話の翌日、ローマにて。
マクスウェルが宮廷でひざまずいている。その向こうにはカーテン越しに一人の人間。
その人物こそがヴァチカン法皇庁の長、ローマ法皇である。現在マクスウェルから今回の件の詳細を聞いているところのようだ。
「――――ふむ、そうか。致し方あるまい。『呉越同舟』という訳だな」
 どうやら法皇は事の仔細を理解したようだ。申し訳なさそうな表情を浮かべてはいるが、カーテン越しなので分からない。
「お前達には苦労をかける…これとて50年前の尻拭いだ…汚い仕事ばかり押し付けてな…」
 法皇が申し訳なさそうに言う。対してマクスウェルは声の調子から表情を読み、その上で答えた。
「陛下、どうかそのようなお顔をなさらずに…どうか我々(イスカリオテ)を存分にお使い潰しください。
それに…罪人の始末は罪人同士でやりあって頂きましょう。できる事なら墓穴から葬儀の準備まで」

第五話『BALANCE OF POWER』(3)

 イスカリオテから情報を得たその日の晩、HELLSING本部。
二階の窓からウォルターが外を見ていた。その視線の先には訓練の風景が。
「ずいぶん遅くまで起きているのだな、ウォルター」
 背後に突如気配が現れる。こういう登場をするのはアーカードくらいしかいない。
ウォルターもそれが分かっているからか、特に動じもせず言葉を返す。
「ふふ…外があの調子だからな」
「インテグラはもう寝たのかね?」
「先ほどお休みになられた」
 インテグラの就寝を聞いた後、話題が昼の情報提供の件へと移る。
「聞いたかね?」
「ああ、聞いた」
 ウォルターが話を切り出し、アーカードが答えた。
どうやらアーカードもその情報を聞いていたらしい。確認を終えたウォルターが話を続けた。
「まさかナチスがらみとはな…半世紀も前の亡霊の名が出てくるとは…」
「ハン、そうかね。私はなんとはなしにそんな感じがしていたよ。あの感じ、あの薄暗さは前にも感じたことがある」
「ほう、何故だ?」
「『何故』?お前が何故と?『死神(ウォルター)』?
『死にぞこない(アンデッド)』を実戦に投入しようなどと考えたのは、後にも先にも3つだけ」
 そう言うと、アーカードがウォルターを指差し、その3つを答えた
「一ツはきみら、一ツはかれら、一ツはわたし。
そして彼らのアンデッド研究施設は50年前に完全に粉砕された。
この私とおまえとで皆殺しにしたんじゃないか」
 そう言われ、少し考えるようなそぶりを見せるウォルター。
アーカードは忘れたのかと一瞬思うが、それも杞憂。今思い出したかのようにウォルターが答えた。
「…そうだ、そうだったな。思い出したよアーカード」
「『老い』とは恐ろしい。これだから」
「ふん…『老い』すら楽しむものさ。我々英国人(ジョンブル)は」

「アーカード、君らにはすぐに南米へ飛んでもらうことになるだろう。
ヴァチカンの13課の連中を全面的に信用するわけではないが、情報量が少なすぎて取り得る手段がないのだ。
南米にナチの残党が隠れて再興を狙っているなんて話はよく聞くゴシップだが、これだけのことをする組織だ。
しかもここまで秘密を守っている組織だ。生半可な連中ではない事だけは確かだ。
しかし、ここまであからさまにケンカを売られて、黙ってやられているほど我々はお人好しではない」
 拳を握り、演説でもするかのように行動指針を述べ立てるウォルター。その目にはナチスへの怒りが宿っていた。
それに対し、アーカードが鼻で笑うかのように言い捨てるが、ウォルターも負けじと言い返した。
「はン、これだから英国人は。そんなだから衰退するのだ」
「意地も張れぬ繁栄など、こちらから願い下げだ」
 ウォルターはそう言い返すと、アーカードへと編成案を述べる。
当人も多少多すぎるかと思ったようだが…まあ問題ないだろう。何か起きたとしても対応できるようにという保険も込みだ。
「要員はアーカード及びティアナ、スバル、ヴィータの四名、
あとは外で訓練中の新人数名と、脱出要員として管理局から派遣されてきたパイロット一名という所か?」
「連れていくだけ足手まといだ。連絡員としてだけでいいだろう」
「なに、連中なかなかどうしてよくやっている様だよ…少し教官に不安があるがね」
 ウォルターはそう言って、窓の外を指差した。
指の向く方向には訓練風景。現在射撃訓練中のようだ…普通なら無理のある距離だが。

「お前な…特殊な装備でも使ってんならまだしも、こんなもんであの距離当たると思うか?」
 小銃での射撃訓練の最中に、ティアナから「何でこのくらいの距離が当てられないのか」という指摘が飛んだ。
それに対し、いくらなんでも無理があると思ったヴィータが言い返したところである。
…ちなみに距離は500メートル。普通なら狙撃銃でも使わないと当たらないような距離だ。
「でもこの人たち、こっちの世界の兵士ですよ?ミッドとかと比べて質量兵器の扱いには慣れてるはずです。
だったらこういうのでも当たるくらいの腕はあるんじゃないですか?」
「無茶言うなーッ!」
 ティアナが普通ありえないようなことを言う。吸血鬼になって鋭敏化した感覚が原因なのだが、そんな事は本人すら知る由もない。
その常識を無視したような指摘に突っ込みを入れたのはベルナドットだ。
「通常の小銃で500なんか当たるものか。当てられる奴がいたらそりゃ化け物だよ」
 ベルナドットが突っ込みを終え、「バカじゃないの」と連呼する。対象は当然ティアナだ。
…頭にきたのか、ヤクトミラージュを起動させて訓練兵にどいてもらい、手本を見せることにした。

「…ヤクトミラージュ、いけるわね?」『No problem.』
 その返事を聞くや否や、ティアナの瞳が真紅に染まる。
いまさら説明は不要だろうが、吸血鬼の持つ『第三の目』とでも言うべき感覚を使う際、彼女の瞳がこのように染まるのだ。
そして第三の目が標的を捉え、そして…
「一撃必殺!はぁぁぁぁぁっ!!」
 連射連射連射。標的である500メートル先の的めがけ、魔力弾が飛ぶ。
いくつかの着弾音とともに的が片っ端から吹き飛び、最後の一発が的用の車を破壊した。
ちなみに全弾命中である。狙撃銃でもない限り当たらないような距離を、デバイスとはいえ拳銃で当てたのだ。ワイルドギースも唖然としている。
「どうですか?特殊な照準とか無くてもこうやって当たりますけど」
「…よく見ろバカ」
 いつの間にかベルナドットが双眼鏡でその的の末路を見ていた。それを見たヴィータが双眼鏡を奪い取り、的を見る。
ヴィータもまた唖然とした表情。ただしティアナの腕についてではないようだが。つられてティアナもそれを見る。
…的は犯人部分と人質部分が存在していた。本来なら犯人部分だけを撃ち抜かなければならないのだが…人質部分にも風穴が。
つまり人質を無視したような、ただ的に当てるだけの射撃を行っていたということだ。そしてヴィータの突っ込みが飛んだ。
「人質全滅。何やってんだバカ」

「…先行き不安だ」
「ふん」
「そういえば一度聞きたかったのだが」
「なんだ」
「何故彼女を吸血鬼に?アーカードともあろう者が、何故そんな柄にもないことを?」
 言われてみればそうだ。アーカードにはあの事件のとき、ティアナを見殺しにする理由はあっても、吸血鬼にする理由は無かったはず。
それを何故吸血鬼にしようなどと思い立ったのか。その問いにアーカードが答え始めた。
「さあな、何故なのだろうな。
気まぐれ?否、違うね。奴は自ら道程を自分の意思で取捨決定した」
 アーカードはそう言った後、ティアナが管理局でどんな扱いになっているかを聞こうとしたが…出向扱いだったことを思い出し、やめた。
そしてチェーダースでの事件を思い出しながら話を続ける。
「村人や警官隊が続々とグールと化し、全滅していく死の村落。
自分を親友もろともレイプして殺そうとする吸血鬼たち。まるで魔女の釜の底のような地獄。
そこであの女は何をし、何を選択したのか」
 そう言いながらアーカードはサングラスをかけ直し、そして結論を言う。
「諦めが人を殺す。諦めを拒絶したとき、人間は人道を踏破する権利人となるのだ」
 …よくは分からないが、おそらく彼は諦めない人間が好きなのだ。
そしてティアナもチェーダース事件で諦めを拒絶した…つまりはそういう事なのだろう。
「…ふっ。後は血液さえ飲んでくれれば…か?」
「…飲むさ、飲むとも。必ず飲む」
 そう言うと、アーカードは確信に満ちた笑みを浮かべた。

「エスキモーの(ピー)は冷凍(ピー)♪オレによーしおまえによーしみんなによーし♪」
 訓練は続く。現在はランニング中らしく、広いHELLSING本部周りを参加者全員で走っている。
ちなみにこのセクハラソングはベルナドットが歌っているようだ。
ティアナは聞かないようにし、スバルは顔を赤くしている。そしてヴィータは…
「…アイゼン」『Gigantform.』
 グラーフアイゼンを巨大槌形態『ギガントフォルム』へと変形させた。一体どういうつもりだろうか。
「…あのバカをぶん殴る。いいな?」
 …どうやらベルナドットを殴るつもりのようだ。理由も大方「歌をやめさせる」とかだろう。
「……………やめた方が「答えは聞いてねえ」
 非常に迷った挙句、スバルが答えるが…どうやらどう答えられた場合でも殴るつもりだったようだ。
そしてヴィータが急加速し、ベルナドットへと突っ込んでいった。

 3秒後、何事もなかったかのように訓練を続ける一同と、埋没したベルナドットが確認された。

「ところであいつをどうやって南米に連れて行くつもりだ?あいつはまだ姿身では海を渡ることは出来ない」
 アーカードが思案している。内容は、他はともかくティアナをどうやって南米に連れて行くかだ。
あまり知られていないだろうが、吸血鬼には流れる川や海を渡れないという性質がある…無論、アーカードのような高位吸血鬼なら別だが。
それがある以上、ティアナが南米へと行くのは困難だ。
「やはり、まだ無理か…飛行機でも無理かね…?」
「無理だね。半人・半吸血鬼のようなものだ。ひとたまりもあるまい。『塵は…塵に帰る』」
「ふむ…どうしたものかな」
 しばらく無言で考え込む二人。そしてアーカードが何かをひらめいたような表情になった。
「ウォルター、クラシックだが良い手がある」

 翌朝、HELLSING本部にて。
「難儀な奴だな。で、ティアナはどうやって運ぶことになった?」
「はっ、その件ですが」
「はん…!?」
 インテグラがウォルターを連れ、地下室へと向かう。昨日のアーカードとの相談の内容も、ウォルターから聞いたようだ。
会話をしている間に地下室へと到着。そして石化した。
「おはよう、インテグラ」
 そこにいたのは、サラリーマンのような服装のアーカードと、なにやら作業中の兵士。
そして中から悲鳴と泣き声が聞こえる棺桶と、そのそばでオロオロしているスバルだった。
「結局棺桶に入れて運ぶことに」
 泣き声の正体判明。棺桶に閉じ込められたティアナによるものだったようだ。
ついでに作業の内容も判明。釘で蓋を打ち付け、固定しているものらしい。
「…正気か?こんなの税関通らんだろう」
「税関ないです」
「何故だ」
「密輸船ですから」

「…ティア?大丈夫?」
「大丈夫なわけ…ないでしょ…グスッ」
 スバルが心配して声をかけるが、無意味である。
ティアナは相変わらず「出してぇぇぇ」とか「たすけてぇぇぇ」とか悲鳴を上げている。
さすがに心配にもなったのか、インテグラがぼそりと呟いた。
「…大丈夫なんだろうな」
「結局銃器類も送らねばならなかったのだ。私の棺もな。一石二鳥だ」
 いやそっちじゃなくて…いや、もういいのだが。
「我々がいつも使っている密輸船業者です。金を払っている間は信頼できるトコロですよ」
 ベルナドットがその密輸船業者に関しての説明をしている間も、ティアナの泣き声が響く。
らしくないと思うかもしれないが、棺桶の中のような暗くて狭い所に長時間閉じ込められ、さらに自由に出られないともなると…
ティアナは体はともかく、心は未だ人間だ。まともな神経ならばこうもなる。
「黙れ」
 さすがに業を煮やしたのか、アーカードがドスの効いた声で命令し、ティアナを黙らせた。
インテグラもウォルターもあきれたような表情を浮かべるが、すぐに話題がアーカードへと移った。
「いつもの格好ではないのだな。直射日光は吸血鬼の大敵ではないのか?」
「あの格好で飛行機に乗るわけにもいくまい。相手に宣伝しながら歩いているようなものだ。
それに、私にとって日の光は大敵ではない。ただ大嫌いなだけだ」
 そう言うと、どちらからともなくニヤリと笑い、そしてインテグラからの命令が下った。
「命令は唯一つ『見敵必殺(Search & Destroy)』以上」
「認識した。わが主」

TO BE CONTINUED

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最終更新:2007年08月22日 20:13