『ホテル『リオ』にて発生したテロリズム事件の続報です。
現在までにホテル客、従業員ら10名以上の殺害が確認されており、内部にて立てこもり続けるテロリスト達と当局とのにらみあいが続いています』

 現在、世界規模でとあるニュースが報道されている。
 そのニュースとは南米のホテル『リオ』で起こったテロ事件である。無論、犯人としてあの3人のことも報道されている。
 それをどこかの寮からテレビで見ている神父の姿が。その神父の部屋に一人分の青年の声と足音が近づき、ドアを開けた。

「神父様、お食事の時間ですよ。どうなさったんですか?」
「ああ、もうそんな時間だったのですか。すぐ行くと寮母さんに伝えてあげてくださいね」
「早く来てくださいね」

 青年が去り、扉を閉じる。
 そして青年が去った後の部屋で、神父…アンデルセンが笑みを浮かべ、誰にともなく呟いた。

「踊れ踊れ化物共(フリークス)。地獄を見せろ、この私に」


第六話『ELEVATOR ACTION』(2)


「スナイパー、配置を完了しました」
「おい!カメラと報道屋を下がらせろ!」
「道路封鎖のほうはどうなっている」
「突入隊『ヤナン』『ダガラン』両分隊準備良し」

 その頃、ホテルの外のテント。
 特殊警察の面々が作戦会議を行っている。その目的は無論、テロリストとして報道されているアーカード達を逮捕…いや、殺害するためだ。
 その最奥の席では、白いスーツに白い帽子を被った色黒の髭男が笑っている。
 そして、命令は下された。

「突入!突入開始!一刻の猶予もなく突入を開始し、即刻射殺せよ!繰り返す、拘束無用!即刻射殺!」

 その声と同時に、外にスタンバイしていた突入隊がなだれ込む。その手にはアサルトライフルや機関銃といった強力な重火器を持って。
 そのテントの中で、特殊警察の上層部らしき初老の男が冷や汗をかきながら、白スーツの男へと問いかけた。

「これで…これでよろしいのですな?Mr.トバルカイン」
「GOOD.GOOOD.VEEERRYY GOOOD.」

 『トバルカイン』と呼ばれた白スーツの男が、手を叩きながら賞賛を浴びせる。
 ここでトバルカインが初めて警察上層部の男へと向き直り、歯を見せて笑った。まるで吸血鬼のような、ギザギザの鋭い歯を見せて。

「せいぜい気張る事だ諸君。老いも病(やまい)もない国へ行きたいのなら」


 TVの映像がスタジオのものへと移り変わる。いつの世でもこういう場合は二通り、この後に起こることが予想できる。
 一つは一度その報道を中断し、別のニュースを流す場合。そしてもう一つは…

「TVクルーがホテルを写さなくなりました」
「突入する気か、馬鹿どもめ」

 そう、突入する場合だ。もしテロリストがTVを見ていた場合、突入の瞬間が移されていては動きが気付かれ、最悪の場合人質が全員殺される場合がある。
 それを避けるために、一度スタジオへと映像を切り替えるのだが、大抵の場合これが合図となって突入に気付かれる…と、話がそれた。
 とにかく、インテグラはこれを突入と判断し、ウォルターへと向き直って聞く。

「正気とは思えない。アーカードは、あいつはどうするだろう?」
「彼にとっては目的達成の至上命令の単なる障害物でしかありません。
闘う意思で彼の前に立つ者を、彼がどうするか…お分かりでしょう?」

 戦意がある相手がアーカードの前に立った場合、それがどういう結果をもたらすか…インテグラにはよく分かっている。
 それはつまり、全力の闘争。戦いそのものを楽しんでいるため、手加減はするかもしれない。が、少なくとも容赦はしない。
 アーカードなら人間相手でもそれをやる。だからこそインテグラはウォルターへと問いを続けた。

「それが人間だったとしてもか?ただの人間だったとしてもか?」
「お忘れですかお嬢様。彼は正真正銘の化物なのですよ」


「こちらキート分隊、エレベーターフロア確保」
「感度良好、実行されたし!フロア確保!」
「こちらストイ分隊、通路フロア確保!」
「準備完了、実行されたし!通路確保!」

 ホテル内部。特殊警察分隊が、各階の各フロア制圧へと乗り出した。
 フロント、エレベーター、通路と、順番に制圧を続け、最前衛のデイロ分隊がスイート前へと到達。突入の準備を行う。そして…

「後衛準備完了!前衛デイロ分隊!突入!突入!突入!(ラッシュ!ラッシュ!ラッシュ!)」
「最上階スイートフロア前、デイロ分隊。ラージャ。突入を開始する。READY…!」

 デイロ分隊隊長が銃を構え、隊員へと準備を促す。そしていざ突入しようと構えたとき、異変に気付いた。
 ほんの僅かだが、部屋の扉が開いている。何かの罠か、それとも相手が油断しているのか…
 とにかく用心はし、改めて銃を構える。そしてハンドシグナルでカウントダウン。3、2、1…突入。
 扉を蹴り開け、隊員全員を部屋へと飛び込ませる。が、誰もいない。犯人どころか、生物がいた形跡すらない。

「探せ!階下には行きようがない!用心しろ!」

 命令とともに、隊員が部屋の捜索を始める。無論銃は構えたままだ。
 探し続けること数分、隊員の一人が何かを見つけ、隊長や他の隊員を呼び寄せる。そこにあったのは…

「なんだこれは…棺…か?」

 そう、アーカード愛用の黒い棺だ。隣にはティアナの棺が置かれている。
 しばらく見ていると、隊長が気付いた。黒い棺には何かの詩が書かれている。何なのか分からず、とりあえず読んでみた。

「何か書いてある…『私はヘルメス。私は自らの羽を喰らい、飼い慣らされる』…?なんだこれは」
「私の棺にさわるな」

 読み終えたところで、後方から何者かの声。隊員が驚き、素早く振り向く。この状況でも銃を手放さないのは流石プロといったところか。
 …そして彼らは見た。アーカードを、最凶の吸血鬼であるあの男を。ちなみに何故かいつもの服装である。

「!! FREEZE(動くな)!」

 素早く銃を構え、アーカードへと向ける。だがアーカードは意にも介さない。

「私の棺にさわるな。わたしのひつぎからはなれろ」
「撃て」

 号令とともに、轟音。分隊の持っていた大量の重火器が火を噴いた。
 それらの全てはアーカードの体を捉え、破壊。破壊。破壊。全身の組織が砕かれ、血漿とともにぶちまけられる。
 そして全員がマガジン一つ分の掃射を浴びせる頃には、アーカードの体はもはや原型が分からないほどに粉々にされていた。

「動くなといっただろうが、変態野郎」

 普通ならばこれだけ撃てばさすがに死ぬだろう。彼らもそう思っていたし、目の前の惨殺死体を見ればそう思っても無理はない。

「元より射殺命令が出ていますが、撃ちすぎです。殺りすぎ(オーバーキル)でしょう、こりゃ」
「知るか。念入りに殺せと言われたろ。しかしこいつ一体何なんだ?ただのバカか?」
「知るか。お偉方の事情じゃねえか。何しろ仕事は半分済んだ」
「あと二人、かたわれの女がいたはずです」
「よし、すぐ探し出せ!発見しだい即刻こいつの様に射殺しろ!」

 だが、アーカードはその「普通」の範疇には入らない。

「走狗(いぬ)め」

 だからこそ、自身の体がこの状態なのに喋る事ができるのだし…

「なるほど、たいした威力だ。しかし走狗では私は倒せない。狗では私は殺せない」

 こうやって体を再生させ、何度でも蘇る事ができるのだから。
 それを見ている分隊は、固まってしまっている。それは目の前に存在する『わけのわからない何か』への恐怖だというのは言うまでもない。

「化物を打ち倒すのは、いつだって人間だ」

 体を再生させたアーカードは、すぐさま口を開き、手近にいた隊員の首へと喰らいつく。
 そしてそのまま思い切り上体を振りまわし、その隊員の首を胴体から別れさせた。
 そのまま首から血を吸い取り、放り捨てる。

「ニィ(2)」

 数を数えると同時に、右腕を一閃。隊員を腰の辺りから真っ二つに引き裂いた。

「3」

 後はもはやアーカードの独壇場。片端から引き裂き、片端から砕き、片端から穿つ。
 それが終わる頃には、その部屋に生きている隊員はもはや隊長一人だけになってしまった。
 両手に血を滴らせながら、アーカードが隊長へと迫る。無論、殺る気だ。

「ああ、あ…あああああああ!!」

 恐怖に叫び、逃げ出す隊長。扉は開けっ放しにしてあるので、すぐに逃げられるだろうと思っていた。
 だが、脱出の寸前、手を触れていないのに扉が閉まり、直後に鍵がかけられた。
 何が起こったのかわからず、混乱しながらドアノブを掴み、開こうとするが…やはり開かない。

 さて、ここでもアーカードが何かをしたわけだが…何をしたのかを説明しよう。
 吸血鬼には、強力な魔法や魔術という特殊能力を扱えるものが存在するという。アーカードもそれを扱える種類の吸血鬼だ。
 アーカードはそれを使ってドアを遠隔操作し、閉じて鍵をかけるということをしたのだ。
 もっとも、隊長はアーカードが吸血鬼だということを知らないので、何をしたのかなど知る由もないのだが。

「開かない」

 後方から化物の声。隊長がおそるおそる振り向くと、化物の口には先ほど殺された隊員の体。首に喰らいつき、そこから血を吸っている。吸い終えると、ゴミのようにその場に放り捨てた。
 隊長はもはや思考が恐怖に支配されてしまうが、それでも化物へと銃を向ける。ただ単に恐怖から逃れたいだけなのかもしれないが…

「ばッ、ば…化物ッ!」
「よく言われる。それと対峙したお前は何だ。人か、狗か、化物か」

 隊長の脳内には、もはや恐怖以外の何物も存在しない。そしてそれが限界を超えた。
 限界を超えた恐怖は、それを取り除くための凶行へと人を駆り立てることがある。この隊長の場合もそうだ。
 そして隊長は銃を頭に押し付け、引き金を引き、自らの命を代償に恐怖から逃れた。憎々しげな表情のアーカードを見ながら。


「うっわ…」

 壁の中からセインがその一部始終を見ていた。人が死ぬ瞬間も、分隊の惨殺死体の山も。

(もし今見つかったら、私も…?そんなの嫌だ…怖い…!)

 アーカードはセインの存在には気付いていないようだが、セインにはもはや心に余裕などない。
 目の前で人が沢山殺されたのだ。無理もない。そしてアーカードが敵に容赦しないのも理解した。
 ならば自分がここにいることが、そして自分が彼らの敵だとばれたらどうなるのか。それを彼女に想像させるのは容易。すなわち…惨殺。
 セインの心には、もはや恐怖しか残されていなかった。

『セイン、そちらはどうなっている?何故か映像が来ないのだが』

 タイミングよく、スカリエッティからの通信が入る。セインにとっては天の助けといったところか。
 無論、通信だけであってスカリエッティ自身が来たわけではないのだが、それでもこの状況で知っている人物の声が聞こえるのは大きな安心になる。
 幾分落ち着きを取り戻したセインが、スカリエッティの問いへと答える。

「…多分、その方が何倍もマシだと思う。
あのアーカードって吸血鬼が警察を全員殺して、部屋の中が惨殺死体の博覧会みたいな状態になってるから…」


「…もういいぞ。出て来い」

 アーカードが、先ほどの死体の方を向いたまま、ティアナ・ヴィータの二人へと言う。
 それに応じ、ティアナが潜んでいたクローゼットのドアを開け、そこから出てきた。
 ちなみにヴィータは未だに寝ている。この状況でも眠れるとは、図太いというかなんというか…先ほどの騒動のせいで悪夢を見てうなされているようだが。
 …まあ、それはおいといて、今はティアナの様子を見るとしよう。
 クローゼットから出てきたティアナが最初に見たものは…いまさら説明の必要はないだろう。デイロ分隊の惨殺死体だ。
 それを見て露骨に拒絶反応を見せるティアナ。だが、アーカードは意にも介さず次にとる行動を指示した。

「準備しろ。脱出するぞ」

 そう言うと、アーカードは自分の棺から愛用の銃を取り出す。
 だがティアナは動かない。アーカードへと何かを言おうとして…そして言った。

「あの…マスター…」
「どうした、ぐずぐずするな」
「この人達…ただの人間です」
「…だからなんだ」
「倒したほうが本人のためっていうグールでも、倒さなきゃいけない敵の吸血鬼でもないんです」
「だからなんだ」
「この人達は、ただ上司の命令で来た何の罪もないただの人なんですよ!
いくら向かってきたからって、何も知らないただの人を殺す必要なんかあったんですか!」

 ティアナがアーカードを問い詰める。まるで責めるかのように。
 確かに、人間の感覚ならばこれは到底許されることではない。それは体はともかく、心が人間であるティアナにとっても同様だ。
 だが、アーカードはそれに胸倉を掴んでの反論を返した。

「だからなんだドラキュリーナ!鉄火を以って闘争を始めるものに人間も非人間もあるものか!
彼らは来た!殺し、打ち倒し、朽ち果てさせるために!殺されに、打ち倒されに、朽ち果たされるために!それが全て!全てだ!
闘争の契約だ!彼らは自らの弱いカードに自らの全てをかけた!そういう事だ!殺さなければならない!
それを違えることはできない。誰にもできない唯一つの理だ。神も、悪魔も、私も、お前も」

 アーカードの反論に対しても、ティアナは納得した顔をしない。
 それを見たアーカードは何を思ったか、ティアナから手を離した。ティアナもアーカードの行動の意図が分からないらしく、首をかしげている。

「…いや、それだ。それこそが」
「…?」
「行くぞ、ティアナ。せいぜいうす暗がりをおっかなびっくりついて来い」
「…はい!」

TO BE CONTINUED

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2007年09月24日 21:55