『マクロスなのは』第21話「サジタリウス小隊の出張」
1700時まで準警戒態勢を維持していた防衛部隊だが、結局ホテルでは異常は見られず、1800時をもって全ての部隊が帰投を開始した。
その内六課は陸路ではなくヘリで帰投したため、隊舎には1930時ごろ到着した。
機動六課の隊舎屋上に設けられたヘリポートには到着した輸送ヘリと、隊長達の話に傾注するフォワード陣の姿があった。
「みんなお疲れ様。私は現場にいなかったけど、みんなの頑張りは陸士部隊の人達から聞きました。『今すぐにでもうちの部隊にに欲しいぐらいだ!』だって」
それを冗談と受け取った前線の4人は顔を見合わせて笑った。
実はある小隊の隊長が言っていた本当のことだったりするが、そこは大して重要なことではないのでスルーし、フェイトが続ける。
「今日は明日に備えてご飯食べて、お風呂にでも入って、ゆっくりしてね」
「はい!」
直後の解散の命令と共に前線の4人は、宿舎へとワイワイ騒ぎながら引っ込んで行った。
そこに空から爆音が轟いて来た。
「バルキリー隊・・・・・・かな?でもこんな遅くに低空飛行なんて・・・・・・」
バルキリー隊は6時以降市街地では5000メートル以下の飛行は、騒音による苦情が多発するので敬遠されていた。
「レイジングハート、どこの機体かわかる?」
『They are the Sagittarius platoon to Frontier air base.(彼らはフロンティア航空基地のサジタリウス小隊です)』
それを聞いたフェイトはさらに首を傾げる。
「サジタリウス小隊?アルトくんの小隊がどうして?」
「ああ、フェイトちゃんにはまだ話してなかったね。明日から3週間、私がさくらちゃんの戦技教導をやることになったの」
「・・・・・・そうなんだ。でもなのは、少しハードワーク気味じゃないかな?大丈夫?」
「うん、朝が少し早くなるだけだけだから」
なのはは言うと、ロングアーチスタッフに通信を入れ、眼下に見える滑走路の夜間発着灯を点けさせた。
(*)
アルト以下サジタリウス小隊の3機は夜間発着灯に従ってファイターで着陸した。3人は機体から荷物を降ろすが入場の許可がまだ降りないため、その場で待機する。
「やっと休める・・・・・・」
天城が機体の近くで大きなボストンバックに腰を降ろし、これまた大きく伸びをしている。
8時間に及ぶ警備任務からフロンティア航空基地に帰還。即座に荷造りして六課に飛ぶという離れ業をしたのだ。疲れるのも無理はないと言えた。
アルトは自らの愛機を振り返る。今は近所迷惑なためエンジンを止めてしまっているが、荷造りの間に簡単な点検・整備は行ったため、エンジンから空調まで正常に動作していた。
「しかしやっぱり暑いな・・・・・・」
気付くと手をヒラヒラしながら服をパタパタ。天城やさくらも同じようなことをやっていた。
8月であるここクラナガンでは、日中最高気温38度という酷暑日が続いていた。
バルキリー内部では冷房がついていたし、ホテルのある軽井沢は涼しく適度な気温が保たれていた。
しかし今、クラナガンは暑い。
また、警備任務で消耗した魔力の回復を早めるために温度調節機能も付いた厚さコンマ数ミリのインナースーツ型バリアジャケットを着用していないのだ。
そんなこんなでバテバテになった3人に連続した爆音と共に、空から声がかかった。
『おーい、アルトく~ん!』
・・・・・・本人に自覚はないようだが、ランカ用の大型フォールドスピーカーで大きくなったなのはの声はヘリの飛行音なんかに負けないぐらいの超大音量だ。フォールドスピーカーなのでヘタをすれば周囲4、5キロに響き渡ったかもしれない。
ヴァイスのヘリはそのまま降下。なのはを後部ハッチから降ろし、格納庫へそのまま滑るように入っていった。
どうやらヘリをヘリポートから格納庫に移動するついでになのはを送って来たらしかった。
「アルトくん達早いね。私達はさっき着いたばっかりなのに」
「まぁ、ヘリじゃ仕方ないだろ」
ヴァイスの『JF-704式・汎用大型輸送ヘリ』はノーター式で、ローターが1基しかないが、最大積載時でも巡航速度が時速150キロメートルというそこそこ優秀な機体だ。これは2カ月前にエンジンが熱核タービンに換装されたためで、デフォルトの内燃型エンジンだと速度を維持できない。
しかし超音速巡航できるバルキリーは今回の片道行程にして360キロという距離でもマッハ2で10分弱しか掛からなかった。
「許可は貰ってきたから入っていいよ。それと機体の方は、明日にはこの格納庫の受け入れ準備が終わると思うから、それまでここに停めておいてね」
なのはが先程ヘリが入った格納庫とは別の、明かりの灯っている格納庫を示す。
今回のサジタリウス小隊の六課での合宿は表向きにはバルキリー隊の六課への出張ということになっている。
クラナガンから200キロ以上離れたフロンティア航空基地(我々の世界で言うと静岡県の浜松にある)は部隊が緊急スクランブル発進しても到着が六課と数分遅くなる。
またCAP任務(武装して上空待機。有事の際は即座に迎撃する役どころ)に就く小隊も、今後経験の浅い2期生が多くなる。そこで六課にサジタリウス小隊を無期限で試験的に置き、その防衛力を計るという名目だった。
そのために明日には各種武装と小隊付きの数名の整備員が陸路でやってくる予定だ。バルキリーや彼らのためにも格納庫は空けなければならなかった。
「わかった。・・・・・・よいしょっと。さくらに天城、行くぞ」
振り返ると天城が
「うぃーす」
などと返事を返しながら荷物を持ち上げており、さくらも重たい荷物にフラフラしながらやってきた。
「世話になるな」
続いて後ろからも
「よろしくお願いします!」
という2人の声が聞こえる。なのははそんな3人に笑顔を作ると、
「うん。六課にようこそ」
と迎えた。
(*)
その日は軽く部隊員達に挨拶してまわると、各自にあてがわれた部屋で死んだように熟睡した。
(*)
次の日
アルトはメサイアのアラームで目を覚ました。
午前5時。
空はほんのり明るく、〝チュン、チュン〟という鳥のさえずりも心地よい。
彼は身支度を済ますと、昨日さくらと約束した集合場所、ロビーへと向かう。
「おはようございます。アルト隊長」
すでに待っていたさくらが敬礼する。
聞くと(アルトに比べて)あまり寝てなかったという。だが
「あこがれのなのはさんの教導が受けられるなんて・・・・・・」
と、その顔は天にも登らんと輝いていた。
しかしなのはから教導されていた時期のあるアルトは一言
「まぁ・・・・・・頑張れよ」
とだけ言った。
(*)
外に出ると昨日は暗くてわからなかったが、六課の施設には変化が数多くあった。
例えば、地面には芝生で偽装された大きな装甲シャッターがいくつか埋設されていた。
「なんでしょうか?」
さくらが怪訝な様子でシャッターを指さす。
「避難用のシェルター・・・・・・は違うな」
軽く見回してみると同じようなシャッターが5つほど視界に飛び込んでくる。
こんな狭い範囲にシェルターを集中させるのはナンセンスだし、それを本気で偽装するつもりがないようで、ちょっと注意すれば上空からでも簡単に見つけることが出来るだろう。
(敵に見つかっても構わない施設なのか?)
結局その場では分からず終いであった。しかし訓練場への道すがら、1つのシャッターが建造中だったために、その恐ろしい正体がわかった。
「み、ミサイルファランクスVLS(垂直発射機)・・・」
そこにはずん、とまさに地面に埋設されんとするミサイルランチャーがクレーンの先に居座っていた。
ミサイルCIWSシステム(ミサイル型の近接防衛火器システム。多数の誘導弾を斉射して物量で敵を迎撃するシステム)だとすると、大きさから考えて瞬間発射能力は10を下らないだろう。また格納式のため再装填も自在だろうと思われる。
それがここから確認出来るだけでも5基あった。
どうやら自分のいた頃に計画された自動迎撃システム計画は現在も進んでいるらしい。
敷地の端には全方位バリアであるリパーシブ・シールド発生用の中継機も確認できる。
また逆に昔はあった電線が今確認できないため、大型反応炉もすでに埋設されているかもしれない。
一定レベルの自活自営機能を備え、強力な自衛装備を施した基地。人はそれを─────
「六課ってすごい〝要塞〟なんですね・・・・・・」
アルトは、さくらのセリフに苦笑いするしかことしかできなかった。
(*)
「おはよう。2人とも」
訓練場に着くと、朝早くにも関わらず教導官の制服を着て訓練の準備に勤しんでいたらしいなのはが迎えた。
「おはようございます!高町教官!」
さくらが〝ビシッ〟っと敬礼する。
「うん、おはよう。でもさくらちゃん、表向きには私はあなたの教官じゃないし、いつも通り〝なのはさん〟って呼んでいいよ」
「は、はい。なのはさん」
言い直すさくらを横目に、端末の操作をやめたなのはに尋ねる。
「それで訓練は何をするんだ? バルキリーを使うなら持って来なきゃいかんが・・・・・・」
「私の教導にはバルキリーは使わないよ。さくらちゃんは十分使いこなしてるみたいだから教える事はないし、第一、こんな朝早くにエンジンを回したら近所の人に怒られちゃうよ」
六課の隊舎のある場所は開発が進んだ埋立地から1kmの連絡橋を隔てた海上に位置する。そしてその埋め立て地は立地条件がいいため、民家が多くなっていた。
「それもそうだが・・・・・・ならどうするんだ?」
「うん。わたしね、アルトくんのところのシミュレーターを何回かやってわかったの」
なのははこの3カ月、技研と基地にお忍びでやって来て、シミュレーターで遊び─────もとい、研究していた。
「このシステムの凄さが」
彼女は言うと、首に掛けた宝石に願う。
「レイジングハート、セットアップ」
『OK,set up.』
辺りに一瞬桜色の光が包み、2人は目が眩む。そして光が収まったとき、そこにはいつものなのははいなかった。
身長は2メートル以上になり、その鋼鉄の掌(てのひら)は人の頭ほどもある。
人を熊と対等以上に戦わせることができ、飛行することも可能なパワードスーツ、EXギアがあった。
それはヘッドギアを〝ひょい〟と上に上げると、着た者の顔をのぞかせた。
あれからよほど練習したらしい。その挙動に無駄やためらいはなかった。
「EXギア、すごいよね。これさえあればバトロイドなんてへっちゃらなんだから」
EXギアシステムは2050年頃開発され、最近になってやっと制式化されてきた技術体型だ。
これはVFとのインターフェイスの改良及び標準装備化による脱出時のサバイバビリティ(生存性)の向上を主眼に開発された。
空を最大時速500キロで飛び、地上でも舗装されていれば時速55キロで走行できる。
また、もっとも特徴的なのがガウォーク・バトロイド形態の時のインターフェイス機能だ。これによって操縦者はバルキリーを〝着ている〟感覚で操縦できる。
つまりEXギアでダンスが踊れるならば、まったく同じことがバルキリーでもほとんど練習なしでできるのだ。
「私が教えるのは魔導士の機動法。つまり人型の機動法。だからこのEXギアで練習してできるならバルキリーでもそのままできるはず。さすがに可変を加えるとどうなるかわからないけど、そこは─────」
なのはは2人にウィンクする。
「なんとか自分逹で昇華してね」
「はい!頑張ります!」
さくらは再び敬礼した。
(*)
「さて、早速始めようか。まずEXギアに着替えてみて」
なのはに促され、さくらは首から提げたペンダントを取り出す。
それの先には聖王教会で腐るほど見た大きく翼を広げた鳥が象られており、それが彼女のデバイスだった。
さくらはそれを掲げると同時に宣言した。
「『アスカ』セット、アップ!」
すると彼女をなのはより白に近い桜色の光が包む。これが彼女の本来の魔力光だ。
普段バルキリーや陸士によく見られる青白い魔力光は、MMリアクター(疑似リンカーコア)や量産型カートリッジ弾などに封入される人工的に作る魔力の共通の魔力光だった。(本当に青白い魔力光を持つのはバルキリー隊ではアルトだけ)
なお封入される魔力はその99、999%ほどが魔力炉より抽出されたものだが、必ず人のリンカーコアで作られた本物の魔力が混ぜられている。人工の魔力だけでは物理的に何が足りないのかわかってはいないが、魔法を発動できないのだ。
おかげで現在人間を介さずに機械だけで完璧な魔力を生成する技術は開発されていなかった。
さて、眩い桜吹雪が晴れた時、そこには長大なライフルを両腕でしっかり保持したさくらのEXギア姿があった。
このライフルは第97管理外世界の『M82 バーレット』と呼ばれるアンチ・マテリアル(対物)ライフルを元にしていて、EXギアに合わせるために寸法がすべて約1、5倍に拡大されている。この改修によって全長が1メートルを越え、口径が15mmになったので大容量カートリッジ弾をそのまま撃つという〝怪〟物ライフルに変貌していた。
無論その重みは元が12キロなので想像を絶する重さ(約3倍程度)になっているが、EXギア用の兵器としてはは普通の重さと言えた。
「それじゃまずはさくらちゃんの実力が知りたいから、これを撃ち落としてみて」
なのはは直径10センチ程の魔力球を生成して見せ、海上へと誘導する。
「・・・・・・あ、そうそう、デバイスの補助は受けちゃダメだからね」
さくらは少し苦い顔をしたが、黙ってマーキングされた射撃位置につく。そうしてテストが始まった。
まずは止まった目標。距離は500メートル。
さくらは少し拙かったが、コッキングハンドルでライフルの初弾をマガジンからチャンバー(薬室)に送り込む。そしてライフルの銃床をEXギアの肩部装甲板にあてると、空中に浮いた魔力球を狙いすまし、引き金を引いた。
重い発砲音とともにマズルブレーキから飛び出た空の大容量カートリッジ弾は彼女の思い描いた通りの軌跡を描き、見事500メートル先の魔力球を貫いた。
「うん。さすがフェイトちゃんを追いつめただけのことはある」
なのはが感想を述べる。EXギアはその大きさから、通常操縦者の1.2倍ほどの動きをトレース(真似)するため、生身の人間よりはるかに精密作業に向かない。
しかし狙撃という作業は、ほんの数ミクロのブレですら着弾位置が余裕でセンチやメートル単位でずれてしまう。
さくらはこの最悪の組み合わせであれに当てたのだ。まさに天性の素質と言えよう。
「じゃあ次はちょっと近くなるけど、横に動く目標」
なのはの説明通り、魔力球が先ほどより近い位置に静止した。
彼女の手元に浮かんだホロディスプレイの数字によれば100メートル程らしい。
そのまま秒読みに入る。
「3、2、1・・・・・・!」
ゆっくりと右に動き出す魔力球。追う銃口。しかし満を持し、発砲されたはずのカートリッジ弾は外れてしまった。
「!?」
さくらが声にならない叫びを放つ。
「あれ、どうしたのかなぁ?」
「す、すみません・・・・・・もう一度お願いします」
なのはは頷くと再び秒読みする。
さくらは『次は外せない!』と地面に片膝をつけ、より安定した狙撃モードに入った。
そして動き出した魔力球に、彼女の必中の願いを込めたカートリッジ弾が放たれる。しかしそれは先ほどの再現映像でも見ているように掠りもしなかった。
「的が・・・・・・そんなはずは!」
納得できないさくらは等速直線運動を続けるそれに第2、第3射を放つが結果は同じだった。
目の前の光景にさくらは茫然としてしまう。
アルトも直感的に何か違うものを感じていた。初回もふくめてすべての弾道は正確だったはずだ。
(なのに全部外れただと?)
その時なのはが堪え切れなくなったように笑いだし、その理由を告げた。
「さくらちゃん、避けないとは言ってないよ。狙撃専門のくせにそんなことも気付かなかったの?」
「え・・・・・・だってなのはさんそんなこと・・・・・・」
「さくらちゃんはまっすぐなんだねぇ。私がそんな風に実力と真面目さだけでこの地位まで登ってきたって思ってるの?」
「ち、違うんですか?」
そんなさくらの様子になのはは彼女を〝嘲笑〟するように笑った。
普段の彼女のイメージからかけ離れたその姿に、さくらはやはり茫然としていた。
(*)
その早朝訓練では
「こんなこともできないの?これでよく今までやって来れたね」
などとボロくそに〝いびられた〟さくらはついに魔力球に当てることができないまま終了した。
午前は予定どうり陸上輸送隊からバルキリーの武装を受け取って格納庫に移送したり、整備員の受け入れ作業に終始した。
そして午後、スクランブル待機するアルトとさくらはロビーにいた。
さくらは自販機コーナーからコーヒーを2杯持ってきて、片方をベンチに座るこちらに差し出す。
「サンキュー」
「いえ・・・・・・」
彼女はそう返事すると力なく隣に座り込む。横目で確認してみると、その顔には今朝の元気はなかった。
『憧れのなのはさんが、あんな〝意地悪〟な人だったなんて・・・・・・』
と相当ショックを受けているらしい。
前回自分がその渦中にいたが、今回外部から見るその威力。アルトは内心
(やっぱりアイツの十八番が来たか・・・・・・!)
と戦(おのの)いていた。
これは彼女の上級教導術だ。こうして教官自身が卑怯で意地悪な行動をすることで
「教導官は正しい。正義だ」
と思っている狂信者に幻滅感を持たせる。
また、狂信者でなくともモラルを持った人間は
「あんな奴なんかに負けるか!見返して見せる!!」
と自発的になったり事情を知る誰かから知らぬ間に誘導されて更に真剣に取り組むようになり、成長が早くなるのだ。
普段と違いすぎるためすぐに演技と見破れそうなものだが、訓練期間の異常な精神状態ではそれがマヒしてしまう。そのためさくらなどの素人だけでなく、演技を本職としたアルトでさえその期間はまったく感知できなくなってしまうのだ。
これは彼女が短期間で優秀な人材を育てるために編み出した教導のノウハウであり、自らの『優しいいい人』という社会的知名度を逆手にとった彼女の最重要機密だった。
彼女の教導を受けた者のほとんどはこの洗礼を受けており、自分も例に洩れず最初の1カ月間にこれを浴びていた。
また、彼女の教導を絶賛する者は大抵この洗礼を受けきった者逹だ。この教導の素晴らしいところは、最後には誤解が解け、共に歩んで行こうという気持ちになれることだった。
そのため卒業生はみんながみんな彼女を慕い、なのはが一声かければ仕事を放り出してでも集まって来てくれるだろう。(俗に〝なのは軍団〟という卒業生から構成された非公式の団体が存在したりする)
ちなみに、六課の前線メンバーの4人には行われていないらしい。
なのはが言うには
「4人は他の生徒と違って若すぎる。それに1年間たっぷり時間があるから、絶対無理しないでいいように、ゆっくりで丁寧に教えてあげたい」
のだそうだ。
(まったく、アイツらが羨ましいぜ・・・・・・)
さくらの元気が無いという重い雰囲気の中そんなことを思っていると、点いていたロビーのテレビのニュース放送が速報の電子音を鳴らした。
──────────
『─────速報です。第6管理外世界において発生した恒星間戦争は開戦から今日で2ヶ月目に入りました。第6管理外世界は時空管理局・本局が次元航行船の造船を全面委任している世界で、管理局では対応が協議されていました。
それが今日、どうやらなんらかの動きがあったようです。今、時空管理局・本局支部の伊藤記者と中継が繋がっています。・・・・・・伊藤さん?』
キャスターの呼びかけにカメラが跳び、急いで中継を繋げたのだろう。荒い画質の人影を映し出した。彼の後ろには大中小多数の艦艇がひしめき合っている。
『─────はい、こちらは本局が艦隊拠点を置く次元空間内の停泊場です』
「こちらから見た所これと言って変化はないようですが・・・・・・何があったかわかりますか?」
『─────はい。実はつい1時間前にそこに・・・・・・あー、映せますか?・・・・・・はい。えーと、〝あそこ〟に接舷されていた廃艦予定だったL級巡察艦と、他9隻の高速艇が艦隊を組んで第6管理外世界へのホットラインルートに乗ったことが確認されました』
「理由はわかりますか?」
『─────いえ。本局は未だ出撃の理由は明らかにしていません。しかしそのL級巡察艦には〝アルカンシェル〟を積み込んだ形跡はなく、高速艇にも本格的な宙間戦闘ができるような武装を装備する設備は存在しません』
「?それはつまり、武装はしていないということですか?」
『─────確定はできませんが、極めて破壊的な装備はなかったものと思われます』
「なるほど、わかりました。また新たな情報が入り次第伝えてください」
『─────はい』
その一言を最後にカメラがスタジオに戻った。
「このニュースは続報が入り次第速報としてお伝えします。・・・・・・次に内閣支持率が20か月連続で60%を超えている現、浜本内閣について─────」
──────────
実はこの本局の動きにはアルトや六課も一枚噛んでいた。
なんと言っても本局の要請と〝彼女〟本人の自由意思により、いやいやながらも送り出したのは彼らなのだから。
「元気で帰って来いよ」
アルトはその友人へ想いを乗せて呟いた。
時を同じくして第6管理外世界への直通ルートに乗ったL級巡察艦内で、緑の髪をした少女が可愛くくしゃみをしたとかなんとか。
「どうしました?」
どうやらさくらに聞こえてしまったらしい。
「何でもない」
と返すと、少し冷えてしまったコーヒーで喉を潤した。
すると不意に俯いていた彼女がこちらに向き直る。
「アルト隊長・・・・・・私ってなのはさんに嫌われてるんでしょうか?突然頼んでしまいましたし、やっぱり怒ってるんでしょうか・・・・・・私はどうしたら・・・・・・!」
さくらの問いに無表情を保っていたが、内心
(来た来た!)
と叫んでいた。
実はこれとほぼ同じ問いをアルトもしたことがあった。相手は当時同僚だったヴァイスだ。
その時彼の答えはこうだった。
「さぁな。俺になのはさんの好き嫌いなんてわかんねぇよ。んだがな、嫌いなら訓練なんてやってくれたりしねぇって。それに1つだけ言えることがある。『諦めないで頑張ること』だ。俺達も全力でバックアップしてやる。きっと上手くいくから、いつもみたいに最後まで飛んでみせな!」
そのヴァイスのセリフと押してくれた背中にどれだけの活力をもらった事か・・・・・・
推測するところでは、聞かれたらそのような要点のセリフを答えることが彼女の教導の伝統なのだろう。
そして世代は自分へ。
アルトはその時輝いて見えたヴァイスの姿を脳裏に思い出しつつ、満を持してそのセリフを吐いた。
「さぁな、俺にはわかんねぇよ。だがなさくら、嫌いなら訓練なんてやってくれたりしないだろうよ。それに俺も、天城だってついてる。諦めないで頑張ればきっと上手くいくと思うぜ」
(ちょっとキザだったかな?)
言ってからちょっと後悔して自らのセリフを省みたが、さくらの表情には生気が戻っていく。
「そうですね・・・・・・はい!頑張ってみます!」
その顔にはもう暗いオーラはなかった。
(*)
その日はスクランブルもなく、六課のフォワード4人組に対する訓練は中断されることなく続いた。
(*)
1645時 訓練場
その時刻になると、なのはは笛を鳴らした。
「みんな集合~!」
なのはの呼び掛けに、それぞれの訓練に散っていた4人が彼女の元に集まる。
ティアナはなのはとの訓練のため、ほとんど動かなくて済んだが、他は違う。
スバルは〝フロントアタッカー〟と呼ばれるポジションの訓練のためにヴィータと組んでおり、エリオとキャロもフェイトと訓練に取り組んでいた。
そしてなのはは集まった4人に告げる。
「はい、みんなお疲れ様。今日の訓練はここまでとし、このまま解散します」
そのセリフを聞いた4人に戸惑いが走る。
しかしその事に関しての説明がないようなので、ティアナは4人の代表として手を挙げた。
「どうしたの?」
「はい。みんな疑問に思ってると思うんですけど、まだ6時じゃないですよね?」
六課の訓練は原則夕方6時までとなっており、延びたことはあってもいままで(出動以外で)早く終わったことはなかった。
「うん、それはね、私の〝個人的都合〟で1時間繰り上げることになったの。・・・・・・ああ、でも心配しないで。その分午前の訓練時間を伸ばすから。今後この時間割が3週間ぐらい続くから、そのつもりでね」
周囲の教官逹も了解している所をみると、どうやらなのはの〝個人的都合〟とやらはよほど重要であるらしい。ティアナ達はそれ以上詮索せず、言われた通りに解散した。
(*)
4人がいなくなってすぐ、さくらとアルトがやってきた。
「こんにちは。さくらちゃん、さっきは泣きそうだったのによく来る気になったね?」
笑顔を保ちながら言うと、彼女の表情が少し陰った。
自分で編み出しておいて何なんだが、正直この方法が好きではなかった。
周囲がいくら〝十八番〟と絶賛しようと、そして後で和解できるとしても、人の痛みを知っている自分としては人を傷つけたり貶(けな)すような言動はしたくないと考えていた。
しかし信念を曲げてまでも自分には彼ら生徒を育てる義務があった。
(はぁ・・・・・・「悪魔」って呼ばれてもいいけど、きっと「嫌な人」って軽蔑されてるんだろうなぁ・・・・・・)
なのはは内心気落ちする。しかし気づくと、さくらの目は真っ直ぐこちらを見据えていた。そして彼女は言い放つ。
「なのはさん。私、負けません。きっとあなたと同じ高みに登ってみせます!」
その言葉のどこにも迷いはなかった。
「うん、やる気があることはいい事だよ。でも、これを落としてから言おうね」
手のひらに魔力球を生成して、手のひらで弄(もてあそ)んでみせる。
「はい!頑張ります!」
こちらの嫌みったらしい口調にもさくらは気落ちした様子を見せず、テキパキとEXギアに換装して位置についた。
なのはは初めての反応に驚いていた。この訓練ノウハウを確立、採用してから3年。今までいろんな生徒を見てきた。そのなかにはさくらのような者もいた。
分類としては〝挫けず頑張れる〟という生徒だ。しかしこのような生徒も大抵立ち直るのに1日はかかる。それに〝尊敬している〟というスパイスが効いているさくらなら2~3日は立ち直れないはずだ。
無論なのははその期間を無駄にせず、必要不可欠な基本練習をやればいいと考えていた。
(・・・・・・さすがアルトくんってことなのかな?)
聞けば有名な歌舞伎の跡取りというし、その演技力もすごいものだとフェイトやはやてから伝え聞いている。
今回さくらの心理誘導を彼に頼んだ覚えはない。しかし内心そうしてもらおうと考えていたので、鋭敏な彼の「望まれている自分センサー」に引っ掛かってそう演じさせてしまったのかもしれない。
なのはにも周囲に望まれている自分を演じるという経験が無いわけではなかったので、演技が本職の彼ならなおさらである事は容易に想像出来た。
「さすがアルトくん・・・・・・侮れない・・・・・・」
「?」
実は自分がされてカッコよかったことを真似したかっただけというしょーもない真相はともかく、訓練が開始された。
「・・・・・・それじゃ、今朝のテストの続きだね。あの魔力球を撃ち落として」
「了か─────」
さくらの返事が終わるか終わらないうちに魔力球を動き出させる。しかし彼女は慌てなかった。
前回と違って今度は流れるように初弾を装填すると、ライフルを肩に当てる。どうやら昼の間にそれなりの自主練を積んでいたらしい。
(うん、基本はまぁまぁかな。やる気は申し分なし。でもごめんね。この魔力球は落とさせないよ)
教導する時はまずある程度生徒の自信を打ち砕いてしまった方が染めやすい。このテストはそういう意味合いを持った重要な通過儀礼であった。
目前で狙いすますさくらはセミオートという機構を生かして立て続けに3発のカートリッジ弾を撃ち出す。
しかしそれが魔力球に当たる事はなかった。
それは魔力球が避けたのではない。さくらがそのカートリッジ弾に託した任務が違ったらしいのだ。
まず1発目が魔力球の行く手の海面に着弾。水飛沫をあげた。海水は魔力素の結合を脆くしてしまうため、レイジングハートに自動操縦された魔力球は反対側に退避しようとする。
しかし更にその行く手に2発目が着弾し、またも水飛沫が阻む。
3発目も同じ手だろうと判断したレイジングハートは、水飛沫など届かないぐらいに上昇をかけた。
だがさくらのカートリッジ弾は予想に反して魔力球の上を通り過ぎていく。
これをレイジングハートは人間によくある「未来位置予測の失敗」と判断して通常の機動に戻ろうとした時、カートリッジ弾が〝自爆〟した。
「実弾(魔力が封入されたカートリッジ弾のこと)!?」
その間も大容量カートリッジ弾という縛りから解き放たれた魔力が爆発的に炎熱変換され、火球を形成。魔力球を襲う。
レイジングハートは爆心から最短の離脱コースを設定する。しかしそれは爆心の反対側、つまり自分逹の方だった。
その魔力球の機動はさくらにはただの点に見える機動だっただろう。
唸るライフル
次の瞬間には魔力球の中心をカートリッジ弾が見事射抜いていた。
(*)
『Mission complete.(作戦完了)』
首に掛かったレイジングハートはそう告げると、さくらの足下にあった射撃ポイントのマーキングを消した。
彼女は精密照準器付きのヘッドギアを外すと、こちらを窺ってくる。
(面白くなってきそうだね・・・・・・・)
気付くとそんなさくらに素の笑顔を見せてしまっていた。
――――――――――
次回予告
教導により飛躍的に技量が伸びていくさくら
しかしそれはある少女を不安にさせていく・・・・・・
次回マクロスなのは第22話「ティアナの疑心」
「なのはさんは・・・・・・私達に手を抜いてる・・・・・・」
――――――――――
最終更新:2011年06月13日 21:50