なのは達が戦っている頃、ゆりかごの外では相も変わらず巨大な二匹の怪獣が窮屈そうに街中で身じろぎをしていた。

ちょっと肘があたったビルが崩れて瓦礫が落ち、無数にいるガジェット・ドローンが潰されたのか爆発が起こる。
召喚士達に何か言われたのか肩を落とす怪獣の片方―黒い怪獣の皮膚の上をセッテを乗せたバイクが駆け上る。

ガジェット・ドローンがセッテの尻を追いかけていく。
誘蛾灯に蛾が群がるように。

姿を隠しているⅣ型を探し、周囲へ最低限のブーメランブレードを浮遊させながら、セッテは砲撃を繰り返した。
バイクにAIがなければ困難な作業だろうが、スカリエッティ手製のバイクはなのは達のデバイスと同じく、セッテのサポートを行うに足る知性を有していた。

器具で体を固定したセッテは、背後を向き近づいてくる敵を撃ち続けた。

嫌な予感に従って、不自然に空いた空間をブーメランブレードで斬りつけたが、それでも収まらない警鐘に従いセッテはバイクの上に体を寝かせる。

空気が裂かれ、何かが胴のあった場所を通り過ぎたのをセッテは肌で感じた。
勘で拳を叩き込み、そのⅣ型を破壊する。

召喚士の命令か、怪獣たちがセッテを守るように回りこもうとするガジェットへ向けて腕を振り回し始めた。
だが同時に、ゆりかごからトーレとディードが落ちてくるとバイクがセッテに囁いた。

『逃げ回ってていいのーっ? 二人が来たら、あなたに勝ち目はなくなっちゃうわよ!?』

何処かから、クアットロの喧しい声が聞こえる。
焦りを押さえ、セッテは引き続きバイクで怪獣の体を登っていった。

主人の意思に従い、バイクは加速していく。
黒い怪獣の皮膚の上にタイヤの跡を残しながら、背筋を撫でる様に滑っていく。

包囲し、襲い掛かるガジェットを破壊しながらバイクは走り続けた。
セッテは姿が確認できなくなったクアットロの姿を探しながら、四方へ射撃とブーメランブレードによる斬撃を放ち続けるしかない。
攻防は続き直ぐにも肩甲骨の間辺りへ差し掛かる…ガジェットは変わらずセッテを包囲しようと追いかけ、セッテはバイクで逃れながら打ち落としていく。

(相変わらずISのせいでクアットロの姿は見えない……それに、Ⅳ型も)

だがこのままでは、いつかステルス機能を持ったⅣ型に今バイクの熱が伝わってくる辺り(背中)からグサリとやられてしまうような予感がした。

何か別の手を打たなければならないような気がする。

(困った。今はまだ……手を止められそうにない)

バイクが首の付根へと至り、突如怪獣が体を震わせてセッテ達を振るい落としにかかる。
今まで我慢していたのか、周囲のビルも巻き込んで巨大な腕が振り回された。

堪らずセッテのバイクも空中へ投げ出され、飛行魔法で腕が通り過ぎた場所を抜けていく。

空中に浮かぶ多数のガジェットから放たれる射撃を物ともせずにセッテは地面へ着地した。
今度は道路へ場所を変えて、セッテは移動を続けた。嫌な感じはまだ続いている。

多数のⅣ型が道路の先に姿を現した。

刃で構成されたような体が光を反射させキラキラと光っていた。
バイクを捨てることもセッテの頭に浮びあがった…クアットロは得意げな顔をしているだろう。
高笑いが実際にセッテの耳に聞こえるように発せられたかもしれなかった。
セッテは近づいてくるⅣ型への対処で、意識を割く余裕は無かった。

だが、そんな二人の空気と待ち構えたⅣ型が粉々になって宙を飛んだ。
弾き飛ばしたのは、運悪く真正面にいた一体を顎で挟み、砕いた一台の車だった。

ライドロンもどき…敢えてまた述べるまでも無い理由によって所々傷んだその車は、セッテのバイクに追いつき、路面との摩擦で煙を上げながら彼女の周囲を縦横無尽に走り続けた。

通り道にいたガジェットは残らず弾き飛ばされるかひき潰されて爆発する。
それでも止まらず、周囲を十分に走ったライドロンもどきは、今度は後退しながらセッテのバイクと並走を始めた。

ライドロンもどきのドアが開く。あっけに取られたセッテだったが、誰が乗っているかはわかっていた。
心あれば触れないであげて欲しい理由から稀有なドライビングテクニックを身に着けていたザフィーラがハンドルを握っていた。

「ザフィーラ…さん?」
「主の命で援護に来た」

人型を取ったザフィーラはそう言うとライドロンもどきの上に飛び乗り、拳を握り締めた。

「シャマルと通信をつないでくれ。クアットロの居場所を調べさせている」
「わかりました」
「それと、コイツも使ってやってくれ。バイクと同じようにコントロールできるな?」
「出来ますが、ザフィーラさんが困るのでは…」

ザフィーラが潰した以上の数を補充して数で押しつぶそうとするクアットロの兵器群の動きを警戒しながら、セッテは戸惑っったような声を出す。

「この状況なら大丈夫だ。俊敏さに賭けるなら、俺は…」

セッテはザフィーラの声を最後まで聞くことは出来なかった。
運転が自分以外の手に渡ったのを感じ、座席を飛び出したザフィーラの姿は、ライドロンもどきの装甲を蹴って、当にガジェットの群れの中に消えていた。

足場にされ、蹴り潰されたガジェットが群れから落ちていった。

「私も負けていられませんね」

そう呟いたセッテにバイクとライドロンもどきがライトを点滅させて応える。
二機を180度回転させ、無理やり急停止させた。

追いかけてくるガジェットは多かったが、ザフィーラに負けているわけにはいかない。
未だ遠く雷鳴が鳴り響いていることを思い出してセッテは闘志を燃やした。
突き破り、隠れるクアットロを炙り出さねばならなかった。

そう決意してバイクを、今受け取ったライドロンもどきを走り出させる。
周囲を飛ばしていたブーメランブレードの内二本を握り締めたセッテの脇を射撃魔法が通り抜けた。

辛うじてセッテより早くガジェットに到達したそれの威力は弱く、ガジェットのAMFを波立たせて消えた。
後からセッテのブーメランブレードがAMFを無視して容易くガジェットを切り捨てて爆発四散させる。

同じような弱弱しい射撃が迫ろうとしていたガジェットのAMFに触れた。

気付いたセッテはその一体を無視して先へ行く。
横を通り抜けようとするセッテに、ガジェットは触手のようなケーブルを伸ばそうとした。
貧弱な横槍が加えられ、ケーブルはセッテから僅かに逸れる。
更に二つ、三つとガジェットを射撃魔法が襲った。
それらはAMFを貫く為に別の魔法で包まれており、光弾がガジェットのセンサーを貫いて行動不能へと陥らせていった。

予想外な方向からガジェットが地面に落ちる音を聞いて、セッテが振り向くと遮蔽物の陰から陸士達のデバイスや髪が見えた。
普段犯人へ突入する際に援護を行っていた者達だとあっさり気付いた。

標準装備のデバイスの端っこやよくある色の髪の一房だが、見間違えようがなかった。
ガジェットを仕留めた事だけは二度見してしまったが、六課の隊長にでも訓練を受けたのだろう。
振り向いた間に迫ったガジェットに撃ち込まれる魔法が、セッテのボディスーツやバイクの装甲を照らすのを見てセッテはそう信じた。

彼らが危険を犯してくるほど頼りないだろうかという気には不思議とならなかった。

彼らが持ちこたえられないような数のガジェットが向かわないようにセッテはよりリスクの高い動きを強いられる。
だが怪獣の背を走っていたほんの少し前より面白くなっていた。
彼らと、一人この空間に馴染み過ぎて自由過ぎる感はあるザフィーラ。
そしてセッテの三者へ向かうガジェットの動きからクアットロの居場所を探ることだってセッテには出来る。

「シャマルさん。早く見つけてくださらないと、我々でここは終わらせてしまいます」
『やってます! 陸士の人達には逃げるように言ってください!! Ⅳ型が来たら…』
「大丈夫でしょう。あの場所は、本部の防御をうまく使うつもりですね」

いつの間にか近づいてきたそのⅣ型の刃をギリギリで砕きながら、セッテはバイクを走らせ…辛うじてブーメランブレードを自分の眼前で交差させた。
バイクの上から落ちないよう、体に力をこめ遅れてきた衝撃波がセッテの周囲に散らばっていたⅣ型の破片を吹き飛ばしていった。

ソニックフォームのフェイト並に速い一撃を防げたのは運が良かった。
以前より早くなっていたが、何度も耐えた経験のお陰だとセッテは感謝した。

状況が変わりつつあることをクアットロが告げたのだろう…肩越しに振り向いたセッテの目に、姉の姿が映った。
恐らく姉妹の中で最も早く、強いトーレ。
また姿が消え、セッテは冷静にそれを防いだ。

トーレがいるということは妹のディードもいるだろうとセッテは考え、姿を探した。
またトーレの姿が消えた。

ISで加速したトーレの腕についた刃を切り払う。瞬時に距離を詰め、通り過ぎたトーレが戻ってくる。

『セッテ!?』
「シャマルさん…! 他に妹が居ませんか!?」
『すぐに探してみる…

シャマルの声はトーレとセッテの獲物が衝突した音にまぎれて消えた。
Ⅱ型の光線がセッテの太ももに当る
Ⅱ型程度なら余り支障はないが、Ⅲ型・Ⅳ型やそれに気を取られ姉妹たちの攻撃を受けると危険だ。

セッテの顔に冷や汗が流れた。妹を探す暇も、ガジェット・ドローンに対処する隙がなかった。

ガジェット・ドローンの群れの中を抜けて囲みを抜けようとするセッテを狙うことは困難な作業のはずだが、トーレに取っては容易いことなのか?
切り返しの速さに舌を巻くセッテを何処からか砲撃が襲った。

セッテはディードの仕業だとすぐにわかったが、着弾で起こされた爆風の中気にすべきなのは、この爆風をかき乱して現れるトーレと姿の見えないⅣ型だった。
最大限に集中し、不意打ちに備えようとするセッテをトーレは空中で見下ろしていた。
手足の羽根が光を強め、彼女の体を加速させる。

トーレは妹の急所目掛けて、空を駆けた。
だがその一撃は、突然壁から生えた岩に衝突して未遂に終わった。

体勢を立て直そうとするトーレをザフィーラの蹴りが襲う。
両腕で防いだトーレに、ガジェットを蹴って加速したザフィーラが再び襲い掛かる。
再びISを使用するより早く、拳が叩き込まれ空中に浮かぶ魔方陣から伸びた石の槍に体を叩き込まれる。

痛みを堪えるトーレより先に石の方が砕けた。
ザフィーラは全く気にせず逃げ道を塞ぐように彼女の四肢を砕いていく。

人の姿に形を変えたザフィーラと比べると、彼女の手足は柔らかく、鍛えあげられ、人工物が入っているとはいえ、脆いように感じた。

加速しようとするトーレのボディを打ち、ビルへと埋めながら、ザフィーラはトーレを助ける為にディードが近づいてくるのを感じ取っていた。
そちらに注意を向けたのを察して、トーレが近づきすぎたザフィーラの横っ面に光刃のついた腕を叩き込もうとする。

ザフィーラはまるで来るのがわかっていたようにそれをかわし、ガードの空いた肋骨を砕いた。
この状況から逃れる方法としては、無意識に対処が出来るほど古典的すぎた。
拳を叩き込んだザフィーラの背後にディードが迫る。

「ライドロンッ」

ザフィーラは叫んでいた。
呼ばれたライドロンが、ビルに傷跡を残しながらザフィーラを跳ね、ついでにトーレを顎に咥えて引きずっていく。
空振りしたディードのツインブレードが赤い装甲に傷をつけていたが、跳ね飛ばされてたった今砕いた骨と同じ骨を砕かれたザフィーラはそんなことまで気にしていられるような状態ではなかった。

若干引きながらも、セッテが動きを止めなかったのは今までライドロンもどきがどういった使われ方をしていたか知っていたからだろう。

『セッテ!! クアットロを見つけたわ!!』

こちらも、まるで気にした様子の無いシャマルの声でセッテは虚空を睨んだ。
ブーメランブレードが指示された空間へ向けて飛ぶ。

シャマルの言う場所は少しずつ範囲を狭めていく。
弧を描きながら襲い来るブーメランブレードに追い込まれ、逃げるクアットロの影が、セッテの目には見えだした。

両手に構えたブーメランブレードで行く手を遮るガジェットを切り裂きながら、セッテはそこへ向かった。

ディードがライドロンもどきを追いかけて行くのが見えた。

十分に距離を狭めて、セッテは構えていたブーメランブレードをクアットロへ向け投げつけた。
だがそれはクアットロが姿を現し、撃ち落される。

バイクによって加速されたセッテは、撃ち落されたブーメランブレードの後に続きクアットロへ迫っていた。
クアットロが魔法を放つ。

構わず突っ込んだセッテは体を捻った。

回転し、繰り出された足がクアットロの胴を真っ二つにする。

「あ」

瞬間的にやり過ぎたなと思ったが、足を振りぬいて着地を決めるとセッテは気にしないことにした。



 *



一方で本部付近に残った六課の人間達を狙い、残りのナンバーズ数名が彼女等の前に姿を見せていた。
怪獣達に命令を下し、あるいはお願いする召喚士二人を狙ってのことなのか。
隊長であるはやてか…本部に集まった重要人物の誰かか。

それは不明だったが、はやて達は迎撃に移っていく。

ナンバーズの先頭に立つのは少女の姿をしたチンクだった。
ライディングボード…妹のウェンディがいつも使っている盾でもあり、砲撃装置でもあり、移動手段でもある汎用性の高い大型プレートに彼女は乗っている。

それまでは半ば専用だったが、製作にはガジェットと同系統の技術を使用しており誰でも使うことが出来た。
悪いがウェンディは居残り遠距離攻撃用のイノーメスカノンを扱うディエチが途中で別れ、オットーがその後を付いていく。

赤髪の少女が脚につけたローラーブレードを使ってチンクの後を付いてくる。

「ノーヴェ、適当なところで投降しろ」
「ええ!? やっと出番が来たのに、それはないだろ!?」
「守護騎士二人に六課の隊長だけでも私達より戦力は大きいんだ。文句を言うなら姉がお前達を陸に引き渡すぞ」

チンクがため息を付いていると、そのタイプゼロ二人…ギンガとスバルが行く手に立ち塞がった。

「全く、今投降すればお前達は簡単な更正プログラムだけで終わらせられるのに…」
「わかったよ!! でもコイツら位は倒させてもらうよ。一度も戦わないで投降するなんて、タイプゼロ達にナメられるだけじゃないか!!」

対抗心を剥き出しにするノーヴェに、どこかで教育を間違ったのではないかと、教育を担当したチンクは若干気が滅入った。
立ちふさがる二人の目は完全にチンク一人に注がれており、殺気立っている。
更には虫型の亜人…ガリューの羽音が聞こえてきた。
空から襲いかかってくるのだろう。

彼女等の母親とゼスト・グランガイツの部隊を全滅させた時、ガジェットを率いていたのがチンクだと誰かから聞いたのだ。

そうチンクが察する間に、まずガリューが空から飛来した。

チンクは素早くライディングボードから飛び降りて射撃への盾とした。
衝撃はほぼ無い。チンクは慌てて盾を放棄してその場から逃げていた。
既にしなやかに宙を舞うガリューはライディングボードに手を引っ掛け、後ろへと回りこもうとしていた。

残されていたガジェットドローンⅣ型のステルスを解かせて、ガリューに組み付かせる。
不意を撃たれたはずのガリューは、そのⅣ型の頭部を蹴って追いすがろうとするが、隠れていたⅣ型が二機、三機とガリューに襲いかかった。

それさえガリューは巧みにかわしてしまう。
だが、突然ガリュー周辺の空間が爆発を起こした。
同じ空間にいたⅣ型の残骸と共にガリューは路面へ投げ出される。
そこへ集中的にドローンが攻撃を加えて、戦闘不能へと追い込んでいった。

早速虎の子のⅣ型を数機使い捨ててしまったチンクは、ため息を付く間も与えられずに殺気立つタイプゼロ二名…スバルとギンガに襲われる。

遠くへ配置したディエチの射撃が、意識しない角度から襲い掛かろうとしていた射撃魔法を打ち落とし、舌打ちするティアナへ射撃を加える。
冷や冷やしながら、チンクはコートの中に収めていたナイフを抜き、投げつけた。

チンクの能力はエネルギーを込めて物質を爆破すること。
当然ナイフも爆発したが、二人はそんなことでは止まらなかった。

左右の乱打。空中に作り出した道を通り、上空からもラッシュが見舞われる。
伸ばした髪を歯車のような輪っかがついた拳が突き抜けていく。チンクは髪に手をやって痛まないか心配していた。

もう一人、赤毛の少年エリオが回り込もうとしていたが、それは無視されたノーヴェに任せチンクは目の前の二人に集中した。
足払いを踊るように、ステップを刻みながらかわす。追いかけて来たギンガの突きがコートに絡まって小柄なチンクを後ろへ引きずろうとした。

だがそれを何度繰り返されても、ティアナの精密な射撃による援護を受け、キャロのブーストで一時的に二人の速度が増しても…チンクの体には当たらなかった。

追いかけるスバルが通る路面が、空中に作った道の傍で壁に刺さっていたナイフが爆発して二人の足を鈍らせる。
そして、スバルはまた拳をかわされ、ふとドローンや街のと違う残り香に気付いた瞬間……目の前が弾けた。

動きが止まり、チンクからも離れるとすぐに超長距離から行われるディエチの援護狙撃がスバルを遠くへ弾き飛ばし、更にガジェットの群れが集中砲火を行った。

流石に警戒してギンガが、エリオとスバルを回収して下がっていく。

「この様子だと、余り積極的に攻めずに済みそうだな」
「チンク姉って、そんな強かったのか?」
「姉を舐めるなと言いたいが、ガジェットやノーヴェが適度に邪魔をしてくれるお陰だよ」

感心する妹にちょっと得意げになりながらチンクは答える。

「Sランク魔導師+αでもこの布陣ならやれるぞ?」
「てかナイフ…」
「それはジョ○ョ読んで練習した」
「何それ…」

説明されてもまだもの言いたげな顔をするノーヴェに困り顔で応じたチンクは、適度に攻め込み投降する機会を待つことにした。
ガジェット・ドローンが無数にいるこの状況ならかなりいいところまでやる自信はあったが、追い詰めて形振り構わず大規模魔法を使われても困る。

「何年も前にあの二人より数段上の陸士を捌いた姉だ。お前にもフィードバックされてるんだからこれくらいは出来るさ」

そうチンクとノーヴェが軽口を叩いていたその時、桜色の光が『聖王のゆりかご』から漏れた。

同時に彼女等の体はある者は壁にめり込み、地面を滑り、宙から落下した。

彼女等の認識が追いつかないほどの一時、街に風が吹いた。


 *


全てのガジェット・ドローンがいつの間にか空中に押し上げられ爆発した。

Ⅰ型・Ⅱ型・巨大なⅢ型・透明になり空間に溶け込んでいたⅣ型まで全ての機動兵器が、一体残らず空に消えて行く。
地上から空へ向かう雨粒のようなものを見て取った怪獣達がゆりかごを見上げた。

ガジェット・ドローンを連れ去った風の余波が、街にいた者達を皆巻き込んで横たわらせていた。
雲は遠くへ流れたり、爆発に巻き込まれ四散した。

ゆりかごまでが揺れる。

その内部、傾いたゆりかごの床になのはが落ちていく。

また体を壊してしまうかもしれないほどの無理をした彼女の体は、空中に浮かび続けることも出来ずに落下していった。

聖王ヴィヴィオは、ボディスーツの所々から煙が上がっていたものの、五体満足で突如傾いた床に立っていた。

「…ミッドチルダ式の魔導師一人にやられるなんて」

虹色の光に包まれ表情は誰の目にも触れることはなかった……悔しげな声音でヴィヴィオは腕をなのはに向ける。
だが床に叩きつけられようとしているなのはを攻撃する暇は与えられなかった。

「そこまでだ」

何処からか声が響いた。ヴィヴィオの腕に宝石や、空を彩る星々のように輝くゲルがまとわりつき、男性の手が生まれていく。

「やっぱり」

桜色の光線がヴィヴィオを押し潰そうとした時に、一瞬だけ彼女の魔法が途切れてしまったことを聖王ヴィヴィオはわかっていた。
一介のミッドチルダ式の魔導師一人に手痛いダメージを負うかRXをほんの一瞬自由にするか…どちらにするか生まれたばかりの聖王は判断を下せなかったせいだった。
掴まれた手を見つめて、ヴィヴィオが諦めの混じった声で言った。強引に手が引かれて、聖王ヴィヴィオは一瞬痛みに顔をしかめさせながら背後を振り向かされる。
反射的になのはの全力全開を防ぎきった虹色の光…聖王のみが扱う防御能力である『聖王の鎧』を全身から放った。

傾いていた聖王のゆりかごがゆっくりと水平に戻っていく。何事もなかったように、強く手は引かれていた。

なのはの桜色破壊光線でえぐり取られた床に、虚空に生まれた足が下ろされた。

何処かから集まってきた眼に見えないほどの粒が集まっていく。

徐々に、凄まじい速さで全身が形成される。

「RX…もうすぐ私の存在を教会が認める」
「ヴィヴィオを犠牲にし、家族を引き裂いて復活を果たすなどこのRXが許さんッ!!」

バイオライダーが叫ぶと、感情も露に聖王ヴィヴィオが叫ぼうとする。

「私のことは…!」

私もヴィヴィオだと訴えかけながら、聖王ヴィヴィオは全力で抗う。
虹色の光、『聖王の鎧』が攻撃のために集められ、今なのはから盗みとった魔法さえも展開される。

だがそれらを、間違いなく今聖王ヴィヴィオに出来る全力で抗おうととった行動すべて、まるで無いもののように無視して、同時に光りだしたバイオライダーの体を橙と黒、太陽の色をした鎧が覆い尽くす。
間近で見上げたその仮面は頼もしさなど微塵も感じられない。冷たく硬い恐怖を与えるものだった。
魔法が全力を注いで仮面を砕こうとしたが、クリーニング程度の効果しか得ることは出来なかった。

突き出された甲冑の拳が魔法を打ち砕き、『聖王の鎧』を打ち払って聖王ヴィヴィオの体へ突き刺さった。

スカリエッティの手によって聖王ヴィヴィオの体内に埋め込まれたレリックが砕け散り、破片が聖王ヴィヴィオの後方、体外へと散らばっていく。

ゲルに受け止められ、床に寝かされたなのはの上に破片は散らばり、破片は空気に溶けるようにして消えていく。

聖王ヴィヴィオの体がくの字に折れてこちらも虹色の光となって空気に溶け消えていく。

RXのよく知る幼いヴィヴィオが光の中から落ちる。RXの姿に戻りながら、RXは寸前で体を掬い上げた。

時を同じくして、鼻血や他の負傷もそのままのフェイトから通信が開かれる。

『RX、よかった。こちらはスカリエッティの身柄を確保しました。そちらは大丈夫ですか!?』
「あ、ああ。でもすぐに三人を病院に運ばないと…フェイトも大丈夫かい?」

言いながらRXははえぐり取られた室内を見渡し、転がる三人を素早く集める。
特にダメージの深い二人を見てフェイトが顔を青くする。

『ひどい怪我……シグナム達がこんなになるなんて』
「君もひどい怪我だ。すぐに戻ったほうがいい」
『え…は、はい!! ゆりかごは、後から来る部隊(クロノ達)に任せましょう』

慌てて顔を手で隠すフェイトにRXは少し緊張を解す。

新しい画面が空中に開いた。
はやて達だ。こちらは特に怪我もなく、心配したりガジェットへの対処や怪獣が不意に起こす被害を気にして神経をすり減らして疲れた顔だった。

『みんな無事っ…とはいかんけど、大丈夫みたいやね。突然皆吹き飛ばされたりしたんやけどあれってやっぱり』
「すまない」
『ええんやって。ゲル化して皆を連れて戻ってくれます? 後のことは、うちらの手を離れてしもたから…』

はやては安堵した後、言葉を濁した。

『はやて?』
『えっと、先に皆を移動させてください。その後にちゃんと説明しますから』

言い捨てて画面が閉じられた。
RXとフェイトは画面越しに目を合わせて、首をかしげる。

すると、新たな通信画面が空中に開いてよく知った顔が映った。

『お久しぶりね』
「ウーノ!?」

スカリエッティの所へ戻ったはずのウーノが、スカリエッティ譲りの邪悪な笑顔を浮かべてRX達を見ていた。
どこかで事件を見ていたらしく、状況は把握しているようだった。

『RX、ゆりかごは教会と管理局で最低限の話はついたわ。ゆりかごは教会のものよ』
「どこに…!?」

姿を消した時と変わらない態度のウーノに、足元や手の中で呻く皆を見て言う。

『RXッ! 耳を傾けちゃダメです!!』
「…話なら、皆を病院に運ぶのが先だ」
『貴方なら一瞬よね。それくらいなら待つわ』

フェイトが何事か言おうとする。
しかしそれはゲル化によって遮られ、彼女等は皆病院や管理局地上本部へと瞬時に移動を果たした。

フェイトとの通信は開いたままだが、RXは一先ず話を聴くことにした。

『何を言うかなんて知りませんけど、絶対にいいことじゃありません!!』
『何いってるの。RXを助けようとしてるのに…!』

画面ごと迫ってくるフェイトに少し身を引くRXをウーノは面白くなさそうに見てから言う。

『『聖王のゆりかご』からヴィヴィオには辿りつく。ドクターの戦闘機人等の技術もある程度は手に入るわ』
「ヴィヴィオをまた…」
『またヴィヴィオを聖王にしようとするかはわからないけど、聖王陛下となる為の教育は求められてくるでしょうね。ドクターの技術は単に聖王様の力を強制的に引き出しただけだし』
「『ゆりかご』は破壊する…!」

RXが動き出そうとすると、はやてが通せんぼするように目の前に通信画面を開いた。

『ま、待ってーや! カリム…教会にはコネがあるからそんなことにはならんから…!! 教会が管理する事になったんやで!? 聖遺物なんて壊してもうたら重罪に問』
「すまない。皆のことを頼む」
『RX、壊すならハラオウン執務官がいた部屋のクリスタルを破壊すればゆりかごは壊れるわ』
『そそのかすんはやめって!!』

ウーノの指示を聞きながら、RXは首をひねってフェイトに顔を向けた。

「…フェイト。セッテやヴィヴィオを頼んでいいか?」
『は、はい…!』
『フェイトちゃんも何言ってるんよ!? あー…!! もう消えとる!?』

フェイトとスカリエッティが争った部屋に、RXは既に移動し終えていた。
まだ血などが残された部屋の中央で、『聖王のゆりかご』を動かすエネルギー源である巨大なクリスタルが赤い光を放っていた。

『こら! 陰険なアンタのことや!! なんか止めるようなネタないん!?』
『え、私かい? 『早く!!』…そうだな。以前『ゆりかご』はRXの故郷に攻め込んだという伝承があるから調べれば故郷に帰る手が見つかるとかかなぁ?』

玉座近く、先程までRXが立っていた辺りからするはやてやスカリエッティの声を聞きながら、RXは腰の中央で左手を握りしめた。

『どうせ聞いてるんやろ!? 聞いた!? 私達も協力して情報はとり出すから! 早まったことはせん…』

バックルに埋め込まれた宝玉から白い光が伸びた。眩い光は部屋中を埋め尽くしていた赤い光を払いながら線となり、空間を埋めて物質へと変わっていく。
光から生み出された柄を握り締め、残りの部分を生み出しながらRXは杖を引き抜く。
リボルケインを構えた右手で床を叩き、RXは自分の体より巨大なクリスタルへ向かって飛んだ。

空中で突き出されたリボルケインがクリスタルを保護していた障壁を割り、そのまま杖の先端がクリスタルへ突き刺さる。
RXが両手で柄を握り締め、杖は先端を捻りながら深く、クリスタルの中へ深く突き刺さっていった。

突き刺したのと同時に送り始めたエネルギーの一部が、火花となって反対側から吹き出していく。
送り込まれたエネルギーが、クリスタルを、そして『ゆりかご』の内部を駆け巡り、船体を突き破って白い光が船内のあちこちから飛び出した。
ミッドチルダの街や、『ゆりかご』内部、エネルギーを送り込むRXの仮面が照らされる。

RXがリボルケインを抜いた。

床に降りながらRXは血を振り払うようにリボルケインを振るう。
杖に残った破壊エネルギーがほんの僅かな間虚空に残り、RXと署名して消えた。

署名が消え、RXを内部に残したまま『聖王のゆりかご』は爆発した。

突然光を放ちだした『聖王のゆりかご』を見上げていた人々は突然の強い光に目を閉じ、爆発が収まるのを待とうとした。

どうなるか予想していたはやてとそれに習った者達が、サングラスをして見続ける中…RXらしき点が、爆発の中から落ちていく。
はやてのサングラスから光る何かが零れたような気がしたが気にする者は一人としていなかった。

まだ爆音が響く中で誰かがRXを呼んだ。
巨大な怪獣達が手を伸ばし、フェイトがいつかのようにRXを抱えるために飛び出した。

だが―RXの体は突如出現した何かに挟まれて、次元の壁を突き破って姿を消した。

「「「「「「「え…っ」」」」」」」

何が起こったか見えた者達は、すぐに気をとり直して呆れたり怒ったり、様々な反応を見せる。

『はやてごめん! 私、RXを助けに行ってくるから!』
『いや、アカンて。後始末あるんやから』
『そんな…セッテ!! 貴方はわからない!?』
『どうでしょうか…?』
『んもう…!』

 ・
 ・
 ・



幾つかの次元を突き抜けてから、ライドロンはアゴを緩めてRXを開放した。
咥えられていたRXが、連行されたことなどに悪態をつきながら車内に乗り込む。

「拾ってあげたし、情報も教えてあげたでしょ。感謝の言葉は?」
「こんな真似が必要だったとは思えないぞ。ライドロンもだ! なんでウーノに協力してるんだ!?」

運転席にはウーノがいた。RXがドアを閉めるとウーノはライドロンを更に加速させ、更に追跡を困難にするために別の管理世界へとライドロンを走らせようとする。
南光太郎の姿に戻りながらRX・光太郎はライドロンの車内を叩いた。

「あのままあそこに残っていた方が面倒なことになるんだから、よかったでしょう?」
「それは否定しないけどさっ」

シートにもたれ掛かる光太郎に、ウーノが勝ち誇ったような顔で言う。

「予め『ゆりかご』からデータは取っておいたわ。ギリギリだったし、まだどれがどれだかわからないけど多分貴方の故郷に行くのに必要なデータもあるはずよ」
「どうして、そんな用意がしてあるんだ」
「退職金代わりに色々なデータを貰っただけよ。貴方との取引にも使えそうなデータが他にもあると面白いんだけど…」

ハンドルを握ったまま、ウーノは光太郎に流し目を送った。
光太郎は返事を返さずに座っているシートを後ろへ倒そうとしていた。
車内にため息が漏れる。ライドロンが次元の壁を超える。
次の管理世界は時間が少しずれているのか、辺りは暗く、静かだった。

「……セッテや六課のお友達のことを確認したくても、教会と管理局の反応を待ってからにするのね」
「わかった。わかってるけど、何かあれば俺は皆を助けに行くぞ!」
「チッ………それは諦めてるわ」

舌打ちがやけに大きく車内に響き、そこで会話は途切れた。
空気を読んでライドロンは静かに走り続ける。
故郷の地球へ向かうデータを探しながらの逃亡生活を考えて光太郎は少し憂鬱になった。

無表情でウーノは運転を続け、光太郎は早々と目を閉じていた。
車内は暖かく、微かな振動が二人の体を揺さぶった。少しすると、光太郎の寝息が聞こえ始めた。ため息がまた漏れた。

落胆からではなかった。
こうなるとわかっていてやったとはいえ落胆するかと思っていた自分が、奇妙な気持ちに襲われたことに対して、ウーノはもう一つため息をついた。
元々ライドロンが自走することも出来る為運転を任せてウーノは視線を向け、次に手を向けて助手席の光太郎が眠っているのを確認して唇を開いた。

「ホントに世話がやけるんだから………」

寝具を取ってやろうか迷って体が動いたが、それを決める前にウーノは不思議なことを思った。
普段なら考えもしないことで、後でかなり長い間後悔することは確実だったが、どういうわけかウーノはもう一度光太郎が眠っているかどうかを確認した。
念入りに手で肩に触れて、顔を近づけても寝息が変わらないことや反射的に顔を顰めるだけだということを確かめ…耳元に唇を寄せた。

「…………~~……………っ……………………………………………………あ……………………………………………………………………………愛してるわ」

車内灯は付いておらず、顔色は誰にも見えなかった。
ライドロンがふざけて蛇行し、ウーノが叱った。

光太郎の眠りが薄くなる前に彼女は運転に戻った。
目覚める頃には、窓から入る光に照らされた顔も普段どおりの白さに戻さなければならなかった。

「…? 今揺れなかったか?」
「道が、悪かっただけよ」


ED


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最終更新:2011年02月02日 22:19