまでの移動だけでも消耗していたのだろう、ゲンヤがメガーヌを連れて行く。はやて自身も、少し休むため休憩所に移りソファに腰掛けた。
準備の為にフェイトが、それになのはが付いて行きヴェロッサとはやての二人が残された。
緊張を解すため、力を抜きながらはやては尋ねた。

「ヴェロッサ……誰からも、待機命令とかは着てないんやね?」
「ああ。皆、誰かがスカリエッティ一味だけ取り押さえてくれないかなって思ってるからね」

聖王とゆりかごは聖王教会に取って非情に重要な、重要すぎる聖遺物だ。
だから教会の信者を多数抱える本局も聖王教会との関係をこれ以上悪化させない為には、聖王とゆりかごについては大半の者が譲るのも仕方ないと考えている。

だがスカリエッティは、(教会に取っては遺産と偉人を教会へ取り戻した功績者であっても)管理局に取ってはただの犯罪者だ。
それも今では評価は更新され、スカリエッティは管理局では禁忌とされる技術の第一人者であり、管理局の醜聞を他にも幾つも知っているであろうという……見過ごせない程重要すぎる犯罪者と化している。

これが光と闇が両方そなわり最強に見える、ということかと言いつつ現実逃避したくなったが、はやてはため息をつくだけに止めた。

「伝説になるような戦船なんやろ? そこに突入してスカリエッティを取り押さえて聖王の保護って、成功したら奇跡やね」
「それでも、遂にこうなるまえに彼らを捕まえられなかった僕らは期待せずにはいられないのさ。保護出来ればヴィヴィオちゃんの処遇に付いては希望が出てくるはずだしね」

苦々しく思っているのか、声に力のないヴェロッサにはやては目を開け力付けるように微笑んでみせた。

「やってみせるから、時間が来たら起こしてな」
「それくらいなら僕にも出来そうだ」

はやては再び瞼を閉じた。

 *

同じ頃、六課よりも早くRXの手助けをしようと動き出していたセッテは空へ飛び込む為の助走を開始していたバイクを止めた。
普通の人間なら不可能なことだが、肉体を強化されたセッテならそう難しいことではなかった。

「クアットロ。用があるなら後にしてもらえますか?」
「そうはいかないわ。今じゃないと邪魔が入るじゃない」

立ち塞がったクアットロは、ガジェット・ドローンの上に座りスカリエッティそっくりの笑顔を浮かべていた。

「お姉さまにお願いされたから聞いてあげるけどぉ、セッテちゃん。今素直にごめんなさいしてドクターに協力するなら許してあげなくもないわよ」

あまりの言い草にセッテは呆れて、返事を返さないどころか無視するように浮上を続けるゆりかごへと視線を移す。

「ドクターの要求が通れば、あそこで痺れてるのも公に認められて、私達は生まれを隠さずに表立って外を歩き回れる。いい事尽くめじゃないかしら」

楽しげに話すクアットロ。
それにセッテは仮面の奥から機械然とした…情を絡ませていない視線を向けた。

「それとも、タイプゼロみたいなつまんない生き方の方がお好み? ドクターが動かなければ、ああなってたに違いないわよ」
「……確かにタイプゼロのような情けない生き方はごめんですが」

クアットロの言葉にセッテは初めて同意した。
タイプゼロとはギンガとスバルのことだ。
呼び名が示すとおり、二人は初期に生み出され、ゼストの部隊が救出した後、部隊に今は亡き妻が所属していたナカジマ夫妻に引き取られ、育てられた。
二人共そのことは極一部の人間を除いて秘密にしているのだが、RXは能力によって、ナンバーズはスカリエッティを通じて知っていた。

それ以後、真っ当な暮らしを営んできた二人の生き方についてセッテとクアットロの意見は、簡単に言えばウザい、で一致していた。

戦闘機人としての生まれを隠して生きることに反感を覚えるのだ。
セッテは、差別を受けることになるだろうということは理解できるが、例えるなら一人だけ黙って動力付き自転車でマラソンに参加しているようなもので、姑息だと感じていた。
もっとチート臭いなのは達がいるわけだが、フェイト等は生まれによる不利益と向き合っている。
利口なやり方だという考えは理解できるので態度に出ないよう接触はしないようにしているが。
クアットロの方は、単純にスカリエッティや姉妹への敬意から敵意を持っていた。

「ですが、ドクターのやり方は賛同できません。ライダーが改造人間だということが知られていき、ドクターが普通の人間にも機械を埋め込むことに成功すれば、それで我々の認識を改めさせることは可能でしょう」

セッテは、ブーメランブレードを喚び出し、両手に構えた。
バイクはセッテの意思で自在に動き、足を固定する為の装置も備わっている。
ハンドルを握っているのは普段はその方が便利だからだ。

「今回の事件は必要なかった。ヴィヴィオを巻き込むような方法を敢えて取るなんて……大人のやることじゃありません。クアットロも一緒に殴られたくなければこちらに協力してください」
「そう♪ 良かったわぁ、これで貴方にやり返してもお姉さま達も文句は言わないわよね」

そう言って、二人は動いた。
バイクを駆り、突進するセッテ。
クアットロはその場を動かずに周囲にガジェット・ドローンを呼んだ。

ガジェット・ドローンがどこからか現れ、クアットロの壁となる為に集まっていく。
それを見てセッテは何か嫌な感じがした。
ガジェットの配置が完了する前にクアットロをひき殺すことは容易いことなのに…

そう気持ち悪いものを感じつつも、突進したバイクがクアットロに接触し、そのまま通り抜けた。
このクアットロは、クアットロのISが生み出す幻だったのだと理解した直後、集まっていたガジェット・ドローンが放つ無数の光線にセッテはさらされた。
再改造を受けてより頑丈になったセッテへカプセル型の1型が特攻し、新たに放たれた光線でガジェットは高価な爆弾となって破片を撒き散らす。

「セッテちゃんも一騎打ちだとか思ってないわよねぇ……これは狩りよ」

爆発と破片の嵐にさらされたセッテの周囲を同じくISで隠されていたらしいガジェット・ドローンが取り囲んでいく。
カプセル型、球体…そして一撃加えようとしたセッテを撃墜した刺々しい、羽根の生えた多脚生物の群れ。

多脚生物型は、データでは知っていたが、セッテも初めて見る。
ガジェット・ドローンⅣ型…8年前になのはを撃墜し再起不能寸前の大怪我に追い込んだ「アンノウン」でもあり、ゼスト隊による戦闘機人生産プラント制圧戦において、クイント、メガーヌを取り囲んだタイプだ。

警戒していなかったわけではない。
だが、Ⅳ型の魔力探知も避ける事ができる完全なステルス性能、RXが雷撃を受け続けている状況、それを助けようとする自分に横槍を入れるクアットロの薄笑い。
クアットロの顔に残る傷跡へ、セッテは無意識に視線を向けた。

どうもカッとなってクアットロを殴りつけたお陰で、厄介な状況に追いやられてしまったようだ。
機械的に過ぎると言われた頃には思いもよらぬ状況だが、セッテは仮面の中で笑みを浮かべながら、周囲に自分が操る事のできるブーメランブレードを全て配置していった。

視線に気づいたのかクアットロは顔に手をやっていた。

「ほんと、お馬鹿さんよねぇ…この私を殴って逃げ出したり、お話してる間に取り囲まれちゃったり」

Ⅳ型は本来ゆりかごの内部に配置されているもの。
Ⅰ~Ⅲ型も今周囲に確認出来ている数なら、他の場所には殆どないはずだ。
嘲笑うクアットロには悪いが、それを察したセッテは敢えてクアットロの相手だけに専念することを決め、ガジェットを迎え討とうとしていた。

 *

RXを襲う魔法の威力はいよいよRXへとダメージを与え始めるようにまでなっていた。
一発毎に精度を増し、改良を施される稲妻にRXの皮膚からは煙が上がり、稲妻が走った場所は点々とひび割れた皮膚の欠片がこぼれ落ちていく。

「ク……ッ」

膝を付いたRXに、スカリエッティが言葉をかける。

「RX、そろそろ降参してもいいんじゃないかな。教会は私の提案を受け入れてくれる方向で管理局と話し合いをしているし、管理局にそれを跳ね除けることなど出来はしないんだからね」
「ふざけるな……っ」
「では、我々が手を結ぶまでそのままの君でいてくれたまえ」

言い捨てて、攻撃が再開される。
子供を見捨てられないRXは雷へと何度も身を投じていった。
更に威力を増していく魔法に、RXの肉体は傷つけられていく。

駆け寄ろうとする市民や、陸士達をRXは手で制した。

そして一瞬の好機が生まれることを願い、ゲル化して盾となりに行く。

その時、不思議なことが起こった。

「危ない、RXッ!!」

RXを庇い、オレンジ色の壁がRXの代わりに雷を受けた。
最初にRXが受けていたものよりずっと周囲の破壊は少ない。
だが確実にRXを攻撃し、痛手を与えるはずの光の蛇は文様を刻むように、金属鎧のような皮膚の上を走っただけだった。

『え?』

雷が一瞬止む。
誰もが皆、間抜けな顔を晒していた。
ポルナレフ状態に陥ったミッドチルダを嘲笑い、正に独自の時間を生きているらしい創世王達は腕を組んでいた。

「ロボライダー!!」

RXが全幅の信頼を込めて自分の別の形態の名を呼ぶ。
涙が赤い跡を残した仮面が、頷きながら親指を立てて己を指さした。

「過去のお前がやられると、未来の俺が困るからな!!」
『え?』

二人以外の皆が互いの顔を見合わせ、目と耳を疑っていた。
何故あんなのが二人もいるのか、その光景を見た全員にとって、とてつもなく酷いジョークだった。

そんな中で、いち早く我に帰ったゆりかごの中の聖王が新たな雷を降らせようと口を開く……だが必要な言葉を言う間も与えられず、もっと酷い事態が起こり彼女の口は言葉を忘れた。
空へと昇っていくはずの聖王のゆりかごが傾いていた。

「危ないッ、ロボライダー!!」
「バイオライダー!!」
「過去のお前達がやられると、未来の俺が困るからなッ!!」

ゲル化して現れた三人目のRXらしいバイオライダーが、ゆりかごの中へと侵入していた。

「スパークカッターッ!!」

蜻蛉切の上に置かれたトンボのように、ゆりかごは二つに割れていった。
どう反応すればいいか困り切った周囲から、何かを期待するような視線がはやてに集まるのをカンジタ。
はやては、周りの人間と同じように引きつった笑顔を見せながら言う。

もう全部アイツ一人でいいんじゃないかな……………………………………………………………………………………………………………………………………「はやて。そろそろ時間だよ…はやて!」ハッ」

ヴェロッサに肩を揺すられて、はやては顔を上げた。
傍には戻ってきたなのは達もいて、慌ててはやてはソファから立ち上がる。

「はやて隊長、皆準備できたよ」
「ううん……夢、やったんよな?」
「悪い夢でも見たの?」
「悪夢っちゅうか……ま、まぁ気にせんといて。ほな、行こうか」

セッテがクアットロが率いるガジェットの群れと戦闘を開始したことは、直ぐにはやて達の耳に届いた。
だがはやては、そのことをシャーリーの報告だけでなく、通信でゲンヤからも聞かされても動かなかった。

「うちの連中から援護に参加してぇって嘆願が一緒に届いたみてぇだが、あの様子じゃあ直ぐには下りねぇだろうな」
「(一応関係はオフレコやから)普通でも下りんところをこの状況ですから……二人には悪いけど、ウチらは…ウチらの仕事をします」
「そうか。まぁ頑張りな。うちの娘達のことも頼んだぜ」
「はい。それで圧力を減らせばこっちの勝ちですから」

ゲンヤとの通信を切り、ヴェロッサと別れたはやてはバリアジャケットを纏った。
リィンとも融合し、空へと飛び立つ。

はやて達の戦いは、これからだ。
ミッドチルダに降る雷の雨は夢の中ほど凶悪ではないらしく、今も降り注ぎはやて達の目を眩ませる。
その雷に特に心を揺さぶられているようだったフェイトの様子をチラリ伺い、はやては時間を待った。

不規則に落とされる雷が遠くへ放たれた間だけ、はやて達の視界は正常に戻る。
チカチカする目で浮上していくゆりかごを、ゆりかごとはやての間で雲母の如き数で襲いかかるガジェットに呑まれまいとするセッテを睨みつけ……作戦は開始された。

突如ビルをその周辺で戦っていたセッテとクアットロ・ガジェット等ごと幾つか飲み込むほどの巨大な魔法陣が二つ浮かび上がった。
単機でAMFの展開を行うガジェットも、建造物さえ丸っきり無視して回転を始める魔法陣が何を目的としたものか、巨大さから察したクアットロが逃げ出し、遅れて指示を出されたガジェット、ガジェットの群れを切り裂きながらセッテが逃げ出す。
セッテが逃げ出そうとしていることをシャーリーに確認させてから、はやてが合図を送る。

魔法陣から角が伸びた。
空へ向かって徐々にそこから先がせり出していく様は、今のはやて位の距離を取っていなければ直ぐには角の生えた虫と竜が召喚されようとしているとは信じがたいだろう。

キャロのヴォルテールとルーテシアの白天王…資料で知っていたはやても驚かざるを得ない程巨大な、人型に羽根の生えた竜と虫は逃げそこねたガジェットを弾き飛ばし、避難が完了し誰もいなくなったビルを破壊しながらその全身を魔法陣から抜け出させた。
召喚を終えた魔法陣が消え、途端に重力に囚われたように二体は地面に足を付ける。

小さな地震を起こしながら、現れた二体は直ぐに召喚者達の命令に従って行動を起こす。
二体は上昇を続けるゆりかごへ向かって、砲撃を開始した。

戦艦の砲撃かと見紛うばかりの砲撃だった。
衝撃波だけで周囲でうろちょろしていたガジェットは吹き飛ばされ、多すぎる数のせいで衝突を引き起こす。
どうにか逃れていたセッテも翻弄されながら、防御魔法を使ってどうにかやり過ごす。

延長線上にあった雲もちぎれ飛び、雲一つない快晴を作り出して砲撃の余韻が収まっていく。
予想よりも強すぎたと思わずはやては顔を青くしたが、それは杞憂に終わった。

聖王のゆりかごは健在だった。
ちょっとした艦船位なら今ので落とせそうな砲撃だったのだが、どこかが欠けているわけでもなく、煙一つあがっていない。
完全に破壊されていても困るが、効果が無いのも困るとはやては複雑な顔をした。

迎撃がされないのは大助かりだ。
だが、幾ら何でも硬すぎるでしょう?
他の艦船の性能を知るはやてはツッコミを入れたくて仕方がなかった。

『ダメッ!、ヴォルテール…!!』
「ん?」
『はやて隊長っ……ゆりかごを見たヴォルテールが興奮して、抑えきれません!!』
『白天王、やっちゃえ』
「ちょ、ちょっと……待っ」

当の召喚獣達もその結果に痛くプライドを傷つけられたのか、それとも単にある程度ダメージを与えろと命じられたのか。
あるいは過去に聖王のゆりかごと何かトラブルがあったのか。
はやてが止めようとする間もなく再び力を溜め、もう一度砲撃が行われた。

「いやいやいや、待ってって……!!」

はやては通信画面に召喚者二人を映して大声を張り上げた。
普通の犯罪者の船なら大いにやってもらって結構なのだが、聖王のゆりかごは聖王教会の超重要な聖遺物だ。

本局の上……六課の後ろ盾となっている三提督当たりの意向だろう、仕事で他の命令が来ていないから行動をしているが、現在もそれは変わっていない。
対応を協議しているのか隠していた件などの醜聞をつつかれているのかは知らないが、攻撃を開始しただけで更に揉めているはずだ。

やり過ぎられると笑えない事態になるのだが、はやての呼びかけも虚しく更に砲撃は続けられた。
慌てるはやてにフェイトから通信が入る。

『はやて。大丈夫みたいだよ?』

はやてには眩しいわ余波でゴミまで飛んでくるわで確認どころではないが、違う場所に待機したフェイトにはゆりかごが確認できるらしい。
怪獣の砲撃でもビクともしないと言う報告など聞きたくもないが。

「ほんまに!? フェイトちゃんほんまにそうなん!? 『う、うん…』それもちょっと……ううんかなり困るんやけど」
『八神隊長…どうやらアレでも少し一撃の威力が足りないようです。エネルギー量などに付いては、言うまでもなくあちらに分がありますから、埒があきませんね』
『あ、今砲撃の間を使って戦闘機人が数人ゆりかごから出てきたみたい』
「そ、そう……えーっと、予定通りやから」

シャーリーの説明を聞いてやっと落ち着きを取り戻しつつあるははやては、周囲をチラっと見た。
案の定、RXに的を絞る為に周囲への影響を抑えているとはいえ雷は降り続けていたミッドチルダは、砲撃の余波も加わり秒単位で被害が増えていく。
周囲の風景が砲撃の度に一歩一歩廃棄都市区画と区別がつかなくなっていくことに気付かないふりをしてはやては言う。

「ザフィーラ・シャマル。ティアナ・スバル・エリオは私とキャロとルーテシアを守りつつ、戦闘機人の迎撃や。キャロとルーテシアはくれぐれもやり過ぎんように召喚獣を制御することを優先。どうしても無理やったら返してな!!」
『ガリューは?』
「ガリューもルーテシアを守ったって……なのはちゃん。そっちのタイミングは任せるわ」
『わかった』

はやてから任されたなのはは、周りでなのはの一撃を待つフェイト・ヴィータ・シグナムの三名と視線を交わし、怪獣の砲撃に晒され続けながら相変わらず地上へと雷を落とし続けるゆりかごを見つめた。

四人とも能力限定は解除され、なのはは強力な射撃と大威力砲撃に徹底特化したエクシードモードになり、槍型になったレイジングハートを構える。
フェイトは大剣型のバルディッシュを。シグナムとヴィータは見た目に変化はなかった。

「私等も手を貸すつもりだったけど、これじゃあいらねーわな」
「壁抜きは高町の専門だからな」

軽口を叩くヴィータとシグナムに、なのはは誤魔化すような笑顔を一時見せた。

聖王の雷と二体の砲撃で使用された魔力は、今までなのはが扱ったことがないほど莫大な量だ。

深く深呼吸して、レイジングハートのテンカウントが始まる。

まるで流星のごとくなのはの…否ミッドチルダ郊外まで含めて周囲の魔力が集束していく。

術者がそれまでに使用した魔力に加えて、周囲の魔導師が使用した魔力をもある程度集積することで得た強大な魔力を、一気に放出するなのはの切り札。

ガジェットにさえ搭載されているのだ。
ゆりかごにもAMFが用意されているのかもしれないが、一定以上の出力に加え、これは結界機能を完全破壊する性質も持ち合わせている。
逆に言えばこれが防がれれば、次は普通に侵入するしか無いのだが。
なのはの負担から言っても二度三度と出来るようなことではない。

しかし、皆二体の砲撃にビクともしないゆりかごを目の当たりにしても欠片も防がれるとは思っていなかった。
なのはを知る者達に取って、それだけの信頼と実績の破壊光線だった。

最後の数字をレイジングハートが紡いだ。
本能的に、ガリューが、ヴォルテールが、白天王が恐れてガクガクブルブルと震える中…なのはが叫んだ。

「受けてみて、これが私の全力全開!! スターライトブレイカー!!」

桜色の光が、ミッドチルダを照らした。

ユーノによってゆりかご内部の構造は把握している。

なのは達の目的のため、ヴィヴィオを助ける為にヴィヴィオがいるであろう艦首付近の「玉座の間」の傍を狙って放たれた桜色破壊光線がゆりかごを貫く。
二体の砲撃は止んでいた。ヴィータが歓声をあげ、シグナムに抱きついた。
だがその一撃の負担にフラつくなのはの体をフェイトが抱える。
体を心配するフェイトに大丈夫だよと、なのははやせ我慢をして笑いかけた。

「大丈夫、今はヴィヴィオを迎えに行こうよ。ヴィヴィオが待ってるの」

躊躇いを降りきって、フェイトはシグナムの体も掴んだ。

「皆行くよ!!」

『Sonic Move』

なのは達の体は、次の瞬間には玉座の間にあった。
壁抜きをされて床と天井に穴の空いた玉座の間は、強風が入り込み彼女らの髪を勝手気ままに流していく。
玉座の傍で、虹色の光を薄く纏った聖王がその影響を退け、何事も無かったかのようにミッドチルダに雷を降らせるための魔法を展開していた。

「ヴィヴィオ!!」

フェイトが妹の名を呼んだ。
仮面を被り、肉体もフェイト達と遜色ないサイズまで成長していたが、確かにヴィヴィオだと彼女たちにはわかった。

ヴィヴィオは、雷を降らせながらフェイトに手を向けた。
身構えるなのは達の中で、転送魔法の光がフェイトだけを包み、移動させる。

「フェイトちゃん!?(テスタロッサ!!)」
「一人は動力部にって。あなた達はそこでゆっくりしてて」

そっけない口調で言うヴィヴィオはなのは達を見ようともしなかった。
虚空へと向けられた目は、その先で雷を受け止めるRXへ向けられていた。

 *

「!? …ここが。スカリエッティ!! 姿を見せろ!!」

転送されたフェイトは、周囲へ視線を走らせ、スカリエッティの姿を見つけた。
形と色だけはレリックそっくりな宝石が浮かぶ部屋の中、宝石を背にしてスカリエッティは挑発的な笑みを浮かべていた。
歓迎するよとでも言いたげに手を広げたスカリエッティへ、フェイトは大剣を突きつける。

「ごきげんよう。フェイト・テスタロッサ執務官。予定ではちゃんと入り口から入ってもらうつもりだったんだがね…まぁいいさ、歓迎するよ」

ここまでは、はやての予定通りだった。
フェイトは作戦開始前のはやての言葉を思い出しながら、すり足で距離を詰めていく。

(スカリエッティは絶対に私達を侵入させるはずや)
(ユーノ君から、ううん。どっかからゆりかごの情報は六課に入る。見てみ、ゆりかごは動力部と玉座の間が離れてるんや。だから、スカリエッティにはもっと人質が必要になるはずなんよ)

「すぐにゆりかごを停止させ、投降しろ」

スカリエッティが何かする間も無く逮捕出来る距離まで。
それまでは、少しでも気を逸らすために話にも付き合おう。

(マスクド・ライダーがレリックを消滅させた事件はスカリエッティも知ってる。動力部だけ消滅させられたら、スカリエッティの作戦はそこで失敗や)

「それはできないな。せっかく招待したんだ。ゆっくりしてくれたまえ」
「お断りだ…ッ!!」

(RXとの関係から言って、多分フェイトちゃんかシグナムが動力部に誘われる。そこにつけこんで、残りの皆でヴィヴィオを押さえたら、私等の勝ちや)

はやてはそう言っていたが、フェイトはスカリエッティも逮捕するつもりだった。
おどけるような口調に嫌悪感も顕にするフェイトが詰め寄ろうとしても、まだスカリエッティは余裕の態度を崩さなかった。

「だってさ。君達がいないと何時かのレリックみたいに、また不思議なことをされてしまうかもしれないじゃないか。幾らコピーを用意したとはいえ、まだ消滅はゴメンだよ」
「コピー…?」

おや?とスカリエッティは不思議そうな顔をする。

「想像してなかったと言うのかい? 君と私の因縁から言って、当然想像していると思っていたんだが」

フェイトは必要ないと判断して知らなかったことだったが、アルハザード時代においては記憶転写型クローン技術を用いて自身の予備を用意しておくことが権力者の間では常識だった。
スカリエッティは既に、フェイト達を生み出した技術(プロジェクトFの技術)を用いて、新しい自分を用意してある。
数ヶ月もすれば、新たなスカリエッティが生まれるのだ。

だからこそフェイトを今呼んでおいたのだが……憤るフェイトに、スカリエッティは心底がっかりしていた。

「貴様は、また人の命や運命を弄んで……!!」
「ん? ……その反応は、もしかしてまだ何もわかっていないのかね」
「今も地上を混乱させてる重犯罪者だとわかっていれば十分だ。コピーのことも全て教えてもらう」

凄むフェイトにスカリエッティの興味はどんどんと薄れていくようだった。
歓迎ムードで広げていた手は下げられ、呆れたような半眼になってフェイトに注いでいる。

「てっきり、君のお母さんを殺したのが私と言えなくもないから追ってたんじゃないのかい? ちょうど今の私ももう必要ないし、ここで盾になってくれたらお礼に仇討ちさせてあげるつもりだったんだが」
「っ…………何の、ことだ?」
「え?」
「え……」

予想外の肩透かしを食らったらしいスカリエッティは隙だらけだった。
今なら、一瞬で逮捕できる。
だがフェイトは動かなかった。

「いいだろう! もう諦めて…君にあわせよう。少し『お話』しようじゃあないか」

母の仇で、仇討をさせるつもりだった…?
気を逸らすつもりだったフェイトは、問い質さずにいられないような気持ちに駆られていた。

「私の人生で最も予想外だったのは、私がプロジェクトFに推薦した後任のプレシア・テスタロッサが余りにも斜め上に狂っていったことさ(但しRXは除く)」


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最終更新:2010年10月04日 23:36