全てのジュエルシードをかけて全力で戦うなのはとフェイト。お互いの魔法を駆使した攻防は一進一退を続けていた。
 周囲の苦言を受けながらも、『ジュエルシードを封印する』『フェイトとも和解する』の両方をやり抜く事を選んだなのははその心に秘めた『覚悟』によって、プレシアへの盲信で動き続けるフェイトと渡り合う。
 そして、最後の瞬間の決め手となったのが、その受動的ではない自分自身を貫き続けたなのはの覚悟だった。
 フェイトをバインドで捕える事に成功。抵抗するフェイトの魔法弾が全身を襲っても、なのははバインドを解除しなかった。

『いったん食らいついたら、腕や脚の一本や二本失おうとも決して『魔法』は解除しない―――』

 幼い少女が胸に宿らせた鋼の信念は、襲い掛かるダメージを凌駕し、ついに最後の一撃によって雌雄は決したのだ。
 激戦の果て。自らの敗北を受け入れたフェイトはなのはへジュエルシードを渡す事を決意したのだった。




 スター・ライト・ブレイカーの直撃を受けたフェイトが束の間の眠りから目を覚ますと、体を支える暖かい腕の感触をまず感じた。
 自分を容赦なく叩きのめした少女<高町なのは>の腕の中だった。

「……わたしの勝ちだね」

 傷ついたフェイトを見下ろし、なのはが厳かに現実を突きつける。敗北した者に対する情けは、そこには無かった。
 初めてなのはを見た時感じた儚さ、日常生活の中で偶然出会った時に見た柔らかな笑顔、それらの少女らしい雰囲気を一切削ぎ落とした戦士の顔がそこにある。
 それはなのはの戦う時の顔だった。『やる』と決めた時、戦い抜く『覚悟』をした時、彼女はいつも変貌する。
 自分は、その『覚悟』に負けたのだ―――フェイトは理解した。

「そう、みたいだね……」

 敗北した僅かな失望感を抱き、フェイトは呟いた。
 負けてしまった。母の為の戦いに敗北してしまった。これからどうなるのか、フェイト自身にも分からない。
 しかし、不思議と不安や焦燥のようなものは感じていなかった。
 何もかもなくしてしまったような消失感を感じながら、自分を抱く小さな少女の腕がとても暖かい事に奇妙な安らぎを感じる。
 幾度も戦い、その容赦の無い戦い方に何度も戦慄した目の前の敵である少女に、今はもう全てを委ねてしまいたい気持ちすらあった。

 戦いの中で、なのはは何度もフェイトを叱った。
 敵から浴びせられる罵倒とも取れる叱責は、しかしプレシアがフェイトに叩きつける言葉とは全く違い、厳しさに隠された思いやりがあったのを、今の彼女は半ば悟っていたのだった。

『よし、なのは。ジュエルシードを確保して。それから彼女を―――』

 クロノからの通信をなのはは無視した。
 ただ、腕の中のフェイトを静かに見つめている。彼女が何かを言いたいのだと、なのはは分かっていた。

「……私は、これからどうなるんだろう?」

 未だ茫然自失とした心のまま、フェイトは虚空を見上げたままポツリと呟く。

「アナタに負けて、ジュエルシードも全部失って……そして、母さんの願いも叶えられないまま、管理局に連れて行かれる……。私はこれからどこへ行くの?」

 心の亀裂から漏れるように流れていくフェイトの呟きは徐々に震え始める。
 現実感を取り戻してきた心が、滲んでくる黒い染みのように、不安を感じ始めていた。

「……フェイトちゃんがこれからどうなるのか? わたしの考えではたぶんこうだよ……。
 まずフェイトちゃんのお母さんを捕まえる。裁判の流れによっては、罰も軽くなるかもしれない。そして、フェイトちゃんはそんなお母さんと一緒に罪を償いながら暮らしていく……。きっと遠い国で……少しずつ『普通の幸せ』を手にしながら暮らすんだよ……」

 震えるフェイトになのはが紡いだ言葉が、静かに心に染み込んでいく。心に広がる黒い滲みを白く消していく。
 不安に震える迷い子のような未来が、その言葉で明るく済んでゆくような錯覚をフェイトは感じた。
 なのはが言った内容が、本当に現実となるのではないか―――そう信じてしまうような優しい響きが、なのはの淡々とした話の中にあった。

「……本当に、そうなるのかな? 私、本当に母さんと、そんな風に支え合って生きていけるのかな……?」
「そんな事を心配する親子はいないよ」

 一見すると素っ気無いなのはの断言には、フェイトの不安をかき消す強さがあった。

「……そうだよね。その通りだよね……そんな事心配するなんて、おかしいよね……」

 フェイトに小さな微笑みが浮かぶ。
 全てが、なのはの言うとおりに進んでしまうような説得力。それがフェイトの心に安らかな気持ちを与えていた。
 初めて出会った時から圧倒され続けていた、なのはの傲慢とも言える『貫く意志の強さ』 その強さが、こんなにも暖かくて心地良いものなのだと、フェイトは初めて理解したのだった。
 フェイトの笑みに対して、なのはもようやく微笑みを浮かべる。
 それが、本当に救いに思えた。

『Put out』

 主の敗北を認めたバルディッシュが、収納していたジュエルシードを全て解放する。
 全ての始まりだったジュエルシード―――それが今、ようやく終結に向かう。
 なのはの手を離れ、向かい合う形になったフェイトは奇妙な清々しさの中ジュエルシードを渡そうと手を伸ばし―――。




 次の瞬間、上空から巨大な魔力の雷がフェイトに飛来した。




「が……ぁ……っ!!」
「フェイト、ちゃん……?」

 すでに魔力を使い果たしていたフェイトは、成す術も無く第三者の攻撃を受けるしかなかった。
 不意の攻撃に呆然とするなのはの目の前で、フェイトが禍々しい雷光に包まれ、悶え苦しむ。主の代わりにダメージの大半を引き受けたバルディッシュが砕け、待機モードへ強制的に変化した。 


「なにィィィィッ―――ッ!! フェイトちゃん!!!」

 なのはは目の前の光景を理解し、湧き上がる驚愕と怒りの感情を爆発させた。


「まさかッ!」

 この攻撃は、『誰』がしたものなのか。

「そんなッ! まさか―――ッ!」

 この戦いを見ている可能性のある者の中で、こんな事をするのは、一体誰なのか!


 考えたくはなかった。
 高町なのはが生きていく上で、もっとも信じがたい現実が目の前にある事を認めたくはなかった。
 家族とは守るもの。家族とは愛するもの。
 優しい家庭で生まれ、育ったなのはにとって、それは最も度し難い許されざる事実!

 有り得ない! 『母』が『娘』を手に掛けるなんてッ!

「プレシア・テスタロッサ―――ッ!!」

 力尽き、落ちていくフェイトを慌てて抱き上げ、なのはは空を睨みながら呻くようにその名を口にした。




 幸福に包まれた人間は、不幸な人間に言葉を掛けるべきではないのだろうか?
 高町なのはには母親がいる。優しく、正しく、自分を生み出してくれた母親が。
 苦しみの中で手にする力もあれば、優しさによって育まれる力もある。なのはの持つ力は、まさに後者であった。
 彼女の目覚めは一人の少女との出会いだったが、彼女が正しい道を歩めるように教え導いてくれたのは、彼女の母であり家族であったのだ。
 家族は、なのはをこの世のあらゆる残酷さから今日まで守ってくれていた。

 ―――だから、今目の前で人生の全てを否定されたフェイトという少女に対して、自分はどんな慰めの言葉も掛ける資格はないのかもしれない。

 目の前のモニターに映るプレシアから紡がれる言葉と、叩きつけられる現実。
 それはおおよそ、誰も想像し得なかった最悪の現実だった。

『折角アリシアの記憶をあげたのに、そっくりなのは見た目だけ。役立たずでちっとも使えない、私のお人形』

 事故で亡くした実の娘<アリシア>の代わりとして作り出されたクローン<フェイト>

『作り物の命は所詮作り物……失ったものの代わりにはならないわ』

 そのフェイトを娘として愛せないプレシア。




『いい事を教えてあげるわフェイト。アナタを作り出してからずぅっとね……私はアナタが、大嫌いだったのよッ!!』
「―――ッ!」

 そして、決定的な一言が、フェイトを支える最後の柱をへし折った。




「フェイトちゃん!」

 エイミィの叫びは悲鳴に近い。今、目の前の少女は心を深く刺されたのだ。
 全てを失い、フェイトは気絶する。
 倒れ込む彼女の体を、その場の誰よりも早く支える腕があった。

「……」
「なのは……」

 高町なのはだった。
 目の前で繰り広げれる悲壮な光景を、一番嘆き悲しむ筈の少女は、今の今まで無言を貫き、ただプレシアの映るモニターを見据えていた。
 しかし、一見無表情に見えるなのはの内に燃え盛る業火を、誰よりも付き合いの長いユーノだけが正確に感じ取っていた。

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「―――吐き気を催す、『邪悪』とは」
「な、なのはさん……?」

 これまでの行動から、逆上しかねないなのはを落ち着かせようとするリンディだったが、歴戦の彼女すらも今のなのはの静かな迫力には圧された。
 力なく横たわるフェイトを抱き締めたまま、なのははモニター越しにプレシアを睨み据える。

「何も知らない無知なる者を利用する事なの……。自分の利益だけのために利用する事なの…………」
「なのは……お、落ち着いて!! 魔力が溢れ出してる、危険だ!」

 彼女を中心に湧き上がる見えない圧力に誰もが押し黙る中、言葉は静かに紡がれていたが、なのはの変化は確実に現れていた。
 フェイトとの戦いで疲弊した筈の体から、マグマのように吹き上がる攻撃的な魔力の奔流。
 なのはの内なる怒りを現すように、その魔力は放出されるだけで艦内の電子機器に異常な反応を起こさせる。



「母親がなにも知らぬ『娘』を!! てめーだけの都合でッ! ゆるさないッ! あんたは今、再びッ! フェイトちゃんの心を『裏切った』ッ!!!」

 なのはの中で、これまで感じた事の無い『怒り』が爆発した。



「なのは……」

 『怒り』を言葉にした少女を誰もが見つめる中、それは誰が呟いたものか。
 ただ、その場の誰もが高町なのはに圧倒されていた。誰もが時空の秩序を守る組織に属する『正義の執行者』を誇りながら、彼女のあまりにも純粋で強烈な『間違った事への怒り』に呑まれていたのだ。
 なのはの怒りには『正義の心』へ向かう意志があった。全員が、それを理解出来た。

『……『何』を、そんなに怒っているのかしら? 理解できないわ』

 念話越しにすら感じるなのはの怒りの魔力は、プレシアの意識すら引き付けた。ただ、彼女にはなのはの怒りの意味を理解出来なかったが。

「フェイトちゃんが目を醒ましたのなら―――母親なんて最初からいなかったと伝えておくよ……」
『……フェイトですって? フェイトがなんだというの? その人形の事はアナタには何の関係もない!』


「貴女にわたしの心は永遠にわからないのッ!!」



 最悪を告げる鐘が鳴る。
 九つのジュエルシードがその力を解放され、次元を歪ませるようなエネルギーが荒れ狂う。狂った願いは、幾つもの想いを呑み込んでいく。
 その渦中で、狂気に支配された魔法使いが一人。
 その渦中に、自ら飛び込む魔法使いが一人。

 最後の戦いが、今始まろうとしていた―――。



 バ―――――z______ン!



 リリカルなのは 第十一話、完!


to be continued……>

<次回予告>

 ジュエルシードが発動し、次元震のアラームが鳴り響く中、なのははクロノ達と共にプレシア・テスタロッサの根城へ突入する事を決意する。
 慌しく動き始める事態の中で、全てを失い傷ついたフェイトは、戦いながらも自分を導いてもくれたなのはに縋るのだった。

「クロノ君は『逮捕』と言うけれど、わたしはこれが『命の遣り取り』になると思っているの。そして、プレシア・テスタロッサは必ず倒す! ……フェイトちゃん、あなたはどうするの?」

 甘えを許さぬなのはの視線を受けながら、目の前に置かれた残酷な選択に苦悩するフェイト。 

「わ、わたし……」

 母親に捨てられた今、傷を抱えてただじっとしているのか、それともなのはと共に全ての決着を付けに行くのか。

「ど……どうしよう? 私? ねえ……私、どうすればいい? 行った方がいいと思う?」

 全てを失った今、フェイトは『何か』が欲しかった。否定された自分を現実に繋ぎ止める為の何かが。

「怖い?」
「うん……す、すごく怖いよ。
 で……でも『命令』してよ……。『いっしょに来い!』って命令してくれるのなら、そうすれば勇気が湧いてくる。母さんの時みたいに、アナタの命令なら何も怖くないんだ……!」

 しかし、目の前の厳しい少女は、フェイトに無条件でそれを与えてはくれない。

「だめだよ……こればかりは『命令』できない!
 フェイトちゃんが決めるんだよ……。自分の『歩く道』は、自分が決めるんだ……」
「わ……わからない。私、もうわからないよォ……だって、だって私は……」
「だけど、忠告はするよ」

 人間であるという人としての基盤さえ失ったフェイトに、あまりに過酷な選択肢を与えたなのはは、答えを聞く前に踵を返した。

「『来ないで』フェイトちゃん……。アナタには向いてない」

 傷ついたフェイトを置いていく厳しさと、母親と思っていた相手と戦わなければならない場所へ連れて行かない優しさを合わせ持つなのはの言葉が、最後まで彼女の胸に残った……。


 一個の石から始まった物語。
 多くの出会い、多くの別れ、多くの悲しみ、多くの痛み―――全てがここの結集する!

「バルディッシュ、私達の全ては……まだ、始まってもいない!」

 立ち上がれ、少女!

「『なのは』ァアアアア!! 行くよッ! 私も行くッ! 行くんだよォ―――ッ!!」

 目醒めろ、戦士!

「私に『来るな』と命令しないで―――ッ! このまま終わるのなんて嫌だ! 本当の『自分』を始める為に、今までの『自分』を終わらせるんだ!!」




 次回、魔法少女リリカルなのは

 第十二話『宿命が閉じる時なの』



「『友達だ』なら使ってもいいッ!!」

 リリカルマジカル燃え尽きるほどヒート! 魔法少女の最終決戦、ここに決着ゥ―――ッ!!


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最終更新:2008年01月22日 17:51