内火艇:八神はやて
すでに時間は夜。
襲撃を退けた後、周囲には静けさが戻っていた。
襲撃者の残存兵力が動いているようだが攻撃をしてくる者はわずかだ。
「うまくいきましたね」
ヴァイスがシート越しに振り向く。
「みんながんばってくれたしなぁ」
襲撃者を示すいくつかの光点は概ねはやての思うように動いている。
「ま、時間がいくらかでも稼げたらそれで良しや」
そのためにライトニング隊には非殺傷設定で攻撃するように指示してあるし、襲撃者の仲間であっても負傷者を回収していたら攻撃はしないように命令している。
「負傷者をうちらの盾にしてしもうたな……我ながらえぐいなぁ」
少ない人数で、しかも移動せずに時間稼ぎを可能とする実行可能な手段は他になかった。
「また次があるはずや。それまでになんとかなるとええんやけど」
はやてはクラウディアからのデータ送信状況を示す空間モニターを見る。
徐々に100%似近づいていっていた。

森:ベール・ゼファー
誰もいない森の中でベール・ゼファーはスキップしていた。
「るん、るるん、るるうん、らん」
歌を口ずさみながら踊るようにスキップ。
彼女の正体を知らないものならば、童話の妖精が迷い込んだと勘違いしたことだろう。
「あら?」
足下に静かな森には不似合いなスターライトスコープが落ちている。
その周りを見ると、枝が折れていたり低い木が踏み荒らされたりしている。
少し向こうの木は穴が開いている。
ベール・ゼファーはその穴を幹ごとむしり取り、握りつぶした。
手の中には銃弾が残る。
「ふうん、派手にやったみたいね」
人差し指と親指でつまんで星空にかざす。
見上げると木々の枝の重なりに不自然な穴が開いていた。
下からなにかを、高速で打ち上げた後だろう。
「パーティには遅れちゃったかな」
ステップを踏んで、ジャンプ。
落ちていたヘルメットの上につま先でふわりと着地した。
かかとを落とすと、頑丈なヘルメットは潰れて粉々に砕け散る。
「あっちね」
ベール・ゼファーは森の向こうに目を向け、その先にある物を見通す。
「二次会には間に合ったみたいね」
髪を揺らせながら、踊り、歩く。
「楽しませてもらいましょう」
妖精のような魔王は夜の森と戯れる。

内火艇:八神はやて
「来たっ」
クラウディアからのデータ送信状況を示す空間モニターが100%を示した。
送られてきたソフトを即座に展開、起動する。
プログラムに従い、内火艇のコンピュータは人工衛星を経由してインターネットに接続。
襲撃者側の妨害電波もあったが、それは出力で無理矢理突破。
辺りには電波障害が出たかも知れない。
これは、要はハッキングである。
第97管理外世界、あるいはその同位世界とも予想されるこの世界の情報通信技術はミッドチルダよりも後れているものの、それでもハッキングにはそれなりの技術を要する。
八神はやてにはそれほどの技術はない。
そこでクラウディアのスタッフにハッキングの手順を自動化したウィザードを作ってもらったのだが、これがデータ量の増大を引き起こすことになり受信完了までに時間がかかってしまった。
なお、このウィザードは時空管理局の規則により任務終了時に破棄される事になっている。
ウィザードは時間をかけただけの価値を見せる。
はやてが何もしなくても、空間モニターにははやてもよく知っている第97管理外世界で最も普及しているeマークのブラウザが表示された。
ブラウザを操作して衛星写真を見ることのできるサイトに移動。
海鳴市の映像が表示されるのを待つ。
「出たぁ!」
表示された映像をみる。
拡大、縮小を繰り返し自分の記憶にある海鳴市と比較していく。
「まるで、間違い探しやな」
はやての目が止まる。
また動き、止まる。
(なのはちゃん)
(なに?はやてちゃん)
(今送る映像、見て)
直後、なのはが息をのむ音が念話で聞こえてきた。
(これって……)
(そや、すずかちゃんとアリサちゃんの家、形が違ってるんよ)
(うん、それだけじゃない。海岸線、ちょっと抉れてるみたいだし……翠屋は?)
(これや)
なのはに翠屋周辺の拡大写真を送信。
(あ……違う。看板の形が全然違う)
第97管理外世界に行ったのはついこの前である。
これだけの変化が短期間のうちに起こったとは考えにくい。
(じゃあ、ここって……)
(なのはちゃん、断定はまだや。次のがもう……こっちも来たよ)
新しいデータが送信されてきた。
はやては、それを別の空間モニターに表示させる。
表示されたのは何枚かの写真。
いずれもはやて達が今いる場所を背景に武装局員が映っている。
撮影時間を確認。
古い時間ではない。
まだ襲撃を受けていた時間だ。
そんな時間に武装局員達が来たら間違いなくその支援を受けることができている。
しかし、そんな気配は全くなかった。
念のためにコンピュータで写真を検証。
それでも、この写真がここで写されたものだとの結果が出る。
そして武装局員が写真と共に送ってきたレポート。
──第97管理外世界の現場に到着。にもかかわらずビーコンは確認できず。また八神はやて部隊長以下機動第六課および内火艇の存在の確認もできず。
「決まりや、この世界は第97管理外世界やない」
「八神隊長、それじゃあ」
「そうや!なのはちゃん、スバル、ティアナ!みんな戻ってくるんや。戦闘は終わりや」

空:高町なのは
なのはは胸を押さえる。
わずかであるが心を揺らしていた不安の風がやんでいくような気がした。
ここが第97管理外世界ではないのなら、自分の家族や友達が危ないことはない。
次元世界の管理を行う時空管理局の人間としては1つの世界だけにこだわるのはよくない。
だが、それでもなのはは安心して胸をなで下ろした。
不安が無くなれば気持ちもすぐに変えられた。
ロスト・ロギアの回収。
今度はそれに全てを傾けられる。
周囲を見回し確認する。
そこで見つけた。
1人の少女を。
スバルやティアナと同じくらいだ。
自分を見上げて、じっと見つめている。
なのはは彼女の前に降り立った。
少女はなのはを見て、にこりと笑う。
「あなた、何故こんな所にいるの?」
なのはは少女に聞いた。
さっきまで戦闘のあったこんな所にいるような人間ではないからだ。
同時になにか違和感も感じる。
彼女からは魔力を感じた。
それも、ぐっと押さえているような魔力を。
「お話をしに来たの。時空管理局の人と」
「私……達と?」
彼女が何者でも、なのははそれを受ける気でいた。
話をすれば互いに戦わなくてもいいかもしれない。
「ええ。これでも私、この世界の組織では実力者、なんて言われているのよ」
クロノは14歳で執務官をしていた。
それを考えると、この少女がこの世界の組織で発言力がある人物である可能性は十分にある。
なによりも、なのははこの少女に格というものを感じていた。
なのはは耳に手を当て、急いではやてに念話を送る。
(はやてちゃん。この世界の組織で話ができそうな人が来てるの)
(ええタイミングや。できたら、その人をこっちに連れてきてな)
(うん)
少女に目を戻す。
少女はなのはが念話を使っていた間、じっと待っていた。
「私についてきてほしいの。私たちの隊長と話した方がいいと思うから」
少女は首を横に振る。
舞う髪から光が散ったように見えた。
「いいえ。私がするのは要求を伝えること。それから、それを実行してもらうだけ」
「要求?」
少女となのはの会話は全て念話を通してはやて達に伝わっている。
「裏界の大公ベール・ゼファーがあなたに要求します」
少女は伝えた。
それがとても簡単なものであるかのように。
「死になさい」
森の色が変わった。
空から落ちる月の色が変わる。
それは赤。
そこはベール・ゼファーの作った月匣という名の檻の中。

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最終更新:2008年04月10日 14:55