彼女はいつだって光だった。
幼いながらも厳しい戦いに身を投じ、その小さな手は人々を守る為に広げられ、いつも他の誰かに差し伸べられた。
誰より強く輝く桜色の光は弱者を暖かく包み込み、それを傷つける者を討つ為にあった。
空を飛ぶことが大好きで、光る翼でいつも高くから笑顔を振り撒いていた。
きっと今日だって彼女は誰かを助けて、いつもの能天気な笑顔で帰ってくる。
そう、思っていた。

この日、桜色の光が陰る。ミッドチルダを闇が覆い始める。
それは錬金術という名の闇。途轍も無く永い時間を掛けて醸成された闇には彼女でさえも絡め取られ翼を?がれるしかなかった。
そして闇を照らすべき太陽は――山吹色〔サンライト・イエロー〕の陽光はまだ、差さない。

なのは×錬金 第4話
『光』

〈ぜひ……ぜひ……〉
とある街の裏路地では、薄汚れた服装の少年が喉を押さえて転げまわっている。目からは涙が、口端からは涎が零れ出していた。
ミッドチルダ、廃棄都市区画の1つの住人である。
整備区画として幾つか点在する廃墟はいつの時代、どの世界でも"吹き溜まり"として活用される。
それはミッドチルダでも例外ではなく、彼もその一人だった。
市民として登録されていない彼らは、十分な保証も受けられず碌に医者にも掛かれない。
全身を襲う痛みと呼吸困難で、失神することもできずに悶えるこの奇病の発端は、何故かこういった場所からだった。
病に掛かったのが彼らでなければ、或いはもっとこの病が知られていたのかもしれない。


聖王教会の本部。いつものように八神はやては騎士カリムを訪ねていた。
清潔で簡素、しかしどこか気品を漂わせ、落ち着いた暖かさを感じさせる部屋はカリムという人をよく表している。
彼女の部屋には既にクロノとカリムが揃っていた。これもよくある光景。テーブルにはティーセットが並べられている。
「久し振りやね、クロノ君」
「最近忙しくてな。ここで少し話したらまた任務だよ」
「海も最近は物騒になってるらしいですね……」
こうしてここで近況の報告や私的な会話をすることがたまにある。ここでは友人同士ということもあり、正直な気持ちを打ち明けることができるのをはやては嬉しく思っていた。
「それは陸も同じや。ガジェットだけやなく戦闘機人まで出てくるし……」
「それと廃棄都市区画で流行ってる奇病ね……。もっと多くの症例を調べることができると良いのだけど……」
彼女やシャッハは騎士でもあるがシスターでもある。廃棄都市区画の住人達に関しては随分気に掛けているらしい。
「さしたる成果は上がっていないそうだな」
「ええ、患者を聖王医療院で受け入れたいのですが、教会内で反対する声も多くて……」
彼らの暮らす環境は清潔とは言い難いし、病が広がるのも無理はないのだが、今回のそれはどうやら違うとのことだ。
会話を遮って部屋のドアがノックされた。
「どうぞ」
「失礼します。あら、八神部隊長に……提督もいらしていたのですか」
扉を開けて入ってきたのは、優しげな金髪の女性。歳はおよそ三十代くらいか。
彼女とも一度面識があった。確か聖王教会のロストロギア研究を取り仕切っている人物。
「エッカルト騎士長……」
デートリンゲ・エッカルト――騎士達を取り纏める騎士長。カリムの上司である。
「騎士カリム。前にも話しましたが、私はこれから本局でハウスホーファー少将とお会いしてきます。ですから留守をお願いしますね」
「ええ、お任せください。確かお帰りは二日後と仰っていましたね?」
「ええ、それでは。お二方もどうぞごゆっくり」
にこやかに微笑んで彼女は会釈して去っていった。
「腰が低いのに随分堂々として見える人だな」
それがクロノのエッカルトの印象らしい。なるほど、自分も大体同じことを思った。
優しげなのにどこか威厳を感じる居振る舞いは、流石は騎士を纏めるだけのことはある。
「優しそうな人やね。……ってどないしたん?カリム」
カリムはエッカルトの去ったドアを見つめて溜息を吐いた。
「いえ……先程の話ですが、あの方は何も言って下さらないのです。普段は意見が対立した際もよく纏めて下さるのですが、今回に限って中立を決め込んでいるのです」
「その理由は?」
「解りません……。ただ最近はハウスホーファー少将とばかり頻繁にお会いしてらっしゃるようですし、後はレリックの研究ばかり」
カリムは不安げに顔を曇らせた。彼女の中で尊敬と疑念が入り混じっているのだろう。
「その病、他に解っていることはないのか?」
「症状に関しては、激痛を伴う呼吸困難の発作……としか。あと、これは噂に過ぎないのですが、錬金術によって生み出された病だと……」
「錬金術……」
何やらクロノは錬金術と聞いて考え込んでいる。
「クロノ君、何か知っとるん?」
「いや、何も。その噂の出所は?」
カリムは黙って首を振った。
「おそらく原因が不明であることから、誰かが冗談混じりに嘯いたことだとは思うのですが……」
「なあ、はやて。六課に隊員を一人出向させたいんだが、どうかな?」
突然のクロノの提案にはやては目を瞬かせる。カリムも同様だ。
だが、クロノはお構いなしに続けた。
「まだ新人だが俺の隊のエースだ。研究にも手を出していて、知識も豊富にある。スタンドプレーが目立つが使える奴には違いない」
「なんや、クロノ君。えらくいきなりやなぁ」
まぁ、あのクロノがそこまで褒める隊員なら間違いないだろうし、戦力は多いほうがいいのだが。
「どうしたのですか?クロノ提督」
カリムにも答えず、再び彼は顎に手を当てて考えだした。はやてとカリムが見守る中、ようやく彼は口を開いた。
「もしかしたらその奇病、その男が役に立つかもしれない」


「スバル!立ち止まらない!」
「うわぁ!」
スターズ・ライトニングの新人達はその廃棄都市区画で模擬戦を行っていた。勿論、これはシミュレーターだが。
追いかけてくる魔力弾を振り切るように走り、周囲を見回したスバルの背中を魔力弾が直撃する。
「くぅっ……」
「立ち止まっちゃいい的だよ!周囲の状況は動きながら把握!」
衝撃に数秒間蹲るスバルに、なのはは注意しながらも次の弾を放つ。
「はい!」
答えてまたスバルは走り出す。
どうすれば掻い潜って一撃を当てられる?一人ではどうやっても返り討ちだ。
そう、自分一人では。

廃墟をシミュレートした模擬戦。追跡する魔力弾を回避しながら、なのはに一撃を加えるのが今回の課題である。
ハンデがあるとはいえ、今日はいつもよりも随分厳しい。それはなのはがこれを訓練の一つの区切りと考えているからだ。
こちらは動きながらなのはの位置を掴むだけでも難しいというのに、アクセルシューターはしつこく追跡、分断してくる。このままでは当てるまえに走らされて体力が尽きるだろう。
「ティア、何やってるの!ティアは戦場全体を見渡して有利なポジションを確保!全員の指揮を執る!」
ティアナも正直、自分の回避だけで精一杯。とはいえ、それが役割ならば。
(やらない訳にはいかないか……)
ティアナは宙に浮かぶなのはを睨み、策を練り始める。

「(でも……そんなことできるんですか?)」
ティアナからの念話にエリオはそう返す。いくらなんでも、そこまで上手くいくだろうか?
「(できなきゃやられるだけよ。二度目はないから全力全開で行くのよ、いい?)」
「(……わかりました!)」
こうなれば腹を括るしかない。
まずは位置取りだ。それぞれが上手く位置を確保できるかどうか。そしてそれを維持できるかどうかが最初の難関。
早速エリオは走り出す。時が来るまでひたすら走り続けるのみ――。
立ち止まることは許されなかった。

「(キャロ、あんたはどう?)」
キャロは押し黙ったままだ。やることは単純だが、タイミングを逃すことは絶対にできない。そして確保した位置を動くことも。
なのはの追尾弾を防ぎながらそれができるだろうか?
「(ごめんね、私にはこれぐらいしか思いつかない。難しいし、痛いかもしれない、それでも聞くわ。できる?キャロ)」
走りながら思案する。あまり時間に余裕はない。
もう一度だけ自身に問い掛けてみる。
(私に……できるの?)
不安は勿論ある。一方、胸の奥で疼くものもあった。それは確かに"自信"。厳しい訓練を潜り抜けてきたという自負に違いなかった。
難しいが不可能ではない。それは自分が一番解っているのだ。
「キュオオーー!」
隣でフリードが嘶いた。「大丈夫、きっとできる」そう言っている。
「(ずるいですよ、ティアナさん……。仲間に「できる?」なんて聞かれたら「できない」なんて答えられないじゃないですか)」
「(頼りにしてる。よろしくね、私の目)」
まずは場所を確保することが先決だ。ターゲットを確認できる高所へ――。
エリオとスバルがなのはの目を盗んでくれている隙に、キャロは目的のビルへと駆け上がった。

「(ねえねえ、ティア。私には無いの?)」
「(あんたに今更言うことも無いわよ。とにかく喰らいついて、タイミングが来たと思ったら思いきりやりなさい)」
「(それだけ……?)」
「(それだけよ)」
何だか当てにされてるんだか、されてないんだか。でもその方が単純明快で解りやすい。
ティアナは自分には確認をしようとしなかった。それは聞くまでもないからだ。
自分は彼女の作戦を信頼してるし、彼女もきっとできると信じてくれているから。
ひたすら殴り、殴り、打ち抜く。あらゆる障害を突破していく突進力は自分自身を信じることで始めて力になるはず。
マッハキャリバーで地を駆け、火花を散らし、スバルはなのはの前に躍り出た。

この作戦はなのはが動かないこと。誘導弾のみで攻撃してくること。
廃棄都市区画とはいえ一応区画整備はしてある為、碁盤の目に近い形で建造物が並んでいること……etc。
様々なハンディキャップの元に成り立っている。実戦で使える筈もない。
(でも、今はそれを利用させてもらう……!)
勝つ為に、生き残る為に自らの特性を生かして役割を果たす。使えるものは何でも使う。
これがなのはから受けた教えの、自分なりの実践だ。
それぞれが位置に着いたことを確認し、ティアナはクロスミラージュに意識を集中。チャージを始める。
緊張で高鳴る鼓動を抑えることができず、ティアナは祈るようにクロスミラージュを額に当てた。
それが治まると、銃口を無人の方向へ向けて放つ。
「クロスファイアー……シュート!」

十字路の中心に浮かぶなのは。周囲には4つのスフィアが浮遊している。
どこから仕掛けられても即座に対応して出端を挫く為だ。
「うぉぉぉぉぉ!!」
雄叫びを上げてスバルは向かっていく。真正面から。拳を振り上げて。
4つのスフィアは複雑な軌道を描きスバルに向かった。一つは落とすことができたが、左右と下から吹き飛ばされて、スバルは大きく地面を滑る。
「スバル!正面から突撃するだけじゃあ駄目だって――」

スバルへの説教をなのはは途中で打ち切った。いや、打ち切らざるを得なかった。
「たぁぁ!」
側面に回りこんできたエリオがストラーダを振り下ろすが――。
「エリオ!バリアを貫ける威力でなきゃ隙を作るだけ!」
斬撃は強固なバリアによって弾かれる。
それでもエリオはすぐに空中で体勢を立て直し、なのはの周囲を走りだす。もとより深く打ち込むつもりはなかったからこそ、可能な芸当だ。
放たれた魔力弾はエリオを狙って地面を抉る。よく避けているが、離れることもせずに必死に周囲を回るのは明らかに不自然。
これは陽動。本命は別にいる。
なのはは、バリアを破られないよう迎撃するスフィアの制御や、バリアにも意識を向けつつ手を右後ろに高々と上げた。

エリオは再度機会を狙っているが、背後までも堅く守ったなのはには迂闊な攻撃は通用しそうにない。全力で走らなければ、立ち止まれば直撃を受けるのは確実。
立ち上がったスバルは逆に、シールドで防ぎながら果敢に攻撃を仕掛ける。その度に弾かれて転げまわるが、受身も完璧だ。まだまだやれると言わんばかりに立ち上がる。
キャロはその戦いを屋上からずっと見ていた。なのはの意識は完全に二人に向いているように見えた。
「今ならやれる……――!?」
見下ろすなのはの右腕がこちらに向いた。尾を引いて伸びる桜色の光は、口を開くフリードごとキャロを下から突き上げた。
「きゃああああ!」
突然で対処が間に合わなかった。訓練用なのに直撃のショックで頭が揺れる。
「(キャロ!行ったわよ、指示よろしく!)」
まだ倒れることはできない。キャロは手を着いて立ち上がる。
六課に来てもうすぐ三ヶ月、もう三ヶ月だ。なのはは日々自分達を試している。訓練の内容も段々ときつくなってきた。
フェイトの期待に応える為にも、そして一緒に戦えるようになる為にも、早くなのはに認められたいから。
「(ティアナさん、今!)」

なのはを中心にして外側――キャロのビルの左側をオレンジ色の光が見える。
合図に呼応して、それは右へとほぼ直角に折れ曲がり、地表擦れ擦れを這うように飛ぶ。
「(右に傾き過ぎです。左に5度修正!)」
微妙に角度を修正する魔力弾。多くの魔法を同時に発動、制御しているティアナをサポートすることもキャロの役割だった。力を合わせてなのはを攻略する上で、四人の内一人でも役割を果たせなければ作戦は瓦解してしまう。
(絶対にあの弾を見逃す訳にはいかない……!)
弾の軌道を追う余りに、なのはへの注意が逸れたキャロの背後に次の魔力弾が迫る。気付いた時にはもう遅かった。
回避も防御も間に合わない。これを受ければ指示を出すのは遅れて作戦は失敗――。
「キャウウウ!!」
キャロの目の前、射線にフリードが割り込む。フリードの吐いた火球と相殺して弾が掻き消された。
「フリード……」
「キャウ!」
フリードが胸を張って短く鳴く。一人で防げるかどうか不安だったが――頼りになるパートナーがすぐ傍にいてくれたではないか。
キャロはフリードに感謝の代わりに微笑んだ。
そうしている内に眼下をティアナの魔力弾が通り過ぎる。
「(ティアナさん!右折です!)」
なんとか指示が間に合った。一直線に、且つ蛇のように静かに、弾が目指す先は高町なのはの背後。

エリオとスバルに陽動をさせ、キャロを囮にして背後から強力な一撃。だがこれだけでは足りない。
相手は百戦錬磨のエース。これくらいは見抜いているかもしれない。いや、多分見抜いている。
一つでも、一発でも多く罠を、弾を増やす必要がある。それもなのはを脅かすくらいのものを。
「(エリオ!スバル!行ったわよ!)」
スバルとエリオに指示を出す。
ここからでは彼らの行動はキャロの念話でしか解らない。当の二人は念話もままならない程切迫しているのか、状況確認などできそうにない。
自分から見えない弾を操作するのは非常に難しい。その上、複数制御となれば今の自分では到底扱えないだろう。その為のキャロだ。
今は集中の為、移動も攻撃も難しい状況だ。ここを攻撃されたら全てが終わりだ。
(隠れてはいるけど……魔力を追尾するアクセルシューターはきっとここにも来る……)
一発ならなんとかなる。だが、なのはが司令塔たる自分を見逃すだろうか?
(賭けにでるしかないか……)
後少し、せめてあと少しすれば動くこともできるのだが――。
(考えるな……。今は制御に集中しないと……)
少なくとも今のティアナには祈ることしかできそうにない。

スバルとエリオは相変わらずアクセルシューターを防ぎながら、かわしながら隙を窺っている。どうやらキャロも持ち堪えているようだ。
だが、どちらも長くは持たないだろう。
(これだけやっててもティアナは出てこない……)
間違いない、本命は彼女だ。そう、なのはは確信した。
周囲にエリオとスバル。自分の後方にはキャロ。ならば彼女が出てくるのは――。
(横!)
その時、側面からの気配を感じた。なのはの右側面、やや離れた位置に彼女はいた。
膝を着き、両手でしっかりとクロスミラージュを握り、一直線にこちらに狙いをつけている。
「撃って!ティア!」
スバルの声より速くなのはは4発の魔力弾をティアナへと飛ばした。念を入れ、四発とも別の軌道を取り前後と側面から囲むように。
それでも彼女は動かない。微動だにせず照準を定めている。
(やっぱり……)
魔力弾はティアナへと肉迫し――彼女の身体をすり抜けた。
(幻術!)
予想はしていた。頭の働くティアナが"この程度"で自分の隙を突けると思うはずがない。
しかし、あれが本物であれ幻像であれ、なのはは撃っただろう。万が一本物だったならば、まともに狙撃を受けることになる。
(問題ない。スバルとエリオに対する弾は残してあるし、キャロへの警戒も怠ってない……)
新たなスフィアを生み出そうと意識を集中させた途端、なのはは背中に強い衝撃を感じた。

「やった!」
ここまでは作戦通り。なのはの背中でオレンジの光が爆ぜた。ティアナの迂回させたクロスファイアーシュートは見事になのはの背中を突いたのだ。
「ストラーダ!!」
自らのデバイスの名を叫んで突進。今度は振り下ろしではなく、槍の最も強力な攻撃、すなわち突き。
この絶好のチャンスにエリオは今出来る全力の突きを放ったつもりだった。だが、またしてもバリアに阻まれる。
「くぅぅぅぅぅ!」
なんとか突破を試みるが、強固なバリアはあくまでエリオを拒絶する。
甘かった――。ティアナの不意打ちに加えてストラーダでも貫けない。今のエリオはなのはに突き刺しているストラーダ以外は宙に浮いている状態だ。貫けないのに、このままでは体勢を立て直すこともできない。

なのはがこちらを向いた。その冷ややかな眼に寒気が走る。
次の瞬間、全てのスフィアがエリオの身体を打った。
「うわぁぁぁぁぁ!!」
激痛に意識が飛びそうになるが堪えることができた。でも、大きく後ろに吹き飛ばされるのは止められない。
「まだ!」
これこそが好機だった。なのはは自分を撃墜したと思っている。
(そうでなくとも、地面に身体を打ちつければすぐには反撃できない、そう考える……!)
「錬鉄召喚!!」
キャロの声が聞こえた。同時に、飛ばされるエリオの身体に地面から四本の鎖が伸びて四肢を繋ぎとめた。
鎖がギリギリと引き絞られ更に痛みは増す。だが、おかげで飛ばされずに済んだ。
着地したエリオは再び地を蹴ってなのはに向かって跳ぶ。

錬鉄召喚――鎖を召喚する、本来は拘束に使う魔法。こんな魔法でなくとも、衝撃を殺すならもっとましな方法がある。
しかしそれでは足りない。そうティアナは自分に言った。
これくらい無茶でなければなのはを驚かすことはできない、と。
たった一人に対して四人で不意討ち、騙し討ち。それでも勝てないのが高町なのはだ、とも。キャロ自身もそれは身に染みて解っていた。
(全てはなのはさんのペースを崩す為に。私にできるのはもうこれくらいしかないけど……!)
キャロは手を翳して気休めの補助魔法を掛ける。対象は勿論エリオと本命の彼女。
「ブーストアップ……ストライクパワー!」

「まさか錬鉄召喚で勢いを殺すとはね。ちょっと驚いたよ」
しかし左手一本でエリオを御するなのはの顔は涼しいものだ。これでもまだ突き抜けることができない。
複数の魔力弾の直撃――たとえ訓練用でも、あれを二度喰らって立っている体力はエリオにはない。
背中から何かが迫っている気配がする。これもティアナの仕掛けだ。
これを当てる為に必死に掻き回してきた。もうこれに賭けるしかない。
早くても遅くても駄目だ。しかもキャロから見辛い位置だからタイミングは自分で計るしかないだろう。
背中から風を切る音が聞こえる。

(まだだ……)
音は徐々に大きくなり、熱を感じるようになってきた。
(まだ……)
ストラーダに更に力を込めて、噴出する光で背後の光を覆い隠す。なのはを前にしてエリオは全感覚を背中に集中していた。
「ソニックムーブ!」
『Sonic Move』
エリオの姿がなのはの前から消えた。突然、追尾目標が高速移動した為に軌道修正の利かないオレンジ色の魔力弾は勢いのままになのはのバリアに着弾。ぶつかり合う光が辺りを眩く照らす。

光が弾ける瞬間にスバルはウィングロードを伸ばす。
もう策はない。後はひたすら進むのみ。目標に向かって一直線に駆け抜けるのみ。
なのはがエリオに集中した分、こっちに多く弾が回ってくる。だが、そんなことはどうでもいい。スバルの目は道の先――高町なのはだけを睨んでいる。
「はぁぁぁぁぁああああ!!」
気勢を発してスバルは走り出す。飛来する十近い魔力弾の幾つかを拳で粉砕。幾つかをシールドで防ぐ。それでも3発が身体を打った。
「くっ……!ディバイィィィィィン――」
キャロの補助は攻撃に回してもらったので一度体勢を崩しそうになる。スバルは足を強く踏み込んでそれに耐えた。最早痛みも気にならない。
拳を振りかぶって魔力を溜める。左手に淡い水色の光が集まる。
「バスタァァァァァ!!」
バリアへと光を叩きつけ、それを右の拳で打ち抜く。膨れ上がって光が弾けた。
周囲一帯に濛々と煙が立ち込める。衝撃が瓦礫を吹き飛ばす。
「っはぁ!はぁ……はぁ……」
崩れ落ちるように跪いて荒い息を吐くスバル。もう一片の体力すら残っていない。
「よく頑張ったね……スバル」
降ってきたのは、なのはの声。訓練中とは全く違った優しい響き。
煙が晴れるとなのはの姿が見えてきた。レイジングハートを持った両手をクロスさせスバルの拳を受け止めている。BJは傷だらけだ。
「いい拳だったよ、合格。それに皆も自分のポジションと特性を良く活かしてた」
その顔は笑っていた。とても優しげで暖かい笑顔。
認められた――。そう解ると更に力が抜けて涙が滲んでくる。
なのはの背後にはダガーモードのクロスミラージュを持ったティアナ。横にはストラーダを腰溜めに構えたエリオ。頭上にはフリードが飛んでいた。キャロもビルを下りて駆け寄ってくる。
「皆もう少しで一人前かな。ううん、力を合わせればもうそれ以上かも。これからも協力していくようにね」
「はい!」
皆どこにそんな元気が残っていたのか。スバルも気付けば大きな声で答えていた。
空はいつの間にか赤く染まり陽が落ちようとしている。
「それじゃあ帰ろうか。明日からは更にハイレベルな訓練もやっていくから、今日はしっかり休むんだよ?」
明日――。明日になればもっとなのはに教えてもらえる。もっと皆と強くなれる。
ほんの少しの不安、そして大きな期待と意欲を胸に五人は帰路に就いた。
明日もきっといつもと同じ大事な一日だと、そう思っていた。


夜が訪れ、六課の隊舎もそろそろ休む者も多くなってきた。それは高町なのはらフォワード陣も同様だった。
特に新人四名はたっぷり夕食を摂った後、まさに眠ろうとしていたのだが、それは隊舎内に響き渡るアラートによって遮られる。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2007年09月30日 15:59