魔法少女リリカルなのはStrikerS――legend of EDF――"mission2『戦士達の邂逅』"

「はっ……はっ……はっ……はっ……」
「あーもう! どれだけ沸いてくるんッスかあいつら!」
 巨大な黒蟻の群に包囲されたノーヴェ達だったが、どうにかその危機を脱することは出来た。
ウェンディが全力全開でエリアルキャノンを放ち、包囲網に隙間を作ってかろうじて逃げ延びたのだ。
眼前の危機は脱したものの、二人に戦う力はほとんど残っていない。
溶かされた左腕をはじめ、ノーヴェは肉体に数多くの傷を負ってしまった。
ガンナックルは半壊。ジェットエッジも強酸にやられて機能を停止。これ以上の戦闘は不可能だ。
ウェンディは傷こそ浅いが、頼みとしてきたライディングボードは攻撃を数回防いだだけで脆くも崩れ去り、射撃系魔法は数で押されては対処しきれない。
二人に出来ることは無様に逃げ戻って自身の敗北を明確にすることだけだった。 

 ノーヴェは走りながら後ろを振り向いた。背後に見える漆黒の闇。聞こえてくるのは無気味な地鳴り。
奴等は巨体に似合わぬスピードで迫ってくる。このままでは絶対に追いつかれる。
「ノーヴェ! 余所見してるんじゃないッス!」
 眼前を走るウェンディがノーヴェを叱咤する。
「もうすぐ出口につくッスよ。だから今はとにかく走って……」
「うるせぇ! そんな気休め言うんじゃねぇ!」
 ウェンディが言いきる前にノーヴェが大声で怒鳴っていた。
「大体お前がボードをぶっ壊したりしなかったらそれに乗って逃げられたんじゃねぇか! 
 アタシらがこんな状況になってんのはお前のせいでもあるんだからな! そこんとこわかってんのかこのアホが!」
 我ながら酷い言いがかりだ。大声で喚きつつ、ノーヴェはそう思った。
ボードが壊れたのは、彼女が敵の強酸からノーヴェをかばったからだ。ノーヴェに責める権利はない。
それに対してウェンディは酷く傷ついたように「それも……そうッスね」と呟いただけだった。

「くそっ……」
 ノーヴェの中に言い様の内苛立ちが溜まっていく。
一体何に? 逃げる足を壊してしまったウェンディに? それとも八つ当たりをしたことに?
それとも、出口に辿りつけないことに? それとも奴等を殲滅出来ない自分の非力に? それとも……
「くそっ……くそくそくそぉ!」
 ふと気がつけば、呼吸と共に毒づいている自分がいた。
足がもつれる。呼吸が乱れる。発汗も酷い。左腕の感覚は失われ、全身に負った傷口からの出血が止まらない。
一体いつまでこの地獄の底で走り続けないといけないんだ。いつになったら光が見えるんだ。
くそっ、全部あいつ等が悪いんだ! あいつ等さえ出て来なれば、アタシはこんな思いをしないですんだんだ!
あの大喰らいの糞虫どもめ!ノーヴェは再び振りかえる。揺れる視界には、相変わらずの闇だけが……。

――二人の間の通路の壁が、いきなり轟音と共に吹き飛んだ。

辺りは舞いあがった土煙で包まれる。そして、壁の穴から現われたのは……蟻の群れだ!
諦めを知らない蟻達は無機質な黒い眼を輝かせ、一斉に二人へ襲いかかった。
ノーヴェがとっさに蟻を蹴り上げようとする。
しかし、それより先に蟻が突き出した腹から強酸を吐き出した!

「うぁああああぁぁああーーッ!」
いかに戦闘機人のノーヴェでも、至近距離からの奇襲を避けることは出来なかった。
吐き出された強酸は右の脛に直撃。まるで溶岩に足をつっこんだような灼熱感が右足全体に広がっていく。
倒れ伏したノーヴェに、一匹の蟻がゆっくりと向かってくる。

「ノーヴェ、ノーヴェ! くぅぅ……お前等、そこをどくッスよぉ!」
 ウェンディの悲痛な叫びと、続けざまに鳴り響くエネルギー弾の炸裂音が洞窟内に木霊する。
 彼女はノーヴェを助けようとしているようだが、無数の蟻に阻まれこちらにこれそうにない。
ノーヴェはなんとかして逃げようと試みる。でも、出来ない。出来るわけがないのだ。
上体を起こし、足を見下ろし顔をしかめる。
そこには、ジェットエッジと完全に融合し、原型を止めていない己の右足があった。
これでは逃げることはおろか、立つことさえままならない。
蟻は強酸を吐き出す気配はない。まるで傷だらけのノーヴェに反撃するだけの力がないのを見抜いているようだ。
ふとノーヴェの頭の中を、食い殺された調査団の姿がよぎった。

「そうか……これがお前等の手口ってわけか。抵抗できないようにさんざん嬲っておいてから……」
 ノーヴェは 立てないままで後ろに退ろうとする。でも、すぐに壁に背が着いてしまった。
逃げることは出来ない。ガンナックルもジェットエッジも失われ、ノーヴェは蟻に抗うことさえままならない。
蟻にとってノーヴェはもう、ただの新鮮なエサでしかない。
気付けばウェンディの方から聞こえる音も変わっていた。
射撃音はしだいに小さくなり、かわりに彼女の悲痛な叫びが何度も何度も聞こえてくる。
最初は苦痛の訴え。二度目は哀願。三度目は――絶叫。
声は蟻のうごめく音にかき消され、だんだん聞こえなくなっていく。
ぼやけていく視界に、唾液を垂らしながら迫る蟻の姿が写った。
自分は運命を受け入れるしかないのか。蟻に生きたまま食い殺されるという身の毛もよだつ運命を。

(嫌だ……そんなの嫌だ。セイン姉。チンク姉。こうなったらクアットロでもいい。誰でもいいから助けて!)
 瞳に映る、顎を一杯に開いた蟻の姿。心臓の鼓動が聞こえるほどの静寂。コマ送りのようにゆっくり流れる時間がノーヴェを支配する。

(やられるッ……!)

 ノーヴェは自らの死を確信した。蟻はノーヴェへ頭を振り下ろして――

――ドンっと小さな爆発音。

同時に黒蟻の頭が綺麗に吹っ飛んだ。

「……へっ?」
 ノーヴェは状況がわからないままに、痛みも忘れて頭のない蟻を見上げる。
頭がなくなった蟻は、ぴくぴくと痙攣を繰り返し、そのままゆっくりと崩れ落ちた。
間髪を入れず、ウェンディを嬲っていた蟻達も次々と吹き飛ばされてゆく。
蟻がこの事態に混乱し始めたのがわかった。
味方か? でも、一体誰だ?
ガジェットは全滅。管理局も全滅。ウェンディは戦闘不能。周辺に味方などいないはず。
弾丸は壁の穴から飛んでくる。ノーヴェは弾丸の飛んでくる方向に目をやった。

 そこにいたのは、銃を構えた一人の兵士だった。
ボロボロのアーマー。ひび割れたヘルメット。自分と同じくらいの、いや、下手をしたらそれ以上の傷を負った兵士。
しかし、その姿からは怯えや恐怖は一切伝わらない。伝わってくるのは、圧倒的な闘志。
兵士が一歩一歩近付いてくるごとに、身から漏れ出す禍禍しいほどのオーラが周りの空気を重くて冷たいものへと変えていく
兵士は、ノーヴェに背を向け、蟻の群れを真っ直ぐに見据えた。
きっとその視線には人を睨み殺せるくらいの殺気が含まれていることだろう。
ノーヴェの額を、つぅっと冷や汗が流れ落ちた。

「だ、誰だお前は。管理局の生き残りか?」
 闘志と覇気に満ちた背中に向かってノーヴェが問う。
「かんりきょく? 残念ながらハズレだ。俺は……」
 兵士はレバーを引き、銃から薬莢を排出しながら答えた。
「……連合地球軍陸戦歩兵部隊日本支部所属、特殊遊撃隊『ストームチーム』一番隊隊長……」

 そして『彼』は――

「……『ストーム1』だ」


――静かに自分の名を告げた。


To be Continued. "mission3『傷だらけの英雄』"

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2007年09月27日 16:23